太陽と月に背いて-夜闇-
『ねえねえ、寒くないの凪?』
「私、冷えには強いのです!異国の血でしょうか?」
『なるほどね〜』
ハイピクシーが小さな羽根を震わせて云いました。
でも、私が管に手を伸ばせば、その指に彼女はとまります。
『いいよいいよっ!一緒に居よッ!』
「ハイピクシー…」
『こんな陰気な里じゃ凪も暇でしょっ?』
「し、しぃ〜っ!!そういう事は小声で云うがセオリーですっ!」
慌てて彼女に人差し指で制します。
ケラケラと転がるように笑った彼女を、その指でつん、と突きました。
『ちょっ、凪ぃ〜!』
「十八代目の仲魔として恥じぬ振る舞いをしなさい、ハイピクシー」
『…もお、葛葉の里だからって、猫かぶり過ぎぃ』
ううん、それを云われると否定出来ぬ私が居ます。
空は白いです、吐く息も白いです。
赤い花が、下りた霜に包まれて氷細工の様です。
もう、すっかり冬模様です。
今日は、そんな凍る空気の中、召集を受けました。
葛葉の里へ、サマナーが一堂に会するとの事です。
電車に揺られた長旅も、任務と思えばなんのその、です。
それに…
(ライドウ先輩、久々に顔合わせですっ)
自然と顔が綻びます。
相変わらずお強いのでしょうか…
功刀さんも、ご健勝でいらっしゃいますか?
思わず、心の中で聞いてしまいます。
あのお二人、喧嘩ばかりですが…とても仲良しさんですから。
ああ、早くお会いしたいです…っ
「いいかい、絶対里の中で力を揮うなよ…」
冷たい視線。
「…ったく…何故こんな時に…」
続けて、ぼそぼそと独りごちて前へと向き直る。
機嫌の悪い、ライドウ。
そう、あれから…ずっと機嫌が悪い。
普段から仲の悪い俺達だが…
あの合体未遂から、ロクに話していない。
別に話したい訳じゃあ無いが、憎まれ口の叩き合いも無い。
そう、あれから…酷く空虚な関係だった。
(こいつ、一体何考えてるんだろう)
俺はといえば、片目が塞がれている事もあって…大人しいもんだ。
これが結構不便だし、眼球生成に魔力を常に使っているのか
じわじわ疲労する。
その疲労が原因で、珍しく睡魔に襲われるのだが
夢見が最悪。
…俺とあの悪魔召喚師が、合体した“なにか”が
薄靄の向こうに佇む…夢。
口元が、ニタリと微笑む。そして口にするんだ。
『自分はどっちだと思う?』
それを聞いた俺は、叫び声を上げて眼を醒ます。
恐怖に震えて…情けなく、涙さえ流して。
…本当に、怖かった。
それもあって、ライドウを直視する気にすら、成れなかった。
瞼の糸が、俺の視界を塞ぐ。
この忌々しい糸を替えてもらおうと、ヴィクトルに頼むも…
“縫い目も綺麗だ、何より肉にしっかり吸い付いてるぞ、流石に主人の魔力が流れているから馴染んでおるな!ハッハ!”
とか何とか云って、替える必要が無いと判断したのだ。
(勘弁してくれよ…)
この、魔力が俺を苛むんだ、気分の問題だ、気分の。
「寒っ…」
あれやこれやと考えつつも、急に舞う寒風に俺は竦みあがった。
人の成りに、この上空はきつい。
コウリュウの上というのは、冬最も避けたい場所だった。
歯が、かちかちと音を立てる。
持ち合わせのワードローブなんざ高が知れている。
普段着に適当にマフラーだけとか…こんな軽装でこの上空。
ここで、普段なら眼の前の召喚師が
“そんな薄着で、知恵熱でも出たら大変だろうねえ”
とか、その位云いそうだ。
でも…そんな事も無く、目的地へとコウリュウは高度を下げ始めるのだった。
無言でライドウが、外套を靡かせて飛び降りる。
俺も追従して、飛び降りたが…
「っつ…!」
そういえば人間の成りをしていた…
ぴしりと響く痺れを脚に感じ、よろけつつ歩く。
お構い無しで、足早に進んでいくライドウ。
「おいっ、ちょっと待…」
もつれて、盛大に転んだ。
薄く積もった雪が、抉れて汚い濁りを生む。
キンと冷えた感触が頬を濡らす。
顔を上げる、が…遠くなるライドウ。
『おい、大丈夫かお主…』
少し行ってから、折り返して戻ってきたゴウトに声を掛けられる。
「す、すいません…」
『人の成りだ、おまけに隻眼なのだから…少しは気を付けるのだ』
よろりと立ち上がり、雪を掃った。
随分遠くなったライドウを向こう側に見て、胸がざわつく。
イライラする…腹立たしい。
『あやつも…何を意固地になっておるのやら』
そんなライドウを見て呆れ声で云うゴウト。
まあ、それを云ったら俺もある意味意固地になってはいるのだけれど。
(そもそも、何で今回俺を連れて来るんだよ)
あんなにヤタガラスに関わるなと、口を酸っぱくして云っていたのは誰だ?
降り立った里は相変わらず陰鬱な空気。
ただし、そういう集合令でも掛かったのか
以前あいつの身体で見た光景よりは、人が多い。
…管持ちの、サマナーが…
そして、俺に刺さる視線が痛い。
確かに…部外者だよ、本来。平々凡々とした見目だし。
そんな成りの男がライドウと歩いてりゃ…何か有ると思うよな。
『あっれ〜人修羅じゃん』
コロコロと笑う声。
驚きそちらを見る俺とライドウ。
光る羽根をはためかせる、着物姿のハイピクシーが居た。
すると、前方から黒い外套も重苦しく、ライドウが闊歩して来る。
「その名を口にするな…!」
『わわっ!ちょ、何よぉ!?』
鬼の形相でハイピクシーに凄むライドウ。
「おい、あんたそんなキレなくても…」
横から突っ込めば、学帽の下から鋭い眼光。
「まだ明かして良いとは云っていない」
「どうせすぐバレるんだから」
そんな最中、割り入る声。
「ライドウ先輩〜!功刀さぁん!」
巻き毛を揺らして、白い息を吐きながら手を振っている。
『ちょっと凪〜どこほっつき歩いてたのよぉ』
駆けて来るなり笑顔でハイピクシーをつつく凪。
「それはこっちの台詞です!…あ、先輩っ、お久しぶりです!」
「ご無沙汰」
相変わらずお人形みたいな容姿の十八代目葛葉ゲイリン…凪。
「功刀さんも、まさか今回お会い出来るとは…感激のセオリーです!」
「いや、どうもお久しぶりです…」
そして相変わらず変な口調。
「ライドウ先輩、三本松様の御前にそろそろ行きましょう!もう集まり始めてますっ」
「分かった…功刀君、君も来るんだ…」
凪に投げる視線が、俺に移る途端冷たくなる。
俺は内心舌打ちしながら相槌を打つ。
「はいはい…」
あの、三本松か…
偉そうに、俺をヤタガラスに寄越せと云ったあの…
足取りも重く、俺は白い道を辿った。
葛葉四天王が、松の御前に四人並ぶ。
その背後にはずらりと所属のサマナー…
部屋の両端には、それらを眺めるかの如くお上達が並ぶ。
かなりの人数だ…
そして僕のすぐ後ろに座るのは、人修羅…功刀矢代。
視線が泳いでいるのは、まあ無理も無い。
彼が何者か、よもや…と、耳に入る前から周囲の視線が物語る。
流石に葛葉四天王は、ぶしつけな視線は投げぬが…
<よう集った…烏の誇る召喚師達よ>
三本松の声が、地響きの様に部屋を渡る。
その威圧に、皆の背筋が伸びる。
背後の人修羅は、息を呑んだ。
<して、先日皆に伝達した件を覚えておるか…?>
続ける三本松の声を、僕は無表情に聞く。
<帝都守護に就く十四代目葛葉ライドウが、おんしらに申した件じゃ…>
…きた。
<人修羅は発見されたという事で、伝わっているとは思うが…まず、其れについては十四代目ライドウよ、この場を借りて詫びを入れい>
「はっ」
濁り無く返事をして、松へ、お上へ、他の葛葉へ、背後に連なるサマナーへ…
頭を下げる度に、感ずる。
滑稽なこの身を、穿つ程に見つめる視線を。
お前の所為だぞ、人修羅…何故、そんなにも僕を睨む…
彼の抑える魔力が、微少に揺れている、それは主人である僕にしか恐らく判らぬ。
<さて、ライドウ…頭を下げ続けて、さぞかし人修羅には手を焼いておろう>
「…自分の責任です」
<で、その後ろの小童か?擬態している様子だが>
その発言の瞬間、周囲の呼吸が合わさった。
冷たい空気が、本当の意味で凍りそうな。
「…はい、三本松様…このライドウの使役する、混沌の悪魔に御座います」
いよいよ、僕の口で明かした。
今まで、囲ってきたこれを…這い寄る獣共の渦中に投げ込んだ。
胸が、ざわつく。
<次に余計な騒ぎを起こした際…皆の衆にも認知されているべきではないか?>
「…はっ」
<その擬態を、解かせろ…十四代目よ>
背後の人修羅が、息を吐く。
僕の命令を覚えているだろうか?彼は。
「三本松様、まことに申し上げ難いのですが…擬態とは少々勝手が違いまする」
<何だ…云ってみろ>
「見える通り、先の戦いにより眼を失っておりまして…本来の力の数割しか出せぬ程。今は昔の身体に戻り、その魔力を蓄えている最中に御座います」
<…つまりは、悪魔の姿に今は戻れぬ…そう取って良いのだな?>
「はい」
そういう事だ。
聞いていたか?人修羅よ…
お前は、今“悪魔化出来ぬ状態の人修羅”なのだ。
本当は、構わず出来るのを知るは…僕と君だけ。
ゴウトは…初耳で、判断しかねているだろう。
<…少し、調べさせい>
三本松の声と共に、ずる、ずると擦れる音。軋む部屋全体。
「うあっ!!!!」
人修羅の悲鳴と同時に、上で蠢く気配。
松の枝に脚を絡め取られ、逆さ吊りになった人修羅が皆の前に晒される。
その、揺れる彼の眼が、僕に注がれる。
体勢の辛さからなのか、羞恥によるものか。
恨めし気に、怒りすら滲ませたその眼に応える。
(絶対、悪魔に戻るなよ)
あれだけ里に来る前、云った意味を解っているのか?
どうせこうなる展開は読めていた。
だが、最後の砦は崩させるつもりは無い。
君が悪魔となりて、力を揮うその光景を他が見ては…
僕は里に居れぬ。
君に魅せられたサマナー共が、眼に浮かぶ。
何故、他に見せる必要が有るのだ?
君は、僕の悪魔だろう?他を魅せる必要など有るのか?
君は…他の者にとって、只の人間もどきで良い。
松の枝が、彼の眼を覆う眼帯に潜る。
「ひっ」
<…眼は、作られておるのか…おぞましい程の再生能力よの>
震えて、拳を握り締める人修羅。
どうやら、僕の云った事は守っている様子だ。
彼にとっても都合が悪くなる…今は人間の成りで通すべきと判断したのだろう。
お上共が、口元を小袖で隠し嗤う。
確かに、彼等の趣向に合いそうな、極めて下劣なショウにも見える。
逆さ吊りの少年を、枝がねぶるのだから。
<中を見せてもらうぞ、人の身なる今、お主の感覚なぞ不明瞭だがな>
挑発めいた口調で、松の枝が人修羅の口を割る。
「はぐっ、は、あああ、あっ…ぁあ!!」
横に座る凪が、視線を逸らす。
優しい彼女にはきっと、少々刺激が強いのだ。
口を割り、人修羅の喉を通り、その内腑を探っているのだろう…
眼を見開いて、指先まで痙攣させて…
その指先すら細枝に絡め取られて。
三本松は、狙っている。
彼が耐え切れず、その力を解放する瞬間を。
あれは…責め苦なのだ。
だが、その力を解き放つのは…僕が赦さぬ。
芝居を打ってまで、見せたくない。
人で在りたい彼は、意地でも悪魔へと、己を解き放たない…
相身互いな、僕等。滑稽な、僕等。
枝が弄るその光景すら、正直嫌悪感を覚える。
<流石に、中まで立ち入れば魔力の胎動は感ずるな…ほ、なかなかの…!>
「がっ、げぇっ!!かはっ…は…ひぅっ」
息などまともに吐けぬだろう。
生理的な涙が、その睫を濡らしていた。
<ふ、はは…これは驚いたぞ……奥にこぞむは、主人のマグネタイトか?>
それはそうだ、今まであんなに注いできたのだから、無いのがおかしい。
苦しそうに、しかしそれと別の朱を頬に差す人修羅。
僕が中に在る事すら腹立たしい様だ。
<まあ、造りは理解した…まだまだ謎の多き悪魔であるぞ…ははは>
ようやく口からずるずると引き抜かれる枝。
よくもまあこんな長さが入っていた、と思う位に引き抜かれる。
ぐったりとした人修羅は、そのまま床に投げ出された。
「え゛…っ、うえぇっ…」
板の床に這いつくばり、喘ぐ人修羅。
もう意地だけで、耐え切ったのだろう…意識が在るのすら奇跡的だ。
<おい、その小童の喉を診てやれ、一応今は人の様だからの…>
その松の一声に、黒い装束が黒子の如く摺り足で前へ出る。
朦朧とする人修羅を、二人がかりで運び出すその光景を見て
運ばれた先で、更に探られなければ良いのだけどね…と思った。
胎内が逆流しそうだった。
苦しくて、気持ち悪くて、恥ずかしい。
そんな俺を見つめる、沢山の視線が痛かった。
でも何より…無表情に、無感情に見つめてくるライドウの眼が…一番嫌だった。
おい、あんたは何も感じないのか?
同情が欲しいんじゃ、無い。
…せめて、哂ってくれていたら、俺は戸惑わないのに。
「おい、気がついた?」
掛けられた声が、俺の意識を鮮明にさせる。
ストーブの上の薬缶が、まるで保健室の様だ。
寝台に横たえられた俺は、あまり返事をしたくなかった。
まだ、喉が痛い…
「三本松様、容赦無いからなぁ、何されたんだか」
「…」
「葛葉四天王だけ、まだ居残りで説法喰らってるよ」
医療担当だろうか…白い立ち襟のシャツ、その上から濃紺の作務衣。
他の装束より、かなり軽装だ。
「なあ、お前…葛葉ライドウの使役する…人修羅、なんだって?」
「…だから、何です…か?」
この里の人間は、俺をライドウの悪魔としてしか見ないのだろう。
あいつの所有物、みたいで…心がささくれ立つ。
その作務衣の人は、俺のそばに在る椅子へと腰掛ける。
「あいつ、酷いんじゃないのか?昔からなかなかの冷血漢でなぁ…」
いきなり俺にライドウの昔話か?おまけに愚痴っぽい。
「高い霊力もあって、そりゃあお狐お狐って、ダチでからかったもんだよ」
「…幼稚、ですね」
「云ってくれるな、もう結構昔の話だ」
そういえば、この人…少し上、二十も半ばに見えるのに、ライドウと同期?
「あの…ライドウと、同じ歳なのですか?」
擦れた声で訊ねれば、その人はふ、と笑う。
「聞いてないのか?あいつはオレと同じ位で、もう成人している筈だぞ?」
「え…っ、でもあいつは、今年で十八・十九とか何とか…」
「葛葉襲名の儀式は、呪いだからなぁ、老けるのが遅いんだよ」
そんなの初めて聞いた。
「ま、あいつが年齢なんざ気にした事無いってのが正しいんだろうがなあ…多分自分の正式な齢は知らないんじゃないか?」
ひとつふたつ、では無く…年上も年上…だったのか。
(じゃあ、雷堂さんもそうだったり…するのか?)
ふと、右眼の虚が鳴いた気がして、そう思った。
「まぁ実際此処に居たら年月の流れなんて麻痺するか…歳なんて気にならんわな」
「他の、そのダチって云ってた人達は…」
「ああ、死んだよ」
「え…っ」
カタカタと躍り始める薬缶の蓋。
その音に反応して、その人はストーブへ向かった。
「里で自決する奴…サマナーに成っても、任務で命を落とす奴…」
薬缶が作業台の上、布巾に置かれる。
「結局、こうしてちまちま医療班やってるオレと、葛葉ライドウ継いだあいつだけよ」
里に子供は少ない、と思っていたが…
今聞いたのが事実なら、じわりじわりと…減っているから、という事か。
「今里ん中うろついてるサマナーだって、外から派遣の奴が殆どだ」
「ライドウは…此処の生まれ?」
「ああ!そうそう、あいつも拾われっ子とか云ってたからな、オレは正直怨んだよ…何故あいつが葛葉を継ぐ者に選ばれたんか、ってな」
それを聞いて、少しドキリとした。
純粋な、妬みを感じた…ライドウの事なのに、まるで俺まで責められている様な感覚。
「生まれつき霊力は高いわ、腹立つ事に綺麗な作りでよ…まぁお陰でオレは変に寵愛賜る事は無く済んで、助かったがな」
変な寵愛…とは…鞭だろうか、それとも…
考えながら黙る俺に、差し出される熱い湯呑み。
湯気からうっすらハーブみたいな香りが漂う。
「あ、有り難う御座います…」
「ライドウに泡喰わされたもん同士、親近感感じるんだわぁ…だろ?」
「は、はあ…」
「悪魔って位だから凶悪な面かと思ったが、平凡なお子様でホッとしたぜ」
少々ムカッときたが、俺は黙って湯呑みの薬湯を啜った。
喉にじわりと沁みて、あの枝の感触を思い出して震えた。
「寒いか?」
「い、いえ…ちょっと…身体の調子がまだ」
「ふ〜ん…そういう時、ライドウに気を貰うのか?お前さんは」
「えっ!?」
色々な意味を考えて、思わず湯呑みを取り落としそうになる。
何だ、マグネタイトって事か?どう答えるべきなんだ?
「わははっ、そう焦るなよ、陰陽とかの話で真面目に聞いてるだけなんだオレは」
「は、はぁ…陰陽ですか……正直、解らないので俺にはなんとも」
俺には、力の流転しか感じれない。
そんな細かいところまで、気にした事が無い…
「ひとつ、良い事教えてやろうか?」
その作務衣の襟に指を通し、形を正した人がこちらを見る。
どこか、意地の悪い笑みで。
「ライドウの奴な…陰陽が偏りすぎて、この里に従属してんだよ」
「偏って…?」
「いんや、寧ろ片方しか無いに等しいらしいぜ?あいつ」
薬缶の蒸気で暖まった部屋が、窓硝子を白くしていた。
そこに走る結露が、外の景色を小さく映す。
薄暗くなり始めた空を。
「十四代目葛葉ライドウは、陰の気しか持ってないらしいんだ」
俺には、それの重大さすら解らなかったが…
それが理由で、この里に居るのだとしたら…
あいつ、ヤタガラスを解体してしまったら…どうなるんだ?
“その偏りが在るから、うまい事悪魔が集まってくるんだと”
サマナーには、素晴らしい特性だ。
“でも、普通の人間は陰陽の均衡で形を成してるからな…偶にあいつが調子悪そうにしてると思う訳よ、ああコイツ、陽の気にでもあてられたんかな〜って”
先刻の人が着ていた作務衣の、あの濃紺色が…もし陰の色だとしたら。
可笑しい事に、俺は、酷く…落ち着くのだけど。
深い闇に混ざる藍が、どこか、誰かの眼を思わせる。
俺を無感情に見ていたそれが、記憶に新しいから。
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