悪魔狩人
『なあライドウよ』
「はい」
『お主、相当愉しんでおったな?』
「はい、らしくも無く」
『全く、捜査との口実で観戦とは…』
「対価として、仲魔には結構な量のマグネタイトは与えましたが?」
『そういう問題かっ!』
「あんな長時間の擬態は珍しいですから、いい訓練にもなったでしょう」
『……で、感想は?』
「やはり近くで観るとまたコレが凄」
『いや、いい、遠慮する』
「残念です」
『ねね、矢代〜一体何があったのよぅ』
ピクシーの声に、安堵している俺は重症か。
あのヤクシニーの件があってから、大人の女性の声を聞くと
反射的に警戒するようになっていた。
「いや、準備してなかったのに何とかなって良かったな〜と思って…ま、そんなとこ」
適当に話を逸らし、階段を登る。
ピクシーは『もう!』と頬を膨らませ、睨んでくる。
そんな幼い所作に癒されている俺は、きっと疲れている。
あんな事があった直後に、またマントラ本営内に行くのは
本当は嫌だ。
もう新田とも会ったし、俺の望むものはココには無い。
だが、ゴズテンノウに会えと言われているのだ。
聞かなかったらまた面倒な事になりそうで
足取りも重く長い階段を登る。
背筋を電流が奔る様な。
ひきつる首元。
何かが迫る直感に、首を上げた。
ピクシーを掴み寄せ、後方に飛ぶ。
するとさっきまで居た場所には、轟音と共に砂煙が舞っていた。
何かが飛来して来た事は分かったが、まさか。
人?
いや、人なら死んでいる。
悪魔のこの身ですら危険な高さだ。
深紅のコートを翻し、大きな体躯の人物が迫ってきた。
容姿は外国のそれだ。
グイグイと、ピクシーが掴んだ手から這い出し叫ぶ。
『あああ…あんたは!!何で!?』
「よ〜ぉ、おチビちゃん」
その外人さんはピクシーに投げキッスをした。
知り合いなのか?
『アンタはっ、今回メノラーを』
「そのと〜り、持って無いぜ」
両手を広げて指先をチラチラさせる。
オーバーアクションはさすが外国の人。
呆然として見ていたら、突然
「ヤシロ!今回も来ちまったのか?」
名前を呼ばれたのだ。
当然警戒する。
「だ、誰です?外国の知人はいないはずですけど…」
言葉は通じているので、容赦なく日本語で。
(そもそもボルテクスで言語に困った事が無い)
その外人さんは鼻で笑うと、腕を組みつつ横に来た。
「相変わらず、細ぇ!筋肉も無ぇ!」
「はぁ!?」
ぶしつけな感想に、思わず声をあげた。
「んでもって警戒も薄い!」
「!!」
急な景色の流れ。
首の突起がひしゃげて痛い。
ようやく、足払いされた事に気付く。
『ヤシロっ』
ピクシーが俺を庇う様にして、立ちはだかる。
「ピクシーの…知人じゃないのか」
まだズキズキする突起を触りつつ、体を起こす。
ピクシーは噛み付くように、外人さんに怒鳴る。
『なんで今!ここにアンタがいるのよ!ダンテ!』
(ダンテ…)
いや、知る筈も無いのに。
何故今しっくり来たんだ?
「俺は今回ヤボ用でな、依頼じゃねえ」
ダンテというその外人さんは、腕を背に回した。
スラリ、と軽々扱ってはいるが
かなり巨大な剣を携えている…
俺はこの臨戦態勢に、すぐ召喚しようと手をかざしたが
まるで解っているかのようにダンテが言い放つ。
「召喚されたヤツから、一撃で仕留めてやる」
その冗談とも取れぬ雰囲気から、俺は躊躇してしまった。
とりあえず、間合いをとろう。
あの剣、貫かれたらまずい…
刺されて、そのまま断裂されて終わり、だろう。
しかも、悪魔ほど単純そうな相手では無い。
自分も悪魔だが、これは確かだ。
「ヤシロ、此処に来ればまた会えると思っていたぜ」
「俺は、あなたの事なんて知らない」
「寂しい事言いやがる」
剣が一閃した…
予想以上に早い振りに、鼓動が早まる。
これは…
ダメージ覚悟でいくしかないか?
『ジオ!』
ピクシーのジオがダンテに向かう。
これで少しスキが生じると思いきや、なんと彼は
剣撃の圧でジオを振り解いた。
電撃が!?とありえない光景に目を疑う。
すると、こちらにスキが生じたのか
ニヤリとしたダンテは、こちらにジャンプして
飛び込むように大きく振りかぶって来た。
壁を駆けるようにして助走をつけた、高い所からの急襲。
致命傷は避けねば、と。瞬時に相手の下に転がり込む。
自分の背後に、あの体勢からは刃は振るえまい。
そう思っての回避だった。
が…
翻ったコートの下。
ホルスターが見えた。
(まずった!!)
武器は剣だけでは無かった!
すぐに回避後、上体を起こすが
ダンテは剣を振るいきる前に、投げ捨てたのだ!
それは俺目掛けて飛んで来た。
あっ
と思った瞬間。
俺の脚に潜り込む様にして、突き刺さった。
「あああっ!」
悪魔になろうが、痛みは慣れない。
いくら後で治癒しようが、喰らうその瞬間は激痛が奔る。
苦痛に耐えて、ダンテを見た…
下手に動かない方が良い。
まだ、銃に手をつけてはいないな。
もっと引き寄せてから、ファイアブレスか…
『ヤ、シロ』
はっとして、辺りを見渡す。
ピクシーがいない。
「悪いが、ココだ」
マジシャンのように、ダンテはホルスターの辺りから
銃を取り出すのかと思いきや
ピクシーを掴んだ手をパッと出した。
『ご、めん…』
「ピクシー!」
外傷は無さそうだが、危険な状況だ。
ダンテはいよいよ銃を取り出し、ピクシーの頭にゴリリと
銃口を押し付けた。
「悪いが…このおチビちゃんにはご退場願おうか」
「やめろ…」
「お前に銃口押し付けるより、こっちの方が効果あると思ってな」
ダンテの笑みは黒いものが滲んでいた。
「べつに、殺すって訳じゃねえ」
どういう意味だ?
ダンテはそのまま近付いてくる。
ごついブーツの音が、ズッズッと大きくなってくる。
「召喚から戻せばいいだけだ、俺はお前とサシで話がしたいからな…正直このおチビちゃんは邪魔だ」
俺は慌てて手をかざし、念じた。
『ヤシロ!ダンテの言う事聞いちゃダ---』
ダンテの手の中からピクシーが消えた。
そのままグッと握り拳を作ったダンテは、俺の脚に刺さったままの剣を足で踏む。
傷口が広がる感触に、歯を食いしばる。
「俺はな、サドってわけじゃねえ」
こんな事をしつつ、何を言ってんだこの外人さん。
ダンテの表情を確認する。
生き生きとした、愉悦に歪んだ口元。
「だがな、お前のその睨みつけてくる金の瞳、それがたまらなくて…こないだも追っかけまわしたのさ」
だから…
俺は知らないって、と言おうとしたが
そんな発言をする気力も、余裕も無かった。
今はただ、スキを窺うのみ…
「先に言っておくが…ショボイ火じゃ俺は死なないぞ」
ダンテの急な台詞にいぶかしんでいると。
「この辺りでファイアブレス多用してたもんなぁ?」
等と続けたのだ!
(なんで…全て分かるんだ!?)
その事実に、俺は平静でいられない。
「ま、吐きたきゃ吐いてみろ」
バッとのばしてきた手に、俺は反応すら出来ず
顎を掴まれた。
「キッスで肺に吹き返してやる…」
思わずヤクシニーを思い出し、カッと血が上る。
俺の顎を掴む腕を、俺は引き剥がそうとしたが
両腕でもびくともしない。
脚は刺さっている剣の重みで、期待できない。
片脚では心もとない。
「なんだよ、相変わらず潔癖だなお前」
ダンテは笑いながら、俺の顎を掴む指を
首元に滑らせた。
苦しい。
絞められる…
そのまま背後の壁に押し付けられてしまった。
「コレ、返してもらうぜ」
「ひぐッ!」
脚からずるりと引き抜かれる刃に、悶絶する。
その剣を、ダンテは片手で軽々と扱うのだ。
そもそも力の差が有りすぎる…
「ヤシロ…」
苦しくて、言葉を発する事もままならぬ俺に
ダンテは勝手に語りかける。
アイスブルーの眼が印象的だった。
それ位しか今は認識出来ない。
「何度繰り返しても無駄なのさ、それならいっそ…と俺に懇願したのは誰だったのか…忘れたとは言わせねぇぜ?」
な、何を言っているんださっきから…
「あのジジイの思惑通りに進まなけりゃ、お前は何度だってこの腐ったストーリーをループするんだ…」
メノラーとか言ってたから、あの車椅子の老人を指してるのか?
ループとか…
「がふっ…意味が…わか…なぃ」
掠れた息でなんとか言う。
俺は何故こんな事になっているかが知りたいのに。
有無を言わさず、である。
理由が合ってもおかしいだろ。
「お前が完全な悪魔になる前に、お前との約束を果たさせてもらうぜ」
この人の言っている事…支離滅裂だ…!
俺の血でてらてら艶めく大剣を引き、そのまま勢いをつけて俺の胸元に切っ先が呑まれていこうとした時だった。
パ ァ ン
ダンテが弾かれたように、肩を躍らせた。
明らかに、今したのは乾いた発砲音。
剣を降ろし、ダンテは俺を押さえつけたまま
首だけゆっくり背後を振り返った。
ダンテの腕の隙間から覗くのは、黒い影。
誰かいるのか…?
「へぇ…夢中で気付けなかったぜ」
その影に向かって言うダンテの頭が、微妙に赤く塗れている。
頭、額の真裏辺り…
「脳を狙ったのですが、お元気ですね」
第3者の…声…
「お元気もなにも、よく言うぜ」
ダンテを撃ったのか…!
「僕も仕事ですから、申し訳ありません」
その影がぼやけたと思ったら、途端
激しい金属音が耳に響く。
ダンテと、その第3者が
ギチギチと刃を喰い合わせていた。
大剣と、針葉のような日本刀が…
「日本のカタナってのは本当に出来が良いな!」
「この状況だと、角度によります」
そのまま呑気な会話を続ける2人。
どんな狂人かと思い、痛みに鈍る感覚を奮い立たせ
目を凝らした。
黒い学生帽
外套
「あっ!」
突然叫ぶ俺に、警戒していたのか
ダンテが間合いを取る。
その外套男と俺と、等間隔程度に。
「交差点…!病院付近の交差点の超能力者!!」
ぶわっと記憶が吹き返す。
すると、あの時と同じように
口の端を吊り上げ微笑する彼。
形の良い唇から紡がれた言葉は
俺を戦慄させる内容だった…
「その後、お身体の具合いはどう…?」
何だって?
(この人…)
俺がこうなる事を分かっていて、あの時
あんな事を言ってきたのか?
だとしたら…
友好的になど、捉えられない…!
「へぇ、今回はこのモダンなボウヤが依頼されてるって事か…」
ダンテが剣を構え直し、ちらりと目を配る。
銃の確認だ。
あの外套男もホルスターを着けている。
(銃じゃない、何かのホルスターもある)
これはダンテも警戒しているだろうが
考えたところで、あの筒状の物が何かサッパリだ。
飛び道具が全く無い俺は、正直負ける。
2対1
回復のスキ無し
相手が正体不明
(どうしろってんだよ)
「貴方の推測通り、今回依頼を受けたのは僕…」
その外套男が、ダンテに向いていた刀を横に構える
俺に眼を一瞬向ける。
正直ゾッとした。
あまりに感情が読めずに、俺は困惑してしまった。
あれならダンテの方がまだ判る。
「デビルサマナー葛葉、14代目ライドウ」
デビル…
悪魔に関連した生業なのか?
サマナーって云う事は。
「ハッ 召喚とはまいったな、俺は狩る側だってのに」
肩で笑うダンテ。
「悪魔狩人のダンテ、とは噂に聞きましたが…今回貴方は依頼を受けていない筈。無関係なら何故この少年を付け狙うのです?」
ライドウとか名乗った彼は、台詞を読み上げるが如く
つらつらとダンテに尋ねた。
蚊帳の外のはずの俺は、動けない。
分かる。
この2人、いつでも俺を喰らう準備が出来ている。
その凶悪な欲望だけが、俺の意識を鋭敏にさせていた。
「俺は完全にプライベートで来たんだ、ヤボ用でな」
ダンテが俺を見る
決意の色濃い眼差しで。
「ヤシロとの約束通り、ヤシロを殺してやる為に」
もう嫌だ。
何故知らぬ間に、俺がダンテと約束しているんだ。
(でもあの眼、嘘は言っていない…気が)
と、俺は何故かダンテを信じた。
「またすぐ信じて」
その声のタイミングに、俺はビクリとした。
ライドウ…
「信じ易い、警戒も薄い、潔癖、変に自尊心が高い」
まだ、続ける。
「よく生き延びてこれた事だ」
な、なんだこの男は。
ぞわぞわする。
「未だに悪魔の己を認めず、中途半端な戦い方。マガタマだって嚥下する姿を見られたくないからか、仲魔の前では取り替えない。女性型悪魔に手が下せず、逃走。カグツチの満ちている時は惰眠を貪る」
まだ
まだ続けるのか。
「それと、意外と短気」
吐き気がした。
俺は何も知らなくて。
この2人は、俺のどこまでを知っているんだ?
「お前、相当なストーカー野郎なんだな」
ヒュウと口笛を鳴らし、ダンテがせせら笑う。
俺は、ただただ。
嫌な汗が肌を伝うのを感じながら。
ライドウを見ていた。
もう俺を暴かないでくれ。
人間の尊厳を奪われる…感覚に
焼き切れそうな精神が啓発していた
悪魔狩人・了