ライドウ喧嘩祭
うららかな昼下がり。
そんな温かな日差しも、ぼんやりとしか感じない俺の身体。
それをソファに横たえて、俺は読書中。
何度読んでもこの時代の書物は読み辛い。
暇なのだから、しょうがないだろう、と自分に言い聞かせ
俺は漢字カナの羅列を頭に垂れ流す。
(おまけにアイツの趣味が薄暗いんだよ)
ライドウの読む物が、これまた暗い。
まあ、自己啓発本やコメディタッチな物をあの男が読んでいれば
それこそ笑い種なのだが。
依頼も無い、俺は学校も無い。
(ああ…暇、だなこれは流石に)
軽く掃除をせども、あまりに物を動かしては迷惑だろうか。
そんな感情も邪魔をして、軽い掃除しか出来なかった。
一応休憩させて貰っている身なので
その位はするべきか、と思ったのだが。
ギィ
扉の開く音が、階下から響いてきた。
ライドウか?鳴海か?
俺は活字からすい、と視線を上げて、意識を集中した。
身体の斑紋が成りを潜め、俺は人修羅から人の形を取る。
鳴海相手には人修羅の姿を見せた事が無い。
念の為、そのまま人で出迎える。
「鳴海とやらの探偵社は此処か?」
不躾に、そう怒鳴り込んできたのは
書生姿の男。
ただし、ライドウでは無かった。
「あの…どちら様ですか?」
その横柄な態度に、少し苛立ちを感じたが
抑えつつ、丁寧な口調で訊ねる。
「此処に居る書生に用が有る」
そう応えたその書生は、どうも弓月の君の生徒ではなさそうだ。
その制服が、別の学校だと物語る。
「…あの、ウチの書生は今出払ってますが…」
「ちっ、しゃあねえな…」
不在を伝えれば、不満気に舌打ちし
懐から何かを取り出した。
「これ、ソイツに渡しといてくれよ」
「あ、はい…」
差し出されたそれは、手紙の様だったが
封書に包んだ物でもなく、藁半紙を折りたたんだ様な物だ。
「じゃあな、いいか、絶対渡せよ!?」
そう吐き棄て、事務所の扉を乱暴に閉めて出て行った。
「…なんだあれ」
思わず独りだというのに、声に出して俺はふくれていた。
ライドウみたく、人を小馬鹿にしてすました奴も嫌いだが
ああやって粗野粗暴な奴はもっと嫌いだ。
「ふっざけんな」
大股で階段を上り、ライドウの部屋にずけずけと浸入する。
その手紙を机上にばしりと叩きつけて、傍のベッドに突っ伏す。
なんとなく先程のソファに戻るのすら面倒で
そのベッドでごろごろと無駄な時間を貪る。
そのままぼうっと周囲を見渡していれば
知らぬ間に増えている物。
(あ〜…あれは俺の所為か)
子供の様に、ぼそりと強請った甲斐あって
なんとこの時代で俺は二輪を手に入れたのだった。
しかし置く場所も無いので、部屋に駐屯しているのだ。
ぐいっと身体を起こし、それに触れる。
シンプルながら、洗練されたラインが美しい。
燃費は酷そうだが、その渋い色味と古めかしさが良い。
シートをすりすりと撫ぜ、微妙に口元を綻ばせた。
「それ、あと支払いが十回残っているからそのつもりで」
急にした声に、シートからびくりと手を離す。
振り向けば、声の主が腕組みで部屋の入り口に立っている。
「はあ?あんた買ってくれたんじゃなかったのか!?」
「立て替えただけだけど」
「聞いてない」
「何故君に無償でそんな高級玩具を買い与えなければならない?」
「仲魔への日頃の感謝と労いで」
「躾けてやっている僕が貰いたいくらいだよ」
そのライドウの台詞に、普段の扱いを思い起こす。
攻撃が遅れたと云って発砲してくるわ
攻撃すれば的確な選択でなかったと云い、蹴りが飛び。
躍起になって突っ込めば自重しろと背を斬られる。
「あれが躾だったとしたら、あんたは人の親になっちゃマズいな」
「御安心を、死ぬまで独身貴族だから」
「な〜にが独身貴族だよ、遊郭行ってその気にさせるの止めろよ」
「調査の一環だよ、功刀君」
「その制服着てよく行けるよなホントにあんた…」
溜息混じりに白い眼で見てやれば、口の端を吊り上げた。
机に寄り、肩に掛けた白い帆布鞄を椅子に置く。
「…何、これは」
「ああ、さっき変な学生が来て置いてった、あんた宛だってさ」
いぶかしげな表情で、ライドウはその手紙らしき物を手にし
かさりと広げた。
しばしの沈黙の後。
「ふ…あは、あははっ」
肩を揺らしたかと思えば、突如壊れた様に笑い出すライドウ。
胎を抱えて、その手紙を指先に摘み上げている。
「お、い大丈夫かよライドウ」
俺に変なとばっちりが来ない様、退き気味に話しかける。
「それ、何だったんだよ」
聞けば、こちらに視線を寄越した。
「他の学校からのお誘いだよ」
「誘い?」
いまいち分からぬ返答に、俺は聞き返したものの
それ以上追求する気にもなれずに、黙ってライドウを見続ける。
ライドウの指先はその紙を、机上に押し付け
まるでダンスでもするかの様にするすると舞う。
それは程無くして、形を宿してきた。
完成、と云わんばかりにライドウは折りあげたその鶴を
俺に向ける。
「燃して」
そう一言、俺に告げて
掌に乗せた折鶴を、ふぅっと息で落下させる。
俺は考えるより早く、その指令に反応して
その落ちてゆく鶴に、意識を集中させた。
眼の奥がアツくなる…
その鶴はゆらりと宙でひと旋回し
次の瞬間には陽炎の様にぼやけて燃え散った。
「…おい、燃やして良かったのかよ」
「そう思うなら何故すんなりと燃したのだい?」
「いや、だってあんたが…」
「パブロフの犬か」
ククッと笑うその姿に、耳が熱くなる。
「なんだよ!しなけりゃしないで怒る癖に…」
腑に落ちない。
怒れる俺を尻目に、ライドウは箪笥から手ぬぐいやら何やら
ごそごそと取り出して、こちらにも投げて寄越した。
その持ち物一式を見て、解った事を問う。
「…銭湯?」
「その通り、君も行くだろう?」
「…暇してたから良いけど、いきなり何だ?」
「待ち合わせの前は身奇麗にして行かなくてはね」
くすりと笑って、部屋を出て行く。
「お、おい待てよライドウ」
銭湯は、あまり好きでは無い。
あんなに大衆に曝け出すのが、未だに慣れない。
学帽被って入るこの男の傍にいるのも慣れない。
「…」
熱い。
正直、銭湯の湯は適正温度を超越していると思う。
だるだるの茹蛸になりそうである。
(その帽子の材質は何だって話だよ…)
前方に居るライドウは、髪を洗った後にまた被るのだ。
何だよそれ、トリートメント浸透キャップか?
母親の風呂場の持ち物を、思わず思い出す。
その、普段見る事の無い彼の項から天辺にかけて
艶やかに濡れた髪を見ると、正直今でもどきりとする。
その背のうっすら隆起する筋が、同じ男ながら惚れ惚れする。
(まあ、性格以外は完全無欠、なんだけど)
その性格が全てを台無しにしていると、この悪魔の俺が思う。
「おい坊主、いつまで其処に居座る気じゃい!」
その怒声が俺に掛けられているのだと、ぼんやりした頭で気付いた。
「あ…」
「いつまでも陣取っとらんと、はよ退けい!」
「…すいません」
なんだ、この柄の悪い男の特等席だったのか?
あまり考える事はせずに、俺は云われるままにその湯から身を出す。
すると、血の巡りが脳天に揺さぶりをかける。
視界が白くなって、脚がよろける。
(あ、のぼせた…)
思った時には、水音と熱い奔流。
俺は見事に湯船に突っ伏した、らしい。
朦朧とした視界と、意識の靄が晴れた時には
俺はその柄の悪い男に、首根っこを掴まれていた。
「挙句に湯船に頭浸けとぅ!舐めとんのかおんどれ!!」
ああ、俺が云われているのか。
この混濁した状態なら、殴られようが問題なさそうである。
そんな事を薄ぼんやりと考えながら俺は
その男の脇を縫って見えるライドウに眼がいった。
「功刀君」
その声に、男が向こうを振り返る。
「おい、兄ちゃんの連れか?」
「…彼が何かしましたか?僕には、貴方が勝手に占有すべく暴挙に出た様に見えたのですが」
いきなりズケズケ云いだすライドウに、俺は暑さ以外の汗をかく。
当然いきり立った男が、その沸騰した感情をライドウに浴びせる。
すると、ライドウは手元の石鹸を掴んだと思えば
こちらに向かって、投げつけてきたのだ!
振り向いていた男の、恐らく眉間に命中して
卒倒する男、ぐらりと解放されて沈む俺、静まり返る浴場。
怒った時に管を投げるのは知っていたが、まさか石鹸…
「もう上がろうか、功刀君」
涼しげに微笑んで、手ぬぐい片手に俺を湯船から引き上げる腕。
「…」
俺は一連の流れに頭が付いて行かず、引かれるままに脱衣所に。
しかし、そこで身体を拭き、着衣するのかと思いきや…
そのままずるずると、脱衣所の隅へ。
「おい、俺達の置いた場所…」
「もう取った」
そう云い返してくるライドウの手には、大判のタオルと…
何故か外套。
それをふわつく頭で捉え、疑問符を浮かべれば、ライドウが耳に唇を寄せる。
「身体…よく見ろ」
それに瞬間、頭が冴え渡り、俺はハッとして胸元を見た。
薄っすらと、黒く、淡く浮き上がる斑紋。
「や、ば…なんで」
「のぼせた後からぼんやりとね」
そう云い、俺の耳をそのままがりりと噛んできた。
「いぃッ!?」
「上がり時すら判断出来ずに、人の成りが完遂出来ると思っているのか君は」
ヒリつく耳を手で押さえ、俺はライドウを睨む。
「湯船に入ってなきゃ丸見えだろうが!」
「銭湯は男の×××くらい見えて当然だ」
「へ、平然と云うなよ!真顔で!」
「マーラ様で耐性ついてないのか君は」
「ボルテクスの奴はフニャ××なんだよ!!!!」
そう叫んで、思わず我に返る。
はしたない台詞を、思わず平然と返してしまった…
「へえ…君の口から×××チンなんて聞けるとはねえ」
その、ライドウの小馬鹿にした様な台詞に、俺は唇を噛んだ。
俺の、未だアツい身体に、ふわりと外套が掛けられた。
見上げれば、ライドウが微笑んだ。
「とりあえずそれでお隠し」
その、一見優しさに満ち溢れた行為…
だが、それをするデビルサマナーは、全裸である。
そして俺も裸マントである。
「…あのさあ、俺、もうあんたと銭湯来ないよ」
俺も何故だか、妙な微笑みを浮かべてそう云った。
しかし、何故こんなにもライドウと居ると巻き込まれるのか
そんな事を考えていると、傍を颯爽と歩く書生が一言。
「君と居ると、どうも喧嘩が絶えないな」
(こっちの台詞だよ)
俺は何となくげんなりして、夕暮れの中
誰のとも知らぬ影を踏む。
「あのなあ…俺だって、あんたと居て散々だ」
「ああ、君はまさか、不貞な輩を招く能力が在るのやも知れぬね」
「おい!聞けよ」
「そうだよな、捜査において能力発揮出来ないのは、僕の仲魔では君だけだしな」
「おい、俺だって力じまんくらいは…」
いや、云ってしまえばそれしか出来ないのだが。
蛮力族かよ、俺は。
内心虚しさを感じつつ、そう反論すれば
すっかり彼の元へと戻った外套を翻し、哂う書生。
「ああ、もしや…シニソウオーラか」
「なっ」
「人修羅ともあろう者が…シニソウオーラ…」
ククッと口元を押さえ、さも愉しそうに哂うコイツを見て
俺は人修羅に戻りたくなる衝動を、必死で抑えた。
「むしろ、あんたの仲魔になってからシンデルオーラだよ」
「つまらない」
「…っさいなあ本当に」
そもそも、俺達の間で喧嘩が絶え間なく続いているだろう。
出逢った瞬間から、多分最期の別れの時まで、ずっと喧嘩だ。
仲直りなんて考えれない、想像も出来ない。
ふらりと、道中にある店の数々に眼が行くものの
先日二輪を買って貰った(むしろ買った)ので、見る事も無いだろう。
そう思い、足早に通り過ぎる。
「あ」
すると、傍でライドウがぴたりと静止する。
何かと思い、そちらを向けば
じぃ…とライドウの見つめる先に、骨董屋…アンティークショップ。
(ああ、またかよ)
「鍔が在ったら、また買うのかあんたは」
俺がそう、少し呆れ気味にライドウに云った。
「君のオートバイで、鍔が幾つ購入出来ると思っているんだい?」
「実用性の差が大きい」
「僕の給与だから好きにさせて頂きたいのだがね」
その台詞に、俺は東京の時代を思い出す。
よく云われる、意識の差、というものだ。
店舗入り口に足を踏み入れるライドウに向かって
俺は揚々と語りかける。
「あのな…その台詞、奥さんに一番嫌われるものだぞ」
「…えっ」
「俺の給料は、俺の好きにさせろ〜って、亭主関白だろ」
「…君は、僕の奥さんのつもりだったのか?」
逆に問われ、ハッとした。
思えば…そう、意識していると捉われかねない台詞だった。
「そうか、人修羅とデビルサマナーの夫婦か」
「それ以前に、同性だろ」
「ふふ、良いのでは?君は主夫が実によく似合う…いっそこのまま主夫として、僕が召喚皇になるのを支える伴侶にでもなったらどうだい?」
「お 断 り し ま す !」
なんという事を言い出すのだ、この男は。
本当の意味で飼われそうなのが恐ろしい。
かれこれ云いながら、ライドウは店の出入り口から一歩、足を退いた。
「ま、仕方が無いね…別に買い物があるから、此処はいい」
「…」
なんだよ、それなら最初からスルーしろよ。
苛々して、俺はライドウの影を追うのだった。
完全に陽も下がった夜。
俺は何故かヲカマロオドに居た。
ライドウの買い物とやらに待たされて、こんな危険区域に。
「可愛いわねええ!ぼうや」
「あらあら!待ち人来ずってやつ?」
突っ立っている俺に、口々に話しかけてくる偽女性。
もしや、たちんぼと思われているのだろうか…
そう思いゾッとした。
(もういいや、場所、変えよう)
もうアイツなんか放置でいいや、と俺は場所を変えることにした。
後々ボコされても、此処でこねくりまわされるより幾分かマシだ。
進める脚が、曲がり角に差し掛かった。その時。
どかり
突然の衝撃に、俺はよろめきつつも振り返る。
人相の悪い、刺青の似合いそうな男…
突き飛ばされた、らしい。
(またこの展開?)
本当にシニソウオーラかもしれないと、嘆きつつ
このままだんまりと逃走する気もしなかった。
「何の用でしょうか」
「お前、さっきショバ代払わず営業してたろう」
(やっぱり誤解されていた!!)
もう、顔に縦線が数本入る気分だ。
「わしらのシマに無断で立ち入って、おまけに営業かぁ?」
「誤解です、人を待っていただけです」
「つべこべ云うな!」
ああ、こういった輩は虐める相手を探しているのだろう。
どこぞサマナーと同じで、虐める理由を捜しているのだ。
服の襟首をぐい、と引き寄せられ、男の吐息がかかる。
酒臭い、その生暖かさに俺は鳥肌が立った。
「なんだぁ、その眼…」
「…」
「それとも、こっちで支払うか?」
突如下卑た笑みを浮かべた男が、嫌な台詞を吐いた。
同時に、下に変な感触。
「な…っ」
臀部を、さわりと撫ぜられた。
その衝撃的な事実に、身体の制御が解けそうになる。
悪魔になって、この男にアイアンクロウの一発でもかましたい。
その、俺の尻を触った手を、八つ裂きにしてやりたい。
ふるふると怒りに震える俺を、男はへらへらと見下ろす。
「もし、そこなるお方」
と、ようやくあいつの声がして、俺は少し安堵した。
そんな自分に自己嫌悪だが。
「暴力に物を云わせて、博打の町は所詮この程度…ですか」
黒い外套が、濃闇から、ぬらりと姿を見せた。
俺から手を放し、人相の悪い男は振り返って叫ぶ。
「んだと…博打で裁定下すのが此処だ!」
「の割には、手から出していましたよね?」
薄く微笑むライドウは、嫌らしい。
男をわざわざ挑発する辺り、性質が悪い。
「では、僕と丁半で勝負して頂けますか?」
ライドウがにっこりと、そう云いだすものだから
俺は頭痛がしてきた。
(この博打好きが…っ)
そうと決まれば話は早いもので、ライドウ馴染みの博打場で
丁か半かとツボ振りの唱える中、あいつがすらすらと当てていく。
あれで読心術を使っていないのだから恐ろしい。
以前ゴウトが嘆いていた。
『あやつには、天賦の勝負強さが備わっておる…しかしだな、それを博打に使うのだ…あの十四代目は!!』
(そりゃ、嘆くな)
ゴウトの台詞を心で反芻していると、コマを大量に得たライドウが
俺を横目に見た。
ニタリ、と悪魔の笑みを浮かべた。
(本当、あんたが悪魔だよ)
頭を抱える男が、負けが込んでいよいよ切れたのか
サイコロを放り投げてライドウに掴みかかった。
「イカサマしてんだろ…お前ぇ…!!」
そうも思いたくなるだろうが、それは無いのだ。
「ちょっとアンタ、そりゃアタシに対して喧嘩売ってんのかい?」
ツボ振り女が男を制する。
「その書生さんはね、以前からずっと見てたが…負け無しだよ!」
「おかしいだろ!」
「八百長無しさ」
そのやり取りに、ライドウの口元が吊り上がる。
ああ、あの笑みは確信だ。
俺と鳴海とヨシツネから、麻雀で巻き上げる時のソレと似ている。
「ああ、良いカモだったな」
銀楼閣に着き、得た金を机に広げるライドウ。
俺はそれを見て、ホクトセイクン辺りにバシイッと
あの板みたいので、あいつの肩を叩いて欲しかった。
「功刀君のシニソウオーラのお陰で、なかなか愉しい」
「帝都しっかり護れよあんた」
「しっかり護っているさ」
机上で金を分けているライドウ。
(武器・道具代、趣味代、貯蓄…)
あの割合は左から見て多分そんな感じだろう。
ナチュラルに理解する俺が気持ち悪い。
「さて、夜明けと共に出立するぞ功刀君」
「はあああ?ちょっと待てよ」
「君は睡眠が不必要だから問題無いだろう?」
そういう問題では無いだろう。
「何しに行くんだよ」
「依頼…かな」
そう云い、買い物包みから何か取り出す。
ばさりと学生服を脱ぎ、椅子に引っ掛ける。
何かに着替えるのかと思い、俺は窓の外を眺めて視線を逸らす。
人の着替えとは、まじまじと見ているものではない。
「ああ、そう云えば功刀君」
「…何」
「オートバイ、外に出しておいて」
「…はぁ?」
「別に走ってでも、人修羅の力で持ち上げてでも良いので、宜しく」
確かに、購入時には
銀楼閣内で悪魔の力を利用させてもらい、運搬したが…
「君だって、走らせてみたくてうずうずしているのだろう?」
良い様に、乗せられている気がする…
「あのなあ、俺は別にそこまで…」
「ヘルズエンジェルにタンデムさせてもらっていた癖にね…」
「な!ななな何でそれを…」
「ヘルズエンジェルに聞いた」
あの、あの魔人め…!
俺はこっ恥ずかしさから、急いで靴を持って二輪に駆け寄る。
(しょうがないだろ、ボルテクスで見るのあれくらいだったし)
誰も居ない(雑魚悪魔は居るが)処を…
特にレインボーブリッジみたいな処を駆けてもらうのは爽快だった。
お陰でヘルズエンジェルのレベルだけはぐんぐんと上がり
俺の趣向がライドウに知れた訳だが。
結局、宵闇に紛れて俺は人修羅へと姿を戻す。
ぐい、と掴み、二輪をそのまま持ち上げた。
人間の時もこれなら便利なんだけど…
と、短絡的な思考で階段を下りていく。
その階下で、翡翠の光が揺れた。
『おい人修羅…お主まで夜遊びか、ってなんじゃそりゃ!』
「二輪車ですゴウトさん」
『そんな事は見れば解るわ!』
「ちょっと…ライドウが依頼って云ってまして」
すると黒猫は尾を傾け、溜息混じりに呟いた。
『同情はするが、助けはせんぞ』
「ゴウトさんが優しいけど薄情者という事は理解してます」
『…お主、結構口が達者に成ったな』
入り口傍の座布団に、ふかふかと身を落ち着けたゴウトが云う。
『最近ライドウに似てきたんじゃないか?』
その台詞に、俺は二輪を危うく落としかけた。
「俺があの男に!?」
『流石に、悪魔とはいえ主人に似るものか…』
わふ、と欠伸をして首を横たえたゴウト。
『全く、ライドウも…人修羅で遊びすぎ…だ』
徐々に声が薄れていく。
どうやら眠っていた所を邪魔した様だった。
(遊びすぎ、か)
確かに、依頼やら俺の敵対勢力やらが襲い来る中
何をしているんだか…と思う瞬間も、結構有る。
しかしこの程度で御冠なら、あの堕天使も相当暇人である。
(どうせ先が永いんだし、この位の無駄は良いだろ)
暗い影が脳裏を過ぎるが、ソレを振り払って俺は外への扉を開けた。
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