12月25日。
イエス・キリストの降誕を祝う、降誕祭や聖夜、もっと一般的な言い方をするのであればクリスマスだ。
世間の休日とちょうど日が被っているからか、通りに人は多い。何か約束を取り付けているのか、はたまた人の待つ家に帰るのか、雪が降り出しそうな灰空の下を皆足早に通り過ぎていく。
一方、は特に誰かとの約束もなければ、もともと無宗教であるためにクリスマスを祝う予定もないためにのんびりと帰路を歩いていた。
見知らぬ誰かが配り歩いていたキリスト教のビラを受け取ってしまい、それを鞄にいれようとすると一際強く冷たい風が通り抜ける。
「あっ」
一瞬のうちに裏通りまで飛んでしまった白い紙を追いかけて走る。
人気のない裏通りはなにか寒々しく感じ、は早く立ち去ろうと葡萄色のセーラー服を翻す。瞬間、足元が大きく抉れ、飛び散った石の破片がチリチリと足を掠めた。
突然の出来事に、小さなクレーターを見つめる。
(何が起きた)
クリスマスとは急に足元が抉れる日だったか。
ふと顔の横をなにかが過ぎ去ったような、不自然に髪が揺れ、後ろの電信柱にヒビが入る。
「・・・・・・・・・・・うそ」
あまりにもショッキングな出来事に呆然と立ち尽くしていると、次々と近くの土や石が弾け、抉れ、不自然な風が強くなっていく。
思わず屈みこんで頭を抱えたの真上をゴウ、と風が通り抜け、放棄されていたラヂオが派手な音を立ててひしゃげた。ぐっと腕に力をこめたは不視界の端に動くものを捕らえ、そちらを見ると、緑色の目をした黒猫が尻尾を揺らしていた。
必死に『にゃんこ危ない』と伝えようとするのだが、歯の根が合わずそれは言葉にならなかった。黒猫は呑気に鳴いている。
ピシリと目の前の石に亀裂が走り、危険だと思った瞬間にそれは弾けた。
「わっ!」
「大丈夫か」
「っぎゃあ!」
突然の第三者の声に可愛げも何もない奇声を上げて振り返ると、そこには見覚えのある学帽を被った頭からつま先まで真っ黒の・・・恐らく学生だと思われる青年が立っていた。
安心するのもつかの間、は彼の手に鋭く銀色に光る、長く大きな刃物を見て悲鳴をあげる。第三者の彼――雷堂は『なぜ自分が悲鳴をあげられているのか』とこてりと首を傾げたが、ふいに視線を鋭くして宙を眺めた。
「やはり悪魔。こちらに迷い込んできたのか、あるいは誰かが使役しているのか・・・・・」
「は?あくま?」
「アークエン!」
彼が試験管のようなものを取り出すと一瞬辺りが眩く光る。
反射的に目を瞑って、再び視界を開くと彼が何かを斬る様に宙に太刀を振り下ろす。ゴウゴウと強く風が吹く音はするのに、風に揺れるのは黒い外套だけで、のセーラー服はそよ風をうけた程度しか揺れない。
先程まであちこちにできていたクレーターは、今は彼の周囲にしかできない。
何かと会話するように口を開き、何かに衝突したようによろけ、何かから庇う様に時折に背を向ける。
座り込んだままその様子を眺め続けるの傍にいつの間にかあの黒猫が座っていた。
「ああ、にゃんこ無事だったんだね、良かった」
「ニャア」
「よくわかんないけど、あの人助けてくれてるのかなぁ」
「ニャア」
「おまえ、頭いいのね」
言葉を理解しているように相槌するように鳴く猫。
太刀を振るっていた彼が、一層力強く振り下ろすと。なんとも形容しがたい、恐ろしげな絶叫のようなものが裏通りに響いて、は身を竦ませる。
暫く警戒するように辺りを見渡していた彼がだらりと腕を下げると、空を見上げて何か呟いた。
「雪か」
「ああ本当だ、通りで寒いと思ったの」
ちらちらと白いものが舞い降りる。White Christmas、雪の降る聖夜になるのか。
の制服の生地は厚めだが、やはり寒い。が身を震わせると、じっと凝視していた彼が徐に外套を脱いだ。
先程は気が動転していて分からなかったが、顔に大きな傷がある。しかし、とても整った顔立ちだ。
「巻き込んですまなかった、早く帰るといい」
ふわりと薫る涼やかな若竹とほのかな温もり。
すべらかな裏地はが普段身に着けるものとは大違いで、きっと高価なものなのだろう。するりと裏地を指で撫でていたはハッと我に帰って勢いよく立ち上がる。
既に黒い後ろ姿は遠くなっており、は伸ばした手をそのまま黒い外套に下ろした。
「お礼言いそびれた・・・・」
学帽で輝いていたのは弓月の君の意匠だった。
学校の前で待っていたら会えるだろうか。外套を返して、お礼を言わなければ。いつの間にか黒猫はいなくなっていた。
先程あんな目に遭ったというのに思い浮かぶのは傷跡のある顔ばかりで、は葡萄色のセーラー服と体格に似合わない外套をきゅっと握る。
足首の怪我、黒い外套、熱を持つ頬。
サンタクロースの思わぬ贈り物