陰徳の果実

 
「よぉ!ライドウちゃん!」
がなる様な声音で、事務所に入って来た男。
「お待ちしておりました」
「来いたぁなかなか偉くなったもんでぇ」
「フフ、僕と貴方の仲でしょう?」
ソファにどかりと腰を下ろす男、ヤニの匂いがする。
座りつつ胸元の煙草に指が伸びる辺り、ライドウよりもニコチン中毒か。
盆から浮かせた湯呑みを、その手前の卓にコトリと置く。
「…おぅ、お気遣い無く」
咥えた煙草に火を点けようとしながら、横目に俺を見た。
「…こんなひょろっこい坊ちゃん、此処に居たか?」
「ああ、風間さん…僕の助手ですよ」
向かいに腰を下ろすライドウが、哂って云う。
誰が、何時、あんたの助手に成ったんだよ。
「探偵助手の助手?そら可笑しい話だ」
「フフ、一部界隈では僕も面が割れている…」
「ははぁ、お遣い係りってか?ライドウちゃんの?そら御苦労なこった坊主!」
はっは、と笑って、俺の腰をドン、と叩いた風間という男。
俺はその叩かれた箇所からヤニ臭くなりそうな気がして、身を捩った。
「んで、本題に入るかぁ、ライドウちゃんよお」
「今回の件で頂けるのでしょうね?」
「別に構わねぇよ、粉でも草でもねぇからな、おまけに押収品だし」
「アレ、一目見て気に入りましてねぇ…蜘蛛が脚を広げたあの形」
「鍔収集なんつう渋いの、書生もどきがよくやるわ」
その黒い団欒に、盆を持ったままライドウの背後に立つ俺は嫌悪した。
(押収品の横流し…刑事かな)
堂々と話す辺り、この風間という男、俺をかなり軽視していると解った。
「俺、買い物に行ってくる…」
自分まで黒く染まりそうで、それに嫌気が差して。
適当に作業を見つけ、其処に逃げた。
「此処の家政婦さんかい?」
買い物籠を持ち出した俺に、にやにやして云う風間。
頬が一瞬熱くなり、反射的に口が出た。
「男児厨房に入るべからずとか、頭が凝り固まってんじゃないですか?」
ひと息に吐き出し、事務所の扉をやや乱暴に開け放つ。
サラウンドの笑い声を背に受けつつ、俺は後ろ手にバタンと閉めた。
溜息が出る。
(いや、良いんだ、これで)
悪魔の肉を裂くより、食肉を裂く方が俺には似合っている。
揶揄されようが、血肉にまみれて歓喜する悪魔の本能を曝け出すよりは…




「聞いてる?功刀君」
ハッとして、向かいのライドウを見た。
「今宵、丑の刻頃に出る」
「…ああ」
「対象は“ツェペシュ”」
そう述べつつ、串刺し肉を咬み千切るライドウ。
唇が滴るソースで濡れて、どこか艶かしい。
「“ツェペシュ”?どういう悪魔」
「人間を買うのが大好きらしくてねぇ…」
「最っ悪……悪魔らしい悪魔だな」
「夜な夜な行われる陰徳パーティに、人間が狩り出されているそうだよ」
「ふん」
「勿論…そういう影のブローカーも参加している」
俺の作ったカバブをたいらげて、既に酒をあおっているデビルサマナー。
この後仕事をする気があるのか。
「フフッ、美味しかったよコレ、箸を使わずに済むのが楽だ」
貫いていた肉を胎内に宿したまま、ニタリと哂うライドウ。
「見様見真似だけど」
「何ていう献立?」
「カバブ、シシカバブって風にも云う…トルコとかその辺の料理」
「へぇ、土耳古……それはそれは」
チラつく光をふと見上げる。
ひらり、はためく迷い込んだ羽虫。
ランプの下を忙しなく巡回して、俺達に影を落とす。
「クク、トルコ風呂とか、君は眉を顰めそうだ…ねっ!」
肉の脂に光る細い鉄串。
指先で弄んでいたそれを、言葉尻と同時に投擲した目の前の男。
反射的に視線で追えば、その矢は羽虫を貫いて壁紙に刺さっていた。
唖然としてしまった俺を尻目に、哂うライドウ。
「あぁ、君は知らぬか、トルコ風呂なぞ」
「…っおい!壁に刺すなよ!此処事務所だぞ」
「未来人の癖にね」
その口振り、どうせ風俗の類だろうから、無視した。
「でね、功刀君」
「…何?打ち合わせならとっとと済ませてくれよ、洗い物が残ってんだよ…」
「今宵、そのパーティに参加して…ひとまずその“ツェペシュ”を炙りだす」
「俺、その悪魔をぶちのめすだけならしてやって良いけど」
「へぇ?珍しく乗り気じゃないか」
「人間を売買するとか、舐め腐ってる」
そういう胸糞悪い悪魔なら、俺は存外容赦無く叩き潰せる。
食器を手に、流しへと落としこむ。
「俺、そういう悪魔は特に嫌」
ぼそりと零して、洗い桶に入水させる手指。
キンと冷えた水が、人間に擬態している指先を凍らせる。
「では、人間である僕は何しても平気だろうねぇ?」
背後に立つ、黒い影。
無視して、棕櫚束子で食器を擦る。
蛇口から流れる水に、冷たい指が介入してきた。
「功刀君」
「離れろ、洗えない」
「フフッ、ねえ」
身体が密着した瞬間、眼の奥が熱く滾る。
指先から、水道の水に魔力を逆流させて、瞬間、焦がす温度に化かす。
「邪魔って云ってるだろ!」
悪魔に成った俺の指先から、火傷確実な熱を孕んだ水流が舞った。
擬態を解いてまでする理由は、この男がその類の悪魔並みに嫌いだから。
「仕事前に、慣らしてく?」
「要らない、無駄な労力だろ」
白い霧を瞬時に蒸発させて、その熱を避けたライドウ。
黒い外套をなびかせ、ステップの手摺に腰掛けた。
「功刀君、シシカバブとシバブーって、語呂が似ているね」
「はぁ?下らな…」
下らないが、今、重要な事に気付いた。
脚組みし、手摺の上で哂うライドウの向こう側…
『ケヒヒ、似てる似てるぅ〜!』
串刺しされ、磔刑の羽虫を摘まみ、むしゃむしゃと咀嚼するインキュバス。
あの露骨な外見、すぐ何の悪魔か判った。
「は…ぐ」
やられた。
『俺サマのシバブー!今のアンタにゃ効果覿面!』
「マガタマも何も準備していなかったものねぇ…フフ…」
身体が緊縛された俺は、眼の前まで迫ってきたライドウを、視線だけで見上げる。
「…その眼、文句でも?」
背後では洗いかけの食器、おまけに水も流しっ放し。
眼の前には卑猥なインキュバスと、一番腹立たしいデビルサマナー。
文句が無い箇所を見つける方が難しいだろ。
「人修羅という、最高級の肉で釣るのだよ…今宵は」
「ぁ……くぅ…っ」
がくり、とライドウの肩にもたれ掛かる様、倒された。
この、金縛りの様な感覚が、気持ち悪い。
「さぁ、少しお休み……」
管に帰還していくインキュバス、代わりに召喚されたのはサキュバス。
あの、同じく眼のやり場に困る姿をくねらせて発する。
『ライドォ…ねぇねぇ、その子?』
「ああ、どうだい?素材は悪くないだろう?」
『アナタって本当、趣味がねぇ〜…ぁはっ』
「良いだろう?」
『イヤだわぁ全く!可哀想だからドルミナーしてあげるの?』
「目覚めた時が愉しみだから」
『………ぷっ、あっはははは!』
会話が遠のく。
煩い内容、煩い笑い声。
ああ、これだから、ライドウも…淫魔も嫌いなんだ…俺は…
そんな奴等と…違う………





『今宵のメーンディッシュ…』
遠い、霞がかかった音声で覚醒した。
暗い視界。
月も無い、空の下だろうか。
俺は、今何処に居る。
「功刀君……よくお聞き」
耳元での囁きに、ビクリと身体が震える。
そういえば、その震える身体はといえば、動けない。
まだシバブーが効いているのか?長く…ないか?
それとも、まだ時間が経っていない?
「宴の間は、僕をライドウと呼ぶな…」
「……ん…だ…って…?」
「御主人様、で宜しくね」
眩しさに、眼が眩んだ。
が、じわりじわりと慣れてくると、大した明度で無い事が判った。
俺に掛けられていた布だろうか、それがしゅるりと傍に落ちた。
揺れる蝋燭が、そこらじゅうで嗤っている。
暗い、暗闇の空間。
よく、見えない。
「ん………」
息を吐き、身を伸ばそうとした…が、阻まれる。
「ぁ…ぇ」
悪魔の斑紋が、俺には浮かんだまま。
だがそれは、いつもに増して面積を広げている。
いや…錯覚だ。
斑紋と連なって見えるのは、黒い…衣類。
「や、や…」
蝋燭の光りだけで、ぬらりと黒く艶めくレザー。
胸元だけ切り開かれたかの様な、あざといデザイン。
手脚もそれに覆われていて、指先はバイクのグローブみたく指ぬきだった。
「ひっ、ひぃぃぃっ」
よじれば、ガチャガチャと金属の硬質な音と、レザーの擦れる高音。
高いヒールのブーツを履かされた脚。
「なっ、なぁああッ!?何、何だよこれぇえええええッ」
両腕は手錠みたいな物に拘束されていて、脚は開脚させられていた。
極微量の皮で覆った局部を見せ付けるかの様な、浅ましい開脚。
「ぁっ、ぁ、ぁあああッ!やだ、いやだ、やだぁあああッ」
ブーツの踵に通されたリングが、金属のポールに通されていた。
これの所為で、Mの形に開かれた脚は閉じれない。
ガチャガチャしつこく暴れ、ねじ切ろうとしたがビクともしない。
「煩い」
いつもより、哂いを潜めた叱咤の声。
「いぎぃぃいッ!」
同時に、衝撃を受けて身体がしなった。
風切り音は、見なくても察しがつく……鞭の音、だ。
「ラ、イド」
背に、もうひと振るい。
「あ゛ぁ…ッ」
「…」
床に落ちた鞭の先が、するすると巻き上げられていく音、気配。
ぞわり、恐怖が先行する。
「ご……ご御主人、様…っ…」
唇が発する、禁断の呼称。
背後のライドウが、クスリと哂った。
「さあさ、お集まりの紳士淑女の皆様!此処に在るは至高の華も嗜好の華!」
張り上げられても凛として、艶やかな声音。
そんなライドウの言葉は、俺を突き落とす。
「其の身に刻むのは、玩具として自らを認めた悪魔の印!」
前髪を掴まれて、ぐい、と上向きにされる。
「んぐっ、ぁ」
「そして煌く宝石の如き双眸!純金よりも美しい蜜色!」
ざわめく闇の向こう。
 『五百』
   『五百五十』
 『五百七十』
その声達に、背筋が凍る。
そんなに大勢に見られているという羞恥と、この…
まるで、オークションみたいな現状に。
「そんな過小評価されては困りますね」
学帽を深く被り、口元で哂うライドウが傍に屈む。
「これは非常に痛みに強い、が、悲鳴はしっかりと零す」
「な」
その瞬間、前のめりにさせられる。
「ぁあぅッ!」
乾いた音、バチンと鼓膜を振動させる音が、高いらしい天井に昇る。
その、掌の感触にようやく痛みを通り越して気付く。
(尻を、叩かれてる)
こんな、公衆の面前で。
「やめっ、やめろ、ぁひっ、ぐ、ぅ」
もう、きっと赤くなっているだろう其処を、するすると撫ぜ擦るライドウ。
「おまけに、感度も良好」
その指がおっ広げにされた局部に舞い降りた。
もう、この辱めに気が振れそうで。
「手前ェ!!ぶっ殺すッ!」
背後の男にそう吼えた。
ざわつく会場から、妙な溜息が零れる。
後頭部に靴底でぐりり、と鉄槌を喰らった後。
「連中、僕と同類だからね、フフ」
小声で、耳元に囁かれた絶望的な答え。
その哂いのままライドウはレザーの上から俺を虐めた。
「っ、げ……下衆……っ…」
生理的な反応を示して、ゆっくりゆっくりと存在誇示する俺のソコ。
ライドウの、吐息が、ゆるゆると俺を現実から引き離す。
「間違って無い、だろう…」
「ぁは、ぁ、っ」
「誰が主人か、解っているだろう?」
「ど、うして、んあぁ、っはぁ…」
「フフ…とてもよく…似合っている」
「ひぁ、あ」
(まず、い)
「清廉な肢体に、淫靡なレザーが薫るね」
「も…ぉ、やめ、て、ご、ごしゅじ…」
(云っては、駄目だ、俺)
云ったところで、止めてくれる筈無い。
耳に、舌を挿し込まれる。
その粘着質な、いつもより低めの音声で、毒の囁き。

「そそるよ、矢代…」

「ひ……っ」
息を止めた。
喘ぐ唇を結んで、奥歯を噛み締めた。
落ち着いてから、呼吸困難になる前にと、唇を薄く開くと舌が自然に出た。
「は〜っ…は〜………ぁ…っ」
…達しかけた。
あの、声がトドメになりかけた。
そんな痴態、これ以上晒してたまるか。
息を呑む、観客のあんた達も、最悪だ、悪魔共。
ギロ、と睨み上げれば、フと鼻で笑うライドウ…
「如何?」
立ち上がり、唱えれば。
 『六百』
   『六百五十』
 『七百』
上がる額に、俺は身の毛がよだつ。
きもちわるい。
キモチワルイ。
 『可愛いね、引き締まった小ぶりな尻が美味しそう』
『初心なのか?初物ではなさそうだが』
 『あんな刺青を施して、余程の変態』
『七百五十』
 『まだ睨んでるよ』
『案外頑丈そう、壊してやりたいですわ』
どうして、今この拘束具は弾けない。
俺に今すぐ、この悪魔共を殺させろ。
俺の、こんな醜い姿を…酷い姿を見たその眼球…
全部、潰してやる。
「そうそう、この使役人形、酷く潔癖でして」
上からのライドウの声。
はっと見上げれば、薄く哂う闇色の眼。
その指先に光る銀の矢に、俺はガクガクと震えが奔った。
見覚えがある…
(なんで、それ、お前が持ってんだ)
「晒す事も、嬲られる事も、犯される事も毎度毎度初物の如し反応」
「や、め」
首を振る俺、そんな事すれば加虐心を煽るだけだと、解っているのに。
 『やってくれ!』
『競りなのに、随分と魅せるなぁ』
 『兄ちゃん!あんたがそこで犯せよ!』
『刺せ!』
俺は…精肉されたものを、刺したんだ、それで。
あんたが今から刺そうとするのは……
黒皮に包まれて、雄を受け入れる体勢の、あまりに卑猥な…俺。
「あっ、ぎぃぁあああああああッ」
開いた胸元の、怯えて固くしこる両胸先端。
所謂、その乳首に、鉄の串が刺さる。
「痛っ、だぁああ!ライド」
名前を呼んでしまう俺の唇が、ライドウの唇で塞がれた。
舌が俺を責める、云いつけを守れ、馬鹿な悪魔、と。
「あぶぅっ、んっ、んぉおっ、んぐ!!」
乳首の根元を貫通して、もう向かいの乳首まで串で橋渡し。
赤い滝が流れて、ふわりとマガツヒが舞う。
脚のポールと平行に、俺は乳首に…横一文字に串刺しされた。

『千!』

ライドウの舌が、動きを止めた。
ゆっくりと、その眼が声の元に向けられていく。
「…見ぃつけた…」
ニタリと哂って、放した唇でそう呟いたライドウ。
「ぷ、はぁっ」
唇を解放されて、俺は朦朧と呼吸を開始した。
胸が、泣いている。赤い涙で。
「其方なる紳士、此方へ」
金額を跳ね上げた悪魔が、このステージに脚を踏み入れた。
礼服で身を包む、上品に見える初老の男性。
「素晴らしい、夜毎金は与えよう、湯水の如く」
はっきりと、そう云った。
「可愛い、可愛いねぇ!その眼!じわじわくるよぉ…!」
俺を見下ろすその眼に、鳥肌が…止まらない。
水分の足りない指先で、俺の頤を掴んでくる。
「ヒィッ!や、やめ」
俺を、そういう対象として見つめる、その気持ち悪い眼。
ガチャガチャと脚の金属が鳴る。
腕は繋がれたままで、撥ね除ける事は出来ない。
特殊な魔具ではないかと、今更思った。
「だから、毎晩刺させてくれ、その黒い紋様の肢体にな…はっ、はは!」
「放せッ!この外道!どうして俺がァ――……」
その、皺っぽい唇が、合わさってきた。
ぞわぞわと、体中が戦慄く。
眉根を顰めて、首をひねれば両手で押さえつけられた。
(や、だ)
込み上げる、気持ち…悪い。
きもちわるい。
キモチワルイ。
知らない唾液の味
身体が拒絶する。
涙が溢れる、生理…現象?
「失礼」
低い声。
「お好きに出来るのは、購入して頂いてからです」
引き剥がしたライドウの顔。
にこやかに、微笑んでいる。
なら、どうしてそんなにMAGを震わせているんだ…





「…この悪魔が…」
契約を交わす個室に導いて、机には突っ伏した先刻の陰徳紳士。
入室した瞬間、ドルミナーでこうなって頂いた。
「そう、この男が“ツェペシュ”」
身体のポールと串を取り払われ、ようやく二足歩行出来る俺。
その男の傍に寄り、軋む腕を振り上げた。
身体、欠損させてやる。
喋れたら大丈夫だろ。
他は芋蔓形式で、炙りだして、とっちめてやる。
「良いの?」
ライドウの微かに哂いを含んだ声に、拳を止めた。
怪訝な表情で見れば、あの串でひらひらと壁を指していた。
「止めるなよ…こいつを餌にするにしろ、一発くらいは……」
だが、俺の声は壁に呑まれていった。
この部屋の壁は、大きな鏡だった。
「あ……悪魔……なんじゃ」
「誰が“悪魔”と云った?」
その鏡には、ツェペシュが映っていた。
悪魔であれば映らぬその姿。
「串刺し公…ツェペシュはれっきとした人間だよ、だから風間刑事にも伝えた」
俺の振り上げた拳が、その男の頭の横を通過して、机をぺしゃりと叩いた。
「つまり功刀君、君は人間に買われた事となる」
「…こ、こいつが例外」
「あの会場、遠くの姿見で見ても…ざっと半分かな?人間は」
動悸が…
俺は…俺は、人間に…
「これでもまだ人間に縋る?ククッ」
…おかしい…こんな…非道を働くのは…
悪魔が、殆ど、だろ?
「うぅ…っ」
呻き声を上げたツェペシュ。ビクリとして退く俺。
まだ、上に何も羽織って居ない。
もう、この姿さえも、見せたくない。
「串刺し公との異名を持つだけあって、君の両胸の貫通式は大興奮してたね、彼」
「…あんたも、最悪だ、ライドウ」
「人間は殺せない?」
「…煩い…っ」
食い縛り、俯く俺。
このまま、この男を風間刑事に渡すのかと思うと…悔しかった。
「…ん?此処…は」
篭った声で呟いて、机に突っ伏していたツェペシュなる男。
俺は、眼を逸らそうとした。
苦虫を噛み潰したような俺の苦悶の表情が、鏡に映っていた。
「お早う御座います、ツェペシュ…串刺し公」
にこやかに挨拶するライドウ。
が、次の瞬間。
「そしてお休みなさい」
突っ伏していた、その手の甲に、くるりと指先で踊らせた鉄串を。
「ぐぅぁああああッ!がっあああ!」
その男の這わせている机に縫いとめて、串刺しにした。
鏡越しに、ライドウの顔を思わず凝視する。
凶暴な、眼。吊り上がった口の端。
「小汚い悲鳴、何もそそらない…!」
呟いて、その男の叫ぶ頬に、鋭く一発叩き込まれた拳。
吹っ飛んだが、串の所為で机にだらりと留まったツェペシュ。
その、いつもは蹴りの飛ぶライドウの、滅多に飛ばぬ拳が…
(俺、どうした、どうして震えている)
怖かった。




「おいおい、ライドウちゃん、あの変態野郎、私刑にでもあったんかい?」
風間が、倶楽部のあった地下から数名引っ立てていく。
本当に、人間が居たのか…おぞましい。
「何故ですか?悪魔を撤収させる前に、連続串刺し犯は捕縛しておりましたが」
「頬のさ、歯がもうガタガタよ!抜けてたり、折れてたり」
「へぇ、それは怖い…なれば、同族である人間の仕業では?フフ」
ライドウの外套を纏った俺は、傍でそれを微妙な心地で聞いていた。
「お!助手の助手!役に立ったかぁ〜?それともコックさんとして密偵したかぁ?」
おいおい、俺にあまり近付かないでくれ。
この外套の下は…まだあのレザーのボンテージなんだ。
「おっかなかったろ!あの地下の倶楽部!」
「…ええ、まあ」
「ったくよ、凶悪犯主催のパーティなんてロクなもんじゃねえわな」
「です、ね…」
「皆して何見たんだか…“斑紋の悪魔”とか“金の宝石”が〜とか」
ぞくり
「ザーメン漏らしちまってる奴も居てよぉ、何?ん〜な興奮するショーだったんかい?」
脚が震えて竦む。甦る数時間前の陰徳の宴。
「風間刑事、少々下品ですよ」
ホルスター剥き出しの学生服姿で、ライドウが割って入る。
霧もけぶる夜明け前なので、きっと人目を気にしていない。
「彼は潔癖、女性経験もない童貞ですから」
その発言に、思わず噛み付く。
「おいライドウ!!」
「ククッ」
赤面すれば、傍の風間が煙草の煙と共に大笑いした。
ああ、きっと…
俺が、今まで、ライドウに犯されているなんざ、想像もしないのだろうな…
この外套の下に、俺を淫猥に飾る姿があるなんて…


霧に身を濡らしつつ、暗い道を歩く。
「……」
「寒い?」
「当たり前だろ、擬態してんだし…」
「レザーを纏っているのに?」
「煩いな!」
横を睨み云い返してから、溜息と共に前方を見上げた。
「わぷっ!?」
がさっ、と植物の葉に突っ込んだ。
白い化粧が其処から剥がれ落ちた。
「前方不注意」
「っつ……」
髪に付いたそのおしろいを振り払い、上から這い下りてきている枝を除けた。
赤い、木苺の様な実が見え隠れしている。
「冬苺」
傍でライドウが呟いた。
「里ではよく見たが、ここらにも在ったのだねぇ」
「あんたしっかり此処を守護してんのか?そんなのも知らないのかよ」
「おや、先刻仕事してきたばかりだろう?」
その返答に、頭に昇る血。
「あんたさ…俺の使い方、おかしい」
「僕の使役悪魔なのだから、どう使おうが勝手だろう?」
「人間に手ぇ出すなんて……あんた、どうかしてる」
引っ掛かっていたそれを述べれば、ライドウはニタリとした。
「だってねぇ…触って良いと、誰も赦していないと云うに、あの男」
その眼に、一瞬強く闇が薫った。
「正直スカッとしたよ、悪魔を嬲る時よりもね」
哂うその綺麗な相貌に、矛盾を感じて叫ぶ。
「だったら!どうして俺をあんな場所に…っ」
思い出す、身の毛がよだつ、寒気とは別の。
「俺を…あんな視線に晒して、競る場所に……」
「功刀君、君はね…その芳醇な魔力とは別にしても、魅力的な素材さ」
傍の冬苺を、ぷつりと摘まんだライドウ。
「その汚れない潔癖な弱い精神と、崩れないひ弱な身体を…僕みたいな黒で包む」
うっそりと哂う。
「ヒトも悪魔も、君みたいな生物に嗜虐の情を揺さ振られるのさ」
「馬鹿、だろ」
「陰徳に、馬鹿に生きた方が、人生愉しいだろう?」
「俺は、そういう事云ってんじゃ…む、ぐ……ぅ」
開いた口に、ライドウの指が入ってきた。
「噛んで」
「あ…」
「甘い?」
「ぅ…」
じわりと広がる、果実の薫り。
噛み潰せば、鈍った舌でも判る、美味しい果肉。
「そのまま、噛んでいて」
「ん…く…っ!」
葉陰に押し込められ、石垣に背がぶつかる。
まだ癒えぬ傷痕が軋み、眉を顰める俺。
分かってやっているのか、ライドウは哂うまま。
「冬苺…冬苺……誘惑の香…甘い香…」
唄う様に綺麗な声で囁いて、その葉をぶつり、と、もいだライドウ。
指にした葉をひらりとさせて、外套に隙間から差し入れてくる。
「君は、その苺を噛んでおいで…」
もう、唾液と嚥下された。
あんたの指しか、残っちゃいないし…
「僕は、此方で満足するからさぁ」
「いっ…!?痛っ!」
まだ塞がっていない胸が痛んだ。
するりと開かれた外套、視線を其処に送れば、倒錯する光景。
俺の両胸の傷口に、葉の茎が挿されていた。
「ひぐ、ぅ…や、め」
「凄く…美味しそうだよねぇ、この冬苺」
「!!」
舐る舌の、ベルベットみたいなざらつき。
それに反応して、ぷっくりと充血する果肉。
両の胸の先端が、たわわになる瞬間。
「んぐぁ、は、っ…ぁ…」
奥歯で噛み潰せば、ライドウのMAGが血と共に。
唾液とそれを嚥下すれば、薫る。
馴染みの味が。
(や、だ)
込み上げる、気持ち…好さ。
きもち…悪く、ない?
キモチイイ?
甘美な唾液の味
身体が啼く。
涙が溢れる、生理…現象…なのか?
「“みつながはし”知っている?」
「んぐ、ん、んぅぅ」
「知らなければ、簡潔にまとめようか」
「んぅ、じゅぅっ…んぷ…っ」
「この君の苺はねぇ…僕が実らせてあげたのだから」
眼が、俺を戒める。
「だから、僕が君にあげたも同然」
高慢に云い放つデビルサマナー。
「君が他に移り気になったなら…この実…」
「いぎぃっ!!いだ、いっ!ラ、ライド」
「喰い千切って、僕という海に嚥下してやる」
強く噛まれた胸の先、ようやく開放された俺。
ずちゅ、と赤く濡れた葉を引き抜かれ、呻いた。
そのままくたり、とよろければ、引き寄せられていく。
「僕なら、あの男の十倍で買う」
放心する俺の耳元で、ぽつりと呟かれ。
それを聞いて、ああ、やっぱ対抗心あったのか、と笑えてしまう。
「…の割りに、扱いが、粗雑、だろ」
「主人なら何をしても良いのだし」
「そんなに、普段から御主人様とか、呼ばれたいか?」
問えば、やや思案するあんた。
答えは別に待ってない。
「もう、疲れた…」
眼を瞑る。
「あんなのに手を出させる隙を与えたのは、あんたの落ち度だろ…」
「…」
「さっさと、運んでくれよ、夜」
「…フフ」
「何」
「似合っているよ…僕を纏う君」
俺を餌とした
酷いあんた
「ねえ…矢代、脱いだら、容赦しないから…」
使役悪魔を自慢したがる、歪なデビルサマナー


陰徳の果実・了
* あとがき*

ボンテージ人修羅。
陰徳ショウ。
他に触られて、マジギレするライドウ。
最後は甘い。
もう滅茶苦茶。
人間を悪者にしたかった。
「そそるよ、矢代…」の所が一番エロい気がします。
てか人修羅まさかのデレ?最後あんた運べって…おいおい!