hide&seek

 
「ねえねえ!次はあっちのクルーズに乗りましょう!」
「また!?さっき乗っただろ?」
「船員のお姉さん云ってたもの、シダの葉陰にトカゲのビルが居るって!」
「それはまた次に此処来たら…」
「今見たいのぉ〜っ!!ねえねえねえ!」
げんなりしてアリスに続いた。
もう勝手にパスを使って並び始めている彼女。
最後尾にいた少年が、チラッと背後の彼女を振り返って頬を染めていた。
確かに、こんな西洋人形みたいな異国の少女、滅多にお目にかかれない。
「ねえねえ、矢代お兄ちゃん、なんでディズニーは駄目なの」
「アリスがドレスコードに引っ掛かるから」
「まぁ!こんなにおめかししてるのに失礼しちゃう!」
そのいかにもアリス然とした姿が引っ掛かる対象なんだって。
そう説明するのも面倒で、頬を膨らませるアリスを見下ろす。
「それに人混み凄いから…」
極めつけを云いながら、いよいよ回ってきた順に従い乗船する。
揺れる船の心地に、はしゃいだアリスがシダ側の席を陣取った。
俺は追従してその隣に腰を下ろす。
そよぐ生温い風、船首がかき分けるカルキ臭い水。
休日という事もあり、周囲は親子連れとカップルだらけだ。
(何やってんだ俺は、こんな事してる場合か)
学友に遭ったらどうしてくれようか。
きっとロリコンという噂が一気に広まる。
そんなんじゃない、この子は魔人なんだ!
とか言い訳すれば、次は頭がおかしいと広まるだろう。
(恨むぞ…赤と黒)
自分の所の子くらい、自分で面倒みろよ…
遊園地と宿泊施設の手配だけして、放任か。
そもそも俺は子供が苦手なんだ。嫌いではなく、苦手。
「あっ!居たぁ!」
今度は見つけたのか、歓声を上げたアリスが笑顔を向けてきた。
それにどう反応して良いか分からずに、俺は苦笑いをしていた…

稀にお茶をしに来る彼女。
俺の家の冷蔵庫を、勝手に開けては茶菓子を強請る。
ゴウトの尻尾を掴んで千切れんばかりに引っ張りまわす。
先日なんかビフロンス伯爵の燭台を、輪投げの標的に使っていた。
その輪だって、魔具の腕輪達である。
見目は無邪気に微笑む、正に絵本の中の少女なのに…

「矢代お兄ちゃん!もっと早く歩いて!」
「…ごめんね」
「見えないわ」
光のパレードは人影に埋もれて、彼女の視線は遮られている。
靴をうずうずと地に上げ下ろしして、アリスは一瞬眼を光らせた。
すると、一瞬バチリと静電気の様な音がして、前方の人山が掃けた。
 「きゃっ」「何?」「静電気?」
少しさざめいたその中を、アリスは満面の笑みで駆けて行く。
「おい、アリス!」
呼び止めつつそれを追って最前列に躍り出る。
「何したんだ、君、今」
「だってぇ、見えなかったんだもの」
「それは良い事とは云えないよ…」
「邪魔だったんだもの」
「皆見たいから此処に居たんだろ?目的は一緒じゃないか…それを」
「ああんもうッ、分かったってば!」
イルミネイションのキャンディみたいな色を、身体に映りこませた彼女は
不機嫌そうに踵を返して暗がりへと逃げていく。
「アリス!」
臍を曲げると扱い難いのに。
青いワンピースを追う。パレードで人の気配が少ないモール。
アンティーク調の外灯が道を並んでいる。
「矢代お兄ちゃんは私のなんなの?」
「関係の問題じゃないだろ!」
「私にお説教するの?」
「人間に交ざって遊ぶなら大人しくしててくれ!」
叫べば、ピタリ、と駆ける脚を止めた彼女。
安堵して歩み寄っていけば、その視線の先に見えるのは迷子センターだった。
泣きじゃくる小さい手を引いて、スタッフに礼を云う母親の姿。
暗い所からその屋内の光を眺める俺達は、部外者だった。
「…迷子になっても、誰も来ないわよ」
ぼそりと呟くアリス。
「赤黒の保護者が来るだろ?」
「本当の親じゃないわよ、知ってるでしょ」
「でも、君の事を…悪魔の割には可愛がって」
「所詮自己満足じゃない!」
小さな拳をぎゅっと握って、その背中を震わせた彼女。
じわりと滲み出す魔力に、咄嗟に腕を突き出した。
「だってアリス!もうお母さんに逢えないんだからッ!!」
振り払われた俺の腕が裂けて、その飛んだ血が傍の可愛い生垣を染めた。
「アリ、ス…!」
食い縛って、彼女から一歩退く。
周囲を確認する、迷子センターから出た親子は
俺達に背を向け、既に遠くを歩いていた。
この一帯はパレードもアトラクションも無い、人影も。
「頼むから大人しくしてくれ!俺だって親には逢えないんだぞ!」
「だったらどぉして分かってくれないの!?頭固いよねお兄ちゃんってさあ!」
傍の外灯の柱を掴んだアリス、そこから走る紫電が灯りの部分を爆ぜさせる。
砕け散った破片を、その纏う霊気で寄せ付けない彼女。
立て続けに落ち往く破片達をくい、と指先で制御して、俺を指す。
「わからずや!」
真っ直ぐに迫り来る幾つもの破片が、混ざる紫電で煌く。
「我侭も大概にしてくれ!」
叫び返し、俺は傍の外灯の上に跳躍した。
モッズコートの隙間から、俺の斑紋の光が零れた。
「ワガママじゃないもの、矢代お兄ちゃんが折角の遊園地台無しにしたのよ」
「人間に危害加えるなら、帰るんだ」
「アリスも矢代お兄ちゃんも人間じゃないんだし、どうだって良いでしょ」
「まだ…半分人間だ」
「またそれぇ?もう聞き飽きたわよ」
愛らしい顔で、冷酷な笑みを浮かべる少女。
キッ、と俺の足下を睨んだ。
それに波動を察知して、咄嗟に飛んだ俺。
案の定、足場にしていた灯りがパァンと爆ぜた。
「良いよ、勝手に遊ぶ」
ぼそりと云い放ったアリスは、明るい方へと駆け出す。
嫌な予感しかしない俺は、仕方が無いのでこのまま追う。
パレードで大体は出払っている、人目はまだ少ないだろうと自分を納得させて。
全速力、でなければ追いつけない。
人影の傍を通過すると、振り返られる感覚。
それはそうだ、人間にしては少々速いと思う。
遠くで綺麗に輝く宝石箱の様な回転木馬。
その中の馬車にアリスは乗って、優雅に窓から手を振ってくる。
「お兄ちゃんは白馬ね」
云うアリスの眼が妖しく光る。
乗られていない白馬の幾つかが、背を貫く支柱から身を引き剥がす。
嘶き、回転舞台からそれぞれ飛び降りて吼え猛る。
一部が空虚になった回転舞台は、彩りが減り物悲しい。
「今すぐ戻すんだ」
「いや」
直ぐに応酬は終り、アリスの傀儡と化した白馬が襲い掛かってくる。
アリスの馬車を隙間から眼で追うが、白馬の蹄が上から圧し掛かってこようとする。
今更この遊園地の備品、等と云ってられるか。
その後ろ脚で立つ白馬の下に潜り込み、胎に腕を突っ込む。
中から焔を流せば、表面がビキリと亀裂を奔らせる。
「っ」
加熱し過ぎたものが爆ぜるかの様に、俺の腕先で散った白馬。
セルロイドが溶けたみたいに俺の身体に滴った。
嘶き歯を剥きだしにするもう数体、一直線に重なったその瞬間を狙い呼吸を合わせる。
前に屈み、交差させた指先から迸る焔を、惜しげもなく奔らせた。
マグマ・アクシス
(もう、大道芸とでも思え)
風船の糸を掴み、ベンチで親を待つらしい少年が、ぽうっと俺の焔を見ていた。
二体目、三体目、四体目と巻き込みながらうねりを生み出し焔が踊る。
その焔の先端を追いかけるかの如く、俺は駆け往く。
「悪魔でもあるまいしっ」
かりそめの命を与えられた燃える白馬を爪で引き裂きながら、開けた先を見る。
「アリスっ」
ぐるりと一周してきた馬車の中、窓の端を掴み、身体を其処へ持っていく。
覗き込み、一瞬ドキリとした。
腰掛ける場所に在るのは生首。だがそれはこの馬車を先導する騎士の首だった。
勝手にデュラハンにされた哀れな騎士。
その首からふきだしの様に、がりがりと椅子に刻まれた痕。

Let's play hide and seek!

アリスの書置きだろう。
「ハ…イド…アンド……」
(“ハイドアンドシーク”…?)
相変わらずピンと来ない俺は、馬車から飛び降りこの舞台の傘上に上った。
金属の垂れ幕の先を掴み、下半身を振り子みたく遠心力を使って上へ飛ぶ。
(何処に行った…?)
ハイカットスニーカーにこびりついたセルロイドのケロイド部分。
傘の頂点のポールに適当に擦りつけ、その残滓を落とす。
コートの首周りを寛げて、項を外気に曝した。
神経を研ぎ澄ませて、その突起にビリリと来る魔力を待つ。
するとそれは間を与えず俺に訪れた。
感じた方向を見て、意識を集中させる。
視える訳では無い、だが魔力の在り方は捉える事が可能だ。
間違いない、居る、フリーフォールだ。
なるべく人の気配を縫って、其処まで駆けて行く。
建造物の屋根から屋根へと飛べば、パレードの綺麗な光がよく見えた。
遠眼に見えたチェシャ猫の哂いがあのデビルサマナーと重なって見える。
それが妙にムカムカして、そのいやらしく光るチェシャ猫の眼を見据えた。
パレードの音楽で掻き消されたが、見ていた俺には聞こえた気がする。
かしゃんと割れたイルミネイション。チェシャ猫のたわんだ眼が爆ぜる音が。
踊るダンサーと観客が、その一角だけ、どよめいている様子だ。
「あはっ…ざまぁ」
俺はらしくもない言葉を零しながら空を飛んでいく。
先刻アリスに云った事を棚に上げつつ、フリーフォールの麓に来た。
稼動中のそれ、下には茶髪の軽薄そうに見える男性スタッフしか居ない。
この様子だと、客は今乗っている人達だけらしい。
(何処に居る?此処から感じるのに)
ぐるりと周回する。
戻って来ると、スタッフが倒れていた。
「だ、大丈夫ですか」
駆け寄り、揺するがおかしい…催眠の様な、虚ろな眼。
野放しのフリーフォールの稼動音に、ハッとした。
最上地点までもう少し、だ。ぶら下がる脚の影が見える。
ようやく気付いた、揃えて地上に残された靴の一足が、アリスの物だと。
一呼吸して、暗がりの方から脚を掛け、フリーフォールの壁を駆け上がっていく。
眼の前に夜空が広がる異様な天地感覚に、嫌気が差しながらも昇り詰めて行く。
頂上で数秒停まる仕組みのそれ、椅子できゃあきゃあ期待と不安に騒ぐ人達。
その場に背後から追いつき、金髪に白リボンの後姿に叫んだ。
「今すぐ降りるんだ!!アリス!」
あり得ない方向からの肉声に、混乱した他の客三名。
まだ落下していないのに、既に絶叫している。
その絶叫に紛れてくすくすと哂う少女の声。
「いいよぉ、降りてあげる、矢代お兄ちゃん!」
安全帯からするりと抜け出し、フリーフォールの壁へと脚を下ろす彼女。
もう客の一人は失神までしている。
「下ろしてあげなきゃね、そーいうアトラクションなんでしょう?」
「おいっ!」
俺の制止を無視したアリスはスキップで椅子の下側に移る。
途端、揺れる椅子、明らかに支えを失った動き。
「いってらっしゃい、みんな♪」
自由落下していく客を乗せた椅子。
ぞわりとして、四散する肉片を脳裏に一瞬描いた俺は地上に向き直る。
バタバタと丈の短めなコートが音を立てる。
「うぉぉおおおおおッ」
買ったばかりのコンバースなのに、ソールはフリーフォールの壁に削がれていく。
落下物を追い抜いて、いち早く地上に降り立った俺は
背にその衝撃を受けて脚を地面にめり込ませた。
「あ、ぐがァッ」
数本逝ったと思うが、酷使しなければすぐ治る。
突起の先も少々抉れ脳天がフラフラと踊るが、とりあえずは阻止した。
(くそ、どうして俺がこんな…)
がしゃん、と大きな音を立てて元の位置辺りに下ろせば、皆気絶している。
その方が都合良いとは、とてもこの人達には云えない。
よろよろと背を伸ばし、綻んだコートを羽織り直しつつ確認した。
アリスの靴が無い…既に雲隠れしたのか。
と、近くのスピーカーが急にジジ、とONになった気配。
そこから流れ出す音声は、酷く聞き覚えのある少女の声。
『え〜迷子のお知らせです、迷子のお知らせでぇす』
首筋を、先刻の傷からの血が伝っていく。
『人修羅のお兄ちゃん、人修羅のお兄ちゃん』
汗がその血を薄めていく。
『悪魔と人間が半分この、可哀想なお兄ちゃん』
動悸が、呼吸が乱れる。
『迷子のアリスを早く迎えに来てね、ウフフッ』
迷子センターだろうか。
またあそこに戻れば居るのか。
今夜泊まる予定のホテルの一角に外付けされているから、確かにゴールだ。
血を拭って、来た道を溯る。
どっちが、迷子か分からないだろ。


「やっと来たぁ!」
迷子センターの温かな光、その中で笑うアリス。
その上には、浮遊する影が三体。
「アリス…何をしてるんだっ…」
「迷子の子供達と遊んでるの、やさしいお姉さんでしょ?」
彼女より小さな、下手したら三つ子なのだろうか。
子供三人をふわふわジャグリングして、くすくす笑うアリス。
「あ〜楽しい、やっぱりお兄ちゃんの困った顔見てるのが楽しい」
「殺すのか、その子達」
「どうしよう、もう気分は良いから、別にそんなつもりは無いけど…」
彼女に眠らされたのか、スタッフの女性が倒れているのが見えた。
「どうしてそんなに苛々してるの、アリスは」
警戒しつつ問えば、少しムッとした。
「だって、他人の幸せって見てて苛々しないの?お兄ちゃんは」
「俺は…」
「だって私達、勝手にカミサマ達の都合で奪われちゃったじゃないの」
ずきりと胸を抉る、彼女の声。
「もうお母さんとも逢えないじゃないの」
「…」
「どうして他の人達ってさ、へらへら笑って幸せそうなの!?」
「それは…」
「どうして私だけがこんな目を見ないといけないのッ!?」
ピタリ、と虚空で止まる子供達。
ハッとして動こうとすれば、アリスの声が俺を射抜いた。
「駄目、動いたらこのお手玉、ミンチにしてキドニーパイにしちゃうんだから」
「……っぐ」
「うふ、お兄ちゃん得意でしょお料理?これの肉で作ってよ?」
どうして、そんな残酷な事が云えるんだ。
どうして…そんな…素直で居れるんだ。
震える俺の視線の先で、アリスが微笑んだ。

「お茶会に内臓パイは無いだろう?ミス・アリス」

突如空間を割って入る冷たい美声に、その微笑が揺れた。
「夜兄さ」
アリスの脳天に、数発入っていく弾丸。
発した言葉が銃声に掻き消された。
「!!」
落ちてくる子供三人を接地ギリギリで受け止めた。
右腕、左腕、胎で。
「ぅぐ…」
流石に胎は堪えた。呻きが零れる。
傍に横たわるアリス、金色の髪に解けたリボンが紗を入れていた。
「全く、少女のお守りすら出来ぬのかい?功刀君は」
その白いリボンを指で掬い上げ、上から見下してくる闇色の双眸。
チェシャ猫男。
「…どうしてあんたが此処に居るんだよ」
「此方の仕事の関係でね、園内散策と、宿泊施設にも泊まっておけ、とね」
「よりによって…同じ日にかよ、最悪…」
「おや?僕が居なければこの場はどうするつもりだったのかな?」
子供をソファに適当に寝かせて、振り返る。
額から薄く血を流すアリスを横抱きにしたライドウが、哂っていた。
黒いコート、今日はミリタリータイプの様だ。
帽子は珍しく被っておらず、前髪は癖付けして下ろしていた。
「何その格好」
「用意した人間に聞いてくれ給え、この時ばかりは着せ替え人形だからね」
何が腹立たしいって、それはそれは似合っているからだ。
こうしてて、性格も普通なら、さぞかしモテるだろうに。
同じホテルという事らしく、歩む方向も全く同じだ。
「銃と管は?」
「コート下だ、管なんて煙草と一緒に胸ポケットに入るからね…」
「あ…そ」
刀は現在不携帯と聞いて、俺はやや安堵した。
刀傷が一番痛いから。
「メシア教、やはり内部に居た」
隣で云うライドウに、疲れ果てていた俺は頷くだけだった。
「うぅ…ん」
「おや?お姫様のお目覚めかい?」
「夜兄様…」
ライドウの腕の中、我侭姫が目覚めた様だ。
「ミス・アリス、約束が護れぬなら、もう遊んであげないよ?」
「だって…」
「折角東京観光しに来たのなら、少し位は大人しくしてい給え?淑女だろう?」
大人しくしてろって、そっくりそのままあんたに云ってやりたいよ。
「…はぁい」
そこで素直に返事するアリスにも少々納得がいかない。
俺とライドウの扱いの差がある、気のせいじゃないよな、これ。
「で、ホテルのチケットは?」
問うライドウに、俺はポケットから取り出し渡す。
腕の中のアリスが代わりに受け取り、目視したライドウ。
「ミス・アリス、チェックインは君に任せるよ」
一瞬の間、そして眼をぱちぱちと瞬かせたアリス。
「…うん!夜兄様!」
急に微笑むその姿、とても銃弾を喰らっていたとは思わせない素振り。
(この二人、やっぱおかしいだろ…)
豪奢なロビーを通過しながら、俺はひたすらげんなりしていた。
本当に、赤と黒の悪魔達に叫んでやりたい、どういう躾をしてるのかと。



「はぁ…ようやく」
ふわふわのベッドに腰を下ろすと、溜息が自然に出た。
てっきり、追従して部屋に入ってくるアリスが、隣のベッドに駆け寄り
わぁ!はねる〜!
とか云いつつトランポリンするものだと、そう思っていた。
が、そんな微笑ましい予測は見事に裏切られた。
「別にダブルベッドでも良かったのにねぇ」
黒い何かが入って来た。
俺はあんぐりと口を開いたまま、静止していた。
「功刀君、早く横になれば?背中の骨が一部割れているだろう?ククク」
「なんであんたが同室なんだよ」
「おや?アリスが間違えてしまったのかな?」
そう云った時のライドウの笑みが、アリスの笑みと重なった。
(ハメられた!!!!)
ようやくアリスの最後の悪戯に気付いて、俺は立ち上がった。
「何処行くの?」
「部屋変えてもらう、無理なら俺だけで先帰る」
つかつかと扉へと進む。
「大丈夫さ、アリスは隣の部屋なのだから」
隣?まさかライドウのチケット、自由に部屋を選べる優待物だったのだろうか。
まあ、無い話では無い、仕事と称するぐらいなのだから、その位用意されるだろう。
「でも俺が嫌なんだ、解るだろ」
「ああ、だから僕もアリスも愉しい」
「悪趣味コンビ」
云った瞬間、背中の骨が更に砕けた。
声も出ないまま、前に崩れた俺を、背後から抱き締めてくる影。
「真っ直ぐ歩けるの?家まで」
チェシャ猫みたく哂った。




「う…ぐ」
「後日、アリスに確認しておかねばな」
「ぐゥっ!!」
「防音効果、これも報告しておくべきだろう?泊まったのなら」
背中の再生を赦さない指先が、俺の悲鳴を紡ぎ続ける。
「ふっ…う、ぅぁァ」
「僕も仕事でなく、君と遊びに来たかったなぁ…ねぇ?功刀君?」
「あ、あっ」
「フフ、君の嫌がる物ばかり乗ってさぁ…人混みの中で嬲ってあげる」
入ってくる。
「バレない様にね…」
そうやって、俺が悪魔の姿を躊躇う姿が好きなんだろ。
「ぅ、ぅぅぁ、あっ、き、つい」
「知っているが、何か?」
「ぅ、ぐぉっ…クソ野郎っ…下衆!外道…っ…イカレサマナー!」
「美味しい?」
「ひぐぅッ!」
背後からの吐息、神経を逆撫でする、痛いそれ。
まだ闇夜に浮かぶ観覧車の七色が窓の向こうに見える。
ゆっくり抽出されるMAGに頭が万華鏡みたくなる、その七色に触発されたのか。
「アンド…」
俺の零した声に、ライドウが動きを止めた。
「ハイド…アンド、シーク……」
「それがどうした?」
「意味、解らな、い」
云えば、クスクスと哂って耳元で囁かれる。
「“Hide and Seek”…かくれんぼだよ…功刀君」
「かくれんぼ…」
「そうさ、そんな事も知らないの?英語教えてあげる?」
腰を押し付けてくる、息が詰まる俺。
「はっ、あ」
「Who is it?…誰が鬼?」
「っぐあ、ああ!」
「I'm it.…僕が鬼」
「ぬい、て、抜け、抜けってっ…云ってるッ」
「I'm gonna count 1 to 10. …十秒数えてあげる」

10
穿つ腰
9
喰いこむ楔
8
流動する
7
脈動するMAG
6
崩れた背骨の上
5
その表皮に滴る冷たい汗
4
ぐちゅぐちゅと滑る股座
3
シーツに擦れて張る俺
2
昇り詰めて
1
フリーフォール

「はぁっ…はぁあッ…ぁ…あ、たま、まっしろ、に」
「I found you,Yasiro…見つけたよ、矢代」
胎に注がれるMAGの熱さに、セルロイドの白馬が脳裏を回転木馬する。

「Let's do it again…」
和訳ももどかしく、唇に噛み付いてきた。

反吐が出る、俺とあんたのかくれんぼ。
迎えに来る事の永遠に無い親の代わりに、きっと来てくれる。
あんたの手を取って、俺は現実からの神隠しに逢う。


hide&seek・了
* あとがき*

十秒って早漏じゃね?とか思ってはいけません。
それまでねっとりねぶってある(筈…)多分。
遊園地でアリスちゃんと遊びました、人修羅君は疲れました。
ライドウ君はお仕事で来ていたそうです。
でも仕事の後の一発はきっと気持ち良いと思いますよ(最悪)
第二章のイメージで、ライドウの仕事、何となくバレそうな…
いや、これだけでは絞れないかな…ううむ。
最後の「Let's do it again…」
あの哂いで「もう一回しよう?ククッ…」ってイメージでお願いします。
しかしこれ、最後のエロスは入れない予定だったのに何故…