Good luck

 
暗い闇の中、鼓膜を突き破らんとする重い鼓動。
稀に奔る蛍光が照らす、蠢く悪魔と人の思念。
早い拍子が落ち着いて、ジャズィーな音が拡がり始めた。
ようやく静かになった所で、声を発する。
「御所望の物を持ってきた」
外套から、予め用意しておいたそれを取り出す。
ターンテーブルの向こうから、そのぼやけた腕を伸ばしてくる。
『おおっ!マジでJaxxじゃねーかよ!!何処にあったん!?』
「ネットレコード店が抱えてたらしい倉庫から拝借した」
『そうそう、CDじゃなくてレコードで欲しかったんだよオレぁ!』
僕から取り上げ、満足気に円盤を引き抜く思念体DJ。
そのかすんだ指で、どうやって操作しているのだか。
『しっかり再生されんだろーなコレ』
「ご心配無く、視聴用のテーブルセットが在ったから、確認済みだ」
『そりゃ気が利く!早速流すぜ!』
「構わないが、儀式の件、しっかり教えて頂くよ?」
『OK!OK!わぁってるって!』
ターンテーブルで回転を始める依頼のブツ。
ディスコフロアに緩やかに繋がれる、それのもたらす音。
聴き覚えの無さにか、ゆったりと身体を揺らしていた悪魔達が
光る眼をまたたかせて耳を澄ます。
カウンターの思念体達が、何が流れ始めたのかと談義を始める。
女性ヴォーカルが、重いうねりを伴ってスピーカーから流れ出す。
《Tell me tell me…》
視聴で既に知るフレェズが耳を駆けていく。
と、スピーカーからでは無い方面からの轟音。
暗いホールに、曲以外の騒音が響いて、視線が集中する。
ネコマタとリリムが、コソコソと会話しながら端に退く。
『おいおい喧嘩かぁ!?折角の新曲がパーだぜおいぃ』
傍のDJの嘆きをちらりと一瞥して、眼を凝らす。
その中央に蠢いている悪魔は、踊っているからでは無い。
はしゃぐ喧騒が、どよめきのそれに変わっていく。
「誰だ…」
聞き覚えのある声。あの調子…きっとキレている。
「俺の尻触った奴は誰かって聞いてんだよぉッ!!」
既に取っ組み合いになっていたのか、その雄叫びと同時に悲鳴。
比較的大きな図体の鬼が、こっちに吹っ飛んできた。
『げえええッ!?』
背後のDJに、聞こえる様に云いつつ脚を出した。
「ターンテーブル護身料金は別払いで宜しく」
外套の隙間からすらりと出した脚を、その対象物に振り抜く。
鬼が、僕に蹴り上げられて、段差を転がった。
のびて舌を突き出している姿がライトで一瞬見えた。
視線を中央に戻せば、取り囲まれている僕の悪魔。
『手前、此処で喧嘩は御法度だぜ?』
『細っこいその首へし折られて、悲鳴でもミキシングしてもらえや』
そんな揶揄に周囲もドッと沸いた。
金色の眼が強く光る。斑紋がどくりと脈打った気がする。
「おいっ、ライドウ!!視えてるなら手伝えよ」
此方に向いた矛先を、哂って返上する。
「さぁ…?僕は別に触られていないし、ねぇ」
すると、僕を睨んで人修羅は吐き捨てた。
「こんな低俗な処に、俺が好き好んで来る訳無いだろ」
その発言に、周囲の視線が鋭くなった。
(浅はかだな、相変わらず)
ホールに渦巻く熱気が殺意に変わる。
『踊り死ね!このガキがああァ!!』
人修羅に飛び掛る悪魔達。
曲調と並んで烈しくなる空気に、DJが悲鳴を上げた。
『静かにしろよクソッタレ共!!』
なら、アフターケアまでばっちりにしてやろうか。
「DJさん、終りはピッタリに合わせてくれ給え」
『へ?』
告げてから、抜刀してホールの渦に飛び込んだ。
人修羅の眼が、蠢く黒い影の隙間から垣間見えて、僕の視線に絡む。
此方を認識して、向こうへと意識を運んだのが見て取れる。
僕に獲物を与えて、楽をせんとするその算段。未だ臆病な君。
「功刀君、誘われたなら乗り給えよ?フフフ」
刀を、光る相手の目線に合わせて一閃させる。
視界を瞬時に奪われた鬼が、眼元を両手で覆った。
「Good luck Good luck…♪」
重低音に合わせて口ずさみながらその、覆っている手の甲を撃ち抜く。
貫通した鉛は、切り裂かれた眼球の溝にでも埋まったろうか?
「Enjoy your nightmares honey♪」
斬って斬って斬り踊る。
その間、背後に感じる熱さは、人修羅の焔と思われる。
あれは半裸でも、僕は真面目な書生姿なのだから蒸し暑い。
召喚して場をブフ系で冷やそうかとも思ったが、ホールは満員だ。
「がふっ!!」
咳き込む声に、振り返れば人修羅が片腕を捕らわれて
同時に他の奴から、胎に矛を打ち込まれている瞬間だった。
だが、反吐を吐き散らした人修羅は相手に牙を剥き出しにして。
「群れないと踊れない…?寂しいですね」
蔑み嗤いながら、胎にめり込む矛を膝蹴りにし、へし折っていた。
それが可笑しくって、僕は哂いながら
斬り伏せた悪魔達を靴先で除け、その私刑現場に接近する。
「〜sneer in your smile♪」
人修羅の腕を、我が物顔で引寄せるその醜い腕に鉛をぶち込む。
瞬間、僕へと意識が向いて、挙動が変わる奴等。
構わず、腰のベルトから抜いた弾を素早く装填し、放つ。
「Good luck!」
唖然とする人修羅の眼の前、特殊弾で凍った屍鬼がかくりと揺れる。
その冷えたオブジェに、外套を翻しつつ飛び蹴り。
着地をその悪魔の頭上で、ごりゅっと滑りながらして。
首に跨ったまま脳天に銃口を当てて口ずさむ。
「If you don't get a bullet in your head♪」
重低音と輪唱して撃ちこんで行くリズム。
既に絶頂から駆け墜ちて昇天するその悪魔のマガツヒを振り払う。
人修羅を放り投げ、此方へと襲い来る鬼に向き直った。
向こうに見える人修羅の動きと、合わせて踊ってやろうかな。
偶にはディスコでブギウギも悪く無いね?功刀君。
MAGを纏わせ、槍状にした愛刀。
ダンスパートナーとの間の、その壁に突き出す様にして、貫通。
その刃先からの更なる振動は、人修羅の放った蹴りと知る。
キュキュッと合わせられた帳尻。DJ流石。
最後の悪魔が絶命して、僕と人修羅だけが残った中央。
重低音が引き絞られ、静寂と共に舞い降りるスポットライト。
「Good luck?“Demi-Fiend”」
僕の台詞が静まり返ったディスコに響いた。
肩で息をする踊り疲れた君は、呼吸を正して頬の返り血を拭った。
「…幸せなのは、あんただけだっ…この…狂人…っ」





何故助けてやった僕に、その蔑んだ眼を呉れるの?
DJからは賞賛してもらえたというのに。
「尻くらい触らせておけばどうだい?空気が読めぬ奴だな君は」
傍の人修羅に云えば、彼は眼元を引き攣らせた。
「なら、あんたは触られて黙ってるのか?」
「まさか」
哂って返せば、溜息を吐いた人修羅。
「…で、情報って手に入ったのか?」
「勿論、そろそろ良い塩梅になる…」
僕の言葉に、嫌そうな顔をする彼。
きっと、僕の待ち望む展開に自身の喜ぶものは無いと踏んでいる。
カグツチの煌きに、小さく呻いて歩みを遅くするそんな君。
先刻のディスコでの憤怒は、煌天による滾りもあった所為か。
「くっそ…嫌になる、この身体」
「衝動が溜まっているなら、発散には良い機会と思うよ?」
「…何が」
「此処でね…召喚の儀式が執り行われるそうだ」
それがどうした、という顔で返される。
お前に関する事だというのに、随分と想像を放棄しているな。
「マガタマを持つクラスの魔王だそうだよ?」
「…そうかよ」
視線を逸らす姿、恐らく己の運命をまた呪っている。
「おいおい、君の為だぞ?功刀君」
問答無用で開け放つ扉。
その、いかにも儀式然とした空間に、僕の心は躍ったのだった。





「マーラ?」
なんだそれは…聞いた事の無い名前に、ライドウを見た。
大抵の悪魔はこの男に聞けば知れる。
「…マーラはね、釈迦が悟りを開く禅定に入った時に、瞑想を妨げた魔の者さ」
迸る雷光を見る、ライドウの眼が…やけに愉しげで。
それに違和感を覚えつつ、召喚の光を見送った。
ゆるゆると煙がたゆたい、影が形を成していく。
それが…妙なモノと連結する。
酷く…馴染み深いが卑猥なそれに。
そんな訳無いのに、何だろう、疲れているのか俺は。
そう、疲れてる、疲れているだけだ…




「あ、ははは」
傍からの乾いた笑い声。
人修羅が、召喚された魔王を見て、笑っていた。
「疲れてるだけだよな」
その声に、返事してやった。
「まあ、突かれるのはこれからだと思うがね?」
開いた口をそのままに、君が僕に視線を送ってくる。
いや、眼を逸らしたいだけか?
久々に清々しい笑顔が作れた僕は、青ざめた人修羅の尻を蹴った。

「Good luck♪」

どうぞ、ダンスの続きを。


Good luck・続く?
* あとがき*

ライドウの口ずさんでいる曲は『Basement Jaxx』の「Good luck」
クラブに似合う曲を選んだつもりですが…
そもそもクラブに行くタイプでは無いので、解らないです…
歌いながら残虐行為を働くライドウは怖い。
人修羅が売られた喧嘩を買うのが趣味。
さて、これ続きは…声が有れば書きますが、どうでしょう?
ちなみに“Demi-Fiend”は人修羅の英名です。試しに画像検索すると分かります…