死の舞踏

 

揺れるのは、視界か。俺の脳内か。
「何…地震?」
「やだ、大きい」
口々に上る呟きが、講堂内を埋めてゆく。下階の開くままの出入口から、微かに聴こえてくる。
(違う、地震なんかじゃ、ない)
堕天使の召喚で現れたのは、巨大な体躯の悪魔。
白んだ灰の色に、大量に生え揃う脚。百足の様な、それでいてずんぐりとした胴は芋虫の様な。
(気持ち悪い…何だ、あの悪魔…!?)
窓越しに見える、列成す生徒の合間を掻い潜り蠢く異形。
悪魔の見えていない彼等は、その妙な振動に首を右往左往させるだけで。
「この集団は、今の刻…お祭りをしていたのかな」
俺を抱くまま、ルシファーが云う。
「同じ衣を着て、集団で統率される…軍にも近い仕組みだ…ガッコウ、というのは愉しいかい?」
至って紳士的な微笑みで、そのまま何を云い続けるのかと思いきや。
「しかしね、完全に群れを支配するなど、無理なのだよ矢代」
黒い爪を、するりと虚空に泳がせる。
「天界がそうだった様にね」
奇声を発した悪魔が、途端暴走し始める。演劇中の舞台の段差に激突し、講堂全体が啼いた。
「ルシファー……か、閣下」
「何かな」
泳がせた指先、今度は俺の眼前でくるくると円を描く。
すると、講堂内部から悲鳴が、まるで合わせた様に輪唱し始めた。
硝子越しに、まるで別世界の様な光景が見えた。
「な、何故」
「何故?云っただろう、お前の行動が見たいのだ」
何らかの劇をしていた舞台には、照明が落下し残骸が散乱していた。
その下敷きになった生徒だった肉片を、悪魔は啜っている。
「胎を空かさせておいた、さぞ飢えている事だろう」
艶やかな黒い爪の指先、指揮者の指だ。
遠隔で悪魔を操っているのか?しかしその飢えは本能からであって、多分…指先とは無関係。
照明の落下、その打撃に負傷した生徒から血が溢れる…事は、普通だ。
血生臭いが、それは普通の事象なんだ。
「ニーズホッグは屍肉が好物…死んだモノの肉の方が美味との事だそうだ」
でも、人間の手脚が、ひとりでにミンチになっていく事は、普通じゃない。
「う、うっ、うグッ」
音が鮮明で無いにも関わらず、その肉の蠢きが粘着質で。
引き摺りだされる腸がぶちりと途中で千切れ、死体の身体はがくりと床に落ちる。
頭から喰われたなら、制服でも見ない限りそいつはもう、女子なのか男子なのか判らなかった。
ああ、ボルテクスの頃の感触が甦る…
「だから、わざわざ殺してから頂くそうだ…人間もそうだったろう?踊り喰いの方が特殊と聞いたが」
脚組みで遊びに腰掛けるまま、堕天使は革靴の踵を壁にカツン、と軽く打ちつける。
その少し後になって、下方からバンバンと叩く音と悲鳴が聞こえ出す。溢れる事は無く。
「空間を固着させた…」
「な」
「簡単に教えてあげよう、扉を閉めて、施錠しただけだよ」
うっそりと微笑んで、俺を窓際にそっと押し付ける。
「え……と、閉じ込めたんですか」
「魔術的な鍵で、だが」
無理矢理観せられる演劇、壮絶な舞台。悪魔が霧の息を吐けば、ドミノの様に雪崩れる人垣。
見えていないのだ、逃げた先に、その悪魔の剥き出しの歯が笑っていても気付く事なんか出来ない。
「っ!」
思わず眼を瞑れば、背後からくすくすと嗤う声…天使の声で嗤う悪魔の気配。
「今すぐ、その窓を突き破り、殺しに行ってみてはどうなのだ…矢代」
「で、でも」
「たかだかニーズホッグ一匹…慣らしになる様、お前が死なない程度の者を選出してあげたつもりだよ」
「俺は、俺は見られる…っ…」
血の臭い、塞がれた空間から零れ出す、その鼻腔を犯す臭気。
人間は出れぬというのに、阿鼻叫喚の空気は濃密に俺を刺激し、苛む。
「俺が悪魔の姿になっているのは、丸見えなんですよ!?あの場の人達に!」
「そうだろうな」
「ど、どうやって、出て行けと云うんだ…貴方…様、は」
どうして俺は、こうも自然にへつらってんだろうか…
するすると、形だけでも敬う口調になってしまう。そうでもしなければ機嫌を咎めそうで、恐ろしい。
「その選択は任せよう」
俺の眼鏡をかけたまま、レンズの向こうの蒼い眼が愉しそうな色に輝く。
その風貌だけ見れば、海外雑誌のモデルの様なのに。
「其処で舞台人が消えるまで観賞するも良し、飛び込み自身が見世物になるも良し」
「嫌、です…悪魔の斑紋を、見られるのは、イヤ…いやだ」
「そうか、ならば其処で大人しく観賞すると良い。なに、演劇には変わり無い、お祭りの予定通りだろう矢代」
こんなの、違う。
此処で演劇の後、軽音部の演奏があって、その後閉幕式。
長い学校長の話にうつらうつらとする生徒が視界にちらほら。
俺はその後、片付けを事務的にして、帰宅……する筈で…
と、そこではっとした。
(帰る先にも、あの男が居る)
この死臭漂う演劇が無くとも、俺に悪魔を感じさせない場所なんか、無いんだ。
そもそも、今此処で飛び出して行った所で俺に何が出来る?
だって今、身体に打ち込まれた呪いで俺は悪魔の姿になれない。
そう、ならないのでは無い。
“なれない”んだ。
そう、俺は見殺しにしているんじゃ無い。
これは…

不可抗力だ

「ふふ…そうして眉を顰めて見下ろすお前も…悪くない」
「っう」
窓から顔を背けても、髪をそっと撫でられて…頭の向きを修正させられる。
その指先の穏やかさが却って恐ろしくて、反抗など出来ない。力を、厳かなその恐怖を感じるんだ…
それは、俺が悪魔としての力をこの堕天使から受けたから…だろうか。
カルパの底で、赤い腕に包まれた記憶が今更フラッシュバックして、眼の前が赤く染まる。
(ああ…赤い…)
俺は赤く血溜まる講堂内を、熱い身体でただ眺めていた。逃げ惑う人間達を。
何処かに、何処かに出口は無いものか、と。
まるで煙に燻されたモルモットの動きだった。
上の窓辺への梯子は、我先にと掴み取ろうとする人間の群れが押し掛け奪い合う。
飴玉に群がる蟻の大群の様で。黒い蠢きが蟲にも似て、単細胞の動きだ、あれは。
「たった一つの事しか考えられぬのだろう…哀れで、哀しいな、ほら…しっかり瞼をお開き…息子よ」
「んっ!」
鼻先から額にすぅ、と翳された掌が頭上に行く頃には、引っ張られた様に俺の瞼が上がっていた。
「あ、あっ、崩れる!」
簡易的な梯子は過重負担に耐え切れず、壁との結合部から音を立てて崩落した。
落下…圧死。一瞬だ。
「蜘蛛の糸の様だ…ふふふ…わたしの領分とは違うが、そう思ったよ」
ああ、早く終われ、もう何も見たくない。
咀嚼される体組織を眼の前にして、傍の生徒を突き出す教師も。
封じられた出入口で圧死する黒い山も。
悲鳴というより怒号の渦で。
見えるものしか敵に成り得ないのか、邪魔な人間を殴る人間さえも見える。
「ほら、御覧なさい。これが人間の舞台…だろう?悪魔と違う?お前が嫌悪する存在と」
耳元で囁かれ、俺はようやくこの吐き気の根源を知る。
統率なんて、され得ない。集団になればなる程、パニック時に本能が剥き出しになる。
この箱の中に居るのは、悪魔だけじゃ、ないのか。
「いっそお前の焔で死体を掃ってやればどうかな?」
「…で、出来ません」
「邪魔な障害物が減った分、残った人間の逃げ回る猶予も増えるだろう」
「先延ばしにされるだけです、そんなの…残酷、です」
「観賞時間が長引くのは嫌と云う事か?我儘な仔だね、どちらが残酷かな?」
首筋に、感触…項をそろりと撫でられる。肩がびくんと大きく震えた。恐ろしさか、反射的にか。
「この脈、決して畏怖と嫌悪だけでは無いだろう?」
静かな囁きは棘を含んでいる。俺の弾けそうな理性を、先端で突く。
「さ、触らないで下さい、お願いします…お願い」
「熱い血潮こそ人間の証だ…滾っている理由はとても悪魔らしいが…そうだろう」
「か…か、閣下!」
かすれた声しか出なかった。図星に耳が熱くなる。この感覚、信じたく無い。
この酷い舞台を観て…嫌悪する一方で俺は…やり場に困っていた衝動を、疼かせている。
「違う、違うんです!俺は、ア、悪魔だけだったら…」
気付けば、この熱の云い訳をしていた。
「悪魔だけだったら、殺せてます」
「ほう?人間の眼が無ければ?」
「八つ裂きにします!」
云ってしまった…
くすくすと喉奥で嗤うルシファーは、戸惑いつつ叫んだ俺を馬鹿にしているんだ…きっと。
云い訳だという事、きっと解っている。
「お前が人修羅で本当に良かったよ矢代…その言葉が聞けただけで、此度は収穫が有った、な」
頭をふわりと撫でられて、項をトン、と叩かれた。
その場所に突起が無くとも、身体が覚えている急所への反射。
体勢を崩し窓に拠りかかった瞬間、その面がまるで水の様に透過された。
(身体がすり抜けた!?)
窓硝子はぱしゃぱしゃと水面の様に波打って、かと思えば瞬時に硬化する。
「ああ、すまない…手が滑った」
金の髪をするりと肩に払うルシファーが、窓硝子越しに微笑んだ。
振り返り、その透明な壁を両手で叩く。思っていたより分厚い。
「開けて!開けて下さい!!」
「言葉が得れたなら、次は行動が見たいと思うのが普通の欲求だろう…だからラジオの次にテレヴィジョンを作ったのだろう?欲が社会を創るという仕組みは成程感心するよ」
「閣下!俺は今悪魔…人修羅に成れない!擬態解除出来ないんです!」
「それがどうしたのだ?可愛い息子よ」
眼鏡の中央をくい、と黒い爪先で上げて、蒼い眼をたわませる。
「しかし見えているのだろう?力は備わっている筈」
「助けて、助けて下さい!!俺はまだ死ねない、死にたくない…っ」
梯子も崩落した上部の足場。皆俺にはまだ気付いてないと思うが時間の問題だ。
最後の一人になれば、きっとニーズホッグの餌食だ。
(最後の一人?)
…最後の一人なら、眼は無い。
(誰にも、目撃されない)
「矢代、心は決まったかな?」
その遠い様で、その実眼の前に居る声に、はっと我に返る。
冷や汗が首筋を伝う…
(此処で、最後まで観ていれば、俺だけは助かる?)
肌を喰う呪具を毟り取って、人修羅に成って、ニーズホッグを殺す…
(駄目だ、その後呪具を再度着けたとして、同じ様に擬態出来るか確証も無い)
違うだろ。
俺だけの為に、此処で息を潜める決意をしかけていた俺が。
気持ち悪い。
あの、轢かれた死体を撮っていた奴等と、同じ…
傍の人間を囮にして突き出した人間と、同じ…
ああ、ああああ。
ひた隠しに人間として居ようとすればする程、俺は迷走してる。
見えるから?悪魔の力を持つから?
人間らしさを求める感情と裏腹に、ドス黒い部分にしか、眼が向かない。
身体が求めるから…
「う、ぅうっ、グ」
咽返る血の臭いが、脳髄を刺激する。
(どうして、こんな目に…)
ボルテクスの頃の気持ちで、眼の奥が熱くなる。

 やり返せ 復讐しろ 引き裂け 灰にしろ 

 お前は人修羅だろう。
 この建物ごと燃やせば早いじゃないか。

 悪魔の力を揮えば容易い。

「さあ、舞台は有るのだから、存分に踊りなさい矢代」
ルシファーを眼の前に、俺は現実に背を向けて蹲った。硝子に縋るまま。
もう、何も信じられない。
俺の本当の姿を知って尚、変わらず居てくれる存在なんて、無い。
母さんなら…居てくれたと、思う。
そんな存在を、俺は殺した。魂に気付かなかった、なんて、それだって云い訳だ、見苦しい。
用意された舞台は、晒し者になる舞台。俺はピエロ。悪魔という化け物。
そんな舞台で踊りたくない。
観客が皆殺しにされるまで、舞台袖でじっと見つめていれば良いのか…?
眼の前で、そんな罪人の俺を愉しそうに見つめる堕天使が居るのに?
どちらにせよ、俺は醜い。

 誰か 誰か助けてくれ

 俺を舞台の影に、見えない所に

 どうか奈落に――…

「…矢代」
前方の声に、顔を上げる。
俺を通り越すその蒼い視線に、予感がしてゆっくりと俺は振り返った。
妙な声がする、鳥の囀りの様な、風切り音の様な。
「相変わらずイヨマンテかい、読みは当たったな」
黒い学帽に、外套。でも、此処は校舎のあの階では無い、俺のクラスメイトでは無い。
大きな鳥からするりと落ち、足場の柵にトン、と飛び降りた。
「あ…あんた、どうして」
唖然として、そんな言葉しか出なかった。
「月が肥えてきたからね、そろそろ君も疼くかと思い、監視をつけていたのだよ」
「な、監視って」
「この辺は烏が多くて助かるねえ…お陰でバイブ・カハも巧く紛れるよ、フフ」
静かな空間。そういえば、と慌てて柵に拠りかかって下階を見る。
「み、皆死んで!?」
「眠っているだけだよ、君も聴いたろう?こいつの歌声…子守唄という一種の技だ」
俺の傍の柵に爪を引っ掛け、留まった大鷲の悪魔…薄っすらと冷気を感じる。
「フレスベルグとは、またこれは嫌味だなライドウ」
窓越しのルシファーの声は、落ち着いているが少しだけ…語気が強い。
「ニーズホッグには最高の取り合わせでしょう?ルシファー閣下?」
更に飛び降り、俺の隣から窓際へとカツカツ歩み寄るライドウ。
「どうやって入った?」
「学校の一画が妙な気配と聞きましてね、まあ今日が学園祭で助かった、フフ」
どうして、こんな状態の建物に自ら入るんだ、この男。
「先刻の一瞬、施錠を弛めましたね、閣下」
硝子に映るライドウの顔は、臆する事も無くルシファーを見つめている。それも、哂って。
「“手を滑らせて”頂いたお陰で入れましたよ、他の窓からね」
そうだ、先刻柵に拠りかかった際、違和感が有った。
反対側の足場を確認すれば、窓の一部が割れている。
誰も渦巻く地獄の中、硝子の割れる音等気付かなかったのだろう。
「読唇かい、好きだね」
「唇の動きなら、悪魔は要りませんからねえ…」
「ライドウ、君には人修羅を踊らせる事が出来るのかな?」
「勿論で御座います」
張り詰める空気、と、それを裂く轟音が下から響いた。
「舞台化粧の為に楽屋に引っ込ませて頂きますね、閣下…クク」
「ぅ、わっ!」
学生服の襟首をライドウ掴まれ、引き寄せられる。
柵を乗り越え、俺を横に抱き上げ、跳んだ…!
「馬鹿!!此処は高――」
人間という頼り無い己に怯えて、思わずその腕に縋る。
落下の感覚の直後、ぐず、と鈍い音。
視線だけで下を確認すれば、ライドウの長い脚の下は…
「ど、退け!降りろ!早く降りろ!!」
「衝撃は和らいだろう?」
「ふざけるな!し、信じられない…っ」
「既に肉塊なのだから、この程度は赦して頂きたいものだねえ?」
軽く飛び、血で滑る床に足場を移したライドウ。
蹴り跳んだ衝撃で、人間だったモノの眼玉がぼろんと零れた。
眼孔にヒールが丁度抉れていたのか…俺はそれを直視してしまい、込み上げるものを必死に止めた。
「オベリスクを思い出すね、こうして君を抱えて跳ぶと」
「黙れ…」
ホルスターの巻かれる胸元を突き飛ばして、床にへたり込みつつ俺はライドウから逃れた。
「待ち給え、そのまま躍り出るのかい?」
背にその声を受けると同時に、視界の中央に見える悪魔を捉えた。
一度睡眠に中てられたが、すぐに起きて人間の咀嚼を再開したらしい。
先刻の轟音は、目覚めに身体を捩った際のそれだろうか。
「う…っ」
じわじわと、後ずさりすれば、黒い壁にぶつかる。
「他の眼が無ければ、殺せるのだろう?」
読唇…したのは、ルシファー相手だけにじゃ、ないのか…
「ほら、おいでよ。ニーズホッグはしばらく屍肉漁りに夢中さ」
「や、放せ、っ」
「舞台化粧すると云ったろう?」
フレスベルグに何か合図をしたライドウが、俺の腕を引いて器具庫の扉を開けた。
「ひっ!!」
どさどさと人間の壁が崩れて、ライドウの足下を覆う。
「人間にはよくよく効いているからね、滅多な事では起きぬよ」
爪先でぐい、と肉壁を押し退け、俺を器具庫に突き飛ばすライドウ。
寝ているのか死んでいるのか…最早判別不可能な人の海に、その勢いで突っ伏した。
「あぐっ」
「君まで寝るで無いよ、イヨマンテを呑んでいる事は知れている…狸寝入りは無意味だよ?」
背中を蹴られたと思えば、次には服ごと引っ張られて壁に押し付けられる。
流石に此処は埃っぽいのか、舞い上がる薄い塵に咳き込んだ。
「あの悪魔を殺したいならば、少しばかり大人しくしておいで」
穴から逃される釦…
「な、何しやがるてめぇッ!」
その横っ面に拳を見舞おうとすれば、釦に掛かっていた指先はしなやかな枝の様に、俺の拳を受け止めた。
「あ゛ぁ…っ」
「大人しく、と云ったのが聞こえなかった?」
胎にライドウの膝が入り、一瞬視界が霞んだ。
ずるりと壁伝いに落ちれば、ライドウは馬乗りのまま俺の学生服に再び手を掛ける。
「ぅ…」
嫌だ、何する気だ、またキス?いや、それに脱衣は必要無いだろ。多分…アレの解除…
「ピアス、なら…自分で、っ」
「僕のMAGと共鳴しなければ外れぬから」
「触るなあ…ッ!俺に、俺に…っ」
見下ろしてくるライドウの愉しげな笑みは、興奮しているそれだ。
それが殺戮衝動なのか、性的な衝動なのか、そのどちらでも俺は困るのだが。
「く、っ」
と、その笑みが形を潜めた。
俺の胸元が、ほんのりと熱い…
しゅるりと白いたなびく影が、ライドウの腕を締め上げる。
「功刀君…これはどういう事、だい…っ!」
指先にまで喰らいつくその白い蛇の様な蠢き。
空いた腕で抜刀したライドウは、その巻きつく白の先端を斬る。
ゆるゆると腕の締めを弱くしたソレを、歯で思いきり引っ張るライドウ。その伸びきった白を今度は斬る。
散り散りになったソレが、俺の胸の上にはらはらと舞い落ちた。
「あ、悪魔…?」
「胸のポケットに忍ばせておいたのかい?フン、感情に反応する仕掛けか…防衛本能が引き金…」
刀を片手にしたまま、ライドウは笑みの狂気を更に色濃くした。
「誰?何処のサマナーと組んだ?」
「ひぎ、ああぁッ、あ」
膝が、股に強く入り込む。急所を膝頭でごりごりと潰される。
「君がねえ…フ、フフッ…まさか先に動くなんて、これは出鼻をくじかれたね!」
「いだ、痛いィ!違う!知らない!俺そんなのはぁあッあ」
「シキガミを胸に忍ばせておいて、何が知らない、だ!白々しいね!」
釦が千切れる音がした。先刻聞いた人間の細胞が引き千切れる音にも似ていた。
刀の切っ先に制される腕は動かせず、俺の前は開かれた。
「まず胎のだ」
シキガミに噛まれたのか、幽かに血塗れの指先で、ライドウは俺の臍の金属を撫でる…
と、次の瞬間に、ずるりと抜ける感触。一瞬の熱さ。胎に吹き込む、血潮が廻る久しい感じ。
「う…」
「胸だ」
「あ、ああ、ああああ」
何してんだ、こいつは。
「くそ、糞野郎っ!指!指で!」
喚けば、ぎりりと喰い千切られそうに強く噛まれる。
引き剥がそうとすれば、乳首ごと持っていかれそうで…
「は、む…ふ、フフ…勃ってないと、抜きにくい、ので、ね」
「ホモにしろ性質が悪いんだよ!この変態っ!変態っ」
罵れば、ライドウの舌の動きが活発になり、俺は下手に口を開いて居られなくなる。
周囲の人の山が気を失っていると解っていても羞恥に焼け付く、心臓が速く刻む。
「ぅ、ぐ……ぁ、あ、っ」
金属が穿つ肌を、引き伸ばそうとする様な、そんな動き。
かと思えば、乳首の先をしつこく舐る。ライドウの長い睫さえ胸を苛む。
「……気持ち、悪い、っ」
搾り出せば、ようやくライドウが唇を離した。つう、と唾液が糸を繋ぐ。
「その割には勃ってるね?もしかして君、妙に感度が宜しい?哀れだね」
「ひぐぅッ!!」
乳首を爪先で弾かれると同時に、股座を膝でぐり、と圧迫される。
熱い身体、息苦しい、唇がどうしても浅く開いてしまう。
呆然と虚空を見つめれば、胸の突っ張る感覚がふ、と消える。
「終わりだよ、三つ全て外した」
その意味を数秒呑み込めずに居たが、霧が晴れた様に視界がクリアになってくると、自覚した。
上に跨る男から、じわりじわりと流れ伝う魔力を、鮮明に感じる。
布越しだったのが、直に触れる皮膚の様に。
(人修羅…!)
視線だけで己の胸元を見れば…脈動する、黒い斑紋。おぞましいその、久々の姿。
「さあ、化粧は終い。たった一人の観客の為に踊る訳だが…」
立ち上がり、腕組みして俺を見下ろすライドウ。
よろめきつつ立つ俺を、その紫紺の仄暗い眼で追ってくる。
「身体の熱を解消したいだろう?功刀君」
それは、俺の悪魔の衝動に対してか?それとも、今の…セクシャルな行為での…それに対して?
寒気がする。肌を見せる事は、斑紋と関係無しに嫌悪感が先行する。
「あんな悪魔と同じ場所に閉じ込められたら、殺るしか無いだろ」
「フフ、そうこなくては」
「あんたみたいに殺生好んでする訳じゃない」
シャツの釦を、残る部分だけ閉じていけば、くつくつとライドウが哂う。
外套をさら、と捲り、刀の柄に指を掛けつつ発した。
「特等席で黙って見つめるままと、どちらが残酷かな?」
ばくり、と心臓が重く鼓動する。
「僕は殺すよ。観られたくないのなら、其処だけ幕を下ろしてしまえば良い」
「している事実は変わらない、殺戮だろ」
「では君は、此処に閉じ込められた者が全滅するまで黙って見ていたのかい?」
喉の奥が震える、本当はそんな事、考えたくない、と。
「僕は誰の為でも無い、何処まで出来るか、挑めるかに快感を得たいから最善を探すのさ」
すら、と抜刀する。その切っ先は冷たい光を自ら発している様に見える。
「あんたは…人助けと称して、遊んでるんだ…戦いたいだけの戦闘狂だ!」
「クク、そうかもねえ?ライドウという立場は非常にそれを実践し易い」
「俺を哂えるのかよ」
「自分を哂うなぞ、もう昔からしているさ」
その最後の返答が、嫌に耳に残った。
「さ、そろそろ出ようか。いくら肉片と云えども、弔ってやれる数を減らすのは減点対象だ」
いちいち云い方に腹が立つが、もう俺はこの男についていくしか無いんだ。
先刻…どうしようもなく、蹲った瞬間に脳裏を過ぎったのは…
「ライドウ」
振り返る、冷淡な瞳。ボルテクスから変わらない。
「久々なんだ…手本、見せろよ」
小さく呟いた俺に、その綺麗な唇の端を吊り上げた。
「…良いよ、よく見ていて御覧…」
ああ、その横顔、視線。ずっと俺に注がれてきたのを、身体は憶えている。
この男の名前が、崩れてしまいそうな先刻の瞬間、浮かんだんだ。

流れる足取りで歩み寄り、器具庫の扉を開け放つライドウ。
フレスベルグが囀りを止め、鈍い動きでもぞもぞと咀嚼していたニーズホッグがピタリと静止した。
(こっちを見ている…)
子守唄は永続して効かないらしい。まどろむままに食を続けていたあの悪魔は、今覚醒したんだろう。
「おいで」
空いた腕を伸ばしたライドウ、その腕にフレスベルグが留まる。
「ラタトスクでは無いが、お前に囁こう」
腕にかかる重量はかなりの筈なのに、ライドウは涼しい顔で続けた。
「此処はフヴェルゲルミルに非ず…よって、あのニーズホッグに処罰を与えねばならぬ…だろう?」
呪文の様に腕の仲魔に囁いて、片手の刀を差し向ける。
「演劇の題目は北欧神話だ、フフ…!」
黒いヒールが床を離れた。ライドウが駆け出すと、フレスベルグも大きく羽ばたく。
肉を吐きつけるニーズホッグ、それを刀で両断して往くライドウ。
人間だった肉を容赦無く排除する、障害物として。
接近を覚ったのか、ニーズホッグはその歪な口から、濁った色の霧を散布し始めた。
(あの霧、毒だろうか)
あの男は人間だ。耐性が無いだろうと思い、思わず腕に力が入る。
「掃い給え!」
小さく叫ぶライドウ。傍を滑空していたフレスベルグがその身を捻りつつ、翼を大きく羽ばたかせる。
ザン系にも似たその衝撃の軌道。一帯の霧を逆流させ、やがて掻き消した。
それに怒り狂ったのか、ニーズホッグの尾と思わしき先端が高くまで振り上げられる。
下ろす先の目測をしているのか、わきわきと生え揃う脚が蠢く。気味が悪くてしょうがない。
その間合いに自ら飛び込むライドウは、やはり戦闘狂なのだろう。
振り下ろされる前に、その胎を狙い、鋭く斬撃する姿。
傷から爆ぜる血に濡れる前に、間合いからいつの間にか抜けている。
『ウロチョロ スルナ』
空気の微妙な振動を鼓膜が拾う、きっと一部の者にしか拾えない周波数。
ニーズホッグの戦慄きがその声音に凝縮されていた。
しかし開いた口は直接言語を発する訳も無く、次は冷気を撒き散らす。
フレスベルグはそれを頭から被ったが、耐性持ちなのか平然と飛び続ける。
そういえば傍に来た時、あの鳥は冷気を放っていた気がした。
悪魔の性質を理解してなければ出来ない動きを、ライドウはしている…
(俺の参考になりゃしない)
いっそ、このままライドウが葬り去ってくれたら早いのに。
思った矢先、跳躍してアイスブレスを避けたライドウが、着地と同時にしゃがみ込む。
何処かに喰らったのだろうか、まさか。
「流石に足を取られるね」
台詞の割に全く慌てる様子も無く、ライドウは余裕の笑みで俺にちらりと一瞥呉れた。
凍結した床。あいつの靴底がいくら頑丈だからと云って、チェーンタイヤの様にはいかないだろう。
「ライドウ!」
俺の脚はいつの間にか駆け出し、冷気漂う地帯にまで到達していた。
「っう、わ!」
一歩踏み入れただけで、俺はバランスを崩して尻餅をついてしまった。ずきりと臀部が痛む。
仁王立ちのライドウは、フレスベルグを盾にしながら俺を見た。
「随分な登場だね、喜劇?」
「ぅ…っせえな!!こうして滑るから、何とかしてやろうって…」
と、見上げた先に、体液をだらだらと垂らしつつ尾で立つ影が見えた。
ライドウの背後、すっぽりと俺達を覆う程の影を作るニーズホッグ。
咄嗟に動こうにも、足運びが出来ないのだ。
「功刀君、“こいつ自体”に火は効かないよ」
たった一言ライドウは唱え、ニタリと哂った。
その絶望的な言葉に、俺は翳した指先を彷徨わせる。
フレスベルグを動かす気配も無い、一体何がしたいんだこの男は。
ゆっくりと振り下ろされてくる胴、蠢く大量の脚の一本一本が嬉々としている様に見える。
「ライドウッ!」
眼で奴に訴えながら叫んで、翳していた指先を俺は地に着けた。
泡の様に蒸発するアイスバーン。熱い水温が一瞬で拡がり、一帯の氷を水溜りにする。
「及第点」
ニヤ、と一層笑みを深くしたライドウ。
水を蹴り、俺の襟首を鷲掴みにして跳躍する。途端、上がる水飛沫。
波打つ液体は、濁った黒っぽいニーズホッグの体液が油の様に浮いている。
あのままあそこに居たら、下敷きになっていた…そう思いぞくりとした。
その悪寒も、打ち付けた身体の痛みにすぐ書き換えられたのだが。
「っ…痛ぅ……あんた!もっと丁寧に救助しろっ」
「ただ燃せば済むと思っている君には最適な悪魔だね、ルシファーも人が悪い、クク」
「だって、人じゃ無いだろ」
ライドウと違って受身も取れずに床に転げた俺は、ヒリつく項の突起を撫でさすった。
氷より幾分かマシな水浸しの床は、周囲の肉塊の血も巻き込んで酷い色をしている。
「あの脚が邪魔だね、功刀君」
刀で蠢く脚を指すライドウが、フレスベルグをちらりと覗き、指を唇に運んだ。
軽快に響く指笛、鷹匠の様な流れる動きで巨鳥を制するライドウ。
ひらりと後方に宙返りしたと思った瞬間には、フレスベルグが低く滑空し、ライドウを背に乗せていた。
掃い落とそうとするニーズホッグはまたもや尾で立ち上がる。
その頭より更に高い位置まで飛び、ライドウがカラスの様に舞い降りた。
恐ろしく切れるその刀で、触手めいた脚を上から削ぎ落としたのだ。
『コロス コロシテカラクッテヤル』
片側の脚が殆ど失われた悪魔は、俺にもはっきり認識出来る言葉で呻いた。
当のライドウは涼しい顔で着地し、足下に転がる無数の脚を蹴り飛ばしつつ俺に歩み寄ってきた。
その血生臭い姿に、思わず後ずさる。
「君が殺さなくては、観客席から野次が飛ぶのではないかな?」
「火が効かないんだろ!」
「君の武器はそれだけだったかい?」
血掃いした刀を鞘に納め、ライドウは丸腰の姿勢を見せた。
「触るのが嫌だとか…そういう事を吐いたらその股間を蹴り潰してやろうか」
背筋が凍る。この男なら、本当にするだろう。どうせ再生する、とかそんな事ほざいて。
「おやおや…片側が機能しないキャタピラの動きだね」
哂ってニーズホッグを眺めるライドウの傍、俺は学生服の上を脱いだ。
確実に、汚れるだろうから。
「解っている?あの悪魔は一定方向にしか旋回出来ぬのだよ?どの方向から穿つか考えているかい?」
「いちいち煩い」
「敵の行動可能範囲を減らすのだよ…どうすれば可能性の枝を手折れるのか、常に考え給え」
囁くライドウは、既にフレスベルグを傍らに留まらせている。俺が殺れ、というモーションだろう。
俺は溜息と共に、両腕に力を込める。いや、正確には力じゃない…
斑紋がドクドク云っている。項がビリビリする。
「君が魔力に依存しているのは承知してるよ」
その声に顔を向けた瞬間。
「む、ぐッ」
噛み付かれた唇、離れ往く隙間から零れ落ちるMAG。足場の水面に光が跳ねた。
「充ちたろう?ククッ…ほら、存分に殺しておいで」
「こんな、っ…こんな方法じゃなくっても流れてるだろ!」
「違いが判らぬなら、君の感度はおかしいね。不感症でもあるまい?」
感じるから腹立たしいんだろうが。空気を通じて届くMAGよりも、明らかに濃い。
MAGの霧に唇が薄っすら濡れるのと、MAGの飴を直接舐める様な、そんな違い。
人間の腕の様な脚をうぞうぞと捩じらせて、捻くれた角度に襲い来るニーズホッグ。
ライドウは用意周到に、奴の胴体が這い寄る側に俺を立たせていた。
「最悪」
ライドウを睨んだ後に、視線を敵の悪魔にそのまま流す。あんたも敵も似た様なもんだ。
たった今口から注がれた力を、腕の先まで伝える。
脳が電気を流す様に、意識の水門を開いて斑紋からMAGを流し込む…
(呼吸を落ち着かせろ…)
ニーズホッグの歪な歯が剥き出しになり、何かを吐こうと振動した。
(攻撃の瞬間が一番の隙なんだ)
思い出せ、思い出せボルテクスを。
駆け出す脚は軽い。踏み込めば普段の二歩分。地を蹴れば重力に逆らう様な浮遊感。
歯が囲む暗闇の奥目掛け、跳躍した俺は腕を振るう。
爪の先が鋭利な刃の様に空気を裂いて、続いてニーズホッグの歯を砕く。飛び散る破片が俺の頬を傷付けて落ちて往く。
「消えろっ」
ひしゃげた頭の脳天目掛け、もう片腕を振り翳して叩き込む。吐き出されるのは毒霧でも無く、胃液らしいソレで。
「消えてくれ!頼むからッ!」
頭がぱっくり割れているのに、まだ暴れるニーズホッグ。
その裂け目に降り立って、開いた傷口に指先を突っ込む。粘着質な音と、生温かい肉の感触。腐臭。
「ぅぇえ…ッ」
吐きそうになりながら、その指先の感触を頼りにまさぐる。
外殻の鱗は硬く、突っ込んでいる腕の表皮を容易く抉ってくる。
暴れる頭に脚でしがみつくまま、指先に感じる脈動を絡ませて確信する。
これが脳なのか、何なのかは判らない。悪魔の身体構造なんて、下手したら脳は無い。
だが、頭に位置する内腑は重要に決まってるだろ。
「う、ぁああああああ!」
斑紋どころか血管までくっきりと浮かび上がる程に、俺の腕先に力を注いで抉りこむ。
潰せ、潰せ!
握り込み、熟れた果実を掌で潰す感触というのだろうか。
いよいよ大きくのたうつニーズホッグ、頭を床に打ち付け始めるが、削がれた脚の所為で一定間隔になっている。
引き抜いた腕を俺は再び突き立てる為に、虚空に一度伸ばす。どろりと指先に肉がこびり付いていた。
「スクカジャ」
ライドウが向こう側でさらりと唱えれば、フレスベルグが俺に囀る。
眼が熱い、心臓が速く波打つ、皮膚が空気の動きを鋭敏に感じる。
振り落とされた先、脳内が比較的冷静に捉えた。
横転したまま身体をくの字に曲げ、その長い胴で俺を挟み込もうとしている悪魔…を、見据えた。
見える、その動きは抑制されている。そして、今は補助が俺に有る。
(軟い胎なら捌ける!)
ぐぐ、と閉じきらない身体の隙間に掻い潜り、下から大きく薙ぎ裂いた。
アイアンクロウは見事に目測通り、ライドウの斬り付けた胎の裂け目に重なる。スクカジャのお陰だろうか、滑らない。
ぶつぶつと細胞を千切って往く感触、嫌悪と裏腹に熱くなってく身体。

 殺せ、殺せ悪魔は。
 俺をこんな目に遭わせた奴等を引き裂け!

「はあっはあっ…」
一層水飛沫が上がったと思えば、それは悪魔の返り血。
俺はそれを全身に浴びながら、眼の前で痙攣しつつ分断されたその残骸を見る。
「…汚い…」
ただ、今はそれしか考えられなくて。
呟いた俺は、口内に入ったニーズホッグの血をその残骸に吐きつけた。
窓の外から拍手が聞こえても、笑顔になんてなれる筈も無かった。
ミス・キャストだ、こんな舞台。


死の舞踏・了
* あとがき*

いよいよ人間の世界で暴れてしまいました。閣下が手を滑らせたのは勿論態とです。
久々に書いた所為か、いまいちな描写になってしまいました。本当はもっと血生臭い空気を醸し出したかった。 人修羅は云い訳に加担してくれる存在を無意識に求めている。同情すべき存在の彼ですが、逃げ道をひたすら探すその姿勢。そこに痛々しさと一種の共感性を抱いて頂けると、此処の作品が嚥下し易くなってくるのでは、と思います。
ライドウは人を救う事に一切の情を挟まないのか…それは追々の彼の行動で見定めて頂ければ、と。自分の為、という事には変わり無いですが。
さて、胸元に忍ばせておいたおまじないがシキガミだった訳ですが……雲行きが怪しいですね。

そういえば閣下、眼鏡パクるな。

《ニーズホッグ》
古代ノルド語で「嘲笑う打撃者」
真2だと硬そうで百足みたい。IMAGINEだと柔らかそうで芋虫みたい。どちら寄りにするか迷いましたが、混合させたイメージで結局書きました。フヴェルゲルミルという泉に住んでいる竜。ユグドラシルの根を齧っている。泉に流れ着いた死者の血肉を喰らう。

《フレスベルグ》
「死者を呑みこむ者」という意味の名。ユグドラシルの梢で世界を見下ろしている。ニーズホッグとは犬猿の仲。勿論ライドウは解っていて召喚した。本当に嫌味な奴である。

《死の舞踏》
表題ですが、作中で特に触れてません(舞台・演劇、等は幾つか連想させる為に云わせましたが)リストの曲の方では無く、14世紀頃西洋の様式美の方です。死は均しく訪れる、その死生観を表現した絵画や彫刻の事。これの流行る一世紀前、戦争やペストでぼろぼろ死んでいく最中の集団ヒステリー(半狂乱で踊り続けたり)を「死の舞踏」と称していたそうで…
講堂内の空気を一言で表すのはこの言葉かな、と思い。