俺を殺して
俺を殺して
痛い、茨の上を綱渡りさせられているんだ
落ちても、体中に巻きついてきたそれに、雁字搦めにされて
また出発地点から、渡れと、魂が…縛られている
強い力で以って、俺を消して
なあ、お願いだから…
ダンテ
JACKPOT!
「話だと、そろそろ最奥と思うのだがね?」
「…」
「嬉しくない?」
「…誰が」
いよいよ薄暗くなってきた階層に、俺の心は沈んでいた。
いくら自身で選んだ道とはいえ、これが最善と思っている訳じゃ無い。
このサマナーの支配下に居るのも、俺の胸を騒がせたが
何より…この最奥に行く、というこの歩みが重い。
(どこまで、俺を喰われるんだろう)
人間で、無くなる?完全に?
最奥、最深層まで来れば、全て解るとは云うが…
もしも…自我すら掻き消されてしまったら、俺は…
この男に、身体を明け渡した事も、悪魔を受け入れる事も
何もかも…無駄になる。
それだけが、恐れだった。
『奥に、あの老人が待つのか?』
「ええ…僕等の依頼はそこで達成されますよ、ゴウト」
黒猫に、にこやかに伝えるライドウ。
その突っ掛かりの無さが、逆に…疑いを抱かせるのだろう。
ゴウトは押し黙り、フン、と一声啼いた。
きっと、この黒猫もライドウを信用していない。
ライドウの何なのかは知らないけれど、俺はそう感じる。
『お主はお遊びが過ぎる』
「確かに、今回は僕も思いますね」
『なら自重せい』
「こんなに仮定だらけの計画で、自嘲ならしておりますが」
クスクスと哂って、前を歩いている。
(本当、机上の空論だよ)
一番自嘲しなければいけないのは、俺だ。
湿った道を踏みしめて、溜息を吐いた。
と、視界に黒い裾が入る。
それを上に辿れば、当然ライドウだ。
「おい、急に止まるなよ」
ぶつかる前に、見上げて不満を漏らせば…
振り返ったライドウに、突如首根っこを掴まれる。
「!?」
「退けっ」
俺は通路の壁際に放られた。
一瞬絞まった首で、呼吸が乱れる。
後ろ手に受身を取って、ライドウを見た。
いや…ライドウ達、を見た。
「ようやく追いついた」
赤い塊。
青い瞳。
あのゴツイ大剣を、すらりと伸ばされたライドウの刀に喰い合せている。
「ダ…ダンテ…ッ!!」
俺は、何も考えず、口から名前を紡いだ。
喰い合せた剣をブレさせる事も無く、デビルハンターは俺を見た。
「よぉ…ヤシロ」
その眼を見て、ぞくり、とする。
今までの視線と、色が違った。
「…おい、功刀君…どうすれば良いか、解らぬのか…」
両手で握りこんだ鞘を、あの剣と合わせているライドウが唸る。
(ダンテ…!!)
ダンテは、俺を殺そうとしている。
ライドウは、今、俺の主人。
俺がどちらの味方なのか、そんなの考えなくたって、解るだろう、普通。
そう思いながら、俺は集中して立ち上がる。
身体を駆け巡り、放流されたがる紫電が指先に集まって音を立てた。
二人の鍔迫り合う、その咬み合う金属部に向かって俺は指を伸ばした。
一瞬、爆ぜるような、耳に痛い音と光りがそこに飛び交った。
弾かれるように背後に跳ぶ二人。
「どちらに攻撃したつもり?わざとかな?」
俺をちらり、と見て、薄く哂うライドウ。
その刀を持つ手が、鍔迫り合いか電撃か
それか両方の影響で痙攣していた。
「じゃあ、どうすりゃ良かったんだよ…」
ライドウの眼を見ないようにして、俺はじりじりとダンテから離れた。
「チッ、伯爵…もう少々止めれないものか…」
なにやらボソボソと呟くライドウの声を聞きながら
俺はダンテを遠巻きに見た。
(…違う)
あの…俺の中を、探るように、慈しむ視線では無かった。
それは、どういう事なのだろうか。
俺と、前回の俺を切り離せた?
それとも、この先へと向かう俺を…止める為?殺す為?
「クズノハ、お前…ヤシロの、何だ?」
大剣を軽々と片手で掴み、その切っ先を振ってダンテは発した。
「何…?デビルサマナーと、使役悪魔の関係ですが?」
俺みたく動転しないライドウが、軽く返答する。
そんな彼の脚の間をするり、と滑る様に抜けたゴウトが、距離を置いた。
「じゃあヤシロは、もうお前の意のままってか?」
「まさか、仲魔だって逆らう事もありますよ?特にああいうのは…我侭ですし?」
俺にしっかり聞こえる様に、ライドウは比較的大きい声音で述べている。
(誰が我侭だよ)
ぱちり、と静電気のように鳴る指先をスラックスに撫でつけて
俺はライドウをジロ、と睨んだ。
「ああ、でも…」
続けるライドウが、口の端を吊り上げた。
嫌な予感がする。
「身体の具合は、そう悪く無かった、かな?」
そう云って、蛇みたく舌先で上唇をなめずったライドウ。
俺は何か叫ぼうとしたが、まるで主張になりそうなその叫びを想像して
空気と共に呑みこんだ。
「bugger」
ダンテが舌打ちして呟く。
「I'm hooked」
構えた刀を反らせて、喉で哂うライドウが返事する。一瞬俺を見た。
「It's no laughing matter!」
その返答が気に喰わなかったのか、ダンテの声音が重くなる。
俺は独り置いていかれる応酬に気が気でなかった。
ボルテクスでそもそも、どう通じ合っているのか奇妙だったが
ダンテは日本語で話していたのか?
今更だが、俺はライドウの口からこれ以上余計な事が零れぬ様に
奴に少し接近して叫ぶ。
「おい!何話してるか知らないけど…」
「You can't handle the truth」
ニタリと哂ったライドウが、俺に云う。
「おい!ふざけるのも大概に…!」
「くっ、ははは…君本当に平成人?」
俺を馬鹿にして、ライドウは俺の傍に跳んだ。
構えは崩さず、俺の背後から、冷たい声で言い放った。
「君が相手しなよ、功刀君」
心臓を、ギリ、と掴まれた感覚。
決定的な命令。
つまり、ライドウは、手を出さない、貸さない。
「ほら、早く」
「…」
「本気で戦わなきゃ…今回ばかりは殺されてしまうよ?君」
この男、分かっていたのか。
ダンテの雰囲気が違う…事。
俺の、ライドウに適当に任せてしまえ、という狡い考えは掻き消された。
だって…そうだろ。
とても、ダンテと…本気でやり合うなんて。
気持ちの問題だけでなく、力の差が、有り過ぎる…!
「おい、ヤシロ」
向こう側からかかる声。
それに弾かれた様に、俺はビクリとしてダンテを見つめた。
「約束通り…お前を殺す」
俺に言い渡されたのは、俺を思い遣っての、それだった。
そう解っているのに、俺は酷い気分になって…
あの赤いコートの温もりを思い出していた。
もう、あの温かさを感じる事は無い。
歩む道が、違うから。
俺は今の…俺だから。
クズノハ、なかなか舐め腐っていやがった。
ちゃっかり逃げて、契約して再開とは。
どう云い包めたのか知らんが…本当に使役関係らしい。
強制的なもので無い、ヤシロに受け入れる心構えが…多少なりとも無いと成らぬそれ。
(悪魔みたいなサマナーに魂売っちまってよ、全く…お前)
bugger
《最悪だな》
I'm hooked
《ハマったよ》
It's no laughing matter!
《笑い事じゃねえ!》
何がハマった、だあの黒マント。
どういう意味だ、そりゃあ俺だってな…あの金眼に見つめられたら
ゾクリとクるさ、そりゃあな…
しかしな。
(お前と違って、身体まで暴かねえさ…!)
そんな所に、欲は無い。
俺がボルテクスなんて色気も無い砂漠に来たのは…
あいつを救う為、だ。
あいつとの約束を、果す為。
「約束通り…お前を殺す」
俺の声に、眼を伏せるヤシロ。
これから俺が振り下ろすリベリオンに、そんな覇気で耐え得るのか?
それとも、諦めて殺されてくれるのか?
向こう側に下がったクズノハは、ただ哂っている。
悠長に足下の猫とお喋りだ。
(忠誠心とか、覚悟でも試してんのか?趣味悪ィやり方…)
きっと今回も、キツかったんだろう?
だから、口車に乗ったんだろ?ヤシロ…
(んな事ぁ、承知さ)
リベリオンを指し向け、自分に云い聞かせる。
「お前も、もう繰り返すの辛いだろ?今のヤシロ!」
一歩で急接近する。
まだ心の準備が出来ていなかったのか、ヤシロはハッとして背後に飛び退く。
リベリオンの刃先に、微かな抵抗。
ヤシロの横胎に、かすったらしい。
「ぐ、うっ」
「やる気出ないのか?」
(なら、出させようか?)
脚のホルスターから二丁、背に携えたリベリオンの代わりに取る。
そう、いつものターゲットが人修羅になっただけ。
いつもの様に俺は鉛をブチ込んで、倒れたその悪魔にリベリオンで止めをすりゃイイ。
片方四発ずつ、逃げる軌道を読んで撃ち込む。
喰い破られた脚から赤い線を宙に残しながら、ヤシロは丸く天上へカーブする壁を蹴る。
被弾すら恐れず、道のど真ん中に立って傍観するクズノハ。
そいつの横を、壁を走って通過するヤシロ。
(弾を避けるのは、少し上手くなった様だな)
微妙に成長を感じて、ホルスターにエボニーとアイボリーを戻す。
が、まだ銃声がする。
「あ、がぁッ」
何かと最初思ったが、俺の視線の先で…その音は響いていた。
扉に凭れかかった、ヤシロが悲鳴を上げた。
俺のでは無い鉛が、その背を穿っていた。
当然…俺以外に銃を発砲出来るのは、そこのサマナーだけだ。
「君の相手は、扉では無いだろう?功刀君…」
さっきまで、猫とへらへら哂って見ていたクズノハが
この空間から逃げようとしたヤシロを、撃った。
そういう事だろう。
「敵前逃亡は罪」
扉を上げようとしていたその指を、靴先で蹴りながら云うクズノハ。
「だからと云って…みすみす殺されたら、次のボルテクスの君も甚振ろうか…?」
イカレた発言を、ギラつく眼をしながらするサマナー。
「何処かで…撒けば良いだろ…くそっ」
向き直って、金の眼をじわりと怯えさせるヤシロ。
(お前、もう飼われているんだな…)
俺は、妙な寒気を感じて、背のリベリオンを再度構えた。
「ヤシロ、そっち居ると余計なダメージ喰らっちまうぞ?」
肩にかしげたリベリオンの重みを感じながら、俺は空いた手の指をクイ、と引く。
“来い”
すると、一瞬横目でライドウを睨んだヤシロは、俺をしっかり見据えた。
ゆっくりと、靴を地に着けて、暗闇でも歩むような足取り。
でも、その眼は真っ直ぐ俺を見ている。
「ダンテ、俺は…俺は、死ぬつもりは、無い」
「…そうか」
遠い距離の会話が、近くなってくる。
「その約束は、前の俺とのだから…」
「…」
「無効に出来ないのか?」
「それじゃ、意味が無いからな」
「…そう、か」
寂しげに語る口調は、いい加減止めてくれ。
思い出すじゃないか…
「悪魔がそんなに魅力的になったのか?」
記憶を払拭させねぇと、俺はこの先やっていけないんだ。
(悪いな、今のヤシロ)
あの、最初のマントラ本営前を思い出してしまっていたが
そう、あの時の感覚で間違っては無い。
俺は、デビルハンターとして、人修羅という少年を殺す。
あの時と同じ様に、リベリオンを、この細っこい身体に突き立てる。
だが、ヤシロは寸前で避けて、舞ったのは軽く切れた黒髪。
あの頃と、違う。
指で回した刀身を、その腕に通す。
だが、避けた肉を厭わず、この至近距離から放つのはマグマアクシス。
あの頃と違う。
脚で、その棒みたいな脚を払う。
だが、払われても、そのまま地に伏さない、瞼を下ろさない。
着いた腕から血が迸っても、俺の腕目掛けて、空いた腕でアイアンクロウ。
あの頃と…違う。
死にたがらない。
「はぁっ…!はぁ!」
俺と対極に、息を荒げるヤシロ。
離れ跳び、背後に宙返りながらポケットを探っている。
接地前に回復でもするのだろう。
狙う銃のエボニーを引き抜いて、俺はその手に照準を合わせた。
どうしてだ?
その手の甲から、赤が噴出す。
ぐしゃりと地に崩れて降り立つお前を、向こうから黙って見るお前の主人。
お前は俺の振り下ろすリベリオンを、両手で受け止める。
ぶつっ、と、柄まで伝わる肉と筋を断つ感触。
なのに、どうしてお前は退かない?
死にたがらないお前を見ていると、俺は…俺は…
「どうしてだ?ヤシロ!?」
リベリオンを鋸みたく引けば、絶叫したヤシロが腕を抱き締めて歯を食い縛った。
それでも、まだ俺の間合いを確認するその眼。
「この先にあるのは、魔道だぞ!?お前、人間に戻りたかったんじゃないのか!?」
振り上げたリベリオンを止め、俺は思わず叫んでいた。
この体勢は、危険だが…懐に入る様なら反射的に下ろせるから、それはそれで良い。
その方が、何も考えずに斬れる。
「ダンテ……」
「…」
「俺は…俺は、今の、俺…だから」
「…知っているさ」
「今の俺は…死んで終わらせるやり方を、もう選ばない」
「…」
「あなたに重荷を背負わせた、前の俺が、憎いよ…俺は!」
柄を握る指が、強固になる。
ヤシロを…責めるな…!
あいつは、アイツは、ヤシロは…!!
「泣いてたんだぞ!独りでっ!」
角度をつけて、振り下ろす。
その、ヤシロに向かって。
思いきり、一思いに。
そう…今度こそ…!!
「あ…くっ」
喉笛に、吸い込まれたリベリオン。
俺がその刀身を引き抜く前よりやや早く、切っ先から重みが消えた。
ヤシロの主人が、背中からヤシロを掴んで、引き摺りぬいていた。
鮮血が止め処なく、溢れて地面を濡らしている。
クズノハは、取り出した宝玉をその首の裂け目に突っ込んだ。
ビクンビクンと、大きくそれに反応して痙攣したヤシロの身体。
…そう。
俺は…
また、殺り損ねた。
ヤシロを背後から抱きとめるサマナーが、肩越しに嗤った…
宝玉で、じゅくじゅくと再生を緩やかに始めるヤシロの首筋を舌で撫ぞったソイツ。
「ほら御覧なさい…やはり、殺せない」
そう云って、魔力を啜っている。
いいや、もしかしたら分け与えている…のかも、知れない。
「く…そ…っ!どうしてだ…どうしてだ!!??」
俺はしばし放心して、リベリオンの先の赤を見つめた。
ヤシロの血が、俺の指先まで降りてきた。
その生暖かい、それでいて懐かしい魔力に…
以前殺し損ねた、その時を思い出す。
あの時、前の…ヤシロは云った…殺し損ねて、単なる致命傷を与えたこの俺に…
“気を遣わせて、ごめん”
あの時を今、こうして…俺は、繰り返させた。
約束どころか…こんな…こんな…!
「…ンテ…」
擦れたその声音に、俺は引き戻された。
クズノハの腕の中から、声がする。
「ダ…ン、テ」
ひゅうひゅうと、喉から少し漏れるのを指で押さえて、声を出す…人修羅ヤシロ。
俺は声が出なくなり、それを黙って、馬鹿みたくリベリオンを構えたまま…聞いていた。
その、薄い小さな唇から、紡がれる言葉。
「気を…っ…遣わせて…ごめ、ん…」
リベリオンを掴む指が、震える。
「ダンテ…もう、いいから…」
デビルサマナーの腕に包まれて、人修羅はやんわり微笑んだ。
「俺が…清算する、か…ら……もう、背負わなくて…」
今のヤシロも…ヤシロなんだ
「今の、俺じゃ…駄目…か?……」
その声と同時に、ぐらりとヤシロはクズノハの腕に沈んだ。
「眠ってもらった方が治りが早い」
そのヤシロの傍で、哂うサマナー。
あんなに魔力と血を転換させていたのは、意図的にか?
赤く濡れた唇を吊り上げたソイツが、ヤシロをぐい、と抱きかかえた。
「随分愛されておいでで、悪魔狩人」
そう云って、俺を見る。
「しかし、貴方が赦しを請うのは前の人修羅…もう、失ったものは取り戻せない」
断罪者の如く、俺を薄闇の眼で見据えて…
「このヤシロは、もう僕が繋いだのだから…」
「…」
「貴方は前の彼の影を、未練がましく追い求めて悠久を生きればいい…」
「クズノハ…」
お前…は…?
「クズノハ…お前は、ヤシロを救うのか?」
俺の問いに、黒いマントが揺れる。
肩を小刻みに震わせて…哂っている。
「救う?何を云っているのです貴方」
ヤシロをぐい、と横抱きにしたサマナー。
「貴方、救う為にコレを追っていた?いいや…違うな…」
「何が違うんだ!」
「救われたくて追っていたのでしょう?」
俺が…ヤシロに?
救いを求めていた?
いいや、おかしくないか?
俺は…ボルテクスに何をしに来た?
ヤシロとの約束を果す為に…
ヤシロを殺しに来た、あいつの創ったこの世界に…
「救いなど無い!」
クズノハライドウの声。
「自身の在り方を思えば…解るでしょう?半人半魔も、闇に生きるサマナーの僕も…救いなど在りはしない……所詮、人の世に虚ろうだけの宿命」
俺の、心を抉りこんでくる。
永い間、俺という形で生きてきたつもりの、この俺を。
「何者だろうが…生きたい様に…生きりゃ良いだろうがよ」
俺が搾り出す声を、引き込んで解いていくサマナー。
「なら、功刀矢代が魔の道に進むのも、手を振って見送れば良いのでは?クク…」
「それが!ヤシロの本当の望みだって云うのか!?」
リベリオンの先端、ギリギリをクズノハの眉間に沿わせる。
だが、全く動じなかった。
哂う、ただ紡ぐ。
「ダンテ…貴方も、人を殺すのは好きで無い様子」
「…デビルハンターっつってんだろ俺は」
「中途半端だから、生き方も中途半端?」
「お前…その口、引き裂いてやろうか?」
「フフ…残念だ、愛に支配されている…そんなもの、己を弱くするだけなのに」
滅茶苦茶な事を云うクズノハは、リベリオンを潜って俺の傍を通る。
このまま…往かせて良いのか?
俺がやろうとした事は…
さっき、ヤシロに拒絶された。
救いの刃は、いらないと。
リベリオン…
クズノハと、ヤシロの魔力に歓喜して、共鳴する。
その、傍を過ぎ行く奴等を…
ぶった斬って、吸うべきか?
なあ、どうなんだ?
俺の心に影を落とす存在を消せば、全てが終わるんじゃないのか?
あの時、バージルを…兄を往かせた俺を、恥じた、悔やんだ。
それが、重なって…視えるんだ…!
一際リベリオンを、強く握った。
クズノハが、眼を見開いて胸元を探る。
互いに向き合った瞬間。
「…!」
「ヤ、シロ…」
向かい合う瞬間に感じた妙な引っ掛かり。
俺の、赤いコートの裾を、垂れた指先で握っていた斑紋の指。
駄々をこねる幼子みたく裾を引く指。
それに、何の意味が有るのか無いのかも解らなかったが…
俺は、構え始めたリベリオンを、そのまま背に納めた。
「ヤシロ」
その、裾を掴む細っこい指先をグローブのまま握る。
横抱きにされたままの、垂れた指先。
冷たい眼のサマナー。
ヤシロの身体を支えるその指は、胸の銀色の召喚器に触れている。
いつでも牙を剥ける俺達を挟む人修羅。
そう、此処に人修羅が居なかったなら…既に始まっていただろう。
お前という存在に、いつも結局…突き動かされていたんだな…
でも、それは…俺の心がそうさせていたのか…
これが、俺の…俺である生き方、なのか
「クズノハ…お前は、コイツに救って欲しいのか?」
ヤシロの指を握るまま、ぼそりと問い詰めた。
あまり良い表情をしていないクズノハは、口だけで哂う。
「ある意味、そうですかね」
「…んだよ、ある意味って」
「完全なる悪魔の彼と、完全なる皇たる僕で…どちらかは救われますね」
「どっちかだけ?」
「ええ、まさか、二人して終点を目指す筈無いでしょう?結局残った貴方なら解る筈」
「それで良いのかよ」
「ええ、何も問題ありません」
はっきりと、返事するサマナー。
それは…強い、って云うのか?それが本当の強さなのか?
俺は…
この胸の痛みに…弱くなるのなら…
それで、良い。
ようやく、その感情の正体に気付いた。
お前という存在が居なくなったこの世界で。
お前の創ったこの世界は、それを俺に云わせる為のものだったのか?
そうとすら…今なら感じる。
多分、これが正解だ。
此処がゴールだ。
きっと赦される。
遅すぎたが、このゲーム…これでようやく上がり、だ。
「JACKPOT!」
ヤシロの指に、軽くキスをした。
別れのキスだ。
ぐい、とその指ごと身を引かせるサマナー、眼が吊り上がっている。
「これは挨拶だ、気にするな」
「…人の持ち物に接吻する習慣ですか?フン…」
「おい、ヤシロが化け物になっても、しっかり面倒看てやれよ」
「利用価値が有ればそのつもりです」
「そうかそうか…ハハッ…後悔すんなよ…その契約でな」
「何が可笑しいのです?」
ジロリと俺を睨むその眼は、きっと気付いていない眼だ。
コイツの場合、ボルテクスを何週したら気付くんだ?
いいや、それともただの執着か?
いや…それもひとつの種類っちゃ、種類、か。
「じゃあな、自我しっかり残せよ、ヤシロ」
懐かしい斑紋を眺めて、そのラインを辿って顔を見る。
幼い、でもキレイな顔は、酷く懐かしかった。
「また、な」
今度逢う時は、もう悪魔だろうか?
あのサマナーに殺されないようにな…
それだと、俺がこの瞬間をまた悔やんじまう…
上がりの合図。
贖罪の号令。
“お前”に今更伝える。
「好きだったぜ、ヤシロ」
指を離して、俺はこの赤い胎内を戻っていく。
な?これで大当たり、だろ?
満足したか?
上がりの俺は、このゲームステージから出ないとな。
周回遅れの俺に与えられた報酬は。
キレイなままの思い出と、鮮やかに残る胸の痛みだった。
消える事の無い、極上のプレゼントを抱いて
俺は気付けた事に、清々しさすら感じて…
お前の創った世界の砂漠を、眺めて歩く。
不器用だった互いの心の様な砂の海をただ…
ただ…
JACKPOT!・了