悪魔召喚師
無秩序な悪魔
身勝手な人間
どちらも難解なようでいて、ひどく単純だった。
責務をこなす頭の端で、いつも考えていた事。
昔、里を出れば新しいものに出会えると信じて懸命に修行した。
しかし、14代目ライドウを襲名して外界へ降りてみれば
なんら変わり無い世界の仕組みと、生態系が在るだけだった。
意外と絶望していない自分に驚いたが、その感情が何かは察した。
諦めだ。
この世には、白黒・裏表・男女・善悪…
それこそ二進数というものがあるように、0と1。
そして人間と悪魔…
(いっそ動物の方が崇高かもしれない)
ゴウトを羨ましく思う事もあった。
-まさか、こんな風に出会えるとは-
警戒して受けた依頼だったが、無報酬でも本当は良い位だ。
人に非ず悪魔に非ず。
対象名、功刀矢代。
悪魔になった人間。
「もう止めてくれよ!」
彼が叫ぶ。
「何故俺がこんな目に…!」
あの彼が…まくしたてる。
何がそうさせているって?
悪魔の身体。
人間の心。
それらが生み出す葛藤。
周囲の好奇の視線・渇望。
特殊な存在であるが故の悲劇…
「俺をこれ以上辱めるくらいなら…」
彼の声が小さくなっていく。
消え入りそうな震える声。
「何も言わず、もう、殺して…くれよ」
震えるのは声だけではなく、身体もだ。
失血のせいか?否…
(恐怖?それとも恥?)
ここまで生き延びた彼に、死の恐怖などまだ有るのか?
「だから、それは俺の役割っつっただろ」
この声。
異国の悪魔狩人。
「お待ち下さい、彼の命をここで潰えるわけにはいきません」
ダンテと彼の間に割って入る。
その瞬間、ダンテの両手に瞬間的に拳銃が握られていた。
黒と白の拳銃。
あの剣は既に背に携えてある。
(ここでも白黒か)
ちょっと面白くて哂ったら、ダンテはいぶかしんで
「何か可笑しかったかモダンボーイ?」
と茶化すように言った。
「いえ…良い銃ですね」
「おまえのもな」
?と思ったが、自分の両手を目にすれば
自然に握り締められた愛銃と刀。
ああ、そういえば…といった感じである。
片方はダンテに標準を合わせた銃。
片方は功刀矢代に突きつけた刀。
何も考えず自然にそうしていたが、不備は無かったか?
ダンテに刀の方が良かったのではないか?
完璧を求める里の指導がそうさせた。
任務完遂の為の思考回路。
でもこれは
(きっと僕の欲望がさせる行動だな)
「依頼で守ってんのか?お前もメノラーの取りっこに参加させられたってクチだろ?」
ダンテが余裕の笑みで語りかける。
僕も怯む気は無い。
「ええ、そんなところですよ」
「何故そこまでソイツを守るか言ってみろよ?」
まさかそんな質問を受けるとは思わなかった。
理由など問わずに両断するタイプかと思っていたからだ。
悪魔狩人には一言、話しておく必要があるかもしれないな…
「理由は、彼が…この功刀が、そうなのか確認する為です」
「一体何なのを確認するんだ?」
刀を突きつけたままの彼に、ゆっくりと近付く。
鉄の臭い。
僕もダンテも無傷だ。
すべて彼の臭い。
「交差点ぶりですね」
彼の傍まで来て、囁いた。
彼は無言だ、喉元の刀身が気になるのか。
「僕は昔から探しているものがあって、ソレかどうかを確認したかった」
「やめとけよ、ソイツはジジイの所有物だぜ」
ダンテの台詞に、功刀は顔を歪ませる。
<所有物>
この単語が気に喰わなかったんだな…
「貴方がしようとする事は、彼の為だそうですが…今の彼は『貴方の知っている彼』では無いのですよ?」
多分そんなところだろう。
相変わらずの口車に、自身呆れる、が。
「…へぇ、頭が切れるな」
ダンテは心底面白そうに笑うと、銃を片方ホルスターに収めた。
大体推測通り…らしいな。
つまり、功刀矢代は一度ボルテクスを経験していて
ダンテと旅をしたと見られる。
だが創世するものの…
また世界は受胎してしまう。
これを<ループ>と称していたのだろう。
あの依頼人の老人は…功刀矢代に歩んで欲しい道があるのだ。
ダンテの声が思考を遮断した。
「お前にまかせたら、今回のソイツはどうなるんだ?」
「…それは皆目見当つきませんので、お答え出来かねます」
これは正直なところだ。
「でも…」
「でもなんだ?」
「功刀矢代が、完全な悪魔になるところは見てみたくもある」
それを僕が言った途端、空気が凍る。
青ざめる傍の彼。
ダンテは黙っているが…何か思うところがある様子だ。
「ねえ、功刀君」
僕はちら、と横を見る。
涼しげな首元に、血が付着している。
「君がもう一度生まれるところを見てみたいな」
「何…言っている…んだ」
理解不能過ぎるのか、焦点が定まらない。
でも…
完全に悪魔になってもつまらない。
それでは黒になってしまう。
今の灰色が僕の興味を満たすのに…
でも、完全に染まってしまうのも見てみたい。
「ごめんね、僕も最終的にどうしたいか考えていないんだ」
クスリと笑って、視線をダンテに移した。
「貴方が彼を殺しに来るなら、僕が受けて立とう。彼が渡り合えるようになるまでは、僕が代わりにお相手致す」
「俺はヤシロを悪魔にしたくはねぇな」
「僕は構わない」
「じゃあ、やっぱ殺らせてもらうしかないな」
「それは貴方と『前の世界の彼』の希望でしょう?」
今は。
「今は僕と彼の世界なんだ。邪魔しないで頂きたい」
遠くで見守るゴウトの舌打ちが聞こえた気がする。
僕は管を引き抜き、ヒトコト大風でダンテの放つ弾道を逸らせた。
そのまま功刀を引き寄せ、ジライヤを呼び出す。
ジライヤの上に、半分強制的に彼を乗せ
そのまま僕も背に飛び乗った。
「おいおいおい!随分とファンタスティックだな!」
笑ってしまっているダンテに、勧告する。
「まだ召喚可能ですよ、これ以上の数を相手するつもりですか?」
流石に不利だからか、当初の目的を奪われたからなのかは分からないが
ダンテは溜息をひとつして、いよいよもう1丁の銃をしまった。
「今回はお前に預ける。だがな、完全な悪魔にでもしてみやがれ…」
ダンテの目の色が銀に輝く。
「悪魔と同じようにブチ殺してやる」
背筋を一瞬冷たい感覚が奔ったが、すぐに熱くなる。
「上等」
それはそれで、悪魔狩人との本気の勝負が出来そうで興味がある。
「じゃあなヤシロ、乗り物酔いすんなよ」
投げキッスを送り、そのまま去っていくダンテ。
血のような赤いコートは、本営前のホールから姿を消した。
『お主!ライドウとしての責務をよもや忘れたとは言わさぬぞ!?』
すぐにゴウトがとんできた。
ジライヤを管に還し、ゴウトの相手をする。
なかなか厄介であり、上手く回答しないと説教が倍になる。
『そもそも悪魔狩人に喧嘩など売りおって!』
「僕は買ったほうですよ…」
『そうか?お主がやたら好戦的だったぞ』
こんな調子である。
「おい…っ」
声のする方を見ると、功刀矢代が壁にもたれている。
脚の出血が止まっていないようだ。
体力の消耗が激しく、治癒が追いついていないのか…
僕が彼に近付くと、ビクリとして後ずさる。
「なんで助けた」
「先程述べた通り、君がもの珍しいからだよ」
彼の眉間に深い皺が寄る。
「俺は物じゃない!なんだ、その管みたいのに入れってか!?」
胸元に視線が刺さる。
一応召喚の様子も見えていたのか。
「その怪我で…」
「!!」
彼の頤を掴み、寄りかかっていた壁に強かに押し付けた。
「いっ…!」
「よくそんな物が言えるね」
本人は分からないだろうが、哀願するような表情。
今にも首をいやいやと振りそうな。
恐らく今、最悪の結末が彼の脳裏を埋め尽くしているのだろう。
「折角これ、治療してあげようと思ったのにな…」
彼の足に手を這わす。
ベタつうようなカサつくような。
血液独特のすべり。
傷口の近くに指が触れると、彼の身体が強張った。
「そんなに管に入るのが嫌かい?」
ゆっくりホルスターから空の管を抜く。
それをおもむろに、その脚の傷口に突き立てた。
「…!!!!」
声にならぬ悲鳴をあげて、彼は顔を背けた。
そのまま管を、肉の感触を確かめるようにグリグリと突き入れる。
「こうやってね…悪魔を弱らせて封じ込めるんだよ…」
僕の発言の後から、彼はガクガクと震え出す。
管に封じられるのがそんなにも恐ろしかったのか。
脚の管を動かすたび、彼の爪が壁に傷を付ける。
「もう充分弱らせたし、入れようかなぁ…?」
そう言いつつ、傷口から管をずるっと引き抜く。
「あひぃい…っ」
情け無い悲鳴に、俯く功刀。
そのまま管を彼の薄い唇に持っていく。
「汚れてしまったから、綺麗にしてくれないか?」
「…あ…」
意識が朦朧としているのか、悪態すらつけぬと見た。
『お…おい!痴れ者め!それくらいにしておけ!』
ゴウトの叱咤は聞こえぬふりで、そのまま続行する。
「ホルスターが白いから、このままではしまえない」
「…」
「血塗れのままだと、この管に君を封じてしまわなければいけなくなる」
それを聞いた瞬間、彼の中で答えが出たのか
真っ赤に染まった管にむしゃぶりついた。
それを見たら、凄い感覚に襲われた。
今まで使役してきたどの悪魔よりも、服従させた際の
<支配感>とか<独占欲>とかが比べ物にならない。
口の端が上がるのを止められない。
「うっぐ…」
えづいた彼の髪を掴んで顔を上げてみた。
もっと汚れているかと思ったのに…意外にもその表情は
綺麗な涙で濡れていた。
「ご苦労様」
「ぁ…っは…」
管を唇から引き抜いた際の、絡みついた舌の蠱惑的な事。
「お陰で綺麗になった」
ニコリと微笑むと、真逆の表情を返して来た。
「し…」
何か言わんと口を開く。
耳を噛み千切られやしないかとも思ったが、耳を寄せてあげた。
「しね…っ」
「…」
「14代目葛葉ライドウ…死ね…っ」
「フフ」
まさか、この期に及んでそれを言うのか。
なら何故管を口に含んだ?
恐らく彼の中で、限界が2回来たのだろう。
人間部分で感じる恐怖の限界。
悪魔部分で感じる殺意の限界。
…ひどい矛盾。
「いい事を教えてあげようか?」
僕は言いながら、携帯している傷薬を指先に取り傷口にあてがう。
「管には完全な悪魔しか封じれない」
「…は…?」
「元人間の君は、封じれないよ、最初からね」
「な……!」
つまり、あの行為は無駄に終わったという事である。
それを認識した彼は、ショックで池の鯉のようだ。
「ク…ッ、騙して悪かったね、でもお詫びに傷は治療してあげる」
指を傷口に潜り込ませると、今度は素直な悲鳴が響いた。
「ああああっっ痛い!痛い゛〜っっ!!」
「だから塗ってる」
「ぁあ!あ゛…ぁ!」
「少しは目が覚めた?」
引き抜いた指先を見ると、赤い。
なんら僕と変わり無い、血。
ぐったりと床にへたっている彼に向かって言い放つ。
「まだ半分は人間みたいだね、良かったじゃないか」
刃を拭う為の巾で指を拭った。
「なあ、功刀君」
「気安く…呼ぶな」
「僕は<人修羅>を知っている」
途端、彼の目の色が変わった。
そうだ、彼は<人修羅>を探している。
その人の創世を訊ねんとしている。
恐らく<人>という部分に惹かれたのだろう。
「会いたい?」
「…教えてもらうつもりは、無い!」
「そうか、残念だ」
ちゃちゃっと支度を整え、出発の準備をする。
「でも知りたくなったらいつでもお聞き、僕は君の後をついて行く予定だからね」
「もう関らないでくれ…」
よろよろと立ち上がる彼を見て、今から胸が躍る。
その <人修羅>に希望を求めてボルテクスを旅するがいいさ。
『ライドウ、14代目の名をくれぐれも!汚す事の無いようにな』
「申し訳ありませんでした…と、何度申し上げても無駄ですか?」
『くそっ、正直こうなると思っていた』
「そうですか?」
『嫌に執着していたからな、あの悪魔が欲しいのだろう?』
「…まあそんなとこです」
いや、実際どうなんだろうか。
彼を別に悪魔だから〜とか、認識していない。
むしろ人間と悪魔のどちらでもあって、どちらでもない。
それこそ里の頃から求めていた、僕の真に求めるもの。だから。
『しかし、あんな宣告をしおってからに…もしあやつが、お主より強くなったらどうするつもりなのだ?』
「大いに有り得ますね」
『悠長な事だな』
「ゴウト、別に僕はライドウの名を汚すつもりは無いし責務だって忘れてな…」
『どうだか、あの半人悪魔に逆に絡め取られてはおるまいか』
「しつこいぞ、ゴウト童子…!」
声を荒げた僕に
ゴウトの尾がびびっと硬直する。
しかし威嚇の姿勢だ。
「…いえ、すみません…でした」
しかし実際僕は浮かれていたと思い、謝罪した。
『…もう良い、夜』
久々に呼ばれた名に、里を思い出す。
そうだ、きっとヤタガラスの監視下から外れたこの世界だから
こんなにも浮かれているのだな。
なんだ、結局僕も羽を伸ばしたかったと云う事か?
里で習った事…
<強くあれ>
<敗北は認めぬ>
<失敗は許されぬ>
しくじれば、懲罰房で精神を引き裂かれる。
幾人も見てきた廃人…
(ぼくもああなるのか?)
幼い頃から、里を出ても、結局組織に対する畏怖は変わらず
すくすくと育ったのだ。
だが
<14代目葛葉ライドウ…死ね…っ>
あれで僕を容易く越えてくれたら。
この世界でいくらでも遊んでゆけたら。
どれだけ愉しいことだろう。
(ここならヤタガラスに知れず、死ねるかな)
闘いの誘惑、甘い死の囁き。
元の世界より、色づいているこの世界。
功刀矢代の金色の瞳に、殺意にまみれた視線に射られたい。
悪魔召喚師・了