可笑しい
可笑しくてしょうがない

あの名前が僕を駆り立てる
もう、駒は揃った
不可能では無い
可能、なのだ

ヤタガラス…など小さき事…だった
この身体が朽ちるまでに
僕は野望を成就させる事が…出来るだろうか
いや、出来得る…のだ

人修羅

君だ

君が必要だ

君に良い事を教えてあげよう…

君は、僕に従う他…もう道は無い
という事を…

そう、すべては

ここより始まる

「戦え!」
僕の怒声に、ゆらりと眼を輝かせる人修羅。
蛆に喰われたその肉体が、ぐずぐずと鳴いている。
掴み揺すった僕の指に、人修羅のその弛んだ皮膚がこびり付いた。
「…なあ」
幽鬼の様な声を出す彼。
僕を憎む普段の声に、少し探る様な色が入っていた。
「あんたは…俺を…必要としているのか」

きた…!

「いや、別に…あんたの支配下に身を置くつもりはさらさら無いが」
すぐに言い直し、咽て血反吐を横に吐き棄てた。
そんな人修羅に…僕は嬉々として云う。
「功刀矢代、君はボルテクスに…逆に必要なものは在るのか?」
「…」
「全てに棄てられるのに、その世界に貢献するつもりは有るのか?」
「…俺は」
「君の居る場所が何処であるべきか、もう解っているのだろう?」
僕の声に、次第に彼の生気が戻ってきている。

「俺に…依頼した、あの老人…」
肌の蛆を掃い除ける。
「俺の事を、殺そうとするダンテ…」
地に落ち、なお這い寄る蛆達を靴で踏み潰す。
「俺を待っていた、ベルゼブブ…」
その眼に、金の光が宿る。
「惑わして、下へと追いやってくる…葛葉ライドウ!」
その金色が、強く見開かれる。
肌の蟲は、一斉に熱に負け、弾け散った。
その濁った白い霧を、僕は腕で振り払う。
人修羅の…魔力を纏う姿が見える。
奥底に眠っていた本能を呼び覚まして、魔力の上限を上げたのか。
「俺を殺したい奴も!俺が殺したい奴も此処に居るんだ!!」

薄闇にも似た暗黒の焔を纏いし悪魔

僕の胎内のマグが疼く

――早く、その生き物の血となり肉となりたい――

「葛葉…あんたが…俺を必要とする理由も知らないし…聞きたくも無い」
その焔で、蠅の王の子供を焼き尽くす。
「でも、これだけは云っておく」
その死骸の海の上を歩みつつ、僕へ少しだけ振り返った。

「…」
「何?」

「ありがと」


…その口、今何を発した…

「その言の葉の意味は?」
僕が哂って聞けば、人修羅は少し口を歪ませた。
その眼が云っている、普通の解釈なぞするな、と。
「あんたが憎過ぎて、今まで生きてこれた気がする」
「…成程」
「俺が最初で最後に殺す…唯一の人間は…」

与えられてばかりの彼が、僕に…
僕に初めて与えた、甘美な約束…


「十四代目葛葉ライドウ…夜、あんただけだ」


ああ、名前…あの時…聴こえていたのだね。
ああ…

僕は、ベルゼブブに躍りかかっていく人修羅の背を見て
ただただ先刻の言葉を噛み締めた。

『その焔、いよいよもって降臨したか!人修羅よ!』
キチキチと吸い口を鳴らして、蠅の王が歓喜の声を上げる。
その翅が羽ばたき、空気を這い伝う様に電撃が奔る。
人修羅はそれを跳躍して飛び越える。
地から跳ね上がった電流が、その人修羅を追って飛び交う。
だが、撃たれても怯まない。
「俺は修羅じゃない!!」
叫びと共に、振り下ろされた斬撃。
彼の爪が、ベルゼブブの翅を裂いた。
地に落ちる前に、もう一撃。
「人間だ!!」
翅を貫通して、蠅の足下の地表が抉れた。
『人間はそっちのサマナーだろう』
「俺の方が人間らしいッ」
僕の眼の前でそんな発言をしつつ、あの巨体と揉み合う人修羅。
『その身体でヒトと云い張るか、滑稽な奴だ』
「好きで成った訳じゃない!だから知りたいんだ!」
血塗れの、斑紋が光る。
僕は、刀の柄に指が行きそうなのを抑えた…
此処は、彼の姿を観察すべきである。
手出しの必要は…皆無。
『何を知りたい?』
ベルゼブブが、ほつれた翅で少しだけ飛び上がる。
その角度から、人修羅の肉目掛けて体当たりをした。
その拍子、人修羅の胸部下辺りだろうか
ベルゼブブの口が突き刺さる。
「ぁあ…あああっ!!」
『知ってなんとする?』
哂う、蠅の王。
人修羅の悲鳴は、だが一瞬で止んだ。
「俺の…存在意義っ!」
その答えと共に、刺さる口を腕で自ら抱え込んだ。
脚を動かし、杖を振るう蠅の王。
その杖にギリギリ当たる事無く、人修羅はベルゼブブを振り回した。
「繰り返させられる理由をだっっ!!」
足場の無い奈落に向かって、叫びながら放った。
ベルゼブブは、翅をはためかせつつも、その奈落へと落ちていった。
肩で息をする、人修羅だけが…其処に残った。
「はぁ……っ」
よろめき、膝に手を添えて前屈みになっている彼。
鋭い殺気が、まだ立ち昇ってる。
『ク、クククク…』
地底から、響く様な声が…
それに反射的に眼が光る人修羅。
『青臭い…だが、それでこそ我等が剣…』
構えたまま、沈黙の人修羅。
声は、まだ続く。
『焔の味は以前より鋭かったぞ…ヤシロよ』
「…知らない」
『クク、また逢おう…愉しみにしているぞ』
その声を最後に、この巨大な空間から…魔力の圧が消えた。

『往った…のか』
傍で固唾を呑んで見守っていたゴウトが、ようやく口を開いた。
「ええ、その様です」
僕も、久々に喋った気がする。
喉の張り付きを覚えて、唾を呑む。
「…」
人修羅が、まだ荒い呼吸のまま…僕を見ている。
ボロボロの皮膚は、緩やかに再生を始めている。
あんなに喰い荒らされたというのに、まだ綺麗な姿。
「おめでとう功刀君、蠅の王は退けた様だよ」
カツリ…と革靴の音が、高い天井に響いた。
僕が進むだけ、彼は後ずさった。
「俺に、寄るな」
「功刀君、そろそろ教えておきたい事が有るのだが」
「俺には必要無い…」
頑ななその態度に、僕も心が燻る。
腰の刀が、抜けと煩い。
「…ゴウト、少し此処にてお待ち下さいな」
『おい、ライドウ…!』
ゴウトの声の最後辺りは、既に小さかった。
僕は人修羅に向かって既に駆け出していた。
「来んなって云ってるだろうがっ」
憎しみを剥き出しにした彼が、僕に目掛け光の矢を放つ。
(ジャベリンレイン…)
彼が叫んだ訳でも無い。
そういう技だと、認識する悪魔共から聞いた
そう、彼の一挙一動、知る悪魔も多い…
以前と何が違うのか、まで。
「功刀君!僕が答えを教えてあげると云っている!」
光弾を、刀身と動きでかわしながら僕は彼に迫る。
「っ、っく…っ!」
「ほらっ、耳を!お貸しっ!人修羅よ!」
僕の刀をすれすれ紙一重で、避け続ける。
こんなにも間近で。
彼の黒髪がさら、と少し散った。
僕等は少しずつ、場所を移動していた…
(そろそろか)
人修羅の背後に、ようやく扉が見えた。
僕は刀の柄を握り直して、集中する。
気付いた人修羅は、横にしか避けれないのだが
左右は奈落。
「くそっ」
小さく叫んだ彼目掛けて、僕は放つ。
的殺。
だが、それを紙一重で…彼の脇腹横の空間に潜り込ませた。

「は…あ……っ」

息を、一瞬止めた彼の、その耳元に唇を寄せた。
「内緒話しよう、功刀…」
下手に動けぬとの判断か、鼓動が伝わる…彼の急いたその。
「フフ…そうそう、大人しくして」
僕は…小さな声音で、囁く様に彼に云う。
「僕は、ルシファーという者を…知っているよ」
ビクリとした人修羅の、鼓動が一瞬跳ねた。
「君を痛く寵愛している様子だったね…蠅の王のあの云いぶり」
「誰、だよ…ルシファー…って」
「…恐らく君を何度と無く此処へ導いている筈」
「え…」
「君をこの世界に、何度も蘇らせていると思う」
「な、何云って」
「魔を統べる王の名だよ…功刀君」
黙る彼に、僕は続けた…
残酷な、告白。

「君はね…もう僕に賭けるしか無いのだよ、人修羅…功刀矢代」

「」
「」
「………!!!!」



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