廻る陽と月

 
気付けば、辺り一面、瓦礫の山だった。
そこから這い出し、見渡せば、舞い散るのは白い羽根。
(…何、が)
軋む身体で押し退け、その頂に立った。
ふと、見下ろせば…何かが光を反射して、存在を誇示する。
「…あ……ぁ」
金色と銀色の懐中時計が、散らばっている。
間違いなく、ライドウと雷堂の…ものだ。
砕けても、微かに魔力が薫る。
「エデンは崩落したよ…矢代」
ぞくり、とその圧に平伏す。
背後を振り向き、すぐさま跪いた。
「…俺は、何か…しでかしましたか」
「その前に、謝罪は無いのかね?」
身が一瞬にして強張る。
「も、申し訳御座いませんでした、閣下」
「…ふふふ、まぁ良いよ…此処を潰した功績に免じて、今回はね」
その台詞でハッキリした、というより…思い出した。
全力の、地母の晩餐で…あの二人のデビルサマナーを…止めたんだ。
いいや、というより…
俺のエゴで、だ。
あのままではライドウが死ぬ。
でも、ライドウを助ければ、雷堂の心が死ぬ。
此処ごと、崩してしまったのか、俺は。
「閣下、あの…」
俺の震える声に、うっそりと微笑むルシファー…
「ライドウ達…は」
「此処の下はセフィロトの枝道が通っていたからねぇ…他の次元に流れたのではないかな?」
心臓が、ぎゅう、と締め付けられた。
(他の…次元…)
俺の心は、真っ暗闇に染まった。





『…ほらヨ!終わったぜ?』
「…」
『ヤシロ様!』
ビクン、と、夢から唐突に醒める様な感覚。
見上げれば、荒療治のブエルが俺をジロジロ見て鼻息を荒くしていた。
『大丈夫ですかねェ?さっきからなんも反応ないんすけどォ?』
「…あ、ああ、悪い」
『ま、異常は無しでェ!以上!』
ふざけた声を聞き流して、俺は席を立つ。
念の為、とブエルの診療を受けさせられているのだ。
『あのよぉ、ヤシロ様』
ふと背後から呼び止められる。
「何」
『…あ、いんや、そのだなァ…』
何を俺に云う事がある?
『……セエレ!おい!お送りしろ!』
結局何が云いたかったのか、確認すらしないで俺は窓際に寄る。
黒馬の顔を覗かせたセエレが、俺の為に後部を開かせた。




『…ねえ、ヤシロ様、ブエルに聞いてます?』
前の方から語りかけられ、またか、と溜息を吐く。
「俺が城に戻ってから、ブエルもあんたも変だろ」
さらさらとたなびく白金色の髪、それが顔にかかると、くすぐったい。
「勝手に動いて、勝手にサマナー二人を何処かに飛ばしましたからね」
『…ねぇ、昔話を…しても、良いですか?』
「昔話?」
唐突に、何だというのだ。
『昔昔…悪魔に魂を売った人間の男がおりまして…』
一瞬俺かと思い、ひくりと引き攣ったが、この悪魔には…あまり考えられない。
『…人間なのに、悪魔の装飾具を練成してました…』
「…」
『人間の伴侶も連れて、ケテル城に住み込んでいましたが、ある刻…その伴侶の人間女性が身篭りました』
「…この城で?」
こくり、と頷き、続けるセエレ。
『でも、その女性は病を患っていて…というか、あれ多分…悪魔の呪いだよ』
「呪い?どうして」
『人間ってだけで嫌う悪魔も、此処には居るから…』
その台詞に、俺がまるで槍玉にあげられている気分に陥る。
後ろめたい。
『でね、生まれたよ…しっかり、でもね』
霧の中を駆けると、輪の月が現れた。
『その双子は、陰陽がくっきり別たれて生まれた、異端児達だったんだ…』
「…ライドウと、雷堂さん…まさか、此処で?」
『…そう、貴方の呑んだマガタマを創ったのも、彼等の父親』
ぞくり、と背筋が凍る。
見知らぬその存在に怒りを感じるが、同時に…焦燥を感じる。
『…持ち合わせる魔力も高い…歪だけど特殊な存在は…人間の赤子であっても、希少価値が高いんだ…』
塔の天辺、誰にも聞かれぬ場所で馬を停めたセエレ。
この魔界でも流石に上に近い程、よく見える。
月輪が煌々と、暗黒に輝いている。
『それぞれの子に、時計を造ってあげて、父親はプレゼントしていたよ』
あの、砕けた時計が脳裏に過ぎった。
『名前と共に、人間界に置いてきた、ボクとブエルで』
「えっ」
『両親に頼まれて…バラバラの世界に』
「何故、あんた達が」
だって、悪魔じゃないか。
訝しげに見つめれば、セエレは事も無げに云う。
『ボクもブエルも、別に…彼等が嫌いじゃなかったから、それだけ……』
「…」
ああ、どうして、こんなに寒い。
俺は、どれだけ意固地になっていた。
『でね…此処からが…本題』
「そのまま育って、今に至るんじゃないのか?」
『ブエル…怖ェ怖ェ云ってて、あのままじゃ云えそうにないから、ボクが云うね』
首で振り返り、俺を見ている、と思う。
俺は、眼が合わせられない。
『ブエル、置き間違えたんだ』
「…え?」
『時計と名前』
どういう、事だ。
『…てっきり、持ち合わせる性質の名前をつけると思ってたんだろうね…』
ぞわぞわする。
『でも、願いを籠めて、命名、するものね…人間って』
「はっきり、云ってくれ」
『偏り過ぎない様に、陰の気を持つ子には明って名を与え…』

『陽の気を持つ子には、夜と与えたんだ…』
何だそれ…つまり……
『それをブエルは置いてくる際に、時計と名前と同じ性質の赤子を置いてしまったの』
「な、な…」
『まぁ、コンノもヒュウガも結構抜けてるから…説明不足だった、とボクは思うよ』
「俺が、今まで…夜って呼んでた、あのライドウは…」
『そう、彼がヒュウガアキ、だよ……ヤシロ様』
その逆、雷堂が…紺野 夜…だというのか。
『だから、時計…納得でしょ』
「え…」
『ライドウが持つ時計、陰を寄せてたでしょ…?』
「…ああ、それで、雷堂さんの金色のは陽を…」
あ、歯車が噛み合った。
そう、か。
陰の気を持つライドウが…本来持たされる予定だったのは、金色の時計。
置き間違えられた所為で、本来と逆の名と時計を授かっていたのか…
(ああ、なんだ、そうか…そうか)
黒馬で駆け下りる、冷たい霧。
湿る前髪がいつもならうっとおしいけど、今は心地好い。
門戸の前に来て、俺は馬上から飛び降りる。
20mは有ったと思うが、問題なく、音もなく。
『ヤシロ様〜これ』
上を駆けるシルエットから、光る何かが投げ落とされてきた。
片手でそれを受け止めると、しゃらりと音が鳴った。
見れば、懐中時計。
『ブエルがお詫びに頑張って直してたから…これで勘弁してあげてください』
「これ、ブエルが?」
『あいつも一応、そういう事出来るから……鉄が臭いとかすっごい愚痴ってたけど』
この時計、金と銀が…交ざりあっている。
開けば、中で月と太陽が、踊っていた。
『足りないパーツは補い合ったの』
「…!」
思わず見上げた、その先でセエレがふふん、と笑っていた。
『そういう事でしょ…?』
ああ、俺は……
彼等に、もう一度、逢いたい。
そっくりそのまま、伝えてあげたい。
「ありがとう、セエレ……と、ブエルも」
『失せもの、見つかると良いですね』
「…ああ」
『お元気で、貴方の側のクズノハライドウにも、宜しく』
背にその言葉を受けつつ、俺は城を後にした。
もう、戻らないかも、しれない。
…きっと、捜し出してみせよう。







「あのさぁ、お前、正気か?」
「ああ、至って冷静だけど」
「んじゃ聞くけどよ、生きてる確証は?」
「時計がまだ動いてる」
大きな溜息を吐いて、脚を土足のままテーブルに投げ出している悪魔狩人。
傍のピザが既に冷め切っており、更に機嫌を損ねているのだろう。
「他の次元を調査するなんて、俺独りじゃ無茶だから」
「だからってお前、俺の抜け道逆走して来るなっつーの…」
「ダンテ、貴方しか頼れないんだ…頼む」
ロックの流れる事務所、鳴海探偵事務所とは違った空気だ。
「…ま、受けねぇ事も…無い、がな。兄弟喧嘩は長引く程ややこしいし、な」
視線をぶつけてくる、ダンテ。
「それに…お前がそんなに強い意志で俺に頼ってきたの、初めてな気さえするぜ?」
「…」
「で?報酬は?」
「そ…掃除・炊事・洗濯」
「…ぷっ…OKOK!引き請けた!ハハッ」
遠くのビリヤード台で、ボールの爆ぜる音が響き渡った。
「おいおいオッサン…マジで?」
青年が微妙な顔で俺を見つめた。
「家政婦かよ」
「宜しくお願いします」
そのやり取りに、ダンテが笑って口を挟む。
「ネロ、こいつはこれでも異世界の混沌の王だ…って、まだ成っちゃいねぇのか」
「んだよそりゃ…知らねーし…」
散らばったボールが俺の靴先にコツリと当たった。
「それ、拾ってくんない?家政婦さん」
その云い方に、揶揄を感じて、俺は出来るだけ笑顔を作った。
「…どうぞ」
転がる9番目掛け、魔力の視線を放つ。
床板を少し穿ったが、その魔弾はボールを虚空に弾き、天井で跳ね返る。
ビリヤード台に並べられたカラーボール達にぶつかって、グリーンの上でダンスした。
ポケットに上手いこと呑まれていくそれ等。
「ブレイク・ラン・アウト!」
ダンテが冷えたピザを不味そうに食みながら、ニヤニヤして叫んだ。
「げえ、マジで?トリックスターだなアンタ…」
ぎょっとして俺を睨むネロという青年。
別に狙った訳では無かったのだけど、もうその解釈で良い気がする。

「功刀さぁ〜んっ!お、置いてくなんてっ、酷いセオリーです」
扉の音と共に、華奢な声音。
「な、凪さん…」
まさかの人物に、今度は俺がぎょっとする。
「ヤタガラスのっ…掴んだ情報…欲しく、ないですかっ?」
ぜえぜえと、俺を追って来た所為だろうか、かなり消耗している様子で…
「ヤタガラスの掴んでいる他世界の情報と、此方様の情報を合わせれば…結構早く見つかると思うのです」
額を拭うその姿に、口笛を吹いてネロが野次る。
「女連れ?ベビーフェイスの癖にやるじゃん」
なんかこいつは腹立たしいが、いちいち構ってられない。
「おいおい、なんか千客万来だな、ヤシロ」
赤いコートを翻して、ダンテが支度を始めた。
俺は凪を引き寄せ、紹介する。
「おいオッサン、アンタが空けてる時、デビルメイクライはどうすんだよ」
「今後はお前が留守番してろ」
「はぁ?マジで云ってる?アテも無い仕事なんか請けっから…ハァ」
どうやら、あの青年も苦労はしてるらしい。

一応…人修羅の俺…
デビルハンター…
十八代目葛葉ゲイリン…
流石にこの布陣なら、いつか見つかるだろう。


なあ、ライドウ…
特に、あんたには伝えたいんだ。
あんたが持たされていたのは、黄金の太陽だったんだ。
(親から、愛されてたんだよ、夜…)
俺のポケットで廻り続ける時計の歯車。

きっと、俺は今まで通りの名で呼ぶだろう。
明…あんたはやっぱり夜、だ。
宵闇の似合う、俺の…

廻る陽と月(解明END)・了
* あとがき*

愛されていたんだよ…