いつの事だったか……泉の冷気の中、悪魔に語り掛けていた事がある。
ぽつりぽつりと、寝物語の様に。いや、今となっては寝惚けていたのだと思いたい。
浅黒い肌に赤い装飾が鮮烈な……確か相手は、キクリヒメという悪魔だった。
彼女は俺の話を、ただただ静かに受け止めては確かめる様に響かせていた。俺の人間性を否定もせず、労わってくれていた。
オベリスクを登っていた頃、俺はまだ仲魔という存在に頼り、八つ当たり半分に愚痴を吐露していた。
女性の形をしていようが悪魔は悪魔だと、忌々しく語った。
その言葉をぶつける相手も、女性の形をしていたよな?
そうだ、半分以上確信的にやっていた。俺は……女性を恐れていた。
俺を脅迫する橘千晶も、俺に執着する高尾祐子も。
もしかしたら……女手一つで育ててくれている母にさえも、後ろめたさを感じていた。
こんなの、違う、間違っている。
『女の人を護るのが、男の人の宿命なのよ』
案外夢見がちな母の言葉が、いつも俺を縛る……紳士であれと、真摯であれと。
でも、護るには理由が欲しいじゃないか。
弱者を徒に嬲るのは、見過ごすのは趣味が悪い。だから男が女を護るのか――……
じゃあ、女の方が強かったら?
女であれど、俺に害をなす存在だったら?
人間でさえも、無かったら?
廉潔の証
「こんな状況で上の空とは、随分と肝が据わっているねえ」
ライドウの声に釣られ、圧し掛かる体躯を突き飛ばした。
だが、相手はベッドから転がり落ちない。俺の力に容赦が残っていたんだ……
「それとも、この体が好みで無かった? もっと豊満な乳が良いかね、それとも華奢で折れそうな方が?」
「あんたの顔してる時点で、首から下がどんな形してようが御免だ」
這いずり寄って来るライドウは、学帽とスラックスを残し……上半身を露出させたまま。
じり、じり、近付く度に微かに胸が揺れる。嫌でも目につく、その動き。
「残念ながら、アマツミカボシは僕の顔が気に入っているのでねえ……頭だけ別人と挿げ替えるのは、気が乗らぬだろうよ」
「身体だけ替える方が……変態野郎ども、ッ……」
「覚え込ませた人間の中で、君が一番好みそうな女体にしてやったのだから。素直に歓び給え」
「触るなっ」
払い除けるのが精一杯だった、どうして俺が自室のベッドに追い込まれているのだろう。
突然仲魔を召喚し、そいつの術で女性体になった葛葉ライドウ。これが「特別」だっていうのか? ふざけている、その姿でどうせ嬲ってくるのだろう。
俺が人型の、それも女性体に手を上げる事を毛嫌いするのだと。それを知った上での嫌がらせに決まっている。
鬼畜とはいえ人間で、武器も提げない丸腰で。そんな相手に、俺が本気で反撃したらどうなるか……
「本当、君は下らぬ制約を己に架しているね」
尖る爪で裂かない様に、掌で押し返す。それを丹念に、俺の指の一本一本を手繰って退けるライドウ。互いの手の隙間から、思わず視線が繋がった。
「思い出したのだろう? ボルテクスの事」
「全部じゃない」
「転輪鼓の部屋で、あの男に襲われた事を忘れたのかい」
息の詰まる俺を見て、ニヤァと口角を上げている。女性の身体をしてはいるが、元の顔から殆ど変化は見られない。
いつも通り、苛々させられる掴みどころの無い哂い。整った目鼻立ち、切れ長な眼を助長させる、伏しがちな瞼。
「忘れる訳……無いだろ」
「彼はアマラへ傾倒したものの、あの時点では確かに只の人間だった。君が拳を揮うのを留まる理由は、まぁ無い事も無かったね」
「じゃああんたなら殺せたっていうのかよ! あの時あの部屋はおかしかった! 力の制御が利かないんだから、半殺しじゃ止まらないのは分かり切ってた。その上で反撃出来るっていうのか!?」
「出来るよ」
シンとした部屋の中、俺の鼓動だけがどくどく走り回ってやかましい。
「君はね、功刀君、運が良かったから生きているのだよ。出来ないって、何? 出来ないがひとつでも有ったら、死ぬのだよ、普通はね」
「……で……も、でも、ヒジリを殺さなくても……あの場で俺は、多分死ななかった……」
「では大人しくヤられてあげれば良かったじゃないか」
「納得出来るかよ!」
ああ、嫌な予感がする。また俺は、こいつにじわじわ絞殺されている。
直接的な刃なら一瞬の痛みで終わるのに、こういう責め苦が一番長く感じるから、嫌だ。
「己の生死が関わるのなら、僕は間違い無く反撃するよ。相手を殺す事になろうともね。しかし、君の抱く妙な貞操観念を同じく持っていたと仮定すれば、確かに振り上げた拳を何処に下すか迷うねえ……フフ」
「……貞操観念」
「そう、君が自縛に使っている縄」
俺の学生服のかけ違えたボタン、其処に指を絡めたライドウが哂う。わざわざ正しく掛け直し、その後再びホールからボタンをずるりと抜いている。そうだ……ルシファーの下で着替えた際、慌ててかけ違えたんだ……
「君は処女で在りたいのだよ、功刀君」
「お、俺は男だ……そんな例えは不適切――」
「人殺しをしたくない、紳士でありたい、しかし社会適合者として妻子は持ちたい……少なからず、人間の中に生きる人間ならばそういう気持ちは持っているのだろう。しかし君はその程度がやや極端だね、そして他者にもそれを求める」
「倫理的に正しいだろ!」
「君は半分悪魔なのだから、いつまでもヒトの倫理観に縛られるでないと云っているのだよ」
じゃあ、あんたは何なんだ……葛葉ライドウ。身体だけ女に擬態して、裸同然で俺に跨るお前は。
人間の筈なのに、男の筈なのに、悪魔の倫理を持てと謳うお前は……俺を誘惑するお前は……
「あんたは、何者なんだ」
気が狂ってる。
「君の倫理観を壊してあげるよ功刀君。僕が人修羅の君を成長させる為にはね、頸木をもっと壊してあげなければ……いけないのだよ、フフ……」
「あんた……は」
「何度も教えただろう、契約の時に」
「ッぐ、ぁ」
首に食い込む指が、いつもより僅かに細い。
近付く顔より先に、胸が当たる。空気を入れたばかりの、張り詰めた水風船の様な胸……力を籠めれば、破裂してしまいそうな。
「呼び給え」
「っ、は、っは……はぁッ……そういう、意味じゃない、あんたの立場を訊いてる」
あんたが何者かという問いの答えになっていない、名前は違う。俺を人と悪魔の狭間に置くのなら、あんたは何処に位置するんだ。
どうやら葛葉ライドウの肉体は人間らしいが、あんたの自覚は何処を指している?
「僕は拾われ子、流れで葛葉ライドウの十四代目となった人間、それだけだ」
「ふ、は……それで、人間の中に居るのは、浮いてんだろうな、あんた」
「安心し給え、君が想像するよりも僕は社交的だよ、人にも悪魔にも」
「俺に対する態度から……そういう風には、見えない」
「だって君は特別だもの、ねえ……?」
人にも悪魔にも……
着衣を剥がされている間、ずっとその言葉が脳裏を離れなかった。この男からすれば、俺が人間に拘る事はどうしようもなく下らないのだろう。人間と悪魔に、上も下も善悪も無いんだ、ライドウの中では。
だって、俺の意識の中では……社交の対象として、悪魔は存在していなかった。根幹から違うんだ、こいつとは。
「僕も本来男だし、ただの人間だ。此処に呪いは無く、君も力の制御が可能だ。半殺しに留める事が出来るだろう、しないのかい?」
最終確認の様なタイミングに、ライドウのこの台詞。
殴るなら今しかない、それなのに俺の腕はシーツに横たわるままで。
「……殴ろうが燃やそうが、仲魔に回復かけさせてまた襲ってくるんだろ」
「解かってるじゃないか。そうさ、僕の気が済むまで、肉体が本当に壊れるまで、君が殺しにくるまでやろうかと思っている」
「くそッ……最初から俺に勝ち目なんて無いんだ……こんな……こんな一方的な」
せめて無様に興奮しまいと、明後日へ視線を投げ、腕で目許を覆った。だがライドウは容赦無く俺の腕を押し退け、口許を両胸で圧迫してきた。牙を立てたら破裂する、人間としての心臓が弾ける――そんな妄想にとり憑かれ、口を開く事もままならない。
俺の理想を体現したかの様な感触に、黙れば黙るほど血が騒ぎ始める。
「僕で全て棄て給えよ……功刀君……女性への、もとい己への貞操観念を」
すべらかで白い、正絹の様な肌。俺の首に痣を残したばかりの指で、鳥の尾羽がくすぐるみたいに撫ぞりあげてくる。
普段から漂わせている白檀が、胸の狭間に滲む汗と混ざりあって、甘い匂いに変質している。
多分、MAGも擦り付けられている……頭の芯からジンジンと熱される様で、不快とも違う。
「もう君、とっくに僕に男の操は獲られてるのだからさぁ……コッチもさらりと棄てて、余計な縄を断ち切り給えよ」
「ッ、ぅ、ふぅッ、ぁ、やめ」
「やめろだって? 実は安堵しているんじゃないのかい。人修羅になった時点で、人間の女性とこんな事は臨めないと諦観していたのだろう?」
「馬鹿云ってんじゃ、ねえ……あんたでなんて、最悪……」
「へえ、では今から元の姿に戻ってあげようか?」
その言葉を相手が云い終えるか否かという瞬間、刹那的に制してしまった。俺のブツを扱くこいつの手を、上から握り締めていた。そこから上にも下にも動かせず震え始めた俺を見て、ライドウが喉で哂う。
「君の部屋を物色済みなのだから、女体の好みくらい把握しているよ」
今度こそ、本当に突き飛ばしそうになった。云われた通り、俺好みのその身体を。
「自ら慰める必要が無いのだよ、理想の肉が君を勝手にまどろみに連れようとしているのだよ。委ねるが賢いと思うが、どうかな」
「中身と顔が、あんただから……全然、納得、出来ない」
「もう滲んでるけれど、どうやって出したい?」
「なんで俺に訊くんだ! 勝手に襲ったならあんたが勝手に決めろよッ!」
裸以上に裸にされた気分だ、最早プライバシーもへったくれも無い。他者と交わす様な話題では無い。人間の生理現象や欲求に云い訳して、初めて許される様な事だろうが。どうしてこの男は、俺の恥部を晒したがる。
「へえ、僕が勝手に決めて良いのかい」
腰に跨られ、ぬるりとした感触に嫌悪と甘美が滲み出た。
何もぶら提げていない丸腰のライドウは、ぬるぬると俺の茎を嬲る。やり場のない脚でシーツを擦り、忙しない呼吸が耳障りで堪らず自身の喉を絞める。その手をライドウに片手ずつ剥がされ、マットへ抑え込まれた。
「君の勝手は許さぬよ」
呟くなり、腰を下ろすライドウ。途端、俺の下肢がジオにでも打たれた様に跳ねた。ぬぶりと急所を呑まれる危険に、血の巡りが速くなる。不純と思えば思う程、焦燥感にそそり立つ。
どういう仕組みの坩堝なのか、これが幻覚で、もしかしたらライドウの後ろの孔かもしれないじゃないか。それを想像すれば萎えるかもと期待したが、余計に膨らんだ。
こいつの領域を侵すという感覚が、既に快楽をもたらしている。俺の心に、悪魔の攻撃性に。
「はあ、ぁ……はぁ、はぁ、はぁ」
「く、ククッ……君はもう、これで一皮剥けたね……将来を約束すべき相手の為、貞操を気にする必要も無い、他にそれを求める事も無い、君は君が無意識に避けていたヒトの大人に近付いたのだよ」
「お、俺はっ、俺はッ、早く大きくなって職に就いて結婚してっ、この家を、母さんを……そういう意味でっ――」
「人の子供であるという後ろ盾も、教育課程上の少年であるという後ろ盾も無い。君はもう、人修羅なのだから」
揺らめく腰の動きが、奉仕か責めか分からない。
ライドウの顔は翳って見え辛かったが、俺を見て興奮している事は伝わる。癒着しそうな結合部に、MAGが躍っているから。
「理想ばかりが高い君は、常に何かを云い訳に歩いて来たね。勝気な幼馴染のせいかい? しつこい教師のせいかい? 一生を縛る母のせいかい?」
「……喋る、か、腰振る、か、どっちかにしろ……っ」
「正直におねだりし給えよ、もっと刺激が欲しいのだろう?」
「あんたにされなくても、勝手に、処理……する」
「そうしたら、最中を見ててあげる」
「ざ……けんなっ、どうし、て」
「見せた事が無いのだろう、他者に、それなら初めてを観るのは僕だ。君の記憶の中に残るであろう、卑しい傷痕は全部僕が付けるんだ。分かってるのかい、僕は君を血の契約で従えているのだよ。明かせぬ事の共有が、糸を太く強固にするのだよ」
ああ……だから「特別」がこの行為なのか。
「ま、君にとっての禁忌なのだろうがね……僕は正直、どうでも良いよ……己の潔癖など」
「ひっ、いっ、あ、はぁッ」
「ねえ、聴こえてる? 功刀君……」
俺の“初めての相手”という座を、無理矢理奪いやがったのか。
滅茶苦茶大きなお世話だし、酷い支配欲だし、変態としか思えないし……
このイカレ野郎、本当にやる事滅茶苦茶で、ああ――
「ひッ、あぁッ」
滅茶苦茶気持ちイイ――……
酷い消耗だ、擬態だけのせいとは思えない。肉体に嘘を吐かせ続ける為、それなりに魔力を調整する必要がある。
余計にMAGを使ったという事は……集中出来ていなかった証だ。元に戻った今、体が楽な気さえする。
「……君もかなり翻弄された様子だね、フフ」
憔悴気味な己の声に嫌気が差して、一呼吸置く。
「穴が開いているよ、ほら」
ぐったりした人修羅の後頭部からずるりと枕を引っ張り出し、顔へと叩きつける。
普段は意地を張って擬態を維持する君が、先刻はずっと悪魔姿で犯されていた。
項の突起がしつこく擦れたか、カバーは中央から裂けている。
「それにしても君、たっぷりと出してくれたねえ……ククッ」
流石に聞き捨てならなかったのか、顔面の枕を掴むと此方に叩き返してきた人修羅。
一見すればじゃれ合っている様だが、互いに酷く消耗しているが故の応酬だろう。
(好くない)
気怠さの中、僕は寝台の端に腰掛け、意識を縒り合わせていた。
血の結びを作ってから初となる、完全な交わりだった。これが以前と同じ男性同士なら、感覚共有かMAGの譲渡というだけに終わったろうに。必要以上に噛み合う男女、つまり陰陽の形で繋がったものだから、危うく気をやりそうになった。
(肉から融け合うと、精神まで癒着しそうになる……気怠い)
軽く頭を振りつつ寝台を降り、熱を冷ますべくガラス戸を開けた。夜風が心地好い……自分の時代と違いガス灯の臭いはせず、灯蛾の踊る影も無い。
肌を撫でるカーテンにさらりとくすぐらせるまま、机に置き去りにした管を眺める。
『元の姿がお美しいのに』と、ただでさえ気乗りしないアマツミカボシの尻は蹴ってやった。
美醜など男も女も、人も悪魔も関係無い。そんなものは、各々の好みが決める事でしか無い。身体能力という理由だけで、僕は男に生まれて良かったと思っている。この性質には合っていた、それだけの理由だ。
「おい……カーテン、そんなに開けるな」
「どうして、君も涼みたいだろう?」
「外から何が視てるか分からないだろ……いいからさっさと閉めろ」
「何が視ているって? この窓は二階路面側だし、向かいの家も路を挟んでいるのだから遠い。この部屋の灯りを点ければ、分からぬがね」
ひとまず、外側にかけられたレースのカーテンだけを閉じて、ガラス戸を離れた。外の方が明るい……例え新月だったとしても、東京中心部がほのかに発光しているのだろう。
「おい、変な噂立てたら承知しないからなあんた。近所の連中は、この家に俺と母親しか居ないって知ってんだから――」
また自滅で項垂れている人修羅、いつまで母親の影を引き摺るつもりなのだ。
「今は僕と君の、二人暮らしだね」
慰めにもならぬ追い打ちをして、僕はひと哂いした。ゆるゆると脚を折り、ぐっと上体を起こした人修羅はそのまま膝を抱え込む。
聴こえぬ振りか、放心しているのか、じっと己の股座を覗き込むような姿勢だ。
「もう萎えたかい」
「さっきまで俺がおっ勃ててたみたいな云い方するな」
「硬化する前の甲虫の角、とても柔いのだけどね。あの状態のままいたずらに触れると、角はひしゃげてしまうのだよ」
「いきなり何――」
「柔く動けぬ身の雌を、既に黒々律動している硬い雄の前に晒してご覧。相手の状況を察する事など出来ぬ雄は、雌の躰をばらばらに裂きながら発情するままに突き立てるのさ。雌がぐちゃぐちゃに捩じ切れようとも、本能が勝る。気配と匂いに手繰り寄せられれば、交尾相手と判断する……形などはよく見ていない、いや知らないのかもしれないねえ」
人修羅は「胸糞悪い」といった眼を、二の腕の影からちらりと寄越してきた。
今話した例は、見聞の内のひとつに過ぎない。僕自らが地中より雌を引きずり出し、雄の前に放った訳では無い。変態真っ只中の生物は、とても脆く神秘的だ。もしかすると、人修羅もこれから形が変わっていくのかもしれない。人間から悪魔へ……ヒトの形から外れた、MAGで形体維持をする別の次元の生物へ。
「あんたは満足したのか、趣味の悪いやり方で俺のふ……筆おろしが出来て」
言葉に詰まりつつ、僕を詰ろうと必死な人修羅。それほど色を恥じるのならば、いい加減服でも着れば良いのに。
「おおむね好かったよ」
「よくそんな事が云えるな、俺の醜態を思い出して歓んでるんだろ。あんたにヤられたってな、そんなの童貞と変わらな――……」
人修羅の言葉が、更に詰まって途切れた。突如寝台の下から銃を取り出した僕に、全身で警戒している。
「今、何処から出した」
「この寝台の下、不織布ケース内の洋服で隠してある猥褻な本の更に下から」
「そういう問題じゃねえよ、あんたの私物を置くな、っていうか……何、狙ってんだ」
僕は穴の開いたままの枕を掴み、肘と肘の間に挟む。寝台に対し横一文字にうつ伏せ、ベランダを睨んだ。
微かに揺らぐレースのカーテンだけが、ガラス戸の端を擦り鳴らす。
「おい、外に向けて撃つのか? 発砲音響かせるつもりかよ、やめろ」
「君の方が余程煩いよ。いつもより銃身が長いだろう、これは狙撃用……それに消音器だって着けてある」
「騒ぎになったらあんたが何とかしろよ、っていうかカーテンひきっ放しじゃねえか、穴開けるつもりか」
「外の方が明るい為、暗闇の此方は把握されづらい。更に薄布一枚隔てている、余程目の良い悪魔でなければ難しいだろうね」
照準を合わせる僕の傍、寝台の軋む音と共に人修羅が身を寄せてきた。
「やっぱり悪魔なのか、何処ら辺に居る」
「二棟向こう三階建ての屋上庭園、読書に興じつつ時折此方を確認してくる奴が居る」
「遠い……あんた本当に見えてるのか?」
「少しくらい目を凝らし給え。物体を見ようとするでないよ、MAGを視ようとすれば視界が切り替わって来るだろう……」
恐らく家主は、自宅庭園が悪魔の休憩に使われているなど知る由も無い。
手入れの行き届いた緑の中、アイアンの椅子に腰かけ優雅に本の頁を捲る姿。体線の出ない法衣を纏い、波打つ襞襟に多数の頭を載せた悪魔。
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