入道雲は夕陽の照り返しに散り始め。
だいぶ離れたビル群の影を振り返れば、薄闇にクッキリ刻まれている。

「墓荒らしが随分と流行ってるなあ」
「やーだね、骨になってりゃ綺麗なもんだけど、半生の時にやられたらたまったもんじゃないな、この季節だし」
「遺品と埋めてあげるくらいなら、それを質に入れた金で火葬してやった方が良いかもしらんねえ」
「無縁仏じゃ焼いてやるのは難しいだろう」

電車の走行音に混ざる男女の雑談、その内容が少し前の記憶に結び付く。
俺は鳴海の読み終えた新聞紙をまとめ、鰹節を削る際の下敷きにしたのだが。
見出しに踊っていた記事の見出し……それが確か《次々発カレル共同墓地》だった。
『この数ヵ月というもの、物騒だな。故人の遺品だけに留まらず死体も一部消えていたとか……これは臭う』
ゴウトはさも真面目そうに述べていたが、どちらかといえば鰹の匂いにやられていたのか、髭が活発に動いていた。
そんな猫に削りカスを勝手に与えて、ライドウは俺に支度をしろとせっついてきた。
今こうして電車の中、俺は行先も打ち明けられずに揺られている。
「君に御執心の伯爵がくすねたのではないのかね、土葬の遺体」
「ビフロンス? 馬鹿云え、わざわざこんな方まで盗りに来ないだろ」
「そうだね、近年では火葬も増えてきた。この国よりも土地の広大な、異国を巡った方が回収率は良いだろうね」
「……何の話だよ全く」



寂しい駅から暫く歩き、やがて人の姿も見えなくなった。
鬱蒼とした竹林を抜けると、まだ葉の青い楓が、門の様に腕を広げていて。
湿った風がさやさやと、楓の声に生まれ変わってざやざやと。
その誘う様な気配に、俺は二の足を踏む。
「怖いのかい?」
すぐ隣で、ライドウが哂う。
まるで口裂け女の様に、ニタァと口角を上げて……いつも通りに。
「馬鹿云うな、ボルテクスだって薄気味悪い所はゴマンと在った」
「しかしあの世界、閉じている割に煌々としていたではないか」
「そうだな、不気味さは無かったかもな。でも幽霊と違って、あの世界の暗がりから襲いかかって来るのは悪魔だ」
話している間にも、ライドウは歩みを進めている。
仕方なく、俺も同じだけ進んだ。
門を潜り茂った庭を過ぎると、屋敷の外装が鮮明に見えてきた。
木造だが、カントリーなログハウスという印象とは違い、もう少し繊細な……平面図形を組み上げた様な家だ。
大正時代の東京は、時々異質な空間が有る。純和風とも、俺の居た現代西洋風ともつかぬ……曖昧なデザイン。
これがレトロモダンとかいうやつか? 空の黄昏が、屋根の正確な色味を判断させない。
「君の云うには、霊は危害を加えて来ない……と?」
「視えたら気分の良いもんじゃないだろうけど、俺は霊感とか無いから」
「功刀君にはモウリョウすら視えていなかったのかね、あれも霊的存在と云えるが」
「……少なくとも、人間の頃はサッパリだった……本当だからな」
「回避率の悪さからして、確かに視えていなかったのかもしれぬ」
「だから、ボルテクスから今までは視えてるって云ったろ!」
光の射し込む時間帯ではない。
今、目の前にしている屋敷に電気が通っているとも思えない。
しかし俺が提案するまでも無く、ライドウは既に管を手にしていた。
「ジャック・ランタン、道中を照らし給え」
召喚の光が外套を靡かせ、玄関近くの窓硝子にも反射した。
そこに映り込んだ影は……家具の様な硬質な直線や、緩やかな曲線でもなく。
妙に凹凸の有る歪なもので、違和感を覚える。
何が映り込んだのか……横並びに、細長い凸がわさわさと。
だが俺が凝視する前に、肝心の光源がはしゃいで見えなくなった。
『ライドウ! こ、此処はもしやホラースポットと名高い大道寺家?』
「はずれ、大道寺家はポルターガイストが遊び場にしていただけさ。此処は純粋な廃墟……しかし未だ荒らされてはいない」
『つ、つまりライドウも初めてのスポット! 何があるか分からないって事ダホー!』
焦りを見せつつも、自らの内をもメラメラと燃やすジャックランタン。
ドキドキワクワクか? それは良かったな。俺は何から何まで初耳だ。
「さて、扉を開くからランタンは少し下がってい給え。内部に淀む瘴気へと、その灯が引火しても困るのでね」
『あー知ってるホー。こーいうトコの演出は、ドアを開いた瞬間にコウモリとかそーいうのが中からブワァッと……』
ジャックランタンの憶測に、俺の脳裏で勝手に展開される夏の特番達。
どの局もこぞって、恐怖体験トークの雛壇番組……ホラー映画の地上波初放送……お化け屋敷の大々的な番宣……
ああうんざりしてきた。苦手という程では無いが、好き好んで目にしたい類では無いのだ。
それでも嫌というほど日本の夏を体験してきた俺にとって、ジャックランタンの台詞は臨場感を上げた。
扉のノブに手を掛けたライドウへ、俺は潜めた声で忠告しようとする。
「……おい、実際に野生動物が住みついてる可能性有るし、ゆっくり開けた方が――」
「バーン!!!!」
「うぁッ!?」
実際の開閉音よりも大きな声を出して、盛大に扉を開いたライドウ。
その悪戯に俺は一歩下がり、咄嗟に擬態を解いてしまった。
奥からは何かが出て来る事も無く、夏の湿気が建材のすえた臭いを漂わすだけだった。
「鼠の一匹も居なかったね」
「はぁっ、はぁっ……何も此処に無かったからって、あんたがわざわざ俺を驚かす必要は無いんだからな……」
「此度の依頼は道具の回収だからね。全室回り、速やかに退出する」
「はぁ……さては、あんたが怖いんじゃないのか?」
もはや廃墟との事で、がん首揃えて土足でづかづかと侵入する。
やや前方上空を、ゆらゆら揺れるジャックランタンの灯。
俺のツノやライドウの学帽の鋭角な影を、廊下の壁へと引き延ばす。
そっちは出来るだけ見ない様にした……廊下の額縁の中には、恐らく写真や絵画が有るだろうから。
「君ねえ、僕の職を忘れたのかい。日によってはヒト以外のモノしか見ない程だよ」
「そうだな……幽霊の定番も、あんたが悪魔と呼ぶ中に居るもんな」
「いっそ人から離れ、完全な異生へと変化した存在の方が扱い易いがね」
「あんた、人間の友達いなそうだもんな」
「君とそう大差無いのではないかい、悪魔も含めれば僕の方が俄然多い……ま、友と云うよりは商売仲間かね」
「俺も商売道具って事か?」
「只の道具ならば、もっと聞き分けが良い筈だろう。道具に謝罪し給えよ」
窓の外の方が、屋内の暗がりよりも、まだぼんやりと見える。
殆ど沈んだ陽と、主張を強くし始めた月が、互いに大地を照らしているのか。
屋敷内の方が、一足早く夜が来ている。
「なあ、今回は……元の住人から依頼されたとか、そういう事か?」
「関係者ではあるね」
「自分で回収しないのかよ。あんたの所は探偵社であって、清掃業じゃないんだろ」
「“変なの”専門ではあるね」
やはり怪しい、この男はまるで俺を試す様に厄介事へと連れ出すから。
本当に野暮用なら、一人であっさり済ませてしまう筈。
肝試しに俺を投じたつもりかもしれないが、そんな手には乗らないぞ。
それならボルテクス化したあの世界で、目覚めたばかりの病院の方が数倍恐ろしかった。
「……俺はこのままにしておいた方が良いか? 擬態しても……大丈夫?」
「御自由に、フフ」
全く臆する様子も無いライドウは、半開きの扉を蹴り開けては部屋を探っていく。
調度品の彩度の低さは、薄い埃がさせている効果だ。
真紅であろうビロードも、目に優しい色調にトーンダウンさせられている。
部屋の中央にジャックランタンが留まれば、様々な影が踊り始めた。
その中にありえない影は無かったろうか。間違い探しを始める俺の眼を、瞼で塞ぎ遮断してやる。
「眩暈?」
「……光がチラついてるのは苦手なんだ」
俺の苦言を聞いたのか、カンテラをむんずと掴み揺れを最小限に抑えたジャックランタン。
そんな健気ぶるな、俺はお前の主人じゃないんだ、無視しても良いのに。
「しかし、それもしょうのない話かな。君の不調の原因は、先刻から幾つか発見済みだよ」
「はぁ? 何だ……魔除けとかそういうのか?」
失笑しつつ返せば、ライドウが抜刀した。
一瞬息を詰めた俺に対し、見せ付ける様にして閃かせる。
斬り裂かれた立派な椅子は、使い込まれた木製の艶を湛える脚。
そして、ふっくらした座面だった……先刻までは。
膨らみは憐れにすっぱりと開かれ、詰められた綿が淡い傷口を目立たせている。
其処に紛れていた異様な物体を、俺は凝視した。
「……札?」
「破魔札だね、普通の人間には特に作用もせぬだろうが」
「他の椅子に座ってみろとか云うなよ、絶対しないからな、袴も汚れるし」
「フフ……気付いているだろう? 君の推測通りこういう魔除けばかりで、此の屋敷に危険な輩は居らぬ」
信用してはいけないだろうが、それでも云い切ったライドウに少し安堵した。
抽斗だらけの箪笥を片っ端から開ける姿を見て、俺も渋々同じ事を始める。
埃の厚みからして、そこまで経過を経ていない廃墟なのだろう。
箪笥は程好く湿気が抜ける材質なのか、中に入った書類や文房具は恐らく当時のまま。
そういったモノだけ見つめていると、まるで自分が空き巣にでも入った様な錯覚を生む。
「……なあ、回収って、何を回収するんだよ」
今更ライドウに問い質せば、奴も遠くで曖昧に哂った。
「まだ使えそうな道具だよ」
「それなら此処に……開いてないペン先の万年筆とか、まだ沢山入ってるインク壜が」
「普通のは要らぬよ、よく見給え」
「普通じゃない文房具って何だよ……あー蝋引きとかしてたのかな、蝋燭も沢山あ……えぇっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出て、その抽斗を押し込んだ。
此方に目を向けたままのライドウから、逃れるべく云い訳を考えるが……
いや、此処の道具は俺の所持品では無いのだから、何を戸惑う事が有る。
矛先が逃れて都合が良いだろう、発見物を明かしてしまえ。
「何を見たの、功刀君」
「いや……その、玩具が入ってて」
「玩具?」
「ほら……見れば分かるだろ、こっち来いよ。触りたくない、使用済みだったら嫌だし」
ライドウを人差し指で招き寄せつつ、俺は滑りの悪い抽斗をズズ、と引っ張った。
様々な長さの蝋燭の中、形状からして違う異様な蝋燭数本に俺は視線を突き立てた。
隣から覗き込むライドウが、悪乗りでもするかと思いきや。
「どれが玩具なのかね」
「え……だから、コレだよこの、七つコブの連なってる蝋燭……その……」
「これが玩具?」
「あんたこそ知ってるだろ? 分かってるだろ!? 俺の世界でもパソコンでネットやってたろ! エロい広告の一つも目にしなかったのかよ!?」
「……バイブとか、張り型だと云いたいのかね」
「それだよそれ! だから使用済みだったら気持ち悪いって……おえっ、しかもぶっとい」
持ち主さえも知らないのに、俺は勝手に幻滅した。
こんな日常品の箪笥に、文房具と一緒にしまう原理が想像出来ない。
それを云えば先刻の椅子だって気持ち悪いが、少しベクトルが違う。
さあ判明したところで、既にこの箪笥に用は無い。
抽斗を再び戻そうとした所、ライドウが指を差し入れたのでピタリと止めた。
白い指を挟まずに済み、胸を撫で下ろす俺の前で。ライドウはあろう事か、件の玩具を素手で鷲掴みにして頭上に翳したのだ。
おいやめろ、そんなしっかり手にするな。何処の馬の骨の直腸を抉ったか知れないんだぞ。
「功刀君、これはセブンノブ・キャンドルという呪術の立派な道具さ」
「……は?」
「願いをかけながら一日に一つの部分を燃やし、それを七日間続けることで願望を達成する……ま、願掛け程度だがね」
「は?」
「君も一つ貰っていけば? 人間に戻れます様に……ってねえ、ククッ」
空間の薄気味悪さなど、一瞬で霧散した。
ジャックランタンの灯が熱いのか、俺の耳が熱いのか判らない。
「ああ、君が勘違いした方の用途でも良いけれどね、上手に出来ぬなら僕が挿入してやろうか?」
「だ、誰がっ」
「七つコブを全部納めてから、火を点させてあげよう……フ、フフッ、フフ」
想像したのか、ライドウのMAGが上機嫌に香る。
反面、俺はさっさとこの部屋から出たくて、出来る限り迅速に残りの収納箇所を確認した。




黒い外套と、深藍の袴の二人組だから、暗闇に溶け込む。
それでも俺は擬態をしていないから、ライドウ程は紛れない。
もしかして、俺を目立つ的にしているんじゃないだろうか。
灯台や灯の下に生物は群がるだろう? 生きた頃の記憶が有れば霊魂だって……灯りに吸い寄せられる。
いや、それなら先ずはジャックランタンが狙われるよな、それは想定済みなのか?
「何か云いたい様子だが」
「……意見なら、いつだって有る」
審美眼の無い俺は成果が出せず、逐一ライドウに確認してもらうばかりで。
仕方がないので、回収というよりは魔除けのあら探しをしていた。
あれだけ見つめるのを避けていた額縁たちの、裏という裏を捲っては確認し。
胡散臭い沢山の人形を掴んでは、ローブの中まで覗き込んだ。
これで覗いた先に下着でも有れば、更に俺の気力を削いだ事だろうが。
幸いにして皆つるりと綺麗な股座で、凹凸さえも無かった。
それでも気分が好くなる事は無い、人形のどれもが煌びやかな天使だったから。
「お人形遊びは如何」
「あんたのネビロスにでも調査させたらいいだろ、あいつ人形マニアじゃないのか」
「へえ、よく君が覚えていたものだ、僕の仲魔の特徴なぞ」
「人形……っていうか、天使の置物ばっかり。十字架も有りそうな勢いだな」
「勿論」
返事したライドウが、壁際のカーテンをさっと開いた。
てっきりその奥が窓だと思って居たので、俺は暫し言葉を失う。
その範囲だけ違う柄の壁紙で、所狭しと打ち付けられた十字架が仰々しい。
違和感を覚えて歩み寄れば、金属製のものだけが真っ先に俺の燐光を反射した。
「おかしい」
「そうだね、ひとつで充分だよ」
「違う、この部屋のこの辺りの位置に、窓が有る筈なんだ。屋敷の入口から見た時に……」
「なんだい君にしては察しが良い。そうだよ、二階から降りる所も無かった……この階の間取りが上階と合わないのだよねえ」
灯りに吸い寄せられたのは俺の方か、怪しい十字にそうっと触れる。
指先が融ける事は無かったので、更に掴んでみた。
……いや、少しヒリつく、聖水の類で清めてあるのだろうか。
深く触れる程、細い針を肉に通される痛みが増した。
「いっ……つ」
「流石は半魔、聖なる道具に弱いとは、ククッ」
「舐めるな、こんな……ちゃちな飾りで……」
ライドウの茶々に苛々して、指の痛みも吹っ飛んだ。
他の十字架と違い引っ掻けてあるだけなのか、天辺をくっつけたまま左右へと大きくスライドする。
試しに手前へと引っ張ってみれば、呆気なく壁から外れた。
「あ……」
先刻まで張り付いていた箇所に、小さな鍵穴が。
つまり鍵が何処かに存在する筈だが、これまで俺が漁ってきた中にそれらしき物は無かった。
「ライドウ、あんた鍵とか何処かで拾ったか?」
「功刀君、その十字架を貸し給え」
「先に俺の質問に答えろよ」
渋々ライドウに十字架を渡せば、奴はそれを上下逆さまにして側面を眺め始めた。
そして鍵穴へと、徐にソレを突っ込んだのだ。
「こういうのはね……灯台下暗しって云うだろう…………ほぅら、噛み合った」
背後でジャックランタンが賞賛に揺れていたが、俺は何処か釈然としない。
経験値の差だろこんなの。俺は探偵の真似事なんて、これまでしてこなかったんだから仕方がない。
「で、ドアノブは何処だよ」
「回転式ではないのかね、この様な壁は」
「はあ……成程、忍者屋敷みたいな?」
壁面モールディングの下部、縦木目の丈夫そうな所を目掛け……俺は下駄の歯で蹴り飛ばした。
が、壁が動く様子は無い。
それはそうだ、隣でライドウが同じ様に蹴っていたから。
「そっち蹴るならそう云えよ」
「君からもその宣告を聞いた憶えが無いけれど? それに君が蹴り開けたら、僕の方に壁が迫ってぶつかるではないか」
「あんたが蹴れば、俺がその目に遭うって事だろ」
「当然、だから僕は即座に此方側を蹴った、君もそうだろう?」
「そこまで意地の悪い事、俺は考えずに蹴った……本当だぞ! あんたと一緒にするな!」
流れで開けようとしてしまったが、考えてみれば俺が先陣切って行く必要がどこにある?
ライドウの方へと身を寄せ、お前が蹴り開けろと暗に示した。
「さて、何が出るかな?」
愉しそうに唱えると、右端をぐっと押し蹴るデビルサマナー。
その悪役の様な哂いを背後から覗きつつ、俺は開かれた先へと視線を逃した。
と、真っ先に向かうは窓辺の置物。
明らかにインテリアとは程遠い造形をしていた。
「てっ、手だ」
「手だねえ」
「何だあれ、ああいう悪魔か、それとも本物の人間の手か、おい」
外から見えた影は、恐らくアレだ。
窓辺のテーブルに堂々と置かれた、手首から先。
物を受け止める様な形で、板面から生えている様にも見える。
「僕とて一瞬では判断しかねるよ」
「もうちょっと近付けよ」
「僕を盾に偉そうな物云いだね、普通は猟犬をけしかけるものだろう?」
「俺は犬じゃないし、バラバラ死体を見る趣味も無い」
なんとかファミリーとかいうホラーコメディ映画に、ああいうキャラクターが居た様な覚えがある。
今にもくわりと指先の準備運動をして、テーブルから飛び降りそうだ。
しかしそろそろと近付けば近付く程、その手首が生きていないと実感を得た。
どんな悪魔にも備わる筈のMAGが感じられないからだ。
「ああ……これは《栄光の手》かな」
またもや不用意にむんずと掴み上げたライドウ、その手の先の手を睨みつつ俺は後ずさる。
「それ掴み返してくるんじゃないのか、悪魔じゃなくても呪われたアイテムだったりしないのか」
「これも蝋燭だよ、功刀君。人の手の形をした蝋燭」
「はあ? こんな趣味の悪い形の蝋燭が存在――……」
先刻もあんな形の蝋燭がゴロゴロしていたし、と云いかけて飲み込む。
違う、あれは俺の勘違いだ。忘れて欲しいし忘れたい。
「これはね……指先に魔術用の香油を塗り、直接点火する魔の道具。五本の指を融かしつつ、魔力を高め呪術を執り行う……」
「五本同時に点けたら、親指か小指が先に無くならないのか」
「並び位置で錯覚するだろうが、そうそう指の長さなぞ変わりないさ。それに御覧、これを使っていた者は端から順に融かしていた様子だ」
俺に突きつけてくるので、否が応にも目に入る。
ライドウの云う通り、蝋の手の親指は殆ど失せ、人差し指も半ばまで融けていた。
「……で、それも回収するのかよ」
「勿論、この小部屋は家主にとって大事な場所の様子だからね。重要そうな物は回収しろとの御依頼だ」
部屋を見渡す、ジャックランタンも頭をぶつけていた程の狭さだ。
狭いのでカンテラの灯りが万遍なく行き渡り、煌々として目が眩む。
「この部屋で最後だろ、さっさと出たい」
「結局何も起こらなかったね。銃弾も新調したというに、つまらぬ」
何をがっかりしているんだこのサマナー、そんなに戦いたいなら討伐依頼でも募集すれば良い。
戦闘のひとつも無かった訳だが、ジャックランタンにきっちりとMAGを与えるライドウ。
懐中電灯の代わりをしただけだろ、しかもホラーツアーだとはしゃいで楽しんでいたではないか。
それでMAGが貰えるだとか、役得も良い所だ。
不気味な回収品の入った風呂敷を背負いながら、俺は真っ暗な帰路の中、ずっと気分が悪かった。
帰宅早々ゴウトに愚痴を零そうかと思ったが……駄目だ。
あの猫、鰹節を平らげると軽く寝る癖があった。


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