「見て回るだけで何か分かるのかよあんた…」
「おや、ゴウト童子も口を酸っぱくして云っているではないか…まずは現場検証、とね」
とは云え、既に憶測は出来ている。
人修羅が、寒そうに腕をさする。物珍しそうに辺りを見渡して…
「賀正の飾りなんて、もうずっと見てなかったな」
「君の家は飾らないのかい?魔除けだというのに」
「俺が小さい頃は飾ってたっぽいけど……って、おい、何処行くんだよライドウ」
話の途中で、表口までつかつかと進む我。憤慨する人修羅がたたっ、と小さく駆けた。
ざくざく、踏み入れるは雪化粧を済ませた納屋。
「ライドウ!おい、そこまで見るのか?」
「許可は得ているよ」
木扉を開き、真っ暗な其処を覗く。
記憶の光景より、高くなった視点。
引き寄せられる、その感覚に…背後の人修羅が微かに呼吸を乱す。
「…そこ、何が、居る…?」
振り返らずに、返答する。
「身重の女性に手出しする…子供を狙う……まあ、察したモノとほぼ一致した、かな」
ライドウの愛した細身の刀に手をかければ、暗闇からずるずる、と蠢く何かが此方を見た。
「凶鳥…姑獲鳥」
名を唱えれば、昔見たそれより、やや染み茶けた羽根が舞い散った。
それ等が無風の筈の屋内で、一斉に我等へと射られる。
柄を指先で繰り、一閃し駆除する。
が、漏れた二・三だけ肩に刺さり、その羽根からぐわりと鬼火が立ち昇った。
空いた手を其処に伸ばそうとしれば、背後から指が。
「おや、気が利くじゃないか…フフ、素手では焼けてしまうからね」
「どうせ、させるつもりだったんだろ」
斑紋の縁が、その火に負けぬ輝きで。
我の肩に刺さる羽根を、指先の焔で焼き尽くした。
その際、少しばかり外套の衿えお焦がしたのか、化繊の焼ける臭いがした。
「クク、下手糞」
哂ってその指を捉える、と、反射的に焔を消す君。
本当は、我の指なぞ焼いてしまっても良いのではないか?何故引っ込める?
「放せよ!おい――」
「動くでないよ、功刀君」
我の言葉に、この乱暴な指先が決して嫌味の為だけで無い事を察したのか。
人修羅は、完全に擬態の解けたその体を、まだインバネスコートで覆っていた。
美しいのに、なんと…勿体無い。
『負ぶってたもぉ…負ぶってたもぉォ』
姑獲鳥は女の声で、呻きながら、その総身を震わせている。
周囲から、さざめく魔力に、警戒しつつも挑発す。
「何を負ぶえば良いのだい?罪かい?確かに、功罪相半ばする職には居るがね」
『子ぉ…赤子ぉォ』
ぼんやりと、火が巡回する…その灯りで、ゆるゆると見える姿。
背中合わせの人修羅が、うっ、と息を詰まらせた。
蜘蛛の脚をした、首を真逆に捻られた赤子達。
カサカサカサと取り囲み、我等をそのビー玉の様な眼で見つめている。
「気…持ち、悪い」
端的に述べた人修羅の声は、引き攣っていた。
「赤子の悪魔を使役しむるとは、拘ってるではないか」
脚を振り抜こうとした背中の気配。瞬間、この身の愛用するヒールで足蹴にする。
「っ痛!」
「納屋を潰さないでくれ給え、ジャベリンレインは拡がりすぎるだろう」
「いっ…ちいち蹴るな、下衆野郎…っ」
吐き棄てた人修羅を、せせら笑うかの如く周囲の赤子がきゃいきゃい啼いた。
蜘蛛の節足をきりきり擦らせ、おしゃぶりをぷっ、と吹き飛ばす。
それは地面に落ちる事は無く、宙にて細い線上と成った。
針状の魔力が放たれる。背で、ひっ、と息を呑む人修羅。
その、君の光る腕をコートの隙間から引っ掴み、真上へと飛ぶ。
刀を梁に突き立て、それを軸にぐるりと上へ更に飛ぶ。
抱えた腕を、力任せに放る。高い天井という事は既に知っていたから。
そして、この手袋の下の左手が、愛おしい御手であるからこそ出来る業だという事も。
「っく!」
斜に架かった梁に背中を打ちつけながらも、人修羅が其処にぶら下がる。
下では、向かい合った赤子同士が、互い違いに吹き付けた針に顔を歪ませていた。
環状になっていたのだ、中央の標的が抜ければ、当然の事。
「九十九の針とて、梁さえ有ればかわせるのだねえ、功刀君?」
「…んな、下らない洒落云ってる場合かよ…っ痛ぅ……ッ」
実際、この状況で冗談が云える様に成った己が虚しい。
仮面に内面を塗り替えられていると、実感する。
『わちきの子ぉぉお負ぶってぇえええ』
唸る姑獲鳥の声に、柔らかそうな頬を剣山にしたウブ達が蠢く。
「灰に…したい」
「駄目だよ、焔を飛ばしては此処も燃える。屋敷がこの冬を過ごせなくなってしまうだろう?」
「俺は触りたくない、赤ん坊の顔を素手で殴りたくない」
「全く、我侭だねえ君は」
その頑ななまでの潔癖さが、いじらしいのだ。
しかしそれを賛美する事も出来ぬこの肉体で、我は哂い、舞うのみなのだ…
MAGを流して、一息に梁から刀身を抜き取る。
切っ先を魔力で、生体エネルギイで補い、昔駆った大太刀の如く振り下ろす。
ずちゅりと抉れた赤子の面、飛び散った頭蓋の破片が薪に付着した。
それがやや気がかりになり、管をホルスターから取りつつウブを惹きつけた。
『あら、たくさん居るのね、どの仔をあやせば良いのかしら?』
大蛇を纏う外法の悪魔、数刻前に仲魔にしたばかりのリリス。
「あの凶鳥を屠ってくれ給え」
『寸止めしなくて良いのかしら?』
「構わない」
主人の断言に、淑女は愉しげに微笑んだ。
その蛇を腕に巻きつかせ、しなやかに繰り出す破壊の激。
喰い破られていく鳥は、いつしか人の女体を剥き出しにし、骨まで見せ始めた。
ウブの残骸の中、納刀した我の傍…人修羅が落下してくる。
着地の際の滑り音に、眉を顰め、嫌悪感を撒き散らして…
「どうして此処って分かったんだよ」
問い質す声に、黒い手袋を嵌め直しつつ返す。
「霊道が奔っているかと思ってね」
「霊道、かよ…随分と憶測だけ、だったんだな…」
「この裏手には水路が有る…屋敷の門にある注連縄は破られていなかった…」
喰い終わったのだろうか、リリスの蛇の動きが鈍重になっている。
「つまり、悪いモノとされる輩を閉じ込めてしまっていたのさ」
違う、昔、平行世界の此処で見たからだ……天使を。
舞台の公堂と一直線に、結べば分かる。水脈と力場。結界…
「道の上にしか居れない、という訳では無い…集い易く視え易い、というだけだ」
口を汚した蛇の頭を、三本指でいいこいいこしているリリス。
眼が合った、彼女もまた、金色の眼をしていた。
「枕許の護符がね、少し綻んでいた…産女観音の蟲封じ札」
「産女観音…?」
「子宝を望む産女大明神の札…なかなか子を生さぬ者が向かい、得る御札だ」
「産女って、あの、今リリスが片付けた…」
疑問だらけらしい人修羅、雪で湿った鞣革のブーツ…底にこびり付いた残滓を床に擦り付けている。
ああ成る程、こういう時にヒールだと楽なのか。と、己の靴も倣って床にカツカツ、と打ちつけた。
「どちらも“ウブメ”だよ…ただし、天帝少女とも云われる妖怪にも等しいのが、今のアレだ」
外套をばさりと払えば、何の肉片ともつかぬ濁った何かが床に散った。
「大方、身重の婦人を、仲間にでも引き込みたかったのではないかね」
「勝手な奴」
「あのまま姑獲鳥の気を中てられ続ければ、産まれぬまま産褥にて死んだろうね」
と、そこまで云った途端、からからと笑い立てる声が納屋に響いた。
大蛇が舌をチロチロと、小馬鹿にするかの如く揺らしている。
『何…わたし、妊婦を姑獲鳥にしてしまうのを阻止した…って事かしら?』
「そういう事だ」
『リリトゥの記憶も併せ持つわたしに、そんな役目任せて良かったのかしら?』
艶っぽい黒の唇で妖艶に微笑む悪魔…確かに、身重の女性を狩り殺す逸話も有ったか。
「命に背けば討つまでだ」
『クス…男って皆マザコンね…』
「お勤めご苦労だったね、然らば、リリス」
管をトン、とホルスターの筒状の箇所で鳴らし、先端からMAGと共に帰還させる。
「なんで俺まで見て云ったんだよ、あの悪魔」
苛立ちを含ませ、文句する人修羅…が、拗ねている様で可愛い。
が、裏腹に、それを嘲り笑ってやらねばなるまい…ライドウの姿ならば。
「召喚、掃除し給え」
管をくるりと回し、喚び出した餓鬼が、汚れた地面を這い舐める。
傍の人修羅が、それを汚いものを見る眼で、見つめていた。
「闘技場で同じ事してた」
「へぇ、そう」
「あんただって、居ただろ…マントラの」
「似た光景を見過ぎてきてね、合致するのがどれか分からなかったよ」
我は知らぬ、適当に相槌する、もう慣れた。
「それに……雷堂さんの…小父さん…が…餓鬼、は……」
ぼそぼそと云い澱み、やがて声を消した人修羅。
嗚呼、知っている、みなまで云わずとも良い。
君があの人の棺に成った事を、しっかと見届けた記憶がある。
我は…雷堂なのだから。真実の魂は、日向明なのだから。
この、夜の姿でなければ、君の前で二度と餓鬼なぞ使役出来なかったろう。
「急に体の重みが消えたの」
実際、憑いていた悪魔を屠ったのだ、もう大丈夫…だろう。
「それは良かったです」
「明日の公演の手伝い、これなら出来そうで…本当、有難うね、お二人共」
微笑みに本来の血色が戻ってきている。人修羅も、つられて穏やかな表情をしている。
布団から、少し這い出て、依頼主が好奇心を覗かせた。
「ところで葛葉君、どんなオッカルトだったの?」
うふふ、と、体が回復した所為か、生来の活発さが見え隠れする…
幼い我に、悪戯っぽく微笑んだあの顔が。
「それこそ外連じみた…非現実に御座いますが」
「差し支え無いのなら、教えて頂戴な」
業斗やヤタガラスから教わってきたのは、一般の者にソレを流さぬ事。
余計な情報を与えては、混乱を招き易いから…だ。
しかし……
「僕の」
我の
「説明で、宜しければ」
心は伝えたい
「舞いましょう」
立ち上がり、驚く人修羅の視線を感じながら、左の手袋を外す。
現れた斑紋の手に、えっ、と小さく発する“小母様”…息を呑む人修羅。
この、君の美しい手を扇に見立てよう。
「凶鳥鬼神の類なり 能く人の魂魄を収む 荊州多くこれあり…」
狭い畳の上、摺り足もままならぬだろう。
「人の子を捕り養って己の子となす 凡そ小児ある家 夜衣物を露はすべからずや」
黒の滴る指先で、枕許の札を指し示す。
「蟲封じ 喰われたりしや 憐れなり水子の母よ…」
驚く“小母様”に、続けて唱える。
「御安心を、既にその凶鳥は祓いました」
「…じ、じゃあ、お腹の子も、大丈夫?ね、ねえ…!」
「きっと生まれます」
そう、我の居場所は、やはり無い。
この世界の、この夫婦には、我では無い宝が。
「ではもうひとさし、初子の祝いに」
腕を広げ、この身違えども
貴方達に、大きくなったら贈りたかった演目を。
「千秋楽は民を撫で、萬歳楽には命を延ぶ…」
“小母様”が、笑った。
「相生の松風、颯々の聲ぞ楽しむ、颯々の聲ぞ楽しむ」
此処で、トメ拍子。
歩みは無く、動きに欠ける分、指先で舞う高砂。
「…有難う、有難うね、葛葉君…貴方、まさか舞えたなんて…探偵さんでしょう?」
羽織の袖で胎を撫ぜ、感極まったのか、その眼が潤んでいた。
「うふふ、でも、枕許に高砂が観られて、良い新年になりそうよ。初夢にも見そう」
「明日、また参りましょう、経過も気になりますので、納屋は数日立ち入りを禁じて下さい」
「綺麗な扇ね」
深く追求せず、ただ、この左手を…眼を細めて、讃えた貴女。
嗚呼、やはり優しいままだ。
「フフ…そうでしょう?」
黒い手袋に、再び包み隠す。人修羅が、息を吐いた。緊張の糸が切れたのだろう。
「お腹の子にも聴こえてるわね…ねえ?うふふ」
呼びかける、当然子は胎から返事せぬ。我が、返事しそうになり、苦しくなる。
「あの…」
と、座ったままの人修羅が、突如割入った。
「どうしたの?功刀君?あ、脚が痺れたなら崩して良いのよ?」
「ち、違いますっ…その、お子さんの名前って」
どうして確信を突く、君は。
「名前ねえ…それが、生まれてくれるか分からなかったものだから…まだ何も」
「な、ならっ、候補のひとつにするだけで良いですからっ、俺からひとつ…!」
まさか。
「明…夜明け、の“明”」
空には、何も見えぬ。
白い何かがちらちらと、まだ起きている家屋の窓明りに照らされるだけで。
それとて、殆ど闇に近い。
こんな宵、外灯も寝ている。稀に有る僅かな明かりを頼りに…帰路を辿る。
「非難しないのかよ」
ぼそりと呟く君。
「罵ればどうなんだ?あの人の名前を出すのすら、嫌なんだろ、あんた」
それが…望みならば。
「もし、あの赤子が明となり得たとしても…全くの、別人だ」
「分かってる」
「姿形、声も何もかも、違う」
「あの舞台小屋の夫婦の…子供なら、そうだろ」
吊り上がる唇…嗚呼、これは自嘲なのだろうか。
「あの位置に明という存在を作って、君は贖ったつもりなのかい?」
銀楼閣の扉を開け放つ。事務所の明かりは消えていた。
「別に…赦して欲しいとか、誰も云ってない」
吐き出す君を背に、軽く事務所の扉を開けば。麻雀の牌で塔を建設途中の所長…
机に突っ伏して、いびきを立てていた。
既に消えたストーブ、その傍でゴウト童子が縮こまって、すやすやと。
「鳴海さん、新年早々風邪ひきますよ」
掛けてあるコートを掴み、その丸まった背に掛けた。
まさか、自分の世界の鳴海にこんな事はしない…いや、怖くて出来ない。
むにゃ、と唸った鳴海。どうやら熟睡らしい。
それが可笑しくて、建設中の塔をそのままそっと机の端に除けてやった。
目覚めの伸びで崩落しては、きっと自己嫌悪するだろうから。
“赦して―――”
はっ、と、脳裏を過ぎる。
“鳴海所長!!鳴海さんっ!!赦して!”
“お願いだ!俺は殺したく無かったんだあぁっ!”
ぞわぞわ、と、背筋を這い上がる、我の叫び。
「…っ……」
指先が震える。そう、この、眼の前の男性を…自分の居た世界では…
殺したのだ。
「よ、夜」
その声に、びくりとした。
見上げた先に、彼が哂っていそうで、思わず強張る。
「おい…おかしくないか、あんた」
夜、ではない。人修羅だった……
安堵と同時に、息苦しさが胸を締め上げる。仮面の息苦しさ。
「…何が」
「気が…何処かに往ってる事、今日多いだろ」
「さあね、流石に年の変わる宵…疲れでも出たのかな?フフ」
「おい…っ」
ゴウト童子を踏まない様に跨いで、事務所から出る。
靴を履き、カツカツと階段を上がる我に、先回りして人修羅が云った。
「名も無き神社には…行かないのか」
「今から?何故?」
「……いや、前、行ってたから…少し気になっただけ、だ」
ああ、そうなのか。
こういう瞬間、ライドウの…紺野夜の記憶を、もっと眺めておけば良かった、と…
非常識な気持ちが頭を擡げる。
何を、どう足掻こうが、この肉体は…この存在は…葛葉ライドウ。
紺野夜、なのだから。
「君こそ、舞台小屋に明の様子でも見に通ったら?」
嘲笑し、君に向かって云い放つ、この言葉は…己をも嗤っているだろうて。
「明さんじゃないって、あんたが先刻云ったばっかり――」
「そんなに雷堂に…明に逢いたいなら、夢見にでも望むが良いだろうが…!」
嗚呼、仮面が、割れそうだ。
君の着物衿を掴んで、夜の部屋に引きずり込む。
まだ帯刀している我を警戒して、そのまま君は押し倒される、夜の寝台に。
「まだ君はアレが気になるのか!?」
左手にMAGを流して、夜の斬り落とした君の手で、君の喉笛を絞める。
「っひ、ぅ」
「僕がどれだけ君を―――」
夜が、最期に求めていた、狂おしいあの叫びが、頭から消えてくれぬ。
それを知って尚、この魂の衣として纏う、愚かしい舞台。
「矢代…っ」
嗚呼、我は、我は此処に居るのに。
この血肉は夜なれど、君が向かい合うこの魂は…!
「ぁ、はぁ…ん、ぐ……よ…よる、ぅッ」
睨み上げるその眼が、完全なる金色に。
憎しみと同居する…哀しみが、その悲哀が…夜を惹いていたのか。
我とて、我とて…!
「寝て、しまえ…っ!煩い、煩い煩いッ!」
ライドウと、夜と呼ばないでくれ。
夜を見つめるあの金色を、魂まで通してくれ。
その鼓動が、呼吸が、MAGの胎動が、全てが夜を見つめている―――!!
昔、この部屋に入り、君は寝台に封じられていた。
我の機関へと導こう、と…天使を駆って、催眠させた。
なあ、矢代君、今宵は、我の為に。
『ふふっ…《ドルミナー》』
引き抜いた管から、出でた外法の淑女に…咄嗟に命じた呪文。
眼を見開いた君が、何か叫びかけ…くたりと体を寝台に沈める。
『これで宜しいのかしら、御主人様?』
「ああ……ああ、良い、これ、で」
『この悪魔、云う事きかなかったから…仕置きでもされるのかしら?』
人修羅に馬乗りのまま、リリスの声を聞く。
心を覗かなくとも察しているのだろう、きっと欲が滲み出ている。
『わたし、別に支配欲を卑下したりしないわよ…?寛大に見えないかしら?』
暗闇の中、人修羅の斑紋だけが輝いている。
その薄い明かりの手前に、大蛇の影が蠢き誘う。
『その悪魔のサマナーでしょう…好きにしてしまえば如何かしら?』
じり、と視線だけを返せば、口角がくい、と上がる。
『別に、心を繋ぐだけだもの…わたしには見えない。わたしはMAGさえ貰えたら良いのよ』
蛇の舌が、我に向かってくる。覗く牙が、ぬらりと輝く。
「…繋…げ…」
『うふ…では、前払いで良いかしら?』
ずい、と覗き込んできた蛇に、舌を突き出す。
ずくり、と鋭敏な痛みが、その先端に埋まった。
「っ…っく…ぁ、あっ、は…」
抉りこみ、傷口から血を啜る蛇が、ぶるぶると鱗の総身を奮わせる。
その身からリリスの腕まで、MAGが流れ往く。
『ん、んぅ〜っん…あ、イイ』
恍惚とした淑女が、淫靡な声音で感想を喘ぐ。
ひとしきり吸い上げた蛇は、ずるりと牙を抜き取り、退いて往く。
「ふ…はぁ、っ…吸いすぎ、だ…意地汚い、蛇…め」
血混じりの唾液を手の甲で拭い、びくんびくんと跳ねるリリスを見上げた。
『ん…んふ…分かってるわぁ…っふ、催促しないでぇ…っふふ』
蛇の頭を、指の間でしごきながら、金色の眼を光らせた。
『準備は良い、かしら?』
「おかしな真似をすれば、その身が朽ちる呪いを今流した…そのつもりで」
『あらぁ…用意周到ね』
業斗からの教えだ。外法の管属と契約する際には、念を入れよ、と。
そして…心に潜る、方法も、ヤタガラスから教わった。
異端の我にしか出来ぬ…と、教え込まれた。
それを…初めて、私利私欲に、使う。
『ふふ…心地好い夢を』
しゅるり、と、繰られた大蛇が奇怪な音を発する。
その鳴震が…繋ぐ…アルケニーの糸の役割だろうか…
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