覗き見姦し烏

 
『先程の小童、フトミミとかいうマネカタ…か?』
「人修羅の怯え方、御覧になりましたでしょう。自分もあの面差しは少し憶えが御座いましたので、違いないかと」
ゴウト童子が交差点で戸惑う、この人混みの窮屈さにまだ慣れていない様子だ。
女学生の群れに囲まれ、行く手を阻まれているのを見かね、するりと抱き上げた。
『落ち着いて話も出来ぬ!全く…帝都も随分と俗らしくなったものだ』
「おや、俗っぽいのは昔からでしょう?」
急かされる様に、赤信号になる前に渡りきる。
制御された路、確かに従わねば轢かれる。
『あのままでは逢う人間逢う人間、全員疑って気が保てんぞ』
「ボルテクスでも危うかったですからね、フフ」
帰路の雑踏、大して高くも無い背丈の彼を眼で追う。
避けるのが下手なのか、時折肩がぶつかっては、弾かれている。
『因果だな…ボルテクスの立場と、まるで逆転しておるとは』
腕の中で鳴く童子の背を、指先で軽く撫ぜる。
少し離れて人修羅の後ろを追う。
大勢の思念体やマネカタが、人間の様に過ごす街中で…独り、歩いていたあの時の君を思い出す。

「殺したフトミミに抱いていた罪悪感を持て余しているのでしょう」
『ふ、お主の様に、何も感じぬ様になれば楽なものを』

無防備な背中。
咄嗟に襲われようが、相手が人間の形をしていれば、悪魔の力を出さぬのだろう。
『ライドウ様』
住宅街に出る、ぽつりぽつりと街灯が燈り始めた空の中、一羽、二羽、三羽と舞い降りる。
鳥の脚で、てて、と石畳を隣歩くバイブ・カハ達。
『お帰りなさいませ』
『特ニ不備ナシデス』
『さっきヒトシュラがかえってきました』
其々がカァ、と発する。僕にはしっかりと言葉に聴こえる。
「そうかい、御苦労」
『人修羅の奴、出先で悪魔とやらかしたのですか?消耗している風で御座いましたが』
「お前が気にかけるとは珍しいなモリーアン」
『いえ、大して喧嘩もしてない癖にあの調子でしたら、貴方様の悪魔にふさわしくない』
「フフ、何を云っている…だから今、飼育しているのだろう?」
ひとつ鳴き、蒼い艶の黒羽を広げ、人修羅の家の屋根に飛んでいった。
『ライドウ様、アノ男ガヤハリ犯人ダッタ、流石…!』
「血生臭い部屋だったろう?よく啄ばみもせずに我慢したね、褒めてやろう」
『早クMAG欲シイワ』
「一人一人への配当は姦しくてしょうがないからね、バイブ・カハと成り二階のベランダで待ち給え」
『…ライドウ様ノ、イケズ!』
菖蒲色の艶の翼を広げると、云われたベランダへと飛び立つ。
『ライドウさま、きびしいな〜あんなギリギリまでヒトシュラほうっておくなんて』
「云ったろう?彼がどうするかを見たいのだとね」
『でも九十九針め〜れ〜したとき、チョットあわててたよね』
「…僕が?」
まさか。いくら人修羅が擬態状態とはいえ、あのまま更に胎の皮を剥がれようが、死ぬ事は無い。
「確かにね、人修羅の皮が他の者に剥がされるのは、気分が悪い」
『じぶんはイイの〜?』
「最初にアレの皮を剥いだのはサカハギでは無い、僕だからね」
『……あっはは!』
カァカァ、と笑って鈍色の羽根が数枚舞い散る。
小奇麗な建造物、功刀の家に我が物顔で入る僕等。
『フン、煩い奴等め…』
「しかし三羽に成れば、偵察には有益でしょう?」
揃えられもせずに、蹴散らかされた彼の靴。
ゴウト童子が玄関のマットで脚を拭い、フローリングを軽い足音で歩く。
僕はヒールを揃え置き、人修羅の部屋へと階段を上る。
「功刀君」
ノックも無しにガチャリと立ち入る、案の定君は寝台に横たわり、不貞寝していた。
「意地を張るでないよ、痛むのだろう?その腹部」
片手でごろりとうつ伏せの人修羅を引っ繰り返せば、捲れた着衣の裾から見える、再生途中の胎。
「外してあげようか?魔具」
「……治癒の速度の違いだけだ」
「そんなにあの斑紋、肌に奔らせたくないのかい」
「当然だ」
「あのまま大人しく殺されるつもりだった?」
「…それは…」
「いっそ君が相手に噛み付き、喰い殺すまで完全に傍観に徹するべきだったかな」
引き攣る君の眼、押さえ込む僕の指先に戦慄く手脚。
捲れた君の胎に、じっとりと舌を這わせる。
「ぅ……な…何して…」
再生途中の甘酸っぱい細胞の味がする。滲む感情が気を発する。
薄い筋肉に沿って舐め撫ぞり、徐々に下方に流れる。
スラックスのボタンに指を掛けた瞬間、脚が激しく暴れ出した。
「ざ、けんな変態野郎!!」
上体を起こすと、僕の唾液で光る胎を押さえ、呻き出す人修羅。
「大人しくしていたらどうだい?完治しておらぬ箇所を動かせば痛いに決まっているだろう」
「あんたが舐めて治るもんじゃないだろ…!」
「気が張っていては治癒も遅いだろう、ねえ?」
ぐ、と圧し掛かる、寝台が啼いた。
「フトミミとサカハギ、君は本来どちらに賛同していたのかな?」
耳元で囁きながら、首をゆるりと絞める。
「っ…俺は……どっち、も」
「体裁としてフトミミに寄っておきながら、その実サカハギの狂える気持ちの方が本当は理解出来ていたんじゃあないのかい?クク…」
「やめ――」
「動くな」
冷ややかに制すれば、暴れていた手脚が一瞬止まる。
解いた下肢の着衣から、人間の男性における急所を思い切り握ってやる。
びくりとヒクつく腰を撫で、上目に君の眼を見つめ、哂う。
「今日はもう、寝ると良いよ功刀君」
「な……」
「安心し給えよ、剥ぐとは云っていない」
引きずり出して、被った其処をべろりと舐めた。
「剥いてあげるだけだからね…ククッ」
「ッ……」
「下手な事したら、噛み千切ってあげる…」
羞恥に震えているのか、僕の舌で震えているのか。
嗚咽に近い喘ぎを零さぬ様に、ただひたすらシーツを握り締め、眼を瞑る人修羅。
年齢の割りに未成熟な気さえする其処を、じっとり頬張り擦る。
舌先を隙間に忍ばせ、少しずつ剥がしていく。
「ぁ、あっ……あふ」
以前、カルパで行った口淫よりも、時間をかけて解す。
上擦ったその声が、時折蠢く白い喉の奥で、恥らう君に殺されている。
育った君のものはすっかり皮を剥がされ…
「ラ、ライドウ……ぅ、うう、ァ」
無防備な君を頬張る感覚に、僕はどこか酔い痴れていた。
僕が君に蹂躙されているのか、僕が君を蹂躙しているのか。
「んっ、あ、ああっ!この…不潔ッ…!!」
泣きそうな悲鳴と同時に果てた君の、青臭い汁を嚥下する。
人修羅という悪魔だからなのか、やはりMAGの滲むそれは、糖蜜の様にも感じられる。
すべらかな臀部を指先で鷲掴む様にして抱え込み、根元からじゅるりとしゃぶり上げ、唇を離す。
ぐったりと弛緩した君は、何も無い天井を放心して見つめるばかりだ。
激しく上下する腹部が、ゆっくりと落ち着きを取り戻すのを見計らい…
上着をたくし上げ、胸元を撫で…続けて腹部を撫でる。
呆けてしまった君から、魔具を抜く事くらい簡単である。脱力した身体は抵抗する事も無い。
「傷を癒すにはね、余計な気を揉まず力を抜く事が大事なのさ、解るかい?」
みるみる甦った斑紋、悪魔の血が滾り、君の腹部は薄く膜が張る。
一呼吸の間に、皮膚は再生していた。
「は……ぁ……はぁっ……さ…い、てい」
「ほら見てみ給え、もう治っている」
「下品…低俗……男に…こんな…っ」
文句するのなら、あんな声を出すでないよ。
何故だろうか、無理矢理だって、魔具を剥ぎ取ってやっても良かったのに。
胎を舐めたら、その下も舐めたくなった。
その身を掌握する快感を、味わいたくなったのかもしれない。
先日、サカハギに捕らわれた君を見て…疼いたのだろうか…
「君の皮を剥ぐのは僕だけだという事、解ってくれた?」
人形の様に投げ出した肌を、去り際にひと撫ですれば
泥人形とは違う強い眼が、僕を射抜いた。
「あんたの化けの皮…剥いでやる……」
「僕は何も被ってないよ、立ち振る舞いも、下も君程はねぇ…クク」
「そ、そんな被ってないだろ!くそッ……その、ニヤついた能面、いつか…」
「だから、今日はもう寝ろと云ったろう?功刀君、身体も程好く力が抜けた事だろうしねぇ」
悪魔の身体に、冷たい布団を頭まで掛けてやる。その内側で何やらもごもごと喚く君を無視して窓辺へ行く。
カーテンを少し開き、横へとスライドさせた窓硝子の隙間から冷たい夜風。
ベランダへと身を移す。三羽で手摺に並ぶカラスを腕組みのまま覗き込んだ。
「一羽に成っていろと命じた筈だが?」
『はっ、申し訳御座いませぬ、少しばかり対話をしており…』
『スグ戻リマス!』
モリーアンとネヴァンが即座に答えたが。
『ほらやっぱり!ヒトシュラばっかMAGもらってずっりぃ〜!』
マッハの言葉に、他の二羽が慌ててバサリと翼をはためかせ、半分強制的に融合した。
バイブ・カハと成られては、マッハのみに対する意見も云い様が無い。
「今、この部屋を監視しろとは命じてなかった筈だがね」
バイブ・カハは、グル?と惚け、首を傾げるのであった。


-了-
* あとがき*

最後に取って付けた様なエロパートになってしまったので、隔離しました。