「大した報酬でもねえのに…」
オレのぼやきに、一瞬でガンを飛ばしてくるイザボー。
ヨナタンはイザボーを嗜めつつも、オレを諭す姿勢だ。
「そう云うなワルター、締切が近い納品依頼なんだ」
「依頼とかクエストとか御大層に云っちゃってよ、頼んできたのはガキんちょだろ」
「君は報酬で依頼を選別するのか?遺物を探す、ただそれだけの事も選り好みするのか?」
「だってなあ…安い仕事じゃ食ってけねえぜ実際問題」
遺物を探すとか云えば簡単に聴こえるが、道中の悪魔はそんな事情知ったこっちゃねえ。
探し物が見つからない限り、オレ達の労力は費やされる一方だ。
「ラグジュアリーズの連中は慈善活動がお好きなこった、な〜フリン?」
脇道を眺めていた背中に声掛ければ、黒い髪がふわっと揺れた。
上等な黒馬の尻尾みたいで、目の前で揺れているとついつい追いそうになる。
「慈善活動…」
「そーさ、慈善活動。“一日くらい浪費したって、喰うモンに困らねえ”からそういう発想が出来んだよ」
「一日くらいなら僕等だって困らないと思うけど」
「あのな…今のは喩えっつうか」
「そんなにお前の村は不漁だったのか?」
「いや、もいいわ…」
フリンから目を逸らしても、在るのはやっぱりしょげた緑達。
日光をマトモに浴びてないんだから、当然の話で。
痩せた作物が獲れるなら…と、一応足を運んできたが、やっぱ駄目なモンは駄目だ。
「新宿御苑でも駄目となると、他に樹が茂ってる場所なんか有ったろうか…」
「ほら見ろ、安請け合いするとガッカリさせるだけだぞ」
「しかしワルター…あの贋物の樹、君も見ただろう?」
喋りながら、わらわらと追いかけてきたマンドレイクを剣先で往なすヨナタン。
「もっと立派な、あの子供達から見せて貰った絵本にあった様な、しっかりした樹をあげたいのだよ」
わっぷわっぷと池で溺れるマンドレイクを一瞥してから、橋を渡りきったあいつ。
後から続いたオレは、橋上からじっと悪魔達を眺める。
「餌を欲しがる魚みてぇのな」
「…溺れているんじゃないのか?」
傍に来たフリンに、ニヤッと笑い掛けてから手を翳した。
悪魔から授かった力を、握った拳から滴り落とす。
熱い雫がマンドレイクの花を轟々と燃やすと、ジュウっと悲鳴の様な音を上げて水に沈んでいった。
「おほっ、やっぱアギで充分だったな」
「トドメを刺す必要有ったか?」
「溺れてるなんてフリかもしれねえぜ?こうやって覗き込んでたら…突然…こう!ピュって跳ねて襲ってくるかもしれねえよ?」
すっかり焔を消した拳を開き、おちゃらけてフリンの額を掴む。
当然振り払われ、ジトっとした眼がオレに刺さる。
「魚じゃあるまいし。植物だろうマンドレイクは」
「植物つーか悪魔だしな」
それでも、イザボーみたいなギロリって感じでは無く、何処か遠い眼つき。
こいつは、普段からそうだ。ともすれば睡魔に襲われているんじゃあないかってくらい、平静な視線。
(こいつの眼、そういや緑色だな)
フリンの眼の中に深緑が見えて、此処よりも植物が多そうだな…とかボンヤリ考えた。
いやいや植物って何だ、と、直後自身につっこむ。
「ちょっとお二方ぁ…?遊んでないで、真面目に探して下さる?」
「ぉわッ!出たあっ!サタンクロース!」
横から割って入ってきたイザボーに、マンドレイクより大げさな悲鳴を浴びせてみれば。
呆れた、と云わんばかりの眼を投げかけてきた。既に怒る気も失せたんだろう。
「サタンクロースでなくってよ、サンタクロースよサンタ」
「サンタもサタンも似た様なモンだろ、此処の連中にとっちゃ」
「違いましてよ、サンタクロースは幸福を届けてくれて、聖夜にしか訪れないの。聖夜にはねっ、皆大切なパートナーと……ぅふっ」
「ははあ、サンタってあれか?所謂カミサマってヤツ?」
「えっ…?サンタさんは、違うんじゃないのかしら…?」
「トウキョウの奴等の云う“神様”ってのはてんでバラバラだよな、他宗教なのかよこの国、わけわかんねーの」
首を傾げたまま、オレの問い掛けに答えを出せずにいるイザボー。
脇から聴くだけの態度を決め込んだフリンには、元々答えを期待しちゃあいなかった。
「いや、それは一理有るぞワルター。そもそも今回話題に挙がっているクリスマスという祭りも、起源は宗教的なものであり、その割には国が一丸となって行事として楽しんでいた形跡がみられる、つまり―…」
オレ達よりも先を進んでいた筈の男が、何故か背後から返事をしてくる。
どうやら御苑をぐるりと一周してきたらしく、それでも手ブラな所を見る限り、目的の遺物は無かった様子だ。
「よっ、お疲れ好青年。モミの樹に匹敵するのは有ったか?」
「「お疲れ」じゃあないだろう?全く……因みに、妙に立派な樹が有ったから接近してみれば…バロウズが爆笑し始めたよ」
「ははッ、悪魔だったか?」
「そういう事だ」
「そりゃあお疲れ」
地下街のガキ達に見せられた、ボロい日めくりのカレンダー。
時計で判断してめくられるその暦の上では、どうやら明日がクリスマスイブなる日で。
遺物に時折見られる“折り畳み式の傘”みてえなクリスマスツリーとやらを例として見せてもらったが、あんまり御粗末なもんだからオレは笑っちまった。
水の通っていない葉は、所々折れ曲がって変なクセがついて。
幹は伸縮性でツルっとした素材で、これなら確かに場所を取らないし腐らない。
それでもいよいよガタがきて、劣化した所からポッキリいっちまったんだと。
《クリスマスツリーを探して欲しい》という依頼内容だったが、どうしてオレ等は本物の樹を探してるんだ…?
ラグジュアリーズで意識の高いおぼっちゃまは、可能な限り高い規格を求めるから面倒だ。
「まぁしかしよ、街中探したってそれっぽい遺物は無かったもんな…案外劣化していないニセモノすら、見つからずじまいかもしんねえな?」
「娯楽用品だとすれば、僕等が探すより以前に回収されている可能性が高い。こんな世界では、子供の手には届かないかもしれない…」
「ま、別にいいんじゃね?サンタってのも、地下街まで来ねえだろ。だってあれ、絵本だと煙突から入ってきてたじゃねえか」
「実在の有無では無いよワルター、こんな環境だからこそ、子供には夢をあげなくては」
よくもまあ、真顔でそんな台詞が吐ける。この男は、ある意味凄い。
凄いけどな、同時にオレの奥底から、こう苛々が沸き立つのは…こりゃあ性質の違いってヤツか?
この依頼は切り上げよう、と口にしそうだった俺の熱を、瞬間に冷ます一声が浴びせられた。
「モミの樹なら、キチジョージの森に群生してる所が在ったけど」
一斉に見つめられたフリンは、少しの間の後に「もう少し早く云えば良かったな」と呟いた。



飴と無知




久々に訪れた森は、相変わらず淀んだ空気に靄がかかった有様で。
此処で昔は遊んでいたとかフリンは云うが、想像も出来やしない。
「雑魚って、雑魚過ぎると力の差も判らねえで突っ込んで来るからメンドクセエよな」
「じゃあ逃げるか?」
「でも回り込まれたらムカツクからな、たたっ斬るか」
のっそりと路を塞いで見下ろしてくるスプリガンにガンを飛ばしつつ、フリンに答えた。
イザボーほど刺々しい眼差しは出来ないが、売られた喧嘩を買う意思は見せつける。
召喚する労力の方が上回ると思い、仲魔も従えずに手にした剣をチラつかせた。
「一太刀で逝かなかったら、召喚してやるぜ」
相手はドルミナーを放ってきたが、一息早く読んで背後に駆ける。
サムライの制服を通り越して、じんわりと生暖かい魔力の波が肌を撫でていくが、肉体が踏み止まる。
隙さえ突かれなければ、睡眠誘導なんざ目じゃねえ。
「へっ、獲ったぜ」
頸椎と思わしき場所を目掛け、飛び掛かって突き立てた。
ある程度抉り込み、其処から薙ぐようにして切っ先を抜いたが…噴き上がるのは体液ばかりで傷が見えない。
暴れるスプリガンから一旦身を退き、二撃目を即座に斬り込もみに再び奴の足元へ。
(布が…!)
スプリガンの纏っていた薄汚い布が、まだオレの刀身に残っていた。
鈍い感触が腕に伝わる。弛んだ布地に切っ先は阻まれて、相手の肉に喰いこんでいかない。
まずい、と感じた時には、視界を暗くさせる気配。
咄嗟に上を見上げれば、悪魔の太腕が振り下ろされようとしている。
その腕が真上を目掛けてくるのか、それとも退いた先を読んでくるのか―…
そんな思考が足を遅らせ、オレは中途半端に後ずさるだけに終わる。
「頭を庇え!」
てっきり頭をわんわんと、激しい衝撃が響くモンだと思っていたが。
オレの頭どころか、鬱蒼とした森に響いたのは無機物の駆動音。
重なる様にしてスプリガンの呻きが轟き、周囲の枝葉を震わせた。
ギュイイイイゴリゴリゴリ、と、悪魔の腕を食い止めながら回転刃を喰いつかせているフリン。
受け止める二本の脚は、微かに震えながら幾度か草を踏み替える。
肉片や体液がぶじゅぶじゅと煩く舞い、姿勢を低くし頭を庇うオレにも、それ等は降りかかる。
粘着質な音が静まると同時に、切断されたスプリガンの腕が跳ねあがって、付近の茂みにガサリと落下した。
戦意喪失だろうか、布も片腕も失せて身軽になった悪魔は、ポンポンポーンと数回跳ねて木々の奥に消えて往った。
「は…お疲れ」
「…はぁっ……はっ…怪我…無いか」
「ありがとうよ、助かった」
よっこらせ、と立ち上がり、真正面からフリンを見た。
両者の足下に居たオレも大概だが、武器を揮っていたフリンもそれはそれは酷い有様だ。
厚めの前髪に、べったりと…色々付着して滴っている。
「お前の…ソレ、なんだっけ」
「…?……チェーンソー、だっけ…」
「なんつうか、お前そんな得物ばっかだな…はは」
「今回は鈍器じゃない」
「はははっ、ディエス・イレより更にエグい」
「どうして笑ってるんだ、間に合ったから良かったものを」
「いや、悪ぃ悪ぃ」
スプリガンの体液は、赤というより紫に近くて。フリンの白い襟巻を染め上げていた。
制服の中に着る胴着といい、どうしてもっと汚れが目立たない色にしないんだ。
「雑魚だからって油断した、オレが悪かった」
自分の襟巻を外して、まだ綺麗な裏側を使ってフリンの額を拭ってやる。
御苑の時と違い、今度は振り払われない。真摯な姿勢が伝わっているのか…そう思えば、なんとも云えず心地好い。
額から、頬…首筋まで、青い布地を滑らせていく。
黙ってされるがままのフリンを見ていると、以前聴いた兄貴分の視点と入れ替わった気分になる。
イサカルに面倒をみてもらっていた時も、こういう表情だったのか…とか。
「もういい、お前の巻物も汚れるぞ」
「オレんのは汚れ目立たないから、気にするなって」
「…サムライの制服は、面倒だな」
「だろ?こんな小奇麗な布地の服、洗濯が面倒だし汚れも目立って、気苦労絶えねえぜ」
「一応気にしてたのか、そんなに着崩してるのに」
「ま、一応な」
仕上げに鼻先を摘まんでやれば、流石に今度は手で払われた。が、少しだけ笑っている。
こいつの笑ったり怒ったりを殆ど見ないから、間近で其れを見ると…珍しく綺麗な魚か鳥か、そういうのを見つけた時の気分を思い出す。
眼の色の翠緑は…かつての森の色なんだろうか。
「しっかし、イザボーが居なくて良かったぜ。絶対さっきの、ひでえヒンシュク買っただろ?」
ラグジュアリーズ二人には、ツリーの飾りを引き続き探して貰っている。
華美なものにはとんと疎いので、オレはこっち側。
久々にミカド国の空気を吸いたい、なんて気持ちも有ったのが正直な所だが。
「でも彼女が居てくれたら、お前もあんなに調子に乗らなかった」
「…そっすね」
バッサリ切り捨ててくるフリンの横顔を覗くと、まだ何か云いたそうな雰囲気だ。
それでもなかなか二撃目が無いので、オレからなんとなしに喋る。
「フリンは…サンタクロースとか、どう思うんだ?」
「どうって、何がだ。煙突無くても、通気口から来れると思うぞ」
「いや違えっての!……サンタってよ、何者だと思う?どうも話とか聴くと、良い子にプレゼント配って回るジジイらしいじゃねえか。しかも空飛ぶソリだぞ」
「…伝承の人物だから、それこそ神の遣いとか、聖人が元になってる…おとぎ話みたいな物だと…そういう本も沢山バラ撒かれてただろ」
「んで、知ってるか?どうも悪い子には…“黒いサンタ”が来るらしいんだよ」
「黒い…?サンタクロース?」
「いやまじで、あん時バロウズにちょいとリサーチさせたらさ、関連する電子書籍とやらが引っ掛かってよ…翻訳させたらそういうのが載ってたんだよ」
「普通のサンタとどこが違うの」
「嬉しくねえプレゼントを置いてくんだとよ、炭袋とか…イモとか」
「イモって何」
「何って…ジャガイモの芋だよ」
「良かったじゃないか、農作物で」
「本気かぁ?ガキにゃつまんねえブツだろ、だってよ、芋とか…!」
キチジョージはオレの村よりも貧しかったのか?芋如きで喜ぶなんて…と一瞬不憫に思ったが。
悪魔の体液に濡れた髪を結い直すフリンが、微かに肩を揺らしている事に気付く。
なんだ、可笑しいと思っているのか、こいつも。
「善悪の基準が分からないけど、悪い子には等しく芋なのか?」
「特に悪いガキのベッドには、豚の臓物がぶちまけられるんだってよ」
「鮮度が良ければ食べられる、良かったな」
「いくら綺麗なモツだって、寝床には困るだろ!お前どんだけ冷静なんだ」
「とっくにモツを浴びた様な状態だろ、僕等。冷静さは保てられる」
「…ま、それもそっか」
以前サバトが行われていた辺りを通り過ぎ、高低差の激しい一帯を抜け、更に奥に進んだ。
屍鬼と化したイサカルを打ちのめした場所まで来たが、フリンは無言だった。
「…地下街の中でよ、一番素行の悪いガキと一緒に、クリスマスの夜を明かすんだよ」
唐突な俺の語りにも、黙って耳を傾けてきた。オレにくれた一瞥で、そう判断出来る。
「黒いサンタが来たらまず交渉して…んで、多分向こうからキレて襲ってくるから、それをブチのめして仲魔にすんだよ!」
「妙に気にかけてると思ったら、仲魔にしたかったのか?」
「だって…強そうだろ?黒いサンタとか、聞くからに」
「どうやって良い子悪い子を判断するの」
「そこなんだよ問題は」
「…ワルターが子供と判断されれば、黒いサンタが来るかもな」
そりゃどういう意味だ、と軽く肘で小突いてやった。
軽く触ったのか、フリンのガントレットが起動音を発したが、直ぐスタンバイ状態になる。
バロウズは触った人間を識別出来るのか?一体どうやって?
「判断の基準とか、決められないよな。なあ…思わねえ?」
「…善悪の?それとも子供と大人の?」
「オレ達の基準だと、まあ…ガントレットの儀式を済ませたら、大人みたいなモンだろ?でもそれだって国の決め事だしな」
「…かもしれないな」
「結局は囲いの中のお偉いさんが、勝手に決めた基準だ。作り物なんだよ、規律とかよ」
背の高いモミの樹は更に奥らしい。木々の隙間から、立派な樹木の群れが見え隠れする。
悪魔が蔓延ろうとも、堂々と構えている植物達。きっと昔から変わらないのだろう。
フリンが幼い頃から見てきた景色、そのままなんだろう。
「見ろ、これは作り物じゃない」
その声に見上げれば、本当に立派な、まさく大木と云うに相応しいモミの樹がそびえ立っている。
「これが一番背が高い」
「すげえな、でもこんなにデカいとなるとどうやって運ぶつもりだ?」
「そういう時の為の、悪魔召喚プログラムじゃないのか」
「おっ、そうでしたそうでした。ってそうだよなぁ…オレも漁の時には今後、悪魔に任せるかな。魚の死んだ目ぇ見なくて済むし」
「村に…帰るのか?」
「まさか、云ってみただけだよ」
ガントレットを操作しながらオレに向けた眼が、少し怪訝な雰囲気だった。
何か気に障ったか?村に戻るだなんて、冗談でも云うモンじゃなかったか?
ナバールと同じでサムライを辞めるのだと、勘違いされたか?
「折角サムライに選ばれたんだ、みすみすお役目棄てる気は無いぜ」
「…そうだな、成れなかった奴の為にも頼む」
召喚しながらそう答えるフリンに、オレは何と返して良いか分からなくなった。
まだ引き摺っているのかよ、いや、それにしちゃ素っ気ないし…
(感情表現が雑なだけ?)
形だけでは帰郷している、それでもこいつの身内や兄貴分はもう居ないんだ。
此処ら一帯は…こいつにとっての村では、もう無いんだ。
つまり、村に帰るだなんて、もう出来ないのか。
『へへぇ、こら結構ヘヴィすね!』
「補助にもう一体召喚するか?」
『おぉっ、そうして貰えっと助かるっす!』
オニに樹の幹を支えさせながら、チェーンソーを構えているフリン。
あのオニは確か命乞いして仲魔になったヤツだ、フリンに頭が上がらない。
高いタッパから見下ろすのに、腰は低い妙な状態が笑える。
「モムノフなら居る」
『ちょ、そいつ桃太郎のモデルっすよ!?チ〜ェンジっ!』
「他は四足の獣型、もしくは手足すら無い面子ばかりだ。モムノフなら居る」
『に、二度も云った……オレひとりで充分す』
「そうか、なら今から斬る、しっかり持っていろ」
オレがイイ体格の仲魔を従えているから、横から召喚して手伝わせるか迷って、結局やめた。
チェーンソーが齧りつき、ゆっくりと分断されていく幹。
その根本に近い所…先刻からチラチラ気になる傷が有った。
一度斧を喰い込ませたかの様な、傷痕。人工的につけられたとしか思えない。
其処の少し上を、回転する刃が通り過ぎた。気になるソレは切株として地に残った。
「このままミカド国のターミナルまで運んでくれ」
『…結構遠いんじゃないすかそれぇ』
「なら、モムノフにも頼む」
『重いっっても金棒の三倍くらいすから!こんくらいへっちゃらっす!ヤロウは喚ばなくて問題ないすよ!』
「そうか、ありがとう」
『…フゥ』
本当に感謝しているのかよ?というくらいにフリンはやっぱり無表情で、見ているこっちが笑いそうになった。
チェーンソーの大鋸屑を軽く払う傍で、オレはしゃがみ込み切株をじっと見つめる。
やっぱり、獣の爪痕という雰囲気では無い。じゃあこれは何だ。
「イサカルがつけた」
「あっ?」
「昔、サムライになる修練だって云って、木こりの家から斧をくすねて…此処で振り回してたら」
「…よろけて、ガツッ、と?」
「そう、僕は隅の草むらに座って眺めてた…今のお前の様な姿勢で」
オニにモミの樹を担がせたまま、フリンが切株の断面を軽く撫でた。
まだ湿った色のそれは贋物のクリスマスツリーと違って、青臭い湿気を発している。
ゴリゴリやられたスプリガンの腕と同じ、生き物の断面だ。
「結構昔だと思っていたのに、傷…まだこんな低い位置だったのか」
断面から側面の傷へと、フリンの指が流れる。まだ風化しきらない、荒々しい傷痕…
「割と最近だったんじゃないのか?あの男、この歳になっても平気でサムライごっことか、やってそうだったじゃんか」
「……ふっ、そうかもしれない」
良かった、怒らなかった。まだ引き摺ってはいるが、こいつの中の傷は消えつつある…と思いたい。
薄く笑った後、踵を返すフリン。オレはその隣に並び、歩調を合わせた。
後ろのオニは、のっそりのっそりと追従してくる。その気配がつかず離れず付いてくる様にか、フリンも遅い歩みで。
往路よりも時間がかかるなこりゃ…と考えていた時に、横から言葉が放たれた。
「一緒に来る相手がお前で、助かった」
明瞭な声音でもなく、かと云って独り言にも聞こえない。これはハッキリとオレに向けられている。
「さっきとかも…イサカルの名前出せば、他の二人は気に病むと思ったから」
「かもな、特にヨナタンの奴。お前がサムライ辞めるとか云い出すんじゃないかって、勝手にハラハラするぜ?めんどくせえなあ」
「辞める気は…今のところ、無い」
「それってのは、イサカルの為なのか?」
単刀直入に問えば、少しの間。背後のオニの、ガサツな足音が目立つ。
「イサカルがサムライに成りたかったのはどうしてだったか…あれからずっと考えてた」
あの男の最期は、オレも見ていた。フリンに投げる恨み言の中に、ラグジュアリーズという単語が暴れていた。
オレにはちっとも解らないが…どうやら奴は支配階級に成りたかった御様子で。
「どうせラグジュアリーズに憧れてたんだろ?サムライになったって、カジュアリティーズ出身って事は周囲に知れてるのにな」
「その憧れが何処から来るのか…考えた」
いつになく饒舌なフリンに、何故かオレの背筋がぞわぞわし始める。
「ラグジュアリーズは、色々知っている。カジュアリティーズの僕等は知る由も無いし、思考も失せてた…けれど、彼等の生活や娯楽…の一端は見える事があった」
「…まあな、翻訳アプリで本読んだら思い当たる程度には」
「でもイサカルは、本を読む以前からサムライに憧れてた。ラグジュアリーズとカジュアリティーズの差を深く知る筈も無い、小さい頃からだ…!」
こっちを向いた、その深緑が萌えたつ様に見える。双眸に射貫かれたまま、オレは続きを待つ他なかった。
「僕が「凄いねイサカル」って云う度に…あいつは上を、上を目指していたんだ。だから…それが、いつの間にか…」
「サムライを目指す様になったって?」
「本当の所は、やっぱり判らない。でも、僕が知らない事を、イサカルは一足先に知ろうとしていた」
「それは、ガキ特有の好奇心とは違うのか?」
「好奇心も有るんだろう、けど…僕等はあの時、子供だった。もっと単純に…目の前の反応が欲しかった」
オニが通過し易い様にか、広い路を選んでいるフリン。
サバトに使われていた空間を過ぎてから、落葉の層がが分厚い一帯を進む。
「イサカルを“模範的な兄貴”に固執させたのは、僕なのかもしれない」
「考え過ぎだ」
「僕が“自分が知ろう”とはしていなかったせいだ…自分が知らなくても、イサカルが何でも知っていて助けてくれる、と…」
「イサカルも兄貴分で、さぞかし気分良かったろうよ?だったらお前が悔いる必要無いだろ…寧ろ、アイツにとっちゃあ飴だったかもしれねえぜ?」
「…だから今度こそ…イサカルに倣おうと思って」
そう云ったフリンが、オレのガントレットに手を伸ばした。
スタンバイではなくOFFにされたので、流石に吃驚して思わず見返した。
フリンはつい先刻と同じ様に、自身のガントレットを操作し…そしてバロウズの居ない状態になった。
今、悪魔の群れに襲われたら、少しやばい。後ろのオニは両手が塞がっているし。
「おい急にどうした、何を倣うって?」
「僕も、色々知りたい、そう生きる…ように尽力する」
「…それ、オレに云いたかったのか?」
『うおわッ!』
背後でガサガサと葉音がこだまして、直後軽い地響き。多分、オニが樹を突っかからせて転倒したか。
振り向きざまに、オレを見上げたフリン。
「お前の好奇心とか現状を見直す所、似てると思った」
「…あの野郎と?」
「ワルターの方が、少し視野が広いかもな…」
「そりゃ、お前等ミカド湖ばっか見てたからじゃねえのかぁ?オレは一応漁師んトコ育ちだからな、水平線までバッチリ見てた」
「その先は知ってるのか?」
「いんや、ラグジュアリーズの決めた範囲までしか漁船出せねえからなあ。ホント、この国は面倒だぜ」
でも、水の先よりももっと面白い場所を知ったから、コッチの世界は既にどうだっていい…そんな気さえする。
サムライ失格か?んな事知るか、ガントレットがオレを選んだんだ…好きにさせろ。
「いつかは知りたい?」
「ま、コッチはいつかでいいや。とりあえずは…ケガレビトの里を観光しようじゃねえの、何処まで行こうがとやかく云われないんだぜ?最高な世界だろ」
「観光なんて云ってると、またヨナタンに小言貰うぞ」
「バロウズにも貰うかもな…『修道院からのクエスト依頼は大丈夫?マスタ〜』ってよぉ?」
「…だから電源落としたんだ」
微笑みというよりは、悪戯の様にほくそ笑む眼をしたフリン。

「僕もワルターと同じ、悪い子に成ろうと思って」

緩やかだがその口角が上がったのを、見過ごす筈が無かった。
「……は、はっ…悪い子、かよ」
「だから次のクリスマスには、一緒に黒いサンタを見よう…ワルター」
例えの利かない、妙な感覚。信じられないくらいに動悸がして、胴着と制服の合わせを寄せた。
そんなオレをよそに、フリンは自らのガントレットをちゃっかりONにしている。
『おはよマスター、数分ぶりの再会ね』
「モムノフを召喚したい」
『あら、オニは拒否してたわよね?ついさっき』
「でも転けた、だからやっぱり補助させる」
『マスターがオニね』
「僕は人間だけど」
『んもう、今度《古今和歌集》翻訳してあげる。ぼーっと立ち止まった時は、ワタシとコトバの綾取りしましょ』
「寝る時に宜しく」
『あっ、さては子守唄にするつもりでしょ?』
「今はモムノフを頼む」
『話逸らしたでしょマスター』
樹を担ぎ直すオニの横で、淡々とモムノフを召喚するフリン。
掘りの深い目頭付近に、更に影を作ったオニが見えた。
いつもならオレは指差して爆笑してやったところだが、そんな気分じゃない、というか余裕は無かった。
何に対してこんな、興奮してるんだ…
保守的と思ってたフリンが案外オレに賛同していたから、気分がアガったのか?
いやいや、そんなの嬉しいだけだろ普通。どうしてこんなに、心臓が熱いんだ。
イサカルの姿勢に似せた気はさらさら無いが、フリンはオレの生き方を…オレを選んだ、つまりそういう事だよな?
「おう…良いぜ見ようぜ、黒いサンタ」
自重しろ、足並みを揃えろ。
そんな声共を振り払って、もっと楽しくて汚くて強いモノを見付けに行くんだ。
サムライの制服に隠れてひとまずは、オレとお前で。ヨナタンやイザボーには内緒で。
アイツ等、皆で一緒の方向向いてないと気が済まないみたいだからな。
「なあ、ところで大量の芋は、寄宿舎の厨房にでも持って行けば良いのか?」
遅れてガントレットを起動させたオレに、バロウズよりも先に声をかけてくるフリン。
「イモって何だよ」
「ジャガイモのイモ」
「ちげえよ、なんで芋の話になるんだってハナシさ」
「…だって、黒いサンタが芋持って来るんだろう?」
「芋はいいって!オレは持って来るヤツに用があんだよ、芋は強くねえからほっとけ!」
好奇心とか同じスタンスだからとか、そういう事を云ってたんじゃないのかお前は。
妙な専有感に浮足立ったオレを、早速沈めたフリン。アギどころかイモで沈められるとは思わなかった。
あのマンドレイク共の様に、まるでオレも溺れているみたいだ。
「魔人かな」
「あ?」
オレ以上に唐突に喋り始める事は、最近分かってきた。
寝言からいつの間にか覚醒して、周囲におはようの挨拶も無しに問い掛ける姿を、もう何度も見てきたから。
…何度も?
「黒いサンタは魔人辺りで。ジャガイモや豚の内蔵も、イモとモツっていうフード系悪魔かもな」
「…やべえ、それあるな」
打った以上に返ってくる反響。なんだ、思ったよりちゃんと考えてくれていたのか。
フリンの返しは、溺れていたオレへの藁の様だった。
それをはっしと掴もうとした瞬間…視界の端で黒馬の尻尾がユラユラ揺れる。
尾先から目で辿って行けば…くつくつと肩を揺らして、血みどろの襟巻に口元を埋めているフリン。
「魔人はともかくフードはないだろ、大丈夫かワルター」
やっちまった…フード悪魔という連想に少し感動していたオレは、わっぷわっぷと深みにハマった。
まさかフリンにボケでなく冗談をかまされる日が来るとは…
『(笑)って感じね』
「そっちのワラじゃねえ…ったく、るせーなバロウズは、相変わらず空気読まねえし」
『なあにソレ、マスターのワラは何のワラなの?』
「いいんだよ、もう気にすんな!」
『フジワラのワラ?』
「…?何だソレ」
『いっけない、口が滑っちゃった』
もっかいOFFにしたろか?と、脅しながら森を抜ける。
横からいちいちツッコミが多いナビゲーション、先刻一時的にOFFにしたのは正解だったかもしれない。
サムライ史上、一二を争う程の粗忽者としてオレの記録を録っているであろうバロウズは、まずマスターフリンに忠告するだろう。
“ワルターと一緒の路を選んだら、サムライとしての評価を下げるぞ”とな…
それでも、今回はオレを選んで―…
(今回?)
あれか、イサカルのトドメの際…初めてヨナタンとオレとで意見が真っ二つに割れた場所だからか。
それだから、こんなにも意識するのか。
それだけか?
オレは…



地下街への階段に葉を沢山散らしながら、なんとか運び込まれたモミの樹。
ガキ共が遊び場にしている場所は偶然にも天井が高い、樹木の尖った天辺がひしゃげる心配は無さそうだ。
はしゃぎ回るガキに戸惑いながら、イザボーは枝に発光する飾りを巻いていた。
LEDとやらと違って熱を持つから、長時間は点けておけないんだと。
「お疲れ様、ターミナルで転送が利いて良かったね」
「おっ、すお疲れ…もうハンター商会には報告しに行ったのか?」
「たった今済ませてきたよ。誰も請けないと放置されていたのか、直ぐに話が通じなくて困った…」
「そりゃそうだろ、報酬もちゃっちいし。本物の樹なんて用意出来るワケねえし」
壁に寄りかかって眺めるオレの傍、ヨナタンは相も変わらずピシッとした姿勢で構えている。
そうされると案外身長差が有るのが判って、少し癪だ。いや、多分そのモジャ頭のカサがあるな。
「しかし今回は子供達の為と急いてしまったが…ミカド国の物資を持ち込む事は、もう少し慎重になるべきだな…」
「おいおい今更じゃねーのおぼっちゃま?換金出来そうなブツじゃなければ問題無いだろ」
「それぞれの暮らしが在る…生態系を崩す様な物は、持ちこむべきでは無い」
「んな大業なブツ、俺等だって上で入手出来ないから安心しろって」
「いいや分からないぞワルター、僕等と此処の住人の価値観は違う。何がきっかけや…火種になるか判断は難しいだろう」
お前はコッチの平和も守るつもりかよ、めんどくせえヤツ…
そりゃ、オレだって無為に荒らすつもりは無いけどな。
「このトウキョウには山の様にある“本”だって…今のカジュアリティーズ達には、とても見せられないだろう」
「欲しがって皆ナラクになだれ込んでくるってか?それこそ安心しろよ…んな力持ってねえし、貧民層は」
「ワルター、別に僕はそういう云い方をしたつもりは無いぞ。確かに危惧はしている、それはカジュアリティーズの皆がナラクで命を危険にさらす事への―…」
「わーった、はいはいお開きな」
知っている、ヨナタン個人に妙な差別意識が無い事くらい。
模範的…保守的…正義漢…っていうのか。サムライとして見習うなら、間違いなくコイツだろうと。そんな事オレでも分かる。
「ワルター!そんなにボサッとしているなら、少しは手伝って下さらない?」
オレに対するイザボーの声音は、いつも苛々が滲んでいる。
そのわなわな震える手元を眺めて、こっちもケラケラ笑ってやった。
「バランス悪ぃなイザボー、下ばっかピカピカするぜそんなじゃ」
「し、仕方ないでしょぅ…っ!私の身長、見て判らない節穴ですの…っ!?」
今度はプルプルと爪先立ちで、精一杯上の方に飾りを引っ掻けようとするもんだから可笑しい。
それに夢中になるイザボーを良い事に、足元にしゃがみ込んでパンツ覗こうとするガキも居るし。
残念だったなガキんちょ、下には短いズボンみたいなの穿いてるぞソイツ。
「僕が行こう、背だけは自信が有るからね」
颯爽とイザボーの横に行くヨナタンを見て、あれで童貞とか勿体ねえの…と失笑した。
入れ食い状態だろうに。自分が網になって水に突っ込めば、女なんてわらわらと…
「一瞬冷えるから、少し離れてね」
同じ目線までしゃがんで、ガキの相手をするヨナタン。
直後、仲魔のユキジョロウを樹の影で召喚するのが見えた。
そうだ、此処は地下街だ…悪魔は禁物だった。どうりでコソコソやってる訳だ。
「凄い!雪だ!」「ホンモノ初めて見た!」
一斉に歓声を上げるガキに、またイザボーが圧倒されて右往左往している。
しかしマハブフで雪化粧した樹は、絵本で見たツリーそのもの。あれで感動しない方がおかしいくらいに。
ヨナタンもヨナタンだ。あれが女相手なら気障野郎とからかってやりたくもなるが、ガキ相手となると…
「すっげお堅いけど、根っこは優しいよな、あいつ」
路の端、コンテナに腰掛けつつボソッと零した。其処にフリンが居るから、独り言にはならない。
ガキに御礼を云われるのが慣れないとかそんな理由で、かなり遠巻きに眺めているらしい。
僕は云う側ばかりだったから、と。
「…そのちっせえ杖?みたいなの、ナニ?」
「キャンディーケイン、ツリーに飾るのが定番らしい」
「ツリーくれてやったのに、報酬がツリーの飾りかよ…全く一文にもなんね」
受け取った報酬を指先で遊ばせながら、ぼんやりと項垂れるフリン。
くるくると弄ばれる杖は、螺旋模様のせいか見つめているとぐるぐるしてくる。
屋外の《床屋》って場所に立ってる変な看板?と似てる。
「ワルターも優しい」
また唐突な。
「この依頼、渋ってやってたろオレ…んなモンさ。興味もねえ!金にならねえ!そんな事に一日浪費するだとか―…」
「一日浪費して、僕を釣りに誘った」
オレの言葉も止まる、キャンディーの模様も止まる。
「魚自体は好きじゃないってお前が云ってた、あの時釣った魚は僕が砕いた、結局お前にひとつも得は無かった」
止まらないのは、あの時鈍器を振り下ろし続けた…その勢いにも似た、お前の言葉だけ。
「なのに今回も森まで付き合ってくれた、お前が嫌がっている様には…見えなかった、僕には」
「嫌なわけあるかよ…!」
キャンディーを取り上げる、釣られる様にフリンの視線が追って来る。
オレも理由を説明しようと思ったが、理由なんか浮かんでこなかった…
が、とりあえず、ガントレットをOFFにする。ハッとして、隣も同じ事をした。
かといって、何を喋れば良いか分からず、無意味にオレもキャンディーを捻った。
遠くにガキの歌が聴こえる。「ジングルベル」とか繰り返す呪いみたいな歌。
「……そのキャンディー、羊飼いの杖を模した物らしい」
「へぇ」
ああ…云われてみれば、ミカド湖でバッタリ出くわした羊飼いも、持ってたなこういう杖。
その時お前は、杖じゃなくて支給された剣を携えサムライの格好をしていた。
知り合いか?って訊いたら「そうだ」と。お前の方が迷い無く答えていたのを憶えている。
向こうさんの杖は…震えていた。
「それ、魚の餌になるかな」
「…飴だぜ?喰いつく前に、溶けちまうんじゃねえの」
「それでいい」
キッパリと断言された、誓いみたいな語気で。深い翠の眼は、愉しげとは云い難い色で。
「折角ガキから貰ったプレゼントを魚にくれてやるなんざ〜…へっ、悪ぃヤツ」
「だからワルターに云ってるんだ、今度また釣りに行こう」
「おう、皆で?」
「…僕とお前だけで」
「オレもそれがいい」
ガントレットをONに戻すタイミングを考えながら、あのよく分からない歌をずっと聴いていた。
この環境で維持出来る筈もない枯れゆくだけのクリスマスツリーを、ぼんやり眺めて。
「あいつ等には普通のサンタが来ればいいな」と云ったら、隣の眼は穏やかになった。
其処にいつまでも枯れずに光る翠緑を見て、ツリーの事は頭から抜け落ちる。
(どうした、慈善?そんなんじゃない、つるむ相手が欲しいってワケでもねえし)
理由なんて分からない…オレが知りたいくらいだ。
何度だってお前と遊びたい、背を任せ合って戦いたい。面倒な周りを省いて、二人で好き勝手云い合って。
(サムライになって間も無いのに“何度だって”?)
見かけ倒しのプレゼントに喜ぶよりも、これでいい。
猥雑でワクワクする気持ちが先走る、“良い子”達に後ろ指を指されたって構わない。
炭袋とイモを叩きつけられても、袋の中に見た事も無い宝石が…なんて展開が有るかもしれないし。
そうしたら…そうしたらオレが灰まみれになってでも引きずり出して、隣のコイツにくれてやるか。
今まで付き合ってくれてありがとよ、とかっつって…全身真っ黒になってプレゼントして―…
「んん?オレが黒いサンタでも間違ってねーなそりゃ!アッハハハ!」
「突然何だ…?サタンはともかくサンタは無いだろ、大丈夫かワルター」
どう転んでも黒いサンタに逢うという、しょうもない悲願達成。
それが最高の瞬間であろう事を予想して、なんだか更に笑えた。
フリンに再び頭の状態を心配されたが、どうにも止まらん。
寧ろ心配させとけ、と助長させる。そうでもなけりゃ、コイツ普段は無反応だし。
「次のクリスマスもよろしく頼むぜ?」
「僕はこっちの暦を把握していない、次なんて知らない」
「オレだって知らねえし、んなモンずっとヨロシクやってりゃいいんだよ」
「ヨロシクって何だ」
「ほれ、だってクリスマスってパートナーと過ごすんだろ?ウザボーが云ってたじゃん」
「それ態と?」
「おっ?態とだって思うっつう事はだな、お前も多少なりとも―…」
「……」
無表情を崩して、密やかに笑うお前。
また内緒事が増えてニヤけるオレ、思わず悪魔共の真似をしてみた。
「コンゴトモヨロシク」
悪友ってのも、パートナーには違いない。



飴と無知・了
*あとがき*

タイトルは「飴と鞭」を文字って。キャンディーケインと無知な二人の記念日。
2013クリスマスにふっと思いつき書き始め、発表の時期を逃した(2014/01/17現在)
ので、もう少し幅を広げたら思った以上にワルフリっぽくなりました。
4-MEMOに載せたイサフリっぽい話の後日…で、だから釣りの話も出てきます。
まだ路を別つ前、フジワラ達と面識も無い頃、なイメージ。

続きを書くとしたら、フリンをこれからどんどん悪い子にさせたい。これを書いてから、薄らと方向性が定まったので。
悪い子、というか…説明が難しい。これのフリンは多分『自身の理想』という概念が薄く、親しい相手で善悪も左右される。 では自我が薄いのかというと、その“親しい相手”を選んだりどこまで追従するかをハッキリと判断出来る、そういう主体性は有る。
このサイトの人修羅(功刀)とは真逆で、目的は無い状態。だから目的に縛られて葛藤する場面は少ない反面、気付くのが遅くて真っ白になる性質。
功刀は素っ気なく見せておいて粘着質な上にカマトトぶるタイプで、このフリンは繊細に見せておいて小豆餅と泥団子を間違えて喰うタイプ。
しかしワルターのアクが薄過ぎな気がして、誰か何とかして下さい。奇をてらえば良い訳では無いと思いつつ、このままでは第二のダンテもとい被害者になりそうで恐ろしいです。

とりあえず“最高の瞬間”までは、フリンとワルター仲良くさせる予定です。
次回をいつ書くか、止まるかは、気紛れ次第ですが。