三位一体

 
『ディアラマ』
「ありがとう…」
ディースの眼は、閉じていても何故か訴えて来る。
その責めるような圧に少々たじろいだ。
『何故いつもそのように無茶をなさるのですか?』
「いや、呼べなかっただけだ、そんな暇さえ与えてくれなかったからな」
妖魔のもたらす癒しの光が霧散した頃には、傷口はほぼ判らなくなっていた。
この肉体、何処まで無茶が可能なのだろうか?
折れたかと思った鼻も、触れば異常も無さそうで
歯だって、へし折れ抜けている筈なのに。
(これ、すぐ生えている、よな)
今まで何度か生え替わっていると考えると、ゾッとする。
損傷すれば、強く再生し直すのか?
ディースの言う無茶、はしているつもりでは無い。
本能的に“可能な範囲”を模索している、のだ…

「まあまあ、そう責めるなよレディ」
横槍を入れるダンテに、少し間を置いてから返答するディース。
『私は妖魔ディース、レディ等と呼ばれる立場にはありませんわ』
「眼ぇ開けてりゃ美人が5割り増しだぞ」
聞いているのか、思った事をズケズケ述べるのはさすが異国の人。
『ペトラアイされても良いのでしたらお見せしますわ』
「石化は俺にゃ効かないから、好き放題拝めるってわけだな」
まあ!と憤慨するディースを隣に、俺はダンテに文句した。
「あまり俺の仲魔をからかわないでくれ」
彼は一瞬ニヤリと笑うと、そのまま先陣をきって大きな歩幅で歩んで行く。
その後を連なって、俺達は追う。
『ヤシロ様、ピクシーはどうされました?最近見ないのですが…』
ふと掛かるディースからの台詞に、歩きつつ答えた。
「彼女、最近機嫌悪いから」
『…喧嘩されたのですか?』
以前、似たような事を他の仲魔にも云われたような気がするが…
俺は溜息を吐き、そっけなくする。
「そう取ってくれて構わない」
『彼女ヤシロ様の事となると神経質ですからね、しょうのない話ですわ』
フフ…と笑うディース。
俺が今、ピクシーを呼ばない理由がもうひとつ有る。
ダンテだ。
マントラでの対峙が久しいが、あの時の2人のやり取り。
違和感。
いらぬ軋みを生みそうで、恐いのだ…

「別に、呼んだって良いんだぜ?ヤシロ」
突然掛けられた声。
ディースの微笑みが前方に消える。
ダンテが、背を向けたまま俺達に刺す様に言う。
「あのお譲ちゃんの、カマトトぶりをブチ壊してやりてぇんだよ正直な」
その言葉の端に見え隠れするのは、殺意か。
冗談なのか本気なのか。
俺は尚の事ピクシーを呼ぶ気が失せた。
「彼女とどんな確執があるか知らないけど、今の俺には関係無いだろ?」
少々怒気をはらんだ俺の返事に、ピタリと足を止めた悪魔狩人。
俺達も警戒し、すぐさま停止する。
「…まぁ“今回のお前”には無関係かもしれんがな…」
くるり、と振り返る彼の髪が煌く。
光玉のチラつきが、銀糸にそれを思わせた。
「でもな、今回のお前は“前回のお前”と同一なんだぜ?」
歩み寄るゴツいブーツが、砂利を鳴らす。
その眼が光るのを見て、思わず口にしていた。
「ダンテって、何者なんだ?」
「昔、説明した」
すぐ切り返された返事に納得がいかない。
「ダンテと旅したらしい日々は記憶に無いんだ」
あなたについての情報はゼロなんだよ。
そう云う俺に、彼はどこか遠い面持ちで小さく呟く。
「お前と、同じだよ」
その言葉が消えぬ内に、俺は顎を掴まれていた。
上から見下ろしてくるブルーグレーの眼。
その眼に、俺が映っている。
『ヤシロ様…』
咎めるようにディースがダンテを睨む。
「心配すんな、男同士の話があんだよ」
無茶苦茶なダンテの理由に、ディースも困惑しているようだ。
俺は身長差で苦しい首を、早く戻して欲しくて腕に指を添わす。
「普通に話してくれよ…っ」
「俺はな、お前とはこうして話すのが1番手っ取り早いと常々思ってた」
俺の、その指がそのまま行き場を失くす。
ダンテの眼が俺を捉えたと思った瞬間。
身体が弛緩して、頭が真っ白になった…
其処に見えているのは、ダンテか?
俺を掴むその腕は、何故そんなに硬質なのか?
有機的な艶に、鮮血の様な真紅が生える。

「見えたか?俺の半身が…」

眼しか見えないダンテが、脳に語りかける。

「お前と同じ、半端者なんだよ…」

そのまま、俺の意識を蝕むように、ダンテの声しかしなくなる。

「だがな、そのどちらに傾くかは…俺が決める」

人間…と、悪魔…の?

「ダンテとしての、俺が選んだ道が今なんだ…お前が自分で決めれないのなら…俺が決めてやってもいいんだぜ?ヤシロ!」

もう片方の赤い腕が、俺の前に振りかざされた。

 キィン

突如した金属音に、俺の視界の霞が晴れる。
目の前には、異形に化身したダンテと思われる姿があった。
そして、俺に下ろされたと思ったその腕は
見覚えのある刀を受け止め、ギチギチと鍔迫り合いの様な音を立てていた。
「…よぉ、やっぱり良い刀じゃないかそれ」
刀を持つ手が、篭められる力で震えている。
その手元から、徐々に視線を上げればやはりあの男だった。
チッと小さく舌打ちして、抜刀したまま背後に跳んだ。
「やはり、魔人化した貴方には効かないようですね」
帽子のつばを掴み、その面立ちが光玉によって照らされた。
「ライ、ドウ…!」
まだ俺を掴んで離さぬダンテの腕が、俺の発声を妨げていた。
「君、馬鹿じゃないのか?自分を殺すと公言する者に付いていくとは…」
ライドウの口調はいつものままだが、どこか荒い。
「何苛立ってんだサマナー?俺がコイツを喰い殺すとでも思ったか?」
挑発するダンテは、そう云うとようやく俺の顎を離した。
つま先立ちから開放され、バランスを失う俺の肩を押さえつつ
その化身を解いていった。
腕が生身の感触に変化してゆく。
「まあ、安心しろ…この世界じゃ魔人で居られる時間はこんなモンだ」
フゥ、と息をつきダンテはライドウを見た。
明らかな挑発に、俺は気が気でなかった。
必要ない事をするダンテに、文句を言う前にライドウが遮る。
「でないと話になりませんからね、助かりました」
いつもの笑みが、今回は更に恐い。
俺はディースに、無言で臨戦態勢を取るよう促した。
ライドウの方は…単独、のようだが。
「ヤシロ、お前今何呑んでるんだ?」
急なダンテの質問に、ああマガタマか?と解釈して急ぎ答える。
「イヨマンテ」
「まぁたそれかよ!お前魔力の高いやつ今すぐ呑め!」
その呆れが混じる声音に、またってなんだよ…と思いつつも
意味があっての要求と感じる。
だが、すぐ呑むなんて…
隙が生じるし、ライドウの前でだなんて。
(絶対、嫌だ)
我侭と言われようが、本気で拒絶する自信がある。
そのままでいる俺に、ダンテはそろそろと向いた方向を変えず寄る。
「人前で呑むのやっぱり嫌なのか?」
「…」
「しょうがねえな、全く!」
ダンテの腕が俺の首をがしりと掴んだ。
「ちょ…何す」
俺の反論が途絶えた理由は、掴まれた部分の所為だ。
項から生える突起。
この妙な感覚の器官は、俺の弱点な気がする。
掴まれた箇所から、電流のような痺れが来た。
「ひっ」
「ビビんな、俺の眼を貸してやるからよく見てみろ」
急な視界の変貌に息を呑む。
いつもより、目線が高い。
そして、ライドウが見えたのはさっきと同じだが…
(なんだ、何か見える…)
その背後に揺らめく影が、さっきと違った。
腕の篭手に記憶が掘り起こされる…
あの捕囚所で、俺を背後から羽交い絞めにした悪魔!
それが認知出来たと同時に、視界が帰って来た。
幾ばくか低くなった慣れている高さに安堵をしつつ、ダンテに礼を言う。
「ありがと、今までさっぱりだったよ」
「お役に立てて何よりだ」
突起から離れていく手を確認したが、俺の視界にも写り続けるあの悪魔。
黙っていたライドウが、顎をくい、と引き言い放つ。
「おいヨシツネ、隠し身…もう解け」
『はぁ?何がだよ』
「認識されたらこの場ではもう無意味だ」
どうやらヨシツネというらしい悪魔が、鮮明に見えてきた。
「そんなんじゃお前、サマナーに勝てないわけだ」
今だけは仲間の筈のダンテにそんな台詞を吐かれ、俺は恥ずかしくなる。
今までああやって、ライドウの周囲を悪魔が付いていたと思うと…
俺に勝ち目のある機会なんて無かったのだな、とがっくり来る。
「でも…どういう風の吹き回しです?その少年を助けるだなんて」
嘲るような悪魔召喚師に、悪魔狩人が応える。
「俺は半分悪魔だから気紛れなんだよ」
「そんな事でその少年が殺せるのですか?」
あくまで強気なライドウに、怒る事もせずダンテは返す。
俺は出る幕が無い。
と云うより、出て行きたくない。
2人の殺気が濃密になっていくのが嫌でも分かる。
「俺になついたヤシロを見て、苛立ちを抑え切れない…ってのも解らんでも無いがな?」
勝手になついた事にされている。
「へぇ、それで殺せずに貴方はまた彼を救えないわけですか」
「だが、お前のコイツに対する所業も救済には程遠いな?」
「毎回同じ鉄を踏むより断然マシかと思われますがね?生産的で」
「ま、1回目のお前さんには分からないかもしれねえな」
「繰り返す予定はありません」
「俺みたいな暇人とは違うってか?」
「僕には任務が有りますから」
「今やってるのは任務外だろうな?私情を入れまくってるようだが…」

「待てよ!」

俺の叫びに、両者がドス黒い応酬を止めた。
「好き放題言ってくれるがな、俺は殺されたくないし、悪魔になりたくも無い!」
ダンテに殺されたくないし、ライドウの思惑通り悪魔になりたくも無い。
「だからその言い合い、止めてくれよ…困るんだよ!」
どいつもこいつも、俺を利用したり勝手に所有物の様に見たり。
沸々と感覚が煮えてきた。
「ヨシツネ、相手して来い」
俺の視線とライドウの視線が絡んだ瞬間、ライドウが命じた。
『え?俺かぁ?』
「彼興奮してきたみたいだから、丁度良いだろ?」
ニヤ…と哂って此方を見てくる。
悪魔を見る目で。
『ま、隠し身で身体コってんだし…ほぐすにゃ良いかもな!』
しゃらりと二振りの刀を携えたヨシツネが、俺を見る。
獲物を定める時の目付き。
俺は言われずとも、やってやるつもりだった。
思考回路が狂い始めたのだろうか、今は敵を容赦無く殴りたい。
あの俺を羽交い絞めにした腕の一本でも折ってやりたい。

「おい、ヤシロ…」
「悪魔狩人!貴方の御相手は、この葛葉ライドウが致す!」
どうやら、ライドウはダンテにまかせて良さそうだ。
寧ろ助かった。
あの男の相手なんて、可能な限りは避けたいものだ。
『おい!お前の血でこないだ酔ってちまってよぉ』
一方ヨシツネが、俺に目掛けて刀を突き出してきた。
ギリギリで避け、俺の髪がはらりと微量舞う。
『酔いやすいが、銘酒にゃ目が無ぇんだよっ』
遅れてもう一振り。
そのバラついたタイミングが読めずに、俺の腹を裂く。
「ぐぅッ」
熱い…!
でも俺はその二振り目の後が一番のチャンスだと感じ
その場に踏みとどまった。
ヨシツネの顔目掛け、横から蹴りを入れる。
『っと!!』
だが、斬り込んだ勢いのまま前傾姿勢になった彼には入らず
烏帽子をかすめた。
でも、反撃はさせない…!
「燃やせッ!」
『アギラオ!!』
控えさせたディースから放たれた炎が、ヨシツネの動きを緩慢にさせる。
燃える武者鎧をそのままに、ヨシツネは烏帽子を直し笑った。
『はっはあ!おぼこみたいな見目の癖に粋じゃねえかよ!!』
(お、おぼこ…!)
とりあえず馬鹿にされているのはよく分かった。
「主人に似て、最低…っ」
俺はヨシツネに侮蔑をぶつけ、その燃え滾る甲冑目掛け飛び込む。
刀の相手には、いっそ懐へ飛び込むのが良い気がしたからだ。
そのままヨシツネの腕を掴み、鳩尾に膝をめり込ませた。
『げっ!この…!!』
腕を捕られまいと、抵抗するヨシツネ。
流石悪魔、帯刀している癖に腕力の方もかなりのものだ。
このまま少し上を向いて、顔面にファイアブレスを吐いてやっても良かったが
この悪魔、炎は耐性でも無いのに平気な顔をしていた。
怯まぬ攻撃は自身の隙を生むだけだ。
『しっかし!お前見るからに軽そうだよなあ!?』
と、突然叫ぶヨシツネが両手を開く。
落下してゆく刀二本に気を取られた俺の腕は
いつの間にやら逆に掴まれている。
そのまま背後に倒れつつ、ヨシツネは俺の両手首を掴んだまま投げてきた。
流れる視界の隅に、落ちた刀を拾うヨシツネが見えた。
刀を携え、すぐに向かってくるのだろう。
俺は転地逆さまに背から壁にぶつかるところを、脚を伸ばす。
背が叩きつけられる前に、壁を踏みしめ…
「まだだッ」
そのまま勢い良く壁を蹴伸ばし、ヨシツネに跳んでいく。
『っ!まじか』
まだ構えていないヨシツネに、引っ掻くように圧を篭めた腕を振るう。
甲冑の袖が、千切れ飛ぶ。
裂ける肉が指を温かく包み込む。
(駄目だ!これじゃ致命傷にならない!)
そんな恐ろしい事を瞬時に思い、俺はヨシツネの首に手を掛けた。
だが、滾る血とは裏腹に
その生々しい感触が、俺を我に返す。

人の首を絞めて、へし折ろうとしているのか、俺は…

本当に躊躇したのは一瞬だったというのに、命取りだった。
俺の両脚を綺麗に斬り込むその刃が、赤い飛沫を空に撒く。
「あぅ!!」
抱え込み、しがみ付く形だったのが
どさりと地面に伏してしまい、無防備になる。
『ヤシロ様!』
『動くんじゃねえ!』
ディースを言葉で制す。
俺に刀の切っ先を向け、彼女に見せ付ける。
『く…卑怯ですわ』
唇をかみ締めるかのようなディースの苦しい声がした。
『悪魔も人間もそんなもんだぜ?』
義経が云う辺り、皮肉というものだが…
『さて、勝手に殺すわけにもいかねえしな』
ライドウの命も無く殺すのがマズイらしい。
とりあえずこの瞬間に、命の灯火が着えるわけでは無いらしい。
(下手に動けない)
一撃を大事にしろ、とは誰が云ったっけか?
反芻されるこの教えを説いた人間を思い出すと腹立たしいが。
(それでいつかお前を八つ裂きにしてやる…)
葛葉ライドウ…!!
「はあっッ!」
気付かれぬように、溜めた気合を一撃に集中させた。
刀身の横から力を与える。
バキリ、と気持ちの良い音が伝わってきた。
おまけに二回。
俺の手刀で刀が折れる快感。
『な、ああっ!?お前』
柄から伸びる刀身が短くなり、焦るヨシツネ。
『ディアラマッ!』
隙を見たディースの回復が俺に伝わる。
届く範囲であった事に安堵しつつ、治癒した脚で蹴りを入れる。
脚をすくわれ転倒するヨシツネに、俺は馬乗りになる。
その瞬間、信じ難い感覚に支配される。
(っ…ゾクゾク…する!)
これから一方的に打ちのめすであろう予感が、身体をアツくする。
そのまま腕を引き絞り、下ろす―――

「う…っ!?」
手の甲に、赤黒く穴が開いている。
ドクドク流出する赤い液体と光が、それを損傷だと認識させた。
「ヤシロ!そっちに何発行った!?」
ダンテの声がしてくる。
俺はヨシツネの上から退き、ディースに駆け寄った。
「手に、一発喰らった…だけだと思う」
大した傷では無いが、あれの出処が肝心なのだ。
「悪いな、一発逃しちまった」
ダンテがこちらに余裕の足取りで歩いて来る。
俺の眼前に突き出した拳を開けば、バラバラと弾丸が零れ落ちていった。
「これ、食い止めてくれたのか?」
デビルハンターダンテ…恐ろしい男だ。
だが同時に、ダンテと交戦しつつ此方に照準を合わせた男も・・・
「なんだ、一発だけだったのか…腕が鈍ったかもしれない」
外套をはためかせ、その悪魔召喚師がそんな呟きを漏らす。
「…」
「あいつ本当に人間か?クレイジーってやつだ」
思わず沈黙する俺に、笑って云うダンテ。
2人の次元についていけない。
「ヨシツネ、お前があまりに無様だからと思えよ」
『おいだってよ、俺得物が折れちまってんだよホラ』
「言い訳してる暇があるなら早く納刀しておけ」
『へいへいわぁ〜ったよ!』
向こうでヨシツネとライドウが何やら話していたようだ。
ヨシツネは折れた刀を鞘に納めた。
それを確認したダンテが俺に話す。
「残念だなヤシロ、あの刀は鞘に納めてりゃあジワジワ復活するらしいぜ」
「えっ」
「折り損ってやつだな」
そんな問題か?と思いつつダンテを見た。
細かい傷を作ってはいるものの、軽症程も喰らっていない。
一方のライドウはと思い、ちらりと覗き見る。
遠目に見れば、普段と大差無いが…少し歩き方がおかしい。
結構深刻なダメージでも受けているのだろうか?
「功刀君、今回はお暇させてもらうよ…その助っ人がやっかいだからね」
そう云うと、ライドウは管をするりと引き抜き額に当てる。
その管から光り輝きながら悪魔が召喚された。
蛍光色を纏い、羽を震わす。
『ええっ、ライドウがケガしてる!?嘘ぉ』
まるで厚着の子供みたいな悪魔。翼をはためかせて驚いている。
その間の抜けた第一声に、ライドウが口元で笑う。
「僕だって怪我するさ、だから一度退く」
『えへへぇ〜了解ぃ!マハザンっ』
その少女の悪魔と一瞬目が合った気がする、が
すぐに砂塵が舞う。
ともすれば落盤しかねないこの洞内で、吹き荒れる衝撃は
俺達の足を留まらすには充分だった。
「ライドウッ…」
「じゃあね、半端者のお二人さん」
俺の忌々しげに呟いたコールは
嫌味でさらりと返された。
舞う砂が収まった頃には、ライドウ達は姿をくらませていた。

「逃げてった…?」
俺の誰にとも宛てていない言葉に、ダンテが口を開く。
「正解だな…光玉だって無限じゃあないだろうし、ライトマ使える奴だって殺られりゃ終りだ」
「…いや、ダンテが居れば何とかなるだろう?」
正直な心境だったが、それを聞き微妙な表情をしたダンテに
俺は悪い事をした気分になった。
「お前なぁ、俺はこの坑道でのみと云ったろ?そもそも俺の目的は何だ?」
「…俺を殺す事」
「そういう事だ。今度あのサマナーに遭った時、お前はまともにやりあえるのか?」
それを云われては、ぐうの音も出ない。
いくらダンテが強くても、それは自分の首を絞めている事と同義だ。
だって、ダンテは俺を殺すの…だから。
(あの、魔人と化したダンテ…)
人とはとても呼べぬ、異形だった。
でも、中はダンテという個人そのものだった。
悪魔になっていても、本質は変わらないという証なのか?
でも俺は…
「俺は…完全に悪魔になっても、自我を保てるのかな」
「それは、分からない」
断言するダンテに、疑問を抱く。
「今までに例があるの?」
そう聞いた瞬間に、ダンテの表情が曇る。
ブルーの眼が、泳いだ。
「あるのさ、だから…お前には…」
そこまで云うと、もう口を閉ざしてしまった。



光が見える。
「ホームか」
いよいよ見えてきた出口に、俺は緊張してくる。
此処を出れば、今傍らに居る男は狩人となるのだ。
出た瞬間にけしかけてくるのか、それが気になってしょうがない。
「ダンテ、此処までありがとう」
「おう」
「鬼もライドウもキツかったけど、ライジュウ捜しまで手伝ってもらってしまって」
「ハハッ、あのまま迷子は可哀想だろ」
この会話が出口まで続くのだろうか…
嫌な汗が滲む。
「しっかしニッポンの駅ってのはゴミ箱が少ねえな、俺のスラムにゃんなモン無いから云えたもんじゃないが」
ダンテからの意外な発言に、気も漫ろな俺が慌てて答える。
「道端にも殆ど置いて無いよ、この国」
まあ、この世界は国とかそんな形容をすべきでは無いとも思うけれど。
「じゃあココで棄てていくっきゃないな」
「…!」
項から頭にかけてを、大きな手で掴まれている。
そのまま下に手を滑らせれば、首の骨なんて簡単に折られてしまうだろう。
警戒していたつもりが、俺は浮き足立っていただけだったようだ。
「まだ、階段を上がっていない」
俺の指摘する声は、まるで駄々をこねる子供に近かった。
「この辺が俺の思う出口だ」
ああ、こういった気紛れなところが悪魔か。
妙に納得して、押し黙る。
やりあうつもりは無い、そんな事をしては俺の身体がもたない。
少しでも隙が出来れば、逃げれるか…
仲魔を一体でも召喚しておくべきだったか?
いや、すぐにやられてしまっていただろうから無意味。
「ヤシロ、今すぐ選べ」
「…何、を?」
掴まれたまま、ダンテから降りてくる言葉が
俺の神経を揺らす。
「ゴミ箱か…」
「…」
「俺と死の追っかけっこを、この先も続けていくか」
答えはすぐに選定された。
「あなたがオニのままでいいよ」
俺の答えに、ダンテのニヤリとする様が見えた気がする。
「じゃあ、今回はキリにしとくが…次逢った時は、気紛れで仲間になんてならないぞ」
「…ああ、いいんだ…だって俺、まだそんなに死にたくない」
俺が人修羅だったのだとしても、創世する気は持てない。
でも、このまま死ぬのも…怖かった…
「こないだのお前は殺せと云ったり、忙しいなあ?」
「今の俺は“こないだの俺”じゃない」
まるで俺を通り越して、誰かを見ているようだとは思っていたが…
その誰かと俺の間に、もう一人居た。
“前回の俺”だ…
それが何故だか、悲しかった。
「じゃあな、ヤシロ…!」
いっそう強く掴まれた首元。
俺はまるで人形みたく、そのまま地上へと向かう階段上を飛ばされていった。
放物線を描き、白い砂漠へどさりと身が落ちる。
「いっつ…」
しかし、もう手を貸してくれる人は居ない。
「けほっ…」
砂を吐きだし、俺は白い景色をとぼとぼ歩き出す。
(アサクサに、行くか…)

何故だか、肌寒くて…
あの、コートの温かさを思い出していた。


三位一体・了