「夜…」



振り返る。
もう、幾度となく標的にしてきた、その姿。
焔の鎮まった向こうから、雷堂と共に現れた。
下の残骸を横に蹴り除けて、哂いかけた。
「へぇ…僕の名なぞ既に忘れたのかと思っていたよ」
「煩い」
金色が光れば、渦巻く焔がうねりながら向かって来る。
するりと避け、肩の傍に熱を感じながら思う。
なんというか相変わらず、迷いの多い攻撃。
あの一瞬の隙は、感情からか、不慣れからか。
(いい加減君も、魔界の将たる自覚を持ち給えよ)
「矢代君!我が出る!無理せずとも」
「俺にやらせて下さいっ」
雷堂の声を振り払い、地を蹴る人修羅。
だが、その悪魔の瞬発力すら、読み慣れている僕の前には意味を成さない。
手前まで来たその瞬間は、脳内に展開した秒数と一致。
閃かせた刀で、その肢体に傷を付ける。
下から上に斬りながら、ほくそ笑む。
歯を食い縛って、そんな僕の脚を狙う君。
脚を払われ視界は流れるが、左手で石畳を掴み立つ僕。
「!」
「判断遅いよ?功刀君」
左手ひとつで身体を支える事に驚愕した表情の君。
ニタリと哂って、右手の刀でその両脚を薙ぐ。
「ぅぐ…っ!」
逆さになった人修羅が呻いて、退きながら腕を翳す。
それを見送りつつ、くるりと脚を地に戻した。
「打ち消せ」
『ァォオオ〜ン!!』
舞い戻ったイヌガミが、人修羅の手元に焔を吐く。
それに気を取られた彼は、反射的にイヌガミに標的を変えてしまう。
押されるイヌガミ、だがそんな事は分かっている。
魔力で人修羅に敵う訳無い。
(それは囮というやつだよ)
やれやれ、全然駄目だ。
僕の教えてきた半分も出来てない。
吐かせておけば良いのだ、イヌガミより僕が脅威と解っているだろう?
どうしてそこで標的を変える。
「ねぇ?」
失笑と共に、間合いを詰めて君に囁く。
「本気出しなよ」
「っ!」
焔を両腕になびかせて、向き直る人修羅。
その炎舞で空気が燃え立つ。
イヌガミが吐き疲れ、後退する、その傍から躍り出る影。
「君が舞う必要は無い」
白んだ陽を反射して、その忌々しい太刀が空気ごと斬り裂いて来る。
切っ先が僕と人修羅の間を別ち、私怨を感じながら背後に跳ぶ。
「我がひとつ舞おう」
白い外套を肩に捲り、僕から引き離そうと必死だ。
僕の悪魔を。
「君の舞いなんざお呼びで無いよ、雷堂」
鞘に納刀し、カツカツ、と鍔で出口を打ち鳴らす。
そんな仕草で挑発し、首を傾げて云い放ってやる。
「無様に舞うなら、観てやらぬでも無いがね?」
「…笑止!」
ひくり、と眼元を引き攣らせた雷堂。
一喝して、その得物を構える。
「明さん!」
その影に、呼び掛ける人修羅。
名で呼ぶその姿に、酷い殺意が高揚する。
「加勢しろ!いつまで遊んでいる?」
MAGを意識で飛ばし、仲魔に恫喝すれば返ってくる声。
『遊んでねぇよ!結構痛ぇよ旦那!!』
横から跳んで来たその鎧武者、咄嗟にその間合いを捉えつつ移動する雷堂。
成る程、やはり人修羅よりは出来る。
「舞台小屋で踊っていれば良かったものを」
ヨシツネの二振りに加え、僕の一振り。
三撃を長い太刀で受け止めて、眉根を顰める雷堂。
そう、一度は良いのだ。
次が無いだろう?
唇の端が自然と吊り上がり、傍の仲魔の攻撃からわざと拍子を遅らせて打つ。
「観客なら居る」
「へぇ」
「人修羅が!」
そんな戯言を発せれる口が憐れだよ、雷堂。
「その為に汚い羽衣で舞うのかい?」
僕の刀で斬りこむその胴、しかし、ガチリと留まる感触。
懐刀だろうか、思わぬ衝撃に雷堂の眼を見た。
すると、その眼帯の眼元を歪ませて笑う影。
「晒し者だろうが構わぬ」
どうして笑っている。
「彼が傍に居てくれるならば」
その微笑に、苛立ちが抑えられない。
抑える気も無い。
「ならばこの御綺麗な舞台で踊り死ね!」
左手をぐわりと振りかぶって、その首元を狙い打つ。
…が、奔る痺れ。
がちりと咬み合う、同じ手。
「…あんたの、相手は、俺、だ…!」
がり、と絡む指先から、焔が揺らめき立つ。
僕の手を焼き払うつもりか。
「…ぁ、ぁあ」
人修羅の声がくぐもる。
ジリジリと燃え立つ手袋、その隙間から覗く素肌。
黒い斑紋の刻まれた手。
(ああ、そういえば君が直視するのは初めてか)
自ら己の手を燃すかの様な、その感覚、どんな感じなのだろう。
「あっ、あんた…あ、悪趣」
「綺麗な手だろう?」
眼を見て、云う。
悪趣味と一笑しそうだった君の眼が、細まって、次に唇が開く。
「ぅあ!あっ!ああぁァッ!!」
焔を纏うその指を、逆に僕から求め絡ませ、砕く。
「矢代君!」
ヨシツネの両刀を食い止め叫ぶ雷堂の煩い声。
それは僕をよりいっそう煽る。
指先で、びきびき、と鳴る心地良い音。
MAGを流せば同じ様に機能する、己の手を恨み給えよ?人修羅。
あんな言葉で一瞬隙を見せる、浅はかな君。
だが、その弱々しい感覚や、動作のひとつひとつに…
ボルテクスで見た、悪魔の君を思い出す。
その身体に頼り、死にたくない一心で足掻いていた君を…
「は、ぁ…っ」
砕かれた指先を押さえて、僕を睨む人修羅。
食い縛ったその戦慄く唇が、薄く開く。
「なら、どうしてだよ…っ」
そんなの、決まっている。
いつもの笑みで、君に返してあげる答え。
「綺麗なもの程、壊してしまいたくなるだろう?」
逃げていった指先の感触と、灰と化した手袋の滓を振り払う。
眉根を顰めた君の、その金色を一身に受けながら、伝える。
「僕は破壊しか出来ぬから」
これが僕の表現方法だから。
だから、君に刻むのだよ。
「人修羅…功刀矢代、君を壊すのは、僕だけなのだから」
君が他に染まる前に、壊してあげるから。
僕の野望の成就に利用出来ぬと判断したその瞬間から…
破壊対象でしか無いのだから。
「ざ、けんな…手前…」
左手を胸元に抱え、ふるふると肩を揺らす人修羅。
呻きの如し声が、何かを紡ごうとしていた。
刀を片手に、僕はゆらりと窺う、その先を聞く為に、構えすら解いて。
その斑紋の胸が息を吸った。
(さあ、僕を糾弾しなよ)
“いつも”みたく、嫌悪感を露わにして、侮蔑の眼差しで。
今まで通りに、デビルサマナーを疎む悪魔の眼と
人恋しさに縋る人間の眼で。
『っぐ!あ、や、ばっ』
が、そんな思惑もヨシツネの声に遮断される。
すり抜け、此方の舞台に土足で上がる不届き者。
それは憎い僕の影。
「貴殿に渡すものかぁあっ!!」
殺意がMAGとして流出している、その気配に振り返る。
振り上げた刀で、その打ち込みを受ける。
火花が散って、刃先にMAGの毒々しい色が滲む。
ヨシツネが入る暇は無い。
大太刀の豪胆な刃が、喰らいついてくる。
僕の刀がひと声啼いた。


その啼きは、人の啼きに変わる >>
ライドウの刀が、軋む。

その啼きは、人修羅の咆哮に変わる >>
全てを無に帰す、その魔力で。

↓↓↓注意↓↓↓
上のライドウENDからの閲覧を絶対オススメします…
雷堂EDNでキツかった方は、見ない方が良いかもしれません。
下のルートは「解明END」です…一番最後に閲覧して下さい。ネタバレの宝庫です。

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