夜の食国


「御節料理は真面目に作ると金かかるんだよ」
文句しながらに、人修羅が野菜を眺める。
「年に一度の奮発重箱なのに?」
「あんたはいっつも喰い過ぎなんだよ!何が奮発だ…舌ばっか肥えてるクセに」
竹細工の籠から零れる鹿の子柄の風呂敷を、指先ではらはらと広げる。
その慣れた手つきはまるで、柳の下で井戸端会議する婦人方の様だ。
「だからって功刀君、栄養の欠片も無い野菜を僕に喰わすのか君は」
「重箱ぎゅうぎゅうにしときゃ文句無いだろあんた?どれが御節の献立かなんて関係無いだろ」
「君と違って普通の肉体なのだ、動く為に消耗するからねぇ?養分をさぁ」
選別しているその華奢な指に、一瞬怒気が混じったのを確認して哂う。
「フフ、そう怒れるな、僕も手伝ってやろう」
並ぶ野菜籠の中から、てきぱきと秤に乗せる。
「ちょ……っと待て…不恰好なのは良いんだけどな、あんた…」
「何?」
「何か意図でもあるのか?似たような形ばっか狙って取ってないか」
此処で悪乗りしないのが人修羅らしい、というより、知らぬのだろうな。
「管の様に真っ直ぐな胡瓜ばかりでも不気味だろう?」
「俺の居た時代じゃそういうのばっかなんだよ、不気味で悪かったな」
「功刀君はそんなに気に喰わない?」
一呼吸置いて、八百屋の中で声高に問うてやる。

「フフ、右曲がりの胡瓜が」

すぐ外で開かれていた井戸端会議は一時中断。
八百屋のねじり鉢巻の親父も、秤の勘定をやり直し始め。
屋根上で寝ていたアルプがゴロゴロと、吊るされた玉葱に引っかかりつつ落下していった。
「…え、何、だよ」
妙な空気に訝しげな声を上げる人修羅。
無視して微笑を作り、購入を勝手に進める。
「いいや、何でも……親父さん、これ五本頼みますね」
「へ、へい」
どこかしどろもどろになっている店主の親父に、さらりと新聞紙に包んでもらう。
「凍り易いんでお気をつけて」
「はい、有難う御座います……それにしても」
受け取ったそれを人修羅の籠に入れつつ、冬でも薄着の親父に哂いかけた。
「立派な冬胡瓜ですねえ」
「へぇ、馬込半白節成胡瓜っす」
「ねえ、幹も雄雄しくて、良い程度のイボがこれまた、ねぇ?フフッ」
「へ、へぇ…あ、あはは」
「フフフ……美味しそうだ」
唱え、ぺろりと舌なめずりしてみせる。
ちらりと視界の隅に見える御婦人方が、僕を食い入る様に見つめてきている。
冬なのだから、頬の紅潮は温まって良いだろう?
眼の前の親父も、僕が続けて唇を吊り上げクスリと笑めば、まばたきを増やして茹で蛸になった。
「あ、すいません、小松菜とほうれん草も下さい」
「ぁあ!あ、あいよ!」
妙な空気に未だ馴染めない人修羅が、追加でどさりと秤を揺らす。
熱から途端醒めた親父が向き直って勘定を再開した。
ちら、とその様子を見れば、キッと振り返ってくる低い視線。
「これは今夜の飯の分だ」
「はいはい…で、その御代も僕かい?」
「鳴海さんに請求しようと思ったら、もう居なかった」
「花に水を遣り納めでないの?」
「…おい、金、さっさと出してくれって、ライドウ」
「花街に〜京舞を守りぃ“姫始ぇ”」
歌って財布を出す僕の声に、親父がぶっと噴出した。
そんなに違和感も無いだろう?“事始め”も“姫始め”も似たようなモノさ。
僕の改変歌にすらピンと来ない人修羅は、いつも通りのつまらなそうな表情。

冬空の下、帰路に就けば向かいから黒猫。
『どうやら今年の暮れは平和そうだな』
「そうですね、これもゴウト童子、つきましてはヤタガラスの働きあっての平穏に御座いましょう」
『…気持ち悪いわ、十四代目』
「おや、折角今年の納めに、御礼申し奉りまするのに…」
銀楼閣の手前まで来ると、階段の手摺に飛び乗ったゴウト。
はらりと雪が蹴落とされ、音も無く散る。
「どうか翌年も監視の程、宜しく頼みまする」
『フン、お主こそ、遊び過ぎて修羅に喰われぬようにしろよ』
「使役は問題無く…フフッ…喰うのは僕の専売特許に御座いますから」
『餓狐が…』
云い残し、そのまま雪の路を、可愛い畜生の足跡残し去って往く。
背後の人修羅が、溜息を吐き出した。

「未だにゴウトの前では強張るのだね」
厨房に向かって、刀の手入れをしつつ揶揄ってやった。
すると、人修羅は捲った腕を忙しなく動かしつつ、絞りだす。
「…同情めいてるけど、俺を悪魔として認識してるから」
「フ、そりゃあねぇ…あんな形でも機関の上だからね、立場は」
罪人ではあるのだが。
「ボルテクスから通して君を見ている、警戒したくもなるだろうさ」
油塗紙で刀身を磨けば、すらりと冷たく潤う得物。
「星も見えぬあの世界より、此処は居心地が良かろう?ねぇ人修羅?」
刃を傾け、君の後姿を、抜き身の沸の星空に反射させてみた。
一瞬悪魔になった君が映り込む。
「俺は間借りしてるだけだ、ルシファーとあんたをどうにかしたら、さっさと元に戻る」
「元に?」
「…東京受胎の、前に…」
「手が止まってるよ」
ハッとして、作業を再開する人修羅。
きゅう、きゅう、と音がする。
湿った、それでいて圧迫感のする摩擦音。
満足のいく出来に仕上がった刀を鞘に納め、立ち上がる。
「おい、卓上の物退かしておいてくれよライドウ」
その瞬間を見計らった様に声を掛けられた。
「僕を扱き使うのかい?偉くなったものだねぇ」
「喰いたいなら黙って退かせよ、鍋なんだから」
「それが鍋の具材?」
背後まで歩み寄れば、人修羅が指にするのは竹輪…と、胡瓜。
「これは明日の御節の…隙間埋めるブツ」
「ふむ、確かに安あがりだ」
「うっさいないちいち、節約って言葉知ってるか?」
まな板の隅を見れば、竹輪の穴を埋める山葵漬け、梅の練り物…
「その梅の…梅潰しただけなのかい」
「梅と白味噌と味醂と砂糖」
「ふぅん、なら良いかな」
「あんたさ、そんだけ煩いと結婚出来ないだろうな」
きゅうきゅう、と竹輪の穴に、切った胡瓜を詰めている。
きゅうきゅう、胡瓜が啼く。
「…」
「我侭で仕事もソレだし?いくら女性から寄って来てもな、ってそういや男も…」
「…」
「というかな、あんたの本性見たら、悪魔だって引くぞ…」
「……」
「おい、何か云ったらどうだライドウ…嫌味のひとつも無いとか、正直気味悪――」
ようやく僕の視線の先に気付いたのか?僕はニタリと哂ってただ見つめた。
胡瓜の短冊切りが、穴を押し広げている音が、止んだ。
みちり、と、短冊の角が竹輪の内腔を少しだけ裂いた。
「手が止まっているよ?」
促せば、頬を染めて眉を吊り上げた君。斑紋すら迸りそうな憤怒。
「好色…っ」
怒りで無理矢理詰め込まれた竹輪が、窮屈な悲鳴を上げた。
「あ!っ」
「ほら、性急にするから、裂けた」
「っ〜〜〜…!」
震える君をせせら哂い、ぐつぐつと煮えた鍋を掴んで卓に運ぶ。
僕の両手を見て、人修羅は更に怒る。
「油塗紙で鍋を持つな!不衛生だっ」
「中に入れる訳でもあるまい、何、これに染みているのだって油だろう?」

鍋の上、揺らぐ蒸気に遊ぶ箸。
ヨシツネから徴集したやみなでを御供に、ひとつ哂う。
「僕はね、以前も云った通り、結婚は考えてないよ」
「…鳴海さんはどうなんだろうか」
「どうだろうね、この仕事に伴侶を巻き込みたくないのでは?」
経木から豚肉をぺらん、と剥がす君が、それを煮え湯に放る。
「この時代は食材を包む物に無駄が無くて良いな、経木の薫りも肉に優しいし…」
調理の際だけは饒舌な奴め。
鮮やかな小松菜とほうれん草の緑帯に、肉が絡まりぐつぐつ踊る。
「出汁…生姜を使ってる?」
「ああ」
「このポン酢、柑橘類いくつか混ぜたのかい?」
「柚子、酢橘、檸檬」
潜らせた肉を掬って食めば、微妙な顔つきの人修羅が溜息した。
「あんたってさ…煩いけど、分かってくれるよな…何入れてるか、とか」
「毒の種類も判別可能さ、どう?舌肥えてるだろう?ククッ…カラス直伝さ」
知っている、僕がこの手の話をする時…
君が憐れみの様な、怒りの様な、どうして良いのか解らぬといった表情をする事。
「不安なら毒見、悪魔にさせたらどうだ」
「君が料理を殺しの手段に使うとは思わぬからねぇ」
酒を煽って答えれば、向かいで箸が一瞬止まる。
「当然だろ」
どこか満足そうな、しかし憮然とした声。
「君が殺しをするのは、悪魔相手に悪魔の力で」
「決まってるだろ、綺麗な手で料理して、汚い手で汚いのを処理するだけだ」
「悪魔は汚い?」
「好きになれない」
「おやおや…だから自己嫌悪が酷いのかい?」
伸ばした箸が、がちりと何かに捕えられる。
「行儀悪いね、骨でも渡し合うかい?」
「あんたこそが、半分悪魔なんじゃないのか?…自己嫌悪、してみやがれ…っ」
箸と箸の鍔迫り合い。
「僕もマガタマ呑んでみる?ククッ」
「そういう、冗談、本気でムカツクんだ、よっ」
指先に力が露出して、君の箸は見事に折れた。
黒い斑紋にギクリとするや否や、更に得物は折れるわで、君は眉根を顰めて舌打ちする。
「鳴海さん居てくれたら、あんたももう少し大人しいのに…くそっ」
「鍋は大勢が良い?なんなら仲魔でも召喚してあげようか?」
「違う!」
墨色の着物を捲り、煮え立つ鍋を取り仕切る君は…
何処をどう見たって、混沌の悪魔では無い。

こんな少年を従えて、どうしてか年さえ越えて。
毒も気にせず食んで。
サマナーの立場を最大限に使って。
戦いの合間につまみ喰い。

「っぁ」
「馬込半白節成胡瓜と同じ位?それ以上?」
「っき、切り刻んで、やろうかっ…その下品な胡瓜…短冊状に……っぁあ、ッ」
ぎちり、と押し込めば、きゅうきゅうと啼く下。
瑞々しい悲鳴。
「今、鳴海さんが帰ったら…フフ、ねえ?どう言い訳するのかな?功刀君?」
手入れしたばかりの刀を、作業の為に包丁を研ぐ君の後ろから…
真一文字に喉笛へとあてがう姿勢。
「正月早々、血の掃除なぞ大変だろう?」
「っは…は、ぁ…事務所で、とか、この、確信犯があ、っ」
ゆるゆると下ろした袴は、水と油の染みた台所床にくしゃりとうずくまっている。
僕は学生服の前を寛げるだけで、君の背後からただ詰めるだけ。
「漬物用に輪切りにするんだろう?ほら、早く続け給えよ」
震えるその手元を見下ろして、項からそっと覗き込む。
「それ、終えたら抜いてあげる」
囁けば、耳まで赤くした君が、ゆるゆると再開する。
さくり、と切れた胡瓜がころんと転がり、まな板に寝そべった。
「見事、八坂の神紋だねぇ…」
「ん、ぐぅ、っ」
胡瓜の輪切りを口にしないそうな、祇園信仰の祭の時期は。
奉る神の紋に似ているから。
「スサノオに喧嘩でも売ってみるかい…フフ…輪切りの神紋でも喰らって」
密着すれば、竹輪のソレより締まりの良い君。
泥抜きせずとも綺麗なソコは、どんな魚より潤っている。
逃げようとする身体の強張りを、構えた刀で抑圧す。
「そういえば、この磨いた刀…越中守正俊の作品に似せてあるそうでね」
「手元、見え、ない」
「八坂神社に奉納した太刀を作った刀工さ…意外な接点だね、面白い」
「面白くな…ぁん、っ」
神紋が、ころころころりと板を転がる。
身を捩った君が、胡瓜に最後の一太刀を入れた瞬間。
その包丁を持つ手が開き、喉に当てた刀身へと掴みかかってきた。
「焼きぃ……っ…入れ直してやろうか…っ…俺の焔、で」
じわりと、発された熱が一瞬で伝わり、僕は反射的にMAGを流して遮断した。
…が、持った柄がじり…と燻って既に煙を上げていた。熔かされる前に放させねば。
「自慢の名刀ならっ…なあ?…ライドウ…っ…は、はっ……はぁ、ぐゥ」
人修羅の指先は、黒い斑紋が光と共に奔っている。
「君の指を輪切りにしたら、何かの神紋に似ているのだろうかね?」
火傷にヒリつく指先で鞘に刀を納め、血の滲んだ君の指先を掴んで。
「先刻の鍋は…毎晩食べても飽きそうにないから常夜鍋と云うそうな…」
「抜け、よっ」
「確かに美味だったねぇ…しつこくなく、それでいて繊細な深さがあって?」
少し、腰を引けば、吸い付いてくる様な、きゅうきゅうと、ね。
「君の薬味はマガタマかな?」
ぎちり、ぐちりと抽挿するが、別に僕のはあんな歪ではない。
管ほど真っ直ぐ否かは、秘密だが。
「味が変わって、愉しめるねえ、色んな君を」
「いい加減…っ…燃す、ぞ、あんた、っ」
「どの管属にも該当するから困らない……多種多様な味は百果蜜みたいだね、癖が酷いが…」
ギリリ、と爪を立ててくる君の指先で、僕の指先の水脹れが破水する。
湿った指先で君と遊んで、哂いながら品評してあげる。
「だから美味しい」
「は、ぶぅっ、ん」
唇からダシを吸って、腰に具詰めて、指先に絡めて。
ねえ、使役も料理も同じだろう。
沁みこませ、挿入して、汁を絡めて…
ん?何かずれたかな?いや、大差ないか。
「悪魔という素材を吟味、調理するのがサマナーさ」
離した唇を伝う蜜は、大学芋のそれより長く尾をひいて。
「だから、君という素材を毎晩調理するのが…僕」
「ばっ、かじゃないのか!あんたなぁっ、そもそもいつまで腰――ッ、ぁ」
よろりと腕をまな板の両側に着き、深く息を吐いた人修羅。
だって、僕が知らぬ筈無いだろう?何処を抉れば一気に種が取れるか、素材の知識を。
「あ、ああ、あっ、ま、て、此処、駄目、だぁぁ駄目っ、駄目ェ」
「吐き出す場所?フフ、ッ…流しの床にはっ、嫌、かい?」
質問と同時に抉り込めば、切羽詰った声音がきゅうきゅうと。
「嫌に決まって、んぁ――」
限界に仰け反った君の腰を、がしりと掴んで…僕が楽な高さへと。
君が気にせず炊事出来る高さへと。台所の作業台に支えさせ、持ち上げた。
「ほらっ、知ってるかい?こうすると、ねぇ!角度が、フフッ」
「あーッあ、あぁあぁッだぁああァぉぉお奥っ」
きゅうきゅう
「一番奥まで抉れるのだよっ」
きゅうきゅう
「君の嫌いなっ、汚らわしい種を取り除いてあげるのだからね!?」
ぎゅうぎゅう
「ほら、しっかり見ててあげるから、ククッ…今年の厄い種を吐き出し給えよ…」
「このっ、変態ッ変態いぃっぁぁああああ」
びゅくびゅく
君の中で、君の外で、種が散らばる。まな板の上にぱたぱたと降る。
「は、ぁ……っ…君は、出す時に締めるね、一番」
男女の様に何も結ばぬ、悪魔の様に融合せぬ。
無意味な調理に分離する味。
掴んだままだった腰をす、と下ろせば、君の爪先が接地した。
くたり、と弛緩しているその搾り取られたかの様な実を、まだ味わいたい。
「アマテラスも、スサノオも、喰らってやろう、か…」
不敵に云ったつもりだったが、思ったより僕も息が弾んでいた。
不埒な場所での行為に、やや倒錯を抱いて高揚していたのかもしれない。
君の神聖な作業場を侵し、君を犯すこの心踊る行為。
「どれか、と聞かれたならツクヨミが好きだからね」
君の種でしとどに濡れた、スサノオの神紋を、指先に摘む。
ぱり…と、子気味良い食感に続いて、青っぽい甘き魔力の味がした。
「悪…食……」
睨み上げてくる金色が、羞恥に燃え立っている。
その怒りと快楽に震える身体を寄せて、嘘は無いよと囁く。
「だって君、抜けと云ったろう?」
「は…」
「中で抜いてあげたではないか、クク」
「…!!」
見開かれた金色に燃される前に、ずちゅりと今度こそ引き抜いた。
一瞬ぽっかりと開いた闇は、すぐに形を潜める。傷跡を残さぬ君の身体らしい。
「ん…くっ……さ、詐欺、だ」
「今年のMAG納めだと思い、有難く呑み給えよ…身体の資本は飲食からだ」
君の漬物をぱりぱりと食みながら哂えば、混じる粘着質な咀嚼音に眉を顰める人修羅。
「そんな不味い献立、出せるかよ」
「そう?美味しいよ?この独特のコクがね…ックク」
「いっそ、スサノオに殺されろ…っ!」
「ではクシナダヒメでも召喚しておこうかな?いや、胡瓜の輪切りを食ませた方が滑稽か」
クク、と胎を押さえて哂えば、頬を紅潮させたままの君がまな板を傾ける。
そのまま流しにぼて、ぼてりと崩れ落ちた君の漬物。
残飯と同格の扱いを受ける憐れな献立に、ひと哂い。
「放っておけば滓(かす)漬けになったかな?」
云った途端、君の焔が一瞬たなびく。
「怒るでないよ、君はまったく…食む意味を理解出来ておらぬねぇ」
その腕の手首を捕え、上から見下ろす。
見えるのは、怯えと、怒りと、嫌悪と……悦楽。
冷めやらぬその頬が、手先の震えが、君にも疼きが有る事を教えてくれる。
抗えぬヒトと悪魔の肉欲が。
「良かったじゃないか、人間の三大欲の欠片でも残っていてね」
食欲の失せた君に、錯覚を与えてあげる、今宵も、翌年も。
その餓えが、君に生きている感覚をもたらして往くのなら。
人間に縋っているエゴイスティックな感情は、僕が置き換えて哂って見逃してあげよう。
「ね、来年も僕に食まれ給えよ」
残飯籠に指を突っ込み、野菜屑にまみれたそれ等をニタリとして、口に放った。
混沌とした味の中、舌を刺してくる甘いソレ。
「…っふ、不衛生…だ…」
「でも君のはすぐ判別出来る…どう?舌肥えてるだろう?ククッ」
ビクリと身動ぎした君の下肢から、ぐずりと僕の種が主張して、垂れた。
「泥の中に居たって、ねえ…舌で掬い上げてやれるよ?」
泥人形の山の中
「君はずっと、何度だって僕にしか味見されないのさ」
泣き濡れた血錆び塗れの背中
「泥の付着した歪な存在の君を、完全調理してあげる…」
他が推し量れなかったであろう程、君を強く美味しく。
堕天使も羨む極上の。
「それ、は、調理…?」
ふらりとしながら、落ちた袴を拾う君。
その指をなんとなく踏みにじりながら、鼻歌まじりに答えた。
「“調教”かもね」
「っ…んの野郎――」
侮蔑の言葉と同時に空いた腕の拳を振るった瞬間、顔を歪ませた君。
「っぐ…ゥ!!」
唇を噛み締め、うずくまる。
「ほら、性急にするから、裂けた」
いくら悪魔の身体とて、新しい傷が癒えぬ内に大きく動くべきでは無いね。
そう嘲笑して、潔癖な君の唇を、残飯塗れのこの僕の唇で奪ってやった。
カラスの意地汚い嘴で――…
相変わらずの美酒を啜る。
「ライド………は、ぁ、ぁぶ、っ」
突き放すのかと思っていたが、意外にも僕の唇を舐めていった。
ゆるゆると食事が終われば、挨拶も一言。
「き、汚い口で喰われるのは、嫌…だ…」
視線を落とし、吐き棄てる。
「他の味に、1%でも掻き消されるのが腹立たしい…っ」
真っ直ぐに僕を見つめる僕の獲物。

「俺は毒でも酒でも無いっ!契約者だ!喰らうならそのままで喰らえよっ!」

襟首を掴んで吼える僕の使役悪魔。
「余計な味で俺を汚してみろっ、ぶっ飛ばしてやる…そんな…料理人」
僕は、そんな君のギラつく眼に、また食欲が疼く。
嗚呼、やはり食べる事は、全ての根源。
「では、夜の食国に参ろうか?矢代」
崩れた着物をぐい、と乱暴に寄せ掴めば、金色が鋭く突き刺さる。
「…こ、此処で、っていうのが、嫌なだけで、って云うか俺は別に赦してなんか!」
「僕の政に文句でも?」
金色に、僕の暗い眼が映りこんだ。
MAGとマガツヒでしか混ざり合わぬ素材。
主従という関係でしか認め合えぬ生き物の肉。
どちらが調理しどちらが喰らっている?
最初に喰い終えるのはどちら?


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