僕の悪魔は潔癖症




俺は男だから、ソレの存在を否定はしない。
でも、ソレそのものが意識を持って、ましてや徘徊するなんて
考えるだけでもおぞましい。
ライドウに蹴られて、唖然としたまま、眼の前に現れた影は…
口にするのすらはばかられる、あまりに卑猥なモノだった。




魔王マーラは、呻きながら、どろどろと肉を運ぶ。
その、ぱくぱくと開く口からカテーテルでも突っ込めそうだ。
張本人のバフォメットは、既に姿をくらませていた。
『グ…ギギ』
流暢な言葉すら発せぬそれは、文字通りの肉塊だった。
いや、肉棒な訳だが。
しかし、不完全な魔王は固形ですら無い。
「っくく!皮被ってるよ…!ねぇ、功刀君?」
前方に向かって笑いかければ、人修羅はいつの間にか退いていた。
「ふざけるな!!貴方達が召喚したんだろっ」
マネカタ二人を、それぞれの手で掴み上げて怒声を浴びせている。
あの細い腕に吊るされるマネカタは、抵抗の素振りすら無い。
怯えてマガツヒすら舞い散る始末だ。
「だ、だってボクらをバカにするからあぁ」
「ボクらをコケにするからあぁぁ」
その二重奏に、人修羅は眼元を引き攣らせた。
「使役する能力も無いのに召ぶなッ!!無責任!!」
叫んだ人修羅の背後に、迫るものを認知していたが、僕は黙っている。
すると、掴まれたマネカタ達が同時に指を指して人修羅に訴えた。
「「ああ〜ッ!!後ろ後ろ!!」」
ハッとした人修羅が、視線を背後に流す。
『ギザマラアアアアアアァ…!!』
粘着質な奇声と共に吐き出されたのは、白い体液。
いや、説明不要のアレだ。
「ひっ!!」
振り返る人修羅が、両手のマネカタを差し出す様にして盾にした。
水に溺れた時の声みたいな悲鳴は、瞬時に掻き消される。
マネカタは真っ白になり、その弛んだ服に残滓を滴らせる。
「ぅ、ぁ、ぁぁああッ!!」
盾にしたマネカタ二人を床に放って、指をスラックスに撫ぜつける彼。
「汚…っ!汚い汚い汚いいいいいいい!!!!!」
犠牲に白く燃え尽きたマネカタ達を尻目に、人修羅は指をこする。
死んではいない様子だが、動く気配も無い。
『ヨグモ…ゴンナ…ガダチデ…!』
どうやら御機嫌斜めの魔王。
しかし見慣れぬその体躯に、僕は可笑しくてしょうがない。
「ライドウ!お前で何とかしろよ!」
無茶苦茶な事を云って、出口に一直線の人修羅。
その後姿に向かって、僕は問答無用で発砲する。
一発、二発と脚に撃ち込み、よろけた人修羅。
そこに占めたといわんばかりのマーラがブルブルと覇気を飛ばす。
いや、アレなのだが。
「うっ、あ、あああッッ!!来い!!俺を護れええッ!!」
くるりともんどりうって、倒れ込みながら両手で庇う体勢。
その腕が妖しく光り、彼の身体から立ち昇ったマガツヒが形を成す。
瞬間、現れたのはセタンタとオオクニヌシとラファエル。
その召喚行為に、驚愕した。
悪魔を嫌う彼がそれをしたのを見るのは、本当に久々だったからだ。
現れた三体は、物も云わずにその白い波動を得物で薙ぎ払った。
人修羅の様に臆する事無く、毅然とこなす悪魔としての行い。
くるりと踵を返すセタンタが、彼に手を差し伸べた。
『ヤシロ様、お久しぶりです、召んで頂いて嬉しいです』
巻物の上、眼元が綻んでいる悪魔。
その手を一瞬の間の後、取って立ち上がる人修羅。
その姿に酷く苛々する。
(そもそも何故その面子なのだ、功刀)
眉目秀麗な男衆、おまけに一体など天使ではないか。
女性悪魔に囲まれて、可愛がられ、死んだ様に項垂れる君よりも
あの面子に囲まれて、庇護され、受け入れる君を見る方が…
「三体同時召喚とは、僕へのあてつけかい?功刀君」
硝煙を掃いながらホルスターへ戻す銃。
そのまま彼等に接近していく。
セタンタの手をやんわり払った人修羅が此方を睨んだ。
酷く恨めし気で、それでいて微かに口の端が上がっている。
「…思わず召喚したけど、これならあんたの手は借りなくて済むかな…」
脚をトン、と床に打ち付けて、鉛弾をカラリと肉から落とす。
その主人の姿にセタンタはハッとして、傍から問い質す。
『お怪我されているのですか?』
「…まあ」
『あの禍々しい悪魔のとの手合いに向かっても大丈夫ですか?』
「…さっさと倒してきて下さい」
『はい!お任せ下さい!!』
視線を合わせず、素っ気無く返答する人修羅。
セタンタが向かったのをチラリと見送って、息を吐いた。
「そんなに嫌いなのに、とことん利用する君は悪魔だね?」
哂いながら云ってやれば、腕を抱くようにして呟いた。
「あんたには負けるよ」
軽蔑の眼差し、いつも向けられるそれに僕は心地好い平穏を感じる。
『ヌルヌルヌル…ッ』
いかにもな擬音を発しながら、魔王は人修羅の仲魔と戦っていた。
白に汚れようとも、さして気にせず果敢に食ってかかるその衆。
主人とのあまりの差に、少し見入った。
が、その波動が物質的なものから感応性のものに変わる。
勘付いた人修羅が、ビクリとして喉元に指を添えた。
きっとマガタマの在処を確認している。
『…ヌルルルル!!』
魔王の蠢きに、照りが差す。
僕はその揺らぎに、外套を一瞬そよがせた。
感応攻撃は効かぬこの身、誇示する様に傍の人修羅に微笑む。
「良かったねぇ、相変わらず馬鹿の一つ覚えみたいにイヨマンテで」
「…っさいな!」
少し焦った彼は、難を逃れた事に安堵して指を胸へと撫で下ろした。
しかし、それは直ぐに変貌する。
向こう側で応戦していた人修羅のしもべ達が、一斉に此方を振り返る。
その眼はどこか蕩けていて、焦点は揺れつつも主人へと合っている。
『…』
黙りこくって、見つめてくる仲魔達に人修羅は怒鳴る。
「何しているんです!?背中を見せる相手が違う!」
指を指し、少し怒りを滲ませて云う彼…
まさか、気付いていないのか?今の魅了感波に。
それはそれで面白いので、僕は黙って見守る。
マーラの攻撃に対応出来る様、外套中で準備だけは万全に。
人修羅の怒りに笑顔で応える事が出来る様に。
「え…」
魔王を背に、人修羅の元へと一斉に帰還して来る彼等。
その眼の色に、少し後ずさる人修羅。
遅いのだよ…君はいつも。
『魔王様に供物を!!』
三体の誰がまず叫んだのか、定かでは無いが
人修羅の手を真っ先に取ったのはセタンタだった。
先刻と同じ光景だが、そこにあるのは情より熱。
「な、何云ってるんです貴方達…っ」
『その胎に在る魔力を我々は知っている』
オオクニヌシが、薄く骨の浮いた脇腹を篭手の指で掴んだ。
それに眉根を顰め、小さく悲鳴を零した人修羅。
『マーラ様の下にお連れせねば』
ラファエルが、背後から両腕を掴み上げ、羽ばたこうと翼を扇ぐ。
それに眼を見開き、人修羅は愕然とした。
「耐性の無い彼等を恨んでやるなよ?君の失策だよ……無能」
出口を背にして、嘲笑ってやれば、その頬が紅潮する。
暴れる様に脚を閃かせたが、脇に居るオオクニヌシが小刀で制する。
「はっ!…ぅぐ」
降ろされた脚は、その刃に真っ直ぐに突き刺さる。
オオクニヌシの篭手は、留める紐まで朱に染まる。
下手に動かせない人修羅を、彼等は羽交い絞めに連れ出す。
「戻れ…戻れ!俺の中に還れえッ…!」
ああ、馬鹿な功刀…二体なら何とか出来たかもしれぬのに。
そんな浅はかな言動に、毎回ゾクゾクさせられる。
「聴こえていないのかっ!!こ、の…所詮、所詮悪魔だあんた等はッ!!」
それを君が云うのか?
『グブブ…ヌリュ』
嗤う様に唸るマーラの御前に、背面から差し出される人修羅。
その眼はマーラから…必死に背後の気配から、逸らされている。
『イイマガツヒ…タレ…ナガシ!』
ずるずると迫る気配に、混乱した人修羅が、僕を見た。
一瞬叫びそうになったまま、いつもの表情に戻って云った。
「ライドウ…ッ」
「何?」
そうとしか返事しない僕に、君は希望を無くして唇を咬む。
「…あんたも共犯者だ…!」
苦々しげに吐き出した、その眼が、いっそう見開かれた。
「…ぁ」
微かに零れた人修羅の声に、連なるように、
その脚を、どろりと白い何かが伝う…
『トカシテ、クラオウカ、ドロドロト…ドロリ』
何かの呪文みたくマーラが語りつ吐き出した。
その白濁の音が、びゅくびゅくと彼の臀部を穿っている。
「ぁ、ぁあぁあああああ」
ガクガクと身体を戦慄かせ、この世の終りみたいな表情。
そんな人修羅が暴れる度に、その靴までグジュグジュと音を奏でる。
「不潔…ッ!!臭いモン出しやがって!!ぶっ殺す!!ぶっ殺してやる!!!!」
錯乱状態で、魅了状態の仲魔達を振り切れる訳が無い。
凶暴な言葉も、彼が発すれば酷く痛々しい。
「ああああああついっ、あづいいいいいぃッ」
本当に溶解でもされているのだろうか?
それとも魔物の気性を色めかせる効能でも有るのか?
魔王は吐き出しつつ、その頭をぐりりと擦りつかせ始める。
その光景に、思わずクッ、と笑いが漏れた。
入る訳無いとは解っているのに、彼ならその股から引き裂かれ
あの幹すら肋骨に納めそうな気がして。
「ひ、ひぁああっ」
ぶるぶると脚を震わせて、振り被っていた腕や脚は形を潜めた。
顔を俯かせ、己の脚に纏わり付く白い愛液でも見ているのか。
刺さった小刀からの血が混ざり、桃色も可愛らしい片脚。
やがて、擦れた声で呟き始めた。
「…セ、タンタ…悪かった……俺が悪かったです…」
何の贖罪か知らぬが、まあ察しはつく。
あんなに素っ気無くしていたのだ、仲魔の敬愛を撥ねていた彼。
因果応報といえばそれまでだろう。
「お願いだから…放して…」
無表情のセタンタ、他の二体と共に魔王の云いなり。
人修羅の懇願は淫靡な音に紛れ消えゆく。
「助けて…助けて……お願い、します…お願ぃ…」
その声の終りには、既に嗚咽が混じっていた。
「クッ…ハハ、アハハハハッ!」
あまりに可笑しくて、大笑い。
僕は胎を抱えて、少し身体を折って気が済むまで笑った。
マーラは人修羅の尻から、魔力を白濁に融かすのに夢中だ。
じわじわとマガツヒを搾取されている人修羅は、ふらりとしながら
虚ろな眼で僕を見上げた。
と、その頭が突如、左右のセタンタとオオクニヌシに掴まれた。
わしり、と黒い艶やかな髪が左右から鷲掴みにされている。
ぎょっとした彼は、僕から視線を逸らす羽目となった。
「なにす」
声が途切れる、頭がそのまま上を向かされ、背面へと反らされる。
上体を海老反りにさせられ、マーラの頭と眼が合ったと思われる。
その無理な体勢のまま、彼が叫ぶ。
「やめ――!!!!」
此方からは窺い知れないその表情。
しかし、マーラの先端から、迸る白い魔力に顔面が洗われている。
それはハッキリと解る。
ホースで水を撒く開放感と同じ音が、其処から空間に轟く。
くぐもった悲鳴すら掻き消され、人修羅は身体を痙攣させる。
その震える脚の向こう側に、ぼとぼとと白い滝が現れていた。
『…フゥ…ウマイウマイ…ワルクナイ…』
満足気な溜息のマーラで判断したのか、人修羅の頭は戻される。
どこかうっとりしている彼の仲魔達、あそこまでだとは思わなかった。
本当にマリンカリンを喰らっているだけなのか、少々怪しい。
「大丈夫?功刀君」
心配成分無添加の声で迎えてあげれば、その上がってきた面。
正直…顔射というのが生温い程に、白濁まみれ。
僕と眼が合うと、身体を大きく、ビクンと跳ねさせて口を開いた。
その開いた処から、身体の中味が全て出たのでは無いかという程の液。
「ぐぼっ!げっ、げぇええええええっ」
ばたりばたりと床と、自身の靴を汚す白い奔流。
マガツヒが滲んで、血反吐にも見える。
ひとしきり吐き出しても、未だに嘔吐く君。
「は〜っ…は〜っ…ハァッ…ハ…ハハ」
僕の眼を、しっかり見ている、その白い隙間から。
「アハハハッ、く、さい…にがい、くさいにがいにがいくさいにがい…」
「…」
「ぅっ…げえっ…ぇええッエッ……ふ…っ…え…っえ…」
咽つつ唱えられる恨み言と嗚咽に、いよいよ壊れたか?と感じ始める。
流石に他に壊されるのも癪なので、僕は組んでいた脚を開き立つ。
「功刀君、その陰間衆、ヤっちゃって良いなら助けてあげるよ…?」
僕の吐く嫌味と、その意味すら考えられぬのか
マーラに臀部を磨かれ続ける君は、眼を見開く。
「助けろよっ!ライドウ!!自分の悪魔がこんなされて許せるのかよッ」
金色が輝き、いきなり吼え猛る。先刻までの焦燥を振り払う程“助けてあげる”という単語は強かった様だ。
そんな本来の主人を見てか、周囲の仲魔が僕に警戒心を剥き出しにする。
『ナンダ…オマエ?』
マーラの声に、その美男衆が人修羅を放して僕に掛かってくる。
「功刀君、約束通り…ヤってしまうよ?」
胸元の管を引き抜き、自らの下にMAGを放つ。
光の集合体が、僕の視界を上げ広げる。
『召んだかサマナァ!?ホレホレ何処じゃ、孔は何処じゃ!』
唖然とした人修羅の、白い唾液がつう、と顎を伝うのが見えた。
「其処なるマーラよ、これが真なる姿だろう?」
クスクスと哂いつつ、戦車の如きその悪魔から見下して聞く。
『グゥルウウウウウウ!!!!ナゼオマエ!』
「貴方みたいな悪魔、僕が仲魔にしていない訳無いでしょう?」
掛かってきた人修羅の仲魔達を前に、本物のマーラで突き進む。
がっしゃがっしゃと金切り音を立てて、金色の車が男根を運ぶ。
それに脚組み腰掛けて、まるで神輿に乗る祭人の気分だ。
『…マーラ様?』
『どちらが本物?どちらが贋物?解せぬ……』
美しい男悪魔達が、僕の下に居る悪魔へとうわ言の様に呟く。
同じ種類の悪魔でも、強き者を真実と思わせる何かが流れているのか。
しかし、そうして戸惑い立ち止まる彼等に、僕は私情を働かせる。
「マーラ!更に白く塗り潰してやれ」
刀ですい、と指し示せば、僕の脚の下で嗤った。
『もっと濃ゆい白でホワイトアウトぢゃ!!』
ケタケタと快活に笑い上げ、艶…いや、所謂アレを吐き出させる。
一直線に彼等に向かうそれは、まるでショットの様に彼等を押し倒し
床に縫い付けていた。
人修羅が最終的に頼りにした男衆は、この様に白濁に封じられている。
それをマーラの上から見て、何とも云えぬ高揚感。
「フフ…どうかな功刀君?これが本物のスペルマってヤツだよ…」
僕はよくやった、と褒めんばかりに、自身の腰掛ける総身に
脚の側面でグリュグリュといい子いい子をしてあげた。
その脚コキに僕のマーラは歓喜して脈打ちMAGを揮わせる。
床に放られた人修羅が、その眼元を引き攣らせた。
「さ、い、あく…っ…下品野郎…っ…」
白い床に突っ伏して、君は僕を嫌悪する眼で見つめた。
『ニュルルル!ォオノレェエ…!オノレェ!!』
本来の姿が妬ましいのか、人修羅の背後で半端魔王が雄叫びする。
方向指示し、刀を差し向けゴウト不在の挑発をした。
今頃になって、外の猫じゃらし地点で待たしていた事を思い出しつつ。
「煩いよ…仮性包茎」
ニタリと哂って、その皮被りに見たままの感想を述べる。
『カァ!カカカカ…』
「皮被り、この包茎魔王、インポテンツって云ってあげているだろう?」
もはや最後は関係無いが、その羅列に床の人修羅が赤面する。
『カブッテナイワ!!ブルルルル!!』
そのヒダをぶるんと震わせて、放たれたのは魔界のしらべ。
「フフ、屹立した強さを教えてやるぞ、マーラ?」
学帽のつばを指で押さえ、突進させた僕のマーラから飛び降りる。
とばっちりを喰らい、白濁に血を滲ませる人修羅の元へと途中下車。
「げふっ、は、あ…はぁっ…今の…キツい…」
「それはそうだ、イヨマンテの君にはね」
魔力の低い君は、よろりと立ち上がる。
そのアレまみれの姿に、赤いマガツヒが滲んで苺のシェイキみたいだ。
「あんた、マーラの正体知ってて…儀式を止めなかったな…?」
「結構シゴキ上げてあるから、僕の魔王は強い筈だが?」
「そ、そんな問題じゃ無い!」
顔を指先で拭い、その斑紋がようやく見える様になった君。
僕の云い方にか、憤り叫ぶその一方…
『マダイッテナイイイイイィィ!!!!』
酷い断末魔で、どろどろと融けていく包茎魔王が向こうに見えた。
僕のマーラが、触手の様な部分をぐにぐにと躍らせて勝利の咆哮を上げた。
「ほら、ああいうのは本番に弱い」
「…」
「あぁ、すまない、君は童貞だったっけか?功刀君」
そうやって、かああっと頬を染め上げるのは、どうしたら出来る?
そんな汚れた姿でも、恥らう君が妙だ。



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