蟠幹の想い


 恋煩いとはよく云ったもので、考えない様にと意識するほど深みにはまる。
 事もあろうに、俺は学友それも男に焦がれている。彼は月に一度か二度姿を見せればましという、圧倒的な不登校生。その希少性が逆に人目を引くのか、更には容姿も相俟って、訪れの際には空気が変わる。まさか女学生と帰路ではしゃぐ訳にもいかず、かといって男連中に気持ちを吐露する訳にもいかず。俺は黙って、焼き付けたあの見目を大事に包んで部屋に帰ると、間髪入れずに自慰に耽った。
 野郎の裸なんか全く興奮しないのに。彼の裸を知らずとも、いや下手すれば彼の眼差しだけで達しそうな高揚感を得た。
 あの冷たい視線は、こんな事をしている俺を軽蔑するだろうな。欲がひとしきり抜けた頭で、ぼうっと天井を眺め夢想する。染みのひとつでさえ、彼の横顔に見えてきた。真正面からまじまじと眺めた事なんて無いから、そのせいだろう。


 いよいよ身心共に蝕まれている事を自覚し始め、俺は神仏でなく人間の術に頼る事にした。
 神の声など聴こえる筈も無い、それなら人間のオッカルトを信じた方が、まだ脈有りと感じたからだ。
 不登校より不良じみた事を繰り返した、怪しい場所に出入りし、魔術の有識者が集うバーにも何度か行った。
 宗教を紹介される事も有ったが、それは俺の目的を無視するだろうから却下。俺の願いは酷く陳腐で、そこらの少女向け叢話に出てくるようなものだ。恋焦がれる相手をモノにしたい、ただそれだけ。だが俺は臆病なので、せめて形だけでも、それが一時的でも、いっそ真似事でも良かった。
 とある日「彼の生霊でも良い」と嘆いたところ、一人の男を紹介された。
 学生服でもないのに、全身真っ黒の装束姿。年齢不詳なそいつは「手助けになろう」と、ある日時を指定してきた。それが日中でさえ人気の無い場所なので、刺されたりはしないだろうかと内心怯えつつ向かってみれば。刺されはしなかったものの、射抜かれた心地になり俺は勝手に腰を抜かした。
 装束男が、まさかあの彼を連れていたのだ、葛葉を。
 おぼつかぬ脚でようやく立ち、事情を聴いた。厳密に云えば、此処に居る葛葉は葛葉ではないらしい。確かに、涼し気な目元はそのままだが、そこに感情の色は無かった。
「生霊とも違うが形はほぼ同じ、アンタにやろう」
「一体どういう術を……って、俺はどれだけの対価を払えば?」
「まあまあ、これも実験段階だから君は被験者といった所で、頂戴するのは感想だけで結構」
「普通の人間と同じ構造なんですか、この……葛葉君」
「飲み食いはせん、生理現象も無い、本当に只の人形だ」
「感情とか、個人の意思みたいなモンは持っているんですか?」
「殆ど無いと推測しているが、まぁそこもアンタが実際確かめてくれたら良い」
 実験と称する事からして、コレは恐らく作り物なのだろう。
「来週、また此処に来て欲しい」
「その日はこの葛葉君はどうすれば……連れて来ますか」
「まあ〝持って〟くる事になるだろうな」
「持って? 自力で移動出来ない状態になるとか、そういう事で?」
「枯れて萎んでしまうんだよ、だいたい七日間の命さぁ」
 まるで切り花の様な云い草だ、言葉からは想像も出来ないが心構えておこう。
 さてたった一週間の命と知れば、悠長にしてられまい。街路を往く今だって、追従してくる学友(の贋物)にうっかり見とれてしまいそうだ。もし万が一、本人と出くわせばどうなる事やら。
 色々噂には聞いているが、葛葉は探偵見習いであり荒事には慣れっこというそうだから、厄介事になれば俺の身が持たないだろう。
 春先というのに、どこか寒気を覚えながら自宅に着いた。庭師の親父は現場回り、お袋は離れた畑の面倒をみている。用事もなければ畑の手伝いに行くところだが、ここ最近すっかり食も細くなった俺は逆に気遣われ、養生するよう云われていた。上の姉はとっくに嫁いで、祖父母も早くに他界している。
 無意味に広い家の中、俺は葛葉を家に上げた。彼の靴はどうして貰おうか迷ったが、ひとまず隠しておけば良いだろうと靴箱に突っ込む。書生の履く革靴にそう差など無いだろうし、と思ったが幾分か葛葉の靴が上質に見える。ボタンブーツというやつか、よくよく見れば少し高めのヒールだ、元々長身だろうに何故こんな。しかし女性のヒールパンプスよりも頑丈そうで、安定感は有りそうだ。
 そういえばこの靴も贋物なんだろうか、じゃあこの外套は、帽子は、学生服は……
 考えた所で判明しない、思い切って偽葛葉の指を掴んで引っ張ってみた。冷たくも温かくも無い指は、握り返す事もしてこない。自室に籠もり、剣道の竹刀をつっかえ棒にする事で簡易鍵とした。
 無心無言の偽葛葉、棒立ちで俺を見つめるその姿、学校で見かける彼とは当然別物。
 本物は常に薄い壁を纏っているのだが、この贋物は空気と一体化しそうなほどの無防備。
「なあ、とりあえず座れば……」
 声を掛けたが、理解していないのか無反応。冷たいだけで棘も毒も無い、そんな虚ろ眼で俺を捉えるだけ。
 話しかけても無駄かな、と思いつつ、冷静になろうとすれば却って欲望が目立ち始める。
 彼の帽子のつばを掴み、そっと持ち上げてみた。さっきの革靴と同じく、違和感は無い。学校では殆ど見る事の無い黒髪が、松葉の先ほど額を零れた。落ちた帽子が畳を叩く音がする。
 外套の前留めを外し、毟ってみた。中はどこにでもあるような立ち襟シャツと、ベルトさえ通っていないスラックスだ。弓月の君の制服とも少々違ういでたちに、これが私服である錯覚を抱く。
 たまらず唇に吸い付いた、温度は無いが少しばかりの湿度を感じる、それとも俺の唾液か。息はしているのか、確認ついでに舌を挿し込む、息吹は感じられない。
 ああ、本当に只の容れ物なんだな、聞いてはいたが軽く落胆した。それでもこんな精巧な、職人の手掛ける蝋人形にも劣らぬ生き写し、堪能出来る事自体、奇蹟じゃないか。
 端に寄せてあった布団を雑に広げ、裸に剥いた偽葛葉を転がす。
 本人と全く同じか定かでないが、俺が夢想していたままに美しく、しなやかな筋肉と白い末端で構築されていた。
「葛葉」
 呼んでみたが、やはり無反応。名前を出すだけ虚しくなるので、無言のまま肌を撫でまわす。
 許可も無しに無体をはたらけるのは、贋物だから可能なんだ、自分に云い聞かせる。
 血が通っていないのか、偽葛葉の一物はくったりと垂れている。水を与えて元気が出るのなら、してやりたい。植物でもあるまい、と一人失笑すると、一瞬だけこの贋物が視線を寄越してきた気がする。
 しばし抱き竦め、自分のぬくもりが相手に移った頃には俺の一物が活き活きしている始末。
 仰向けで宙を見つめる彼の下肢に、おそるおそる指を伸ばした。やや足を開かせ、双丘の狭間にぐっと押し込む。と、此処で初めて想定外な壁にぶつかる、本当に壁だ。窄まリを辿ったのに、開いていない、排泄器官が無いのだ。
 全て形だけなのか、返事が無い事とは段違いの落胆を感じ、直後己の煩悩にも落胆した。突っ込む事さえ出来れば、贋物であっても構わないと思っていたのだから、どうしようもない。
「おやすみ、葛葉」
 俺は一気に萎えてしまったので、逆回しの様に服を着せてやった。
 俺が居る間は窓辺の、日当たりの良い所に座らせてやり。俺が不在の間は、申し訳ないと思いつつ納戸に隠した。
 翌日も同じように、ただ撫でまわすだけで終わった。俺も妙な虚しさは薄れ、同じ形の彼を愛でられる至福に酔った。葛葉でなく人形なのだから、応えないのも穴が無いのも当然だ。
 
 
 今日は薄曇り、桜も蕾のまま。そろそろ咲いても良い頃なのに、誰も話題にすらしない。
「よう、具合でも悪いのか、ってお前最近ずっとその調子だっけ」
 同じクラスの学友が、背後から肩を叩いてきた。声で誰かは判る、別に人付き合いは悪くないんだ。
「なあ、先行き不安なのかお前」
「いや気楽なもんだよ、親父を継げば良いだけだし」
「はは、眠いだけってか? そうだ目の覚める一報くれてやるぜ、今日来てるぞ葛葉の奴」
「えっ」
「珍獣のおでましときた。雲行きも怪しいし、こりゃ降るかな」
 笑って離れ往く学友に詳細を訊く事も出来ず、この後教室に入る事がどこか恐ろしくあった。
 考えるな、いつも通りに過ごせば良いだけだろう。葛葉は誰かに自発的に話しかける事はしないし、俺から挨拶した事も無い。
 湿気のせいか、どこか引っ掛かる扉を開けて教室に一歩入る。
 ああ、予測通り空気が違う。教室内、殆どの人間が葛葉を意識している。葛葉でなくても、滅多に訪れない人間が居れば自然とそうなるだろう。ただ葛葉なんだ、それだけで数倍増し、関わりたいと思わずとも目を引かれるに決まっている。
 俺は平静を装って自分の席に向かい、机に鞄を置くとまず深呼吸。葛葉の席は横四つ先だから、真横を向かなければ大丈夫。いや、何が大丈夫なんだろうか。彼のたまの登校、いつもはあんなに心待ちにしているっていうのに俺は。
 そうだ一瞬、ただ一目だけでいい、俺が余計な事を考えるその前に目を逸らせば……
 窓越しの景色を眺める振りで、ゆっくりと自分の肩口に視線を移していく。途端「えっ」と声を上げそうになった。葛葉と目が合った、というか俺を見ていたのだから。
 ここ数日、夜毎彼の贋物にしてきた事が、ぶわっと水中の砂の様に巻き上がった。ざらざらどろどろした砂嵐が脳内に吹き荒れ、込み上げてきた俺は咄嗟に席を立つ。椅子を引っ繰り返したが構わず廊下に躍り出る、水道の設置された端まで脇目もふらず駆けた。
「ぅえッ」
 顎を伝うのは胃液だけだ、朝は食べていなかった。何故なら食べる時間を省いて、偽葛葉の手入れをしていたから。
 蛇口を捻り、溢れる水を手の椀で掬っては口を濯ぎ、熱くなっている顔にもばしゃりと打った。俯いたまま暫く茫然としていると、流れ落ちる水が止んだ。
「君、人の顔を見て吐き気を催したのかい」
 水どころか、呼吸が止まった。視界の端、蛇口のカランに指を絡める男が居た。
 声で判る……葛葉、本物だ。
「失礼な奴」
 声音に憤りは感じないが、そんな問題ではない、寧ろ怒ってくれていた方がましだ。
 なかなか顔を上げない俺に痺れを切らし、叱責でもしないかと思ったが、なんと降ってきたのは笑い声。続いて詰襟の後ろをグイと掴まれ、無理矢理上体を起こされ、葛葉と顔を突き合わす姿勢になった。
「ククッ、皆、僕を幽鬼でも見る様な態度だからね、君の様に露骨な奴は久々さ」
 声も顔も凄く近い、こんな間近に見た事があったろうか。暗い双眸を、艶やかな黒髪を、廊下にまろむ自然光が薄く滑る。間違いなく生気が有る、この男が幽鬼なものか。
「わ、悪ぃ」
「怒ってないよ。それとも、僕の背後に何かついていた?」
「いいや何も、何もない、丁度そっちを見た時に、具合悪いのはここ最近……」
「窓の外は桜が有るだろう、また首吊りでも目撃されたのかと思ったよ」
 そんな話題を、どうして淫靡な笑みで云う。淫靡、そう視えているのは、俺だけか。
 ぱっと放され「辛いならそのままサボタージュすれば?」とだけ云い残し、葛葉は去った。そうだ、このまま消えても話は通るだろう、鞄の中には文具と教本くらいしか入っていない……取りに戻る必要も無い。今、葛葉の居る教室に戻れば、発狂しそうだった。
 脱兎の如く駆け出し、電車の中では石像の如く不動、駅から家へ向かう間は憶えていない、雨は降っていた気がする。家に到着するなり自室へ逃げ込む。納戸の中の贋物を、濡れ鼠のまま掻き抱いた。
 俺の眼からは、何故か涙が溢れていた、カランも無いので止めようもない。


 家の一番近い学友に〝体調不良の為、数日経過をみる〟との言伝を学校に届けてもらった。
 そして俺は何をしているかというと、親の居ぬ間に人形を愛でていた。
 贋物とはいえ、改めて見れば本当によく出来ていると思った、本物をしっかり見た今なら比較出来る。そして少しの細工で、本物に近づける術も編み出した。
 目薬を注してやる、そうすると潤んで今にも瞬きしそうな眼になる。
 頬にほんの少しだけ、朱を入れてやる、姉の残していった化粧道具が棚に有るので、それを拝借した。本物は陶器の様な白さを誇っていたが、流石に血色は見えた。これの有無でだいぶ違う、人間っぽさが増す。
 それと決定打は、香木の様な匂い。俺の親は「扇子の香りが弱くなってきた」と云っては香を焚き染めて、よく香りを補填していた。それとほぼ同じ匂い、つまり白檀だと思う。
「でも少しだけ違うんだよな」
 部屋いっぱいに白檀が漂い、もはや偽葛葉の匂いという感じでもなくなってしまった。今度は納戸に寝かせて、そこで焚き染めてみようか。俺じゃなくて、こいつからだけ匂わなくちゃ意味が無い。
 あと三日間か……枯れ萎むなんて、本当だろうか。今のところ、そんな気配は無い。日なたでいっぱい寝かせた直後なんかは、まるで本当の人肌の様に温まっていて、抱擁の度にうっとりした。もみあげが時折ちくりと肌を刺すのも愛おしく、返ってこない口づけを幾度も角度を変えてお見舞いした。
 ある晩、突っ込めるのならば何処でも良いと、布団に仰向けに寝かせた偽葛葉の唇を指で思い切り開かせ、自分の愚息を突っ込んでみた。咥内は湿り気が有り、舌も具わっているのでかなりリアルだ。リアルといっても、他の人間にしゃぶってもらった事なんか無い。でも、それで良かったのかもしれない、本物だと錯覚出来るから、今の俺が知る口淫はこれだけで良い。しかし口を漱ぐという細かい動作が贋物には出来ない様で、口内射精は一度で懲りた。


 一週間前に落ち合った場所に来た、装束は時刻ちょうどに訪れた。俺はといえば、一時間以上前から突っ立っていた、たぶん腑抜けたツラで。
「云ってた通り、枯れたろう?」
 開口一番そう云われ、心が返事を拒絶した。だがこれは研究も兼ねているそうだから、問いには答えないといけない。重い口を無理矢理開き、結果報告した。
「これだけの大きさになりました」
 抱えていた風呂敷の結び目を開く。偽葛葉が着ていた衣服は畳まれ、その上に小さな人形が有る、乾いた植物の根の様に、彩度も重量も無かった。辛うじて人型と分かるソレの正体は、俺が先日まで愛でていた贋物の葛葉だ。
「まあ、大方想像通りって所だな」
「一週間とはいえ、いい夢見させてもらいました」
 今朝、目覚めたらこうなっていた。押入れを開けた時、思わず小さく悲鳴した。一体いつ、どの瞬間にこうなった。直前まで傍に置いて、いっそ添い寝させれば良かったか。いや、隣で萎みゆく姿を見てしまっては俺が病みそうだ。それとも、もう病んでいるのか?
「礼には及ばん、しかしその木乃伊は返して貰おう、利用価値が有るからな」
「ああ、あとこれ……彼が着ていた服と帽子と靴、流石にこの辺は本物だったんですね」
 風呂敷と靴の入った手提げを差し出せば、装束男は肩を揺らした。
「そうそう、この靴なんかは相違無い型を用意したんだよな。木偶の様に見えて本物と歩行癖が同じなのか、下駄や草履じゃカックンカックンした歩き方になるんだよ。本物は裸足だろうがそうはならんのに、おかしなもんだよ。さてアンタ、着せ替え人形は好きかね」
「え?」
「いやね、着せ替えを愉しみたいのなら、まだアンタが持っていたら良い」
 笑いながら云う装束の背後から、もう一人現われた。同じ様な黒装束を纏っていて、正体も分からない、事前に聞いて無い。警戒に一歩後ずさる俺をよそに、装束男が笑う。
「そいつの頭巾を払ってみろ」
 期待と不安なら、前者が勝っていたかもしれない。息を呑んで、もう一人の装束のフードを払った。そこには葛葉と同じ顔が有った。
「もう一週間どうぞ。ああ、その持ってきた靴は此処で履かせてやんな」
 装束男は笑っていた。俺は彼の魂胆など、もはやどうでも良かった。


 残された約一週間をどうやって共に過ごすか、そればかり考えた。
 怪しまれないよう、学校には行ったフリですぐ舞い戻り、親の居ぬ間に散々愉しんだ。
 最初に着ていた服より、やはり弓月の君の制服がそそるので、俺の制服を着せてみたりもした。少し足首が覗いてしまうが、一見それほどの違和感は無い。俺と葛葉とそう背丈は変わらん筈なのに、脚の長さが違うときた。
 今回は初日からひたすら細工し、呼び掛け続け、濃密な接触をした。緩慢だが、姿勢を維持する程度の生物らしさは見せるので、体勢を工夫しては偽葛葉を愛撫した。しかしどうしても俺の脳内が先走るので、振り落とされた現実を上から見下ろす形になって、次第に熱は冷めていく。其処にぽつんと転がる葛葉(の贋物)をどうして此方に向かせようか、没入を高める術ばかり考えて過ごした。
 此方を見ていない事が気になるのなら、いっそ隠してしまえばどうだ。薄手の手拭いを細く畳み、偽葛葉の目元を一周巻くと、後頭部できゅっと結んだ。目元が見えなくなった彼は、俺の予想通り現実味を増す。ただ、本物ならこんな状況すぐ打破するのだろうな、と再び白けた風が吹く。では打破出来ない状況にすればどうだ?
 着せた制服の上から、荒縄を巻いてみた。縄なら納屋に幾らでも有るので困らなかったが、緊縛なんか当然未経験なので、ただただ想像で施した。ポルノ誌に見かける亀甲の様な〝いかにも〟な形にはならず、俺の縛った偽葛葉はそれこそ庭木の様だった。結び目が目立ち過ぎる、イボ結びより垣根結びの方が良いだろうか、後ろ手に結んでみたら誤魔化せるか。
 試行錯誤の結果とはいえ、あられもない物が出来上がった。偽葛葉は口に縄で轡をされ、折り畳まれた脚は固定され、背に回された腕はがっちり巻き上げられ、そこから一本縄が手綱の様に伸びており、それを俺が掴んでいた。
 そんな姿の偽葛葉を納戸に転がして、戸を閉めてみる。隙間から手綱だけを逃して、まるで生命線か導火線の様に。
 そうだ、葛葉はこれくらいしないと、すぐ逃げるんだ。数日前のあの笑みを見ただろう、ともすれば高慢の様に見える形振り、周囲の視線に気付きつつも崩れぬ態度、溢れ出る自信と色香。飼い慣らせるモンじゃない、きっと本物を手に入れても、こうして監禁する他無いだろうな……
 その晩は手綱を自分の陰茎に結び、擦りながら果てた。納戸の中に閉じ込めた彼を思いながら、笑い出しそうな口を精一杯結んで、布団にのたうちまわった。