アサクサ

 
(不味い…)
鉄の味。口内が血の臭いで満たされている。
少し学生服の裂け目を捲ってみれば
肉の層が見えていた。
これが葛葉としてサマナーの霊力を受けていなかったら
きっとショックで身体はまともに動かぬ筈だ。
「ヨシツネは戻れ」
『ええっ、お前さん独りで大丈夫なのかよ』
「刀も無い武士に用は無いからね、イヌガミに索敵させる」
『へいへい、刃を折られる間抜けですよ〜オレは』
文句を垂れる傍らの鎧武者を、管に戻す。
入れ替わりに、使い慣れた戌を呼ぶ。
『アオーン!ライドウ、ナニヨウ?』
「落ち着ける場所まで移る、半径10メーターは探っておけ」
『リョウカイ』
「ぬかるなよ、今の僕は簡単にお前達も捨て置くからな…」
『ショウチシテイル』
冷たい指令だが、これでボイコットするような輩ではない。
僕が彼等を手駒として使役する事に、疑問を抱かぬ連中なのだ。
そのような悪魔を選んだ。
きっと僕が手負いな事も、好奇心をそそられているに違いない。
『ライドウ、ミギツウロ、アクマ5タイ』
「了解」
イヌガミの声が、直接脳内に響く。
その通達通り、避けて坑道を進んでいく。
このイヌガミは特別だった。
戦闘能力は期待出来ないが、手塩にかけて育てた。
長時間の隠し身、深い読心術、意識転換…
戦っていくにあたって、便利な技を鍛え上げた。
まあ、イヌガミが居なくとも人修羅の心は読み易いのだが。
『ライドウ、コノフロア、カラニナッタ』
「そうか」
僕は密室となる空間をいくつか覗く。
一箇所、空になった宝箱が漂っている空間を見つけた。
ここに留まろうと、そのまま内部から戸を閉めようとする。
「ゴウト、入らないのですか?」
閉めようにも、こちらを冷たい視線で射る猫に阻まれた。
『其処に何用だ?』
「ターミナルまでかなりありますから、小休憩です」
『…フン』
鼻を鳴らし、ようやくそろそろと入ってきた。
「宝を収穫してある、もう此処に彼等は来ない筈ですからね」
『成る程…しかしだな、ライドウよ』
ゴウトのお説教かと思い、僕は既に外套を取り払い壁際へと腰を下ろした。
『怪我の程度は?何故回復術を受けぬ?』
ゴウトの言葉に、僕はニヤリと口元が綻ぶ。
悪戯でもするかのように、学生服の上を肌蹴て見せた。
『な、お主…』
言葉を失い、じっと傷口を見つめてくるゴウトに
僕はこれ以上説教が下らぬよう理由を投げた。
「術を受けても、この傷では治癒が進みませんからね」
『ふぅむ…あの悪魔狩人…恐ろしいな』
わき腹をザックリとやられた。
(胴はかなり警戒していたつもりだったのにな)
空中でも、まるで重力が味方するかのような動き。
あれが人ならざる力か…
(便利なものだ)
自身の傷を見て思う。
人間の肉体では、回復術を受けたところで完治は遠い。
その処置の為、ホルスターベルトの裏に入れ込んだ道具を取り出す。
『…お主、それは何だ?』
ゴウトの言葉を聞き流し、イヌガミへと命令する。
「良しと云うまで、この部屋に接近する奴が居ればすぐ教えろ」
『リョウカイ』
勝手に進める僕に憤慨し、ゴウトはフーッと威嚇してきた。
猫らしくて、その仕草はお気に入りだ。
『その道具は、何かと!聞いておる!』
「針と糸ですが」
『いつの間にそんな…』
「新宿衛生病院から拝借しておきました」
膝上に敷いた外套に、道具を置く。
「イヌガミ、悪いがブレスだけ此方に寄越せ」
『リョウカイ』
僕の指令に従い、戸の傍からイヌガミが炎を僕に向かって吐き出した。
轟々と灼熱の煙が、僕の手元まで届いた。
その火に鈎針を潜らせる。
「完璧な距離と温度調整、お見事」
『マカセロ』
僕の真面目に褒めている内容がおかしいのも相まって
尻尾を微妙に焦がしたゴウトがいきり立つ。
『おいっ!我が燃えかけたぞ!!』
「避けると思い、忠告しませんでした」
『ふ、ざけるなっ!たわけっ』
ヒゲまで痙攣させて、余程吃驚したのだろう。
確かに熱滅菌するのにブレスはやり過ぎだが。
『…で?…その糸は何か聞いてもいいか?』
「モノフィラメントナイロン」
『物の種類では無いっ、それで何をするか聞いておる!』
鈎型の針に、糸をくぐらせた。
小型の鉗子を片手に持つ。
「何って…縫合ですよ」
『…は?』
唖然とするゴウト。
このままでは埒が明かないので、半分無視して事を進める。
わき腹の肉が、きっちり合わさったのを確認してから
深く息を吐く。
鉗子で摘んだ針で、ずぐりと貫通させる。
鋭い針は簡単に皮膚に潜っていってくれた。
そのまま突き出た先を、また鉗子で掴み糸を引っ張る。
『お主は医学生ではなかろうて!』
「ヴィクトルの手元を見てますから、大体解りますよ」
『麻酔も無しか』
「麻酔こそ感覚が鈍って危ない、この状況ではね」
一針一針、縫い上げる毎にゴウトが眉間に皺を寄せる。
本来その表情をするのは僕だろうに。
「裁縫なんて、家庭科以来でした」
哂って云う僕に、ゴウトは呆れ果てている。
そのまま落ち着いてくれれば楽だな、と思いつつ
傍のホルスターから引き抜いた管を放つ。
悪魔内でも、幼い部類に入る仲魔が召喚された。
『ああっ、今度は縫ってある!』
「ショボー、回復」
『はぁ〜い』
その縫合した上から、モー・ショボーにディアラマをかけてもらった。
これで移動しても、治癒が滞りなく経過するだろう。
『ねえねえ、ライドウ!さっきの悪魔って敵?』
「どちらが?」
『模様があった方!』
人修羅の事か…
敵味方では区別出来ないな、と思い適当に
「調査対象」
と返事した。
すると彼女は、翼をはためかせうっとりとした。
『あの悪魔、ステキ…!!』
「…別に向こうに付いてくれても構わないが?」
『ええ〜!ちょっと!ショボーに未練無いのぉ!?』
「無いよ」
『さっすがライドウ!そこがステキ!!』
惚れっぽいのだ、彼女は。
『何てお名前なのかしら、あの悪魔さん』
「クヌギヤシロ」
『ヤシロ様…あぁ〜ヤシロ様』
「殺しあう事になっても、お前はその調子で大丈夫なのか?」
あの悪魔狩人みたく、心まで奪われてしまわぬか…
一応悪魔である彼女に聞いてみる。
彼女は幼い薔薇色の微笑みを浮かべて云った。

『ヤシロ様の脳味噌をショボーの嘴で吸い出したいなぁ!』

…フ、と僕にまで笑みが伝染する。
彼女は紛う事なき、悪魔だ。
『ヤシロ様、どんなお顔するかしらぁ…苦しそうにする?』
「だろうね」
『その最中ずっとショボーの事で頭いっぱいになるかなあ?』
「きっとなるね、妬けるな」
その役目は僕に譲ってくれよ、と冗談めかして突っかかる。
きゃあきゃあ云って妄想に取り付かれたショボーは、管に戻った。
(その最中は、頭がいっぱいに…)
あながち、冗談では無かった。

『ライドウ!2タイ来ル…』
突如、脳内が切り替わる。
イヌガミが感知し、此方に読んだ内容を送ってきている。
(鬼だとやっかいだな…)
仲魔を呼べば良いのだが、マグネタイトとて無限では無い。
ソーマは貴重だ。
どれどれ…と意識をその2体に傾ける。

<なあ、最近アサクサが復興したらしいぜ>
<へ〜マネカタでも漁りに行くか?>
<それがな、どうやら変な奴が出るらしくてよ…>
<どんなだよ?>
<…死神>

(…死神!)
その会話を聞き、すぐさまホルスターを巻く。
『おい!ライドウどうした!?』
「聞き込み調査です」
ゴウトの叫びを背に受けつつ、よく言う台詞を吐く。
そのまま外套を肩に引っ掛けて、声の元に早足で赴いた。
(曲がり角に居る)
キチリ、と柄を握り通路に出る。
『!!』
『何だお前イキナリ!?』
話し込んでいたのはヌエとモスマン…
僕は抜刀はせずに、穏やかに聞く。
「申し訳ないが、そのアサクサの死神について詳しくお聞かせ願えないだろうか?」
2匹はぎょっとしていた。
それはそうだ。
何処から聞いていたのだ?という話である。
『なんか、ターミナル前だかで…出るけど別に魂は持っていかないらしいぜ』
「無差別では無い?」
『さぁ?誰か待ってる…とかじゃね〜の?』
そのモスマンの言葉に、ピンと来た。
(メノラー…)
「そうか、有難う」
そのまま背を向け、歩き出す僕の背後。
イヌガミを置いてきてしまったが、問題は無い。
この程度の殺気なら、簡単に読み取れる。
ホルスターから引き抜いた銃を、振り向きざまに4発。
触覚を伸ばし、羽ばたくモスマンに2発。
その後ろに続いていたヌエの額に2発。
薬莢の跳ねる音が心地良い。
2体はそのままよろよろと、物も云わずに逃げていった。
「今度は全弾命中」
思わず独りごちた。
気分が良い。
傷の痛みも、鬱憤も少し吹き飛んだ。


先程の空間に戻ると、ゴウトの激がまた飛んだ。
『いきなり抜けると思えば、聞き込み調査で武力行使か?』
硝煙の匂いでどうやら分かったようだ。
「急いでアサクサに向かいます」
弾を装填しつつ、外套をしっかりと着込む僕を見て
ようやく落ち着いてくれた。
このまま坑道を抜け、急いで功刀矢代を追う。
メノラーを持つ彼に引き寄せられ、死神が来る筈だ。
その後を尾ければ…
(いよいよ仮面が剥がせるか、人修羅…功刀矢代)
今から想像するだけで、ぞわりとする。
あの人間ぶった仮面を、剥ぎ取る快感も棄てがたいが
自ら取らせるのは、もっと良いのではないか?

既に、見たのだ。
アマラ深界カルパ第2層に捧げられた
永遠のメノラーと威厳のメノラー…
灯る火が先を照らし出していた。
人修羅は、人知れず魔人を倒し
メノラーを増やしていたのだ。
(僕の知らぬ間に…)
そして、彼は何を思いメノラーを捧げているのだ。
それの意味する事を解っているのか?



(アサクサ、か…)
雷門は健在で、判り易くて助かった。
体力には自信があるのだが、流石に疲れが身体を蝕んでくる。
門をくぐり、内部へ足を踏み入れれば
道端にマネカタ達が駐屯している。
場所を確認する為、帽子のつばを少し上げる。
(ターミナル前…)
『お主の捜している死神とやらが出たのではないか?』
「さあ…?少し聞いてみましょう」
足元のゴウトは、集まるマネカタに踏まれぬように
大きく迂回して寄ってきた。
「もし…何かあったのです?」
手っ取り早く傍の男性型マネカタに聞いてみた。
ビクリ、と痙攣か驚きか分からないが
大きく身体をしならせ振り返った。
「あ、あのねぇ、さっきここで死神にさらわれた悪魔がいるんだよ」
攫われた悪魔…
「身体の特徴は?」
「ああ、なんかタトゥーだらけの悪魔だったよ」
「…そうですか、有難う」
違いない、な。
魔人に戦いの荒野へと連れていかれたのか…
『どうするのだライドウよ?』
「…彼が魔人に殺されたなら、それまででしょう」
依頼主も、その程度の出来の彼を欲さない。
メノラーはあくまでも呼水。
依頼された真意はその生存競争にあるのだ…
彼がそれに負けるのなら、この依頼も幕を閉じる。
「わああっ」
「何だ!?あの悪魔か?」
ゴウトへの返答を思考している途中、マネカタ達が急にざわめいた。
「失礼」
マネカタを掻き分け、最前列へと躍り出る。
開けた人垣の奥には、何か蠢く物が在った。
身体の大半が焼け爛れて、再生が追いついていない。
ソレはゆるゆると身体を起こしたが、すぐに咽せ始めた。
「ふッ…げっ、げええっ」
血反吐と共に、何かを吐き出した。
内部で爛れて老廃物と化した細胞の塊だろうか?
「ひ…ッ」
「ひゃああああ」
あまりの醜悪さにか、おぞましさからか
阿鼻叫喚の辺りは、蜘蛛の子を散らすかの如く人が掃けた。
僕と、ゴウトだけがその場に残った。
『…ライドウ、あれはよもや』
「恐らく彼ですよ」

僕はソレに歩み寄る。
ソレが僕を眼で捉えた。
いや、見えていないのだろうか?こちらに警戒はしているようだ…
傍らにしゃがみ、その顔を見る。
ああ、道理で…
見えていない筈だ、瞼から眼球が血で凝固していた。
(馬鹿め…この様子だと弱点のマガタマでも呑んでいたのか?)
肌から焦げた臭いがする。
どうやら壊死した皮膚組織が被って、再生を妨げているようだった。
彼のタトゥーと云われていた斑紋が、うっすらとしている。
身体の芯から刻まれているのだろうか…
壊死した皮膚には、それは浮かんでいない。
「…可哀想にね」
僕が耳元で、そう呟くと
彼の隙間風のような吐息がピタリと止まった。
「これは早く剥がないと、再生したところで醜い身体になってしまうよ?」
そう云い、僕は彼の背後から項の突起を掴む。
「う、ああ」
その漏れるような悲鳴は、内部器官の完治まで程遠い事を感じさせる。
それとも、声の主が誰かすぐに分かったのか?
(それなら…嬉しいね)
勝手な妄想をして、哂いが滲む。
その突起を掴んだまま、彼の肩から腰にかけて…
まるで着衣を破くような感覚だった。
壊死した皮膚をブチブチと音をたてて剥ぎ取った。
「あああああっ!!」
彼のつんざけるような悲鳴と共に、生まれたての肌が現れた。
赤く輝く、斑紋とマガツヒが艶めかしい。
「…まだ剥かなきゃね」
その熱傷が全身にあるのを考え、目の前のターミナルの戸を開く。
そして彼の腹辺りを靴先でぐいぐいと押しやり、そのまま蹴転がす。
何かを喘いで、ごろりと部屋内に転がる彼。
空間は、他に誰も居なかった。
邪魔が入らなければ、別に何処でも良かった。
「まだ下も剥がないと…だろう?」
下と云うのが何を指すか、あえて名言しなかった。
其れが皮膚でも服でも関係ない。
癒着してしまっている可能性が高いし、服は損傷が流石に激しい。
耐火性かと問いたい位に、燃えていない事が凄いが。
僕がその下の着衣に手をかけると、慌てて手を重ねてきた。
だが、その指先も僕を掴んだ途端にズルリと表皮が削げた。
「あ…!!」
その指を折りたたみ、思わず腕を引っ込める辺りがいじらしい。
「余計な事をするから」
(どのみち、全身剥ぐのだけれどね…)
そのボロボロに綻ぶスラックスに手をかけて、下着と一緒に剥ぎ取った。
「わあああっ!!あ、ああっ!」
皮膚がそんなに剥がれた訳でも無いのに、先程よりけたたましく啼いた。
ずるずると赤い跡を残して、何処へともなく這って行く。
だが見えていないのだ、すぐに壁へとぶつかり崩れた。
「へえ、下の斑紋はそんな風だったのか」
この哂っている顔が窺い知れぬのなら、と思い
わざと公言してやった。
「…っ」
開かぬ眼で、いまいち表情が判らぬのが残念だが
その口元が何かを唱えたのが見えた。

ラ イ ド ウ

その口の動きが、自身を指す事はすぐに認識出来た。
その言葉に殺気が篭る事も。
「見えていなくて、幸運だったかもね」
そう云い僕は、彼の両手首を壁に押し付けた。
ヒッ、と息を呑む音が聞こえる。
「どの魔人にやられたの…?ホワイトライダー辺り?」
僕の問いに答える事は無いと分かっていた。
なのでせめて声だけでも通るように、と思い
その赤黒く腫れた唇に、唇を重ねた。
強張った彼が動く前に、腹に一撃膝を見舞った。
「う゛」
彼のせり上がる血塊と、それに遮られ喉をかすらせていた吐寫物が
僕の口内に吸い上げられた。
空咳では出てこぬと思い、こうしたまでだ。
其れをブッと横に吐き捨て、云う。
「どう?これで思う存分罵声が浴びせれるかい?」
「はあ…はあ…」
息をつく彼の、目元が淡く光る。
マガツヒかと思ったが、どうやら違う。
赤く、凝固した血を溶かして
流れている。

(泣いてる…)

悪魔が泣いている。
いや、正確には残っている人間の部分でそれを行っているのか?
血の涙を流して、うっすら金の眼が覗いた。
その間近で見る金色の、想像以上の美しさにゾクリと粟立つ。
そうして僕は、一瞬頭が空っぽになってしまった。

<……>

その緩みから、何かが脳内に流れてきた。
(イヌガミ?)
戸の外に待機させてあるイヌガミが読んだ心は、不必要な物も多いので
普段遮断してあるのだが…
先の瞬間、空になった脳内に侵入を赦してしまった。

<こんな目に遭うのなら、やっぱりあのまま殺されていれば…!!>

彼が直接口にしている訳でもないのに、反射的に見てしまう。

<ダンテ!殺して!殺してくれよおぉ!!>

口は引き結んで、僕を睨み付けたままなのに。

<助けて!殺してくれよ!ダンテェ!!!!>

「戻れイヌガミッ!」
ホルスターから乱暴に引き抜いた管を、出入り口に投げつける。
カツンと戸に当たり、床を転がる管。
一瞬イヌガミの戸惑いが感じられたが、戸を通過して管に戻っていった。
緑の光が管を取り巻き、納まると同時に
煩い彼の心も口を閉ざした。
そしてさっきと同じ、静かな空間に戻った。

その最中は、頭がいっぱいになるかなあ?

モー・ショボーの言葉が反芻される。
それは、ごく単純な思考だが…
今の僕には効果覿面だった。
「ねえ、僕には殺されたいとは思わない?」
残りの皮膚に手をかけ、彼に甘く囁く。
すると彼は、心と同一人物か疑わしいくらいに殺意の篭る声で返した。
「あんたを殺す夢なら見てる」
その[ギャップ]というやつに、吹いてしまった。
「何がおかしい!?」
「別に」
いきり立つ彼を、皮膚を剥がして黙らせた。
「メノラーを、受け取ったのだろう?」
息も絶え絶えの彼を、見下し云う。
「僕と本気で殺し合いたいなら、それを捧げて3層まで来るんだ」
「なんの…事」
「ク、クク…ここまで来てとぼけるのか」
何処まで人間で居たいのだ。
この熱傷、人間なら即死だろうに。
「君が自らメノラーを捧げているから、さっきの魔人と遭遇したのだよ!」
「…そ、それは」
「アマラ深界での殺しは愉しい?功刀君?」
それを口にした途端、ずくり、とわき腹に衝撃が奔った。
彼の指が、僕の完治しかけた傷をえぐっていた。
縫い目を貫通して、鮮血に塗れた彼の指。
「…傷、見えていたのか」
「…いつも、いつも最近考えていた、よ、あんたの事」
功刀矢代は、その指をずるりと引き抜き赤い舌で舐め上げた。
見た事の無い表情をしている。
「どうやって引き裂いて!詫びさせようかってな!!」

(ああ…仮面を外した)
なんだ、案外簡単だった…
やはり、憎しみの方が強い。
彼を、悪魔たらしめるのは、この葛葉ライドウなのだ。
あの悪魔狩人では、中途半端に命を枯らすだけだろう。
「ふ…あははは」
馬鹿め!見た事か悪魔狩人!
彼に新たな道を開き、この輪廻から解き放てるのは
僕の方ではないのか!?
彼を生へと駆り立てる僕の存在が、救済へと繋がるかもしれないじゃないか。
だとしたら。
(本当に、繰り返すだけ馬鹿馬鹿しい)

その後も
剥いで剥いで
身体全てが赤子のような柔肌になるまで剥ぎ取った。
叫びつつも睨み付けてくるその金眼を見て、確信した。


ああ、この瞬間
僕の事で頭がいっぱいなのだろう


真っ赤に染まった君を、そのまま向かいの回復の泉へと投げ込んだ。
死なれては困るので、其処に放置する。
聖女と眼が合ったが、僕がにこりと笑えば
向こうも口元で微笑んだ。
僕が彼をそうしたとは、分かっていないかもしれない。
外に出れば、ゴウトが管を咥えて佇んでいた…
イヌガミの管だ。
「有難う御座います」
礼をしつつ、受け取りホルスターに納めた。
『…悲鳴が外まで聞こえたぞ』
「すいません、近所迷惑でしたか?」
『冗談はいい、良く聞けライド…いや、夜』
その久しい名に、僕の口元は引き締まった。
『悪魔に…本当の意味で魅了されてはおらぬか』
「…まさか、任務上でのお遊びです」
『何を求めている?人修羅に何を望んでいる?』
何かを望んでいる?
いや、何も…
ただ単に、殺しあっていれば愉しく
彼が悪魔と人で揺れているのも興味深い。
それだけの筈だが。

『頭が人修羅でいっぱいになってはおらぬか、お主』

そのゴウトの一言が、僕の足を止めた。
「…まさか」
いつもの哂いで返した。
…仮に、頭がいっぱいな理由があるとして。
人修羅は、僕が”憎いから“であるとする。
では僕は、何故彼で頭がいっぱいになるのだ?
僕が彼を憎いというのも、可笑しな話だろう。
なんなのだ。
おぞましい感覚がする。
悪魔狩人に助けを…殺しを赦して
僕には何一つ赦さない事に腹が立ったのか?
と、そこで急に思い起こす事があった。

「ゴウト…僕は」
『どうした?』
「僕は、悪魔召喚皇になるつもり…と以前云いました」
『…ああ』
「それは、あの悪魔を従えて成就するもの、との見解でいます」
バッとゴウトが振り返り、牙をむいた。
『あれは依頼の要!依頼が済めば無関係なのだぞ』
「僕に…僕に使役出来ぬ悪魔が存在する事が赦せないのです」

<ライドウ、強くあれ>
<サマナーとして生き、死ぬのだ>
<ヤタガラスの為に!>
云われて今まで生きてきた…
“悪魔召喚皇”
不可能とされてきたその称号が、僕の生きる目標なら
その礎となってもらおう。
功刀矢代に対する感情の正体が掴みかけた。
これは…獲物に対する支配欲か。

しかし、何かおかしい。

(肉体も精神も全て支配したい)

ただの支配欲か?

(でも殺し合いたい)

僕は…
僕はもしかして、何処か壊れている…のか!?
(分からない…)
ずっと、里に生きた自分には
それすら分からない…
悪魔召喚皇に成れば分かるのだろうか…

(功刀…泣いていた)

あれは、なんの為のだったのだろうか…


アサクサ・了