電子郵便はかく語りき

 
『なんだそれは、なにやら面妖な…』
「情報端末らしいですよ」
人修羅の切り捨てた人間の欠片を、拾った僕は
果たして意地汚いだろうか?
趣味が悪いと、またゴウトに失笑されるだろうか?

「アカラナ回廊からの出先で、一応存在は知っていましたが」
『またお主の収集癖が発露したワケか』
やれやれ、と黒猫は欠伸をした。
これが見知らぬ者の所有物なら捨て置くが、あの少年の…
人修羅の人間の部分をこれで解析できるかも知れぬ。
受胎前の東京でも見た、これの販売店舗。
数多くそびえ建つ建造物の中に、多く存在していた。
そして道行く人々が片手にする。
色や形は違えど、同じ物なのだろう。
「持ち歩き電話と言えば話が早いでしょうか?」
ゴウトのヒゲがピクリとする。
『そんな小さな物が?電話線はどうなっている』
「電波として飛ばすそうですよ、中継局がそこいらに点在していて…」
『いや、もういい』
話を早くに打ち止めされる。
こうなると僕の話が長い事を
このお目付け役は、よくよく理解していた。
『そもそも使い方は解るのか?』
それでも気になるらしいゴウトは、突っかかってきた。
「まあまあ、少しお付き合い下さい」
僕はターミナルを経由して、イケブクロに飛んだ。
「ほら、ゴウト、きっと電波もこんな感じで飛ぶんですよ」
『…』
「中継局を経由して、個人から個人へ」
『では各家に今まで在ったターミナルが、個人で保有する物になったという事か?』
「言いたいこと、理解して頂けましたか?嬉しい限りです」
『フン!』
なんだかんだで毎度話に釣られる辺り、人が良いというか猫が良いというか。

訪れたイケブクロの店舗密集地帯を散策する。
窓硝子に内部から貼られた広告達。
「いくつか販売元に種類があるようですから、この端末を販売する店を探しましょう」
『物好きめ…』
しかし、少し歩いた所に大き目の販売店が見えた。
どうやら複合販売店舗らしく、大体の端末はある様子だ。
もう既に反応しない“自動ドア”なる透明扉を横に滑らせる。
内部は受胎の際に少し荒れた程度の様だった。
店というのは、流行物や新作を並べるものだ。
これと同じ端末が見つかるかなんて、分からない。
「このような時に販売員の方が居ると楽なのですがね」
『フ、いつもは寄ってきて欲しくない癖によく言うわ』
「ばれていましたか?」
相変わらず自分への観察眼の鋭さには舌を巻く。
と云うよりも、僕があまりに包み隠さずいるだけか。

<だれか…居るのぉ?>

何者かの声に、反射的に銃を引き抜く。
ゴウトもすぐに足元で伏せ、神経を尖らせていた。
淡い光がカウンター越しにちらつく。
人型の光…そして全く無い殺意。
思念体か。
『やれやれ、驚かせおって』
脱力するゴウト。
「ここの販売員の方ですか?」
僕は銃をホルスターに落とし、いつもの笑顔で語りかけた。
<ええっ、こんな状態なのにお客様が居るのぉ!?>
どうやらボルテクス界に世界が変異したのは理解しているらしい。
僕は端末を取り出し、カウンターに置いた。
「これの取扱説明書を探しているのですが…」
<ええっ、これ結構古い機種ですよぉ〜>
ちょっと待ってて下さいね、と奥へ向かう思念体。
こんな折にまで仕事熱心で助かる。
暫くして、冊子と何かの装置を持って戻ってきた。
<コレが説明書で、こっちが充電器!>
「この端末はもう充電が必要なのですか?」
思念体はケラケラと笑う。
<変換機が無いと多分充電されませんからねぇ〜>
「電力を端末に直接注いでも無駄?」
<携帯が壊れちゃいますよぉ>
どうせもう売れないし、あげますよ、と渡された。
この端末に繋げたコードを、本来プラグソケットに挿し込むらしいが
それはミシャグジにさせれば良いか、と横着に考えた。
<お兄さんは他に携帯持っていないの?機種変してく?>
「あいにく未所持ですよ、それにこの世界で必要あります?」
<確かにね〜昔のメール見たりとかしか用途無いですもんねぇ!>
アハハと笑って端末の砂を拭いてくれた。
<てか待ちうけ時間割とか…!>
「問題でも?」
<い、いいえいいえぇ!全っ然!お兄さん勉強熱心そうだし!>
「フフ、よく言われます」
呆れ顔のゴウトを尻目に談笑を交わす。
そうして、販売員の間延びしたお見送りの言葉を背にして
僕達は店舗を後にした。


『…おい、何か解ったのか?』
ターミナルで取扱説明書を読みふける僕に、痺れを切らしたゴウトが啼く。
「まあまあ、ゴウトはその辺で猫じゃらしでも探しに旅立っていて下さい」
『生えておるか!たわけ!』
「少し北方角の崩壊した土手…」
ゴウトのヒゲがピクリと動く。
「ここより見て三番目の橋の下にあったような…」
ニヤリと笑う僕を見て、顔を引きつらせる。
『どうせ長いのだろう…?』
「ええ、まだまだかかりそうですね」
そうか、と独りごちて、部屋を出て行くゴウト。
期待からか、尾が振り振りと揺らめいていた。
(フ…可愛い性格)
猫も人修羅も可愛い可愛い。


大雑把だが…使用法は理解した。
もとより説明書の類は大好きなので、思わず読みふけったという事もあるが。
個人情報の侵害、か。
今更過ぎる。
僕は彼の事を知りたくて情報を探るのだ。
是が悪事なら、探偵は法によって裁かれるべきだろう。
自分勝手だろうが、悪趣味だろうがどうでも良い。
彼はもう、棄てたのだから。

手始めに、未開封の電子郵便でも開示してみるか…

[受信1件:新田 勇]

あの帽子の少年か…
一部始終を見ていたが、親友…という程でもなさそうだった。
おまけに友人否定。
彼らの繋がりの程は知らぬが、普段のやり取りが気になった。
学友だろう…
僕も学校に通ってはいるが、大切な友人など居ない。
そんな長い時間滞在していないのだから。
普通の学生達は、どんな会話を交わすのだろう。
ボタンを押し、文章を画面に映した。

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11/11水10:02
新田 勇

[件名]おいおい

マジで遅れるなよって言ったろ!
「冬休みだからって気が抜けすぎよ」
とかぜってー先生に言われるに一票!
もう電車降りたか?


それと微妙に関係無い話↓
待つの暇だからついでに打つわ。

お前俺が友愛の精神をもって下の名前で呼んでるのに。
そろそろ新田って堅苦しくねえの?
なんか俺だけ名前呼びとか、惨めっつーか…
他人行儀くさくね?
いや、名前で呼べとは言わないけど!
以上!

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…冬休み、先生、電車、名前呼び
情景を浮かべるが、まあ確かに、学生だ。
皆に葛葉と呼ばれる自分は、別に呼称など気にもかけたことが無い。
まさか。
これでああなったのか?
こんな事を気にしていたのか?
それだけ、とは思い難いが、しかし。
他人行儀…とは、言っていたな。

なんて。
なんて面倒臭くて、健全な人達なのだ。

これの返答を貰う事が出来たなら、新田勇という少年は救われたのか?
こんな事に一喜一憂して、友人だの親友だの盛り上がって…
(面倒だな…)
しかし、何かに満ち溢れている。
僕には宿らぬ、欠落した感情だろうか?
その正体が…解らぬ。



『おい、何か情報は拾えたのか?』
草にまみれたゴウトが帰還した。
どうやら猫じゃらしとご対面出来た様でなにより。
「人修羅は、学生でしたよ」
『知っている』
「低血圧らしいです」
『それっぽいな』
「流行に疎いと叱咤されていました」
『それっぽいな』
「ゴウトは、僕の名前を覚えていますか?」
いきなり内容が飛んだので、ゴウトは返答を止めた。
顔を洗いつつ、さも当然のように問いに答えた。
『夜。紺野夜』
「…誰が付けたのでしょうね」
『…さあ、誰だろうな』
この名を知る人間の、どれだけ希少な事か。
里以外では、この猫や、金髪の奴くらいなものではないか?
『我は、その名…なかなかに似合うておると思うが?』
「フ…“夜”ね」
日の光から遠い。影の世界。
ゴウトがどのような意味で云ったのかは追求しないが
確かに、僕もそう思う。
「いつの世も、学生達は勉学に、友愛に、人生への渇望へと大忙しだ」
端末をぱちりと閉じた。
「里で教える事の何割に、これ等が入っているのかな?」
『…デビルサマナーとしての能力に、それらは必要不可欠では無い』
黒猫が僕の前を横切る。
黒い影は死神のように、もたらす言葉は鎌のように。
『お主には必要無かった、それだけだ』
僕の言葉を切り裂く。
「ええ…その通りです」


人修羅、功刀矢代の端末の電話帳。
あまり多いとは云えぬその帳面に、僕は密かに自分の名を刻み込んだ。

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No14
紺野 夜

AB型
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可笑しな話だが、登録数が14代目とでも言いたげだ。
そして、血液型くらいしか自身の事を知らなかった。
登録先の種別アイコンという物があったが
考えあぐねた末…
(我ながら馬鹿馬鹿しいな)
友達という種別にしておいた。


人修羅の、端末の中に
かりそめの学生を言い張る
僕が誕生した。

宛先も何もない
空虚な人間が其処に刻まれた。

電子郵便はかく語りき・了
* あとがき*

何がメインの話なんだこれは…
しかし、ライドウが少しだけ普通の学生に興味があって
羨望が垣間見えたら面白いな、と思って書きあがりました。
普段あんな鬼畜なライドウですが 良い意味でも悪い意味でも、欲求の根源は純粋なのです…多分。