汚点(後編)

 
「フ、フフ」
背の傷が、まだ灼熱の様に痛かった。
だが、そんな事すらどうでも良くなる。
「フ、アハハハハ…」
暗い夜道、凍てつく空気を切って足早に。
銀楼閣の階段を登れば、手摺横の遊び場から声がした。
『何を哂っておる、ライドウ…』
座布団に埋まる黒猫。
「いえ、少しばかり、愉しい事が、フフ」
『…最近のお主、烏の濡れ羽より黒いぞ』
「何を仰りますか、それより身体を休められては?」
その呪詛、まだ消えきっていないのでしょう?ゴウト童子。
『フン…アバドン事件から少々羽を延ばし過ぎやしまいか?』
「依頼の達成率は日々上昇しておりますが」
『お主こそ身体を休めぬか』
「合間の余興すら許されぬのですか?葛葉四天王は」
『程々に、と云っておる』
「ええ、程々に、ね」
ギシリギシリと段を踏み鳴らし、昇っていく。
自室の扉を開け、停滞した空気が流れる様を感じる。
ぱたり、と後ろ手に閉め、しばし空想する。
次の満月、何が見れる。
ルイ・サイファの正体か、彼の指輪を纏う僕か。
いずれにせよ、愉しい事この上無い。
「あは」
どの管を持ち出そうか、刀はどの銘にしようか。
西洋かぶれな細工を施した鍔にしようか。
「はは、ルイ……馬鹿め……」
引き出しを外気に曝し、整列する金属管をねめつける様に見つめる。
僕の、サマナーの証達。
封じ込めて支配下に置いてきた礎達。
ルイ…君は…
アポリオンの頭の刃を、哂いながら砕く僕を見たろう?
もがく蟲の翅を斬り刻んで、体液に塗れる僕を見たろう?
人の負を引きずり出して、背から孵化するアポリオンを見つめる僕の眼。
新たな獲物を見つけた、愉しい瞬間。眼元が歪むんだ。
どうせ皆、心に邪を飼っている、それを引きずり出して叩き潰す。

 有り難う!書生さん!
 流石は四天王、ライドウを冠する者
 こんな醜い私の心…眼を逸らさず消してくれた貴方に、感謝しています
 帝都守護の責務、御苦労、葛葉ライドウよ

労いの言葉、僕の殺戮を正当化してくれる言葉達。
(嗚呼、僕は、ただ破壊したいだけなのにねえ)
冷たい管を指先に撫ぞり、脳裏に中身を思い描く。
いつも管を、悪魔を選出する際には戦いを脳内に描く。
銀氷で凍らせて、蛮力で粉々にする?
紅蓮で灰燼にして疾風と巻き上げるか?
外法で呪殺すか?
それとも、僕の銃で風穴を開けて、刀に血を吸わせるか?
「程々に、ね…」
呟いて、吟味した管を手にする。
帝都守護を謳って、僕が行うのは支配と破壊だ。
なんて素敵な立場だろうか。
正当化される、この血塗りの舞台では。
アポリオンを屠殺しようが、アバドンを滅しようが
僕は周囲から賞賛を浴びる。
(カラスめ、せいぜいまだ遊ばせておくれよ)
その為に、御上共にこの身を供物として奉げているのだから。
つまらぬこの血を、愉しくするのは己の努力次第だ。
親無しがどうした、狐がどうした。
僕は、この生まれを恨まない。
非人道的と思われる里での教育も、幼い頃から与えられ続けた毒も
妬みも畏怖も、僕が嘆く事では無い。
白か黒か、定められるこの世で、中間を探ってやる。
正義も悪もあるものか。己が一番尊いのだから。
(人間と悪魔の境目を見極めれぬ)
それとなく腹立たしい蟲と神を屠って愉しい先日。
次はどうやって遊ぼうか?
正体不明の異国人よ、君と踊るのか。
愉しそうだね、御友人。
その肩書き、赤く濡らそうか?

 カラン

軽い金属音。
ふと視線を送れば、中が空虚な封魔管。
長い事空席のそれに、少し胸がざわついた。
「……僕は大丈夫さ」
その管を、元の位置に戻してから引き出しを押し込んだ。
「お前を殺した時から、敵は居ないよ、リン?」
あの微笑みが一瞬甦る、僕の言葉を糾弾もせずに聴く姿。
愉しい論議、小さな議会、僕を形作った、悪魔の父、タム・リン。

 “友人の一人くらい持っても許されますよ?夜様”

リン、次の晩、その友人というモノを…
自ら叩きに行くのだよ。
僕はね…
「そんなモノ、求めていない」
そんな、使役するならまだしも、情で足を引っ張る存在など。
必要無いのだよ?この僕には。
十四代目葛葉ライドウの、この僕には。






「やあ、よい月夜だね」
「こんばんは、ルイ」
「こんばんは、夜」
教会の入り口、黒い影が伸びてくる、月光に押し出されるかの様に。
ああ、確かに、やや殺気立っているね、今日の君は。
隠し切れない辺りが可愛い。
「で?何して遊ぶのだっけ?」
「今宵はぼく自ら、君と戯れようかと思ってね」
「戯れならしょっちゅうしてきたろう?」
「ぼくの身体で勝手に遊ぶアレが、かい?」
ハンチング帽のつばを掴み、くすりと笑ってしまう。
「まるで人形遊びの子供だね、夜」
そう発すれば、君の口元がひくりと引き攣った。
「人形遊びは女児だけの遊びではなかろう?」
「独り善がり、と、ぼくは云いたい」
「へぇ、ルイは僕が勝手に愉しんでいただけ、と?」
「うん」
帽子を脱ぐ、後ろに流してあった髪が、はらりと零れた。
その帽子を掴む手指で、もう片手の指先を摘まむ。
「指輪、僕から奪い取って御覧、夜」
ずる、と手袋を引き抜き、現れた金色が光る。
薄暗い講堂に、薄く射しこむ月光を反射して。
「奪い取れば、僕のもの?」
「ああ、そうさ」
「何を使っても良い?」
「悪魔召喚したって構わぬさ」
そう云えば、可笑しそうに胎を抱えたライドウ。きっと滑稽なのだろう。
そんな事をせずとも、僕から奪うのは容易いと思い込んでいる。
やがてニタリ、と哂って問うてきた。
「ねえ、指ごと貰っても構わぬかな?ルイ」
外套の内側で、刀の柄をトントン、と爪先に叩く君。
要求の仕草。
「ああ、良いよ?」
そう答えるぼくは、久々に予感していた。
愉しい時間を。

「失礼…!」

そのライドウの声と同時に、外套の黒が翻る。
ステンドグラスから射す月光で、抜刀された君の得物が煌いた。
いきなり指ごと狙うのか、残酷な男だね?君は。
ハンチング帽を放って、寸前でかわす。
分断された帽子の隙間から、彼の鋭い眼光が僕を射る。
横に薙ぐ動き、僕の指を狙っている軌道。
ぼくは背後にくるり、一回転してふわりと飛び、祭壇に腰掛けた。
外套を肩に捲り、空いた手を銃にかけるライドウ。
薄く哂って呟いた。
「ふぅん、やはりその位は動けるのか」
す、とぼくに標準を合わせる。
寸分狂わず、僕の指輪を嵌める箇所を狙い定めて、発砲した。
普通の人間なら反応出来ぬであろうその流れる動き。
「流石だね、葛葉ライドウ」
感嘆の声、のつもりだったが、馬鹿にした様に聞こえただろうか?
放たれたばかりの弾丸はやや熱く、それを拳を開いて床に落としたぼく。
祭壇のアンテペンディウムに跳ね、音が吸収される。
「…悪魔…それも妙に、反射の早い」
銃口の微かな煙が、ゆっくりと上に昇る。
その向こう側に、眉を顰める君の表情。
「悪魔でがっかりした?夜」
そう聞いてやれば、管に指を流して哂うライドウ。
「別に」
二本を指に挟み、綺麗なMAGを撒き散らすその姿。
サマナーである君の輝く瞬間だね、よく思う。
現れたのは神々しいアマツミカボシと、茨蔦の攻撃的なアルラウネ。
そのどちらも、ライドウに染め上げられた享楽的な悪魔だ。
アバドン事件の際、遠巻きに観察していて把握はした。
「アルラウネ、拘束しろ」
刀を構え、命ずるライドウ。
でも、艶やかな肢体の悪魔は動かない。
「アルラウネ、どうした」
『…ちょっとライドウ、待って、待って頂戴よ』
ぼくがにっこりと彼女に微笑む。
すると、彼女に咲き誇っていた薔薇が、一瞬で散った。
『駄目!!アタシには無理ッ!!』
そう叫んで、MAGの粒子と霧散した。そう、勝手に帰還していったのだ。
「おい、アルラウネ…!?…チッ」
ライドウの傍のアマツミカボシは、ぼくを見て引き攣った笑みのままだ。
『主様、御命令を』
薄い袖を揺らして、ライドウの前に進み出た悪魔。
『今回ばかりは、指示待ちですよ、わたくし』
「らしくないな」
『お気をつけ下さい』
「解ってる」
『いくら主様でも』
「解っている!!」
怒鳴るライドウが、アマツミカボシを引き連れて駆けてくる。
(テンペストかな?)
思った瞬間、豪風が講堂に吹き荒れた。
上から吊り下げられるシャンデリア達が大きく振り子の様に泳ぐ。
ぼくはその風の影響を受けずに、祭壇にゆっくり立ち上がる。
両手をすぅ、と広げて、眼前に迫る二つの影を迎え入れる。
大いなる意思の様に、寛大な心で。
『う、あ、あああッ!!!!』
まだ正体を明かしてないのに、アマツミカボシには解ったのだろうか。
ヒエラルキーは、この日本國の悪魔や神にも感じるのかな?
ぼくの前に跪いて、苦しげに呻いた。
「退けよ」
そう口にすれば、その悪魔は胸を掻き毟り、咆哮を上げた。
『あ、あああある、主様ッ』
「っ、お前、吸うな、吸い上げるなッ!ミカボシ!!」
『制御が、あ』
刀を僕に振り下ろせないライドウ。
アマツミカボシに異常な速度でMAGを吸われているからだ。
それは勿論、ぼくの仕組んだ流れだがね。
「も、どれ、お前、戻れ…ッ」
胸の管を指先に撫ぜ、ライドウは僕から遠ざかる。
神々しい悪魔はその光を消し、彼の胸元に還った。
講堂は月光のみとなり、疾風にやや荒れた内部が鬱蒼と見える。
「夜、どうしたの?悪魔は使わぬの?」
背後から、薔薇窓の綺麗な影が映り込む。
佇む僕の影が、其処に出来る。
「…ルイ、君、何者だ…?悪魔が、畏怖する……」
「何者?それを知って、君は逃げるか決めるの?」
嗤ってやれば、その涼しげな相貌に一瞬朱が差す。
「誰が…!」
銃を再度構え、今度は指でなく頭を狙う君。
悪魔なら大丈夫、というその純粋な殺意が、とてもサマナーらしいよ。
人間と違い、なかなか死なぬ愉しい玩具、だろうね?君にとっては。
放たれた弾丸をぎゅ、と指と指の間に受け止める。
全部で三発。全てが脳天を狙っていた、怖い子だね、君は本当に。
「また銃かい?十四代目…葛葉ライドウ…」
やんわりと、口の端を、君みたく吊り上げてみる。
「That's pretty tired.(またそれ?)」
云えば、君が吼えた。
「Screw you!(地獄に墜ちろ!)」
もう墜ちてるけどね。
そう思って、思わず笑ってしまった。
再び迫ってくる君、今度はその日本刀だけで、ぼくを斬り刻みに向かってくる。
跳躍し、高みから勢い良く振り翳してくる。
避けないぼく。
容赦無く振るい下ろす君、その刀身が脳天に入る瞬間。
肉に埋まったとは考え難い音が響いた。
「な」
「ちょっと耳鳴りがした」
「角…っ」
「少し、癪だったかなあ、今の…」
生やした角で、その綺麗な刀を振り払う。
すぐに構え直すライドウの、その襟首を掴んだ。
「ねえ、謝罪して?夜」
ぐ、とそのまま片手で上げて、微笑む。
「く…ほざ、け!」
掴んでいる刀を、ぼくの身に差し向ける君。
それを、瞬時に一枚生やして、払い除けた。
ばさり、と薙いで、遠くに弾かれた刀が、身廊を滑っていった。
「は…」
「ねえ、夜?」
「羽…っ…天、使?」
「だから、謝罪して?」
その細身の胎に、空いた拳を軽く押し付けた。
「あ、ぐ」
眼を見開いた君が、擦れた声を一瞬出したが、すぐに引っ込める。
唇を引き結んで、ぼくを睨みつけてくる。
「では、もう一枚生やそうか?」
云いつつ、ずるりともう一枚、既に布と化したジャケットを除けて生やす。
するすると、ぼくの肩を金糸の髪がおりてくる。
魔力の解放で、本来の姿に戻っていくぼく。
「ルイ、君…は、あ!ぐふうッ」
舌、噛まなかったかな?少し心配だったが、喋る途中で殴ってしまった。
「ねえ、夜、ぼくの事、弱いと思っていた?」
「っは、あ」
「人間の擬態が上手な、ただの野良悪魔…とか、ね」
「ク、クク…そう、さ…」
正直に明かす君、この状況でなかなか肝が据わっているね、本当。
それにぼくも大人げ無く、もう一枚生やして、掴み上げた君を薔薇窓に投げた。
綺麗な装飾硝子を粉砕して、それの雨と共に落ちてくる君を受け止める。
姫の様に横抱きに。赤く濡れた君は美しいよ、ライドウ。
「ねえ、君の手はまだある?」
「…」
「これではぼくが初勝利かな?バックギャモンで」
そう囁けば、血塗れの瞼を力強く上げる君。
「せめてギャモンだ」
突き出してきたのは、小さな懐刀。
MAGの刃が、ぼくの髪をぶつりと断った。
ぱさ、と足元に金糸が広がる…くすぐったい。
「へえ、ホルスター裏って、煙草だけかと思っていたよ」
そう呟いて、ライドウの首根っこを掴み、勢い良く投げ飛ばす。
信者達の椅子を次々に打ち砕いて、ようやく最後尾の椅子に凭れて止まった君。
もしかしたら、死んだかもね。
そう思いつつ、少ない羽で滑空していく。
割れる木の破片と、舞う粉塵。
「……ぁ………」
微かに聞こえる、呼吸。
「夜?まだ生きてる?」
呼びかけつつ、傍に舞い降りた。
手脚が可笑しい事になっている、きっと折れ曲がったのだろうね。
ずれた学帽を、裸足の爪先でくい、と掃う。
「君、帽子無い方が素敵だよ?」
返事は無い。まだ呼吸で手一杯なのかな。
「ねえ夜、綺麗な顔をしているね」
血塗れの頬、それが月光に照らされて、ぞっとする美しさだ。
乱れた黒髪は、もがれた羽の烏みたいだ。
「悪魔召喚皇なぞ目指さずに、人の仔として生きれば良いだろう?」
「…る、さい」
「ヤタガラスの生まれだから、闇の道を選ぶの?」
「カラスの、為な訳、ある、か」
「どうして悪魔を駆るのかな?」
「奴等を、潰す為、だ!」
ぐ、と指先を動かす君、しかしその腕は宙でぶらりと揺れただけに終わる。
「はは、無理せずとも良いのに、夜」
傍に屈んで、その腕をくい、と掴んでやる。
「っ…!」
「動けぬならば、ぼくがエスコートして差し上げよう?」
折れているであろう箇所を、羽先でするすると撫ぜてあげると、吐息が漏れた。
「は、あ、あぐっ、あァ…」
いや、これは喘ぎかな?
どちらでも良いか、ぼくが愉しければ。
「悪魔の全てを駆るのならば、当然僕も含むよね」
ぽい、と、床にその腕を、飽きたかの様に放って立ち上がるぼく。
苦痛に顔を顰めたライドウを見下ろして、下の衣を完全に脱ぎ捨てる。
ふわりと纏う薄い羽衣を煌かせて、ぐんと伸びをした。
「はぁ、ようやく君にお披露目出来たよ」
完全に頭の角も生え切り、感覚もすっきり目覚めた。
ぼくを見上げる君の眼が、ゆるゆると開かれている。
「何枚…」
「何が?」
「羽…何枚……」
「全部見たいの?我侭だね、夜は」
その、裂けたホルスターの胸元、邪魔な管も無いからね。
「見せてあげる?」
くっ、と軽く踏んであげた、爪先で。
「がぁああっ!」
ぱきり、と肋骨の音、まるで木管みたい。
「綺麗な音」
「ぁ、あっ…ル、イ」
「もっと生やせば良い音が奏でれるかな?ふふ」
ずるり、ずるりと生やして、君の胸上でステップをした。
「なんだ夜…あんな口振りだから、少し期待したのだが」
血反吐を吐いている、肺に刺さったかな?
「悪魔召喚皇は…まだ遠いね夜?」
ああ、でも葛葉の霊力があるのだから、まだ死なないよね?
「がっ!!あぁぁッ!!がぁッ!!」
高慢な人間、デビルサマナーめ。
ぼく等を使役し切れるとでも思っていたのか?
愚かな奴等だ…
中でも、十四代目葛葉ライドウ、紺野夜。
「君はね、一度こうしてやりたかったのだよ」
自ら動けぬ人形と成り果てたその身体を、やんわりと抱き上げた。
「ぅぐ…ッ」
それだけでも酷い痛みを伴う人間の身体は、不便だろうね。
「アバドン事件の頃から…目を付けていたよ…君に」
薄闇の眼が、ゆっくりと僕を見る、隠さぬ憎悪を纏って。
「きっと気が合うと思っていた…」
「は…ぁ……っ」
「案の定、合った。会う度に話も弾んだね?」
「だま、れ」
「綺麗な君の身体に、魔力を注ぐのも悪くなかった」
「は…ん……好色、天使、めが」
「君の滾る憎悪と、飽くなき力への欲求が…とても興味深かったのだよ?夜」
ちら、と見上げた先に、象徴を見た。
「しかし、君は人の皮を被ったぼくの同類だと、よくよく解った」
羽を広げ、魔力の矢をその象徴に降らせる。
騒々しい音を立てて、巨大な十字架が崩落した。
消えた薔薇窓から射し込む月光が、丸く照らす其処に鎮座した。
「罪深いよ、君は」
抱き抱えたライドウを、其処に横たえた。
磔刑みたいに、十字架を背に寝かせて、ぼくはやや満足だった。
「神々の敵、だよね?」
「…それ、が、僕の仕事……」
「私情を含んでるよ?どう見たってねえ…」
「デビル、サマナーは」
「君の存在意義?」
一緒に寝そべり、その濡れた前髪を指先に梳いた。
「本当に全ての悪魔を使役出来たのなら、君は神そのものだよ」
優しく梳く指で今度は、ぐい、と髪を鷲掴みにする。
「高慢に奢る君を、貶めてやろうか?夜」
いつもの君みたく、今宵はぼくが哂おうか。
「!?」
「指輪どころか、奪ってあげる?」
指先に点した焔を周囲に撒いた。
燭台の蝋燭が一斉に照らし出す、罪人の君が辱められる舞台を。
「いつも思っていたよ、偉そうにねぇ…君という奴は」
釦を外さず、服を引き千切った。
内部で崩れているであろう君の薄い、それでいて筋肉の張った胸。
その隆起の上下する間隔が狭くなる。
「…めろ」
「何?」
「やめ、ろ」
「いつもあんなに気持ち良さそうに蕩けていたのに?」
返せば、頬を紅潮させたライドウ。怒りか、今更な恥か。
「解っているかい…君はね、ぼくから注がれるのを赦されていたのだよ?」
「何が…だ」
「意識的に主導権を握っていれば、君は愉しいのか、成る程、我侭だね」
首筋に、舌を這わせれば、いつかみたいに吐息が漏れた。
「使役してる、つもりになっていたか?」
「あ、ふ……ぁ……」
「馬鹿は、君さ、夜」
滑らせて、吸う、強く、吸う。
君の白い肌に、今宵の恥を残してあげる。
そんなぼくの確信的な愛撫に、君は呻く。
「吸う、な、貴様…ッ」
ああ、本当に我侭だね。吸えと以前は命令してきたのに。
「そうだ、いつも君が動いてばかりで、申し訳無かったからねぇ」
ライドウに跨り、上から見下ろす。
睨みつつも、その僅かに見え隠れする恐怖、凄い…
ぞくりとする。
「人型の時より大きくしてあげようか…?」
羽衣をわざと取り払って、局部を見せ付ける。
眼前に直視してしまった君は、一瞬息を止めた。
まあ、だろうね。君の御上達よりは立派だと思うよ?
「ルイ、君、さぁ…」
「何だい?」
「上級天使、みたいだけど…」
ごふっ、と咽ながら、続けたライドウ。哂っている。
「たかが人間の僕に、何を見ていたのだ…?」
まだ
「気紛れにしては、よく友達ごっこ、してくれたよねぇ?ク、クク…」
まだ哂うのか?人間。
それとも、この葛葉ライドウという烏の人形は、精神崩壊している?
「友達、ね」
その哂う頤を、指先に掴んで、口を開かせる。
眉根を顰めたライドウ、ああ、その顔は好きかもしれない。
「いつもの君が望むまま、注いであげよう」
その綺麗な顔を、跨いであげた。
開かせた口に、瞬時に埋め込む、男性の象徴物。
人間の男にあるソレを、天使のぼくがわざわざ君の為に象ってあげたのだよ?
「感謝してね?夜」
ぐぐ、と最奥まで一気に突き刺す。
以前の場所より更に奥、その狭い器官を坩堝に見立てて、抉りこんだ。
「ん!んぅうぐぼぉお!ぉぐぉおおッ!」
獣みたく喉奥を鳴らすライドウが、白目を剥きそうな程に見開いている。
ビクンビクンと、手脚が動いている。
折れた役立たずのそれ等は、まるで君の屠った蟲みたく蠢いてる。
「友達料金で、良いよ、夜、ふふ、っ」
先端を奥に当てて、そのまま放ってあげた。
君、これ好物だろう?浅ましいMAGの中毒者め。
すると、先端に生温かいものを感じて、仕方が無いからずるずると抜いた。
そのままにしては、脆弱な人間は窒息するからね。
「グボェエエッ!!」
噴水みたいに吐寫物を出すライドウ、折角注いだMAGが台無しだろう。
「勿体無いね、ほら、ぼくのMAGだよ?」
まだ咽返る君の頭を掴んで、無理に横を向かせる。
十字架にも垂れたその残滓に押し付ける。
「舐めなよ」
「っは、っあ…ぐ」
「美味しいのだろう?」
「お、前……堕、天使?」
そんな事、今考えてるのか?ライドウ。
「こんな、とこで、油売ってりゃ…見捨てられるよ、ねぇ?」
「!」
「人間が妬ましい?駄目天使」
「…」
「僕も、聖人面する、天界の奴等に、反吐が出るよ」
「夜」
「特に、神とかいう偶像にね!!」
「愚弄するな、人間風情が…!」
(あの御方は、偶像では無い)
「誰が寄越すか、夜、君なぞに…」
この金色は、ぼくのサタンの証。
天使の己を封じ込め、過去に置き去りにした決意の証。
ああ、一瞬でも、君に共鳴したのが間違いだった。
面白い人間も居るのだと、感じていたよ、夜。
「穢されたいのだろう?」
ずるり、と全ての羽を広げて、君を威嚇した。
裂いた衣の破けた隙間に、埋め込んで、中に突き入れる。
肉を割り裂いて、ぶらぶらと糸の切れた人形みたいな脚を抱えた。
身体を折り曲げられ、結合する箇所が良く見えるだろう?
これ、君が好きだった体位だよ?夜?
交わる箇所に混沌を感じるのだろう?そう云ってたね、君。
「ねえ、どう?実際」
「んっ、あ、あっあぐッ」
「これが最後のまぐわいかな?ねぇ?」
「ル、イ」
「もうあの悦楽の表情が見れぬのかと思えば、それも残念だねぇ」
「て…る」
「何?」
犯される君の眼が、それでも強く光る、闇の中でも闇色で。
「いつか、使役して、や、る」
その台詞に、ぞわり、と身体が疼いた。
ああ、本当に口が上手いね、ライドウ。
その云い方、此処で殺す訳にいかないではないか…ねぇ?
「それは愉しみだ」
「ん、ぐぅ、ぅっ」
「餞別に、強いのをどうぞ?夜」
どくりどくりと、中に注ぐ。
痙攣する指先、一瞬指輪をしてる方の手を絡ませた。
「いつか君も手に入れるだろうさ、金の光を、ね」
そう、確かに感じた。
いつか、更に力をつけた君が…
金色の眼を持つ猛き悪魔を連れて、ぼくに挑む姿。
でもね、その悪魔とて、ぼくの支配下にあるのだよ?
悪魔である限り、ね。所詮白か黒なのだから。
「残念…この指輪も、お預けだ…」
朦朧としているライドウに向かって、云い放つ。
「里のみ潰したい…と、その程度の欲望では揺るがぬよ…お前の魂は、ね」
何かを云おうと口を開いた君。
だが、そこから発されたのは赤い血。
「すべて憎いのなら、造り変えてしまえ…己の舞台から…」
ずるりと引き抜いた瞬間、ぐたりとなったライドウ。
血と精で濡れる十字架は、君に相応しいよ…
「さあ、まだまだ君は踊れるだろう?」
絡ませた指先から、魔力を分け与えた。
再生を促すそれが表面化する前に、上体を離す。
「ぼくに立ち向かえる存在を君が手に入れたら、ね」
そんな悪魔、ぼくが欲しいくらいさ…
全てを覆す、トリックスター。
「ではね、夜…また逢えたら遊ぼう?」
その形の良い唇に、ひとつ別れのキスをした。
噛み付く事も出来ずに、君はぼくを睨むだけ。
「愉しかったよ、君との逢瀬」
羽をはためかせて、ただの丸窓と化した薔薇窓に飛んだ。
「ル…」
背後から、君の声がした。
「ルシファー…」
なんだ、やはり気付いてたのか。
クスリと笑いが零れて、ぼくはそのまま飛び立った。
(ああ、貴方の云う通りだった)
確かに、人間は、面白い…
ヒエラルキーに縛られない、浅ましさが、天使よりも。
彼の眼の様な闇が、悪魔よりも。
月光に飛ぶと、夜風が心地好かった。
地上に小さくチラつく光のひとつ、場所からして新世界だ。
脳裏を過ぎる、デビルサマナーとの戯れ。
「絶交、かな」
呟いて、ソーダ水の味を思い出しつつ滑空した。
ケテルまで、飛んで帰りたい気分だったのだ、今宵は。






『おい、ライドウ』
「何でしょうか」
『あまり夜遊びし過ぎるなよ』
一瞬何か解らなかった僕は、相当疲れていたのか。
外套の襟をくい、と正し、ゴウトに向き直る。
「男の勲章では?」
『おいおい、それでも本当に葛葉四天王かお主…』
「情愛の証です、フフ」
哂って糞みたいな台詞を吐く僕、気味が悪い。
『おい!依頼は!?』
「もう済ませましたよ、雑魚をブチ殺す依頼なんて瞬間に終わりますから」
我ながら凶悪な物云いで返答し、銀楼閣の扉を閉じた。
もう呪詛の解け始めている黒猫に、気分がざらつく。

深夜でも迎え入れてくれるミルクホールの灯り。
ベルを鳴らして入ると、皆が僕を見て、すぐ視線を戻す。
良くも悪くも、著名なのだ。
「マイヤーズのダークラム」
「かしこまりました、葛葉様」
マスターに告げてから、テーブルに着席した。
灰皿を引き寄せてホルスター裏から抜いた煙草を咥える。
添え付けのマッチで火を点けると、途端に毒で空気が美味しくなった。
取り出した手帳に、最近の依頼に関する記述を施す。
(紅蓮属が足りぬな…何処で勧誘しようか)
先数日間の予定、合体の予定を練る。
「どうぞ」
マスターの声と同時に、手帳の傍に置かれたグラス。
ペンを持つ指を、咥えていた煙草へと移して、灰皿にそれを置く。
「有り難う御座います」
礼を述べると、マスターは会釈した。
…が、何か違和感を感じる。
「どうされましたか?葛葉様」
「僕は二つ注文したろうか…?」
「いえ、いつものお連れ様の分でして」
呼吸が止まった。
「あ、もしや、今宵は来られませんか?あの異国の方」
慌てるマスターに、綺麗に笑顔を作ってなだめる僕。
「お気になさらず、御代はしっかりと払わせて頂きますよ」
「いえ、此方が勝手にした事ですから」
「フフ、お気遣い有り難う御座います、テーブルに座った僕が悪い」
テーブルから離れていくマスター。
視線をその背中から、眼の前のソーダ水に移した。
そう、あの男、いつもソーダ水だった。
手帳を閉じ、煙草の燻る火を揉消す。
(首筋が、熱い)
立ち上がり、化粧室に向かった。
今宵も美しく磨かれたタイルと鏡。薄暗いランプの下でも判る。
広い鏡の前で、外套の襟を開いた。
続けて、制服の詰襟を…
鏡の中の僕、亡霊みたいな白い首筋に赤い痕が咲いていた。
数日経ったろうに、どれだけ強く吸ったのだ、あの天使。
ああ、酷く、苛々する。
今こうして生きているのすら、情けだろうが。
「…フ、フフフ」
外套の衣嚢に先刻入れたマッチを取り出す。 それを擦り、胸元の煙草を新たに取り出し、火を点ける。
そういえば、この煙草もあの男に勧められた銘柄だったな。
確かに、以前僕が常用していたものより、美味しい毒だった。
燻る紫煙、吸い口からひと息吸い込む。
窓が僅かに開いているのを確認して、煙を吐いた。
「っぐ、げ…っ、げふっ」
痛む喉、まだ身体の数箇所は完治していなかった。
喉元を抉られた記憶が、背後の個室から更に抉られて甦った。
「僕は、カラスの巣を、焼き尽くそう…」
紫煙を見て、それを燃える里に昇る煙と夢想した。
「落丁した頁を、埋めれる、僕ならば」
止まれるか、この道を。
「その金色より猛き金色を、使役してやる…」
闇に墜ちている事は、もう承知済みだ。
「ルイ、君の縋っていた偶像は、どうして君を見限ったか解る…?」
首の赤い華に、ゆっくりと煙草の先端を近付ける。
「奢り高ぶったからではないの?君がさぁ…」
ジリ、と首の鬱血は、焼けていく。
赤いそれは、火傷になって、痕をすり替えていった。
「何処かの誰かみたく、ね」
鏡の中で哂う誰かみたく。


堕天使よ。
愉しかった…それは間違いない。
何を云っても、互いに面白可笑しく解釈して、哂い合った。
こんなにも僕に似た奴を、見た事が無かったから。
だが、求めるものは違うのだ。
君も僕も、互いを尊重し、同時に嘲笑っていた。
もう、此処に築かれる関係は、ひとつ。
「ルシファー……」
(里の次に、お前を消す)
汚点を煙草で揉消して。
外套に閉じた。
もう、何者にも心を赦さない。介入は、赦さない。


帰路の塵箱に、胸元から取り出したる煙草を、潰れた箱ごと捨てた。
上空の冷えた月に、六枚羽の影が一瞬見えた気がして立ち止まる。
「ルイ!」
自然に口から発された。
しばし見上げ、唇を噛み締める。



きっと、最初で最後の友人だった。


汚点(後編)・了
* あとがき*

似た者同士、結局相反する。
嫉妬と羨望に埋もれた共感。
憎悪に消えた友情ごっこ。

これだから人修羅を取り合う両者。
人修羅には絶対云いたくないだろうと思いますね。この過去。
根性焼きでキスマークを消すとか、流石は夜。