盲目の秋
砂利の味がする。
「げほ…っ」
それを吐き出し、よろりと立ち上がる。
「大丈夫か兄ちゃん?」
傍を通る着物の男性が、俺に手を差し伸べた。
「は…い、大丈夫です、すみません」
ゆっくりと息を吐き、その手を掌で制する。
「片眼が利かんのなら、付き添いが居た方が良いぞ?」
「…はい」
「じゃあ、ゆっくり歩いて帰んなよ?」
帯に指を掛け、その気の良さそうな男性は雑踏に消えた。
汚れた足下を掃い、ふと気付く。
(そういえば、雷堂さんの着物…着たまま帰ってきちゃったな)
念入りに砂を掃う。
返す日が来るのかは知れなかったが。
我侭に、堕天使に頼み込む。
塞いでおいてと頼んだ穴を、今度は開けと云う。
そんな俺に、堕天使はただ哂って、そうした。
「君は意外と我侭だ」
「…申し訳ありません」
「前払いだと思っておくれ…いつか来る、戦の恩賞の一部とね」
「はい」
「まあ、君が研ぎ澄まされるなら、誰になびいてくれようが構わないけれど」
ルシファーは…暗に、雷堂の事を云っているのだろうか。
「だがしかし、気をつけるのだよ」
「な…何、に?」
笑んでいるのに、恐ろしさを感じる。
その金色の髪を肩に揺らし、俺の傍に立った。
緊張に近い強張りが、俺の身体を硬直させる。
「ここから…翼が生えた者達が、最近多く君へと刃を向ける」
俺の背の…所謂肩甲骨なる箇所を、その指がなぞった。
「かつては在ったのに…君等にも」
「天の軍勢…ですか?」
「君が眼をくれてやったサマナー……嫌に奴等の臭いがするね」
「…天使が、何も云わずと寄ってくる、そうです」
「それはそれは…我々とは仲良くなれそうには無いな…ねえ、矢代?」
「でも、彼があちらの人間と決まった訳じゃ…!」
俺の反論は、あっという間に闇に呑まれた。
なぞる指が、俺の骨を掴む。
実際にそうされている訳では無いのに、そのまま肩甲骨だけ引っ張られる様な
肉を貫通して骨を直に握られる感覚…
「はぁ…っ!」
「君があちらに逝きたいなら、このまま引きずり出して羽を生やしてやろうか?」
「っも…申し訳…ありません」
「天使と云うには血を流しすぎているか?」
「ルシファー様!申し訳ありませんっ!!」
残酷な…天使。
血を多く流しているのは天使も同じと一番解っているのは、この大帝だろうに。
「矢代…私がくれてやる時間は、君を磨く為のものだ」
指が離れていく。
「その刃が此方に向く事の無い様…今の君の主人に宜しく伝えなくてはね」
「ふ…っ」
緊張が解け、俺は息を思い出した。
ライドウと、違った恐怖。
この堕天使は、気紛れでいつ俺を完き悪魔にしてしまうか分からない。
完全に、自我を保てぬ程に力を引き出されては…もう俺は俺で無くなる。
その方法は付け焼刃なので、真価には至らぬらしいが。
そのお陰で、猶予が与えられているのも…皮肉だ。
「ほら、今の君の住処へお戻り…」
ルシファーの声に、突き動かされる様に次元の裂け目に身を投じる。
「くれぐれも、夜に殺されない様にね…」
背中に掛けられたその声音は、哂っていた。
(夜に…殺されないように、か)
多分、あの堕天使は未だに俺を試している。
俺がもし野垂れ死んだり、使役され殺されたりしても…絶望はしないだろう。
ひょっとしたら、ライドウを悪魔にスカウトでもするんじゃなかろうか?
適正なんて関係無しに、あの男なら人の身のままやっていけそうだ。
暖簾を潜り、金王屋の中に入る。
「小僧…なんじゃその眼」
「…ちょっと、事故で…」
怪訝な表情の主人を適当にあしらい、俺は下への階段に駆け寄る。
左眼を避けるように、大雑把に巻いた包帯が好奇の視線を集める。
雷堂も、こんな気持ちだったのだろうか…
暗い、冷気すら漂う長い階段をゆっくり下りる。
上階との距離が一定になったのを空気で確認すると、俺は力を胎内に震わせた。
ぶわりと、肌に淡く斑紋が浮かび上がる。
寒気は少し飛ぶが…しかし魔力の高揚をいつも程感じない。
(やっぱり、勘違いじゃない…)
眼の損失は、大きい。
視界だけでなく、魔力的に捉えても…
以前も無い間、戦いにおいて厳しかった気がする。
ああ、その時は…確かライドウが苛立って俺をしょっちゅう足蹴にしたっけか。
生傷が絶えなかったが、致命傷を負う事は無かった。
戦いの場では、ライドウが俺の眼の無い方に、立っていたから。
頼んではいない、あいつも恩着せがましくそれを誇示しない。
俺も、礼など云わない。
ただ、あいつは手駒を守っただけだし、俺はそれにあやかっただけだ。
(ただ、それだけの事…)
思い出していた。あいつと契約して間もない頃を…ふと。
下りきった先のラボに、人影を見る。
「ヴィクトルさん、すいません…功刀です」
声をかければ、一瞬振り返り、そして再度振り返る。
「功刀では分からぬ!誰かと思えば人修羅ではないか!!」
「俺は一応人間の名前を持っているんですが…」
「おいおい、その眼元はなんだ!?」
俺の名前なぞどうでもいいらしく、すぐに違和感に気付いた様でそれに喰い付いてきた。
俺は包帯をするすると解き、右眼を外気に曝した。
すると、少しだけ眼を見開いたヴィクトル。
「潰されたか?引っこ抜かれたか?」
「…いいえ、俺が、自分でやりました」
その俺の返事には驚いていた。
「自ら?何が為に」
「…天使にあげたんです」
俺が自嘲気味に笑って云えば、難しい顔をしたヴィクトルが歩み寄る。
「ううむ、とにもかくにも…このままにしては再生もままならんだろう!!」
俺の前髪をかき上げ、右の虚を凝視する。
その白い眼に、この人…純粋な人間では無いのだろうな…と、ぼうっと思った。
「とりあえず、縫合すれば良いか?」
「ええ、以前はそれで再生しました」
かなり時間はかかったが、そうしておけば中で魔力が生成してくれる。
魔力による純培養の、金色の魔石…
そう、云われた事がある。
「どんな糸で縫合したのだ?」
「さあ…あれは魔力で紡がれていたから…塞げるなら、何でも良いのだと思います」
「ふぅむ…まぁ、どのみち手術の必要はあるな!」
何かの作業を中断し、グローブを腕から外したヴィクトル。
俺に向かって指で指し示す。
「ほれ、お前はいつもの手術台で寝て待っていろ!」
「はい…あ、あの出来たら」
「分かっておるわ!!麻酔の用意をするから待っていろと云ったまでだ!」
その返事に、少し安堵して俺は別の部屋へと移った。
薄暗い、それでいて更に冷気の漂う空間。
身体は平気だが、吐く息は白く濁る。
その、部屋の中央に在るのは手術台…
乗る悪魔なら、此処に固定され、治療を施される。
ディアでも癒えぬ、追いつかぬ再生…
そんな時にヴィクトルの元へと搬送される。
痛がる悪魔には、神経を麻痺させる投薬をして執刀する。
こればかりは悪魔によるらしく、必要としない悪魔も多い。
当然俺は…して貰っている。
当たり前だ…痛覚は、人間時と悪魔時と、大差無いのだから。
その、まるで生贄が乗るかの様な台に、俺は靴を脱いで乗り…横たわる。
冷たい感触が、肌を鋭敏にさせる…
(新宿衛生病院みたいだ)
あまり良いとは云えぬ記憶が、湧き上がる。
目覚めて、身体に変な線が入っていて、得体の知れない力が宿っていた
何故、何故俺が
何故こんな事に、何故こんな…酷い、酷い…
「人修羅!」
その声にハッとして、まだ備わっている眼を開く。
「ヴィクトル…さん」
「もう寝ておったのか!?準備が良いな」
「いや、ちょっと…そのっ」
口ごもる俺をさして気にも留めず、ヴィクトルは薬品瓶をコトリと置いた。
「流石に顔だからな、変に動かれては堪らんので固定させてもらうぞ?」
「お願いします」
俺の許可を得た博士は慣れた手付きで、台に添えつけて在る固定具に俺の頭を嵌める。
そのヘッドブロックで、固定された上からベルトを巻く。
腕にも脚にも。
これはヴィクトルの安全の為に、というのは分かるのだが…
あまりに仰々しくて、少し苦手だ。
いや、本来の外科手術もこんなものだとは知っているが…
「ん?んん!?…アレだ!と思う糸が無いな」
そう声がしたと思ったら、色々漁ってひっくり返した様な音が響いた。
「ふぅむ、やはり見当たらん…!おい、そのまま待っていろ」
「糸なんて、何でも良いですよ」
「魔力で焼き切れたらどうする?素人なら黙って縫われろ!」
「ちょ、滅茶苦茶な…」
その博士らしい理屈に、失笑してしまった。
いやしかし、その通りである。
こうして処置してもらうのは間違いでは無い。
俺の著しい能力減退は、ライドウも望む所では無いからだ。
もしこの後会って、メッタ刺しにされても…縫合した眼は狙わぬだろう。
(俺にまだ利用価値が在る限り、きっとそうだ)
顔に布を掛けられたまま、部屋から去ったヴィクトルの事を待つ。
悪魔達のざわめきすら無い、あの装置の稼動音も無い。
この暗い部屋に居るのは、視界が塞がれていても…気が重い。
天を染める白い光
病院一帯を残して全てを屠った
それから幾つかの絶望を繰り
そして…二度目の誕生を、その台の上で迎えた
掛けられた声を、未だに覚えている
「おはよう、功刀君」
そう、そうだった。
あのデビルサマナーの声で、あの時も…
「!?」
違う、今の声は、記憶のソレでは無い。
鼓膜を震わせた、間違い無く…肉声…!
心臓が早く波打つ、そんな俺の顔から布が取り払われる。
「久々に見る顔が、恐怖に引き攣った顔というのも、存外悪くないね」
俺の狭い視界に、しっかりと映りこむ様に…覗き込んでくるそいつ。
間違いでは無かった…十四代目葛葉ライドウ。
「…ヴィクトルさ」
「ドクターは多忙そうだから、少し眠って頂いているよ」
俺の台詞の終わらぬ内に、そう告げて首を傾げた。
「睡眠魔法が効くなんて、少し意外だったけど」
悪びれもせず云いのけるこの男、やはり…違う。
同じ姿をしたあのデビルサマナーとは…
「ぅ…」
身を捩るが、ぎしりと音を響かせるだけで…俺は動けない事が分かった。
「無理だよ、蛮力族の馬鹿力にも耐えうる、魔力遮断も兼ねている…」
俺の脚に巻かれたそのベルトの上から、指を滑らせたライドウが云う。
その事実に、俺は何処か諦めて悪態を吐く。
「あんたは罪も無い人に睡眠魔法施して良いと思っているのか?」
「フフ…違うよ、責任を感じてそうしたまでさ」
俺の前髪を、その細い綺麗な指で掻き分ける。
「…やはり、無い、か」
「俺の片眼が無くて、何がそんなに悪いんだよ」
俺の右眼を、親の仇みたいに喰い入って見つめるライドウ。
「ドクターに代わって…主人の僕がしようかと思ってね…責任を以って」
「は…何云って」
その言葉に、嫌な予感が脳内を駆け巡る。
「大丈夫…針の運びくらい、ドクターの手付きから教わっているよ」
「っな…おい!ふざけんな!」
懐から、何か取り出して、ガチャガチャと器具の音をさせる。
そんなライドウを、冷や汗混じりに見ていた俺はふと気付いてしまった。
「ま、すい…」
「え?」
「麻酔」
「何を云っているんだ君は」
酷く優しげな笑みを湛えて、ライドウが振り返る。
その、一瞬雷堂にも見えた柔和な雰囲気のまま云う。
「そんなの唾でもつけておけば平気だろう?」
その言葉に、声を失う。
そうしてライドウは続ける。
「だから要らないね、こんな物は」
宙にぽぉんと、放り投げられた麻酔薬の瓶と思わしき物が
高い音と共に、瞬時に飛散した。
硝煙の匂い…
ライドウが、どうやらご丁寧にその瓶を撃ち抜いたらしい。
「僕の唾で良いだろう?」
ずい、と俺の上に跨ってきたその感触と台詞に、只…恐怖した。
「っひあ!!」
俺の、右の虚を…ライドウが、舌で撫ぜる。
それは、曝された皮膚を、肉を抉る様にして虚に入り込んでくる。
「あ、ああああっ!やっ、やあっ!!」
絶叫しても、残っている眼から涙が出る暇も与えられず、内部を舐める舌。
痛い、痛い、煩い。
その、頭の中に直接響いて反響する、粘着質な水音が、煩い。
剥き出しの肉が、削がれる様な痛さに、最初は体が跳ねたが
次第にその痛みには、麻痺してきた。
「っは…」
右眼だった所から伝うのは、涙なんかじゃない。
ライドウの、零した唾液。
やがて、糸をひいて舌を抜き取ったライドウが、頭を俺から離した。
「ね、段々と麻痺してきただろ?」
「痛み、には…慣れがあるから、だろ…っ」
俺の侮蔑に、ライドウは舌なめずりして哂う。
「ねえ、何故僕にはくれないのだい?」
「…くれないって、何」
「その眼」
ライドウが、俺の残っている左眼を、真上から覗き込んでくる。
ライドウのその闇色の眼に、慄く俺が映り込む。
「僕が望んでも、君は寄越さぬだろうね」
「だって、そうする理由が、無い!」
「理由?」
聞き返しつつライドウが、俺の左眼の上下瞼を指でしっかりこじ開ける。
そして、眼球を舐め上げた。
「ふ…ぅ、ううっ!」
その、何とも形容し難い感触が、身体の隅から隅までを舐め上げていく。
「理由なんて、ひとつだろうが」
「はぁ、ああっ、あ」
「僕が、お前の主人だからだよ!!」
そう叫び、ひと舐めした後、胎に膝を入れられる。
「ひぎっ」
その、今度は直接的な痛みに俺は身体を捩った。
身体を折りたくても、固定されている…ギシリギシリ、と鳴くだけだった。
「何?理由理由って、おい功刀矢代、お前にはそんな物必要なのか?」
「ふ…っげ…げほっ」
「使役されているのなら、黙って、笑顔で、歓んで差し出せよ」
もう、おかしいだろう。
この男の云う事が正しいのなら、俺は悪魔になっても構わない。
そうして、こいつを八つ裂きにして、やりたい…
「…おまけに残った眼では、僕を睨むか」
「…」
「この…出来損ないが!」
再度、胎に入れられた膝に、歯を食い縛って悲鳴を抑えた。
憤怒に駆られたライドウは、何故か哂っている。
何故、哂って…そんな事が出来る?
「さあ…そろそろオペでも開始しようか?功刀君?」
既に息も絶え絶えな俺に、ライドウの指先で光る器具が見えた。
鈎型の針、小型の鉗子。
確かに…確かに、縫合の道具だった。
だが、糸らしい物は確認出来なかった。
俺が朦朧として、ライドウを見れば、クスリと哂う。
「糸?」
「…」
「心配しなくとも…在るよ」
跨るまま、外套を捲り…学生服の釦を、ひとつふたつ、外した。
その様子を俺は何も考えずに、見ていた。
いや、何も考えたく無かったのかもしれない。
「君が眼をくれてやったサマナーに、ざっくりもってかれたよ、背から脇腹」
そう、憎々しげに呟いたライドウの手元が、その隙間から入り探っている。
傷は見えないが、一瞬顔を顰めたのを見て認識した。
「く…っ」
ずるずると、手元を着衣の隙間から引き出すその姿に、俺は戦慄する。
その、引き抜かれた手の指先に摘ままれるのは…糸。
赤い、それでいて淡く光る糸。
「馬鹿じゃないのかあんた!おかしい!頭がイカレてる!」
俺の叫びに、ライドウは息を吐き、口の端を吊り上げる。
「僕の肉を通っていた糸なのだから、魔力を宿していない筈無いが?」
ずるりずるりと引き抜かれていくその赤い糸に、俺はぞわぞわと身の毛がよだつ。
「う…ぅうぐ…っ」
気持ち悪い。
呻く俺に、引き抜き終わったライドウはその糸を見せ付けるかの様に垂らす。
「ほら、マグネタイトも帯びている…どの糸よりも適しているよ…」
「人の…血が付着した糸なんて…使わない」
俺の意見なんて聞いてる訳無いライドウは、その糸を満足気に針へ通す。
「僕の身体から、君の身体に移すのだから、問題あるまい」
「最低…だ」
「僕のマグに慣れきった身体には、旨く喰いつく筈だよ…クク」
その針が、右の方へと向かっていくのが見えた。
見えぬ視界の闇の範囲で、それがどう動いているのか…見えぬのが恐怖を掻き立てる。
「ねえ、功刀君…一針一針、想いを込めて縫ってあげよう」
「止めろ…止め…」
ずぐり
「…!!!!!!」
「君が消えて、まず腹立たしかった…」
ずぐり
「ひぎゃあっ」
「あの堕天使が来て、その指に光る金の装飾が、僕を嘲笑う」
ずぐり
「は…っ!はあっ!う…」
「カラスに頭を下げている僕が酷く滑稽だった」
ずぐり
「痛い!痛いっ!」
「眠りそうな身体に、愛刀で鞭打って…刻を待った」
ずぐり
「ライ…ッ」
「やがて、夢見に君が顔を覗かせるようになった」
ずぐり
「あ、あああああ」
「夢見の君を殺すのは、いつもいつも僕なのに…」
ずぐり
「もう…もう嫌だ…」
「その君を殺す影が振り向けば、額の傷が在る」
ずぐり
「い……た…い」
「そして、その影は現でも…金色の眼を宿して、僕を哂った!」
ぐいっ
「…」
「ねえ…僕がいつもいつも、その金色の眼を見て、何を想うか君は解っているのか?僕がいつもいつも其れを見て、愚かで浅はかな、一悪魔の君に惚れ惚れするのを知っているのか?僕があの堕天使の指に光る君の眼を見て、酷く惨めな気持ちに胸をざわつかせるのを知っているのか?其れを簡単に堕天使に差し出した君を、無茶苦茶に打ちのめしてやりたい、其れを簡単に雷堂に差し出した君を……君を…矢代…」
ぷつり
「絶対に赦すものか」
喘ぐ俺の口に、そのまま重なってくる口。
魔力の、生体エネルギーの流転は無かった。
ただただ、血の味がする舌が求める様に行き交って、絡まる。
糸を断ち切り、針を落としたライドウの指が、頬を撫ぜる。
その指が滑り、頭の固定を解き、その腕がまわされた。
ざりざりと、身体を固定帯が解けた音がし、台の端に揺れるのが、ちらりと見えた。
もう俺を束縛するものは無い筈なのに、俺は手術台に縫いとめられている。
眼の痛みも、朦朧とする身体も…もはや言い訳にしかならなかった。
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