不和の林檎

 


「うちの学年は大正やりますので」
その声をぼんやりと聞く。鼓膜から鼓膜へ、振動させるだけで、理解しない。
「大正?どんなだっけ」
「バンカラとかそうじゃなかったか?」
「やっぱハイカラさんでしょ」
クラスメイトの声で、徐々に脳内が活性化する。
「学帽に黒マント」
「書生って、確か学生だったよね?」
あの、古めかしい姿が浮かんで、外套下から取り出してくるんだ。
銀色の、それは刀か銃か、はたまた管か。
その管というものから喚び出されるのは…
「功刀君!」
心臓がぎくりと捩れる痛みに、思わず机の端を掴んだ。
訝し気な顔で、教卓から勧告してくる橘。
学級長の彼女は、あのポジションによく常駐している。
生来色素の薄いらしい髪を肩に流し、反した手先で零すと、もうひとつ小言が飛ぶ。
「しっかり話は聞いて下さい、一応授業時間使ってますからね!」
元からツリ眼なのだと思うが、それが更にキツく俺を見据えた。
「…はい」
抑揚も無く返答して、俺は黒板に眼を向ける素振りをした。
その一方で、脳内を過ぎるのは…あのデビルサマナーの姿ばかりだった。


「お前さ、眠いの?ま、学園祭とか興味無いんだろうけどさ」
放課後、数分前の事が気になったのか、新田が前の席から飛んでくる。
サンダルタイプの室内履きを、俺の机の脚にカンカンと打ちつけながら訊ねてきた。
「まだ病みあがりで、少し疲れてるだけだ」
「まーだ風邪引き摺ってんのか?そんな重いのだった?」
「いや、こじらせてるだけだ…」
適当に答え、机横に掛けてある鞄の紐を掬い、肩に回し掛けた。
「ちょっと新田君、彼ひき止めて」
橘の声が教室の前方からした瞬間、俺は歩みを速める。
彼女に関わると、少し面倒だ。あの世界の事を少し思い出す。
俺を見て、意思確認の後、生身の人間だというのに悪魔の俺に頼る事もせず…少し、恐ろしかった。
「えぇ、ひき止めろて、何か用事押し付けんの?」
「どうしてそこに直結するのよ」
「ほ〜ら逃げた、橘女王がキレ気味に呼ぶモンだから」
背後の応酬が小さくなっていく。放課後を愉しむ生徒達を後目に教室を抜ける。
西日の薄く射す廊下を黙々と歩いた。部活も入らない俺は、このまま一直線に向かう場所がある。
いいや、それは云い訳に過ぎないんだ。俺はとにかく、家に帰りたくないだけ。


東京…の喧騒。
背の高いビル群。人間が有象無象、入り乱れては飛び交う声、色彩、匂い。
相変わらずの光景に酔いそうになりつつ、駅のホームに滑りこむ。
思い返せば、ボルテクス界は異様な空気だった。この光景から人間を排除した世界。
人間の創り上げたオブジェに囲まれて、息するのは悪魔達だけだったのだ。
「駆け込み乗車は他のお客様の迷惑になります――」
誰も彼も、アナウンスをBGMとしてしか認識しない。
空く時間帯なんて存在しないのでは、と思われる電車に自分もなだれ込んだ。
普段は家に帰ってから二輪で向かうのだが、もうこのまま制服で向かう。
(くそ、後ろのサラリーマン、もっと腕狭めろ)
夕刊なんざ広げやがって。
苛々しつつ視線を肩越しに後ろに配る。が、その夕刊の薄い角に…
「え、っ」
思わず声を上げ、身体ごと振り返る。
するとそのサラリーマンは夕刊位置を少し下げて、俺をジトリと怪訝な眼で見つめた。
慌てて視線を逸らし、丁度開いた目的地の開閉に逃げ込もうと、人の流れに乗る。
機械的にパスカードを改札で通し、階段を登る自分の足先を見つめる。
(何か居た)
小さい、何か、影の様な…夕刊の番組表がはらりと捲れた向かいで、ふわりと舞っていた。
あのふてぶてしいサラリーマンの眼前を舞っていた筈だろう?
(見えていない?)
それとも、俺がおかしいのか?狂っているのか?
ぞく、と背筋を這い上がる。予感がする、この身体でも感じる。
行き交う人混みの中、異質な空気を、肌が感じ取る。
意識し始めれば、それは鮮明になってくる。人間に混ざりこむ…異形の…
(初めからから、こうだったのか、東京全体が)
ビルの壁面を覆う硝子に、ゆったりと泳ぐ大きな影。
カフェの揺れる看板に頭をぶつけながら闊歩する鬼。
突風で女子高生のスカートを捲くり上げ、ケタケタ仲間で笑うスダマ。
でも、誰もその影に気付いていない。事象が悪魔で起こっている等とは、誰も…
何だ此処は、この世界は。
本当に、受胎していないのか?だって、こんなに紛れているじゃないか。
白い空の下、人間に気付かれぬと思ってフラフラしてんのか?
稀に、ほんの稀にだが、人間の姿をする通行人からも感じるんだ。
すれ違う瞬間、向こうも俺の正体に気付いたりするんだろうか。
しっかり隠せているのか?擬態出来ているのだろうか?あの禍々しい斑紋は浮き上がっていないか?


「レジ、交代して功刀君。あっちの棚整理してくれないかね」
客を捌いて、返されたレシートを専用の籠に突っ込んだ俺に、店長から声が掛かった。
「少し腰痛くてさ、すまんね。あの辺の本意外と重量あって」
「いえ、抜けます」
初老の店長とすれ違った際、何も変な気配がしなくて安堵した。
指定された棚の前、台車に積まれた本を納めていく。機械的に動いていれば、忘れられる。
妙な見出しのムック本を、なるべく指紋を残さない様に取り扱う。
とりとめも無い表紙群に、いちいち考える事もしない俺なのだけれど。
「あ、っ」
一冊、指先が拒絶するかの様に弾いてしまった。
オカルト本だろうか、暗い色合いの光沢紙の表紙に並ぶ文句。
《悪魔との共生》
嫌な汗が滲む…俺の嫌悪するソレとの共生?何を謳っているんだ、人間の著書だろ?
見えてもいない人間が、勝手に推察してまくし立ててるだけだ、こんなの。
一体何処だよ、出版元は。
妙な怒りを覚え、思わず中をはらはらと指先で垣間見る。
東京の力場…悪魔が巣食うポイント…宗教絡みと噂される企業が伏字、イニシャルで踊る文面。
“サイ○ース”なんて、あからさまだ。そういえば、氷川はあれからどうなった?
記憶の中の一番古い氷川を思い出し、沸々と何かこみ上げる。思えば、あの男の所為で…
「くそ…っ!」
浅く開いていた本を閉じ、背表紙を押し込み棚に突っ込んだ。
平置きなんて誰がしてやるか。ふざけやがって。
悪魔との共生なんて望まない、そんな世界クソ喰らえ。
見える人間だけが得するんじゃないか、そのごく一部が支配するんじゃないか。
俺は悪魔じゃない、見たくも無い、使役したくもされたくも無い。
もし、支配側の一部になったとしても、嫌だ。
デビルサマナーが支配する世界なんて…ぶち壊してやりたい…
俺を使役悪魔としか見ない、そんな奴等で構築された世界は、何としても避けたい。
(悪魔でも人間でも無い俺は、その世界の何処に位置するんだ)
薄っすらと、頭痛がする。別に、居場所が欲しい訳じゃない。もう、ある意味無いだろう…
でも、排除されるのは嫌だった。
『きゃはは』
はしゃぐ悪戯声。はっとしてすぐ傍を見た。
俺が納めた順に、次々と引き出しては落とす…悪魔か?こいつは…ポルターガイスト?
白い丸っこいふわりとした体躯に、大きい黒穴が眼の様に開いている。
ドサドサと、一冊のバランスがおかしかった所為で崩れていった風に見えるのだろうか、この事象も。
「お前…」
『ははは……ん?』
「お前の事だ!」
『え?え?ナニ?』
とぼけているのか、人間にバレた事が今まで無かったのか。
キョロキョロと空に漂い、隣接する俺に眼もくれない悪魔。その小さな身体を引っ叩いた。
『ピィッ!?』
ころん、と床に転がったポルターガイスト。俺がきっちり磨き上げた床で一瞬寝て、むくりと起き上がる。
『…ぇう……ぅえぇーん!』
ショックだったのか、浮き上がり、立ち読みの人間の頭にぶつかりながら脱兎の如く店から出て行った。
自動ドアがポルターガイストに反応して開くのを見て、今まで勝手に開いていた事を思い出す。
今までのその現象に納得がいって、更に苛立つ。
零れた本を拾おうと、周囲をざっと確認した俺の視界に入ってきたのは…
咄嗟に視線を逸らすOLと、エロ雑誌を立ち読みしている禿げ上がった中年と、遠くレジから見てる店長。
俺がした失態じゃないのに、と思いつつ拾い始めて、ようやく気付く。
(この人達には、見えて無いじゃないか、悪魔)
頬が急激に熱をはらんだ。俺の事、頭がおかしいと思われた、絶対。
最悪な気分のまま突っ込んだ本、もう指紋なんか気にしてられるか。

「功刀君、疲れてたりする?」
ほら来た。
「すいませんでした、少し苛々してたかもしれませんね。此処は無関係ですが」
やや口早に答える俺に、レジの締めをした店長が小さく笑った。
「学校かい?そういえば今度三年だっけかな?」
「はい、進級すればそうですね」
「いやいや、そんな…進級は普通に出来るでしょ君。だってそうでなきゃバイト許して貰えないだろうに」
進級どころか、人間に戻れるか怪しい。
エプロンを畳んで、清掃用具を片付ける。向かい処の無い苛々は、とりあえず清掃行為で発散…させた暗示をかける。
しかし、仕切れず溜め息した俺に、裏手から小さいコンビニ袋を提げた店長が呼び止めてきた。
「おーい、ちょっと、新しいの漬けたから、持ってきなよ」
推測通り、渡された袋の中にはタッパーが入っている。
二重にラップされているのは、万が一零れても最小限に被害を留める為だ。
「いつもすいません」
「いいっていいって、家内が張り切って大量に漬けちゃうもんだからなぁ」
朗らかに笑って、家族の事をしょうもない、と呆れつつ自慢する。
本当は、嬉しい癖に。そんな顔して笑えば解る。
「一品増えると本当、助かります……じゃ俺は、お先に失礼します」
「ん、おやすみ、気をつけて帰りなさい」
鬱屈と、奥底で渦巻く。微笑返しなんて、元から出来ない。
肩から提げた鞄、教科書の横にビニールを突っ込んだ。
既に暗闇の空は、今日も星が見えていない。時折ちらつくのは、飛行する悪魔の眼光か。
(帰りたくない)
あの家に、帰りたくない。今は悪魔の様な男が居座っている。
四六時中居座っている訳では無いが、鉢合わせると心臓が竦む。
もう、あの家に俺の心の拠り所なんか無い。床の抉れたリビングも放置したままだ。
せめて人間らしく、それまでの俺らしく学校には通っているが、ただそれだけ。
母親が消えても、周囲は変わらない。母は単独で働く人だったから。
母の所在を問われたら、どう答えれば良い?簡単だ、海外に出張しているとでも云えば良い。
たったそれだけで、俺の拠り所も、罪も、生まれた場所さえも消失するんだ。
世界にとっては、その程度の事…
《重要参考人として挙がっていた氷川氏が重傷で発見された事を考えると――》
《解らなくなってきましたねえ、これは、アレでしょうか?ガイアとメシアの――》
《ちょ、宗教絡みはNGですよ!》
交差点で流れる巨大な街頭ヴィジョン。周囲の信号待ちの面々も、視線だけでそれを眺めている。
そういえば、何も意識してこなかった…ガイア教だとか、メシア教だとか…
折角の日本なんだから、わざわざ何かに拠る必要は無いだろ。
《さて話題は変わりまして、現在関東域を中心に密かな話題を呼んでいる豪華客船ホテル業魔殿の――》
「ぅあッ」
不穏な声が響いて、周囲の視線が上から路面へと降下していく空気。
最前列で待っていた男性が、何故か道路に突っ伏していた。
女性の金切り声、それに感染する様に拡散する悲鳴で、街頭ヴィジョンの音声すら掻き消されていく。
走行するワゴン車に跳ね飛ばされ、まるで紙切れの様に舞って砕けたのだ。
人間の頭蓋骨から、ずるりと剥けた頭皮と髪の毛が赤黒く照る。
「ぅ、うぅ…ぐ」
こみ上げる、異臭は錆びの臭い。懐かしいと感じたこの身体がおぞましい。
散った脳漿がスクランブル交差点の白線を染めた。まさか、こんな眼の前で。
吐き気を堪え、胸元を押さえつつ視線を逸らした。
(え…)
ざわざわと蠢き、己の身体を抱き締める人、泣き出す人、写メを容赦無く撮る人。
その黒山の中、何かが見えた。
(金髪…)
人かと思えば、次の瞬間、その頭が人だかりの足下までがくりと落ちた。
路面の散った肉を見て、ニマニマと嗤っている。
「あ…あ、あ」
脚と脚の隙間から、その赤い眼で、今度は俺を見つめてきた。
奴が居るのは向かい側だ、それにこの騒ぎだ、急な接触はしてこない筈。
今、襲い掛かられては困る。辱めの呪具でこの身は人間が大半なのだから。
『見えてるのに、知らん振り?薄情なのねェ…』
真っ直ぐに飛び込んできた、雑音に消されない声が。
『交差点って好き、人間の輪の中央に死体が来る形になる』
四足歩行、獣の身体だが女性の顔、声。気味の悪いその姿が這い出てきて、死体の脳漿に歩み寄る。
『円形劇場みたいね?ね?ボウヤ』
人の隙間から垣間見る俺を嘲笑って、その悪魔は肉色のそれが垂れた路面を…ぺろりと舐め上げた。
ずくりと心臓が弾け飛ぶ前に、悪魔の声の届かない所まで、逃げなくては。
既に交通がストップし、人が乱れている交差点を駆け抜けた。
野次馬にぶつかり、罵声を背中に飛ばされたが、もうどうでも良かった。
(バレた、気付かれていた、俺を見ていた)
震えるまま、パスを通してホームで待つ。身体は無意識の内に、最前列を拒んでいた。
もう帰宅ラッシュは過ぎている、ぽつりぽつりと点在する人の中、俺は捜していた。
悪魔が居ないか、息を殺して。

「うげぇーグロ画像見せんな」
電車の中、向かいの男女、携帯電話を相手に見せる女性が笑った。
「酷いねー突き飛ばし?っぽいよぉ」
「電車に突き飛ばしてくんなくて助かったわ、完全に停滞すっからなあ…」
背中がぞわりとした。
それは、悪魔の所業だ…俺は知っている。
でも、眼の前で、もし最初から気付いていたとして…俺は止めたか?
悪魔が自分に向かないのなら、それで…
「違う!!」
息を忘れていたのに、次の瞬間生じたのは、呼吸でなく叫びだった。
ぎょっとした周囲と、その向かいの男女。
(俺は違う、そんな低迷してない、人の死を利用するなんてしない)
人間として生まれたんだ、そんな、悪魔連中の様な真似しない。 しない?出来るのか本当は?考える事だけは、した事が幾度もある?
(悪魔の様な人間…人間の様な悪魔…の境目が…わからない)
…あの眼の前で笑っていた男女は、悪魔だったのか…
悪魔なら良いのに、悪魔なら。それなら俺は糾弾出来る、思う存分。




「おや、遅かったねえ」
テレビの明かりだけで、リビングに居座っていたライドウ。
定位置に戻されたソファに、猫の様に転がって何か咥えていた。
「おい…!此処で吸うなよ」
まさか喫煙とは。そういえばボルテクス…病院の屋上でも吸っていた気がする。
「充分君の焔で煤けたろう?今更ヤニに染まる事も無い」
「俺の家であんたに好き勝手されるのが腹立たしいんだ」
昔の時代から来たという割には、現代文明に仰天すらしていない。
「先刻からニュースと云えばこればかりだったのさ」
リモコンを手早く捉え、数局替え続けたライドウ。画面がくるくると変わる一方、場面は変わらない。
あの凄惨な光景だ。つい先刻見た事故現場。
「結構近いらしいね」
「…あんたには関係無いだろ」
どうせ、野次馬の精神。ライドウはそういう男だ。
此処で俺が済ませるのは、鞄から出した漬物のタッパを冷蔵庫に入れる事だけ。
少し脚のぐらついたテーブルに、鞄をどさりと置く。
「交差点の夜魔には遇ったかい?」
ソファからの言葉に、取り出したタッパを取り落とす。床にビニールごと転がった。
「ライドウ」
「僕は遇ったかを聞いている」
テレビを観るまま、ライドウの声は俺に問い詰めている。
「…悪魔は、居た」
「だろうね、少し映って居た」
「そういうのに映るのか…?」
「映る、隠し身しない限りはね」
リモコンをそのまま切り替え、録画のメニューにしたライドウ。
その動作の自然さに俺が仰天して、落としたままのタッパを拾う事をようやく再開した。
ニュースを録画したのか?巻き戻り、現場の“LIVE映像”という表示の画面で停められた。
正確には、生中継で無いのだが。
「この画面の、左下、居るだろう…?君が見た悪魔かな、どうだろうね」
ライドウの視線を追う、その先の液晶には、確かに…
あの時俺を嗤った、あの悪魔が居た。
俺の眼を見て悟ったのか、ライドウが哂って其処を離れる。
「ねえ、灰皿は無いの?」
「誰も吸わないからそんなもん無いんだよ」
煙草をぐり、と指先で潰したライドウ。煤けた灰燼塗れの砕けた床に、それを落としていた。
確かに、既に灰皿の様な灰山だったから、もう何も云うまい。
「三叉路と交差点が好きな悪魔…冥界の女王ヘカーテに従属せしエンプーサだろう」
奴を辿れば、これまた勝手に冷蔵庫を開けて、物色している。
「エンプーサ…?っておい、勝手に漁るなよ」
「君を監視する様に、もしかしたら魔の城から遣いに出されたのかもね?」
「どうしてバレるんだ……俺、だってあんたの趣味の悪い呪いで身体は人間そのもの…」
「普通の人間が悪魔をジロジロと見つめるのかい?」
ぎくりとして、俺は拾う姿勢のまま、ライドウの足下を見ていた。
黒い足袋、地下足袋っぽさは無く、正絹の艶だった。海外土産でいつか見た、上質なそれ。
「だって…おかしいだろ、こんな世界…」
まだ抉れている床を跨いで移動したライドウは、冷蔵庫から勝手に拝借した林檎をソファに掛けてあった外套で拭う。
「おかしい?」
「おかしい…人間と、悪魔が、普通に入り乱れてる。あんた、よく平気だな…」
「共存?それは君が生まれるずっと前からそうさ」
ホルスターから外してあった刀を、ソファに寝かせた鞘から、すらりと抜刀したライドウ。
同時に、軽く放った林檎に向けて、その一閃を潜らせる。
「そうだね、禁断の果実を口にした瞬間から?フフ」
両断した赤い実を、そのまま片手で受け止めた。分断されている筈の林檎は、ひたりとくっついたままだ。
(刀の刃の厚みがあるのに…?)
薄刃の包丁なら解るが、あんな…それも不安定な状況下で、両断した肉が離れないなんて。
流れる刃物の扱いは、指先が心得ているのか。
「“善悪を知る果実”君も喰らうかい?」
その片手でずる、と分け隔て、片側を投げて寄越してきた。
食べ物を粗末にするのは気が引ける。咄嗟に林檎を掴み取り、タッパは冷蔵庫に突っ込んだ。
「それこそあんたが喰うべきだろ」
侮蔑を放てば、哂って齧るライドウ。そんな動作まで様になってて、腹立たしい。
「食べてはならぬと云われたら、欲するだろう?」
「決まり事は守るべきだ、無意味に作られてる訳じゃない、そんなの屁理屈だ」
「善悪も知らずに無知に生きる事こそ勿体無い、非生産的とはそれを指す。アダムとイヴは食べて正解さ」
「あんたがしている事はじゃあどっちだよ、善人だって云えるのか!?」
思わず握った林檎から、蜜が滴った。俺の指先に伝い、薫りが舞った。
「善人?一応帝都は守護しているね、その区分で云えば善人だろう」
「俺を甚振っておいて、よくその口で云えたな」
「ねえ功刀君、善悪の境目を君は知っているのかい?」
その問いに、俺は答えられる筈も無い。黙って、ライドウを睨むままだった。
「林檎の甘き蜜は、水に投じれば沈む…比重が大きいからだ。でも、それだけかな?」
「何が云いたい」
「人間を作り上げているのは半分以上が水…その中で重くこぞむは、甘き蜜…善悪を身体に取り込んだとしても、肉体が重んじるのは理屈でも知識でも無い、快楽だ」
「勝手な自論抜かしやがって、そもそもあんた――」
「早く齧って御覧?功刀君」
蛇に唆される、そんな気分だった。
ライドウは、既に大半を嚥下していた。俺を見て、促すその掌。
「真の“人間”に成れぬよ?」
そう云われた瞬間、俺は手にした林檎の半身を口に持って行き、歯を突き立てていた。
唇の端から、溢れる蜜、薫りほど甘さを感じない。浅い味、きっと、林檎の責任では無い。
嚥下すれば、申し訳程度にする風味。マガタマと違って、少しの違和感。
今の俺の食欲は、きっと人間の食物では充たされないんだ。
「うーぅッ…ぅグ」
慌てて詰めた所為か、喉で果肉が突っかかる。呼吸が妨げられ、俺は喉を押さえた。
「“Adam's Apple”…そこまで真似しなくとも…フフ」
哂ってライドウが、近づいて来る。学帽の陰から見える双眸が俺を見下す。
「理解した?君には食物が不要…そして僕には必要、人間だからね」
「はァ、っ、てめ…っ」
「善悪の“境”など無い、君がそれを探求する必要は無い。裸身の己に恥じる事は無いのだよ人修羅」
蛇の様な瞳は、俺の喉仏から這い上がる、俺の眼に。
「ただひとつ、僕の悪魔という個体の君は、力のままに憚れば良いだけ、その理由は僕が与える」
「あぐ!」
胎に入れられた膝に反応すら出来ぬまま、呼気は逆流する。
喉を圧迫していた林檎の欠片が、舌上に躍り出た。
そのまま、俺の肩をがしりと掴んだライドウが、押し倒してきて…
テーブルに背を括られた俺は、脚で蹴ろうとしたが、するりと絡め取られる。
俺の力押しは、柔軟な力の前にゆるゆると巻き取られるだけで。
「ん、んぶ、んぅっ」
背筋がぞくりとして、脳内で理解するのに時間がかかった。
噛み付く様に俺の口に、くわりと開けた唇を合わせて、舌を侵入させてきたライドウ。
蛇のそれみたく、ちろちろと、俺の吐き出した果肉をつつく。
するん、と、俺の舌上から攫われた林檎。唇を外したライドウの喉元が、嚥下の為に蠢いたのが見えた。
「君には不要だろう?僕が食べてあげる」
ニタリとして、俺を羽交い絞めにしたまま述べる高慢な眼。
「な、なに…して……」
羞恥というか、もう怒りで。下らない遊びに色が混ざる事がもう、赦せない。
男にこんな事されるなんて…それも、よりによってこの…
「何してんだ野郎ぉッ!」
両腕に力を込めた筈なのに、人間のライドウに抑えられる。
「だって、君忘れたのかい?その胸と胎に、斑紋消しの呪いを穿ってあるだろう?」
云われた途端、胸元と其処が冷えた気がした。確かに、力が出ない気が…する。
俺を人間に擬態させるという名目で、この男…まさか。
「っひ、卑怯者!」
「しかしね、君が力の抑制を自在に操れる様になったとして…僕を殺す事は叶わぬだろうさ」
「…契約、っていうやつ、か」
「君の望みが成就する分かれ道は、堕天使を片付けた後…僕が居らねば成らぬ事だからねえ?フフッ」
つまり、何をされても、この男を殺せない。
最後のその瞬間まで、俺はいいなりなのか。
ふざけてる、こんな契約、どうして受け入れた。
…そういえば、どうやって、契約した?
「狂ってる…」
ただ呆然と呟けば、ライドウが俺を覆う。ただでさえ暗い部屋、俺の上が更に闇になる。
「ボルテクス界と此方、どちらがマシだった?」
その問いに、今は何も返せなかった。形だけは、この世界は同じだから。
でも、俺が変わってしまったんだ。知らなかった事を、知ってしまった。
呑みかけの林檎、喉につかえたままで、善も悪も混濁させてる。
人間が善だろう?悪魔は文字通りだ。それなら、何を苦しむ?
俺はボルテクスで、何に裏切られた?
「蜜まで吸わねば、勿体無いねえ?功刀君」
耳元で吐息と囁かれ、思わず動悸がした。
「ひぐぅ、っ、この、暴力野郎――」
頭の後ろ上に捻り上げられた腕…の先、テーブルに乗り上げたライドウの行儀の悪さに反吐が出そうだ。

ぴちゃ

「――ぁ…っ」
舐めてる。
俺の指先の蜜を舐めてる。あの、赤い舌で。
どうしてか、全身強張った後、ぐらりと弛緩してくる、この堕落感。
こいつ…毒蛇なのか…
「あ、さまし、ぃ…浅ましいんだよ…この、へ、変態…っ」
吠えた筈の俺の声は、情け無く震えていた。
「は、ひぃ…っ……ぁ」
爪先まで丹念に、舌でくすぐるその意地の悪さ。
一本一本、頬張ってしゃぶる、おぞましさ。
握り拳に変えたくて力を込めれば、歯でぎりりと噛まれた。
「イヌガミ」
ようやく終わりかと思えば、ライドウが頭上で発したのは仲魔への呼びかけ。
ずっと隠し身させてたのか、つまりずっと見られてたのか、最悪過ぎる。
「僕が先刻操作していたリモートコントローラ、取ってくれ給え」
『アォーン、リモ・コンカ、マカセロ』
次の瞬間、イヌガミが云われた物を咥えてふわりと飛んできた。
『ナデナデ』
「はいはい」
それも契約か、流れ作業の様にライドウが片手を俺の腕から外した…
(今なら片手が)
好機かと思った瞬間、外された側の腕に鋭く痛みが奔った。
「い――ッ!?」
チクチクと突き刺さる感覚…視界の端に、イヌガミの頭が見える。
ライドウの代わりに、俺の腕を噛み付いて押さえているのか。
「…主従揃って、最低だな」
吐き捨ててやれば、リモコンでテレビの電源を落としたライドウがクスリと哂った。
「仲魔との連携も取れぬサマナーなら、葛葉に居れぬよ」
『クゥーン』
主人に頭を撫でてもらい、満足気に姿を消したイヌガミ。
取って代わるライドウの腕先。俺に自由な瞬間は結局訪れない。
コトリ、と、リモコンがテーブルに置かれた音が響く。
一連の行為が何を意味するのか、俺は困惑のまま睨み続けていた。
すると、俺の腕をするすると、泳がせるかの様に下ろさせるライドウ。
腰の横で止められ、奴の脚で挟まれる。馬乗りひとつで俺を拘束している状態。
「テレヴィジョンの音が煩かった」
「…は」
俺を見下ろす眼が光っている様に見える。真っ暗闇の部屋、漂う林檎の薫り。
「君の呼吸も悲鳴も喘ぎも消して、つまらない」
哂いながらそんな事を云うこの男は、やはりキチガイだ。
そんな理由で、仲魔使って…
「ねえ、一番甘い処、まだ吸い足りないんだよねぇ」
嫌な予感は大抵当たる。
「あ、ふっ、ん、んん〜ッ!!」
息継ぎも無しで、脳内が窒息しそうだ。
静かな部屋には、確かに俺の煩い息遣いが響いて嫌になる。
林檎の蜜に溺れる、水音、薫り…この、甘味は……快楽なのか。
舌が角度を変えて、唇は一番食べ易い位置を探してひっきり無しにあてがわれ。
ボルテクスでも、幾度かされた気がする、この男に。
(味が…する)
さっきの林檎からはしなかった、確実な甘味を感じる。懐かしい毒の味が。
頬が熱い、妙な高揚感に、思わず恐ろしくなり首を振る。
「……何だい…折角無償で与えてやったのに」
唇を外して、舌舐めずりしたライドウが鼻で笑う。
与えてやった…というのは、マグネタイト…というやつか。
「はぁっ、はぁ…っ」
「僕から貰って文句云う奴は、後にも先にも君だけだろうね」
「っ」
頬を白い掌で叩かれた。俺は反抗も返せず、ただ呼吸を整えるのに精一杯だった。
「ねえ、僕の名前、もう解ってるのだろう」
今、空を包んでいる闇。その空気の名と同じ。
不明瞭な箇所も残っているが、このデビルサマナーの事は、もう思い出せている。
「真名で罵ってみればどうなのだい?ねえ、功刀君?」
じん、とする頬と逆の頬をテーブルから離す。ライドウを見た…
その、先日から求められる名というものに、俺の頭は急激に冷えた。
欲するものを、与えてやりたくない感覚。
「あんた……そんな事の為に、俺に名前教えたのか?」
その眼が、哂いを消した。
「それが命令なら、いくらでも呼んでやるよ…なあ、よ――」
逆鱗に触れても構わなかった。俺は、あんたに底まで屈しない。
反対の頬も強かに叩かれた。冷たい笑顔のライドウは、ぐったりした俺から降りる。
「もう良いよ、功刀君。真名は契約の際に用いたから、その確認の意…だったねえ、確かに」
何故だろう、今は叩かれた頬より、胎が熱い。
契約の瞬間を思い出そうとする度、身体がおかしい感覚に襲われる。
「解っているなら、不服は無い。君とて僕にとっては、功刀より人修羅としての存在が貴重なのだからね」
暗闇の中なのに、俺から降りた奴が、部屋から出て行くまでの軌道を捉える事が出来た。
俺が、口を蹂躙されている時に零したマガツヒが、幽かにその身体に絡んでいたから。
このマガツヒとやらも、本来一部の奴にしか見えないのだろうか。
(…人修羅)
そういう、アイコンなんだろう?あんたにとって俺は。
悪魔、駒、礎…
中身が入れ替わろうが、人修羅という異形なら、構わないんだろう。
それだったら、俺だってそうだ。同じ契約条件なら、あんた個人の必要は無い。
下手すれば、葛葉一族でなくとも良いんだ。
なら、どうして俺はボルテクスの頃…
あんたに呼ばれた真名に、意味を感じた?
過去の友人の吐くそれよりも、あの時俺を生かしたそれは…

「…夜」

無人のリビングで独り呟いた。
テーブルに行儀悪く腰掛けたまま、拠れた学生服を正して、傍のリモコンを手に取る。
「くそ、っ!」
無性に腹が立って無闇に投げつければ、テレビ下の棚にぶつかり、ばらばらと中身が零れた。
古い時代のビデオテープという形の記録、俺の過去が収められているそれ等。
テープの背には俺の名前。俺の名前しか無い。
飛び散った脳漿みたいに、俺という個体がフローリングに崩れ散る。
この世界で、誰も俺の実情を知らない。人間の俺は、あの日に死んだという事を。
「…あ」
床に降り、ようやく林檎の芯を握り締めていた事に気付く。
芯の中心から両断されていて、改めて見てゾっとした。
その心と裏腹に、さっきの、あの甘味に引き寄せられる様にして、そっと噛み付いてみる。
(……なにも、甘くない)
微量、林檎としての甘さしか無かったそれを、シンクのコーナーに投げ捨てた。





『周りのビルヂングの光源が多い、星読みすらままならんわ』
小さなバルコニーは、銀楼閣の屋上程では無いが、裕福な家だと解る。
直線的なデザインの施された柵の上、ゴウトが溜息した。
「悪魔が多いですね、それも、擬態した」
『あの雑踏、それを警戒して歩いては身が持たぬ…おい、イヌガミに云ってあるのか?』
「勿論で御座います、あの情報量ではイヌガミの頭が破裂しますからね」
転々と在る街灯も、ガス灯では無い。此処一帯、大きい家ばかり。
この時代の中でも、人修羅の家は上の層なのだろう。
『おい、我等の帝都は大丈夫なのか?帰ったら没していた等、洒落にならんぞライドウ』
「フフ、次に帰る際には、十五代目でもさくっと探しましょうか?」
『たわけ、お主の才と若さ…ヤタガラスがそれを赦さぬだろうが』
知っている。今離れているこの期間だって、詳細を報告していないのだから。
人修羅…きっとカラス共にとって、格好の餌だ。帝都に連れる事になれば、きっと隠し遂せぬ。
その時は、それまで以上に僕がカラスに啄ばまれれば良い、それだけだ…
「そういえば童子、面白い事を人修羅に云われましてね」
『何だ、契約解消か?』
「それは面白くないですね…フフ、いえ、違いますよ……先刻も出た“悪魔の闊歩するこの世について”で御座います」
柵から見下ろす庭、自動点灯のランプが秋の草を照らしている。
「悪魔の入り乱れる世界は、面倒なのでしょうかね」
『…お主は幼き頃から訓練されてきた、人修羅はこれまで見えてなかった、その差だ』
「クク、僕は同情されたのですか」
見えぬ振り、巧い避け方、誤魔化し方。
そもそも。僕にとっての世界とは、これが普通なのだ。
「確かに、一般の“見えぬ者”より労力は要るかもしれませぬ」
『我が現役の頃よりも、お主の時代は確実に悪魔が多い…そして更なる未来…この“トウキョウ”は更に多い』
「人修羅が狂わぬ内に、日陰側の生き方を叩き込むしか無いですね」
僕の生き方を、今まで普通に生きてきた君にぶつけるのは、きっと愉しいだろう。
そうするしか、生きる術が無いのだと、その身体に聞かせる――嗚呼、恍惚としそうだ。
『…誰か、今しがた人修羅を呼んでおらぬか?』
「……下」
遠くに聞こえる音は、獣の聴覚には鮮明なのか。
下階の居間からか…薄く庭芝に漏れる光はテレヴィジョンの光。窓硝子から透過している。
耳を澄ませば、僕の耳にも届いた。

 やしろ〜 ほら、こっち向いて〜
 笑いなさいってほら、やしろ!

「…記録映像でしょうかね」
この時代、個人で映像を撮る事は容易い。肉声と違う、ノイズィなその呼び掛け。
あの崩れた暗闇の部屋で、黙々と観ているのか、過去の己を。
『おい…大丈夫か、あんな未練を引き摺っている奴を、お主の悪魔になぞ…』
「フン、もう戻れぬ記憶に縋るなど愚かしい事この上ない。今に解るでしょう、人修羅にも」
それでは喰い殺されるよ、功刀君。僕に母なぞ居らぬから、理解も困難だ。
しかしね、その母の呼び声すら掻き消す程に、僕が君の魂に呼び掛けてあげる。だから問題は無い。
拾い上げたあの時の眼に、確信したのだから。
僕と同じ形に育つ魂だと。
『…厳しくし過ぎて、壊しても知らんぞ』
黒猫の声が僕を刺し、遠ざかっていく…
大丈夫だろう、だって人間の僕が、まだ壊れていないのだから。
「ねえ?矢代」
無人のバルコニー、星も無い夜空に呟く。
己の名の闇に、彼の名を吐いて…これも契約なのだ、と、瞼を下ろした。
(悪魔の居る世界が息苦しいなど、考えた事も無かった)
(狂わぬ僕が狂っているのか?誰も、教えてくれはしなかった…)
夜風になびく、甘い薫り。
(善悪を知る果実と云うより、不和の林檎だろうさ)
善だけなれば、悪だけなれば、苦しまぬだろう。正しさなど、無い。
普通の“人間”だった人修羅の中で、その認知的不協和が彼を苛む。
あのモラルが彼を引き裂く。人間と悪魔に徹底的な差を見出そうとしていた彼は、押し潰される。
其処より生じる血の様な蜜が滴るのを、僕は待っている。
矛盾に壊されそうになったら、僕に縋れば良いのさ…助けを乞えば良いのさ。
「この“葛葉ライドウ”にね」
あの日、三本松の間で。
ヤタガラスの置く“不和の林檎”を、僕は手に入れた。
ライドウというその果実こそ、カラスの群れで喰い合いを起こしている。
國を護る?その半分は隠れ蓑だ…
その林檎を口に含んだ僕は、カラスの内腑が見える地位を得た。
喰い合いに勝った瞬間に、認知したのだ。
悪魔使役の先にあるのは、國の支配、雑草の排除、化け物の製造。
あの黒猫の中身すら、魂を縛られ使役されている…
中枢まで見た者は、永劫呪縛を受けるのだろう。
(僕は同じ鉄を踏まぬ…すべて、壊してやる)
同じ憎悪に、君も酔えば良い。
化け物同士、互いの林檎酒で、ほろ酔い気分で復讐劇を踊ろうか。
「…甘いね」
果実の薫り、指先に絡む赤い糸を、哂って舐めた。


不和の林檎・了


* あとがき*

日常に戻れたのは形だけ。
人修羅にとっては、変質した世界に見えるそれも、ライドウにとっては今まで生きてきた世界と何ら変わり無い、そんなトウキョウ。ボルテクスで無くとも、悪魔は既に存在していた事を認識する、そんな回。人修羅の心理描写で解る様に、彼は契約時の行為を思い出せていないです。これが後々波乱を…
SSにはちらりと出ましたが、人修羅のバイト先は書店。
ライドウは愛撫好き、キス魔。人修羅は色々浅い所為か、感度鋭敏。悲劇なり。
名について指摘され、少し逆切れなライドウ。

《エンプーサ》
ライドウの説明のままです。交差点というワードから採用。翼は無いデザインの方で。

《林檎》 …がテーマでしたが“冷蔵庫に比較的有りそうな物”で選出しました、という無計画性。
禁断の果実、黄金の林檎、は神話によく出るモチーフですが。あえての《不和の林檎》
不和の林檎は、ギリシャ神話のトロイア戦争を引き起こしたきっかけで…黄金の林檎の別名だそうですが。祝いの式に呼ばれずに怒ったエリスが「この林檎を一番綺麗な女神に」と云い、ぽん、と式場に放置すると…ヘラ・アフロディーテ・アテナがそれを取り合う…誰が美しいのかを周囲に問い…と、まあ林檎ひとつで戦争に発展してしまうという…
「己が真に美しいと思う一人を選定すれば、他の二人によって何かをされる。己はそれを回避したい⇒他の者に選ばせる」これが廻り廻って、結局火の粉になるのですが。
黄金の林檎は“認知的不協和”を対象者に引き起こす為のメタファーらしく。認知的不協和というのは「人が自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す」との事。
矛盾を抱えてその不快感を解消する為に、幾つかの行動指針を定める。しかし、それが実行出来なければ、他の捉え方(認知)をして解消せんとする。
ややこしい上、勝手な解釈で文中に置きましたが… 人修羅とライドウにとって、互いが黄金の林檎の状態。という事をそれとなく表現したかった。

《人修羅にとっての矛盾》
認知A「散々甚振ってきたライドウが憎い」
認知B「今の自分を知る、拾い上げてくれた人間、縋れる相手」
この矛盾を解す認知Cを追加する
⇒認知C「互いの目的の為、契約中は共生する」
しかし、契約と無関係な部分で依存が発生すればどうなのか?ここで認知を追加する可能性が有る。
⇒認知D「 」

《ライドウにとっての矛盾》
認知A「人修羅を利用して、ヤタガラスを潰す」
認知B「自分と同じ心を共有してくれるのではないかという深層心理」
この矛盾を解す認知Cを追加する
⇒認知C「契約という形を取り、人修羅を悪魔に育て上げる(認知Bの最終的な打破)」
しかし、これが今後完全に遂行出来るのか?人間の彼を消す事に戸惑わぬのか?ここで認知を変える可能性が有る。
⇒認知D「 」

この認知D以降を考えるのが好きで書いている…そんな感じです。
軽く云えば、己へのいいわけであって、誰しもが齧る林檎だと思います。

《葛葉ライドウ=善悪を知る果実⇒不和の林檎》
これを欲するには、人間を捨てる覚悟が必要。それを食まんと、烏達は喰い合う。それを喰らう為に育てられた仔烏の一羽だった夜。善悪を知る果実を喰らえば、いつかは人間に成れると心のどこかで思っていた。ライドウの立場に成り、外界に出た時、彼は哂うしかなかった。文献の知識は有ったものの、彼の守護する世界は、ヤタガラスが暗躍する里と大差無い世界だった。そして己は、ライドウとしてしか生きれないのだと思い知った。 善悪を知る果実と云えば聞こえは良いが、夜はこの林檎を、ただの不和の林檎としか、今は思っていない。そして善悪というものは表裏一体であり、境目は無に等しいと思っている。

妙にだらりと書いてしまいましたが、流してやって下さい。上記の様な意識で書いた回。林檎の薫りのMAGとマガツヒ。