核語りき



「御無沙汰しております、以津真様」
 背後からの声に、聞き覚えが有った。まさかと思いつつ振り返れば、そのまさか。
 弓月の君の制服を着た、長身の青年。ここ一帯を只の学生がうろつく筈も無く、外套の裾からは刀の鞘が見え隠れしていた。
「……お前、紺か?」
 訊ねれば否定もせず、口角を上げて哂った。
 変わらない、その高慢な微笑みよ。たった一瞬で、数年前に戻される──



「おい、何名が帰還している?」
「お待ちくだされ……十、十一、十二──……」
 数え上がるは脱落者、管一本を奪われた修練生だ。
 野山の指定範囲に散り〝各々、管の奪い合いをしろ〟という遊びであった。携帯武器は無し、出発時点で管の中身は空、つまり即座に悪魔を勧誘せんとならん。
 徒党を組んで誰かを狙えば、使役せずとも容易に強奪可能だが……最終的に多くを奪いたいのであれば、サマナーは独り身が宜しい事よ。
「現時点で十五。未だ二名程、戻っておりませぬ」
 確認した従者が、儂を目を合わせる為に頭巾を捲った。その背後より「我々で最後でしょう」と、やや甲高い声が空気を割いた。くたびれ腰を下ろす修練生一同と、目の前の従者がゆっくり其方を向いた。装束の肩越しに、予想通りの人物が居た。
「……其の二名ですな、これで十七人全員」
 溜息まじりに呟いた従者は、紺野の方へと重い足取りで向かう。ひとまずは、傍でオニに担がれた〝もう一名〟の身体確認だろう。
「そっちは随分と酷い怪我に見える、お前何をした?」
 懐や帯から、管を次々抜き出す紺野。銀色を足元にぽいぽいと打ち捨てながら「連れた悪魔が自爆したまでに御座います」と述べ、最後に鉱石の様な物を取り出したが、其れは再び懐にしまっていた。
「自爆だと……お前が命じたのか?」
「……さあ?」
 問いに対し、はぐらかす様な笑みを浮かべる紺野。途端、他の衆から野次が飛ぶ。しかし、この遊戯で術技制限などは設けておらず、紺野が責められる道理は無い。
「お前達、静かにせんか!」
 いよいよ従者の叱咤が野次を圧し、風音と草切れの擦りあう音のみが暫く続いた。儂が口を出すまでもない、結果も知れた事だ。後始末は任せ、一足先に住処へと戻ってしまおうか。
「どうあれ勝ち残った者に対し、煩く鳴くでない! 紺に管を取られた者も居るのだろう?」
 比較的熱血な従者は、諫めた後に説教へと移行した。事実確認のちに始めれば良いものを……取られた者も何も、紺野の放った管は〝十七本〟だ、しっかり数えていたのか?
 
 
 予測通りのつまらぬ訓練ではあったが、その宵に事情だけは聴いた。
 しかし紺野の要領には恐れ入る。技芸属をすぐさま仲魔に従えると自らに擬態させ、そいつを囮にしていたそうだ。成程、真っ先に狙われるものと、よくよく理解しているではないか。あの熱血は呆れていたが、そこは誉めてやるべきだろう。正々堂々正面からなど莫迦げた話よ、学校の集団競技ではないのだから。
「オニに担がれた小童はどうした」
「自分の仲魔から、治癒の術を施しました。打ち身はともかく、明日には傷も治りましょう」
「は……自爆をふっかけられるとは、紺の癪に障ったかの」
 儂がそれとなしに唱えれば、熱血は一瞬声を詰まらせた。その彷徨う目をじいっと睨めば、観念したか溜息と吐き出す。
「油断を招く為、囮は倒れている状態で待ち伏せさせていたそうです。囮に警戒しつつ接近する同期を、紺野は背後から襲撃していた訳ですが……その、自爆を喰らった奴はですね、倒れている囮を本物と思い込み、その……」
「脱がしにでもかかったか?」
「管の在処を探る手つきには見えなかったと……紺の云い分ですが」
「それ以上の説明はよい、死人も出なかった、面倒も無い、紺に何を科す事も無い、もう寝る」
「は、御休みなさいませ」
 従者の軽い装束が、ひらひらと夜風に扇がれ遠くなる。ほぼ真円の月は山々を照らし、様々な影を鮮明にさせる。
 門を閉める前に、とりあえず確認だけしてやろう、其処の影に。
「何か用事か、儂は寝ると云ったばかりだ」
 竹垣の影が輪郭を崩し、躍り出た影が跪く。予感していた通り、紺野だった。
「夜分まことに失礼致しまする」
「手短に」
「ひとつ願い事が御座います、悪魔の蘇生を」
「ほう、儂の権限とよく知っているな」
「負傷した悪魔の管の、流れ着く先を嗅ぎました。以津真様が預かり、また還される姿を目にしたのです。貴方の管轄かと」
「そうだそうだ、致命傷を負わす修練生といえば、決まってお前だったな」
 鼻で笑ってやったが、紺野は微動だせず。片膝を着き、待ちの姿勢で黙りこくる。お伺いをたてて居るつもりか、これは珍しい。
「一個人からは請けんと、お前も察しはついてるだろうに。儂が施設に引き渡すのは稽古用の悪魔だけぞ」
「此方を御覧くださいませ」
 暗器でも出てくるかと一瞬強張ってしまったが、紺野が懐から取り出したのは魔晶の様な石だった。掌の其れが、月光を反射したり吸収したり、忙しない表情を見せては此方の眼を眩ませる。
「此れは……もしや核か?」
「自爆したレギオンの残骸から回収しました。実技訓練の最中に発生した負傷悪魔に、違いはありませぬ」
 石は息づいている様な気配を醸し出し、黄鉄鉱が如し金色が表面に散りばめられていた。何も事情を知らなければ、鉱石蒐集家に高く売れそうな逸品。紺野が其れを大事そうに抱えていたと思えば、別の価値もつきそうなものよ。
「訓練用の悪魔でもあるまい、一時的に山で拾ったのだろう、捨て置け」
「蘇生だけが望みに御座います」
「解からんな、何を拘る」
「契約の際〝五体満足ヲ維持サセロ〟との条件を呑みました故」
 何を云い出すのかと思えば、砕けた悪魔との口約束ときた。これには驚いた、とてもこいつに似合わなかったからだ。
「ならば自爆など命じるな」
「自分の攻撃意思を感じ取ったレギオンが、持ち得る最高火力の技を放ったと思われます」
「それこそ悪魔の勝手にした事、酌んでやる必要が何処にある」
「……御一考を、片隅にでも」
 情けなく食い下がる真似をせん辺りが、小賢しい。冷静さと自尊心に、儂は弱いのだから。
「おい待て紺、そうだな……明日の今ほどの刻限、また来い」
「はっ」
「腹は空っぽの方が楽だぞ」
「お心遣い、感謝致します」
 石を懐にしまい、深々と土下座する紺野。その伏せた顔を拝んでみたかった、一体どの様な表情で礼をしている事やら。うそ寒さに哂っていそうだ、まるで狐の様に。
 
 
 本当に、ぴたりと指定刻限に現れた紺野。儂の睡魔は決まった頃に訪れる為、それが判る。
 紺野は先日と打って変わって、単衣の下に立襟シャツを着込んでいた。裾からは蹴出しが覗き、下駄にかけるは白足袋の爪先。
「まだ秋には早い、随分と寒がりな奴め」
「帰路の頃には、外も冷えましょう」
「肌を晒したくないと見た」
 儂の憶測に対し、何か答えようとした紺野の帯を掴む。ぐいと式台に引き上げ、半ば強制的に下駄を脱がせた。
「さあ付いて来い」
「失礼を致します」
 淡々と相槌する紺野だが、やはり〝もう一組〟の下駄が気になる様だ。それもその筈、どう見ても儂の下駄ではない。大きさからして同世代、つまり先客の存在を感じ取っている事だろう。
 一番広い部屋に突き当たると、儂は障子を横に逃した。奥の灯で逆行になる人物が、はっと此方を向いたのが判る。
「以津真様! 何故そいつが此処に!?」
「儂が呼んだ」
「まさか擁護なさる気ですか」
 怒鳴る先客は、儂が先に上げておいた修練生の一人。紺野にしてやられ、医務室送りになっていた小童だ。片脚がしゃんと戻りきらぬ為、松葉を一本添えたまま。更には浴衣姿ときたものだから、いかにも手負いの風情が有る。治療の為に丸坊主にされた様で、そこもまた寒々しい。
「そうかっかするな、傷に障るぞ」
「そこの狐がやった使役は、はたして赦されるものなんですか!? 自爆を浴びせるなど、殺人行為に等しいでしょう!」
「本当だぞお前、件のレギオンが軟弱で助かったな、自爆をまともに喰らっておきながら五体満足で済んだのだから、はっは」
 ひとしきり笑い、儂は紺野の背に腕を回す。その耳元で〝好きにされてやれ〟とだけ囁いて、軽く押しやった。
「ほれ、制裁すると良い、帳消しにしろ」
 嗾けてやったというに、手負いの坊主は怪訝な表情をするばかりで、うんともすんとも云わぬ。向かい合わせる紺野も無言ではあるが、全身で警戒の気を放っていた。
「だから、ここで済ませろと云っている、紺も了承済みだ」
「……それは本当なので?」
「その代わり、他を連れたっての私刑をするなよ。お前と紺、個人同士の因縁だからな」
「今、この場では、何をしても?」
「お前に後遺症が残らなかったのだから、同じく残らん程度ならな」
 条件を唱えれば、待ち侘びたかの様に坊主が眼を光らせた。湿った音で床板を踏みしめ、ぐらりよろけたと思った瞬間、振りかぶった松葉杖で紺野の頭を打ち払った。
 咄嗟に左腕で庇った紺野だが、払われた方へ崩折れていた。しかし相手の行動が読めていたのだろう、緊張の現れは無い。それに、打ち据えられた箇所を痛めた様子も薄い。それもその筈、瞬間的にMAGを操ったのが儂には視えた。一点集中ではあるものの、あれで防御を図る訳だ。
「紺、小細工は止めろ」
 一言投げてやれば、紺野は此方に冷たい眼差しで答えながら、MAGをゆるゆると落ち着かせた。一方、興奮状態の坊主は何を指したかも解かっておらんのだろう、儂の声が飛ばぬのを確認しつつ、紺野の喉笛に松葉杖の先端を押し込んだ。
「狐野郎め」
「ッ……ぐ」
「倒れてる奴の身体確認して何がおかしい? 怪我してんのか、悪魔が寄生したか、身体見るだろうが」
「がふッ」
 喉から離した先端で、次は頬に打ち付けた坊主。ひとつふたつ咽た紺野が俯くと、床板にぽつりぽつりと赤い雫が模様を作った。
「……あん時見れなかったから、今から見てやる」
 坊主め、小童のくせに情欲を撒き散らしおって。馬乗りのまま紺野の髪を鷲掴み、その時点で病み上がりとは思えん程に肌が上気していた。垂れた鼻血をれろりと舐めあげ、松葉杖を横に放ると両手であちこちまさぐり始めた。もどかしげに帯を解き、衿を開き、荒々しく口を吸いながらシャツの釦をぷつぷつと外していく。あれでは下手に知性を持つだけの、発情期の獣。
「っ、んっ……はぁッ、ゲホッ」
「ふ……っ、は、はっ、ハァ……淫売……躰使って指導も評価も得てんだろ、リン師範まで付けて貰って……優遇されてんだよ、お前」
 儂の手前か、控えめな声音で詰る坊主。多少聴き取れずとも、唇の動きで読めた。
「紺、別に喋るのは構わんのだぞ」
 欠伸を噛み殺しつつ忠告してやれば、零れた前髪の隙間から目を細めた紺野。くつくつと肩を震わせ、怯えも媚びも無い声をあげた。
「裾を汚さないでくれよ、早漏」
 はっとした坊主が、少し胴を離す。次にはカッとして、紺野の頬を殴っていた。
「昨日の今日だ、紺が妙に傷付いていれば疑われるのはお前だぞ」
 もうひとつ、今度は坊主に忠告をくれてやる。つまり、顔は止めておけという事だ。この里で紺野を庇う者は少数だが〝紺野を好きにした者〟が嫉妬を受ける事はあろう。同格の者同士であれば、それは如実に表れる。小童連中だろうと、大人連中だろうと。
「そうだ……痛めつけたってお前は平気なツラしてる、どうせなら……本当に……」
 上擦った声で呟く坊主が、紺野の首筋を舐め回す。普段は叶わぬ触れ合いからか、奴のMAGが踊り狂っているのが判る。
 紺野は逆に、MAGの一切を鎮めている様子だ。儂の云いつけもあったろうが、あれは一種の休眠状態に思える。それでも気分は悪いのだろう、時折床板を爪で引っ掻いていた。
「あァ……は……紺野って、もっとチビじゃなかったか……このままどんどん男臭くなっちまうのかよ……はぁ」
 予想通りの展開で、儂の眠気は増す一方。坊主は名を喘ぎながら、すっかり寛げた互いの下肢を擦り合わせている。治りきらぬ脚が不安定を生むのか、それとも経験値の無さで至らぬのか、ぎこちない動き。ついには後ろの窄まりに指を当て始めたので、儂はしぶしぶ刀掛台近くの道具入れを漁った。
「油くらい使え、莫迦モンが」
 板の間を転がる瓶が、紺野の脚に当たって止まる。其れを掴み上げた坊主が「すいません」と、どこか薄く笑いながら蓋を開けた。
「なあ、本当に此処だよな、此処に挿れて良いんだよな!?」
「煩い」
 丁子油で雑な手入れを施され、続いて雑な挿入をされている紺野。坊主の一物はごく標準的に思えたが、大きさの問題では無いだろう。遊び慣れた男の方が却ってましで、素人の侵入では快が得られる訳もなし。それに紺野は随分と頑なだが、あれでいてまだ躰は幼い。鍛練の作る、しなやかな肉体とは別の話だ。
 そう……紺野が初めて犯された日を、何となく憶えている。儂も誘われたが、出席しなかったのだ。小童を犯す事など、興味も無い。最初こそ緘口令も敷かれたが、最近はそんな配慮も保身も見えない。為政者層の堕落は留まる事を知らず、親無しの紺野は喰われ続けている。
「はっ、はっ、はッ……ぁ……すげえ……お、おれ本当に紺野を……っておい、ま、また自爆しねぇだろうな、本物だろうな……あぁ……イイ……ッ」
 無我夢中で腰を振る坊主、節々の痛みも麻痺しているらしい。四つん這いの紺野は歯を食い縛りつつも、一定間隔での深呼吸を忘れず行う。肉と汁の摩擦音が増してきた頃、何かに憑かれたかの様に坊主が吠えた。
「これきりなんて御免だ、こんな、こんなァ……う、ううう~ッ」
 情けない声を上げながら痙攣している、さては中に思い切り吐き出しているのだな。暫くの沈黙の後、腰をぬるりと引き離しては紺野を裏返す。仰向けにした彼の唇を舐めしゃぶり、軽く顔を背けられてもお構いなしに舌で蹂躙し始めた。血走った眼で、呼吸を奪い続ける坊主。紺野の足袋の爪先が、ぎゅうと曲げ伸ばしされる。
「っ、げほぁッ、はっ……はぁッ」
「口開けてろ……いいか、飲めよ」
 一瞬、紺野の視線が儂に向いたが、反応はしてやらん。終わりの合図がいつ出るのか、確認のつもりだろう。
「可愛い……雛鳥みてえの」
 喋る合間に、上からつうと唾液を垂らす坊主。子供同士に発生し易い悪戯だが、この状況で見れば淫靡である。粘着質な雨漏りを、ただひたすら舌先に受け止め嚥下する紺野、相手をまともに見ていない。
「は……あぁ……っぐ、んぐッ……じゅる」
 坊主の喉が枯れるまで其れは続き、再びもたげた一物をしゃぶらされた紺野が飲み干し、ようやく終いとなった。