紅葉に鹿《後》



『話は聴いている。お前にしては珍しく、なかなかよくやってくれた』
業斗にしては珍しく、我を褒めている。
落した人修羅の両腕を埋めた塚の前、三日三晩の祈祷がようやく終わった所だった。
祈祷師の神具がさらさらと宙を舞うのを見て、まるで演舞の様だと感じる。
『おい、起きているのかお前』
「…ああ、夢を見た」
『それはつまり眠りが浅いという事だ。雷堂、お前は俺の言葉は態と記憶せんのか?』
「首を埋めれば跳び帰り、全て揃えて埋めれば五体は繋がり、甦る……再び我の前に現れ、我を灰にする…」
『フン、将門公でもあるまいに……しかし、それは調伏者の見る一種の啓示かもしれんからな』
首実検に使用したのみで、あれから首と胴体はヴィクトルに預けてあった。
研究したいという申し出も有ったが、何より綺麗に保管しておいてくれそうだったので、我からも依頼した。
身体の一部を本殿の付近に埋め、塚を作るは重要であった。
その塚こそが、人修羅を始末した我の覚悟の証となり、この立場を維持する葦と成り得たから。
「あんなに好いていた彼を殺めたのだ…他の部位の処理くらいはさせてくれるな…なあ、業斗よ」
てっきり叱咤されると思っていたが、黒猫は暫しの沈黙の後にフウッと溜息を吐く程度で。
『……それでお前にも度胸が付くなら、もう好きにしろ。あんな半端悪魔の残骸なぞ、俺は知らん』
「有り難い、ではヴィクトルの所に向かう。何処かに消えぬ様、保管して頂いているのでな」
『屍肉相手に、厚遇な事だな。だが、実際首を残せば甦り易いだろう…此の地に埋めるは腕程度が好ましいわ』
尾をぴんと張り、すたりすたりと歩む黒猫。
あの喫茶店の外で待ってくれて居て、助かった。
我はあの後、業斗の姿と声でようやく脚が震え始めて……身体と心が一致を再開したのだから。
(この方に指導されなければ、悪魔に気迫で負ける所だ)
傍を歩みつつ、業斗をちら、と見下ろした。相変わらず小さい器は、姿だけは愛らしい。
天使を視てしまったあの日から、普通の人間として生きられぬなら…
帝都を守護し小父様小母様のお役に立とうと、ずっとその為に奮い立たせてきた。
我に此処で生きる術を教えてくれたのは、間違い無く業斗童子この人だ。

きーぃ きちきちきち

また、百舌鳥の声がした。まだ相手を必要としないのだろうか、甲高い威嚇の鳴き声で。
「なあ、業斗よ。百舌鳥はいつ頃になれば、求愛を始めるのだ」
『図鑑で読んだと先日云っていたろうが………如月の頃だ、求愛給餌は』
「それまで、ずうっと独りか…あの鳴き声を聞く事になるのか」
『は、耳障りなら撃ち落としてみたらどうだ?下手糞な銃で』
「我は…百舌鳥が如く声を真似て……塚という早贄を作り……まるで、百舌鳥の心地ぞ」
『…雷堂よ。百舌鳥は一夫一妻、番は基本一つだ。だがな、産まれた卵には、他の雄との物が混じっている事があるそうだぞ』
「他の雄…」
『何食わぬ顔をして伴侶を気取ろうが、奴等の雌は他の雄と交尾するという事だ』
翡翠の眼が、少し歪んで我を嗤う。やはり、愚かだと思っているのだろうか。
無言のまま歩みを進めれば、やがて金王屋の看板が見えてきた。我は翡翠の双眸を窺って入店を示す他無い。
『俺は路地に居る。最近日照時間が希薄なのでな、少し猫らしくさせて貰うぞ』
「なあっ、業斗」
くるりと振り返るは、黒猫だけ。
この一帯を行き交う人々は皆、我が葛葉雷堂と認知しており、猫と会話する変人だという事も理解しているからだ。
「我は……“他の雄”であっても構わない……構わなかった!」
翡翠の眼は、嗤っていない。呆れとも、叱咤の其れとも違う。
誰かの眼を思い出す、伏しがちに流れるあの視線。
『…弁当箱でも持って、少し行楽に行ってこい』
嗚呼、あれは……
素直に母様と呼べなかった我に向ける、小母様の眼だ。
「業斗」
『人修羅は滅した、脅威はひとまず退いた。誰もお前に文句は云わん、塚に腕が在る限りな』
「我は、まだ雷堂で居ても良いのだろうか?」
『どの様に鳴こうが、何とまぐわおうが…俺は葛葉雷堂としての仕事に支障をきたさぬなら、総て許す』
脚が少し震えている、手袋も襟巻もしているというのに。
明日は霜が降りるだろうか…紅葉を覆い隠すだろうか。
『肉片なぞ、既に人修羅ですら無いわ。早贄を枝に刺し忘れ、放置する百舌鳥こそ只の莫迦よ。お前の好きに処分すれば良い、明』
やはり、雪が降るかもしれぬ。そう脳裏に一瞬思い、即座に掻き消す。
いいや、業斗が我に優しいのはいつもの事であった。
我が壊れぬ様に昔から叱咤を続け、生きる術を与えてくれたが…
今はこうする事が、良策と考えたのだろうか?我が立って居られるのは誰か在っての事と、理解しておられる。
「かたじけない」
今度は振り返らず、そのまま猫の屯する路地に向かって行った黒猫。
他の猫達に威嚇されると、尾を真っ直ぐ揮わせフーッと更に険しく威嚇を返す。
その様子から、やはり苛々しているのは間違い無かった。




薄暗い舞台の上、周囲の紅葉が酷く美しい。幼い頃に舞台袖から見た記憶より、艶やかに見える。
板の上は辛かろうと思い、我の外套を敷物にした。
灯篭はたった一つだが、充分だ。少しばかり暗い方が、よく映える。
「……ぅ」
小さく呻いた人修羅の、その喉仏がクッと震えた。
左右に幾度か頭を振ったのを見て、喉が貼りついていると勝手に決め付ける。
血の気の無い唇に啄み、息を吹き込む。
「っ、ん、んんっ、ぐ」
びくびくと肩が震え始めたのを確認して、吸い付くのを止めた。
口を離せば、息を吹き返したかの様に激しくひとしきり咽た君。
少し乱れた前髪を、素手の指でゆったり梳いて撫で、語りかける。
「眩しくは無いか、矢代君」
隣に寝そべる我を、ぼんやりと見つめてくる金色の眼。
まだ夢うつつで、此の傷が視界に入って無いかもしれぬ。
「残念だが、紺野では無いぞ」
「………俺…」
かすれた声で呟いて、己の喉笛を触ろうと肩を上げた君。
だが、それは叶わぬ。人修羅の両腕は、まだ空虚なままだから。
「君の腕は、討ち取った証としてヤタガラス本殿の畔に塚を作り、埋めた」
「…埋めた?……此処は…何処です…俺は如何して、今貴方と…」
「ヴィクトルに依頼し、首を繋げて三日三晩ソーマと調合した水に沈め、反魂香を焚き染めておいた。案の定、君の再生力が癒着を促進した」
眉を顰めて、脚でぐいぐいと我の外套を蹴る人修羅。
だが、脚だけでは好きに動けぬ事は承知の上らしく、仕草だけといった風だ。
「だが、腕が生えるのは時間がかかると思われる…何なら、君の組織から培養して貰おうか?その方が早かろう」
「…悪趣味です」
「そうだな、我もあれには呆れた」
「如何して俺を生き返らせたんですか。俺は貴方の事を、利用するだけしようと思って」
「しかし、山に我を逃すは…恐らく、君の優しさだ」
「都合好く解釈してるんですよ、俺はもう…悪魔みたいなものです…」
「燃した人間を追って、手当したろう。それが独善でも云い逃れでも、等しく同じ情だ」
撫でる黒髪は、いつか撫でた時と同じ様にさらりとしていた。
ソーマは生命力を潤わせる効果が有るのだろうか、先刻啄んだ唇も瑞々しい糖蜜の様で。
また吸い付きたくなったので、話を始めて気を逸らす。
「我は、君を一度、間違い無く殺めた。悪魔を使い人間に徒為すは、ヤタガラス…葛葉雷堂にとっての悪だからだ」
「生き返らせては問題になるんじゃないですか」
「塚に腕は在る。あの悪事を働いた人修羅は死んだのだ、矢代君」
「都合が良過ぎます…貴方のエゴだ」
「そうだな。君を殺めたのも、実の所それが大きい」
襟足を撫でさすり、病人の様な白い寝間着の隙間から、同じく白いその項に指先を下ろす。
黒い突起の根本を指の腹でくりゅくりゅと刺激すれば、喉をごろごろされた猫の様に眼を瞑る君。
「我は、君が許せなかった」
「…悪魔嫌ってるのに、その悪魔を使役して人間襲った俺ですからね。幻滅したでしょう?」
「いいや、確かにその事実にも胸が痛んだ…が、しかしそれ以上に…」
黒い角をやんわり掌に包み、軽く捻って此方を向かせた。
腕の無い君は、我の腕に支えられるまま、なすがまま。
「紺野の為に、悪魔に成れた君に……酷く、苛々したのだ」
あまりに浅ましい理由であろう?
だが、悲しい事にこれが真実。我は葛葉雷堂としての矜持よりも、それ以上に嫉妬していた。
禍々しい気持ちが、あの朝背筋を這い登った。
君に騙された事よりも、君が殺戮を生み出そうとする根源にかつての主人が居る事に…
「だから、葛葉雷堂という名を利用して、君を……ただ、嬲ってしまいたかった!消してしまいたくなったのだ!」
真っ直ぐに見つめてくる眼は、先刻見たばかりの業斗の様だった。
が、それはすぐに色を変える。
「…臆病者」
「すまぬ」
「その気持ちにすら雷堂の名前使うなら、もう俺は貴方の名前…もう、呼ぶもんか」
「嫌だ…矢代君、すまぬ、すまぬ…!」
腕の無い君を掻き抱いて、その斑紋を伝う滴を啜った。
涙を拭う事すら叶わぬ君は、歯を無くしたあの時の様で…いじらしい。
手負いの獣、百舌鳥の早贄…
水面に手を差し、冷たい水の中…流されるばかりの紅葉を手の甲に掬う感覚。
ひたりと君の肌は冷えており、まだ生き返ったのかすら疑わしい程で、抱擁している傍から心細くなる。
「紺野の真似をする己を酷く滑稽に感じたが、それでも、君に無視されるよりは幾億もましで…っ」
「俺だって…俺だって、あいつと貴方が別の生き物だって解かってる!」
「腕を広げ、君が胸に飛び込んだ相手は誰だったのだ…」
無意味な問いだと理解しつつも、思った事を口にしてしまう我の性。
きっと挑発ばかりする君も、同じ性の持ち主なのだ。
「あの前夜、君に接吻した時…あまりの抵抗の軽さに唖然としたのだ。君は…その、口寂しかったのかと、思った」
胸元がぼんやり温かくなった気がする。少し腕を緩めて顔を覗き込むと、人修羅の頬が紅潮していた。
「俺はそんな…キス魔じゃありません」
「ライドウの使役下に居た頃は、何処か頑なだった」
「如何してあいつに俺が操立てなきゃいけないんですか、そもそも操自体あいつに――」
は、と口を噤むと、更に頬を熱くして横を向く君。
やはり罵倒しつつも、君は無視出来ないのだ。
「抱き締めて呉れて、嬉しかった」
首を刎ねておきながら何をぬかすか、と思われそうだが、それが我が心の真実だ。
「同じ形が恋しかろうとも、嫌う相手を抱擁なぞ出来ぬ、そうであろう?」
「だから、俺は別に……あいつの事なんて…」
「我はもう、構わぬのだ。勝手に君を想い、こうして旨味を味わっている。君に恨まれようとも、嫌われようとも、最早仕方が無い」
「嫌われたいんですか」
「まさか」
崩した胡坐に抱き寄せて、仰ぎ見る。我の視線に合わせて、人修羅の視線も周囲を泳いだ。
「此処でこの様にして、本当の理由を伝えたかった」
もう、誰も居ない能樂堂。残されたままの紅葉の造り物が、舞台袖から見事に紅色を差しこんでいる。
「艶やかな舞台であろう?外の庭には本物が見事な葉を湛えているぞ」
「…此処…雷堂さんの昔居た…」
「そう、能樂堂だ。もう誰も居らぬのだ、我と君だけの紅葉狩を踊ろうか」
「本当に、そういうの…好きですよね」
失笑気味に返されたが、続けてそれが自嘲の笑みだったと感じた。
風に揺れる事も無い、永遠に真紅の紅葉を眺めて呟く人修羅。
「如何したら、貴方の気が惹けるかと思って……こっちの世界に来て、まず真っ赤な山が目に留まって。だから演目で…因んだものが無いかと思って…」
「まるで恋だな」
「貴方が云えた台詞ですか…俺は、貴方だけを誘き寄せたかったんです。そういう作戦だったんです」
「其方の世界のヤタガラスに、我が飼われるのは我慢ならぬと見た」
「その通りです。ふふ…勝手だと、嗤ってくれて構いませんよ。だって俺、あいつよりも雷堂さんの方が人格的には好きですから」
「だと云うに、彼の遺志を継ぎ、我を踊らせたのか?」
「あいつが死んだのは、俺が原因なので…」
詳しく訊くつもりは無かった、訊く程に負ける気がしてしまうから。
そして、抱き締める事に更に罪悪を感じてしまう。この意識を無視する事に、尽力しているというのに。
「だから、代わりに俺があいつのやろうとしてた事を…」
「では矢代君、紺野が生き続けいずれ君と殺し合う事になった時、君は如何するつもりだったのだ」
「それは……それは…」
「……あいすまぬ。どうにも己に都合が悪い事は避ける癖に、君に都合が悪い事は訊いてしまう…」
こうして、頬を、髪を撫でる手付きはライドウと同じだろうか。
それでも、やはり我を感じて欲しくて、酷く優しいじれったい手付きになる。
しかし我が知らぬだけで、もしかすればライドウもこの様に人修羅を愛でていた可能性が有る。
「我の所為で仲違いを始めた養父母を見ているのが辛くて、逃げる様にヤタガラスの巣に飛び込んだ」
指先の伝う先を、角から背骨にすり替える。軽く仰け反った君の喉笛に、今度は太刀では無く唇を沿わせる。
「襲名し間も無い頃、鳴海所長の好き人を殺めた。その罪の意識に怯え、雷堂を続ける他無くなり…やがて所長を殺めた」
「ん…んぅ」
「だがあの時、酷いカタルシスを感じたのだ。付き纏う罪悪以外、我は異様な解放感に見舞われた…」
「し、喋らないで下さい、吐息、が」
「我を苛む要素を、瀉血が如く排泄出来た歓びに奮えた……それが人殺しと解かっていても、後悔だけでは無い己に呆れた…」
腕の無い綿の着物は、いとも容易く開いた。布で覆い包めた腕二か所から、そうっと袖口を引き離す。
外套で覆い包めて、人修羅を背負い此処まで運んだ。先刻よりは、少しだけ肌が明るい色をしている。
「もう操を立てる必要は無いと、云ったな」
「…如何して、そんな事したがるんですか」
「君が好きだからだ」
「だからそれは…錯覚だって、もう何度も云ってきました」
「吊り橋だろうが錯覚だろうが良いと、我も幾度も云ってきた」
「ひ…」
鎖骨の窪みを指先で辿ると、首を軽く振って喉を鳴らした君。
恐らくあの男も、同じ指の形で同じ様に辿ったのだろう。反応を見ると、それは痛い程想像出来た。
指より早く視線を這わせて、その胸元を眺めた。黒い斑紋は胸の小さな凸に僅か引っ掛かっていて、本当の色が見えない。
「寒いか?」
「寒いって云ったら、もっと密着してくるでしょ、雷堂さん、は」
「寒く無いのならば、我に暖を分けて呉れ」
「ほらもう、そうやってっ…ぁ…腕無い相手、抱くとか…悪趣味、だ」
背中を抱きかかえる様にして、胸の陰りを捏ねてみる。
触れる程、爪先で擦る程、びくりと仰け反って硬度を増す突起。
「…ん……ぁ、ぐ」
声を噛み殺して、また君が唇を噛んでいた。
悪魔の時は、幾分か八重歯が鋭いのだろうか。やや喰い込んだ牙の様な其処が、薄い朱色の唇に傷を作っている。
かと云って、奥歯をあまりに食い縛られて砕かれても心苦しい。
「君の声を聴きたいのだが…布地では軟く薄いか」
襟巻を噛ませては息苦しいか、くぐもった呻きさえも吹き抜けないのは寂しい。
一番上の釦を外し、制服シャツの内側、晒の上から引きずり出した金属。
我の人肌で温くなったその十字架を、君の白い隙間に差し込む。
「んっ!……んー…っ」
「噛み締めてくれ、砕いてくれても構わぬ。君の歯が再び駄目になる方が辛い」
所長の好き人……鳴海所長本人……そして、人修羅の君。
我が殺めてきた者が、首から提げてきたその十字架を咥えさせる。
「うう、っ」
眉を顰め、しかし無下に吐き出す事も悩んだ挙句、止める人修羅。
其れを横たえると、我の頭を君が銜える鎖の環から抜いた。
腰骨に引っ掛かった帯をしゅるしゅると解いてやれば、呻いて首を左右にいやいやする。
その度に十字架の鎖がしゃらりしゃらりと鳴り、何処か神聖な心地にさえなる。
脚に跨ったまま、裾からゆっくり開いてゆけば…下着も何も無い君の下肢が現れ、我の胸が疼く。
そういえば、手術服の様な寝間着一枚を着せ、運び出したのだった。
再び真っ赤に頬を染めた君は、周囲の造り物の紅葉に負けておらぬ。
「君は未来の者が故…褌は嫌うかと思ってな。まあ良いだろう?我は君の形が好きなのだ、服が野暮と感じるくらいに」
「は、ぅっ……うー…ん…っ」
先刻から脚がばたついていたのは、ゆるゆると勃起した其処を見られるのが恥だったからか。
だが、こんな脚の力…本気では無いとすぐ判る。
あの喫茶で我を蹴り飛ばした力は、此れの数十倍は有った。
骨ばって筋肉質でも無いおみ脚を、我は抱き込んで笑う。疼くのは当然、胸だけでは非ず。
ふるふると反り始める君の分身、股座に顔を埋めてれろりと舐め上げる。
途端、脚が強張り暴れようとするが、更に強く抱き締めて頭をちゅぶちゅぶとしゃぶった。
「んっ、ぁ゛うーーッ、ぁ、ふっ、ふうっ」
大した技巧など持ち合わせておらぬので、ただがむしゃらに嬲る。
つるりとした先端の窪みを本能的に舌先で抉れば、しっとりと何かが滲んできた。
以前も舐め啜った事が有ったが、思えば此れは何なのだろうか。
正確には人間で無いのだから、精液とも違うのだろうか…
考え込みながら、心地好い弾力を愉しむ様にむりゅむりゅと上下に扱いては人修羅の顔を仰ぐ。
腕の無い君は顔を覆う事も許されず、朱に染まった頬を晒し。十字架の鎖からはぽたぽたと唾液が滴って、艶めいている。
「あ、あっ…あっぁ………」
舌の上に、とろりと溢れ出す。百合の花の様な、そういう類の花の薫りに近い風味。
濃度の濃いMAGは、純粋な君だけの成分で。やはり他のMAGを循環させると味が変わるのか、と…脳裏に誰かの姿が過った。
「は…甘露であった」
嚥下する我の喉仏を見る人修羅の眼は、潤みを帯て扇情的で。
普段の様に「嫌だ嫌だ」と遮る腕も悪くないが、それが無いと本当に恥じらう君が丸見えで堪らなかった。
「嗚呼…矢代君…さて如何しようか…此処より先に入ってしまっても構わぬのだろうか」
覆い被さり、唾液塗れの十字架ごと唇を貪った。
互いの舌で温まった金属は熱く、此の十字の形を融かしてしまえるのではないかと思う程に。
召喚のMAGに環を回す管でさえ、こんな熱は無い。自室の火鉢や仲魔の発火さえ、こんなに心臓から温めてくれぬ。
もっと肌を合わせたくて、不良書生が如く制服の前をだらだらと開ききる。
十字架を噛みずるると引き寄せれば、人修羅の口は呼吸に喘いで高く啼いた。
高鳴きは威嚇だったな、と少しばかり虚しくなり、違う鳴き方を聴きたいと欲求が脹れあがって下肢を張らせる。
「なあ、矢代君…っ……憎ければ、このまま絞め殺してくれ」
「はぁっ、はぁ、な、なに…あ、ぁぶ」
しっとり重みさえ増した様なロザリオを自身の首に提げ、軽く捻って再び君の唇に差し込む。
強く噛み締め首を引けば、我の首が絞まる。その様な仕組みを作って、君に逃げ道を残しておく。
臆病者の我は、完全に支配する事に恐怖を抱いてしまう。もう、此処からライドウと作りが違うのだ。
「偽者の君を貫いた時は、本当に焦れた挙句のみっともない動きになってしまったが…しかし、あれより一切他とまぐわっておらぬ故、成長もしておらなんだ」
耳まで赤い人修羅。頬からこめかみにかけての流水の様な黒を、指先に撫でて堪能する。
耳朶をやんわり摘まんで、ほんのりと熱い事に唇が笑みを浮かべてしまう。
今、どれだけ情けないでれでれとした顔をしているのだろうか。君の斑紋が鏡面でなくて助かった。
それでも、縁の発光が黒を艶やかに照らす様…やはり螺鈿の様に美しい。
「その…君が望むなら…紺野の様に抱いてやりたいのだが」
「……」
「慣れた愛撫の言葉や、君が歓ぶ動き方などあれば…先に教えてはくれぬだろうか――」
その美しい斑紋ごと、目許を引き攣らせた君。
軽く首を捻って、我の首を絞める。
「っ、ぐ」
もう殺したくなったか、やはり我は思い遣りの無い言葉ばかり吐いてしまうのだ。
自己嫌悪と納得の狭間を行き交いながら、君に与えられる苦痛に甘美さを味わい始めた頃、ふっとそれが失せた。
ぐぐ、と鎖に引き寄せられていた我の唇に、人修羅が啄み餌を与える親鳥が如く、十字架を噛ませて来た。
我が咥えたのを確認すると、腹筋から力を抜いた人修羅が再びどさりと横たわる。
「ごちゃごちゃ悩むなら、今すぐ眼の前で両腕斬って俺に下さいよ!それ繋げて貰って、今度こそヤタガラスを潰してやる…っ」
十字架を放せば良いだけなのに、我は咥えたまま制止していた。
そして、考えるより先に君を撫でていた手が、腰のホルスターに回る。
後ろ腰に携えている小太刀は、あの時君の腕を落とした得物だ。
君の血を沢山吸ったので、記念に貰っておいたのだ。どうしても、他の者に渡しておきたくなくて、つい。
「…雷堂さん」
が、いざ己の腕を与えようとすれば、君の脚が我の脚に絡んできて動きを阻む。
「どうしていつもいつも…眼だってそうだ。義眼だからって抉ってしまった時、俺が…どれだけショックだったか、解かります?」
十字架を咥えたまま、小さく首を左右に振った。
「俺の所為にして、何でも勝手に差し出し過ぎです。冗談も通じないんですか?俺の罪を勝手に増やさないで下さい……更に離れられなくなる」
今度は小さく頷けば、溜息して君が微笑んだ。
「俺があいつに未練だらけなのも、貴方に重ねて見ている事も…貴方が読んだ俺の心は、殆ど当たっているんです。だから、貴方に寄せる好意だって…貴方が感じ取れない筈は無いんだ」
しゃらりと鎖が鳴る。我は阿呆の様に、何時の間にやら口を開いて君をぽかんと見つめていた。
「俺が無茶云えば、夜ならすぐに叩き伏せる…ムカつく哂いで。でも貴方はやっぱり違う…差し出せという類は、簡単に受け入れる。本当に別人だ」
「…我に出来る事なれば、何でもしてあげたいのだ」
「それなら「忘れさせよう」とか、それくらいの気概を見せて下さいよ…でないと俺…やっぱり、貴方とするのは恥ずかしい」
云いながら、人修羅の白い股が開かれる。我を絡め取っていた脚が、震えながら招き入れる。
湿った液体が後ろの孔を既に濡らし、狭そうな其処は呼吸と連動して息衝いているのが見て取れた。
「さっき、「口寂しかったのかと思った」って、云ってたでしょう。馬鹿な、って笑ったつもりだったんですが、何も笑えなかった」
金色の眼から、ゆっくりと滴が零れた。反射的に舐めたくなるのを、我慢した。
「キス…されてると…顔なんて暗がりに見えなくて。気配と形は凄く似ていて、外套に包まれたら…薫りだって違うのに」
「…すまぬ」
「でも、雷堂さんだって事は理解してるんだ、それでも…あまりに久しぶりで。別にキスとか、こういうの好きって訳じゃないのに、なのにっ…………寂しい」
肩を揺らして、拭えぬ涙をひたすら我の外套に吸わせる人修羅。
「好きって云われて抱き締められるのが、嬉しいって気付いて…貴方に不埒な欲求を持って……でも、俺の契約相手はやっぱり貴方だと思えなくて!」
「我は別に、君の一番でなくとも構わぬのだ。触れさせて呉れるだけで、ある程度生きる活力を得られる」
「一番があいつだなんて誰も云ってないです!」
「ほう、では誰なのだ?」
嗚咽する君は、また沈黙する。またやってしまった、虐めるつもりは無いのだが。
「矢代君、今はただ委ねては呉れぬだろうか。腕を失くした君は、我と殺り合う事も難しいであろう…」
「今からヤろうとしてる癖に…」
「いいやいいや違う…いや寸分も違わぬか。操云々では無く、我のMAGをただ呑み込み…鋭気を養って呉れと云っているのだ」
「身体が治ったら、俺…どう動くか分かりませんよ?あまりに危険な橋じゃないですか、貴方をまた殺そうとするかもしれない…ヤタガラスの人間に、手を出すかもしれない」
「すればまた、君の首を刎ねよう。そしてまた、治るまで此処で愛でよう」
「…悪趣味」
「双子なのだ、仕方あるまい」
「…?」
今の言葉に首を傾げた君は、我とライドウの関係を知らぬのだろう。
我も詳細を伝えるつもりは無かった。ライドウが我の部屋に残した書物…あれから読み取った程度の内容だ。
嘘か真か、それすらも判らぬ情報だ…云うべきでは無い。更に君を悩ませてしまうだろう。
「良いだろうか、我も張りつめた下を放置するのはそろそろ厳しいのだ」
「…いつも、欲求とか隠しませんよね」
「もう一度、足を君から絡ませて呉れぬだろうか」
「いえ、容認してる訳じゃなくて……もう……」
拗ねた様に咳払いする人修羅だが、数拍置いた後に開いていた脚をそっと我の腰に回してきた。
そんな淫靡な動きをする癖に、眼は泳いで、頬は秋の山の様だ。
「我と君は、似ているな、やはり。しかし少し違う」
「何ですか急に…するなら、さっさと済ませて下さい」
「同じように惑い、後ろめたさを感じつつ……君は怒り恥じらい捨て身で斬り込み、我は不安に逃避し無我夢中で斬り付ける」
「どっちも最悪ですね」
「だろう?紺野の異様な逞しさが、今になって更に身に染みる」
寂しげに目許が撓んだ人修羅、それは微笑みの類だ。
君の心の中の彼までは、流石に読めぬ。憎しみ合っていると、互いによく云っていたが…
憎しみと愛は表裏一体だと、また口にしそうになって踏み止まった。
小ぶりな臀部を軽く撫で上げて、とりあえずは囀りを聴こうと思った。
「顔が見えぬ方が宜しいか?」
「…またそういう気遣いして」
「いいや、我としても向かい合って、君の頬の高揚を愉しみたいのだ」
「紅葉は周りに有るじゃないですか、それで我慢して下さいよ…」
「では、うつ伏せにさせようか?」
「このままで良いです」
むっ、と唇を引き結んだ君が、膝頭を寄せ我の脚を威嚇する。
「俺はあいつの影に身体を任せるんじゃない、MAGを貰うんじゃない…」
人修羅は、己に云い聞かせているのだろう。我はその間口を出せずに、馬鹿の様に着衣を寛げていた。
「葛葉雷堂に……明さんに任せるんだ。だから、顔も見ずにMAGだけ頂くのは、やっぱり失礼です」
「君の、咬み付いた後に傷跡を舐めるその姿勢が、我は気に入っている…」
「変態…」
「傷が有った方が、何もかも敏感に感じ取れるであろう?君からの何かが倍になるは、真に幸福だ」
「やっぱり、夜と全然違う…」
小さく呟いた君の耳を舐める。くちゅくちゅと軽く舌を挿しこめば、鼓膜の傍では激しい波音となろう。
褌越しに君の雄に、己の愚息を擦り付ける。下肢の刺激で荒れた吐息が、君の鼓膜を更に叩く。
早く挿入したくて、既に契約相手の居ない君を心の半分で喜んでいる。
以前あれ程、君から求められなければ無意味と思っていたのに。今となっては意固地であったと後悔している。
こうして密着すればする程、汚い自身が視えてくる。それでも君に我の匂いを付けたくなる。
「ああ、そうだ…男の孔は湿らぬのか、慣らさねば」
人修羅の足首を指先で撫でつつ掴み、上に持ち上げる。
浮いた臀部にすかさず掌を添わせ、更に持ち上げつつゆっくり押し広げた。
起き上がり小法師の様な君は、腰を固定されては自由が利かぬ。
羞恥と緊張か…眼の前の孔がひくひくと蠢く様に、自身の褌がきつく張る。
「唾で湿るのだろうか…」
疑問を口にしつつ、その窄まりに舌を挿しこんでみる。
すれば跳ね返すかの如く、きゅうっと引き絞られる孔。
負けじと、皺を一筋一筋、無くすくらいに丹念に舐める。舌先を押し付け、ざらつく表面で孔全体を濡らす。
「ぁ、はぁっ……はぁ……い、痛くて良いから、もう突っ込んで下さい…っ」
「ん……焦れたのか?」
「ち、違う…そんな、しつこく舐めなくて、いいです、っ」
「こんなにきつそうだが、これは問題無いのだろうか?」
「はぁ、っ…だったら、がばがばのに突っ込みたいんですか…雷堂さんは」
「君の孔が緩くなれば、手を挿入し直接君の性感帯を撫でてやれよう。さほど問題では無い」
「もう、っ!どうだって良いですもう!」
真っ赤になって我を軽く蹴る君の脚に、甘えを感じて嬉しい。
しかし、痛みよりは快を与えたいのは事実で。試に人差し指をつぷりと挿しこんでみる。
「あ、っ……ん」
一際甲高い声で啼いた人修羅は、身を強張らせて背をしならせた。
その反応に、我の背にもぞくぞくと痺れが奔った。
トールの静電気が如し煩わしさは一切無く、全身の毛孔が開いて…まるで覚醒したかの様な心地だ。
堪らずに、ぐりゅ、と更に押し進めれば、人修羅の脚が空に踊る。
試しに関節を曲げれば、無い腕で背の外套にしがみ付こうと一生懸命に肩を捩っていた。
「なあ、矢代君、挿れたい」
「だ、だからっ……良いって云ってます、さっきから、ぁ」
「大丈夫か?裂けてしまわぬだろうか?」
「はぁ……はぁっ……余裕で入るくらい、萎んでるんですか。あいつのは、そんな事無かったですけど、ね」
徒に微笑まないでくれ。それが無意識でも確信的でも、君の挑発に我は本当に弱いのだ。
やはり我を見て感じて欲しい。此の浅ましい欲求が君を傷付けても構わぬ様に、君は挑発してくれているのだと…
もう、勝手に解釈した。
「我だってっ、もう破裂しそうだ!」
もどかしく解いた白布を投げ打って、じっとり湿った坩堝に屹立した先端をねじ込んだ。
「っ、あぁうーッ!」
泣き声の様な、嗚咽混じりの喘ぎが響く。舞台上の高い天井に、それはそれは鮮明に。
「は、っ……はぁ…君の…君の中に居る…」
あんなにも今回は慎重に進めたつもりだったのに…既に達してしまいそうで、結局急いて挿入した始末。
それでも解した甲斐有って、窮屈ではあるが引っ掛かりは感じずに半ばまで納めた。
「夢でも妄想でも無い、偽者でも無い…此れは“本当”なのだな、矢代君っ」
「…ぁ、あ……はっ……う…」
泣き濡れる君の眼が、爛々としている。知らずの内に、MAG混じりの汁を漏らしていたのかもしれない。
華奢だが男性とはっきり判る腰骨を掴み、更に奥に入り込む。
みちみちと押し開く事に、多少の不安と、其れを覆い尽くすはかり知れない快感が見えてくる。
「うんっ、あぅ、あ、ま……」
「…狭い…熱い…」
「ま…まだ、全部、入って、ない…?」
息も絶え絶えに、君が我を見上げてくる。その熱い呼吸が、中に居る我を締め付ける。
吸気も呼気も、余す事無く律動に変質し、我を追い詰める。
「ああ、まだだ、矢代君、まだ…っ」
「ひ、っ、あ、い、いっ………いっぱい、で」
臀部を鷲掴み、腰を更に上げて脚を折り込ませる。
ぐぐ、と自重を伴った我の雄は、更に深い場所にまでごりごりと君を穿つ。
「はあ、はあっ、如何だろうか、矢代君っ…」
「も、もう無理です、こんな、ぁ」
「按ずるな、もう根本だ…あ、あぁ……これは…堪らぬ」
腰を動かしたい衝動に駆られるが、少し落ち着けなくては三擦り半で達してしまいそうで。
嗚呼、今は君の斑紋が鏡面なら良かった。
あちこちに君の嬌態や結合部が見え隠れして、どの姿勢でもじっくり観れたのに。
「無理な訳無かろうて…ライドウのを受け入れていたのであろう?此処に大差は無い筈だぞ」
「お、俺の此処は、受け入れる為の器官とは違いますっ」
「こんなに引き込んで、吸い付いてくるのにか?もうMAGが涸れそうだぞ…」
「如何してそういう事わざわざ云うんですか…もう、嫌だ……嫌です」
「忘れさせてやろう」
「ぃ…今それ云うんですかっ、もう…っ…却って恥ずかしい、っ……」
いまいち使い所の分からなかった台詞を、君に降らせた。
恥ずかしいと怒る人修羅だが、この台詞を欲していたのは他でも無い君で。
先刻から恥じる度に、我の怒張を切なく搾る熱い肉壁よ。
「なあ、君と契約を結ばぬ我のMAGは…はたして君の何処まで染み入るのだろう」
「……浸透が良くたって、味を良く感じたって……契約はしませんよ…俺」
「MAGを貰えばそれで好し、か」
「当然です…だって、俺はその…に、肉体関係だけの為にこうしてる訳じゃ」
「然様か、ではすぐに漏らさぬ様に細工させて呉れ」
しゃらりと首から外した十字架の鎖を、そのまま自らの根本にぐるぐると巻き付ける。
ぎちぎちと締め上げる際、圧迫感に情けなくも眉根が寄った。
「えっ、何……明さん…」
「は…ッ……これで…少しは、出遅れるだろう」
「や、止めて下さい、痛々しい」
「矢代君、君はいくら漏らして呉れても構わぬぞ?ただし…」
顔を寄せ、その耳元に祈りの様に囁いた。
「我が君に、MAGとしての精を出すまでは…ひたすら愛させて呉れ給え」
「…………ぁ、あっ!あっやッ、んぐっ、あぁッ」
これでもかという程に、忙しなく強く腰を打ち付け続ける。
こんなに揺らしては、きっと背中が痛かろう。それでも止められなかった。
少しずつ角度を変え、擦りつける場所を探し、君が嬌声を上げる場所を記憶する。
「う、あっ、いやっ!いあだっ」
其処を笠に引っ掻ける様にして虐めれば、本当に良く通る声で啼き声を上げた。
ぐぷぐぷとしつこく抽挿を繰り返していれば、君の眼が虚空に留まり、睫毛が震える。
「…ぁ、あぁ……」
ぶるりと其の総身を震わせた次の瞬間には、君の雄からぴゅうっと放たれる汁。
薄い胸元に飛び散った其れ等を、一飛沫ごとにじっくり舐め啜り、肌にしゃぶりついた。
「はぁ………はぁっ……ぁ」
一心不乱に片付ければ、終えた頃には君の肌に沢山の紅葉が舞い散っていた。
「これで、我も君も…二人して紅葉狩りが出来るな」
唇を舐めずりつつ微笑めば、君は唾液を垂らしたままゆるゆると首を振っていた。
「君は舞台の紅葉を、我は君の肌の紅葉を見れば…向かい合うまま愛し合えるだろう」
「本物、じゃ…ない…本物の紅葉じゃ、ないです…こん、な…」
「そうだ、今度は座りながら眺めようか矢代君?このままでは背が痛いであろう…我の膝上に乗れば良い」
「ちょっと、も……いい、いいですからぁ……あふ、ぅ」
胡坐の上、背中を抱き締め項の突起をちゅぶちゅぶと味わう。
「あ、あ、ああ、ツノ嫌ぁっ、明さんっ…あっ、ひっ、ふ、かい、深いですこれ嫌っ!」
「ふ……君の自重にて、埋まり込んでいるのだ…我は着座している、だけぞ」
ちゅむりと吸えば、我の雄をきゅうきゅうと締める。
もう声を堪える余裕すら無い君は、我の情欲を延々と掻き立てて止まぬ。
萎えぬ雄で君の内部を三日三晩穿り、本当はその未練まで引きずり出せたならと願ってばかりいる。
「これで、精を注いで腕が生えたならば、君は…」
「はぁ、はぁっ」
「“俺”とまた紅葉狩をして呉れるか」
「……俺は……さっきから、明さんってずっと呼んで…っ、んむっ…」
臆病者の我は、君が返事をする前に、顔を覗き込み接吻をした。
其の紅葉狩が…鬼と調伏者の関係なのか、紅葉を嗜む行楽逢瀬なのかは…敢えて云わずに。
(嗚呼……悪鬼羅刹であろうと、我は何度だって、君の首を刎ねて接吻しようぞ)
既に鬼に化かされているも同然だろうが、この舞台は今後年中関係無しに紅葉なのだ。
君を外界より隔離し、二人で舞い続けるには適した場所である。
ようやく我も、君と同じ舞台に立ち、同じ空気を吸い、同じ罪に血反吐が吐ける。
葛葉ライドウ…紺野…
弟の代わりで、もう構わなかった。
「は……ぁむ、ん、んん」
人修羅に殺される最期を妄想しながら貪っていたが、やがてしっとり瑞々しい舌が我の歯を軽く叩いた。
恥じらいつつまばたきし、吸い返してきた思わぬ奇襲に…感極まって君の中に長々と吐精した。







「お早う業斗」
『……起きている、な』
「最近は夢も見ぬでな」
雷堂は、必ず人修羅の腕塚に御参りしてから本殿を出入りする。
殆どの者は気味悪がって近付かぬが、他には人修羅に手当をされたという従者二名が塚の手入れをしている。
しかし、実に妙な御参りをする。
塚に石碑でもあれば、其れを磨くことはおかしくも無い。
だが、ふっくらと盛られた土の上に、雷堂はソーマを撒くのだ。
まるで花の新芽でも待つかの様に、穏やかな眼で壜を振る姿。
『水分で生えるのは雑草だけだぞ、おまけにあの二人が雑草はしっかり毎日処理しておる』
「業斗よ、これはまじないであるぞ」
『…呪い?』
「先日は依頼報酬に三壜も貰ったので、全て撒いた。すると、翌日には頗る生え伸びていたのだ」
『……何も生えている様には見えぬぞ、やはり寝惚けているのかお前』
あれから人修羅の残骸をどの様に処理したかは、問い質していない。
首が有れば蘇生は容易いとは伝えたが……実際、雷堂は如何したのだろうか。
(俺も焼きが回ったか?甘やかしてしまったやもしれんな)
あの一件で、しょぼくれるかと思い少しの飴を与えてしまったが…
へこむどころか雷堂は日々日々、何故か笑顔が増えていた。
「では、行って参る」
『ヘマをするなよ』
「按ずるな業斗よ、つまらぬ事で死ぬつもりは無い」
黒く靡く外套も勇ましく、葛葉雷堂は大太刀と仲魔を従え本殿を出た。
我は今日、別行動を取ると伝えた通り、ふらり電車に無賃乗車する。
(猫の特権なぞ、この程度よ)
暫く歩き続け、ようやく見えてきた……昔、車で迎えに参った能樂堂。
此処で雷堂と鉢合わせたなら、叱ってやろうと思っていたが…誰も門前には居なかった。
しんと静まり返った路地、落葉が接地する音がする。此の一帯は、大きな通りの割に厭に静かなのが特徴だ。
ふわり、また紅い落葉が眼の前を邪魔する。
フウッ、と鳴いて尾でぴしゃりと撥ねる。これで葉は四散すると予測していた。
が、其れは乾いた音も立てずに、違う何かに変質してから宙に消えた。
『…今のは、何だ』
一瞬、札の様にも見えた。
警戒し、尾を立てて周囲を見渡す。眼に痛い色彩は、能樂堂の庭に生え盛る楓の樹のみ。
ぶるる、と肌が粟立つ。時期から見て、そろそろ枯れてもおかしくない紅葉の葉が…わさわさと。
(何処か、穴は無いか)
此の建物の周りを一周し…囲いの生垣の中、水路を見つけ其処から覗く。
案の定、小さな穴は異界との揺らぎを見せていた。爪を傍の岩で砥いでから、其処に飛び込む。
猫の身ひとつだろうが、雑魚に追い回される程軟弱では無い。
昏い空気の中、闇色の空に聳える庭の木々を見上げた。
『…これは』
枯れた枝に、無数の札が突き刺さっていた。一枚一枚、呪詛が塗り込められた力を持つ札だ。
まるで葉の様に、風でも吹けばわさわさと輪唱しそうな白い呪いの楓達。
恐らく、此れは現世に影響を与える結界だろう。能樂堂に入れぬ仕組みか…出れぬ仕組みか…
とりあえず、冬が来ようがあの庭の楓は紅いのだ。
(甘いぞ、雷堂…莫迦め。いいや、一夜限りの蘇生程度に考えていた俺が甘かったのか?)
庭の違和感に、ヤタガラスが嗅ぎ付けるまではそう遠くも無い。
此れは他愛も無い…我が報告する事も無し。ばれるまで、客も居らぬ舞台で誰かと好きに舞えば良い。
己を殺した相手を、受け入れる事も無いだろう。それにあの人修羅は、葛葉ライドウに依存していた。
雷堂が入る隙は、無い…だからこそ、放置したのだ。
(此の度の浮かれ事も、気分転換になるだろう…そして次こそ、半人半魔の事など諦める筈)
異界から抜け現世に舞い戻れば、秋空に揺れる紅い楓が、猫背の俺を圧倒する。

きーぃ きちきちきち

また聴こえる百舌鳥の高鳴きに、苛々させられる。

“業斗〜…うええっ”

昔から泣いてばかりの小童を、これからもずっと無視し続けるのだ…
お前が無視を覚えるまで、俺が手本を見せ続けるのだ。
不安に心を揺らすお前は、いつだって悪魔に心を奪われ易い。
だからこそ、無視する術を…
『男なら泣き止まぬか!愚図めっ!』
しかしあまりにも百舌鳥が煩くて敵わんので、昔奴に叱った様に空に怒鳴りつけてしまった。
「独りだ」と甲高く鳴くその声は、機関に連れて来られたばかりのお前の泣き声に似ている。
これだから秋は嫌いだ、煩わしい、耳がキンと痛くなる。
『お前は仮初の巣なのだぞ、明……この、莫迦が』
帰路の途中振り返れば、あの楓に舞い降りた百舌鳥が…獲物を枝に突き刺していた。
せっせと枝に獲物を飾る其の鳥が、よく知る小童の顔をしていないか…暫し睨んでしまった。
当然、鳥は只の百舌鳥であり、早贄も札では無かった。


紅葉に鹿《後》・了
* あとがき*

独りが寂しいから、何かに言い訳して求め合う。
矢代は狡い、が、死んだ番に操立て出来る程心は頑丈では無い。

雷堂は、葛葉の名を盾にして人修羅を殺した。
役目を謳っておきながら、嫉妬に溺れた。
首だけになっても愛するつもりだった。

…だらだらしたエロで申し訳御座いません。おまけに矢代がかなり尻軽に見えますが、実際移り気で甘い水の方へと行ってしまうどうしようもなく弱い奴です。でも明の事は、結構揺れてたのだと思います。
塚に撒いたソーマは埋まる腕に染み入り、腕は遠くの主へと呼応して治癒を促進させる。恐らくソーマをただ撒いているだけでなく、何らかの呪いを籠めている。雷堂は、己が愛でる萌芽に毎日癒されている心地で、つやつやしている。病気。

業斗は、自覚は無いがかなり情が移っている。傷付くくらいなら、処世術を身に着けて欲しいといつも願っている。