電影夜話




「雷雨とか、一言も載ってなかった」
 丑込め返り橋を渡った辺りで、人修羅が呟いた。つい先程から降り始め、瞬く間であった。雨音を伴奏に、勝手気ままな太鼓が鳴る。
「新聞の予報かい、あれを精確なものと思っていたの君? 広告欄の宣伝に踊らされ、粗悪品の判断も出来ず購入し、結果愚痴を零してそうだね」
「俺はああいう所に載る商品、滅多に買わないぞ」
「ククッ、詐欺にも引っ掛かりそうだ」
「……あんたみたいな詐欺師に?」
 哂い返してやると、人修羅はうんざりといった様子で溜息した。一刻も早く屋内に退避したいのか、色の沈んだ袴も足早に。
「でも本当、この時代の予報なんてたかが知れてるよな。信用した俺が馬鹿だった」
「天気なぞ衛星で観測したら良い」
「衛星って、気象衛星? 俺の頃には当たり前だったけど……まあいずれ運用されるから、その頃まで生きてれば恩恵が受けられるんじゃないのか、あんたも」
 濡れ鼠になった人修羅の足下で、濡れ猫になったゴウト童子。一瞬目が合い、途端逸らされた。恐らく、僕が脳裏に描く衛星が何であるかを察したのだろう。
 この黒猫は果たして、衛星タイイツに乗った童子本人なのか……証明する要素が少ない為、この様な時にあの時は如何でしたか≠ニ、確認してやりたくなる。疑念が心を疼かせたが、訊くか否かを逡巡する暇も無く、天の一喝が静寂をもたらした。
 通りの街灯は一斉に消え、雷の残響が空気を泳いで抜けて往く。童子と同様、人修羅も一瞬だけ眼を光らせ、化け物同士で見つめ合い……徐に人修羅が口を開いた。
「停電?」
『その様子だな、だが珍しい事でもない。灯りも足も何とかなるものだ、帝都といえど電気が始めから通っていた訳でもあるまい』
「地味に困ります、炊事場で電気コンロも使ってたのに」
『あれは加熱の為の電気だろう、それこそお主は火が出せるのだから、わざわざ電気を使う必要も……』
「釜戸単式じゃ足りないんです。それに焦がさない様にじわじわじわじわ長時間加熱するの、かなり大変なんですよ? 燃やしきらない炎出すのがどれだけ繊細な業か、ゴウトさんには絶対分からないです、これは断言出来ます」
 確かあの電気コンロは、新聞広告欄に載っていた物である。しかし粗悪品でも無いらしく、揚げ足の取れぬ僕は黙々と歩みを進めるだけだった。
 
 銀楼閣に入れば階段のふもとに鳴海が腰掛け、尻をさすっていた。普段の拠点で足を滑らせるとは、とても元諜報員とは思えない。抜けてしまえば時間と共に只の一般人≠ノ成っていくのだろうか、身も心も。
「まさか予備のランプまで油切れちゃってると思わなくてさ」
「不貞寝でもされたら良かったのに。所長に暗い中で油差されるのは、少々怖いものがありますからね」
「明日の昼には仕上げとくべき報告書が有ってな、ハハ…………はぁ」
 延期が出来ぬという事は、雇用主ヤタガラスへの報告か。恐らく一晩で仕上がるだろう≠ニ直前まで放置した結果、この様なのだ。所長は実際、集中すれば仕事は速い。しかし自然の事象は個人都合などお構いなしで、ここぞという場で殊更残酷なものだ。
「鳴海さん、これ」
 僕の部屋から石油ランプを持ち出した人修羅が、廊下を照らし降りてくる。呼ばれる前に立ち上がっていた鳴海が、光源を振り返り、受け取った。
「いや悪いな、そっちの部屋にはこれ一灯しか無いだろ、平気?」
「俺もライドウも、手元に明るさ必要とする仕事は今晩無いので──あっ、でも晩飯の用意が」
「そんな、大丈夫だって。一晩食事抜いたくらいで倒れる訳じゃ無し、矢代君が来るまでは俺もライドウもしょっちゅう飯抜いてたもんだよ。な、ライドウ?」
 応答もせず否定もせず、一瞥にて相槌した。思えばその通りだった、鳴海と食事をしたのも、出前か飲食店が初めてだった筈。鳴海が一口食べたものを「やはりそちらにしたい」と強請る様に請い、毒見済みの皿を奪っていた。しかし幾度も使う手段では無い為、二人前の盛られた大皿を注文する様になった。やがて珈琲の一件で露呈し、僕はただ同情をされた。同じ癖を、昔は持っていたかもしれぬ人間に。
「もしかして、矢代君はお腹空いてた?」
「いえ、俺は……全く」
「じゃあいいよな。しかし電気戻るまでは下手に出歩かない方が良いぞ。特に階段、気を付けなよ?」
 忠告を残し応接室に入る鳴海を、僕も人修羅も無言にて見送る。黒猫だけが『ぬかせ』と吐き捨て、階段下の湿った座布団に身をうずめていた。
 
 部屋に戻るなり、人修羅は袴の紐を解き出す。人前での着替えを避ける彼にしては珍しい、濡れた着衣が相当不快なのだろう。僕も重量を増した外套を脱ぎ、寝台に放る。ホルスターを腕から逃がし、管を入れたまま椅子の背に掛け。銃はサイドチェストの抽斗に納め、塞ぐ様に刀を立て掛けた。
「おいそれじゃシーツが湿るだろ、ハンガーに掛けろよ」
「僕の寝床だろう、君が気にする事ではない」
「共用だ」
「違うね、お情けで貸してやっているのだよ。文句が有るなら、君が其れを掛けてくれ給え」
「どうして俺があんたの身の回りの世話までしなきゃいけないんだよ」
「僕と契約したから」
「サマナーに使役されたって、普通は戦闘面だけだろ……駆り出されるの」
「おや、分かっている癖にあの程度の働きとは恐れ入る。君が主な戦力となっているのは、銀楼閣の生活面だろう?」
 挑発に応えるかの様な殺気を感じた、肌を撫でるそれが湿った肌に心地好い。しかし、窓からの閃光が互いを晒した途端、世界から引き戻されてしまった。白けた空気を裂く、大太鼓の音だ。
「──っ……いきなり落ちやがって」
 一歩二歩と後退し、流れのまま寝台に腰かける人修羅。目を瞑り項垂れ、じっと押し黙る。白い項も露わに、木綿シャツが緩く吸い付く肌には、未だ紋様が無い。
「ククッ、さては君、眼だけ切り替えていたのかね」
「……」
「坑道内でその技を使えば、不意打ちなぞ喰らわず済んだものを」
「この身体の事、今ほど理解してなかった……仕方無いだろ。それにあんな完全な暗闇、眼を凝らしたって殆ど視えない。あそこ住処にしてる連中相手には、分が悪いに決まってる」
「気配で幾らか読める筈だがね」
「光玉もライトマも無い時は……壁伝いに歩くしか無い、自分の光じゃ足りな過ぎて。あんな動きずっと続けてたら、壁の気配か天井の気配か悪魔の気配か、もう分からなく──って何云わせるんだよ」
「成程、停電にも戸惑う訳だ」
「電気の無い暮らしなんて考えられない。何処も普通に照明が有って……寝る時や不在時に消す、わざわざ暗くするなんて映画館かお化け屋敷くらいのイメージだ、それだって非常灯は煌々としてるのに。停電みたいなイレギュラーは、普通に不安になる、俺が特別びびってるんじゃないからな」
 此方を睨む事もせず、人修羅は項垂れたまま。落ち切らぬ雷の、零れた光が影を作る。遅れて鳴るかもしれぬと、耳をそばだてている事が互いに知れた。
「……そうだ、電気。思ったよりも使われてて意外だった、大正」
「此処は帝都だよ功刀君? 山の方はまだまだ不通さ」
「空は雷で眩しいのに、下は停電で真っ暗とか……昔、納得いかなかった。雷をそのまま生活の電気にしたらいいのにって、子供心に考えはしたけど。雷発電とか聞いた事無いし、何か難しいんだろうな」
「雷発電かね、昔はよくやらされたよ」
 此の発言にひとつも含みは無いというのに、面を上げた人修羅は、それこそ詐欺師に向ける眼差しだ。
「発電っていうかそれ、雷電属辺りに電気出させるんだろ」
「御名答……と云いたい所だが。恐らく君の脳裏には、乾電池が如く接続される悪魔の図が浮かんでいる事だろう」
「違うのかよ、それくらい平気でやるだろ、サマナーって」
「調伏からの使役とて、一方的な扱いは長続きせぬよ。交渉時には、まず撥ねられるだろうね」
「あんたが云うか」
「おや、僕の仲魔は皆、快諾してくれたが?」
「俺の記憶では……あんたあの時、そこまで細かい事云って無かった……説明してくれなかったじゃないか」
 明滅に見え隠れする君の表情は、悔恨か憎悪か羞恥か、照らされる度に色を変えて。
 僕はそれを眺めながら、帽子を脱いで壁フックに掛けた。続いてベルトとスラックスを解き、床に落とす。寝台の外套に被せる様に、つま先で蹴り上げた。
「だって君、聞かされていたとして、話半分だったろう」
「は……なし半分だと」
「細かい事を、そもそも訊いてこなかったね? 君はあの時、とにかく濡れない場所≠ノ行きたかったのさ。水から引き揚げられたなら、それで良し。雨宿りの屋根を見付ければ、それで良し」
「それは……」
「フフ、安心おし。藁や泥船になるつもりは無いよ、しかしそれは僕自身の為だがね」
 シャツと褌は湿っていない為、このままで。椅子に腰かけ脛を撫ぞれば、そういえば今日はソックスガーターを嵌めていたのだ思い出す。雨になると知っていれば、足袋と脚絆の方が良かったな。湿り引っ掛かる靴下をベルトごと剥がし、その辺に放った。
「だから、どれもこれも、ハンガーに掛けるなりしろよ」
「制服のアイロンも、ベッドシーツの洗濯も、君がやってくれるのだろう」
「皺つけて難易度上げるな。シーツだって、今夜その上で寝るんだし」
「煩いねえ、MAGを割り増しすれば黙るかね?」
 まだ呉れてもおらぬ内に黙った、もしかして本気にしているのだろうか。しかし、僕はそもそも制服の軽い皺なぞ気にしないし(戦闘でどうせすぐに出来る)よほど酷ければ自らアイロンくらいかける、損傷が酷ければ替えを発注すれば宜しい。寝具もそう、毎日洗い替えするものではない、月に数回しか寝転がらぬのだから。すべて人修羅が、勝手に生活まわりを管理しているだけに過ぎぬ、あれは自己満足なのだ。
「はぁ…………くそっ」
 忌々し気にぼやいた人修羅、衣装箪笥から浴衣を引っこ抜くと、手早さからして雑に着込んだな。甲斐甲斐しくも僕の制服一式をハンガーに吊るし、シーツをばさりばさりと煽ってからマットレスに掛け直す。掌で布地を確認すると、位置を決めて寝そべった、恐らく湿っていないサラリとした範囲だろう。雷が息を潜めていようと、気配と音で大体判る。
「靴下の位置まで探る気にならない。明るくなったらあんたが籠に入れとけよ、ガーター外して」
「おや残念、這いつくばっている時に遊んでやろうかと思ったのに」
「最低、もう俺は寝るからな」
 読みかけの本が瞬間、机上で目立つ。今宵の友とする筈が、流石に此れではゆっくり読めない。不貞寝をする何処かの誰かと同じく、横たわる背をただただ照らされ。
「不通といえば、僕の庵に電気が来たのは既に里を離れようとする頃、ようやくだったかな」
 背表紙を指先に撫ぞり呟けば、何故か向こうの人修羅が身じろぐ。
「…………じゃあ何処の為に雷発電してたんだよ」
「あの里さ」
「働かされてるのに殆ど使えなかったって事? 何だそれ、タダ働きじゃないか」
「君、寝るのでは無かったかね」
 また黙り込む人修羅、一層強くなる雨脚が誤魔化してくれよう。
 机の抽斗から適当な箱を掴み、一本抜く。咥えるだけで湿度がじわりと、苦みだけを口先にとろかせる。
えーっ、じゃあフーって完全にタダ働きって事なのぉ?
 昔、似た様な指摘を受けた。僕は何と返したか、深く思い出せぬ。どうでも良かった、何もかも指導の一環、修行の一環、そう片付けられるのだから。その様に返した記憶が有る、そう──……
 
 
「じゃあ夜中に勉強する時、どうしてんの」
「石油ランプ」
「あれすぐ煤けちゃわない? フーの小屋って、引込線が無いって事?」
「電柱と電柱の合間に無いからね」
「あの位置、何するにも不便で凄いね! 蝋燭で勉強する苦学生とか、大人が苦労話する時の誇張かと思ってたやあ、もう殆どソレだよね」
 好き放題云ってくれる、そして相変わらず僕を狐(フー)と呼び続ける同期。まるでお前と二人一組の様な呼称、うんざりする。
「リー、そんな云い方しなくても。私の住処だって、特に電気を使わないし」
「だって白灰って電気点けたら蒸発しちゃいそうだし、白灰こそ蝋燭で丁度いいんじゃないの」
「そんな事云ったら、とっくに陽射しで干乾びてるでしょ」
「はははは」
 班長を遮り、狸(リー)の煩い笑い声が洞内にこだまする。
「電気なんて買ったらいいのに、マーマの知り合いに発電所作ってる人居るよ、小さいのだけど」
「気前が良ければ、修験界もあんなにボロじゃないでしょ」
「そうだ、白灰ってあそこの保安させられるんだっけ? でも最初からボロかったら、手抜き管理してもバレ無いから良かったね!」
「もう襲名コースから外れたのだし、のんびりさせて欲しいんですけどねぇ」
「狩りは大勢でやった方が良いからね! それに今回は白灰が班長で良かったよお、ガマだったら何かにつけてイビられてたもん」
「彼はね、寂しいんですよ。だから何をされても本当に無反応でいれば、あっさり離れます」
「へーまるで知ってるみたい」
「知らないよ、でも見ていればそんな感じします、しない?」
「嫌いな人のこと、出来るだけ見ないようにしちゃうからなあ。ねえ、フーはどう思う?」
 そろそろ矛先を向けられるであろうと、多少身構えていたものの、やはり苛立ちは軽減されない。
「ガマに深い考えなど有るものか。気安く振るう暴力に、己への思慮はひとつも無い」
「ま、そうだよねえ、あんなの只のシゴキだよね。でもガマって最近、フーの事えらく苛めてない?」
「他の連中以上に反抗する、そんな僕に煽られている、それだけだ」
「年下なら全員オレの子分! みたいな態度だったけど、なーんか違う気がするんだよなあ、フーに対しては。あの人の家って、フーの襲名反対派だっけ?」
「知らぬ、どうでもいい。白灰殿、さっさとそいつに私語を慎めとの誡めを──」
 雨音を追い遣る勢いで、落雷の轟音が入り込む。鼓膜が落ち着きを取り戻す頃には、各々腰を上げていた。雨宿りは終いという事だ。
「雷様が誡めてくれましたねえ、いや随分と気が利く」
 呑気に述べつつ、白灰がフードを被り込んだ。白髪頭がすっぽりと隠れ、却って若々しさが戻る。
 僕とリーは向かい合い目視にて、装備の点呼。服装は筒袖着物に野袴、しかし自前である為、僕の方はだいぶ草臥れて見えた。
 管1、ナイフ1、牛黄丹2、式札1
 続いて蝋引きされた革製背嚢を担ぐ、それぞれに一つ。
「重いよぉ、軍人じゃないんだからさあ。訓練じゃなくて、経費削減って正直に云ったらいいのに。ぼく、そもそもスポンサーの息子なんだけど」
「重量はどうでも良いが、せめて中身入りの管も支給して欲しいものだね」
「狩りじゃなくて、合戦に夢中になっちゃう人が居るからじゃないの。確かフー、それで怒られてたよね」
「うるさい」
 背嚢の上からキャメルマントを羽織り、自分達もフードで頭を隠す。脚絆の紐を再度締め、薄くゴム引きされた手袋を嵌める、これで一通りの装備は完了だ。
「暑いよぉ、梅雨時にこんな格好で山歩きさせるのオカシイよー」
「さっさと狩ればさっさと脱げる」
「こういう時だけ上質なキャメル用意してるの笑っちゃう、この質感は本物だよ」
「谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ」
「なんだっけそれ?」
 リーの疑問は無視して、白灰にさっさとしろ≠ニ視線で促す。
「ええと……険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。でしたっけ?」
「違う」
「あれ、そうですか、イザヤ書四十章の辺りで合ってると思うけれど」
「其れは合ってる、僕が求むるは出立号令だ」
「ああそっち、はいはい分かりました。二人とも私より優秀なので、改めて云う事も無いと思うんですけどね。今回の目的は、ライジュウ捕獲──もとい、交渉。蓄電池に充電の際は、出来る限り此処へ引き返します。話を聞いてくれそうな相手には、里への勧誘を実行、承諾された場合は管に。決裂し襲撃された場合、第一に逃走、距離を詰められた際は応戦、硝子ナイフを使用する事。それと、マントはあくまでもライジュウに捕縛されない為のキャメルですからね、お空から降って来る雷は防げません、そこ注意してね」
 肩掛け鞄をマント内に収めつつ、白灰が先陣切って表に出た。コロポックルの一体も居らぬ百穴を背に、雨の中をじりじりと歩み続ける。未だ日中ではあるものの空気は薄暗く、初夏の白百合だけが鮮やかに揺れ惑う。
 ふと、病人の様な手で樹木を指す白灰。枝葉の下まで歩み寄れば、木肌に大きく引っ掻き傷が認められた。武骨な三本線、間違いなくライジュウの爪痕だった。
「さてどうかな……ビリビリ来るので、まだ新しいと思うんだけどねえ」
 呟きながら、其処を硝子ナイフで撫ぞる白灰。刃先が淡く輝きを滲ませ、伝う雨粒がそれを幾重にも見せた。摩擦が終われば全て元通り、全員の意識が刃先から乖離した、まさに一瞬の戯れだ。只の刃物と化したナイフを、白灰が懐に仕舞いつつ訊ねる。
「MAGの残留具合からして四町程度かな、どう思います?」
「四町も歩いたら、コレ残していったヤツとは別のライジュウに遭うんじゃない?」
 真っ先に答えたのはリーだった、こいつはいつも瞬発的に意見し、熟考は後回し。訊ねながら二転三転する事もあり、議論の場を掻き乱す。議論するだけ疲れる為、公以外では五割無視している、勝手に喋り続けるのだから何も問題は無い。
「そうかもしれないね、では方向の推測だけしましょう」
「此処から上の〈針〉に向かうと思うよ。針までは結構距離あるし、それまでにめいっぱい遊べると思うし、到着したら針登ってそのまま空に帰っちゃうでしょ〜」
「つまり此処から西、標高は上と」
 針というのは、鷹円弾であらかじめ打ち立ててある鉄棒の事。山の麓から悪魔に投擲させ、現地まで赴く手間を省く。避雷針も兼ねるが、ライジュウが空に登る際の足掛を想定し設置する為、どちらかと云えば罠である。
「異見あり」
「紺野君は東という事ですか」
「未だ鳴り始めて時間も浅い、遊び降りておきながらトンボ返りするものか、距離が有ろうと玩具が無ければ意味も無い。それに最近、あぶれた蛙どもが平野からこの辺りに住処を移している、ライジュウがその一匹にでも気付けば、暫く狩りに興じる筈。此処と同等もしくは低位置、従って付近か東」
「成程ね……それでは君らの指す方角の、ちょうど中間を取りましょうか」
「白灰殿の推測は」
「私個人からは特に無いよ。かといって、どちらか一方の提案を受け入れるのもね。帰路でわあわあ質問攻めされるか、ぐちぐち囁かれるのは、雷より響きそうですから」
 この男、外見だけは朴訥として、昔からこの調子だ。それがどこか師を思わせるので、正直不愉快だった。
「ねえ、ちょうど中間って……道っぽい道無いけど?」
「時々走らされるじゃないですか、獣道ですら無いところ。ま、今回は雨天という違いだけでしょ」
「貧弱に見えてそーゆー人なんだねえ、白灰って」
 大袈裟に溜息を吐くリーに、白灰は抑揚も無く笑い返した。
 

『折角チョイト分ケテヤロウッテノニ、何故ニオレガ移動セントナランノダ』
 らいでんの空瓶を放り投げたライジュウ、華奢な破裂音が雨音に流される。交渉に水も差さず黙っていたリーが、いよいよ隣から小突いてきた。
「一升呑んどきながら、欲張りなヤツ。コレ決裂したら、教官に怒られちゃうと思う?」
「百穴への移動を条件付けなかった白灰が悪い。この場なら半量、百穴なら全量で交渉すべきだった」
「平気でほいほいあげちゃうもんね、白灰」
 酒の入ったライジュウは、空中で駄々をこねるばかり。電光で影になった白灰が、うーんと唸り肩を竦める。
「分かりました、此処で宜しくお願いします」
 何が分かりました≠ネのだ、僕とリーは硬直した。
「えっ、ホントに此処でやるの? そんなの最終手段っていうか例外だよねえ、雨の中?」
「さっきより雨脚も弱いし、風も無いから真っ直ぐ落ちている。君も紺野君も、背丈はそこまで違わないし。状況としてはリスク4、リターン6と思うんですけどねえ」
「嘘だあ〜! ちょっと、フーも何か云ってよ」
 数字だけなら白灰の云う通りだった。ただそれは全員が気を揃え、ひとつの失敗も無くやれた場合の数字。面子に部外者、それも悪魔が交ざれば途端に難度は跳ね上がる。
「本日遭遇するライジュウが皆、百穴に来てくれぬ可能性は有るね」
「可能性使ったら、何でも云えるってー」
「死亡率の高さで云えば、悪魔使用の模擬戦が上だろうよ」
「まあそっか、今年も一人死んだっけ? いやでもでも、コレに関してはやるやらない選べるんだから」
 ごねるリーに、白灰が折り畳まれた布を渡す。
「二人ですよ、死んだの」
「ああそっか〜ってナニ寄越してきてんのさ」
「訓練でやったでしょ、天幕の下で充電作業を行います。二人共、背嚢を地面に降ろして、出来るだけ平らな位置に。其の布を開き屋根を作ってください、整流調整は班長の私がやります」
 そうと決まればライジュウの気が変わらぬうちに、迅速に行うだけだった。リーと僕とで大判布の端を掲げ、天幕を作る。その下に蹲る白灰が背嚢を開き、蓄電池のケーブルを手繰り寄せる。
「この先端を掴むか咥えるかして、私が良しと云うまで力を注いでください」
『オイ、容物ガ二個有ルナンテ、聞イテ無イゾ』
「そういえば確かに。でも各容量なんて大した事無いし、貴方の覇気を見るに、恐らくあっという間に満タンですよ」
 適当な煽りでも気を好くしたのか、ライジュウは地を這うように転がり込み、白灰からケーブルを奪い取る。耐電装備をしているとはいえ、慎重になる一瞬だ。すぐ傍で監視するサマナーと、雨に打たれ屋根を作るサマナーと、どちらが危険なのかは定かで無い。
「この蓄電池を商売にすれば良いのに、一家には充分な容量だよ」
 また勘定を始めた狸、デビルバイヤーでもやっていろ。
「一家に一人サマナーが必要だ、そんなもの帝都でさえ売れぬ」
「タンガーバルブだけでも売ればどうかなあ、これは市販品を改造してあるじゃない」
「ヤタガラスが鞍替えし工業一本でやっていくと云うのなら、僕は降りるね」
「帰る家無いんだし、フーはそのまま働くしかないでしょ。手先器用だから大丈夫だって!」
「まず此の蓄電池からして、利用者を無視したケチな設計をしている。一般大衆を相手にした商売が出来る訳無い、屋号に因んで三又ソケットでも製造するかね」
「あははははぅえほっ、げほっ、雨クチに入った」
 雷電属の電気は魔力雑じりの為、サマナーが整流器を補助しなければならない。抵抗器横の金属ハンドルを掴み、己のMAGを手先に集中させる、すると魔力のみがハンドルへと流れ込み、そのまま相殺される仕組みだ。それ単独では機能せぬ為、MAGで引き寄せる必要が有る。このハンドルは吸魔武器の出来損ない≠ツまり錬剣術の失敗作を再利用した物であり、魔力を選別出来たところで吸収には至らぬのだ。
「良し、いいですよ、もう満タンです」
 白灰の号令直後、うんと伸びをしたライジュウ。ゆらゆら漂うヒゲが天幕をかすめた瞬間、バチッと派手な音を立て、僕とリーは一瞬で無言となる。
『マ、コノ程度ナラ大シタ事無イナ!』
「もう一個はどうでしょう、やってくれませんかね」
『ソウダナァ……一服入レタイナァ、MAGヲ寄越セヨ』
 表情という程の変化も無いライジュウが、何故か軽薄な笑みを浮かべている様に見える。白灰は即答せず、片膝ついたままじっと悪魔を見詰めている。
「可悪、坏蛋──」
 リーが小声で幾つかぼやいた頃、天幕の下で獣がバチバチ荒ぶった。
『オイ小僧、ソノ言語ガネイティブ<iンダヨナァ、オレ様』
「あららー」
 そばかすの頬をすぼめ、悪怯れる様子も無いリー。もしや態とではないのか、早く帰路に就きたいからと、悪魔が知るであろう言語を選んだのかもしれぬ。白灰はともかく、僕はあの程度なら理解は出来る。
『ソウダナァ……ソッチノ陰険ソウナ小僧』
 ライジュウのアピールに無言で居れば、他二名が「呼ばれてるよ」と口々に寄越す。
『蛙ノ形シタ屍肉共ガ云ッテタゾ……コンノ<g云ウ奴ノMAGニ有リ付キタイト。オ前、ツイサッキコンノ君<g呼バレテイタヨナァ?』
 予感はしていたが、やはり面倒な展開だ。天幕を崩さず回避するなど不可能であり、交渉権も班長に有る。
「どうする、紺野君」
 白灰は本当にどちらでも良さそうだ、既に盤上に居らぬ者の余裕か、はたまた全てがどうでも良いのか。
 リーも同様、結果に拘る風は無い。この訓練と称した雑務≠ェ評価に響くとは、一切思っておらぬのだろう。他の班に出し抜かれようと、虚仮にされようと、笑って済ませるつもりか。
「……二十秒程度、くれてやっても構わぬ」
「ははあ偉いね、まあこの面子であれば君が一番美味しい≠ナしょうから」
 色気も食気も無い声色で、僕を批評するな。やる気の無いお前達とは違う。真に目的も無く、いたずらに椅子を奪おうとするな、慣れ合いつつ突き落とそうとする事を知っている、解っているのだぞ、僕は……
『オッ、確カニ美味ソウナ匂イ。マントノ駱駝臭サガ、チョイト気ニナルケド』
「ライジュウさん、触れない様に願いますよ、接触せずともMAGは伝わりますからね」
 じわりと血の気が引く感覚、ブーツでぬかるみを踏みしめた。目と鼻の先でギラギラとされ、肌もひりつく。ライジュウの明滅に阻まれ、しゃがんだままの白灰の声が更に遠く感じる。
『ゴチャゴチャ煩イナァ、分カッテルッテ!』
「あっヒゲが──」
 
 
「火も点けないで、寝惚けてるのか?」
 目と鼻の先でギラギラとする、金色の双眸。君が一息かければ穂先は燃え、舌先に流れ込む草の刺激。
「誰も頼んでおらぬのだがね」
「いつもは気が利かない≠ニか文句云う癖に、自己中野郎」
 着火だけして、ふらりと寝台に帰る人修羅。僕は灰皿を引き寄せ、煙と共に逡巡した。
 そう、あの時……咄嗟に振り返ったライジュウのヒゲが、フードの陰りに入り込み、僕の頬を撫でたのだ。次に目覚めたのは医務室の救護ベッド。ひとまず介抱されているのかと安堵し、生き延びた事に落胆した気がする。二つ目の蓄電池は暫く放置され、晴天日に回収された。
「眠いならさっさと横になれよ、寝煙草で火事とか最悪だからな」
「僕をサマナーと知る者は、君を真っ先に疑うかもね」
「そういう懸念も有るから云ってるんだ」
 先程より遠退いたか、囁く雷は切れかけの照明が如し。明滅の度、揺らぐ煙が鮮明に現れる、それは狩りの雷雨を想起させる。山の輪郭を隠す斑の雲、湿った草の匂い、冷えゆく肌。
「昔の事、考えてたのか」
 記憶の情景を突き破る、君の声。
「何故そう思う」
「雷発電云々の後、急に静かになったから。何か思い出してるのかと思った……それだけだ、別にわざわざ聴きたい訳じゃない」
「だろうね、君にとって楽しい話なぞひとつも無い」
「そんなの今更過ぎるだろ! じゃあどうしてこれまで俺に喋ってきた? 中途半端にあんたの情報与えられてるのに、今みたいに伏せられたら却って気になる」
「伏せたのではない、明かす程の大した出来事でも無かったという事さ。フフ……それとも何かね、君は僕のこれまでの全てを知りたい訳?」
「誰もそんな事──」
 身を捩り僕を睨む眼に、怯えが見えた。大体読める、必要以上に知る事が怖ろしいのだろう。君は暴力を耳にする事そのものが不快であり、僕の過去は殆どがそれで構成されているから。そして、僕が被虐側である事実を直視したくも無いのだ、己に都合が悪いから。
「いや……痛くても辛気臭くても、それはもう仕方が無い、この際構わない。俺の前で、勝手に何処か行かれるよりマシだ……黙って煙草湿気らせるだけのあんたとか、気味が悪い」
「指図されるのは御免だね、余所に意識を飛ばしているつもりも無い」
「昔を振り返ってる時のあんたはライドウじゃない、生きてるのか時々判らなくて……怖い」
「言葉を発していれば生者の証と云うのかい、馬鹿々々しい」
「それが俺に向けられていたら、俺にとっては生きてるも同然だ」
「憑かれ易い者の台詞さ、愚かだね」
 指先に熱を感じ、咄嗟に灰皿に押し付けた。既に口紙まで焼けている、味わった気がしない。
 雷に読書を奪われ、些事に煙を奪われ、頭の奥が苛立ち燻る。人修羅功刀よ、お前が妙な事で喚き始めるからだ、狸寝入りを続ければ良かったものを、何故此方へ来て火を点けた?
「……肉体が無くなろうと、俺を簡単に捨てたらタダじゃおかないからな」
 恨めし気な声に、ぞくりとした。成程、僕を簡単に死なせるつもりは無いらしい。そうだ、愉しめそうだから君を誘ったのだった、僕の血みどろの人生に。
「ならばせいぜい、戦場以外でも快楽をくれ給え」
 本を片手に椅子から離れ、人修羅の隣に転がり込む。さっさと生やせと項に爪を立てれば、舌打ちと共に顕在する避雷針。いつも僕がボルテクスで追っていた、艶やかな黒。
「こんな暗い中で読めるのかよ」
「君が頁送りするのだよ、ほら」
「は?」
 うつ伏せで、互いにくびり殺せる間合いで、ひとつの本を開き眺める。君の手が載ると、モノトーンの文字が色付き照らされ。翠か碧か曖昧な、里近くの沼の色。雨上がりの淀みから脱した日が、一等鮮やかで美しい。
 そんな事、真っ直ぐ伝える訳が無い。あんな腐敗した処にも、美しい記憶が有る事を。君の姿を見た時に、それを思い描く事を。認めたくない、許したくない、繋げたくない、僕の思考の帰る先を。
「石油ランプよりも都合が宜しい、しかも自動で捲ってくれる」
「人力だろ、誰もやるなんて云ってないし、捲るタイミングも分からない」
「──けれども間もなく全くの夜になりました──」
「読めとは云ってない」
 横目にじろりと睨む金は、雲間から覗く眩い色。
「──空のあっちでもこっちでも、雷が素敵に大きな咆哮をやり、電光のせわしいことはまるで夜の大空の意識の明滅のようでした──」
「何だこれ、雷の話?」
「──いっぱいに咲いた白百合が、十本ばかり息もつけない嵐の中に、その稲妻の八分一秒を、まるでかがやいてじっと立っていたのです──」
「宮沢賢治? この人の話って、抽象的過ぎる部分に出てくるあれこれが、実在してるものか判らないんだよな」
 碧い光に捲られて、次の場面。
「──それから遠い幾山河の人たちを、燈籠のように思い浮べたり、また雷の声をいつかそのなつかしい人たちのことばに聞いたり、また昼の楊がだんだん延びて白い空までとどいたり、いろいろなことをしているうちに、いつかとろとろ睡ろうとしました──」
「…………ライドウになる前のあんたは、俺の事知らないだろ。ああして昔の夜になってると、俺の事なんか見えてなくて、契約の事も忘却されてそうで……殴ってでも引き戻したくなる」
「殴れば良かったではないか。さすれば少なくとも最新の記憶は上塗りされ、今後の雷の夜は君のものだ」
「真っ暗でも、あんたと煙の匂いは分かるから……だから、火で良かったんだ」
 月の色か雷の色か、人間の情か悪魔の性か、はたまた両方か。僕を間近から、ぎらぎらと鋭く貫く光。
 息を吹き返す雨脚と返り咲く雷鳴、まだまだ電気は戻らぬと察す。
「──ぬれた着物をまた引っかけて歩き出すのはずいぶんいやだ。いやだけれども仕方ない。おれの百合は勝ったのだ──」
 人修羅が捲ろうとした頁ごと、反対から本を閉じる。咄嗟に引き抜かれた手を僕は掴み、避雷針に噛み付いた。


-了-


* あとがき *
 「電力としてのライジュウ狩り」の話を思い付き執筆開始したものの、回想前後のパートに一番悩んだ。今回は回想を矢代に「話していない」ので、矢代が拗ねてるというか不安がっているというか。夜がライドウになる前は自身と一切関りが無かった為、そこに没入されると置き去られた感覚に陥るのでしょう。そして実際、昔の夜は闘争心と希死念慮でいえば、後者の方が強い時期だったと思うので、その空気を感じ取り生きてるのか時々判らなくて≠ニ述べた。一方殴れば良かったではないか≠ニ云う夜、彼は矢代が「自分のせいで」掻き乱されて暴力的になる姿に、昂奮と安堵を抱く。それは距離感の再確認と、生の実感から。
 過去作のモブがわいわい出てきますが、知らなくとも読めるかな…という立ち回りをさせました。しかし知っていればそれはそれで味わいが有ると思うので、興味の湧いた方は御一読ください。
 それにしても電気に関して3年間専門的に習った筈なのに、今回資料集めをしている際「全く覚えていない」事に笑いました。当時もテストで酷い点数しか取った事なかった、まさかこんな形で再び躓くとは。
(2021/8/31 親彦)

〜過去作読了の方に向けた小ネタ話〜

▽珈琲の一件
 ▼SS『かわいそうなこども-夜-』から。毒見をする、又はさせる基準が有る。しかし随分と古い話から拾った。

▽百穴(ひゃくあな/ひゃっけつ)
 ▼古墳時代の横穴墓の事。既刊「白昼霧」の『最後の一葉?』に登場した百穴と同じ(全く同じ個所に足を踏み入れていたかは不明)

▽狸(リー)
 ▼SS『揺籃歌』に登場したライドウ候補の同期生、家は華僑で機関後援者。そばかす有り、混血茶髪くせっ毛、ファニーフェイスと認識されている。愛嬌は有るがデリカシーが無い。母親の為には手段を選ばない非情さを持つ。紺野の事を狐娘(フーニャン)と呼んでおり、ほぼ同年齢。

▽白灰(しらばい)
 ▼SS『ヒイフウミイヨ』に登場したライドウ候補の同期生、師を同じくする兄弟子。知識と使役術に長けるものの、MAGの保有量が乏しい。生まれつき白髪。虚無的だが厭世的では無い。何に関しても無関心を自負していたが、師タム・リンを慕っていた為、無意識下で紺野に嫉妬している(自覚は無い)紺野より年上。

▽ガマ
 ▼SS『霊酒つくよみ』『阿古義な男達』に登場したライドウ候補の同期生。暴力的な男、後輩をよくいたぶる。襲名よりも権威の為、里に居付く。自らが嬲り殺した蝦蟇を紺野に利用され、呪いを身に受ける。紺野より五つ年上。

〜簡易解説〜

▼電影(でんえい)
【1】いなびかり。稲妻。
【2】中国で、映画のこと。

▼石油ランプ
石油を燃料とする照明器具。日本では明治頃に完全普及、電気に取って代わられるまでは一般的であった(蝋燭の方が高価な為)

▼電柱
明治2年に東京横浜間の電信線が竣工。明治20年頃、東京電灯会社が本格的な電力供給事業を開始、なんとその頃には「景観維持」の為、外人居留地では地中線にしてあったそうだ。国内における無電柱化の最古と思われる。

▼ライジュウ〈雷獣〉
想像上の怪獣。落雷とともに地上に落ち、かみなりのような声を発し、樹木を裂き人畜を害するという。また、黄貂(きてん)の異称。深山にすみ、雷鳴の時村里に出るとされるところからいう=i出典 精選版 日本国語大辞典)

雷獣は作物を荒らす。雷が鳴ると村民達は割竹を叩き、雷獣を山中まで追い立てる。苗代田に竹を立てておくのは、雷獣がそれを使い天に昇るとされる為(茨城県 久慈郡)※栃木や千葉にも「かみなり狩り」の話が有った。

天保11年の書物に「雷獣はラクダを嫌う」との俗信が記されている為、キャメルのマントを装備させた。

▼「谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ」
白灰の答えた通り〈イザヤ書四十章〉からの引用、洗礼者ヨハネが人々の回心の為に説いた教え。 紺野が唐突に口にしたのは、ヨハネが「らくだの毛の皮衣」を身に纏っていた事から。キャメル(ラクダ毛100%)のマントにうんざりするリーを揶揄う意図であったがリーは理解せず、白灰も引用元を回答したが揶揄には気付いていない。

▼硝子ナイフ
種類にもよるが基本的には電気をほぼ通さない為、素材として硝子を選んだ。ただし数百度まで熱されるとイオンが伝導し易くなる為、電気を通す。

樹皮に残された「ライジュウの爪痕」を硝子ナイフで撫ぞると、ナイフを持つ者のMAGと反応して刃先が発光する。僅かに残留したライジュウのMAGと引き合う為(引っ掻き傷が浅かったり、時間が経過していると検出されない)これは作者の勝手に作った仕組み。

▼四町
一町=六〇間=109m という事で、四町は「400mと少し」くらいの感覚。

▼蓄電池
当時既にバッテリー(蓄電池)が有り、大容量のものはタンガーバルブという真空管を使用していた。

雷は分類するのであれば直流≠ニよく言われるが、それは「落ちる前」の状態を指す。ライジュウが継続的に(一気に注ぐと溢れる為、少しずつ傾け注ぐイメージ)流して来る電撃は雷サージのイメージが有る、なので交流として書いた。それに伴い蓄電池の整流機構を考え「一般的なタンガーバルブ+サマナーによる電圧・波形調整」が出来る様な仕組みにした。一部エネルギーを相殺する事での調整だが、サマナーが吸収出来る設計に無い為、紺野は「粗悪品」と思っている。この特殊蓄電池も勿論、作者の捏造。

▼三又ソケット
大正時代の「一戸一灯契約」(家庭内に電気の供給口を電灯用ソケット一つだけ設置し、電気使用料金を定額とする契約)に対し登場した製品が「二股ソケット(二灯用クラスター)」これは供給口が二股なので、電灯と同時に電化製品が使用出来る。紺野はヤタガラスという屋号なので三又(三足)で出せ≠ニいう意で冗談を言った。因みに三股ソケットも当時既に有った。

▼可悪、坏蛋
中国語の罵倒。
可悪(クゥー(ァ)ウー):忌々しい、憎たらしい、クソ
坏蛋(ファイダン):悪人、ろくでなし

▼──けれども間もなく全くの夜になりました──
宮沢賢治「ガドルフの百合」から引用。しかしこの作品は大正12年草稿であるものの、出版自体は昭和9年。ゲーム中の大正20年が昭和6年にあたるとすれば本作に登場する事象自体、大嘘である。
「雷雨に見舞われたガドルフという男が黒い家に逃げ込み、嵐に揺れる白百合と己の恋を重ねる」という内容だが、この恋というのも具体的に何を指すでも無い為、実情か夢想かも分からない。すべての表現が詩的で、ガドルフの夢に出てくる二人の男が戦う場面が非常に印象的。「闇の中にありありうかぶ、だぶだぶの豹毛皮の着物の男」と「烏(からす)の王のように、まっ黒くなめらかに装った男」という、これまた誰をイメージしたのか謎なヴィジュアルをしていて、どちらも美しく色気ある感じがする(しかしやる事は取っ組み合いの格闘である)