薬棚の整理も終わった、次は出立の準備だと窓辺の寝台に寄る。寝台下から車輪付きの長持ちを引き摺り出し、ヨッコラと姿勢を戻す。窓の外は夕間暮れで、菫と橙の狭間には黒い影。ソレは段々と迫って来る、オレの勘違いじゃあなければアレは……
 勝手口の方が近い、隣部屋から外に出た。竿竹に通した振袖が、沈む陽を浴びギラリと光ッている。その陰から、ひょこッと顔を現した紺野。今日は打って変わって、座敷童でも着そうにないボロ着物。いいや、それが普段着って事か。
「よォ、振袖回収しに来たンかい」
「いえ、其れは壺御上の私物でしょうから。それに回収のお使いを頼まれてもおりませぬ」
「そうか、じゃあ干しといていいな、もう数週間あのまんまだけど。で、ナニしに来た?」
「救命して頂いたので、御礼を伝えに」
 その台詞にムズムズときて、思わず語気が荒れた。
「ンなワケ有るかい、オレに文句を云いに来たんだろうよ!」
 怯む事なく紺野は哂う、あの狂気的行動の直前に見せた笑みとも、また違う。肯定とも否定とも取れん、読めないカオだ。
 とりあえず、と屋内に引きずり込み、今回は籐の円椅子に座らせた。寝台じゃあ目の毒だ、いとも簡単に甦る、あの光景と感触と。
「お前を抱いたの、大間違いだったなァ……」
 小型金物をひとまとめにした抽斗、其処から重い鋏を取り出した。ズッシリと指に馴染む刃物片手に、振り向いたが紺野は動じず。オレは思い切り振り翳し、切っ先を額の手前でピタッと止めた、やはり動じず。
「ホラ見ぃ、紺野は死ぬの怖か無いんだ、違うか?」
 紺野の黒髪をわしりと掴み、シャクと切った。次第に躊躇も失せて、一心不乱にザクザクと。
「適当を云って、お前に全てなすりつける事も考えた、というより考えてた。万が一の場合には、使い捨てりゃイイとな。それだッてのに、お前が種を呑んだ瞬間、何もかも崩れちまッた、なにもかも」
 鋏を床に放り、紺野の帯を毟り、ボロ着物を剥ぎ取った。白い頸に吸い付きたいのを我慢する時点で、どうかしてる。
「髪、やっぱ短い方が似合う」
 呟きながら箪笥を開き、一枚見繕う。紺野は結構長身だし、オレは特別大きか無ェし、端折れば問題無く着れるハズ。
「そのトンがったモミアゲなんて可愛いモンだよ。此処で抱いた時に初めて知った、縁が無けりゃあ他人の顔なんぞマジマジ見ないからねェ」
 擦り切れた肌着の背に羽織らせて。袖を持ちクイクイと示せば、紺野は片腕ずつ通してくれた。
「豪奢な柄も、溢れんばかりのレースだフリルだも要らんよ。お前は無地で充分」
「自分の着物は」
「髪屑掃うの面倒だろう、それにあンなボロいの、さっさと捨ててしまえ」
「替えは多くありませぬ」
「此れをくれてやッから……紬の鉄紺、イイ色だろう。お前ちょうど紺野って云うし、眼の色と似てるし……月光をひとさじ零した夜の色かな」
 紺野の前にしゃがみ込み、自分の肩に掻けといた帯で結んでやる。帯の鈍色は純白ほど眩しさも無く、鉄紺に馴染んだ。
「どうして呑み込んだ、あの時」
 立ち上がらずに問い掛ければ、唐突にも関わらず紺野は即答した。
「死ぬ時は、美しい景色の中で……と常々考えておりました。しかし貴方から種の話を持ち掛けられた際、閃いたのです。御上衆の目の前で、異形となり果て散るのも一興かと」
「一興ッって」
「疑心や保身にまみれ喧々囂々となる大人共を見、其れを笑いながら地獄への手土産とするのも悪くないと、そう思ったので御座います」
「ンな……お前さん、なァ……」
 どういう顔して喋ってンのか、見るのがイヤで。オレは紺野の膝腿を縋った。
「ですから津留様、貴方が僕を救命するとは想定外だったのです。貴方にとって、利の有る行為では無い」
「さっき云ったろう、抱くんじゃなかったッて。一度カラダ繋げると駄目だなァ……そりゃあそうだ、お前を使い捨てようとする可能性が、自分でも既に怖かったんだから」
 この際なンで白状した、怖かったと。壺への憎悪も殺意も本物だが、ソレ等が感覚麻痺させてくれる約束は無い。
「あの時、お前に呑ませた蛇、アレはトウビョウの一匹でね。聴こえてたかもしれんが壺の云う通り、アイツの家の蛇だ」
「同じ蛇蠱とは存じておりますが、蛇を譲り合うは縁者のみであった筈」
「昔……里の外に暮らしてた頃。壺の家から差し向けられた蛇達が、オレの身内を一晩で殺し尽くした。だが向こうサンもうっかりしてたなァ、オレの存在を知らんかったのさ。オレだけ狙われず生き延びてね、暫く放心してたんだが……一匹だけ傍に残っとったのよ、小さい白蛇、ソレがお前に呑ませたヤツ」
「呪殺者の認知にあらずんば血縁とて逃れられる、そういう事ですか?」
「違うよ紺野、オレは養子なんだ。身体特徴からして蛇蠱筋だろうッて事で、蛇蠱の家に拾われたが……ま、お前と同じ親無しよ」
「外法を使役するは博打が過ぎるかと」
「ほほっ、云うねェ。襲撃されたものの、オレん家のトウビョウだって少しは残ったさ。しかし結局、一番馴染んだのは壺の白蛇。あの晩、オレの憎悪に共鳴したんだろうなァ、だから残って憑いたんだろうね」
「……種を呑んだ其の蛇は」
「居るよ。この後連れ出すから、管に入れてある」
「呑んだ呪いはいずこへ」
「さァ……蛇に呑ませたなんて初でね、分からんな」
「貴方の中ですか?」
 本当に察しが良い、利口なヤツ。
「ふ、はは……ッ」
 あまりに直球で、堪らず笑った。
 そう、オレと白蛇は分離せどもほぼ一心同体。馴染んだと云った通り、相互に作用は有る。それこそ、先日に出た共感呪術に通ずる。トウビョウ蛇は相手に呪いを運び落とす、もしくは憑いてから呪いを引き寄せるのが前提だ。つまり発動した呪いそのものを呑み込めば、術者は呪い返しを受けたに等しい。
「ヤツの家の蛇で……ヤツより大成し、いつか仇討ちしてやろうと、因果を見せてやろうと思った。胸の内ではずうッと目論みつつ、里に住処を置いた。クソジジイは、出来るだけ苦しめて殺してやりたかった。あの種は散々吟味した、とっておきの呪いだ。でも、呑ますのは難しかったな……大群で押し入り殺すは力業だが、暗殺しようとなれば同じ穴の狢は難敵ッて事だ。だから腰砕けで頭もドロドロに蕩けてそうな、お前相手の時なら狙えると考えた」
「しかし託した僕には裏切られたと」
「お前を切り捨てる事も頭に有ったオレだ。最終的な立ち位置は同じよ」
 腿のぬくもりが何故か名残惜しいが、オレはフラリと立ち上がり紺野を見下ろす。ザクザク無遠慮に切った髪は、誰がどう見ても不揃いだろうな。勝手に鋏を入れるという傲慢さを棚に上げ、オレ自身は満足していた。ジジイの欲望に応えていた黒髪を、すべて祓い落とせたから。
「死なせてやれンで……悪かったな」
 眼を見て呟けば、紺野はゆっくり瞬きした。
「この後、何処へ行かれるのですか」
「あのジジイの本家。紺野は朦朧として憶えちゃおらンと思うが……あの晩は流石に悲鳴が響きまくったせいで、他の御上がわらわら集まってな。壺はアソコに蛇ぶら提げてるわ、オレは笑い転げてるわ、お前はぐったり死体の様だわで、騒然としとったよ」
「穏便に済むので?」
「結局、他の連中もあンま介入したくないのさ、呪殺者同士の揉め事だからねェ。〝今後、逸脱行為の無い様に話し合え〟とは里のお達しだが、話し合いもクソも有るかい」
「津留様、何故相手の方へ向かうのですか、針の筵でしょう、数が違う」
「じッとしてても呪いが回るか、壺の縁者から色々寄越されるだろ? そンならね、決闘しに向かった方が良い。オレが暗殺に失敗したまま死んだら、もう好き放題云われる、家の名に傷が付く。単身乗り込めば、そういうの美化する連中のお陰で、幾らかマシに伝聞される」
「家も何も、貴方は血縁ですらない、命を懸ける必要性も感じない」
 引き留めてくれてンのかと、そんな甘い妄想をした。改めて考えれば、天涯孤独の身の上だからこそ、僅かな縁に縋ってンのかもしれない。お前はどうなんだ紺野、この里で殆どを過ごしてきたんだろう、葛葉以外の道も照らされず、壺みたいな連中に嬲られながら。
「紺野、お前からは〝他人の為〟に見えるのかもしれんが、これはオレ自身の為に命懸けてンの」
 お前の行く末が、正直怖い。お前こそ、他人の為に殺しそうだし、他人の為に死にそうだ。
「申し訳御座いません、出過ぎた口を利きました」
「何云ってンだ今更、むしろ畏まり過ぎだ、餞別にもっと喋ってくれてもイイくらいよ。あッ、そうだ餞別といえば」
 さっき整理した薬棚、大抽斗にだけ残しといたモノが有る。もし来た場合は渡そうと思って、未練がましく用意しておいた。
「ホラ、やるよ」
 干菓子の缶をかざせば、紺野は軽く眉を顰めた。
「安心しなッて、あの時のとは別物。此れはオレがその……自分で食べる為に保管してた分、だから未開封」
「いえ、自分には頂く資格が無い」
「イイから受け取れ。どうせもう此処には戻れンし、残しても腐るだけだ」
 ポイと放れば、立ち上がり即座に掴む紺野。正方形のソレをじッと見つめていたが、おもむろに椅子の座面に置き、封を切り蓋を開けていた。早速一粒摘まむのか、案外子供っぽいトコ有るじゃないか、とオレは笑った──ハズが。
「……う……んんッ!?」
 何をされてンのか、ようやく知覚する。やんわり肩を押し戻せば、首に腕を回され。反射的に唇が開いた途端、スルリと侵入される。舌が寄越してくる砂糖の塊は、既に角が取れ始めていた。
 紺野の重心は心許無い、合わさる口が時折ズレて歯が当たる。チラと足下を見れば、目いっぱいの背伸びに耐える足袋がギュウギュウと唸っていて……ソレを認めた瞬間、オレは紺野を激しく掻き抱いた。菓子が消えても舌を味わい、唾液で首を塗らそうと遠慮無しに。
 あァ、オレはあのジジイと同属なンだろうか。こうなるまいと避けた筈なのに、どうして寝台に押し倒している。着せたばかりの着物を開いて、肌着を取ッ払って、薄い胸に頬擦りしては舐めしゃぶり。
「どうぞお好きに」
 あの日と同じ言葉で以て、自ら股開く少年。
(入りたい)
 オレは血流の音を聴きながら、紺野の背中に回った。傷だらけの肌に背骨が影を作り、窓からの斜光がメラメラと彩る、やはり地獄絵図。
「バカ、折角生かしたッてのに、此処で繋いだら呪いが流れ込むかもしれんだろ」
「中で出さなければ平気では」
「ははッ、生娘みたいな事云いやがった、可笑しいねェ。陰部からの結合は、まさしく合体ッて事だよ。気を付けろよお前、これから先……」
 背面から胡坐で抱え、ひたすら紺野を扱いた。押し殺された溜息と悶えが、見えない蛇の様にオレの愚息に絡みつく。紺野の尻にブチ撒けては情けない、自分の下穿きは脱がずにおく。
「ぁ……津留様、お構い無く」
「様とか云わンでくれよ、立場使って手籠めにしてるみたいで……今の、コレは違うよな? オレは菓子くれてやッたら、もう帰すつもりだった」
「津留さん、僕は別に……達する望みがあって、許した訳では……菓子の対価に出せるものが、身一つだったまで」
「菓子缶ひとつでガキの一夜買えると思ってンのかい」
「相場は関係無い、先刻捨てろと云われた様な襤褸しか持ち合わせが無いのだから……選択肢が無い。相手にとって価値有りと判定されるものが僕自身である事を、散々叩き込まれた。この理屈が通らないと仰いますか」
 暫く返事が浮かばずに、オレは右手だけ動かすていたらく。他人のイチモツなんざ本来触りたいハズも無いのに、手の内で息衝くコレが愛おしい。
「だ、から……も、いぃ……ゃ…………ぁ」
 時折腿をビクリと震わせ、消え入りそうな声で喘ぐ紺野。指先が軽くヌルつき始め、ニチニチと響く音が証明してくれる。
「ホラ、こっち向け」
「んッ」
 オレの心はひらひら踊ッた、モミアゲに頬擦りし、再び唇を吸う。もう何年も忘れていた幸福感が、人肌の何たるかが満ち満ちていた。
「うぅ~っ、んッ……ぅぐ」
 紺野の呻きを呑み込めば、同時に吐かれた体液がオレの指を濡らした。唇を離せば、息も絶え絶えの紺野。突っ込まれてもしゃぶらされても冷静なモンだったが、自分の性欲を直に触られるのは堪えるって事か。
「気持ち悪かッた?」
「……いえ…………悪くは、無いです」
 虚脱した時がなんたらと云うジジイの声が蘇り、咄嗟に掻き消す。しかしオレの雑念を嗅ぎ付けたか、寝台のふもとでガタガタと音がした後、シュルシュル這い上ってきた影。長持を勝手に開いたか、まろび出たのはトウビョウ達だった。
──何かと思えば、そんな小童相手に懸想しおったか。
 複数の蛇の眼が、此方を睨む。傍らの紺野は動じてないものの、視線に視線で返している。そんなジロジロ見ないでくれ、まるで恥部を晒す心地だ。
「オイッ、誰もそんな事頼んじゃおらん」
 まるで自分の手脚の様に、紺野を求め出す青蛇ども。白い爪先に絡もうとする一匹を払えば、胸の内に電流が奔る。堪らず硬直し、冷や汗が垂れるのを無言で感じていた。
──我々はお前の思念を餌に育ったのだから、否定すれば返るは道理。
──折角、快楽だけをお前に伝えてやろうというのに。
──入りたいが入れぬと、今しがた嘆いておった。
「違う、悪魔使ってヤるなんて、それこそ邪道で…………」
 もはや言葉が続かんかった。家の宝であり、オレの唯一の武器であり、シモベであった蛇達と、此処で対立してはお終いだ。長持からワラワラと更に数匹、野次馬みたいに寄って集って、見世物じゃねえ。
 絡まれる紺野から嫌悪は感じないものの、オレを見上げる眼は憂いを帯びていた。
「津留さん……そんなに挿れたかったんだ?」
 くつくつと哂う紺野を横たえ、オレは膝立ちで見下ろす。あァ、白肌に絡む蛇まで妖艶に見え始めた。零れた精液が、薄く筋肉の乗る腹をテラテラと光らせて、舐めたくなる。
「カッコつかんねェ……その通りさ。お前を労わってる風で、内心もう我慢の連続よ」
「僕は構いませんよ、蛇くらい」
「お前を気に入り、憑いてったらどうすンだ?」
「既に狐憑きと云われております」
「……バカ、お前のは違う……シロ潜らせた時でさえ、そういうモンは感じなかった。キツネキツネとはやす輩の云いがかりだ、お前には何の呪いも守護も無いよ」
 会話の合間にも、トウビョウ達は急かしてくる。欲望を押し殺せば、牙が折れてしまうと。失望させるな、乗ってしまえと。
「はあッ……違う煩い、オレは、さっきまでは……」
 呪いが弥増して、動悸が酷い。これまで蛇達に責められた事など無かった、まさかこんなコトで。
「トウビョウ達はやれと云う、僕も構わぬと云う、貴方も本当はそれがしたい……何を躊躇うのかと。この後、戦いに赴くのであれば家の蛇に従うべきでしょう」
 どうして哂っていられンだ、どうしてお前が蛇の肩を持つ。いいや……オレの肩なのか?
「この前抱いたのだって、壺御上への対抗心からだ。僕がどれだけ調教されたか、散々聴いていた筈。良いのですか、あの爺だけの甘露にして」
「あんなヤツと同じところに堕ちたかねェ」
「試して御覧に入れます? 鳴いて差し上げます? 達するだけなら〝後ろ〟の方が楽だ、其処で逝くよう指導されましたので」
「もう……煽るな、頼むよ」
「ククッ、貴方は燻ってる、本当は僕を好き勝手に犯したい癖に」
「紺野ッ!」
 叫んだが最後、オレの感覚は半分綴じられ、ソレを蛇達が摘まんでは奪ってッた。何方向からも紺野が見える、ついでに腑抜けたオレ自身まで見える。
 柔肌を撫でる感覚、爪先を齧る感覚、すべての蛇と一体化して得られる快楽が縒り合わさッて昇天しそうだ。蛇の頭でメリメリと、紺野の後ろを穿る。席を奪い合う様に、新たな頭で更に割り込み。入れ替わり立ち代わり、ぬぼッぬぼッと肉壁を虐め続けた。
「あ゙ぁッ、んッ、んんッ──」
 紺野が身を捩れば、一際長い蛇が戒めた。鎖の様に絡まり合い、両腕両脚を寝台の骨に繋ぐ。一糸纏わぬ美しい肢体を、オレの蛇が固めるその姿。征服の図に粟立ちながら、喘ぎ声に気をヤりそうになる。悲鳴に近いソレはいつしか嗚咽混じりに、そしてボソボソ何かを唱え始めた紺野。
「ご……ご寵愛賜り、恐悦至極に存じます……ぉ、おっ……御上の皆々様ぁあっ、ぁ」
 一瞬嫌味に聴こえたが、それにしちゃ様子がオカシイ。オレを詰るなら、この目を見てくるハズだ。紺野の視線はウロウロと、頭上を行き交う蛇さえ追わん。
「狐の孔に御座いますぅッ、こ、此処ぉッ……は、はぁーッ……はぁ……お注ぎ下さいませぇ」
 腰を振っている、あれは蛇の蠢きがさせるもンじゃない。言葉の猥雑さに反し、声音の無感情。あられもない姿なのに、そのカオからは快楽の色が褪せるばかり。もう止めろ、お前は里の奴隷じゃねェ、有望な候補だろう。
「紺野、此処はオレの小屋だ、他に誰も居らンよ」
 声が出た、トウビョウが一斉にオレを見た、次の瞬間プツリと切れて真ッ暗闇。音だけは最後まで生きていて、獣じみたキツネの鳴き真似が、いつまでもいつまでも……
 
 
──やれ、もう満足してしまったのか。
──上等なMAGを持つ小童だ、決戦前に丁度良く潤った。
 オレは突ッ伏したまま、長持へ還ってゆく蛇達を眺めていた。紺野のイチモツに巻き付いていた一匹が、ようやく離れてソレで最後。蓋がバンと閉まる音がして、やたらと静かになる。
 ヨロヨロと体を起こし、紺野を揺さぶり起こそうとして止めた。目覚めたコイツに何を云われる、何を云えば良い、交わすべき言葉が何も分からん。安静にさせるべきだと、自分に云い聞かせた。
(シロを管に仕舞ッといて良かった)
 トウビョウの責苦は波の様に遠退き、内臓の痛みも引き潮。むしろ、活力は滾滾と湧き出る感覚さえ有る、MAGは溢れンばかり。
 下穿きの中がドロドロじゃないか不安だったが、そんな感触も無い。肘に引っ掛かるだけの着物を直し、黒装束を上から更に纏い、荷造りを雑に済ませる。ついでの様に、床に丸まった紺野のボロ着物も詰めた。
「うちの蛇がMAG食ッちまって、すまん」
 失神する相手に呟く己の矮小さよ。何がすまんだ、そんな問題かい。枕元に放られていた紬を開き、紺野の身体を覆い隠す。すっかり暗くなった部屋の中、浮かび上がる裸体に再び欲がもたげそうで怖い。念を筒抜けにさせる蛇達め、憎悪以外で役立つ気がせん。
「抱かなけりゃ良かったとほざいた直後にこのザマさ、そンでやっぱ後悔して。紺野、オレは」
 もう少しお前と関わるのが早けりゃ、種を手に入れる前であれば、味方してやれたかもなどと考えた。そしたらお前は懐いてくれてね、オレは死にたくねェと蛇を手放して、互いに長生き出来たかもしれんよなァ。なんて絵空事。トウビョウは切りたい時に縁切り出来ない、そンくらい知っとる。
「オレはあの時、オレの為にお前を助けたんだよ」
 眠る相貌をじッと眺めて、最後に口づけた。陳皮の風味が香る、好きな味。
「そンじゃあね」
 長持を引き摺りながら外に出ると、これまたイイ空模様して。まさしく、月光をひとさじ零した夜の色──