水魚之交-スイギョノマジワリ-

 
「おい、いい加減にしろよ」
そう背に向かって、声を地に這わせた。
まあまあ怒気を含ませたというのに
アイツ、わざわざ立ち止まってから振り向きざまに
「我侭な大人ってむかつくんだよっ!脳内はガキのくせにっ」
そう叫んで指を振りかざす。
「おわっ!!」
耳に残る残響と、舞い上がった砂埃。
俺の足下には地を穿った跡。
「おま、魔弾は人に向けてすんなって何度云えば解るんだよ!」
「何度云ったって聞かないダンテの所為だろ!」
肩を怒らせて叫ぶ人修羅に、俺は逆にすくませる。
「まあまあ、年長者を立てると思って、大目に見ろって」
「…あのな、行く先々で冷蔵庫漁って、おまけにターミナルを極力使わずに移動するなんて、あなたの我侭だろ」
仕方ないだろうが。
冷蔵設備に眠るピザやデザートが凍ってりゃ御の字。
酔っちまうターミナルの移動なんざしなくても、ほっつき歩きゃ済む。
俺は頭でそう、再度納得して笑う。
「出来てるじゃねえか」
「冷食のジャンクフードで水分補給して、ボルテクス砂漠をフルマラソンか?」
「おう」
「…効率悪いんだよっ!!」
更に飛んでくる魔弾をかわし、俺はコートを翻す。
「だーから、いい加減機嫌直せって云ってるだろ?baby?」
「俺は食べる必要無いし、酔わないんだよ!」
そう云い、いきり立つ人修羅ヤシロを、俺は毎度の様に流し
ぶらりと歩く。
砂塵が舞い上がるその大地の向こうは
緩やかに上空へと上がっている。
上を見上げれば、カグツチでぼんやりと映る大地。
「わふ…眠くなってくるぜ」
欠伸をし、俺は気だるく首を鳴らす。
「同じ半人半魔でも、こう作りに違いが在るなんて…差別だ」
そう云いながら人修羅は俺を睨んだ。
「だったら、対等な位置にお前も立ってみりゃ解るか?」
俺のその、ふとした思い付きで
この後最高にハイな気分になるとも知らず…
人修羅ヤシロは「はぁ?」と呆れ気味に俺を見るのだった。


「酒は期限無くて助かるぜ全く」
「…」
「聞いてるかヤシロ?」
「っぷ…」
胸元を押さえて、壁に寄りかかる人修羅。
「いきなり40度はヤバかったか?ハハッ」
そう云い、俺は空になった瓶を放り投げ
空を舞うそれをアイボリーで撃ち抜いた。
人の不安を無意識に掻き立てる音で、それは飛散した。
「俺もかっ喰らったが…お前もイイ気分にならねえとな?」
人修羅の首根っこを掴み、ずるずると引き寄せて
俺達は無人のバーから出た。
さっき俺は、嫌がる人修羅を半強制的に連れ込み
酒を呑ませた、これまた半強制。
自分では歩けぬ程に泥酔している人修羅。
何となくは意識が有るのに、恐らく身体が云うことを聞かないのだ。
そのままターミナルに入り、扉を閉める。
行き先は決まっている。
最高に気分のノる処。
人修羅を床に放置し、アマラ天輪鼓を回す。
極彩の赤が氾濫して、景色が流れる。
「うっげええ、これやっぱキツいわ」
俺は笑ってその景色から眼を逸らす。
天輪鼓が回転を止め、空気が沈静化したのを確認して
俺は人修羅の腕を引っ張り上げた。
「おいおい、まだ会場に着いてもいねえぞ?」
「気持ち、悪い」
ただそう呟いて、なすがままの人修羅。
ターミナルから出ると、一面の赤…アマラ深界。
「…ダンテが、此処に来るなんて…どうしたんだよ」
朦朧とする意識下で、余程疑問だったのか
人修羅が俺の傍で云った。
「下に行くぜ!」
張り切る俺に人修羅は脚を奮わせる。
「ま、てよ…こんなんじゃ、襲われたらまずい…」
「乗り越えりゃハイになれっぞ?少年?」
人修羅の顔を見てニヤリとした俺は
ワープホールにコイツを抱えたまま飛び降りた。
「っ!は、吐く!吐くって!」
傍で慌てる人修羅を尻目に、俺はアイボリーを取り出し
浮遊する障害をブチ抜いていく。
赤いものが俺達にびちゃびちゃと付着して
ぐっしょりと濡れそぼったコートに重みを感じる。
「ははっ!BANG!BANG!」
ふざけて、やたらに撃ちまくり、盛大に赤いシャワーを浴びる。
下界層に降り立った時には、真っ赤に染まった俺達。
「あー気持ち良かった」
そう述べた俺に、人修羅は口元を押さえてよろりと壁に向かう。
「最悪…!」
眼を閉じ、はあはあと息を吐いてぐっ、と踏み止まっている。
「雨の中、傘も差さずに歩くのって気持ち良くないかヤシロ?」
「良く、ない」
「そうか、そりゃ残念」
そう云い放ち、俺は人修羅の腕を掴んで歩き出す。
「懐かしいなあ?どうだヤシロ?」
「…ここ」
其処は、俺達が鬼ゴッコした第三カルパだった。
「ランナーズハイって知ってっか?」
「…いきなり、なんで?」
「きっつーい走りの際に脳内麻薬が出てんだよ」
俺は不鮮明な回答で、人修羅のケツを引っぱたく。
「10カウントな」
「は?」
「そしたらマジで、鬼ゴッコな」
「何…」
「勿論…」
エボニー&アイボリーを両手に納める。
「俺が鬼、お前は兎」
唖然とするコイツの表情すら懐かしい。
あの時もそうだった。

「10…」
「ま、てよ」
「8…」
「ふざけてるのか、ダンテ…」
「6…」
「銃、しまえよ」
「4…」
「…っはあ…っ」
「2…」
「この気紛れ野郎っ」
「Show time!」

もつれる脚を交差させ、駆け出す人修羅。
当然、酒の入った足取りが馬鹿みたいに蛇行させる。
「おい、大丈夫かお前!」
数発アイボリーから放った弾丸が、床に埋まっていく。
俺も結構酔っているらしい。
曲がり角、何かにぶつかったと思えば
その層に居る悪魔。
「邪魔すんな!」
俺はソイツを蹴飛ばし、離れていく人修羅を眼で追った。
そりゃあもう酷いもんで、壁にぶつかりながら走っている。
「まともに逃げないと穴だらけになっちまうぞ!」
追う先の、道を点々と赤い跡が続いている。
幾らか被弾した様だ。
(おいおい、そっちは行き止まりだぞ)
あらぬ方向へと逃げ込む人修羅を見て
俺はいきなり終わりそうな鬼ゴッコにがっかりしてしまう。
その奥に飛び出した俺は、床に転がりつつ照準を合わせた。
すると案の定、脚の先で床が爆ぜた。
「狙いが滅茶苦茶だぞお前」
「ダンテこそ…っ」
お得意の魔弾は俺のコートすらかすめずに無駄に撃たれた。
その緩慢な動きの人修羅を俺は捕らえて笑った。
「酔ってんのは辛いだろ?」
「主旨を吐き違えてる…」
「でも気分はハイになってるぜ」
アイボリーの銃口をごり、とその額に押し付けた。
「…ダンテってサディストなのか?」
「そんなつもりは無いが、まぁどうだかな?」
その銃口をずるりと滑らせて、眼元のラインをなぞり落とす。
そのまま口に銃口を突っ込ませて、押し込んだ。
「が…ぐぅっ」
「ゲロったらアイボリーに謝れよ」
苦しげに眉を顰めた人修羅の顔を覗き込む。
紅潮した頬から耳が、酔い醒めぬ事を露わにしている。
その、蜜色の潤んだ瞳が加虐心を掻き鳴らす。
「あー…お前何歳だったか?」
「ぐ、うっ」
「答えれねぇか…確か、学生だったっけな」
床にそのまま押し付け、馬乗りになった。
「サディストってのの定義を教えて欲しいもんだぜ」
口にアイボリーを入れたまま、エボニーを人修羅の耳元に運ぶ。
その銃口を床に押し付けたまま、引き金を引く。
分厚い重低音と共に、飛び散る何かが互いの肌に纏わりつく。
この界の、粘着質な肉壁がじゅうじゅうと焦げて抉れた。
「…」
耳の傍で発砲され、人修羅は視線がぐらぐら揺れている。
酔いもあってか、口のアイボリーもあってか
唸りすらしない。
「悪魔ってのは、いたぶって、ブチ殺す為に居るもんだと…世のデビルハンターは口を揃えて云うぜ?」
アイボリーの銃身はノーマルのよりかなり分厚い。
人修羅の大きくこじ開けられた口元から、唾液が伝う。
「半分人間の俺には、その資格は無いか?」
耳元でそう問う。
そして返せる筈の無い返答の返らぬ内に
アイボリーをその口から引き抜いて、振り抜いた。
ガスッと鈍い音がして、人修羅の頬が赤く染まる。
「は…ぁ」
「悪ぃがヤシロ、俺は結構今気持ちイイぜ?」
「なんにも、対等じゃ、無い」
ギロリと睨み、そう悪態を吐く人修羅を見て
俺は更に高揚した。
「お前も解るだろ?悪魔が半分在るんだったら、よ」
そう云って、俺はその身体を掴み
場所を入れ替わる。
自分の上に馬乗りにさせた人修羅の双眸を見上げて
「ほら、何かしてみろよ?」
笑いながら誘う。
「…」
ぐらりと、重心すら定まらぬ人修羅が
俺の上でその拳を振り上げた。
頬に一発、一瞬にして頬骨に軋みが生じるのを感じた。
眼厘筋までブチ切れたんではなかろうか。
そんな事を考えていれば、俺の頬は直ぐに元の状態へと戻っていく。
なにせ人修羅よりも再生が早いのだから。
その見た目にはダメージのいかぬ俺を見てか
留める事すらせずに人修羅は俺を殴り続けた。
血だけは流れるので、それが証だった。
「っ、は」
殴っている人修羅の方が息が乱れている。
「あ、ああ」
その金色の眼が妖しく光る。
拳の表皮が擦れても、稀に目測を誤り床を打ち付けても
止めぬ人修羅が喘いだ。
「あ…れ?き…き、もち…いっ」
その恍惚とした表情に、俺は殴られながら満足していた。
「おい、もっと良くしてみろよ」
ぺっと血を吐き捨て、俺は挑発する。
「我侭なおっさんだなッ」
微妙に呂律の回りきらぬ口で答えた人修羅が
その指をすっと翳す。
(ああ、魔弾を至近距離でか?)
そう思い、へらりと笑って待ち受ける。
すると、その指が頬に添わされた。
は?と思い眼をしばたく。
すると、人修羅が、まるで林檎にでも齧り付くかの如く
俺の口に吸い付いてきた。
一瞬で酔いが醒めた俺は、上半身を起こそうとしたが
ガチガチと当たる歯に気を取られ、静止する。
(おいおい!そんな意味で捉えやがったのかコイツ!)
血の味が広がってすらいる。
あまりの下手なキッスに辟易し、俺は胎に膝を入れて引き剥がす。
「がふぅッ!」
「このヘタクソ…」
床に転がる人修羅を引っ掴み、怒鳴る。
「するんだったら、しっかり覚えとけ!」
俺はその唇に噛み付いた。
別にこんな事するつもりでも無かったのだが
コイツの中では、気持ち良さのベクトルが逸脱した様だ。
そもそもこんなガキ相手に発情したら、終わりだろ。
そう思いながらも、俺は悪ノリしている自分には気付いていた。
唇を離さぬまま、人修羅の尻を揉みしだいてやる。
眼が蕩けて、人修羅は熱い吐息を零したが
それを俺が呑んだ。
(どんだけ酔ってきたんだコイツ)
あきらかに、さっきまで無かった酔い、がきている様子だ。
普段なら触れる事すら怒りを買うというのに。
解放した唇から紡がれた言葉と云えば
「吐いたら殴って叱ってくれるのか?」
とか、笑いながらぬかすものだからタチが悪い。
まさかコイツは、本来真性のマゾヒストなのではないかと
疑う程に、嬲る程高揚していった。
ブーツで脚を踏んでやれば、上目遣いで覗いてくる。
「待て、よ」
そう云って、脚をぐいぐいと動かせば
するりとスニーカーから脱げたその部位。
指先でくい、とソックスを引っ掛けて脱ぐ。
そうして日に焼けていない素足を突き出して
「こっちにして」
と、自信にすら満ち溢れたその言動。
俺は頭が痛い様な、興奮する様な
意味不明な高揚感に見舞われた。
「ならお望み通りにしてやるよ」
その素足に、ソールをこすり付ければ
痛みに顔を歪めた人修羅がしがみ付いてきた。
「こ、転びそうっ」
「転んどけよ」
俺はブーツで横に蹴倒してやる。
そこに飛び乗り、前髪をぐしゃりと引っ掴む。
眉を顰めた人修羅に笑いながら聞く。
「学校で喧嘩した事あるのか?」
「そんな、野蛮な事誰がするかっ」
「じゃ今してるのは何だ?」
そう問いただせば、ニッと口元を吊り上げた。
「売られたから買っただけ」
それを喧嘩っつうんだよ。
俺は支離滅裂な人修羅の回答に鼻で笑うしか無い。
此処の空気と、アルコールに中てられたのか。
酷く享楽的だ。
「最近この層の悪魔程度じゃ生温くていけねえな」
俺は呟くと同時にリベリオンを背から手前に移す。
その構えに人修羅が両手を振り翳す。
「銃刀法違反!」
「此処は無法地帯だから問題無い」
「俺にそのまま振り下ろしたらどうなるかわかってるのか?」
やけに挑発的な態度。
俺はじわりと、虐めたい気持ちが脳内に揺らいだ。
自分より弱い悪魔に小馬鹿にされて、聞き流せる程大人では無い。
「ほーぉ…だったら、コレよりキツイのをくれてやろうか?」
そう云う自身の声音が、愉しそうで笑える。
俺はフェイントのつもりで、人修羅のズボンに手を掛ける。
別に悪戯程度。脱がしきる事なんざ考えちゃいなかった。
だが、それに異常に反応した人修羅は
俺の指に指を絡ませる。
「ま、てよ!何するんだよ変態!」
「さっきまで自分から誘ってそれか?」
「誘ってない!」
あくまでも言い張る人修羅に、イラっときた。
「酔っててもコレはやっぱり嫌なんだなぁ?」
身を捩り、その指先から魔力を発する人修羅を
ちょっと撥ね付けてやれば
その衝撃は俺の脇を掻い潜り、背後の壁へと突き抜けていった。
「ノーコン」
ははっと笑いながらからかう。
「嫌!嫌だっ…」
しかし、その下に居る少年の声音が怪しくなってきた。
「っく…」
雲行きが、怪しい。
「ふっ…うう…っ」
「おい、ヤシロ?」
翳した腕で隠れた眼元を覗き見る。
「…おいおい」
さっきまでの凶暴さは何処へやら。
金色がその涙に反射して、映りこんでいる。
血に汚れた頬を、その水が流す。
「泣き上戸か?」
「うっ、ええ、えええええぇっ」
途端赤子みたく泣き出して、いよいよ俺も怖気づいてきた。
凶悪な犯罪者にでもなった気分だ。
「お、おい…お前そろそろ醒めろって」
その腕を退かそうと、指を伸ばした瞬間。
「セタンタ!」
涙声でそう叫んだのが鼓膜を叩く。
雷鳴の様な音が響き、俺の首元に、冷たい感触。
『デビルハンター、まさかそのような愚行に走るとは…』
槍の先端を俺の首にあてがう、マフラー男。
人修羅にご執心の、悪魔。
(よりによってコイツを召喚するとは…)
狙ったのか?無意識の内にか?
人修羅に視線を向けたまま、その槍の主に返答する。
「お前の主人から誘ったんだがな?」
『その様な常套句は止めて頂こうか…!』
肌に食い込む切っ先。
別に死にはしないが、このまますっぱりやられては納得がいかない。
「あのなあセタンタ、お前の主人はあんな泣き方普段するか?」
『貴様が泣かせたのだろう!』
「にしちゃ幼いだろ」
「…」
主人の様子をチラ…と窺うのが視界の端に確認出来た。
俺から槍の対象を外し、人修羅を見つめてその悪魔は屈んだ。
『ヤシロ様、どうなされたのですか…?』
そう云って、白いグローブの指を眼元に滑らせる。
(何処の王子だよお前は)
心の中でそう突っ込み、俺は人修羅から腰を上げた。
すると、ふとそれを見てきたセタンタの目付きが変わる。
『デビルハンター!どういう事だ…!』
「はぁ、何が」
『その、私の主人の御脚…!!』
何かと思い再度見てみれば…まぁ、確かに。
脱げた靴にずり下がったズボンからは、犯罪めいた香りしかしねぇな。
「ズボンは俺の嫌がらせだが、靴はコイツが勝手に脱いだ」
『そんな筈無いだろう!』
「素脚を踏めとよ」
ニタリと笑って云う俺に、刺す目線を投げて寄越すセタンタ。
『ヤシロ様、御気分が優れないのですか?』
俺の発言は話半分に、主人へと向き直る悪魔。
人修羅はよろりと上半身を起こす。
そこへセタンタが、転がっていた靴と靴下を拾い渡した。
「セタンタ」
『はい』
すると、人修羅はそれを受け取らずにやんわり笑い…
「履かせてくれ」
未だにトロンとした眼で云ってのけた。
『な、な…な!』
「な?」
同じ語で狼狽する悪魔に、俺は同意を求めた。
『魅了か?混乱か?デビルハンター…!なんとか出来ないのか!?』
「いきなり俺を頼るなよ!酒だよ酒!醒めるまで放っておけ!」
ぶっきらぼうに返すと、うろたえるセタンタのマフラーをぐいと引き
人修羅が少し語気を荒げた。
「セタンタ!履かせてくれるの?くれないの!?」
『あ、いえ!しかしながら肌に触れるのはあんなに嫌だと…』
「今は悪くないかも」
『えっ』
その悪魔の、引いたマフラーをそのまま口元からずらし
眼を瞑って人修羅は唇をそいつに寄せた。
それを見た俺は、妙な感覚に身体を支配され
そいつ等の顔の間を薙いだリベリオンで分断した。
『っ!』
二重に驚き、すくむセタンタと。
リベリオンの刃先にキスする人修羅。
ゆっくり唇を離し、刃先を舌で舐めた。
その姿に、ぞくりとする。
「…ダンテ、何で邪魔するんだ」
「お前が余りにみっともないんでな」
「気分が良ければ良いんだろ?」
「…撤回、普段のお前が良いよ」
俺はげんなりして、人修羅に近付いた。
「普段の俺?普段ってどんなだよ」
「むすっとしてて、その割りにお人好し、んでもってガードが薄い」
「うるさいな」
リベリオンをすい、と間から抜き
背に戻す。
「手のかかる悪魔だぜ」
「悪魔は半分だっ」
「んなこたぁ知ってる」
「あ!」
急に声を上げて、人修羅がセタンタの肩をがしりと掴む。
ぎょっとしたセタンタは槍を思わず落とした。
『ど、どうされましたか?』
「ダンテの云ってた事に対する答えが見つかった」
ぶんぶんとセタンタの肩を揺らし
張り切って人修羅は叫んだ。
『な、なんでしょう』
「半分悪魔なのに悪魔を狩って良いのかって問い」
『ああ…あのハンターはそう云えば半分悪魔でしたっけ』
マフラーをぐい、と口元に戻すセタンタが俺を見る。
人修羅は両腕を離し、立ち上がる。

「俺が半分悪魔で半分人間だから、ダンテが狩っても問題無いのは俺だけだ!」
俺にそう、何の躊躇も無しに云った。
俺はその言葉を呑んで、唖然としてしまった。
「そうだ、きっと…なあダンテ!」
駆け寄り、上目遣いに俺の眼に飛び込んでくる。
「だから、ダンテは俺なら迷い無く殺せるぞ、な?」
「大丈夫か、お前…」
「ボルテクスに来てからもう駄目だろ、だから別にダンテに殺されたって良いよ」
「未練とか…無いのか」
「良く分からない、創世も悪魔に成るのも嫌だし…だったら互いに交換条件と云う事で」
妙に口数の多い人修羅に、俺は少し動揺していた。
コイツは普段、俺がちょっかいをかけなきゃピーピー喚かないのに。
嫌に饒舌だ。
「ダンテは同じ生態の俺を始末しても呵責が無い、俺はどうせ死ぬなら歴戦のデビルハンターに狩られたい」
「…」
「それで良いだろ?」
口の端が上がる、その人修羅に
俺は恐らく…
どこか、同情していた。
その前髪を、今度はくしゃくしゃと撫ぜて云う。
「お前の気が済むまで、遊びに付き合ってやるさ」
「…」
ぽかんとして、その手を払い除けすらしない人修羅。
「人に戻りたいんだろ?だったらぶらぶら探そうぜ、その方法」
「…」
「俺は一応何でも屋、だからな」
「…」
だんまりを決め込む人修羅の前髪を、指で梳き上げた。
「俺と遊ぶのか?遊ばないのか?」
そう問えば
吊り上がった口の端が綻ぶ。
眼の金が、蜜色に溶け込んで煌いた。

「遊ぶ…」

今まで見た事も無くらいの、満面の笑みで
功刀矢代が、修羅から少年に戻った一瞬だった。
俺は何故だかその笑顔を凝視出来なくて
つい、と眼を逸らした。
「だったら、さっさと靴履いて行こうぜ!」
「ああ」
「ズボンしっかり上げろよ」
「うっさいな!」

(ヤシロを殺して良いのは、俺だけ、か)
妙な許可を得た俺は、これまた妙な気分だった。
別に殺したい訳じゃない。
完全なる悪魔にさせるのも後ろめたい。
創世しか道は無いが、それだって旨くいくのか…
半人半魔…半永久的に再生する身体、老いぬ肉体。
どちらでもない孤独。
それを背負う筈の兄も、もう居なかった。

今、俺の知るところ
眼の前の少年しか、居なかった。

「うっ」
「おい、どうした」
「は、吐きそう」
いざ出発、なる瞬間に吐き戻すソイツを見て
俺はぼんやりと考えていた。
甲斐甲斐しく背をさするセタンタが、俺に叫ぶ。
『毒を呑ませるな!』
「でも、そのおかげで毒は吐き出せたみたいだぜ?」
感情に身を任せ、心に燻る毒を吐き出したろうに。
「毒をもって毒を制す、良い言葉だぜ」
ひゅう、と口笛を吹き
俺は人修羅をセタンタから取り上げて担ぐ。
それをやや警戒しつつ、見送る悪魔。
マフラーで篭る声で、聞いてくる。
『エストマは必要か?』
「んじゃ、頼む。正直俺も醒めきってねえからな…」
光を纏う俺達を、悪魔が避ける。
その帰路で、セタンタが俺に語る。
『何者であっても、主人の魂は変わらぬ…』
「…」
『デビルハンター、それは貴様が一番解っている筈…』
そのマフラーから覗く、涼やかな眼元が俺を射る。
『ヤシロ様を、どうか…』
「…」
俺は敢えて返答しなかった。


「寒…っ」
「軟弱だな〜本当お前」
「悪寒、酷いんだけど…」
ギロ、と睨みつけてくる金色の眼。
回復の泉で顔を洗う人修羅は、すっかり酔いの醒めた口調で
淡々と毎度の様に文句を述べる。
「そもそも何故俺は血だらけで、悪寒が酷いんだ」
「それはさっき説明したろ」
「…謝罪しろよ」
「はいはい、すいませんでした」
「…」
諦めたのか、そのまま聖水で肌を拭う人修羅。
「あんまり見ないで欲しいんだけど」
背を向けて、そう云い水を浴びるその姿に
俺は思わず吹き出した。
「何がおかしいんだよ」
怒気を含む声音で、そう聞かれた。
(酔ってる時の自身を見せてやりたいぜ)
俺はコートすら脱がず、武器をじゃらじゃら外し棄て
泉に駆け込みダイブした。
「うわっ」
大きく跳ねた飛沫を顔面から受けた人修羅が悲鳴を上げる。
さばりと水面に浮上した俺は、ほとりで腕を浸からせる人修羅に寄り
その腕を引っ張る。
「ちょっ、ダンテ」
「ははっ」
着衣のまま、見事になだれ込む人修羅。
ざぶりと俺の胸元に落ち込むが、すぐもがき始める。
俺は濡れて纏わりつく感触を味わっていた。
「雨ん中、傘も差さずに居るみてぇだ、やっぱし良いぜ」
「外人ってなんでジーンズ履いたままシャワー浴びんのか理解不能だっ」
「そりゃお前、一緒に洗ってんだよ」
「本当かよ」
悪態と共に、俺の腕を振り払う人修羅。
だがその腕をぱしりと掴み、笑う俺。
「放せよ…」
「奥底まで、行ってみるか?」
「…は?」
「ランナーズハイって、脳内麻薬が出てなるのは云ったよな?」
「またそれ…って、ダンテはむしろ四六時中出てそうだな」
「此処、結構深いとこは深いだろ?」
脚の先に、まだ空間を感じる。
浅い処と深い処と、結構な差を感じる。
「は!?まさか潜るのか?」
「ははっ、また出るんじゃないのか?脳内麻薬…面白そうだろ?」
指で人修羅の額を小突き、俺はそう云った。
少し青ざめる人修羅が喚く。
「洞窟の地底湖とか、かなり深いんだぞ!?そもそも此処の聖女に…」
「し〜っ」
額の指をそのままソイツの口元に滑らす。
「…ダンテッ」
「Show time!」
人修羅の後頭部を引っ掴み、そのまま息継ぎの猶予すら与えず
俺は水面下へと引きずり込んで行った。

青い、深い奥底が視える。
人修羅には見えないだろう、いやそれどころではないか。
眼を引きつらせ、眉を顰めて唇を結んでいる。
脚をひと蹴りすれば、赤い俺のコートが水間を漂う。
辺りが薄暗くなってくれば、抱える人修羅のタトゥーがぼんやりと
仄暗く輝いている。
その海洋生物みたいな、神秘的な様に思わず眼を惹かれる。
すると、腕にぎゅうっと感触が。
苦しそうに、眉根を顰めた人修羅がしがみ付いてきた。
今更上に上がる事もままならぬので、俺しか頼れぬのだろう。
(それが人修羅であるお前の居る線上なんだよ…)
後戻りの出来ぬ深い闇に、身体を溺れさせる。
やがて、人修羅が口元に掌を持っていく。
その指の間から、キラキラとダイアモンドみたく泡沫が零れる。
もう限界なのだろう、その身体が弛緩する。
そして一瞬、金色の眼が、不安に揺れて俺を見て、閉じられた。
その眼の求めるものを、俺は勝手に解釈する。
(闇底で溺れたら、何とかしてやるよ)
その指を剥がし、頭に手を回す。
その泡沫を生む唇を吸い、鼻孔をつまんで息を吹き込む。
何も生み出さぬ様、隙間さえ赦さずにくちづけた。
それに、空気を送る以外の意味が果たして在ったのか
俺は特に意識は何もしなかった。
別に甘いものでも、欲情するものでも無い。
俺によって、この半魔の少年が生かされている。
その事実が在れば、それで良かった。
びくり、とその身体がはねる。
吹き返すかの如く、俺の腕の中で蠢く人修羅。
眼を見開き、目覚めた。
置かれている状況に、また撥ね付けられるかと思ったが
そう思っていた俺の首に、腕が回された。
救いを求める、腕だった。
俺は深く、口付けたまま魔力を解放した。
久々の感覚に、神経がびりびりと振動する。
赤い波動が水を沸騰させはしないかと、そんな不安もすぐに消えた。
魔人化すれば、そんな距離は瞬く間、だったからだ。
明るい水面に向かい、そのまま突き抜けて宙に舞い上がる。
抱えた人修羅を、そっと地に寝かす。
身を捩り、げほっと咽たと思えば、幾らか瞬きをした。
「どうだ?」
一声、掛ける。
魔人から人へと成りを戻す俺を、うっすらと開けた眼で見る人修羅。
「何処へ行ったって、俺がなんとかしてやる」
「げほっ…」
「もうターミナルも我慢すっから、お前の好きな処へ、どんな底までも行こうぜヤシロ」
「…」
人修羅は、答えずに黙って
ぐい、と腕で眼元を拭っただけだった。


素面の人修羅に、キスしたのは
これが最初で最後だった。
俺もアイツも、別に何の感情も抱いちゃいない。
蘇生措置の一環だ、と云えばそれまでだった。
濡れそぼる雨も、水底も
流れ落ちる全てに溶け込む様で好きだった。
兄と再会したあの日も雨だった。
俺が、この世の一部だと、思い出させる。
半端でも、生きているものなのだ、と。
決して孤独では無いと。

ヤシロ…お前も、そう思ってくれたらいいのに

多分、そう思って、くちづけた。

俺も、多分あのセタンタも
どんな結末を迎えるかなんて、知る由も無かった。


水底に深く沈んだ、あのヤシロを…
俺は救い出せずに
まだ砂漠を彷徨っている
今も…

水魚之交-スイギョノマジワリ-・了
* あとがき*

前半のはっちゃけっぷりに反し、後半が暗い。
前修羅はマゾだったのか(違)
結構無理矢理なダンテですが、その根底には優しさが在る。
暴力行為もライドウと違って、感情任せでは無い辺り大人。
ダンテの知る人修羅は、救われる事なくダンテの心に沈んだままです。
そうして、ダンテを永遠に捕らえ続ける。

すいぎょのまじわり【水魚之交】
離れることができない、親密な間柄や交際のたとえ。
水と魚のように切っても切れない親しい関係をいう。