子守唄を聴かせて




「今宵はこれで終いにしよう」

息も絶え絶えの俺に下される、良しの合図。
それと同時に、奥歯を食い縛って耐え抜いていた緊張を解く。
膝から折れて、それが床板を鈍く叩いた後
続いて両の掌を前方に着く。
「…っあ……はぁッ…」
俯いた額から鼻筋を伝って、薄赤の雫が落ちた。
「全然成っちゃあいないね…」
納刀したライドウが、先刻俺の放った爪跡の残る床を、靴先で撫ぞる。
「アイアンクロウを構える隙が大き過ぎて、先ず命中率が低い」
俺に下される今夜の評価。
「折角の魔弾とて、視線を読まれては無意味だろうが…愚図め」
散々な評価内容が、毎度の如く俺を糾弾していく。
それ等が間違った事を云っていない、その事実が腹立たしいと同時に…情け無い。
「場所の関係で此処にしているが、外界でだって君を完封する自信が有るね」
外套の返り血をチェックして、再度羽織り直すライドウ。
名も無き神社の拝殿内というのは、葛葉の血族を活性化させる力場…
その名を継いだ瞬間から、その人間は此処で化け物になれるという訳で。
普段から化け物じみた俺の主人は、更に更に、化け物になるという事。
四方を囲む壁には、十四代目葛葉ライドウの武器がずらりと掛けられている。
刀と銃を中心とした、様々な武器が。
「…しかし、今宵も実に満足とは程遠い…」
眼の前に来る影が、俺の視界を暗く閉ざす。
俺はこの展開に、別に絶望すらしていない。
「僕の体力も余り有る訳だし?あちらの方も訓練するか?功刀君」
知っている、こんな流れ。
弱い俺にムカついて、暴力の後は暴行だろう…?
この男の滾った血を、俺が治められないのはボルテクスの頃からだ。
「は、あっ、あ、あああッ、ぐうッ!!」
「ほら、僕の部屋で無いから、いくらでも喘ぎたまえ」
既に斬られた手脚の腱。
「ぁぐ……や…ぃやだぁあッ!要らない!要らないぃッ!!」
疲労困憊の俺を、更に動けなくしてから羽交い絞めにする冷笑。
戦いが駄目なら、こっちで満足させろといわんばかりで…
壁まで少し離れ、戻るライドウが手にする、しなるソレ。
掛けられる武器の中で、普段の奴が持たないソレが、この瞬間狩り出される。
「…ほら、しっかり僕を御覧」
見れば、打たれる、しかし見なければ更に打たれる。
「あ゛…ッ!」
振り下ろされる鞭は、ライドウと同じく背を駆け巡る。
風切り音がする度、強く、強くライドウの眼を見る。
人形みたく転がった俺は、首だけ逸らして、振り被る奴を睨む。
「ひぎっ!ひっ!っぁあああ」
「…良いね、その眼」
鞭の先端を握り締め、ピンと張ったその血塗れの縒り皮を
ライドウは赤い舌でべろりと舐める。
「因縁のこの武器も、君に振るえば欲を揮う…フ、フフッ」
発したその口の端は、ゆっくりと吊り上がる。
一方、帳はゆっくり下がる。

満月の夜
俺はライドウに此処で…
訓練という名の調教をされていた。






「――ッ!!」
手にしていたお盆を取り落とす。
乗っていたカップは、たゆたう珈琲を零して舞う。
咄嗟に伸ばした指先に、それが纏わりついた。
「ご、ごめんなさい…!」
謝罪しつつも、その熱さに眉を顰める。今は人間だから。
「ちょっと!矢代君!大丈夫!?」
ソファに座っていたタヱが、卓上に転がったカップを起こして、取り出したハンカチを指にあてがおうとする。
そのハンカチの白さに、俺は思わず指を引っ込めた。
「大丈夫です、タヱさんは服にかかりませんでしたか?」
「そんな心配良いから!ほらっ!」
そう云って、指を寄越せと促してくる。
デスクの鳴海も、煙草を一旦灰皿に置いて、立ち上がる。
「火傷してる筈だろ、いいよ矢代君、片付けは俺がやるからさ」
俺の落ち度に、優しい人達の手を煩わせたく無い。
俺がうろたえつつも、その恩恵にあやかろうとした瞬間。
卓上の香ばしい水溜りに、何処からか濡れ布巾が飛んでいった。
びちゃりと接地した布巾は、じわじわと珈琲染色されていく。
「鳴海さん、タヱさん、僕が看ますから御心配無く」
その飛んできた方向から、少し陰った美声。
優しい二人は安堵の表情に変わり、部外者の俺の表情は強張る。
すっかり珈琲を吸った布巾を掴み、俺から盆を取り上げるライドウ。
カップを更に回収して、俺に云う。
「行こうか、功刀君」
“来い”という絶対的な命令に、俺の眼は鋭く細まる。
余裕の笑顔でライドウは事務所を後にしていく。
洗い場に回収物を置くと、俺に振り返る。
「水で冷やしたら、部屋においで」
傍から見れば、世話でも焼いているその書生姿。
でも、焼かれているのは…俺の尊厳だ。


部屋に入るなり、先刻火傷した指を掴まれた。
「っ!!」
反射して跳ねる身体を、そのまま引寄せられベッドに叩き伏せられる。
「痛い…っ…こ、の…!」
「知っているよ、屈むだけで痛かったのかな?」
クスリと哂って、うつ伏せの俺の腰に跨ってくる。
背後から伸ばしてきた手で、俺の着物の合わせを開く。
抵抗して肩を張れば、背中を膝頭でぐりりと抉られた。
「ぎぃぁあああぁっ!!」
のたうちそうな鋭い痛みに、喉奥から自然と悲鳴が込み上げた。
「悪魔でも治りの遅い裂傷だよ…痛くない訳無いだろう?」
くたりとした俺の肩腕を、子供を扱う様に袖から抜くライドウ。
背面が外気に晒される感覚がして、ふるりと震えた。
「…くっきりと残っているね、中々の絶景」
「サド野郎がぁ…っ」
布団のシーツを掻き毟り、記憶が俺を苛む。
この状況と、昨夜の羞恥に頬が熱くなる。
「タヱさんのハンケチに包まれてみたかった?」
嘲笑するかの様な、その声音。
「お生憎様…君の身体はね…正体露見を防ぐ為、他者に触れさせるべきでは無いのだよ」
愉しげに述べつつ、俺の指元に唇を寄せた。
火傷の水脹れを、その舌先でつついている。
その痛みと気味の悪さに、俺は情けなく怒鳴る。
「おい!それ以上ふざけた真似してみろっ」
「…何?中に溜まった体液を抜くだけだろう?」
ぷちゅり、と火傷の指ごと口内に含まれる。
ぐにぐにと、やがて水脹れが歯で噛み潰されて、啜られる。
ちゅううう、と、俺の指が、吸われる。
「…は…あっ」
それにどこか眩暈がして、空いた手で顔を覆った。
額に汗っぽいものが滲むのを、指先で感じる。
唇から引き抜かれ、脹らみを失くした指がシーツに放られた。
「修羅化でもして、さっさと完治させ給え」
腰の上から退いた感触に、覆った指の隙間から垣間見る。
「それで事足りるのだから、傷薬など要らぬだろう?ねぇ…人修羅の君」
ニタリと微笑んで、掛けてあった外套を手に取ったライドウ。
「どうせ背中も一日あれば治るのだから、悪魔万歳だろう?」
「…確かに、あんたを殺す為には不可欠だ…」
「ふふ、結構」
ばたり、と閉められた扉。
依頼にでも向かったのだろうか…
残された俺は、乱された着物を腰に絡ませたまま、上半身を起こした。
すぅ…と息を吐いて、ゆっくりと意識を高める。
指先に奔る黒い雷が、火傷の赤みを掻き消した。
そう、人間の時ですらちょっとした類の、あんな傷は…瞬間に完治する。
背中の痛みを早く取り除きたくて、俺はそのまま悪魔で居た。
ライドウのベッドの上で、悪魔のまま、横たわる。
少し開いた窓から吹き込む風が、薄いレースのカーテンを揺らす。
穏やかな風景に、不釣合いな俺。
下の階から、笑い声が聞こえてくる。
鳴海とタヱが、どんな会話をしているのかは…察しがつく。
下らない、でも愉しい日々や噂。
悪魔の耳が、明るい人間達の会話を、嫌でも拾ってしまう。
「………っ」
どうして、俺は今此処に居る?
何故…あんな男の支配下に?
本来の目的を偶に見失いそうな自分が、怖い。
これが、日常だなんて、認めたく無い…
茶を飲んで、他愛も無い会話に花を咲かせる。
そういうものが…俺の求める、人間としての…日常なのに…





『おい、人修羅!起きぬか!!』
脳内に響くその声に、ハッとして飛び起きる。
傍の枕に、すらりと乗り上げた黒猫が翡翠の眼を向けてきた。
『なんだお主…日中からずっと寝ておったのか?珍しい』
ヒゲを揺らし、呆れを滲ませた声を発するゴウト。
俺は乱れたままの着物を胸元に寄せ集めて、人間に擬態した。
「す、すいません…」
『別に、怒ってはおらぬ…いや、自発的に寝ておるのが珍しくてな』
「俺が寝てるのは、強制的なのが大半って意味ですか?」
『まあ、その解釈で構わぬ』
さらりと云ってのけるこの猫に、俺は少し怨めしく感じる。
解っているなら、少しは十四代目の抑止力に成ってくれ、と。
膝を抱えて、着物に袖を通しながら訊ねる。
「奴は何処ですか?」
『む!!そうそう其れだ!其れ!』
ニャッ、とでも鳴き声が響きそうなモーションでゴウトが嘶く。
『申し訳無いが人修羅よ、少しばかりの間、依頼を任せる』
その突然の台詞の内容に、一瞬鼓動が停止した。
様々な結論が浮かんでは消えた。
そんな放心の俺に、ゴウトはぴしゃりと釘を刺す。
『云っておくが、ライドウは死んではおらぬぞ』
じとりとねめつける猫の視線に、俺は少し苦笑して返す。
「それは実に残念です、吉報かと思ったのに」
『おいおい、お主にとっても死活問題だろうて』
全くその通りなのだが、ここで奴を心配する義理は無い。
「で、どうして俺が?」
再度促すと、ゴウトは視線を窓の外へと流す。
『月齢が一周繰るまで、ライドウは言の葉を発せぬ』
「…どうしたんですか、何か呪いでも?」
『だな、我が声を掛けた際には、その悪魔は既におらなんだ…』
すると、次の満月まで…あの男は無言なのか。
罵詈雑言が特技なのに、それはそれは。
「…へぇ、そんなヘマしたんですかあいつ」
嫌にニヤついて、止まらない。
腰帯をくるりと巻いて、端を折り返しつつ俺は云う。
「良いですよ、俺で良ければ普段通りお手伝いさせて頂きます」
ゴウトがそれを聞いて、尾をふるふると薙いだ。
『かたじけないな、こんな時は利用して』
「そういう関係ですからね、俺達…」
着物を整え、ひんやりとした木目の床に脚を下ろす。
背後のゴウトに向かって、吐き捨てる様に続けた。

「その間ライドウの声が耳に入らなくて、寧ろ清々します」

云いながらドアノブに指を掛けた瞬間。
それががちゃりと回転して、勝手に扉が開いた。
思わず背後に後ずさると、隙間から光る闇色の眼が覗く。
「…あ……」
暗闇に紛れた黒い外套、すらりと俺より高い身長。
(聞かれた!!)
心臓がぎゅうっと縮まる感覚。
強張る身体が、攻撃からの防御を考えて悪魔へと変わろうとする。
が、奴は脚を伸ばしてくる訳でも、抜刀も銃撃への動きも無く。
つかつかと部屋に入り、外套を脱いで定位置へと掛けた。
新しい返り血が付着するそれを見て、戦いの後と思い知る。
『ライドウよ、人修羅には伝えてあるからな』
ゴウトはライドウの足下で呟くと、廊下へと尾を揺らして姿を消す。
階段下の寝床に向かったのだろうか…このタイミングで?
(逃げたな、ゴウトさん…)
少し歯痒くて、今度の鰹節は控えめにしてやろうと報復が脳裏を過ぎる。
「…あんた、喋れないんだって?」
沈黙の空間が逆に暴力的なので、俺は適当に声を掛ける。
ホルスターのベルトを外して、腕を抜くライドウ。
俺を見て、一瞬微かに哂った後…無表情になった。
その顔にどこかぞっとして、俺は言葉を紡げなくなる。
「…」
「…」
ライドウはてきぱきと装備を片して、学生服を衣紋掛けに掛ける。
学帽をベッド横のチェストに置いて、シャツと下着姿のまま箪笥を開けた。
麻の涼やかな浴衣と、細い兵児帯を片手に攫って立ち上がる。
俺を素通りして、そのまま部屋を出て行った。
「…っておい!褌で闊歩すんなって何度云えば…」
半開きの扉をがばりと開いて、廊下に身を乗り出しつつ叫んだ。
視界に、洗面室の扉が閉まる瞬間が見えて、俺は言葉尻を濁した。
ベッドに戻り、腰掛けて眼を瞑る。
ややあって、篭った水音が下から響いてきた。
言葉が発せないから、銭湯を諦めてシャワーにしたのだろうか。
「…なんだよ……あの野郎は…」
打っても返らぬ響きに、妙な苛立ちを感じた…
きっと此処に戻って来るだろうと思い、俺は事務所へ逃げる。
鳴海はもう就寝したのだろうか、昼の温かな空気は既に無い。
夜の帳に包まれた空間で、俺は独りソファに横たわる。
水音が消えて、少しの間の後…扉の音、階段を叩く足音。
ライドウは部屋に戻ったのだろう。
俺も、あいつに向けていた意識を閉ざして、闇に還っていく。
背中は既に治っていたので、仰向けに…ソファに横たわった。





『人修羅よ、もうひとつ0を増やしてもらわんか!』
ニャアニャアと鳴く黒猫を、いぶかしむ瞳で見る軍人。
俺はゴウトに“分かってます!”と視線で促す。
「この額では、少し…」
俺が切り出すと、眉間の皺が深いその軍人は眼元を引き攣らせた。
「何かね、これでは満足出来ぬとでも?欲深いな、この探偵事務所は」
「いえ、ですから…その、討伐ってのは命懸けなので」
「なら普段日本国を護っている我々とて命懸けだろうが」
「それはそうですけど…だから」
駄目だ、埒が明かない。
そもそも、悪魔交渉すらロクに出来ない俺に、報酬の交渉なんて無茶だ。
鳴海を軍人に会わせる訳にはいかない、とゴウトの説明で知り…
本当に、仕方なく、だというのに。
向かいに座る軍人が、いよいよ憤慨して書面を机ごと叩く。
揺れた湯呑みが茶の波を作る。
「お前みたいな小僧では駄目だ!話にならん!!所長は居ないのか!?」
その剣幕に、一瞬イラっとする。
悪魔になれば、きっと一発で壁まで吹っ飛ばせるのだが。
人間相手にそんな事、俺が出来る訳も無い。そう、きっと無理だ。
俺の眼を見たゴウトが、少し慌てているのが視界の端に映る。
…え?そんなに眼に出ていただろうか、俺。
「あの、すいませんが!目撃現象の危険性からしてその額は」
俺の語気まで少し荒くなってきたその時。
依頼内容の書面に重ねる様にして置かれる、メモの切れ端。
振り返れば、後ろに寄りかかり、傍観していた筈のライドウだった。
軍人の眼の色が、その切れ端を捉えた瞬間変わっていく…
「な、なな…」
バッ、とそれを奪う様に掌に収めて、間近に凝視し始めた。
「おい、書生、何処で見聞きした」
その軍人の震える声に、ライドウはニタリと返した。
「おい!」
再度の問いに、ライドウは人差し指と人差し指で交差を作り、唇に当てた。
「…聾唖者か?……チッ」
それ以上問い質すのは無理と判断したのか、切れ端を握り締めた。
「…了解した、頭ひとつ増やそう」
突然の堅物軍人の決壊に、俺はぎょっとした。
『脅したな、ライドウよ』
卓の下に移動したゴウトの呟きに、弾かれた様にライドウを見た。
奴は、また傍観者に戻って、腕組みのまま壁に凭れている。
(何だよ、俺が頑張る必要は皆無じゃないかこれ)
何より、ライドウの行動が…
俺を必要としていない、とでも云いたい様で。
それが俺を沸騰させる。


結局、その討伐依頼の現場まで、俺までだんまりを決め込んだ。
『おいおい、お主は術を受けておらぬだろうに』
ゴウトは呆れて俺に云うが、歩きつつ返す。
「じゃあ何ですか、俺に馬鹿みたくぺらぺらと独りで喋ってろとでも?」
『おい人修羅、そこまで云ってはおらぬ…』
そのゴウトのたしなめる声音に、脳内が少し冷えた。
「…すいません」
『どうしたのだお主、らしくないぞ』
俺が聞きたいくらいだ。
何がこんなにまで、俺を苛立たせるんだ。
いや…どこか、恐怖すら含んでいる、この感覚。
『おい、そろそろ近いぞ』
ゴウトの声に、俺は周囲を見渡す。晴海の海沿い倉庫。
周囲に人が居ないか、確認してから魔力を高める。
人に見られるのは宜しく無い。一瞬で終わらせなければならない…
俺の揺らぐ魔力が立ち昇ったのか、上空から幾つかの気配が生まれる。
『空を駆るモノばかりだな』
ゴウトの見上げる先に、アンズーとホウオウ達。
「だから人間の頭ばかり啄ばまれてたんですね」
ゴウトに相槌して、俺は解放した力を駆使して跳躍していく。
倉庫の三角屋根の先端に、スニーカーのソールを引っ掛けて
一番近い人影の俺目掛けて飛んできたアンズーを、見つめた。
真っ直ぐな殺意。
(俺も、それだけを考えられたら、楽なのかな)
指先の黒い斑紋が、熱っぽく色付く。
薄っすらと霧のかかる夜明け前なのに、一帯が明るくなった。
俺の腕に螺旋を描く焔が駆け巡り、煌々と輝かせる。
先陣をきって突っ込んできたアンズーに、屋根から飛び立って襲いかかる。
くわっとこちらに威嚇して、疾風を放ってくるその悪魔。
そんな事にいちいち動じてもいられないので、正面から焔をぶち当てる。
相殺し合わないそれ等が、力だけでぶつかり合う。
その熱風に揉まれた、俺とそのアンズー。
熱さに吼える獣の顔を、ソールが融け切らない内に踏む。
反動で飛び上がり、次の足場へ。
尾羽を広げて飛ぶ、あそこのホウオウが良いだろうか。
空中で考えていると、先刻地上へと叩き落としたアンズーが返らない事に気付く。
この状況、俺が地上へ敵悪魔を送れば、それがいつもお手玉されて返って来る筈なのだが…
ライドウが、他の仲魔にもさせる“お手玉”なる連携だ。
どちらかが弾いた敵を、一方が打ち返して、敵を地面に接地させない…エグイ戯れ。
これが出来なければ、ライドウのテンションは上がらないらしく、奴の仲魔は皆練習するそうだ。
(なんで返ってこないんだよ)
ホウオウの尾羽を掴んで、ぶら下がりつつ下界を顧みた。
「はぁ?ライドウ何して…」
思わず小声で悪態を零しそうになる。
ライドウは、俺の更に上空の飛行悪魔を、黙々と銃撃していた。
おまけに、独りで片付ける気に満ちているのか、凄まじい連射。
飛び散る薬莢の煌きが、その佇む周囲に飛散していく。
(俺の動きなんて無視かよ)
いつもは、俺がお手玉に参加しなかっただけで微妙にキレるくせに。
怒れるライドウが俺を斬り刻んで、ヨシツネが止めに入る事すら有った。
それ位あんた、俺に求めてたくせに…血肉躍るやり取りを。
「自己中野郎め…」
俺の苛立ちは、人間を襲うこの悪魔達より、下界の主人へと向かう。
ライドウの銃撃する獲物に向かって、アイアンクロウを構える。
暴れるホウオウに乗り上げ足場にすると、片腕を大きく翳し振り被った。
と、俺の目先のアンズーが急に狂ったようにダンスを始めた…
何かと思い、眼で追えば、弾丸の雨に下から打たれていた。
下界のライドウを見れば、外套からすらりと伸ばされた銃の構え、それも両腕。
(二丁拳銃…!)
あくまでも、本気で仕留めるつもりなのだ。俺との連携なぞ念頭にすら無い。
「俺の獲物に手ぇ出すんじゃねぇ!葛葉ぁ!!」
沸騰する脳内が紡ぐ、汚い言葉を吐き出して飛ぶ。
(下になんか、誰が送るか)
鉛で重くなり、急降下していくアンズーに向かってひと睨みする。
そいつが地上に舞い降りるその前に、俺の魔弾が貫いた。
肉片と共に舞い散る羽が、ふわりふわりと大量に。
『人修羅!無理するでない!!』
ゴウトの叫びが地上から薄っすら聞こえた気がする。
「してません!」
とりあえず叫び返しておいて、足場のホウオウは蹴りで飛散させた。
「うぉおおおお!!!!」
自身の雄叫びなんて、久々に聞いた。
更に上空の悪魔達が怯んで、その崩れた態勢に俺は満足する。
凶暴な心が頭を擡げる感覚に、勝手に酔う。
消耗の激しさに、ライドウのMAGを地上からガンガン吸い上げる。
あの男がいくら怒ろうが、これは契約上仕方の無い事。
敵を屠る、力を解放する瞬間に、身体を廻る奴のMAG。
吸い上げる感覚に、してやったりとほくそ笑む俺。

羽と体液に塗れた俺が、上空を殲滅して戻ると…
外套を捲り、銃をホルスターに戻すライドウが倉庫一帯を確認していた。
よくよく見れば、普段のホルスターと違った。
バイクのチャップスみたく、腰のベルトが腿の部分へと連なっている
その腿をベルトでぐるりと巻かれ、そこにホルスターがついている。
ダンテのホルスターと似ていて、少しばかり郷愁に耽った。
『御苦労だったな、結構な数に少し焦ったわ』
「ゴウトさん……いえ、とりあえず死骸、確認しましょうか」
結構頑張ったつもりだったのに、奴の鉛で打ち落とされた悪魔の多い事。
(なんだよこれ、俺が手伝う必要あったのか?)
血濡れの己を見て、酷い焦燥感に襲われる。
確かに先刻、俺は日常を脳裏に描いていた。
ライドウと敵をお手玉する、イカレた戦い方を、身体が覚えている。
教え込まれたそれを、自然に、息する様にやろうとしていた。
最初の頃、あんなに拒絶していた筈の戦い方を…
「…」
霧の向こうから、折り返して戻って来るライドウが居る。
その傍にはいつの間にか、まばゆく照らすアマツミカボシが追従いていた。
『これはこれは人修羅、今回も程々な虐殺っぷりで』
俺を見るなり、両手を浅く開くジェスチャーで挨拶。馬鹿にしている。
「人間に害を為すなら、エゴですけど殺しますよ俺は」
足下にかき集めた悪魔の死骸に手を翳す。
ちらり、とライドウを見れば、代わりにアマツミカボシが返答する。
『あぁ、向こうに点々と転がった死骸なら、既に焼却しましたが?』
「えっ?」
『だって、わたし焔も出せますからねえ?』
俺の役割を奪ったそいつが、にしゃりと微笑んで薄い袖をふんわり揺らす。
てっきり持ってくると思っていたから、燃さずに待っていたのに。
そんな俺が、馬鹿馬鹿しくて、じりじりと心が焼け付く。
「あっそうですか!それはお手を煩わせてすいませんでした!」
アマツミカボシに一瞥くれてから、死骸の山に腕を突っ込む。
中が生焼けにならないように、ああ、料理と同じ感覚だ、もう。
点した焔が、苛立ちで火力を増す。轟々と、自身ですら熱い程に燃え盛る。
実体化した悪魔の焼ける臭いとはいえ、やはり生臭い。
(畜生め、来るんじゃ無かった)
奴の傍で悠然と微笑むアマツミカボシは、俺を蔑んでいる。
俺も、ライドウの仲魔の中で…あいつが一番嫌いだ。
『む、では人修羅…ごきげんよう』
ライドウが管を指にするのを確認したアマツミカボシは、挨拶して消えた。
「ボルテクスから機嫌良い日なんて無いですけどね」
既に居ない悪魔にそう返答して、火を絶やさずに送り続ける。
燃えて、黒く炭化した大体の悪魔だったもの。
俺は一心不乱に、自暴自棄になって、灰も残さぬと…業火を見舞う。
『おいおい!もう十分だろう!』
ゴウトが訴えるのを無視して、魔力が俺の身体から流出するのを止めない。
無茶苦茶な戦い方や、無駄な火力に…当然普段のライドウは黙っていない。
俺を浅はかと罵り、哂いながら横槍を入れてくるのだ。
それもその筈、だって、俺の力の根源は主人のライドウなのだから。
(勝手にキレて、勝手に振舞えよ、いつもみたく高飛車に)
枯渇しそうな魔力に指先が震え始める。
と、いよいよ傍の男が、外套を揺らして腕を見せた。
刀か銃か…俺は奥歯を食い縛って、予測し、身体を強張らせた。
…だが、そのどちらでも無かった。
ライドウは、外套内から取り出した小瓶の栓を歯で挟み抜く。
その栓を咥えて薄く開いた唇に、液体を流し込み始めた。
「…ぁ」
俺の事を、視線にもかすめる事無く、なんとソーマでMAGを供給したのだ…
必死に俺が啜った筈の魔力は、一気にライドウに補充されていく。
あんな小瓶で…無かった事にされた。
「…チッ!」
消し炭の山を、蹴りで海風に流した。
薄く藍色に染まってきた空を見上げて、月を探す。
満月まで、まだまだ遠いそれを見て
酷く凶暴な感情に…支配され始める…



次のページ>>