阿古義な男達


 朝靄の中、天秤棒に水桶さげて、黙々と歩く影がある。獣の耳も尻尾も無いが、あいつは間違いなく狐野郎。
 狐の住処はかなりのボロで、里の中でも年季の入った方。釣瓶の井戸なら近くに在るが、手押しポンプの井戸は遠いもんだから、狐はああして人気のない時に水汲みをする。
 おれは地べたに這いずる視線で追いかけ、狐が庭で行水の準備をしている最中も、じっと甘茶の葉陰に隠れ眺めていた。共同風呂は定時開放されるものの、周囲が狐の背中を見ちゃ〝また増えてやがる〟と畏れたり笑ったりするし、あからさまに色の籠もった目つきで舐め回す奴も居るし、気が休まらんかったんだろう。
 春を抜けきらん肌寒さの中、水を温める事もしないで狐は髪を、肌を濯ぐ。支給された石鹸なんざガサガサになると、訓練生の間でも不評なのに、まさしくソレを使ってやがる。まあ、今のおれが上等な石鹸を使ったところで、肌理が整うわけもねえ。しょうがねえ話、と思わずげろげろ笑っちまったら、狐が手にした石鹸を鋭くふりかぶるのが見えて──
 
 
「あん畜生め!」
 ばちんと瞼を開けば、見慣れた天井。石鹸をぶち当てられた蝦蟇がどうなったか、分からん。いいや、もうどうだって良いか、死霊を一匹裂かれようが煮る焼くされようが、また何処からともなく現れた怨念がおれに宿る。おれを含めて分身すると危ういが、意識を載せて離脱させるのは容易い。MAGの消耗に注意すりゃ、とんでもない娯楽だ。
 布団を見れば脂汗でぐっちょり色濃く染まっていて、おれもひと風呂浴びるか、とのっそり起き上がる。どうせこの後、じっくり眺められるってのに、どうして覗きなんざしちまった。
 狐野郎……紺野は、実に強かな奴よ。自分を切り売りする事を厭わん、かと思えば一方では高飛車で。他の候補生、一部の御上、そしておれとも散々揉めた。
 以前は紺野が云う事きかねえ事に腹を立て、おれも結構ぶん殴ったり刃物チラつかせたりしたもんだが、後者は一発でばれるので控えた(訓練生が各々持たされるナイフは、刃の形状が違う)あん時は指導者どもから、流石にお咎めを食らった。じゃあ奴の背中の傷はなんだってんだよ、と揚げ足のひとつも取ってやりたかったが、おれの背中にも鞭打たれたら敵わんので、そこはじっと黙った。
 ちょいと昔までは狸(リー)って奴が紺野に構ってたんだが、そいつは葛葉候補から転落したので此処から去った。というより、紺野が蹴っ転がした様なモンだ。あれから一層、周囲は紺野にびびっている。おれからしてみれば、何とも思わん出来事だ。狸が狐の邪魔をした、多分それだけよ。
 
 
「おれの為に朝もはよから禊たぁ、泣かせるなあ?」
 向かいの紺野は、おれの言葉を無視して黙々と箸を伸ばす。卓上には〝冷めても構わん〟と、出来上がっただけの飯を置かせた。魚介は川魚が多くなるが、本当の〝禊〟明けの胃には、なんだって御馳走だろう。
「他人の邸にお邪魔するのだから身形くらい整える。あんたの為、それだけは無い」
「ははぁ、またまた」
「支那料理なんて、どうした」
「なんで分かるよ」
「以前、リーの所で食べた」
「同じに決まってら、リーの一族が引き揚げる際、其処の料理人を引っこ抜いたんだからよぉ」
 一瞬、紺野の眼が料理から逸れる。それでも箸はすぐ次の獲物を挟んで、ひょいと攫った。確かそりゃチューローシャオマイって、猪肉使ったブツだ。本当は豚肉を使うらしいが、この辺じゃ猪の方が楽に調達出来る。
「はい」
 差し出されたソレにかぶり付く、やっぱり豚肉じゃねえ。
「……にしてもあいつもバカだよなぁ、葛葉に固執せんでも他に有るだろ金と名誉、試金石にしちゃ厳しいってもんよ」
「そうだな」
「ああいう奴は、母親のお乳でも吸ってりゃ良かったのよ、こんな処に来ねえでなぁ……ハッハハ。薄気味悪ぃわ、娯楽も無ねぇわ、穴兄弟だらけだわ。いやぁ他の里はどんなモンなんだかなァ?」
 咀嚼する紺野は、別に暗い顔なんてしちゃいねえ。リーの母親も始末されたと聴いたが、こいつがやったとは当時もっぱらの噂になった。
「そういやぁ帝都へ使いに行った、おれんとこの売人。薬を癲狂院に運んだんだが……リーの事、聞きてえかぁ?」
「別に」
「あ~ぁそうかい」
「……どちらでも」
「やっぱ衰弱しとったとよ。いつ死んでもおかしくねえって、あと親族が見舞いに来た様子も無いときた。ま、ソコはおれん家も怪しいがなぁ。この顔身体になってから、めっぽう避けられとってなあ、へっへっへ……あ、お前が百穴でぐっちゃにした連中の事は?」
「後者の情報は要らん」
 さっきの料理を既に平らげ、洋物の皿に取り掛かっていた紺野。ナイフとフォークを使う指先が、妙に艶めかしい。しかし腹はおれより出てないのに、どこにそんな入っていくのだか。いやそんな事よりも、よく平然と食えたもんだと提案側ながら呆れる。
「はい」
「……こんな生っぽくて大丈夫かよおぃ」
「焼き過ぎた肉は硬くて好みじゃない、少なくとも僕は食中りの心配も無いだろう」
「へっ」
 一族の権限で一室借りて、飯を振舞っている現状。本来は商談に使うから、いちいち此処を観察に来る同期生も居ないし、調理人は客の顔を見に来ない。おれにとっても、そして紺野にとっても都合が好い。勝手に餌付けしたら、御上も黙っちゃいないだろうしな。そんで勿論、こんな事を温情でしてやる筈も無い。
「満足か」
「概ね」
「そ~かそ~か、じゃあ約束通り、ついて来いよぉ?」
 食器類はおれ達が抜けてからさげる様に伝えてある、だからさっさと屋敷を出た。半洋風の建物は、この里では異質に見える。おれは正直いうと西洋装飾のあれこれが好きだったけど、訓練生の一人として与えられたのは純和風の質素な離れで、あん時ぁ随分がっかりした。まあそれでも、紺野のボロ小屋より数倍マシってもんだが。
「おい、ところで……お前んとこの師範に尾行されてねえだろうな」
「あれは僕の素行に興味を持たぬ、お気になさらず」
「過保護に見えるぜ、あのタム・リン」
「さて、どうだかね」
 薄く哂う紺野を見たら、軽く興奮してきた。もっと小さい頃は本当、ただの生意気なクソガキとしか思えんかったが。こいつはひとつ、またひとつ歳を重ねるごとに色香を増した。昔は稚児の類を聴いても、んなワケあるかいと笑ってた、それなのにおっかねえ。コイツはどこか狂わせてくる、あまり深く関わったら不味い……いいや、どうせ訓練生である今の間だけ、おれは平気だ。こいつが葛葉を襲名したとすれば、後はぼちぼち取引すりゃいいんだけ。そう、その為におれは此処で修業した、己が葛葉になる為じゃねえ。
 
 
 離れに到着するなり紺野をひきずり、湿ったままの布団に突き倒す。眉間に一瞬皺を寄せるもんだから「どうせすぐ汚れるわ」と云いながら、圧し掛かった。しっかしまた着物の下にシャツなんざ着込みやがって、脱がせるのもひと手間だ。腹がふつふつとしてきたので、帯裏から引っ張り出したナイフの刃先を、シャツのあわせに走らせた、何度も何度も。それでも釦がいくつか引き留めるから、左右に開いて引きちぎった。
「あんたと違って、僕は何枚も服を持っていないのだけど」
「うるせえな、またくれてやる」
 反論許さず口を吸うと、色んな食物の味がした。それもほんの数秒で消えて、すぐに唾液の味になる。狐のニオイがして、甘苦い。MAGは酒のようだと云う奴が多い、苦さがそうさせるのか、おれとの相性がさせるのか。他の連中がどう感じるか知らんが、おれにとっては甘露。さっき並んでた食事より、欲が疼く。
 がちがちと歯を擦り合わせながら、紺野の舌を噛む。悲鳴は上げないが、ぎゅうっと身体が強張る、それが堪らんのだ。
「は……はぁ、はぁ、ははぁ……おい、昨日はどういう風にマワされた」
「妙な対抗意識を燃やされても困る」
「そんなんじゃねえ、お前が犯された様を知りたいだけ、っつってんだ」
 すっかり裸にされた紺野だが、萎縮の素振りも無い。おれの唾液まみれの唇でニタリと微笑むと、淡々と語った。
「ラミアが召喚され、僕にマリンカリンを使ったが、まあ通らなかったよ。しかしその誘惑が御上の一人に流れてしまったか、そいつがラミアに飛びつくなり腰を振り始めたものだから、僕、可笑しくて笑ってしまってねえ……ククッ」
「蛇女の、一体どの辺に突っ込むんだぁ?」
「蛇の様に有るのか、そもそも悪魔に有るのか……いっそまぐわってみれば良かったな」
「お前、肝心のラミアとやらなかったのかよ」
「主人が慌てて管に戻してしまったからね。その後はただただ、普通にやられた」
 普通にやられた、なんて平然と云っちまう辺り、気色悪くて淫靡だ。本当にこんな奴が、葛葉ライドウを襲名して大丈夫なのか、おれは知らねえぞ。
「んで、どうだったよ、気持ち好かったかぁ?」
「最悪さ。連中、笑った事を根に持っていた。同じく笑った奴、二人くらい居たのにね」
「ふっひひ、そりゃ誰もお前を好くしてやろうなんざ思っちゃいねえからよ。ま、おれもそうさせてもらうぜ」
 どっこらしょと紺野の頭を跨いで、さっさと寛げた下半身を沈める。おれの陰茎は蛙に乗っ取られてからというものすっかりグロテスク、表面はまだら濃淡イボだらけ。紺野が咥える直前、深呼吸を試みたところを、容赦せずに突っ込んだ。苦しいほどに喉が締まる、単純な仕組みよ。
「ほれ、じっくり味わえよぉ?」
 本人の意思に反し、身体は素直なもんだ。二、三回引き攣ったように身を反らすと、みっちり埋まっている筈の隙間から吐瀉物が溢れ出た。見下ろせば眼は細められ、じっとり潤んでいる。腹と玉袋で顔面ごと圧迫してやると、角度の所為でそれさえ見えなくなった。
「まだ残ってんだろ、えぇ……とっとと戻せよ、おらおら」
 とうとう紺野は片腕をバンと、布団に大きく叩き下ろした。腕の震えで頃合いを見計らって、ずるるっと腰を上げれば、滝の様に溢れさせた。まだ消化されていないぐちゃぐちゃに混ざり合った吐瀉物に、おれは興奮した。
「っぐ、ぶえぇっ、えぇ゛……ッ……ぉえッ」
「これだけかぁ? もっと食ってたよな?」
 何も約束は破っていない、最初からこういう条件を出していた。
 こいつが腹を空かした時期であれば、一時の快楽に乗るのだと解って、そこからはもう泥沼。これでも譲歩した方だ、なにせ最初は何も施さず、それこそ暴力しか与えなかった。年下の同期生なんか、まあパシリかオモチャみたいなものだと、今でも半分思っている。
 紺野が弱っている状態というのは、案外判る。おれはその隙を嗅ぎ付けるなり、引きずり込んでは犯した。しかし紺野は突っ込まれても叫ばない、食い縛っては睨むだけ。そしておれも、突っ込んで出すだけでは、熱が抜け落ちるだけと感じた。根付いた怨念が訴えるのか、元来の嗜虐欲は増すばかり。蛙共が恨んだのはおれ相手だが、その呪いだけが憑依したかの様だった。おれは全身全霊で、紺野に恨みをぶつけないと、快感が得られない。
「っげぇっ、げほっ……」
 嘔吐く時くらいしか、そういう声を出さないこいつ。御上連中とヤってる時はどうだ、早く終わらせようと、媚びた声くらい上げているかもしれないぞ。
 どういう事か、おれで苦しむお前は見たいのに、おれ以外で苦しむお前は見たくない。そんな気がして、おれは部分的に対価を与え始めた。いつの間にかそれがお決まりになった、飯は前払いで、嘔吐は後払いみたいなもんだ。食わしてやるから来いといえば、約束の日時に紺野は来るようになった。吐き戻す事を知りながらも、やって来る浅ましさ。
「んん、意地汚ぇなぁ……この、狐野郎」
 その汚れた口元を舐めると少しだけ酸っぱかった、しかもおれの陰毛までくっついてきやがって、自分の一部だった筈が気持ち悪ぃ。
 目の前の唇はぜえぜえと開きっ放しで、その扇情的な穴に、堪らずまた突っ込んだ。さっき以上に猛ったブツをゆっくり抜き挿しすると、悶えながら紺野は首を捻る。
「まぁいいわ、ちょっとばかし胃に残してやる、少しでも養分にしとけよ……ふっ……ひひっ」
 更に吐くかと思ったが、弱音すら出しやしねえ。おれは諦めずるんと抜き、床板をぺたぺた這うと部屋の隅にぽつんと置いた香炉に火を入れた。
「……嗅ぎ覚えがある……空間に余裕が有り、密閉性も低い、僕にその手の薬物は効きが悪い」
「ゲロまみれなのに鼻が利くじゃねえの、まぁお前に効かんでも良いんだよ」
 紺野の読みは正しいが、おれもおれの云った通り、自分が興奮する為に焚いた。
「今度はコッチに突っ込むんだよ、股ひらけ」
「勝手に開けろ」
「手前でひらけっつってんだ、よッ!」
 自分の着物を脱ぎ落としながら、紺野の股座をぎゅむと踏みつける。軽く呻くクセに、一向に開かない。こいつは妙な所で強情で、こんな時におれの下心を怒りが上回る。勢いつけて踵でガツンと踏み下ろしてやれば、紺野は脚をくの字に浮かせ「ひぎッ」と声を引き攣らす、それで弛緩したせいか、股は開き気味になった。
「まァそれくらいで勘弁しとくかぁ、孔はおれが抉じ開けてやるわ」
 吐瀉物にまみれ、苦痛に上気し、汗で黒髪は乱れ放題。普段は涼しい顔した狐が、おれの布団で目茶苦茶にされている。それを眺めるだけで雄がいきり勃ち、肌という肌からじわぁっと汗が噴き出す。この汗というのが、寝起きの脂汗とは訳が違う。四面ギヤマンの箱に入らんでも、タラーリタラリと滲むコレ。自前のガマ油とは笑っちまうが、粘度も具合が好いときた。ぬぢぬぢ扱いた指を尻穴に突っ込んでやると、これまで使ったどの軟膏や油よりも、すんなりいった。
「う……うぅ、ぁ、あ……」
 三本突っ込んで適当に曲げてみれば、小さく声を上げ始めた。おかしい、試しに野良犬にひっかけたら狂った様に発情したってのに。本当に不感症なんじゃねえか、この狐め。
「いいかぁ、根本まで食えよ」
 指をするっと抜いて、いよいよ己のブツをぶち込んだ。イボがむりゅむりゅと襞を伸ばして、孔をめいっぱいに拡げる、その結合部分を凝視すれば更に膨らんだ。
「ぉおッ……結構締めてくんな、昨日の今日だでまだガバガバかと思ったわ、ひひ」
「っ……はーっ……はぁっ」
「どうよ、御上連中も流石にこんなブツは持ってねぇだろ?」
 おれの体液で半勃ちした紺野のアレをむんずと掴み、ごしごしと扱いた。喘ぎといより呻きに近い声を出すから、良いか悪いかとんと分からん。
「僕に、いちいち、っ……感想を、訊くな」
「じゃあ好きにするわ、そうだな、おれの子を産んでもらうかなぁ」
「……なっ、ぁ、なに……?」
「おれなぁ、最近せんずり扱いてひり出すモンがよぉ、ちょいとばかし様子がオカシイんだよなあ」
 流石の狐も不穏な言葉に慄いたか、軽く身が退いていた。それを追う様に、腰骨をがっつり掴んで打ち付ける。布団を突っ撥ねる脚を、膝裏から持ち上げてやって。引き締まった尻めがけぱんぱんと抉ってやれば、なんだか蛙飛びの姿勢に思えて、無性に笑えてきた。
「ハッハハッ、いいかぁ紺野、おれの子を孕めよ、いや今からお前は孕むんだ!」
「お、とこ同士、はっ、ぁあっ、んっ、んんッ、出来っこ、なぃ」
「半分妖怪みてぇな相手じゃ、分からんだろが! えぇ!? どうなるかやってみっぞ、ああいくいく……出すぞッ!」
 ドクドクと、脳天からアレの先まで突き抜けて行く感覚。ズルッ、ズルルッ、ズルズルッ、断続的に飛び出していく熱。陰茎が鳴嚢みたいに膨らんじゃあ戻ってを繰り返し……ようやく何も出なくなった事を確信してから、紺野と目を合わせた。
「胎いっぱいで苦しいだろ?」
「……はぁ……はっ……何してくれた……」
「へ……へへっ、いいか、お前も見てろよぉ……ほれっ!」
 紺野の下肢を布団へ落とし、一息にブツを抜く。窄まりきらん紺野の空洞から、何かがうぞうぞと這い出て来る。ぶちゅっ、と股の間に飛び出したソレは、顕微鏡で見る精子みたいな形をしている。しかし焦茶に沈んだ色して、大変にでかい。しばらく鈴口をぽっかり洞にさせやがるもんだから、出す時はおれも気が気じゃない。
「もうオタマジャクシになってら、ハハハァ」
「ガマっ、これは──っうッ、ぁ……ぅぐ、ううぅッ……」
 がばりと上体を起こした紺野、喘いだと思った矢先にぐっと飲み、結局声を殺してやがる。それにしても、次から次へとぶじゅぶじゅと、孔を何度も拡げられちゃあ堪らんだろうな。我先にと出て来るオタマは、数珠つなぎのように連なって布団に泳ぐ。常人なら悲鳴のひとつも上げそうなモンだが、紺野は息を荒げつつ凝視するだけ。
「おれとお前のガキよ、あッは、狐と蛙の子だァ!」
「……子供な訳があるか……正確に云えば、念を切り捨てた群体の様なものだろう、しかし今朝の蝦蟇とは違いMAGを媒体とする」
「あらぁ、やっぱ覗きはバレてたか」
「時間が経てば勝手に消失する、核の宿らぬMAGの顕在は時限性だ。まったく、こんなモノを疑似排泄させて……フフッ、何が孕めだ莫迦莫迦しい」
 まるで自分に云い聞かせるみたいだな、紺野。所詮は推測、絶対なんかあり得んという事を、此処で学んできたお前こそが、身に沁みて分かってるクセに。
「いんや、分かってねぇのはソッチの方だ。この辺の野ッ原にうじゃうじゃ居る蝦蟇、減らんどころか増えてるとは思わんのか。そりゃそうさ、おれがこうやって、増やしてんのよ」
「増殖するには養分が必要だ。それほどのMAGの供給、いくらあんたの家が太くても考えられないね、悪魔を狩っている様子も無い」
「屈強な使い魔を量産するワケじゃなし、お前を嬲るにゃ問題無い程度よ、ホラ……ホラホラ、いくぞぉ」
 もぞもぞ蠢くばかりのオタマに、おれは手印を向けてMAGを成らす。
「あー……おんばこのてんつらぬきてかえるのすがたとびくるいしはァ」
「がまはなちかえしただいまこののちをつつしみたまへノウマクサマンダボダナン──ぅぐ」
 おれの唱えに割って入るので、慌てて紺野の口に組んだままの指を突っ込んだ。
「めもあてられぬふぜいなりアビラオンケンソワカッ」
 危ねえ危ねえ、無効化されるところだった。こいつの方が口が速い、阻止しなけりゃ覆されてた。まったく仲魔を使えんとなると、サマナーは泥臭い仕合を余儀なくされる。
「惜しかったなぁ紺野、おれの咥え過ぎて舌が回らんかったけぇ?」
 取り乱す事さえ気に喰わんのか、俺の指を齧ったままだんまりの狐。下肢の方では、オタマどもがぼこぼこ膨らみ脚を伸ばし、汚ねえ声でぐぇこぐぇこと啼き始めた。掌には乗りきらんほどずんぐり肥え、ぬらぬらと虹に光る脂をたずさえて、ぺたぺたと紺野の肌を叩き出す。
「お前とおれの、狐と蝦蟇の子だぞお。お前のMAG浴びてポンポン産まれたせいか、いつもより育ちも良いねェ」
 布団からはみ出るほどの大群で、ばらばらに歓喜の声を上げながら、ひたすら貪る蝦蟇ども。おれは紺野の口から両指を引き抜いて、姿勢を低くした。蝦蟇の渦巻く只中に、視線を合わせながら身を沈める。
「この一匹一匹に、おれの意識を繋いでやんのよ、どういう事か分かるかぁ? 今、お前の全身を舐め回してんのは、すべておれって事」
 まァ半分嘘だけどな。おれから出たからおれではあるが、分裂とは違う。MAGの傀儡でしかねえこいつ等には、意識を繋ぐ事も出来ん。お前がさっき云った通り、泡と消えちまうからだ。
「辱めの形状が変わっただけだ、大差など無い」
「舐めるだけじゃねえ、おれがむんと念じりゃ毒液だって出せる。お前のこの、なまっ白い肌をだな……ふ、ふひっ……おれと同じ目に遭わせてやる事だって、易いのよ」
「あんたを見ている限りでは、身体能力の低下も無さそうだ。表面だけが変質し、疼くとはいえ妖術も会得出来る。僕を同属にしたいのならば、すれば良い」
「斑点だらけ疣だらけ、顔の形も変わっちまうぞ」
「此の姿に興味は無い」
 肩まで蝦蟇によじ登られる紺野は、あっさりと云い放つ。なんて傲慢な……なんて……この野郎め。
「お、おれだって己にさほど興味は無かったがなぁ! だったら見てくれが変わっちまうのを納得できると思ったら、とんでもねェ了見だ!」
「灯蛾の如く纏わりついてくる連中を払えるのなら、顔くらい捨ててやる。ほら、早く毒を吐きなよ、爛れた関係には相応しい末路さ」
「ライドウになるにゃ関係ねえってか」
「その通り」