生まれてきてくれて
ありがとう
ありがとうやぁくん
(母さん…)
あなたが生まれてきてくれて
本当に嬉しかったのよ
(俺はもう…戻れたの?)
ありがとう
ありがとう
ぼくのかわいいアクマ…
nocturne
「あああああっ!!」
胸元を掻き毟る。
口元を押さえて、マガタマの在処を探る。
あの瞬間、俺の内部を引き裂きながら、染め上げた…あの蟲を。
「功刀君」
その声音に、我に返った。
横たわる俺の傍に、腕組みしたまま壁に寄りかかる…デビルサマナー…
「怖い夢でも見た?ああ、それとも…これが夢と思っている?」
俺に歩み寄って、頭を靴先で小突いた。
「残念ながら、これが現だよ」
「っ…退けよ!」
その脚を払い除けて、離れる様にして身体を後ずさる。
と、這わせた指先に水の感触。
「!?」
生温かさにぎょっとして、視線を移す。
揺らめくのは…水溜り…だろうか。
何故、温かい…
「此処…」
「カルパの底」
「俺…っ」
「まだ成っていないよ」
先読みして返答するライドウが、除けられた脚を振る。
その靴先が向いた方向を、自然に向いてしまう。
俺の指先から続く水溜りが…沼のように其処に広がっていた。
その中央に見える、足場の様なものが…
怖い。
「な、んだよ…あれ…」
知る筈も無いのに、感じる。
『底から感じるか?我はとても其処に往く気はせぬわ』
俺の脚先に、黒猫が尾を振って来る。
その翡翠の眼が、俺に向かって放つのは…同情か。
「乗れ、って事ですか?」
『契約したのは我では無かろう』
その猫の声に、納得いかぬ心持のまま、俺は立ち上がる。
「ダンテは…」
「上がったよ、ボルテクスの砂漠にね」
「そう、か」
「何?刃だけの触れ合いでは足りなかった?」
その揶揄に頬が引き攣る。
踏みしめた地面を蹴って、ライドウに飛び掛る。
「違うのか?」
抜かれた刀の切っ先を、指で掴み、横に除ける。
切れる指の痛みより、頭に上る血の熱さが身体に滲む。
「…そういう表現、止めろ…吐き気がする」
そう吐き出して、睨みつけた先の薄闇色…
愉しげに歪んで、紡ぎ出す…契約。
「しかし…君は僕の悪魔で…望むものの為には…」
「…」
「乗るしか、無いのだよ」
知っている。
その先に…俺を待ち望む者達が蠢く事も…
聞いている…あの淑女から…
口元が、高尾先生に似ていた。
悪魔に生る…
俺は…
そうするしか、今は無いんだ…
「自我が保てぬ様なら、残念だけどそこまで」
冷たく哂って言い放つライドウ。
「捨て駒程度にしか思っていないんだろ」
「フフ、この先から君が戻らぬ様なら、捨て置く…それだけの事」
そうだ、元々この契約自体、賭けみたいなものだ。
弱りきった俺は、それに縋りついた…その代償だ。
「…く」
ちゃぷ
スニーカーが、湿っていく。
靴紐が一瞬水面に浮いて、沈んだ。
指先で、ぐずぐず鳴く。
おまけに、生温かい。
(羊水…)
ゾッとするイメージが脳裏をかすめる。
ああ
俺は
…俺で、居られるのだろうか…
リフトに片脚を乗せる。
動悸が、異常なまでに、早い。
そのまま…俺は凍る。
怖い…怖い…
完全な悪魔って、どうなるんだ?
その思考の中に、俺は居るのか?
俺は、俺は、俺は!?
「功刀君」
背後からの…声。
背中を押すので無く、蹴倒しでもするのか?
そう感じて、むしろそれを楽だと感じる。
「君が自我を失っても、契約は切れぬ」
「…」
「その時はせめて、殺してあげるから安心おし…」
哂うでも無い…
きっと、あの男なりの、慈悲なのだろう。
それとも、厄介払いをしたいだけか?
散々…痛めつけて…刻み付けて…殺すのか?
助けて、嬲って、助けて、接吻して、助けて…
犯した
「…葛葉…っ」
もう片方の脚を乗せた。
その、リフトの様な足場に、水が上がり込む。
いや…沈んでいく…この足場が…
深い…深淵へと…
振り返って、脚を既に飲み込んだ水面が揺れた。
岸で黙って、無表情に俺を見るライドウ。
奴目掛けて、吼えた。
「お前を殺すまで!絶対忘れない!!忘れて堪るかよおぉッ!!!!」
視界が呑まれる直前。
ライドウの唇が、俺の言葉に歓喜するかの様に、歪んだのが見えた。
「起きなさい…矢代…」
声がする。
…高尾先生?
俺は、居眠りなんてしない筈だ。
なら、どういう場面なんだ?
「人修羅矢代、目覚めなさい」
散々呼ばれたその呼称に、跳ね起きる。
身体は…うっすらと、濡れている。
息が出来る…沼の中、の筈だったのに。
「う…」
覚醒しきらない頭を押さえる。
覗き穴の先の、二人が居る…
「!?」
俺は、覗き穴を覗いている訳じゃ無い。
では、今見えているのは?
「良く来ましたね…皆が待ち望んでいたのですよ、矢代」
黒い…喪服の淑女が、微笑んだ。
声も、膜が取り払われたみたく、クリアだ。
「待ち望んで…?」
「ええ、上を御覧なさい…」
云われるままに、視線を上げる。
ちらちらと、煌く夜空だった。
赤黒い…空に浮かぶ、無数の星。
その星達は、俺を一心に見つめて、またたいていた。
身体が、ぞわりと震えた。
全て…悪魔の瞳だ。
全て、俺に注がれる視線だ。
「怯えずとも良いのですよ…皆、貴方に従属するを、心待ちにしているだけです」
落ち着いた声音で、俺の不安を払拭させようとしたのだろうか。
その…教師に似た声音で。
「俺は、確かに此処に来ました…でも…」
云い淀む俺に、淑女は少し首を捻る。
「でも、期待に応えれるかは別ですし…悪魔を好んでいる訳じゃ無いです」
ゆっくりと、立ち上がる。
足先のスニーカーが、ぐじゅり、と嫌な音を出す。
少しぬれた前髪から、滴る水滴が、向こうの老人を映り込ませる。
ただ、杖を弄んで…俺を、やんわり笑って見つめていた。
「しかし、来たからには、その身体、進化させるつもりでしょう?」
どこか、有無を言わさぬその問いに、俺は…
黙って、頷いた。
その返答に満足したのか、淑女は手を上げる。
黒いレース装飾の指が、くゆる。
「此処に、新たな我等の悪魔が誕生します…歓喜なさい」
その声が号令になった様に、天井を覆う覗き穴から光りが蠢く。
零れる歓声、拍手喝采、キラキラギラギラする眼達。
その音の渦に、耳鳴りがする。
俺の…嫌悪していた海の
その波にさらわれたかの様に、この身を感じる。
そこから、漕ぎ出せるのか?
「さあ…」
淑女が、老人を促す視線を流した。
黙って微笑んでいた老人が、その皺だらけの指を…
俺の方へと向ける。
(…ぁ)
動けない。
だからといって、倒れない。
今、俺の意思で立っていない。
(眼が…あつい)
眼の奥から、灼熱が襲う。
何の説明も無しに、この魔力の…衝撃。
(あ、ああ…)
喉奥から…声が…
「ぁ、ぁあ…っあ」
脳内が、ぐらぐら…する…
暗い…闇に、呑まれた。
『ヤシロ…ぼくのかわいい…かわいいアクマ』
真っ暗闇の中…ぽっかりと、浮かぶ黒い月…
響き渡る、子供の声…
俺に、あの蟲を…突っ込んだ幼い指が、舌に触れた感覚…
今でも、鮮明に思い出せる…
『ようやく、きてくれた…さあ…そのめ、ひらいてみせて』
身体中を、暗い影が纏わりつく…
肌から、毛穴から入り込む様な重い、熱い泥…
『その、ナカから、やみにそまるんだ…キミは…』
泥が、俺の身体を…
引っ張って、沈めていこうとする…
そこに呑まれたら、終わりな気がした…
なのに…足掻いても、びくともしない…
全て…もう…
良いんだ…
全て、黒に染まる…
人間の時の記憶?ボルテクスを幾度か廻った記憶?
そんなの…
『なくしても、しかたないよね?ヤシロ…』
にっこり微笑む子供につられて…
俺も、微笑んだ…
蟲を…マガタマをくれた…あの…方に…
この…身体にしてくれた…
あの…お方…
視線が、闇に…埋め尽くされる…
そんな俺を、見守ってくれる貴方様…
『なに、そのて』
…え?
『だれ?ヤシロ、せつめいするんだ…』
もはや覆われていた視界が、開かれる。
強い、力で背後に引かれる。
ずるりと、纏わりついていた泥が、剥がれ落ちていく。
遠くから俺を見つめる子供の、双眸が冷たい光を放って、俺を見る。
背後から、俺を掴む指の感触が…
(そうだ、あの子供は、違う)
遠い様で近い。
(俺の主人じゃ、無い)
振り返って、叫んだ。
「ライドウ!!!!」
「っあッ!!」
どさり、と、膝を地に打つ。
「はあ…っ…はぁ…」
一体、今のは…何だったんだ…?
苦しい息を整えて、俺は前方を見上げた。
あの、車椅子の老人が居ない。
代わりに…子供が、椅子の背凭れに腰掛けていた。
先刻、闇の中で見た…彼だ。
「そう…」
ゆっくり、小さめの声で、呟く。
「クズノハライドウと…つながったのか」
その、繋がったの深い意味を考えるより早く、俺は云い返す。
「俺は…っ…」
「ねえ、ヤシロ?」
そして、俺の返答が終わらぬ内に、その子供から何かが放たれた。
「!!」
腕で掃い、宙に飛び退くが、脚の先が絡まれる。
赤い…透けて見える、その気の塊をまるで手足の様に操る彼。
背から立ち昇るその魔力は、まるで羽の様だ。
「かんぜんな…アクマにできないよ…これじゃあね」
「ぐ…っ」
逆さ吊りの俺に、ゆっくり近寄る。
その対岸ギリギリまで来た子供が、嗤って話す。
「なんのために?はなしがちがうよ…クズノハライドウ…あのサマナー…」
眼が…狂気に光る。
「ひぎぃッ!!」
ドクリ、と脈打つ、俺の身体。
絡みつく赤い羽が、斑紋の光りを赤く染める。
ずりゅずりゅと、俺の斑紋に沿って…羽先が埋まる。
「あ、ぎゃぁぁああッ!!あがっ!ぁッ」
指先がびくんびくんと痙攣して、眼球が零れそうだ。
内部から、強い魔力に圧倒されて、破壊されそう…だ…
「あとちょっとなのに…ざんねん」
「い、やぁああ゛〜ッ!!!」
赤い羽なのか、俺の血なのか、判らない色がだらだらと垂れ流れる。
痛いだけで無い…酷く、気持ち悪い。
斑紋から侵入して、内の臓腑を洗われている…!
叫ぶ口の端から、胃液とも血液ともいえぬ何かが落ちる。
地を叩く音が、びちゃびちゃと煩い…
無理、もう、無理だ。
「がふっ、げぇえッ!がぁ…っ」
やめて
「ナカから、アクマにしようか…とりあえず」
死ぬ
「痛いぃぃッ!!ごわれっ、壊れるううううッッ!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
壊される!!
ぴしり
何の…音か…解らない。
が…
逆さになった天地の、眼下に見える面に、一閃が奔る。
羽を揮わす子供が、其処に眼を向ける。
ぽた…
ぽたん…
俺が…降りてきた…真上から…
天井が
割れる
「閣下!」
喪服の淑女が叫ぶ。
子供は動じる事も無く、ただその亀裂を見つめて笑ってた。
ぶしゅうううううううう
一気に滝の如く降り注ぐ液体。
この生温かさは…覚えが、有る。
「くるなら…きなよ…」
濡れそぼる金髪を、小さい指で掬い払って子供が云った。
「…ヨル」
頚動脈でも切ったかの様な、墳血の中から
黒い烏が舞い降りてきた。
俺の傍に音も無く着地したのか…すぐそこに、居た。
ぐっしょりと濡れて、色が濃くなった外套から、ぼたぼたと滴る羊水。
「ぁ…」
手にした学帽を、すい、と被る。
「……ィ…」
俺の唇が、舌が自然にその名を紡ごうとする。
「あぐっ」
俺を貪る赤い羽が、爪を立てる。
痛みに視界を閉ざし、歯を食い縛った。
が、突如、がくんと重力が反転した。
「ねえ」
その声に、瞼を上げた。
艶めいた刃物を片手に、俺を片腕で支えたデビルサマナー。
赤い魔力がその刃先に燻っている。
斬り離した…のか…?
ライドウの…長い漆黒の睫から滴った雫が、俺の頬に落ちた。
まるで海で溺れたかのような姿。
「まだ、僕の事判る?」
ニタリ、と。
いつもの哂いで俺を覗き込んだ。
その、酷く腹立たしい…いつもぶちのめしたい筈の、その顔…
どこかで、安堵している俺は…おかしくなったのか?
あの時…闇に呑まれながら…呼ばれた気がした…
あの子供では無くて…
“ おいで ”
葛葉ライドウの…声に…
その眼を見る限りでは、とりあえず自我は残っている様だ。
そこに微妙に安堵する僕は、おかしくなったのか?
この、身体から流出され往くマグネタイトが…
往き場を見失って、流れなくなった。
そうしたら、既に管を抜いていた。
拾いに行った、ダンテに叩きのめされた土蜘蛛を容赦無く召喚した。
穿たせた沼地の底に、僅かな亀裂が奔る。
帽子のつばを掴み、刃先にMAGを一瞬にして流す。
蛍光色が水面に揺らいで、あのリフトが通った底を、無理矢理
亀裂から斬り割いた。
「玩具なのに、壊したら意味無いでしょう…」
相も変わらず悠然と構える、青い瞳。
少年の姿でも、今の僕には判る。
「ねえ…ルイ」
ルイ・サイファー…
…僕の…
悪友だった。
「ふふふ…ライドウ…ようやく、きづいた?」
「ええ、お蔭様で、その指輪とか…よく自慢されましたからね」
「ああ…これかい?“きっかけ”は」
「まあ、そうですかね…」
先刻、人修羅の肉を食んでいたその魔力を落ち着けて、彼は佇む。
人修羅を壊しそうだった、彼。
遊ぶ玩具を、弄り過ぎて壊す癖がある。
そう…
天主教会で一度壊されかけた僕なら、それが解る。
「しかしね…きみのせいで、ヤシロをかんぜんなアクマにできないのだよ」
「…でしょうね…深い所で、繋がってますから」
腕の中の人修羅を見る。
横を向いて、僕も相手も見ようとしない。
ふるふると、微かに震えていた。
「せっかくほとんどアクマになったのに…どうしてくれるのだい?」
やれやれ、と云った風でルイは此方の足場へと寄る。
すぅ、と地に脚を下ろさずして滑空している。
「それについてはルイ、僕から提案が有りましてね…」
そう、ここからが問題だ。
彼が…堕天使が、この遊びに付き合うか、ただそれだけだ…
続けようとした、その時…
「ぅがぁああぁあああああああああ!!!!」
つんざく様な咆哮。
人修羅を支えていた左腕が、凄い勢いで撥ねられた。
それに持っていかれ、足場から吹っ飛んだ僕は、後ろへと背から突っ込んだ。
外套越しに温い浅瀬が肩を穿つ、しかし視線は一時たりとも外さなかった。
落ち着き払った声音の堕天使が云う。
「…ヤシロ…どうしたんだい?」
ビキビキと、斑紋がうねり、発光する。
その腕を以ってして、爪と牙を剥き出しにした人修羅が…
子供姿のルイへと、一瞬にして襲い掛かったのだ。
「何を…しているんだ君はッ!?」
僕は体勢を直しつつ、彼に向かって、思わず呟く。
何を考えている?
僕の話を聞いていなかったのか?
それとも、そんなに授かった悪魔の力が、流動していたのか?
いや…それよりも…
分からなかった、寸前まで。溢れる殺気は、瞬発的だったのだ。
あの…人修羅が…まさか…
(舐めていたかも、知れない)
「はぁっ…ぐ…ぉ、おッ…ぁあァっ!!」
彼の項の突起に、ビリビリと魔力が蔦って這う。
その、人修羅の腕を取るのは…
先刻とは明らかに体格の違う…堕天使…
あれこそが、ルシファーとしての、姿。
青年の、いや、女性的とも取れる、その風貌はまさに天使。
一度見た…姿だった。
「力を与えた者に、すぐに襲われるなんて…初めてだよ…堕天以来…」
神々しい邪悪さで、金髪を輝かせた天使が嗤う。
酷く愉しそうに…人修羅の腕を、ダンスでもするかの如く取る。
「凄い、凄いな矢代!凄いよ!!」
人修羅の薙いだ斬撃は、ルシファーの背後にのみ影を落としていた。
車椅子も、本棚も、グシャグシャに舞っていた。
天井まで流れた傷痕は、避けた皮膚みたくダラダラと液状の何かを垂らしている。
上の覗き窓まで行ったのか、悪魔の呻きが崩れた穴から流れ落ちてくる。
あの淑女は、当然の様に避けていたが、人修羅の急襲には驚いた様子。
「その憎しみに震えた視線は…どうやって覚えたのだ?」
「あっ…ぐっ」
両腕を捕らえられた人修羅の顎を
床に落ちていた杖が、ルシファーの力か…独りでに飛んで押し上げる。
「そうやって…力を揮う君は…とても綺麗だ…人修羅…矢代」
「俺は人間だぁっ…!!人間に…っ…戻せッ!…戻せ戻せ戻せ戻せ戻せっつってんだろ手前ェぇええええ!!!!」
錯乱しているのか、既に状況など見失ったと思われる人修羅が雄叫びを上げる。
当然、ルシファーは涼しげな顔だ。
天井の覗き窓の方から、寧ろ悲鳴や怒号が聞こえて、音の洪水だ。
「そういう…下らぬ拘りを捨てきれぬ、気高い精神…嫌いでは無いよ」
堕天使の眼が、うっとりと見つめている…
殺意にまみれた…僕の、人修羅を。
「退け!!矢代!!」
叫んだ頃には遅い。
人修羅の、小さな悲鳴と共に、宙に舞ったのは赤い雫。
脚をばたつかせて、地面をガツガツと蹴るようにして君は暴れた。
声も無く、いや、もしかしたら何が起こったのか理解していない?
「綺麗な眼…」
うっとりと、うっとりと心酔した眼差しで…
ルシファーは、指の間に挟んだ宝石を掲げて、笑った。
金色の…眼球。
それを舌に撫ぞらせる…ルシファーが
僕を見て、嗤った。
転がる人修羅は、震えるまま口を薄く開いて、息を乱している。
僕は…
「ルイ…」
僕は…
「その様に、軽率に動く手駒…果たして、本当に役に立つと思います?」
倒れるままの…人修羅に、近付いて…
「僕と人修羅が契約を結んだのは…」
人修羅の、顔を、横から足蹴にした…
「互いの為であり…貴方にとっても悪い話では無い」
人修羅の、左の眼の虚が…僕を責める様に露わになる。
それを見て、胸が…ざわつく。
君の所為だ…功刀矢代…なんて、愚かしい。
浅はかに動き、勝手さが呼び起こした、自己責任…
僕の手筈に、そんな君の行動は入っていなかった。
あの…宝石が盗まれるのを、見せ付けられた僕の身にもなってみろ。
僕の手の内に在ったのに…
…その、僕を憎しみに貫いてきた、金色の眼球は。
僕だけを視ていたのに…!!
「ライドウ…いや、夜…聞こうか?」
僕より高い目線が、見下す様に問い質す。
あの時の、教会で…
初めて、僕が…血反吐を吐き散らし、跪いた瞬間を思い出して…
哂いが込み上げた。
「ルイ…いいえ、閣下、とお呼びすべき…ですかね」
「愉しい事かな?」
「愉しいですよ…きっとね…」
さあ、序幕だ。
「僕に、人修羅を育てさせて下さい」
地の人修羅が、呻いた。
「僕は、彼を使役する事で高みに往きたい…」
もう君には教えてあるだろう、功刀君?
「彼は、人間に未練が有る…それを僕が、奪い去る」
「どうやって?」
ルシファーの相槌は、合いの手の様に弾んでいる。
「人間の世界で、生かせば良いのですよ…」
「ほう…未練が増すばかりではないのかい?」
「どうせ殆ど悪魔の身…普通の世界に生きれぬ事を思い知るでしょう…」
哂って提案する僕を、悪魔と勘違いしてもおかしく無い。正論だろう。
「…成程…無い話では無い…はは…いや、愉しそうだ」
過去の、悪友との会話が空気に甦る。
そう、これは…
騙し合いだと、分かっている。
「彼が満足に貴方の剣に成れるその刻まで…僕に使役させて下さい」
「どうやって育てるの?」
色々、考えてある癖に…既に、お前の中で、愉しい遊戯が。
「貴方の敵は、とりあえず狩りましょう…神兵でも、それを執る教団でも」
「ふふふっ、それは丁度良いな…束の間の休息が取れそうだ」
寧ろ、張り切る癖に。
「彼を満足に育て上げれなかったのなら、僕は…」
「天主教会の続きでもしようか?夜…」
「…それで…良いですよ……ルイ…」
呪われし、この身。
教会という場所で焼かれるなら、それも一興。
「では、依頼しようか…十四代目葛葉ライドウ」
天井から、僕を糾弾する罵りの雨が降る。
『殺せ!そのサマナーを!!』
『何故ですか!?閣下!!そんな人間にその方を任せるのですか!?』
『ユルセナイ…ユルセナイ…』
いよいよ待ちに待った彼等の王を、横から奪い去ったのだ、当然だろう。
殺気が、心地好い。
神兵等の天使の他にも、僕の敵は多そうだ。
だが、これで良い…間違って無い。
愉しい事に喰らい付かない筈は無い…
人修羅が、憎悪に呑まれる程、その心は懐柔し易くなる。
真の、黒に染まる。
それをするは…彼の羨望する“ヒト”である僕の手で執行されるが効果的だ。
そう…思ってくれるだろう?ルイ…
可愛いその半人半魔にしてきた、様々な小細工を明かしておくれよ。
その愛の深さを知った分、僕が嬲ってあげるからさぁ…!
人間に一番執心している、堕天使が!!
こいつを本当に使役するのは…
僕だけで良いんだよ
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