オセ
『ふぅ、これでいいかしら』
「…ありがとう」
『アタシの身体じゃ重労働だったわよ!全く…』
鈴のような声音が心に沁みるようだった。
それも、傷口に沁みるような感覚に近い。
俺はピクシーを召喚した。
あの状況を知っているアメノウズメ達でも良かったのだが
増えた杭を見て気を害するかも知れない。
そう思うと、丁度いい機会だったのでピクシーを呼ぶのが良い
そう思ったのだった。
なにより「この姿を晒しても良い悪魔」という点で。
キーラの抜かれた掌を見ると、傷口が収縮している。
どうやら治癒はされ始めているようだ。
俺が今ライドウに勝っているのは、この機能だけだな。
唇を噛む思いだ。
『あの後の事、聞かないわ』
「いや、別に話しても…」
『アタシが聞きたくないの!』
ピクシーはマントラ本営前での事を聞かなかった。
それは多分
(自分も聞かれたくない事があるんだな)
疑心暗鬼か。
隠す相手を受け入れたくないのか…
とりあえず、キーラを使い中枢部へ向かう。
ピクシーに伝えた当初の目的<俺の知人を探す>
ニヒロの巫女と噂される、先生がいるかもしれない。
そこで目的は叶うのだ。
そうしたら、俺は今後どうするのかハッキリさせよう。
それで仲魔とも別れて、ライドウからも逃げて…
いっその事、何とも関らずに世界が生まれ変わるのを待つのも良いかもしれない。
(人修羅なる男が、元の世界を望んでくれたら良いのに)
ご都合主義だが、望まずにはいられない。
それとも老人の居たあの世界…
アマラ深界とかいう所にでも潜るか?
色々考えつつ、キーラを捧げる装置へと戻ってきたのだが。
来た時には無かった光景に動きを止めた。
4つの台座に文字のような物が見える。
<Right palm>
英語…?
何故?おまけに血文字のように見える。
1箇所に1文。
<Left palm>
右・左とある辺りで、嫌な予感はした。
<Right leg>
ぐるりと回った最後に見た台座。
緑のキーラを捧げる台座には…
<Left leg>
左脚…
ゾッとした。
俺の打ち込まれた部分が記されている。
きっちり、何色が何処に打ち込まれていたか
まで合っている。
よく見ると、緑のキーラの台座だけ、余分に続いている。
<Devils never cry>
これ…
俺宛、なのか?
自分に宛ててメッセージを送る人物など、数人しか居ない。
英文など、1人しか浮かばない。
デビルハンター…
あの人も見ていたのか?
俺を殺すチャンスだったじゃないか。
いや、ライドウが居たから様子を見ていたのか?
そんな、今更どうでもいいか。
でもダンテは何故こんな事…しているのだろうか。
俺をからかっている?
(悪魔は泣かない…)
俺はそういえば涙を流してたっけ?
涙は出る気もするが、なら人間だというのか?
俺にまだ人間だと言いたいのか…
俺だって、そう思いたいよ。
すべてのキーラを捧げ
仕掛けが作動し、地下へと誘う。
一直線に剥かれた林檎の皮が落ちていくように
螺旋を描いて路が出来ていく。
こんな設備だったのか…
この世界の建造物は、生きているような気さえする。
呼吸をしているのだ。
上階より、やはり静かだった。
此処を知る者は、きっとマントラには居ないのだろう。
力で暴走するマントラ軍を思い浮かべる。
やはり、力に陶酔したら待つのは破滅だけなのか。
一際大きい、ドームのような部屋。
何か、空気の流れを感じる。
あそこに…何かが居る。
脇道にあるターミナルへと一旦身を落ち着ける。
俺は、マガタマを確認した。
何が最善なのか…
念の為、仲魔の弱点はバラつかせた方が良いか…
呪殺を持っているなら
道中で仲魔に出来たディースをすぐ召喚する。
彼女を最優先して動かせ、テトラジャ…
現在の道具の残数。
カグツチの満ち欠け…
やけに慎重な自分にハッとした。
頭の中で反芻されるもの。
キウン戦の、ライドウの言葉。
嘘だろう?
俺は、ライドウになんか頼りたくない。
しかし、戦いをいくらシミュレーションしても
蘇る。
彼の言葉に偽りは無いのだった。
「君は……まさか、受胎を生き延びていたとはな」
あの時俺を殺そうとした氷川。
中枢部に居るのは想定内だったが
「先生…高尾先生は…どこです?」
「ほう、受胎を起こしたあの女性を君はまだ先生などと呼ぶのか」
まさか先生が居ないとは思わなかった。
氷川がひとり、佇んでいた。
あの時と、同じように…
「先生は何になっていようと、俺にとっては先生でしかないですよ」
「ふ…彼女は実に役立ってくれている、ナイトメアシステムの媒体としてね」
マントラは、そのナイトメアシステムによって搾取される側になったそうだ。
一方的なマガツヒの流れ。
シジマというコトワリを以ってして、この人は世界を生まれ変わらせるらしい。
「祐子先生の事が心配かね?」
沈黙する俺に、急に投げられた氷川の言葉。
「先生?ええ…心配だと思います」
自分でも聞き返したくなるような、有耶無耶な回答。
「ふむ…知らず知らずと、深層心理において君は恨んでいるのではないか?受胎を引き起こした彼女の事を…」
グサリとくる台詞。
そうなのか?
そういえば俺は、先生に何の為に会おうとしていた?
無事を確認して保護する為?
新田の為を思い、封印していた感情が
じわじわと溢れ出た。
(先生が、憎い…?)
目の前で受胎を引き起こした彼女が。
赦されないと分かっていても、引き起こしたからには
それなりの考えがあったのだろう。
でも俺を生かした。
(何の思惑がそこにあるんだ)
自分の都合で?お気に入りだったから?
結局は自己都合で命を選別したと言うのなら
(それこそ殴り倒したい…)
「恨んでいるかもしれないです、けど死なれたら納得がいきませんから」
俺の結論を聞いた氷川はそうか、と静かに哂う。
「君はやはり、あの場で死んでいるのが幸せだったのだろうな」
「まあ…確かにこの世界は地獄みたいです」
「彼女の甘えを許すべきではなかった、少年…君がこれ以上苦しむ必要は無い」
「だったら、この苦しみからどうやって逃れる事が出来ます!?」
「その魂をマガツヒの流れに任せ…世界に溶け込むのだ。この世界と一体化し、悲しむ事も争いも無い…調和のもとに流れ往くシジマの世界を受け入れるのだ」
それは…
出来ない。
ダンテ…ライドウ
この世界以外を知る人間達が介入しているのだ。
世界の真実を知らずに消えるのは、危険な賭け…と思う。
「俺は、先生に恨み言のひとつも云えずに死ぬのはゴメンです」
片脚を、少し後ろへ…
間合いの確認。
「そうか…君の過去への未練がそうさせるなら、その思い出の集まる元へと赴くが良い!」
(きた!!)
以前の黒い山羊では無いが、やはり召喚をした。
人型の豹のような悪魔。
『司令、ここはお下がり下さい…後始末は俺が』
「そうさせてもらう、では…良き眠りを、少年よ」
別に、ここで氷川を追う気は無い。
先生の事が聞けた、あとは生き延びて会って…
怒りの余り殴り殺さないよう気をつけねば。
『このオセがお相手致そう、小僧』
「小僧じゃない」
視ると、どうやら堕天使らしかった。
この世界、天使も等しく<悪魔>なんだな…
俺はイヌガミを召喚し、フォッグブレスを放たせる。
オセは精神集中し、気合を溜めているようだ。
眼光が鈍く光っている。
だが下手に殴らない。
もう一度フォッグブレスを放つ。
『大丈夫なの!?』
オセの気迫に圧倒され、次に放たれる技に怯えるピクシー。
「大丈夫、信じて」
俺の言葉にピクシーは少し落ち着いた。
その直後、オセが構えた双剣を振りかざした。
検圧がこちらに向かい来る。
<ヒートウェーブ!>
だが、フォッグブレスがかなり効いている。
歪な軌道に、俺達は抜け道を見つけた。
各々が方々へと散らばって、その刃をかわした!
正直当たれば痛いが、この恩恵は大きい。
一気に形勢逆転可能なスキが、オセには生じる。
「ピクシー!俺は次の攻撃に集中する」
『!』
理解したのか、ピクシーはくるりと旋回して光を紡ぐ。
『ラクンダ!』
オセの闘気が揺らぐ。
これで打撃が通り易くなったはずだ。
<一撃を大事にしろ>
脳裏に反芻される。
今だけは
(お前の掌で踊ってやるよ!葛葉ライドウ)
「うおおおっ」
オセに、渾身の力を込めた拳を振り下ろす。
その牙が折れ、嫌な音がした。
吹っ飛び、二転三転した後
それでもオセは受身を取った。
ダラダラと口から血を流しつつ叫び唱える。
『ぐ……デクンダッ!』
ピクシーのかけたラクンダや
イヌガミのフォッグブレスの効果が消失したのは、目にも明らかだった。
「ピクシー、イヌガミは遅らせて、もう一度」
『ええっ、でも打ち消されちゃうよぉ!』
「いいんだ、それで」
『?分かったけどぉ…ええぃ!ラクンダ!』
いまいち納得していないピクシーが、再度ラクンダを放つ。
俺は確認する為様子を窺う。
オセは、もう一度叫ぶ。
『デクンダ!』
(かかった!)
「イヌガミ!」
『リョウカイ!』
(ここでブレス)
オセは、下げられた分を相殺したがる…!
攻撃に転じる動向を見せたら、ブレスで被害を軽減する。
俺が気合を溜めて、一撃見舞う手前にピクシーがラクンダをかける。
稀に来る攻撃を薬で回復しつつ、堅実に攻めていく。
すごい。
危機的状況にならない。
戦いを制するには、これが必要だったのか?
オセは飛び退き、刃を双肩の鞘に収めた。
「ピクシー!イヌガミ!後ろへ」
俺は2人に号令した。
休戦の意か、何かをする前触れか…
オセは息を荒げつつ、話し始めた。
『俺が…敗れるとはな。チッ、確かに執着しすぎたか…』
「まだやるのか!?」
瞳が熱い。
俺は興奮しているのか、恐らく眼光を光らせているに違いない。
『無茶はしない主義だ、退かせて頂くぞ。だが小僧、これだけは心に留めておけ』
「なんだ…?」
『世界を創るのは我等ニヒロだという事を…!』
そのままオセは姿をくらませ、ニヒロ機構は空っぽになった。
悪魔もいない。
『ヤシロ…先生って見つかったの?どうするのこれから』
ピクシーに対して即答する。
「マントラへ行ってゴズテンノウに会う」
様子を見ないと気がかりだ。
マントラの動向を見れば、ニヒロの行方も分かるかも知れない。
それに…
(力を失ったゴズテンノウ…見ものだな)
心がざわめく。
そんな想像をして、歓び疼く自分がいる。
嫌悪すべき部分が広がっていくのを感じながら、俺はニヒロ機構を後にした…
『あの悪魔狩人、ここに来ていたようだな』
「みたいですね…」
『先の戦い、お主の言いつけは守っておったな』
「これでこそ甲斐があるというものです」
『あやつ、愉しんでおったな』
「オセを嬲る事をですか?」
『…我の気のせい…か?』
「だって、悪魔じゃないですか」
『…はぁ、一体お主は何が闊歩する世界を理想としているのだ?ヤタガラスを批判したのだから、悪魔の世界か?』
「何が1番、という事は無いですよ」
『奴を完全に悪魔にしたら、あの悪魔狩人が敵となりうるぞ?』
「…もう敵ですよ…とっくに、ね」
オセ・了