新月の涙
「ぅ、うぐ」
刀の啼きは、人の啼きになった。
眼の前には、逆光で翳る人修羅が居た。
「は、ぁ…っ…あ、ごぷっ」
その呻きを漏らしていた唇から、赤く零れるマガツヒなる魔。
折れた刀を構えた僕に、どさりと寄りかかった。
咄嗟に、その体を、空いた腕で抱きとめた。
「あ、あああ〜〜〜ッ!!!!」
向かい合わせる影が断末魔の如く喚く。
人修羅が、鍔迫り合いに割って入った…のは…
何の為?
叫ぶ雷堂の大太刀からは、滴る血。
己の愛しい者を斬り伏せたその男は、発狂したかの様に叫び続ける。
震わせる腕から、やがてあの得物が落ち、ぐわらりと石床に寝た。
「な、ぜ、何故だ矢代君!?何故!?」
だが、駆け寄り人修羅を抱えようとはしない雷堂。
人修羅ではなく、己の頭を抱えて、眼を見開いている。
「何故ライドウを庇う!?」
ぼやけた聖地にこだまする悲鳴。
それを聞いて、ようやく理解した。
(庇った?)
…ああ、そうなのか。
人修羅は、僕を庇ったの…か?
ちら、と視線を流して腕に支えた人修羅を見た。
項の突起下が、ざっくりと口を開いていた。
呼吸からして、結構重傷だと思われる。
「は〜…ぁ…っ…ぁ…はぁ…」
微かに息を繰り返すその身体。
青い顔をして、視線は虚空を彷徨っている。
だが、くわりと見開かれた金色が、強く光った。
「ヨシツネ!!」
発された名に、その仲魔を視線で捜す。
見れば、その刃毀れしている両刀を雷堂に振り翳している瞬間だった。
ビクリ、と止まったその刃先に、首だけで振り返る人修羅の金が反射している。
「殺したら、お前を殺す…」
擦れた声で、しかし明瞭に告げる宣告。
『…俺の主人は人修羅じゃねぇ、そんでもってこっちの十四代目は敵だ』
「俺の、答えは何度でも、同じ、だ、ヨシツネ…」
『…旦那』
僕に矛先を向ける仲魔。
『……旦那?』
ヨシツネの怪訝な声音。腕の人修羅も、強張っていた気配を鎮めた。
ああ、そうだ、何か、返さなくては。
だが、どうしてか…声が出なかった。
そんな僕に、身を捩って顔を寄せた人修羅。
未だ苦しげなその声で云う。
「此処は…ダミーだった…」
ひそひそと、まるで内緒話の様に。
「ヤハウェ、なんか、居ない」
その神を詐称する名に、脳内が目覚めた。
「居ぬ…だと」
「ああ、居ない、から…此処に軍なんか、送る、な」
まさか、君。
「ルシファーより弱そうだったら、いけるかと思ったんだけど、さ、ぁ…」
「…」
「っ…んて、は、はっ……ま、これは、軽く云い過ぎ、だった、な」
「…」
「雷堂さん、も、居るし、居心地良けりゃ、こっちに寝返るつもりだった」
本当に、そんなつもりだったのか?元から?
「…君がそこまで考えて動くとは思えないがね」
思った通りに唇が動いた。
すると腕の中から逃げた君は、僕を突き飛ばす。
「ああ、そうさ…!あんたから、離れる事が出来れば、何処だって良かった」
我侭な口と裏腹に、その眼が歪む。
「何処だって、良かったんだ…」
唇を噛み締めて、ねえ、何をそんなに嘆いているの?
「…雷堂さんは、此処に居たら良くない、下に連れ戻す…っ」
「君が引っ張りまわしておいて?」
「だから、だ」
う、と痛みに唸りつつ、君はふらふらと雷堂に歩み寄る。
僕から視線を外した瞬間、その眼に慈しみが宿る。
「明さん、俺の此処で知った事、全て明かしますから」
「…どうして」
「俺は裏切るつもりで此処に上がったんですよ」
「我の事、も」
「下には、まだ貴方を雷堂と慕う烏の人間が居ます……居る、そうです」
ああ、潜ったら怪しまれぬ内に探れ、という教えは出来ていたのか。
「管から天使は捨てて下さい」
「我には君しかっ」
「業斗さんが…まだ居ます!」
ハッとして、ようやく眼を繋ぐ雷堂。
心の拠り所だった師を、その脳裏に描いたのか。
「まだ魂は消えていない…と思いますから」
「しかし、あのままにしてしまった」
「だったら…だったら!早く、助けに行きましょう?」
ふわり、と微笑む。
そんな人修羅に、一筋涙を流す雷堂。
決別の嘆きか、諦観か、気付きか。
『ど〜やら戦意喪失ってやつだな、ありゃよ』
肩にトントン、と刀を打ちつけてヨシツネが僕に寄り、声を掛ける。
「僕は別に…まだ冷め切らぬが?」
雷堂への殺意は。
『しかしよぉ、人修羅も人が悪ぃな〜…云っといてくれりゃあ』
「馬鹿、あんなの出任せだ」
『え?』
素っ頓狂な声を上げるヨシツネを睨む。
「裏切り云々は出任せだ、そんな知恵、彼には無い」
はぁ?と声にするヨシツネを半ば無理矢理管に戻し、後方に居るイヌガミを見る。
『…スマナイ、ライドウノ中、今、一瞬視エタ』
「…そう」
『………人修羅ニ流ソウカ?』
「…御苦労、戻ってくれ、イヌガミ」
その犬の、主人への気遣いという世話焼きは無視した。
ああ、溜息が出る。
此処から下りるのか、腹立たしい影を連れて。
「ライドウ、話は…決まった」
人修羅が僕へと乞う。
傍の雷堂は、まだ納得しきらぬ風ではあったが、既に落ち着きを取り戻している。
「俺からの、依頼…なんだけど」
視線を逸らしつつ、砕けたその左指を右手に包んで…発した。
「雷堂さんを、ヤタガラスまで…一緒に送り届けて欲しい」
そんな姿に、声に、僕が苛つかぬ筈無い。
「で?報酬は?」
一文無しの君に、哂って問い掛ける。
したらば君は、その眼を僕に向けた…
「俺と…再契約、させてやる、から」
云って、すぐに俯く。
傍の雷堂は、酷く辛そうな顔をしつつ…僕を見て云う。
「安心しろ…先刻から申している通り、我とは繋がっておらぬでな…」
そんな葬式みたいな彼等に、僕は哂って云い放つ。
「何を云っているのだ…君達は」
ああ、なんて茶番だ。
「だって、元々僕の所有物だろう?」
なのに、人修羅は再契約してやる、等と上から目線。
雷堂は人修羅が離れ往く事を“彼の意思を尊重した”とでも云いたげで。
ああ、反吐が出るよ。
「特に…雷堂、君がその右眼を宿して尚…諦めきれるとは到底思えぬのだが?」
眼帯を見つつ嘲笑してやれば、唇を真一文字に引き結ぶ。
「当たり前だ、我とて…」
帽子のつばをぐい、と下げる仕草、眼元が翳る。
「しかし、先刻…ああも、見せられては…矢代君の真意も視えぬ訳なかろう」
「ちょっと待って下さい、俺は単に自分にとって“都合良い方”に居たいだけで」
口を挟む人修羅に、その引き結んでいた唇をやわらかくして微笑んでいる…
「場所でなく、それはデビルサマナーの事か?」
「ち、違…」
「己の心に聞くが良い…あの時の、咄嗟の判断が…きっと、答えだろう」
どうして、また微笑む。
そんなにお前は、人修羅に良く思われたいのか。
真の欲を殺して、最後まで繋がらぬとは…
同じ形ながら、滑稽だ。
「ならばもう一押し、条件提示させて頂こうか」
白い霧、少し肌寒い空気。
もっと寒くなる言葉を、餞別にあげよう、雷堂。
「その右眼返してくれるなら…人修羅の頼みを呑むよ」
覚悟していたのだろうか…
眼帯を黙って外す雷堂の傍…当人ではないのに、人修羅の方が震えた。
「君の主人は…」
「あぁあ明さん!!」
「ボルテクス界から…既に決まっていたのだったな…」
「まだあいつに交渉してない!他の条件にッ」
眼帯を持つその腕を、人修羅の右手が止める。
それだけで、僕の手は得物を探りたくなる。
眼の前の邪魔者という邪魔者を、消したくなる。
いつ脅威になるか分からぬから、破壊したくなる。
「条件と関係無い、君の一部を…君に…此度返す、そうさせてくれ」
人修羅の絶叫。
赤い斑点をその白服に染め付ける雷堂。
右手には、金の宝石。
……ああ、すっきりした。
これで、人修羅と僕の影を結び付けていたモノは消えた。
ようやく、あの忌々しい影を見ずに済む。
僕と同じ顔で、微笑む、あの気味の悪い姿を見ずに。
背後に迫り来る天使達の気配を感じつつ、眼の前の悲劇…
いいや、僕にとっては喜劇な訳だが。
それを見て哂いが抑え切れない僕。
「それで捨てきれると良いねぇ、日向」
クスリ、と零れた声と共に、リボルバーを手にした僕。
そう、本当の虐殺はこれからだ。
「さ、出口までの羽根で滑らぬ様にせねば、フフッ」
まだ、まだまだ腰のホルスターベルトにも有る。
脚のベルトにも。
MAG生成の弾丸、属性を秘めた特殊弾、ぐるりと僕の肉を囲む凶器。
「功刀君、その片眼を支える事、今ならば赦そう」
装填しつつ、泣き濡れた様に潤む金色に哂い掛ける。
「僕の邪魔をしない様に…しっかり見張って連れてき給え」
もう片脚に在るリボルバーを左手に。
折れた刀をその場に捨て置き、血濡れの外套を翻す。
「はだかるなら、邪魔するなら、壊すよ…天使であれど」
外壁から、翼を広げて無数のシルエット。
ニヤリと上がる、口の端。
ズクン、と傷む胸を無視して、引き金を絞った。
「そんなに嫌だったかい?自分の眼は簡単にくれてやった癖に」
帳にけぶる街路、外灯も消え、新月の空は暗い。
「…俺の身体は再生するから」
「確かにね、まるで巻き戻しの様に」
こうして、霧の帝都を並んで歩くと…此処に連れて来た日を思い出す。
もう、幾度か君と桜を見た気さえする。
霜の下で、微かに膨らみ始めている桜花の蕾をちらりと臨む。
そう、この瞬間こそ、まるで巻き戻った様だ。
「…巻き戻せたら、雷堂さんと…今度こそ友人になれた、かな」
傍で云う君にギロリと横目で戒める。
「何度巻き戻そうが、この結果だろうさ…フフ」
「…煩い…」
「奴も物好きだねぇ…結局君の為に欲を封じた」
己が雷堂に与えた傷痕を頭では理解しているのだろう。
僕の言葉に更に俯く君……ああ、本当、浅はかな奴。
「…向こうのヤタガラス、少しは残党で改善されたら、良いな…」
「…フン、こちらの烏よりは元々マシさ」
転移の枝道を抜け、城で堕天使に報告をして、ようやく此処まで来た。
結局元の形に戻ろうとしている。帝都の暗闇に。
「こうして見ると、昼の喧騒も嘘の様だろう?」
突然云い出す僕を、ぎょっとして見る人修羅。
その脚が少し遅まる。
「この静寂の為に、十四代目をやっている」
「…」
「賑やかしい人の団欒も、笑い声も駆け回る子供の声も」
「…」
「僕からは遠いからね」
銀楼閣の入り口、カツカツと階段を踏み鳴らして振り返る。
見上げてくる君、あの時と同じ、この世界に…この建物に、不安する姿。
「僕は、夜が好きなんだ」
ナルシズム溢れる言葉を吐く。
だが、それが真実だった。
己しか信じるに値しない、そういう生き方をしてきた。
だから、ボルテクスで独り蹲る君を見た時…僕に見えた。
ねえ、君はどうなのだい?
「此処が、銀楼閣」
あの日と同じ言葉。
「僕の勤め先」
君を誘う。
「…おいで」
いざ入れば、事務所に明かりは無く、鳴海は不在だった。
ま、不謹慎だが都合が良い。
彼も烏のひと羽である事には変わりないのだから。
「…疲れた」
一言、人修羅が呟き、纏っていた衣を脱ぐ。
ケテルで改めて渡された闇色のケープ、裏は鮮血の様な赤。
きっと彼の趣味に反するのだろう。
「自業自得…寧ろ、再び拾われた事に感謝し給えよ」
上半身、肌を晒した君の、その背中を靴で蹴る。
「ぅぐ!」
室内履きとはいえ、その底の感触は背骨を圧迫し、軋ませる。
倒れこんだ背中、斑紋に沿って、掌をあてがい、羽交い締めにする。
ああ…支配の感覚。
背中から奪う自由に溺れる、この快楽。
僕は、この瞬間だけ安心して呼吸が出来るのだ。
「ねぇ、この床板の上で、再契約してやろうか…?」
「ど、け」
耳元で囁く、祝詞。
「カルパでだって、地面の上でだったろう?」
「っひ!ぎぃ、っう…」
項の突起に爪を立てる、君から漏れる呻きが、酷く懐かしく感じる。
触れる処から戦慄する、身体が。
「ぉ、いっ…」
「また消えられても困るからねぇ…鎖は繋げる内に繋いでおかねば」
「聞け、聞けよ」
「言い訳なら」
「俺の声聞けって云ってんだろ葛葉ライドウ!」
ふと、弄る手を止めた。
逆上するなぞ珍しくもなんとも無い、が…
久しく間近で見た、その金色の眼に思考回路を奪われた。
「…いっつも、俺の云う事なんかお構いなしに…奪いやがって」
戦慄く唇。
「身体奪って!自由奪って!手ぇ奪って!意見奪って!」
顰められた眉根、だがそこにあるのは嫌悪とも違う。
「場所も、サマナーも変わればリセット出来ると思ったんだ…雷堂さんは優しいし、俺の話も聞いてくれるし!人間に戻る望みを嗤わない!俺をしっかり俺として捉えてくれた!」
「そんなに、彼への賞賛を聞いて欲しかった訳?」
その比較が、僕を逆撫でしない筈無いと分かっているだろうに。
僕は哂って腰の銃に手を伸ばした。
「でも、出来なかった」
が、その手が、止まる。
「精神まで…あんたに、ヤられてた…っ」
嘆く声が湿る。どうしてそんなに震えているのだ、君は。
「中に在るのが、あんたのMAGじゃないと、寒…い」
伏せられた、睫が意外と長い君の綺麗な形の眼。
「ボルテクスからずっと、中を充たしてたモノが削がれて、あの時動けたら俺…三本松をきっと燃やしてた…!」
「おい」
「だからっ、最後まで聞けって云ってんだろ!」
云われて黙る僕も、どうかしている。
「…なぁ、巻き戻せたら、俺達も……友達になれたのか?」
君の肩を押さえていた僕の左手に、添えられた君の右手。
「そうしたら、最期にあんたを殺さなくて済むのかっ!?」
「黙れ!!」
僕から出でた剣幕で、ようやく君の声が止んだ。
此処で止めねば、僕が崩落しそうだった。
その短い前髪をぐい、と掴み、吐息が触れる程近くに寄せる。
「云ったろう…何処から、何時から繰ろうが、同じだと」
「…」
「そんな惰弱な思念に囚われ、僕に支配され続けている…どれだけ滑稽なのだ君は」
「…どうして…」
「さては、僕を下らぬ情で絆して、その隙を窺って」
「どうして、同じ顔なのに、俺には笑ってくれないんだ…」
もう、止めろ。
「どうして俺の事を」
その髪を掴んだまま、床に打ちつけた。
小さく呻いて、黙る人修羅。
痛みに歪ませるその相貌と、僕を睨み上げる双眸。
…それで良い、良いんだ。
要らぬ情は、破滅への入り口。
野望の為、君を引き摺り込めるまで、僕は支配し続ける必要があるのだから。
だって、いつまた僕を裏切るか。
いつまた、逃げてしまうのか。
幼い頃に教わった、捕らえた強い魔の者は、周囲も欲する、と。
主人を見限れば、するりと抜け出し、更に強い主人を求める…
だから僕は、悪魔にも人にも、完全に心を許さない。
飼い犬に手を咬まれる事程、愚かしい事は無い。
昔から、信じられるものなぞ…
“夜様”
一瞬ぎぃぎぃと枝を軋ませる音と、揺れる景色が…
翡翠色の騎士が脳裏を過ぎったが、掻き消した。
そんな感情、僕がこの手にかけたのだから。
「君の事なんざ、共謀者としか思っておらぬよ」
云いつつ、下の着衣に指を掛ける。
「待、て」
「これを剥がねば繋げる事は不可能だろう?ククッ」
「頼む…から…っ…」
床上で握り締められる拳、僕の跨る肢体がぶるりと震えた。
寒いの…だろうか。
「床、なんか、嫌だ…」
「…」
「嫌なんだ……っ」
何を云わんとしているのか、解ってしまう僕はおかしい。
それを滲ませる君も、可笑しい。
でも違う、きっと食い違っている。
打ち付けられ、頬を赤くした君に囁いてみる…
「寝台で行うのが、正常だからかい?」
「…ぅ」
「それとも、擬似的にでも求めるの…?」
「ぅ、ぅう」
「愛しいからまぐわう、恋人の様な行為を?」
「ち、違……床が痛い、からっ…!」
そんな間抜けな回答で、僕が納得すると思うのか?
毎回床の硬さより、僕の与える傷の痛みが上だろうに。
横目で睨んだまま返す君の声を、横から撥ね退ける。
「僕は床の上だって構わぬ程に求めてる」
「…!」
打ち付けられた頬の紅潮が…
羞恥なのか、それとも別の何かだろうか…それに変わった君。
…ああ、僕は
「僕は、君が三本松を燃していたなら、すぐ繋ぎ直さんと…あのまま板の間で君を喰らっていたよ」
「な、なに、云って」
何を口走っている。
「僕は…ねぇ…早く、繋がりたいんだ………矢代」
どうして僕から乞う様に求めている?
「鎖の先に君が居なかった、それだけで、引き摺る鎖が重かった」
「…」
「だから、この重さをその身に受けてくれ給えよ…ねぇ…」
そして何故君は、泣きそうな顔をしている。
「…それで…それで、俺の中のMAGを充たしてくれるなら」
「交渉成立、だろう?」
再び来た、この瞬間。
デジャ・ヴですら無い、ただ本当に繰り返しているだけ。
契約の名の下のまぐわいだけは、互いに赦し合えるのか。
「先…行ってる、気が変わるかもしれないぞ、俺」
噛み付く視線と声、しかし引っ張るその尾。
「…おい、さっさと、来いよ…」
逸らされる視線に、人修羅の羞恥を感じて思わず哂った。
「寝室に誘い込む娼婦の様だねぇ功刀君、ククッ…」
「ざっけんな…床は、身体が痛いから、だ、本当に…」
僕の下から這い出して、ふらりと扉へ歩む人修羅。
細い肩は、項垂れつつも緊張している様子だった。
いつまで経っても慣れないのだね、その身体は。
僕なんか、十の齢には悦ばせ方すら会得していたのに。
(どうして汚れぬのだろうか)
例えば、いつもと真逆に…
…もしこの後、優しく包んだなら、君はどうなるのだろうか。
(恋人の様に)
契約と関係無しに…微笑んで抱けば…
同じ様に君も返してくれるのか?
同じ様に君も……求めてくれるのか?
(精神をヤられたのは、どちらだ?)
廊下に消えた君、閉まる扉の隙間から一瞬絡んだ視線。
睨む様な、戸惑う様な、僕を縋る眼。
…ねぇ、矢代…後ろ暗いだろう?しかし、視える先とて暗いだろう?
僕を縋るというのは、そういう事なのだよ。
最期まで、僕がするのは、きっと支配なのだから…
だって、あんな感情、与えられた事も無いのに、知る由も無い。
「フフ、馬鹿げてる」
さっさと契約のまぐわいをして、烏の巣へ行こう。
其処で厄介事を人知れず消して、元の、日常へ。
人修羅を使役して、共に闘い、嬲り、名を呼び求め殺し合う。
本来の道に、戻るんだ…ようやく…
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