天国篇

 
思い返せば、あいつが功刀矢代という一個人であれば
悪魔か人間かなんてのはどうでもいい事だったのかもしれない。
そんな事に気付きもしないまま俺達はここまで来てしまった。

「おい、どうしたヤシロ、ヤシロ!」
うっ…と嗚咽を漏らし、うずくまる少年。
一体何があったんだ…


カグツチ塔に侵入する前に、俺達は一旦戻って態勢を整えていた。
泉で体を癒し、ショップで回復薬を補給する。
そして、ターミナルで各自休憩を取っていた。
「塔に入った瞬間、カグツチは俺を読むんだ」
そして裁定する。
創世に相応しいか否かを。
そうヤシロが語る。
「もう心構えは出来ているのか?」
俺の質問に首を捻るヤシロ、不安げに笑う。
「元の状態に世界を戻したいってだけだと弱いかな?」
もう少し、突詰めて答えが出たら塔に行くよ。と。
確かそんな会話をして、休眠に入った。

…リベリオンが啼く。
「おい、どうした?」
魔力の共鳴か。
何処かから、波のように寄せては引く魔力の波動。
俺は安眠妨害されたので、多少ぶっきらぼうにリベリオンを担いだ。
「…ヤシロ?」
居ない。
すると、この波動はヤシロか?
ターミナルで移動したなら同部屋の俺が気付く筈だ。
(外にでも行ったか?)
相変わらず放浪癖がある少年を思い、納得する。
(全く、世話のかかる…)

外は微妙に暗かった。
カグツチが一所に降りた所為で、局所は暗かったりする。
あいつ、何処に行きやがった。
そんなに遠くは無いはずだが…
魔力の波を辿り、散歩でもするかの様に足を延ばす。
「…」
慣れた臭い。
狩りでもしてるのか?生臭い。
辿る先の方から漂う死臭に、俺はゆっくり歩み寄って行った。
あいつは強い、この死臭は間違ってあの少年ではない。
そう思い、焦ることもせずに。

荒廃した砂丘の窪地に、人影がある。
だが、うずくまっている、赤く染まって…
(怪我でもしたのか?)
思いもよらぬ状態に、俺は少し驚き駆け寄った。
斜面にブーツのソールを滑らせ、降りて行く。
舞い上がった砂塵をコートで掃い、接近した。
ヤシロの向かいに、何かいる。
(悪魔?)
くしゃりと身体が崩れたそれをチラリと見、ヤシロに声をかける。
「おい、勝手にほっつき歩くからだぞ」
反応せず、微かに震えるままだ。
「おい、聞いてんのか」
「っ…う…ぐ」
嗚咽みたく聞こえた。
「おい、どうしたヤシロ、ヤシロ!」
肩を掴み、こちらを向かせる。

「な…にやってんだお前」

ヤシロの胎は赤く開いていた。
ざっくりと柘榴みたいに。
「あう…ぁ…」
喘ぐ真っ赤な口内、きっと血が上まで上がってきているのだろう。
「そんな強い奴に出くわしたのか?…出歩いた罰が当たったんだろ」
俺は悪魔のコイツを信じて、焦らず携帯している傷薬を取り出す。
治癒を促進させれば良いのだから、傷薬程度でいい。
「っ…ううッ!」
だが、苦しそうなヤシロを見て違和感を感じた。
嫌に苦しげだ。
「どうした?呪いでも受けたのか?一体なんのマガタマ呑んで…」
俺の方が途中で言葉を呑んだ。

ヤシロの胎から、ちらりと覗くソレ。
チロチロと舌のような触手を動かし、蠢く。
ぞわり、と背筋が凍る。
俺は問答無用でヤシロを押し倒し、胎を見る。
割かれた胎から、ぞろぞろと蠢く、マガタマ。
「お前!これは…!」
無理だろう!?おかしい。
マガタマはひとつ呑めば、もうひとつは勝手に這い出てくると言っていたのはお前だろう。
同時大量摂取?
いや、コイツがそんな事する筈無い。
「ああっあ゛あ あっ」
マガタマ達がヤシロの胎で更に蠢く。
臓腑を圧迫する度、ヤシロの切迫した悲鳴が発される。
俺は見ていられず、意を決して腕ごとその胎内に突っ込んだ。
「ヤシロ!食いしばれッ!!」
ヤシロは頭を振りかぶりながらも、俺に応えるかの様に悲鳴を呑み込んだ。
砂を握り締める手の甲に、血管が浮き出ている。
「そうだ、ちょっと我慢しててくれ」
マガタマをとりあえず摘出しようと探った、だが…
触れた瞬間拒絶するようにマガタマに電流が奔る。
焦げた指先を見て、口笛を吹いた。
「ハッ、ご主人様以外は触れるなってか?」
俺は魔力を高ぶらせ、意識する。
肌が瞬間、硬質なモノへと変貌する。
デビルトリガーで、人間特有の邪魔な反射は捨てて臨む。
指先にジリジリと圧を感じはするが、痛さは微塵も無い。
俺は胎内に喰らいつくマガタマを全て引き剥がし、放った。
そしてすぐさま宝玉を使う。
もう傷薬なんて言ってられなかった。
久しい悪魔化に少々ふらつきながら、俺はヤシロに問い質す。
「で…何があったんだ?」
こうしか聞きようが無い。
苦しげに、呻くような声音で発された言葉。
「マガタマ…!どれでもいい、から…!」
そういえば、ひとつは入れていないと死ぬ…とか
あの喪服女が言っていた気がするな。
(悪魔の証であるマガタマ…)
それが胎内に無いと、死に絶える…
コイツにとっては皮肉な性質だろう。
俺は適当に見繕ったマガタマを拾いあげ、砂を掃った。
「口開けろ」
命ずればヤシロは、小さな口を申し訳程度に開けた。
そのマガタマを口元にあてがえば、後は勝手にマガタマが侵食していく。
喉元に這い進み、臓内に根を張るのだろう。

「…ありがとう」
ようやく、普通に話せる程度に回復したヤシロ。
「何でお前は胎掻っ捌かれていたんだ?派手なケンカかと思ったが、胎には蟲までわんさか居やがるしな」
「…勝手に抜けて、ごめん」
そんな事を聞きたいんじゃねえ。
「一から十まで説明したら許す」
俺のその台詞に沈黙していたが…
少年は、ゆっくりと話し始めた。

「マガタマを、胎内から全部出したら人間に戻るかと…考えていた」
「…」
「俺は信頼の置ける仲魔を一体だけ連れて、ダンテから適当に離れた」
そりゃあ、近くでなにかしたらバレるだろうしな。
「で、どうしたんだ?」
「自分の腹を割いて、そこから無理矢理マガタマを掴んだ」
なかなかクレイジーな内容だ。
「自分で切開手術か、それで?」
「それで俺はマガタマがゼロの状態になった、でも…すぐに禁断症状が出てきた」
苦しみ、のた打ち回る。マガタマを求めて暴れる。らしい…
「でも、それを乗り越えたら、戻れるのかもしれない…って思ったりした」
淡々と喋る少年は、どこか生気が無い。
まるで夢物語でも語るかのようだ。
「連れていた仲魔はなんの為だ?」
あの向こう側に見える、それっぽい残骸を視線で指す。
「俺が、マガタマをまた喰らいそうになったら“食い止めろ”と命令した…んだ」
ああ、それで…
でも、食い止めきれず主人の暴走に巻き込まれたのなら何故あんな胎の中に…沢山のマガタマが在ったのだ?
いぶかしむ俺に、ヤシロは笑って叫んだ。
「セタンタがね!俺にマガタマを詰め込んだんだ!」
「は…じゃあ、アレが」
あの残骸が、あの悪魔。
ヤシロを敬愛してやまなかった、あの人型悪魔?
幼さが残りながらも、端正な顔立ちをしたあの…
「俺の胎を更に拡げて!道中捨てた筈のマガタマを詰め込み始めたんだ!」
「捨てたってお前」
「だって、あいつ等這ってでも喰らいついてくるから、持ってはいられない」
主人の捨てたマガタマを、拾っておいたのか。
あいつなら納得だ。
「あは……セタンタが…俺の胎に詰め込みながら、言うんだ…」
ヤシロの笑いが、徐々に力を失くしていく。
「あなたが戻りきれず死に絶えるくらいなら…悪魔でも人間でも、そんな事はどうだっていい、って…」
「悪魔でも…人間でも…」
セタンタの言う言葉に異論は無い。
むしろ、純粋な悪魔であるあいつが唱えたのは凄い事だ。
「俺は、抑えきれない衝動で、セタンタを…地母の晩餐に巻き込んだ事は覚えている」
ああ、成る程…この窪地、晩餐で出来たのか。
「お前、なんでセタンタを選んだんだ?」
「信頼できる仲魔だったから…」
「あいつ、お前が死にそうなのをそのまま見てろって命令されたんだぞ!?お前それがどれだけ残酷な事か分かっているのか?」
我ながら容赦無い言葉の雨。
だが、セタンタに同情せずにはいられなかった…
きっと命令に背くのは、最初で最後だったろうに。
詰め込む彼の血気迫った表情がイメージ出来る。
マフラーから覗くあの、涼やかな目元は爛々としていたに違いない。
「分かって…いたさ」
ヤシロが、おもむろに立ち上がり
未だ口を開く胎を押さえ、吐き捨てる。
「分かっていて、セタンタを連れてきた!」
「この結果を望んでか?」
「違う!彼なら、俺の望みを理解して…もし失敗しても、死を見届けてくれると…思っていた」
「俺ですらお前を殺せなかったのに?」
あの病院で、目覚めるお前を殺しきれず、今に至る。
そんな経緯があったのに?
「違う…違うんだ…俺、まさか…」
うつむき、その声が弱弱しいものになる。
「まさか…そこまで想われているなんて、思っていなかった…」
砂にぽつりぽつりと、斑点が浮かび上がる。
ヤシロの双眸から、水が溢れる。
「俺が、セタンタの肉体までもか!心まで!…殺したんだ…」
その人間らしい涙に、俺は弾かれたようにヤシロの両肩を掴んだ。
「悪魔は…悪魔は、泣かない」
「…」
「お前は、泣いている…その事実だけで、もういいだろ?」
感情的なヤシロを、幾度か見てきたが…
こんなにまで弱弱しい彼は、初めてだった。
まるで、本当にマガタマなんて抜けきった人間みたいな覇気。
「さっき、マガタマをくれって…頼んだ時、俺はセタンタに申し訳ない気持ちで満たされた」
「…どうしてだ?」
「カグツチ塔に入るコトワリすら持てない、それなら試そうと思ってした事だった。でも…」
首元をさすり、こちらを見つめてくるその金の眼。
戒めにかかったように、俺は逸らせなくなる。
このままイービルアイをされたら、きっといい気分で死ねる。
「ダンテの顔を見たら、何故だか死にたくない…って思ってしまった」
その台詞に俺は、病院の自身をフラッシュバックした。
自分の当初の意志に背くかのような、反射的な行動…
「セタンタには見殺しにさせて、ダンテには助けを求めて…俺って、悪魔以下の、下種…だ!!」
「…おい!」
俺は、その口をグローブをはめた掌で覆った。
「それ以上泣き言を言うなら、次は唇で塞ぐぞ?」
笑うところなのか、怒るところなのか。
それすら判断出来ずに、コイツは口ごもった。
「何度だって付き合ってやる、だから塔に登らず死ぬのは止せ」
「う…」
「何度だって何週だって、お前が望むなら傍で戦ってやる」
「っう…」
「そうすれば、殺しきれなかった俺の罪はチャラにしてもらえるか?」
「うっ…あああ…っ」
声を上げて、咽び泣くヤシロをコートで覆った。
ああ、そうか。
俺コイツの事、かなり気に入っていたんだな…
今更再確認した。
その破滅衝動が、そうさせるのか、はたまた兄弟を重ねているのか。
悪魔と人の中間という存在がさせるのか。
(そんな事は…どうだっていいんだよな?)
俺はセタンタだった残骸に、問いかけた。
その残骸はマガツヒとなって大気に溶け込み始めていた。


「おはよう」
休眠後、ヤシロは普通に戻っていた。
胎の傷は、まだ微妙に痕が残っている。
「はよ…つっても昼夜も無いだろう?」
「起きたらそう言うものだから」
「事務所の近所にテメンニグル建った時みてぇな天気だ」
「?なんの話それ」
いつもの、落ち着いた少年に戻っていた…
「ダンテは支度済んでるのか?」
「俺は武器さえありゃOKだ」
俺の返答を聞いたヤシロは「そうか」と合相槌をして、手を翳す。
途端、辺りにバチリと電撃が奔り、影が蠢いていた。
使役する、悪魔一同…
勿論、セタンタの姿は無い。
だが、それを問いただす悪魔も居ない。
消滅や合体を繰り返す奴等にとって、野暮な事なのだ。
「塔に登る、それだけだ…皆、覚悟する事…以上」
簡潔な発表に、ヤシロの仲魔は緊張したり高揚したり様々だった。
一匹除いては。


「…よぉ」
『なによイキナリ、女の子に対して。物騒じゃない』
リベリオンに、妖精がとまる。
「塔の上まで来て、仲間割れする趣味は無いんだがな…ちょ〜っとばかし気になる事があってな」
ターミナルでヤシロが抜けた隙に、旨い事ピクシーがターミナルに残っていた。
『何?アンタって乱暴だから嫌いよ』
「ご主人様にべったりだし…?」
図星なのか、目付きが鋭くなる。
そんな顔、アイツの前じゃまずしないだろう。
「お前、このままアイツが創世するのが気に食わない?」
『な、なんでよ!?アタシがヤシロの望みを否定するって言うワケ?』
「前の世界でも思ってたがな、お前…じわじわアマラ深界へアイツを嵌めているよな?」
衝撃が奔る。
ジオじゃねえ…
余波で部屋が軋む。
メギドラオンってやつか?
手元をフッと吐息で吹き、ピクシーが舞う。
『アンタ、それ以上言ったら消し炭にしてやるんだから…!』
「今のじゃ無理無理、本当のご主人様にもっと力を授かったらどうだ?」
『…』
「お前の本当のご主人様…ルシフ」

すう、と光が射した。
「あ、話割った?悪い…」
戸を開け放ったヤシロが、歩み寄る。
「ピクシー…どうした?」
『…え!な、何!?』
「怖い顔してるぞ」
指ではじいて、茶化す。
一見微笑ましい光景だ、先程の会話を抜けば…
「ダンテ、そろそろ行こう」
「…おう」
ピクシー…もうこの段階まで来たら、変えられないぜ?
どういった予定だったのか知らんが、ゆるゆるとアイツを深界へと誘う言動。
死にたがるアイツを奮い立たせる慈愛。
堕天使の手駒か…
「ピクシー、お前は戻れよ?」
強くないんだから、と穏やかな笑みを湛えて促すヤシロ。
『…うん』
どんな気持ちで応えるのか、本当は強かなその妖精は
くるりと旋回し、光と共に姿を消した。




「夜が、明けるな…」
「…ああ」
「世が開ける、でも語弊は無いな」
「同じじゃないのか?」
俺の問いに日本語はややこしいから…と返すヤシロ。
「なあ、結局お前はどんなコトワリを持って登って来たんだ?」
ただ静かな空間に、俺とコイツとたった2人だった。
「どんなだと思う?」
「受胎前に…だと、同じ展開になりそうだからな」
そもそも堕天使が操作する世界から、どうすれば逃れる事が出来るのか…
「俺はね、脱出口を見つけたよ」
ヤシロは、穏やかな笑みを浮かべる。
「俺がまた悪魔になったら、終わらせてくれ」
「何言ってんだ、まだ決まったわけでも…」
「余計な記憶は持っていかないから殺り易いだろう、今度は…ダンテとも初対面だ」
「何…寂しい事言いやがるんだよ、お前」
「そうしたら、ダンテはきっと罪悪感で殺してくれる…よな?」

紡がれたのは、とんでもない内容だった。


<創世者は、転生後…前の世界の記憶は一切無く、この夜明けを共に迎える者は記憶をそのままに>


俺は、黙って聞いていた。
と言うより、言葉も出なかった。


<人修羅の命を狙う者が集う世界を!!>




朝を迎えた。

天国篇・了
* あとがき*

結構長くなりましたが、これでダンテとの前世界での旅は閉幕です。
結局人修羅矢代は、ダンテの友愛をも利用しています。
ダンテもこれがあって、輪廻を切るしかないと心に決めたのだ。
という感じです…
矢代もダンテも互いに親愛めいたものを感じつつも
ボルテクスで出会ったので、ボルテクスが終われば関係も終わるのです。
殺し合いの舞台でしか共に居る事が出来ない…
出来るなら好きな相手に殺されたい思いと。
完全な悪魔にだけはさせたくないという思い。
双方が一致して、長編の受胎前世界が創世されたのです。
…で、ライドウがそれを引っ掻き回すのです。