Dream
Drug
Store
2003-2019

「……さっさと、さっさとしろよ……中に……」
「ねえ功刀君、彼は中に入れてあげないのかい」
「は……何の事だ……」
「雪の精」
 人修羅の黒髪を掴み、ぐいとベランダ側へ向けてやる。流石の鈍感も気付いたか、僕を押し退けつつベッドから転げ落ち、椅子に引っ掛けたフリースコートだけを羽織ってカーテンを開けた。
「誰だっ!?」
 シルエットで僕は察していたが、やはりジャックフロストだった。ご丁寧にサンタ帽をしている、しっかり二又のやつ。
『悪い子は居ねが~~~ダホ』
「もしかして覗いてたんですか」
『いやいやそんな! 玄関ピンポンしても出てこないし、煙突も無いし、気配のするこの辺りを探っていただけだホ』
「とっとと帰ってください」
『ヒホホ! 待ったァ! 地下闘技場の勝者に、直接こーしてお伺いしてるんだホ! 特別メニューもあるホ!』
 ベランダのガラスをダダダダと叩き続けるジャックフロストに、うんざりした人修羅はとうとう侵入を許した。一瞬の開閉だが、外気が僕の肌をぎゅうっと強張らせる。流石に冬といった所か、それともジャックフロストの気配がさせるのか。
「どうして家が分かったんです、個人情報漏洩してるって事ですよね」
『だってアレ使ったんだホ!?』
「アレ?」
 その辺りまで会話が進んでいたので、僕から一言とりなしてやる。
「景品だよ功刀君、悪魔を召喚出来るというアレ」
「俺は使った覚え無いぞ」
「僕が使った」
「は? いつ使ったんだよ、っていうか俺の家で使うな」
「サンタでも来るのかと思ってねえ、今宵使うべきと判断したのさ。ベルの形でね、イベントに誂えたかのような一品だったよ」
「デカブツが来たらどうするんだよ!」
 双方に怒りつつも、ジャックフロストへと詰め寄る人修羅。興奮のせいか、はだけた前を隠す事も忘れている。擬態も解け、煌々とさせた紋様がもはや威嚇だ。
『デカブツじゃなくって、一般販売してないブツの営業に来たんだホ! これはウチのお得意様、つまりVIPにしか売れないシロモノなんだホ!』
「勝ち抜いた結果が押し売りとか、最悪過ぎる」
 人修羅は差し出された名刺を受け取り、一瞬目を通すと即座に此方へ寄越した。悪魔の名刺に興味も無いのだろう、僕に流してくれるとは、まあまあ気が利くじゃないか。
 僕はベッドの端に転がるまま、ジャックフロストの名刺を確認した。この悪魔は〝地下闘技場開催のオーナー兼サマナー〟そいつの回し者らしい。ドリーム・ドラッグという裏店舗を持っているのか。やはりいつの時代も、サマナー対象の薬物販売は定番らしい。
「あの時のフロストとは、別人……?」
『それはアンタ様と戦ったフロストを指してるのかホ? だとしたら別々! アッチは超~タフネスな力の弐号、オイラは技の壱号なんだホ。で! まずは商品を見て欲しいんだホ!』
 人修羅の怒気に委縮しないとは、確かに肝が据わっている。ジャックフロストは背負っていた荷物をごそごそ探り始める、その布袋だけ見ればザントマンの様だ。
『あっ、そうそう、アレルギー体質なんかは大丈夫かホ?』
「悪魔アレルギーです俺」
『ヒホホ、自分も〝悪魔〟だった筈でホ!? しかしてそっちのサマナーは?』
 僕に訊いているらしいので、ひとつ哂い一瞥をくれてやる。
「特には」
『じゃあどっちが飲んでもイイって事だホ! えーまずはコレ……《インガレ》だホ! ギンギンになるおクスリ!』
 暗色の小瓶を、グローブが如し手に握りしめ、振り翳す悪魔。
「……ギンギン?」
『だからこそ、今! オススメしたかったんだホ! ベストタイミング!』
「ふざけないでくださいッ! 俺にキメセクしろってのか!」
 呑まずして興奮もピークな人修羅、ジャックフロストの頭を掴んでグリグリと揺さぶった。
『ビボビボ~~ぞごまで具体例を挙げで無いボ~~』
 解放されたものの、フラフラとその場で踊るジャックフロスト。が、即座にしゃっきりと目を見開き、再び袋から何かを取り出した。
『お次はコレ……《ゴッツアン・スーパーC》だホ! もーコレは凄い、マーラ様級!』
 商魂逞しいフロストの頭を、わしりと掴み上げる人修羅。スーとガラス扉を開け、一歩ベランダに踏み出すと大きく振りかぶった。
「悪い子は居ねが~は、なまはげだっ、ばかやろーッ!」
 はるか彼方に投擲され、やがて見えなくなった営業フロスト。肩で息をする人修羅の手には、外れてしまったサンタ帽が残っていた。ジャックフロストはあれを何処で入手したのか、もしかすると手製なのか。悪魔の一品であれば、コレクションとして欲しい気もした。
「ねえ功刀君、二本とも置き去られてるよ」
「はぁっ………はぁ……ぁ?」
「ほら其処、インガレとゴッツアン・スーパーC」
 リネンラグの上、二色の小瓶はころんと転がったまま。
「あいつ、回収に来るんじゃないだろうな」
「来るかもね」
「最悪」
 ひとまず拾い上げ、ベッドにぽいと放った人修羅。シーツに二色の影を落とし、中の液体がゆらゆら模様を作る。
「…………なあ、続きは」
「何かね」
「真っ最中だった事、忘れたのかよ」
 忘れている筈も無いが、僕は人修羅に背を向けて寝転がった。水を差されたというのは、紛れもない事実だ。とはいえ、躰のコントロールは慣れたもの、期待に応えられぬ訳ではない。しかし、折角面白い物が此処に有るのに、触れぬのは如何なものか。
「そうだねえ……君がその薬、飲んでくれたら続きをしてあげる」
「はぁっ!? だって未払いだろこれ」
「額なら名刺に記載されていたよ。合わせても千二百マッカ、随分と良心的だ」
「こんな怪しい薬、誰が飲むかよ。幻覚とか、所謂その……」
「催淫効果も有るかもね」
 だんまりの人修羅……反して紋の明滅が表すは欲望のゆらぎ。機嫌の良い僕から、今宵はすんなりとMAGが得られると思っていたのだろう、ご愁傷様。
「……二本有るんだ、俺が飲むならあんたも飲めよ、フェアじゃない」
「構わぬよ、どちらにする?」
「インガレ」
 せめて弱そうな方を、という選択だろう。片方の小瓶を、此方にずいと押し付けてきた人修羅。自らは緑色の小瓶を両手に持ち、恐る恐るキャップを捻っている。
「薬の所為に出来た方が、君としては好都合だろうからね……最適なプレゼントではないか」
「あんたが最初に飲めと云った」
「フフ……勝手に飲むまで放置すれば良かったな」
 僕は赤色の小瓶を開け、頭上にかざした。昏い部屋の中……レースカーテンから透ける夜行が反射して、肌を赤く、艶めかしく彩る。
「せーの、で飲む……良いな?」
「はいはい」
「せーの」
 目を泳がせながら、小瓶を煽る人修羅。生白い喉の隆起を確認した……抜け駆けもせず、しっかり飲んでいる様だ。
 僕とて、きちんと口に含んださ……一口、二口程度ね。ゆっくりゆっくりと調整しつつ煽り……人修羅がインガレを飲み干した瞬間を見計らい、その唇に噛み付いた。
「あ、ッ……はぶっ、う、うぅッ、ぐ……がぼッ」
 瓶の七割を一気に口移し、無理矢理飲ませる。抵抗する手首を掴み、反抗の力みが痙攣に変わるまで、ずっと舐めずった。シャンメリーの様な甘さの直後、苦みが残る。その如何にも薬臭い後味が消えるまで、君の舌を吸った。唇の端から溢れた雫が、じっとりと汗の様に互いの肌を伝う。
「ク、ククッ……君って本当」
 項の突起を撫で摩りつつ〝愚図だね〟と囁いたが……恐らく聴こえていない。まるでカグツチが一際輝いていた瞬間の様に、人修羅の眼は爛々として。身体の熱と外気の温度差にか、喘ぎながら震えている。フリースの部屋着はとっくに打ち捨てられ、ベッド端に丸まっていた。
「僕に跨り給え」
「ぁ……こ、の……この、野郎っ、ぁ」
 罵りながらも手探りで、仰向けの僕を跨いだ人修羅。あられもなく舌を出し、この胸を舐め始めた、零れた薬品を意地汚くも味わっているのだ。
「ほら、好きにさせてあげる。クリスマスプレゼント、物足りなかったのだろう?」
「はあぁァッ、あっ……と、融けてる、やばいっ、ライドウ、ひッ……くっ、ついてるぅっ」
「そうなのかい、随分とキてるねえ」
 肉体融合の幻覚でも見ているのだろう、恐怖雑じりの恍惚を叫んでいる人修羅。此方を焦らすかの様に、的から外して腰を下ろす。自らの雄が垂れ流すソレで、ぬぶりぬぶりと滑る音だけが続く。
「ひ──ぎッ」
「どう、馬並な訳?」
 いい加減飽いたので、下から貫いた。内部は酷く熱い、まるで初めて侵入した時の様な心地だった。
「流石に挿されたら判るだろう……僕と君は、未だ別々の個だよ」
「出せよっ、これじゃわからないッ」
「搾り取って御覧。君に主導権をあげると云っているのだよ、さっきからね」
「はーっ……はぁッ……干乾びるまで、吸ってやるっ、ぁ、あっ、あっ、ああっ」
 拙い腰使いももどかしく、人修羅は勝手に身悶えしては僕の腹にぶちまけた。二度、三度、まだ治まらない。
「ふ、ははっ、君が先走って如何する、ほらほら」
「っひィっ、や、めっ、やだッ」
 ぬめる分身を指先で弾いてやれば悲鳴し、ぎゅうと僕を締め上げた。
「そうだよ、それ、締めたまま腰を振れというのだよ」
 人修羅の燐光が虹色に見え始めた頃、ようやく自分にも薬が回って来たと知覚した。念の為、ああして人修羅に殆どを移してやった訳だが、たった二口ばかりで影響が出るとは、案外莫迦に出来ぬ。いいや、もしかすると人修羅が本当に虹色に光っているのかもしれない……深い海の生物が如く。
「う、ぅーッ、ううぅ……っく」
 とうとう肩を弾ませ、嗚咽を始めた人修羅。治ったばかりの手の甲で、目元を拭っている。
「おや、先刻までの威勢は何処へやら、流石に瓶二本は厳しかったかい」
「上手く出来ない」
「ま、君の性技なぞ元々期待しておらぬよ、其処は薬と無関係だ」
「こんなんじゃ、いつまで経っても、出して貰えないじゃないか」
 泣き上戸にも等しく、一言二言の合間にしゃくりあげては、うっと俯き目元を覆う。甲から腕にかけて伝う光が、指の隙間から溢れた涙の様だ。
「いやだこんな……何が主導権だよ、そんなの要らない、あんたにくれてやる」
「……で?」
「だから、だから俺の事好きにしろよ、無理矢理でいいから、痛くていいから、ずっと手に入らないのだけは……嫌だ」
「何が欲しいの」
「夜」
 一寸思考した後、僕は枕下を探り管を撫でた。現れたイヌガミに「夢魔も営業も童子も通してはならぬ」ときつく云い付け、部屋の外に放つ。
「またあのイヌ!」
「何を妬いているのかね」
「あいつ、あんたにじゃれてばかりで──」
「好きにして構わない、と云ったよね君」
 人修羅を押し上げ、挿入したまま位置を反転させた。やはりこの視界が心地好い、怯えながらに物欲しげな眼の君を、跨り見下ろすこの位置が。
「正直、僕も回ってきているみたいでね……少し視界が歪むのさ。歯止めがね、利く気がしないのだよ、だから君の好きにしろと云ったのに、莫迦な奴」
「俺、これが好きなんだけど」
 思わぬ返事に、堪らず頬を打ち付けてやった。茫然というよりは陶然とする人修羅に、云い様のない嗜虐心が湧いてくる。もはや何かがすり替わっている、魔力受給の為ではなかったのか、君が欲しいのは僕ではなくMAGだろう。
「フ、フフッ……薬から醒めたら死にたくなるくらい、犯してあげるよ、矢代」
「やってみろ鬼畜野郎」
「絶対誰も来ないからね」
「さっきみたいに水差されたらぶっ殺す」
「それも良いねえ」
 クリスマスの次は薬にかこつけて、いつまで互いに目を瞑っていられるのやら。
 
 
 -了-

AFTERWORD

 女神転生2に出てくるドリーム・ドラッグストアという店が元ネタです。《インガレ》も《ゴッツアン・スーパーC》も実際購入できますが、それぞれ40マッカ、80マッカと、更にお安くなっております。飲むとギンギンにトべるというだけで、最終的にはPALYZEになって終わりです(本当にそういうサービス)
 それにしても、久々にライ修羅のエロを書きました。デートといい行為といい、この日の二人はちょっと箍が外れていたようです。主導権破棄する矢代が、ちょっといじらしいと思います。夜は興奮と嗜虐が連動しているので、結局いつも通りといった感じです。
(2019/12/29 親彦)