蜃気楼

 
仲魔…?
それは悪魔の事。
元々、利用しても
信用…だとか、信頼だとかそんなもの。
(悪魔を忌み嫌っているのに、逆に失礼だろ…)
この男、葛葉ライドウは勘違いしていないか?
俺は悪魔なんて…
「信じていないし…嫌い…だ」
満身創痍の状態なのに、口から発された言葉は強かった。
掴んでくる手に、自らの手を掛ける。
ライドウの指先は冷たい。
あんなに凄惨な殺戮をした直後だというのに、熱すらもたないのか。
「君が悪魔なのに、それを云って良いのかい?」
眼を合わせる。
まるで頭を探られているかのような錯覚に陥る。
だから、もう何度叫んだ事か。

悪魔になんて、なりたくなかった…

『ヤシロ…大丈夫?』
「あんまり、大丈夫では無い」
あの後、ライドウに捨て置かれた。
どうやら今回のお遊びはここまで、らしい。
冷たい、身体…
(あの男、本当に人間なのかな)
もしかして、口先でそう語るだけかもしれない。
あれならそこらを闊歩する悪魔の方が、どれだけ血潮に溢れているか。
「ピクシー…」
『ん?なぁに?』
傍らに舞う妖精のディアで癒されて、少し心が緩んだのかもしれない。
珍しく、話してしまいたい気分だ。
「人間らしさ、って何だろうな」
『えっ、何突然…』
戸惑うピクシー。
それはそうだ、この世界に殆ど存在しない人間について聞かれたところで…
『じゃあ、悪魔らしさって何?』
「え…」
反射された質問。
『悪魔らしさって何よ、包み隠さず言ってごらんなさいよ!』
どこか挑戦的な問い質しに、俺は挑発される。
「そうだな、残酷で狡猾、欲望のままに生きる化け物?」
それって、葛葉ライドウじゃないか?
そう思いつつ述べたが、そこで切り返される。
『それって、人間もそうじゃない!』
「…へえ、説明してくれよ」
『だって、残酷に殺しあってさ!狡猾さなんて人間の方が上よ、悪魔の方がよっぽど素直だわ!欲望だって結局抑えきれずに葛藤して、おかしな行為に奔って』
「…」
『悪魔の世のほうが平和よ!』
…おかしい。
何かがおかしい。
押し黙る俺に、気分を害したかと思うのだろう。
ピクシーが様子を伺うように離れず留まる。
(お か し い)
悪魔なんて、理解出来るはずも無かったのに。
一瞬でも、人間に嫌気がさした自身を
くびり殺したい。
『ねえ、ヤシロは人間に戻りたいって言うけどさ…』
ピクシーは俺に対して半分禁句となっている言葉を投げかけた。
『悪魔になっちゃおうとか、思わないの?』
「…俺が、完全な悪魔に?」
『このまま人間の居ない世界なら、その方が平穏に過ごせるよ?』
人間が存在しない世…
『だってさ…異質な存在を否定するのは、悪魔だろうと人間だろうと同じだから』
「だから、どっちつかずの俺は異端なのか?」
『…いや、だからなっちゃった方が楽だよって…』
「そうやって典型的な悪魔みたく、誘惑するんだろ」
『ヤシロ…!』
そうやって、楽な方へ、欲求が満たされる方へ…
本能の赴く方へ…!
「踏みとどまって、残った人間に縋る俺は、弱いのか?」
ライドウの言うように?
この世界で何も出来ぬように?
「ピクシーは何の目的が合って俺について来ているんだ!?」
『目的って…』
「だって、なにか自分に利得が無きゃ仲魔になんてならないだろう?」
俺はふつふつと、身体の奥底から湧き上がる何かを抑えていた。
衝動に駆られて、足早に進む。
「マガツヒか!?宝石か!?魔貨か!?」
『あ、あたしはそんなんじゃ…』
「最初の病院では利害の一致だっただろ?あの時俺がガキに食い殺されても何とも思いもしなかったんだろ!?」
『もう!やめてよ!!』
大声で糾弾され、俺の口はようやく閉じた。
こちらを見つめるピクシーの瞳。
愛らしい小さな…
『あたし、半分でも人間だったら…今涙出てたわよ』
「…ピ、クシー…」
『悪魔に感情が無いと思ってた?そんなの…嘘よ。あたしだって…あたしだって押し殺してるのよ!悪魔の自分が堪らなく嫌になる時があるわよ!!』
「…嫌に…?」
『でもしょうがないじゃない!そう生まれたんだから!ヤシロだって…病院で生まれ直したんでしょ?だったら、人間だった頃なんてのは前世よ!』
予想してすらいなかったピクシーの言葉。
彼女は何か思うところがあるのか?
「でも、記憶はしっかり残っている」
『肝心なところは残っちゃいないのよ!!もう…お願いだから諦めてよぉ!!』
そう叫ぶと自ら帰っていった、俺の内に。
殻に閉じこもるかのように。
(何か、知っている)
絶対、何かを抱えて俺について来ている。
諦める?
人間に戻る事を…って事か?

<ああああああっ!!>

鼓膜に触れない悲鳴にハッとした。
首の突起にビリビリと伝わる、悲鳴。
(蜃気楼か…?)
この階である事は間違いない。
おまけに、聞き覚えのある声だった。
(新田…!)
本当に此処まで来ていたなんて…
人間の友人達が普通に生き抜いているのだ
自分だけ悪魔なのが馬鹿みたいで酷い焦燥感に襲われる。
悲鳴…
酷い事を、されているのだろうか…
吊るされ搾り取られていたマネカタに、新田が重なって視えた。
うっ…と吐き気がして、近くのターミナルに転がり込んだ。
小さいターミナルだが、気持ちを落ち着けるには最適だった。
(かつてのクラスメイトが、悪魔に拷問されている…)
なんともぶっ飛んだ内容だが、夢でも何でもない。
先程貫かれた掌は、治癒がもう終わりそうだった。
その掌を握り拳に変える。
(人間らしい偽善で助けるか…)
何と云われようと、どうでも良い。
自我を保つには、人間の香りに縋るしかない。
それがクラスメイトだろうとライドウだろうと。
以前に比べ、治癒が早くなってきた身体を見てそう思った。



禍々しい妖気の滲む扉を開け放つ。
『ノックモ無シカ、礼儀モ知ラヌ小僧ガ』
部屋を埋める勢いの、渦巻く大蛇。
氾濫する濁流のように、荒々しい。
「すいませんね、猫をかぶる気分じゃないんで…」
売り言葉に買い言葉。
『千客万来ダナ…人間…デハナサソウダガ…サッキノ奴ト同様、拷問シテヤル!』
「さっきの、って…人間?」
『ソウダ、フトミミニ会イニ来タミタイダガ…捕マエテヤッタワ!!』
やはり新田か…
「俺が勝ったら、その人…解放してもらえます?」
ライドウに投げた方のスニーカーの紐を、縛り直しつつ聞く。
『馬鹿言エ、オマエガ勝ツハズ無イ』
「どうして?」
『ワシガ、ヘビー級ノミズチ様ダカラダ!!』
そのヘビー級であるミズチが、言い終わらぬ内に突進して来た。
床が砕ける音と共に、飛沫が舞う。
傷にはならないが、強く打ち付ける飛沫に肌が染まる。
(見た目通りだけど、火に弱いのか)
避けて飛んだ先に、着地しつつ召還した。
「イヌガミ!ディース!」
『マチクタビレタゾ!』
『御指示を』
呼んだ2人に対して、見せ付けるように躍り出る。
「俺に倣ってくれ!」
肺の奥から、意識を集中させる。
焼け付く感覚を轟々と吐き出す。
だが俺のファイアブレスに対して、ミズチも大人しいわけが無い。
『消シキレルカナ?』
<ブフーラ!>
俺の炎を喰らうように、冷気が包み込む。
ジュウジュウと相殺し合う蒸気が熱い。
熱気で内部から焦げるような感じだ。
『アギラオ!』
すると、視界の端からディースのアギラオがミズチに飛んでいった。
更に、俺の炎に重ねるかのようにイヌガミがファイアブレスを吐く。
『チ!ヨッテタカッテ コシャクナ』
ブフーラによる攻撃から、防御に転じたミズチが部屋を旋回する。
「助かったよ、2人共」
俺は仲魔に礼を言った。
『オヤスイゴヨウ』
『動向が怪しいですわ、お気をつけて』
いつものノリのイヌガミとは対照的に、ディースが警戒を呼びかける。
旋回しているミズチは、飛沫を散らしながら魔力を高めているようだった。
その動きに、下手に手が出せない。
『ワシガジキジキニ イザナッテヤルワ!』
ぐわり、と空間が歪む。
その空気はまさしくさっきまで居た蜃気楼だった。
だが、装置で入り込んだわけではない。
これはミズチの術なのだ。
「う…っ」
『お、おかしいですわ身体が…』
意識はなんとか保っているのだが、身体が変な動きをする。
『ソレーィ マケマケーィ!!』
先陣をきって奇行を見せたのはイヌガミだった。
ジャラジャラと魔貨をばら撒き始める。
この際魔貨はどうでも良いが、問題は“今それどころでは無い”という事。
『ヤ、シロ様』
ディースはふらふらとへたり込んでしまった。
魔貨を所持していないのか、精神力で抑え込んだのか…
イヌガミなんて意識まで侵食されているようだが。
「くそ、この…!」
こんな時に悪魔の身体のくせに…!と自身を呪う。
俺は混乱したまま、身体をまさぐっている。
辺りに道具が音を立てて散乱した。
混乱を回復するイワクラの水が、コロコロと遠くへ転がってゆく。
何をしているんだ俺は…
しかし、それすらどうでも良くなってきた。
ぼやけた空気が、闘争心を殺いでいく。
『フハハ!ナニヲシテイル小僧!倒スノデハナカッタカ!?』
余裕たっぷりのミズチが、俺の背にのしかかる。
水なのに解けない大蛇。
その圧に潰され、内臓が悲鳴をあげる。
「あふ…っ」
『ホレホレ!ヘビー級ダゾ!?コノママデハ圧死ダゾ!?』
段々と増す重量に、こいつの拷問好きな性格が垣間見えた。
ミシミシと、骨が軋んでいる。
『身体ハ人間ノママナノカ…不便ナ事ダ』
「!!」
ぱきりと音がした。
一点に重心を掛けられたのか、何処か折れたようだ。
『マダマダ折ル本数ハ沢山有ル、ジックリ楽シモウデハナイカ!』
「っぐ…」
俺の混乱が解ける前に、全身骨折するか。
はたまた混乱が解ける前に、また蜃気楼に呑まれるか…
先の見えない不安は、ゆるゆると空気に蕩けていく。
(このまま蜃気楼で死んだら…)
死んだ事に気付かないかもしれない。
いや、もしかしたら…もう実は死んでいるのか?
『ホーレホレ!』
「ひぎ…ッ」
だが、痛みだけは容赦なく降り注ぐ。
勢いをつけ、身体を震わすミズチの飛沫が辺りに衝撃を放つ。
撒いた魔貨や道具が、一様に円を描く形で辺りを凪いだ。


    Ave Maria, gratia …


突如その場の誰にも該当しない歌声が聞こえ始めた。
俺も上に居るミズチも、ビクリと身体が反射的に強張る。
歌声は、ちょうど眼前に転がってきた物から発されていた。
時間割を待ち受けにした携帯電話。
衝撃で開いて、受信知らせとして登録した曲が流れていたのだった。
適当に登録してあった“アヴェマリア”…
その、画面表示に、思わず目を奪われる。

[受信1件:新田 勇]

『ナンダアリャ…武器ナノカ!?怪シイ…!』
背から少し這い降りて、携帯電話に寄るミズチ。
俺は、そのミズチの尾にあたる範囲に指を喰い込ませた。
蛇は引っ張られる様に、携帯にたどり着く前に止まった。
『ナ…コ、小僧…!!』
「それに、触るなああっ!」
喰い込ませた指を更に潜り込ませる。
身体にまだのしかかる部分が、跳ね上がる。
俺はそのまま上体を捻り、胴体に抱きついた。
そして水の皮膚に歯を立てた。
『ギャアアアッ!!』
喰らい付いた所から、流し込むように炎を侵食させる。
気泡がボコボコと、ミズチの胎内を行き交う。
直に流れ込むファイアブレスに、沸騰する水蛇。
自分の触れる皮膚が、赤く爛れていくのが分かる。
そんな事は、二の次だった。
今は、ただこの悪魔を喰らい尽くす為だけに…
高揚していく。
瞳の奥がアツい。
あの、携帯電話は功刀矢代の物なんだ。
俺の物なんだ。
俺が功刀矢代であった証明なんだ。
それの為に、今は
人間を棄てる。



『申し訳ありませんでした、ヤシロ様』
『ウウ…メンボクナイ』
謝るディースとイヌガミを諭して、帰還させた。
混乱に耐性が無い2人を出したのは俺なのだから
2人が謝罪する必要なんて無い。
(俺だって混乱していたし)
未だぼんやりする頭を振り、しゃんとさせる。
あの携帯電話を見た瞬間
身体が動いた…あの受信表示。
俺この世界に来てから、携帯触ってもいなかったんだな…
むしろ、壊れていなかった事に驚く。
…そうだ、新田!
急いで奥の扉を開ける。
「新田!!」
人影に声をかけるが、どうもシルエットが違う。
「君が…ミズチを倒してくれたのか?」
マネカタ?…にしては、やけに強い気を持ち合わせている。
精悍な顔立ちの、髷を結い上げた男性。
「礼を言わせてくれ、ありがとう…私はフトミミという者だ」
「あ、貴方が…」
この人が例の…預言者?
「人でも悪魔でもない…ふむ、すると君がまさか…」
話を独りで進めるフトミミは、そこで衝撃的な発言をした。

「君が“人修羅”か」

…え…
どういう。
「いや、俺は…確かに半分人間ですけど、その…人違いじゃあ…」
ああ、そうだね、と言って欲しくて
かけた言葉も
呑まれていく。
「いや、夢のお告げで視たよ。半人半魔の少年が、人修羅が我らを救ってくれる、と」
熱く語るフトミミはどこか嬉しさすら滲ませている。
「俺は、ただの功刀矢代と言う者で…修羅では、人修羅では無いです」
「そうか?だが私は自分の夢を信じて、勝手に呼ばせて頂くよ“人修羅”と」
「…」
脳髄を、殴られたような衝撃。
捜し求めていた存在。
世を創世する男。
それが…自分自身?
(いや、夢のお告げだろう)
信憑性に欠ける。
だが、人修羅について提言するデビルサマナーの表情を
今になって思い出す。

<僕は人修羅を知っている>
<人修羅に会って、どうしたいの?>

それを口にする際の、彼の口元。
こちらを嘲る様な、哀れむ様な。
まさか、まさかあの男。
(知っていて…俺を泳がせた)
葛葉、ライドウめ…!!
どうして、いつも俺を絶望に追いやるのだろう。
「人修羅よ…君、そういえば誰かの名を呼んでいたが」
フトミミの語り掛けに我に返る。
「人間の少年が捕らえられていませんでしたか?帽子をしている…」
するとフトミミは向かいの扉を指差し、促す。
「早く行ってあげなさい、随分と痛めつけられていたようだから」
「やっぱり…!有難う御座います」
一礼して離れると、背後から引き止められた。
「あ…いや申し訳ない、ひとつ確認させて頂きたくてね…」
「なんでしょうか?」
「あの帽子の少年は…創世について何か語っていたかな?」
新田が?
「いえ、あいつは普通の人なんで…そんな事は何も」
するとフトミミは顎に拳をあてがい、考え込んだ様子で溜息を吐く。
「そうか、いや実は彼から妙な気を感じたから…少々警戒していたのだよ」
「妙な…気?」
いいや、気にされるな。
そう言って、今度は背を押してきたフトミミ。
俺はどこか釈然としないまま、扉を開けた。


ターミナルの石柱に寄りかかる人影。
よれた服に、どこか痩せたようにも見える体。
落ち窪んだ眼。
「よぉ…今更なんの用だ?人修羅さん?」
新田は、聞いていたのか…
俺を人修羅と呼んで、笑った。
「新田、お前はもう…安全な所に居ろよ」
「安全な所って何処だよ」
「独りで人間が歩き回るのは危険だ」
「橘サンは良くって?俺は駄目?俺には無理ってか?」
ハッ、と鼻で笑って帽子をかぶり直す。
「先生…とか、お前とか、もう、どうでもいいんだ」
壊れた機械のように断続的に発された言葉。
「新田、俺は先生を恨んではいるが殺したいとは思っていない」
「だから、助けるよ…って、云うのか?」
石柱に手を当て、遠くを見ている新田。
心はもう此処に無いようだった、
「お前、先生が東京受胎を引き起こした時傍に居たんだろ?」
「…ああ」
「先生、その時俺が何処にいるかなんて考えすらしなかったんだろうな」
「…」
「お前さえ生き延びりゃあ…他はどうだって良かったんだな」
そう云いながら、新田は石柱に額をつける。
「所詮皆、自分が良けりゃ良い…友人も、模範であるはずの教師も」
「新田!」
「俺もお前を…どうでもいい、と、思っていたよ」
心が暗転する…
人間という俺を繋ぎ止める架け橋が、揺らぐ。
音を立てて崩落してゆく。
「俺は真理をアマラの中に見出したんだ…邪魔はさせない」
石柱に光が宿り、新田の体は呼応しているかのようにその輝きを纏った。
「新田!俺はお前をどうでもいいなんて」
「いつまでも他人行儀に遠目から見ていたお前に!友人を語る資格は無ぇ!!」
そう叫ぶと、彼の体は雷鳴のような轟きと共に消えていく。
「俺のオトモダチはあっちに居る。ほら、俺を呼んでいる…じゃあな、悪魔」
駆け寄った時には、その体は跡形も無く引き込まれていた。
俺の橋は
跡形も無く崩落した。


部屋から出ると、フトミミがマネカタ一同を招集していた。
人の良い笑顔で俺に聞いてくる。
「ご友人は無事だったかい?」
俺は笑顔で返そうと思ったが、どんな顔をしたのかすら分からない。
笑顔って…意識しなきゃ作れないものだったか?
「友人じゃ、ないんです」
「おや、そうか…余計な詮索をしてしまったね、失礼した」
マネカタ達は、理想郷の為にアサクサを復興する…と奮起していた。
これから向かうので、良ければ立ち寄って欲しいと人修羅である俺に呼びかける。
適当に返事して、見送った俺は、入り口近くのターミナルに戻った。
そして、空っぽの頭に新田の言葉を反芻させていた。
友人を語る資格無し…か。
俺はあいつみたく、大勢とつるむ性質では無かったし
誰かと常に居たい、とも思わない人間だった。
でも言われると結構、堪えるものなんだな。
あのままアマラに呑まれ、消え行くのだろうか…
身体の治癒状態を確認する。
水ぶくれはすっかり落ち着いている。
浮いた余計な皮膚をビッと剥がし取り、火の吐息で焦がした。
炭化して散っていくその老廃物を目で追った。
澱んだ大気に混じり、分からなくなる…
俺はふらりと、捕囚所を出る。

久々のカグツチが眩しい。
俺はポケットを探り、携帯電話を取り出した。
スライド式は嫌いなので、折りたたみの携帯。
ぱちりと開ければ未だ表示される未読メール。
[新田 勇]の横の友人アイコン表示に自分を殴りたくなる。

俺は持てる力を振り絞り、その携帯を思い切り振りかぶって
遠くへと投げた。

この白い
混沌とした砂漠に混じり、分からなくなる…
砂塵に埋もれ、風化するだろう。
カグツチに照らされ、一瞬煌いた携帯は
見えなくなった。





『全く…我を置いて先走りおって!それともわざとか?』
「申し訳ありませんゴウト」
『…の割には口が笑っているなお主』
「蜃気楼の中では大した事は無かったですよ、ご安心下さい」
『…どうだか、また人修羅を嬲っておったのではなかろうて?』
「…さあ?ヨシツネに聞いたらどうです?まあ酔っ払っていますけど」
『あの馬鹿悪魔め…というかお主何処へ向かっておる?』
「この辺りだと思うのですが…」
『おい、砂漠で失せ物探しか?冗談は止せ』
「ああ、ありました」
『早ッ』
「動体視力には自信がありまして…」
『おい、なんだそれは?砂まみれではないか…』
「…秘密」

蜃気楼・了