口吻の種


 かれこれ小一時間は突っ込まれてンじゃないのか、いよいよ紺野の喘ぎも引きつり始めたので「そろそろお開きにせんと、空が白んで参るぞ」と声掛ければ、ねっちりねっちり腰を泳がせていた老いぼれがオレを見るなり眼を吊り上げた。
「少しは時期を計らんか、まったく白けたのはこっちじゃ。わしが吐いた後に号令するなり、なぁ……?」
 ンな事云ったってこのジジイ、ちょいとずつ垂れ流してるのか知らんが、傍目には判断もつかん。
「はァ、すまんね」
 雑に謝り、オレはさっさと隅に丸まった布団を回収した。掛け布団はまだいい、あの下敷きになってる方は、きっとぬかるみみたいな臭いを吸い込んでるに違いない。
「全然手をつけなかったじゃないか、お前」
「……いやァ、やっぱ男のガキを舐め回す気にゃなれん」
「莫迦を云わんか、凹里の連中より余程色気が有る。それにまだ完全な雄になっとらん、ほれ見ぃ」
 ずるりと抜かれた途端、紺野の控え目な喉仏が震えた。
 ジジイの息子は立派という程でも無いが、妙に硬度を保つ。この様を知る衆は〝事前にタル・カジャでもかけてんじゃないかね、あそこに〟と笑い話にさえしていた。
「ふ、ふふっ……ほれ、あの跳ねっ返りの問題児が、尻を遊ばれ嗚咽してるこの、この……」
「だから壺さん、また今度にしって」
 まぁしかし一体何処にそんな活力が残っているのやら、でっぷり弛んだ腹に白髪頭だというのにこの横溢よ。こいつは紺野を嬲り始めてからというもの、明らかにおかしい。
「泣かせてばかりじゃ悪いからの、じきに悦んで鳴くようにしてやるからなぁ、紺」
 愛おしそうに猫撫で声で囁き、耳を舐めるその姿。老いぼれに寵愛される少年が憐れだとか、そんな事は関係無く、ただ純粋に気色が悪かった。
 
 
「色気……ねェ」
 折角の美しい柄が、皺と体液で歪んで見えた。銀糸刺繍と絞りの染めで、四季折々の花が咲き乱れる振袖。まさに晴れ着といった風情だが、これを着たまま紺野は犯されていた。
「髪も随分伸びている、壺御上に命じられたのか」
「共感呪術の指導を受ける為、暫し伸ばせと云われておりました」
「はぁ、どうだか。こんな着物まで用意して、こりゃ確実に壺御上の思惑だ。あのジジイ、まさか青少年に女装させる趣味があったなんて、いや驚きよ」
 漬け置き桶に着物は放り、湯浴みを済ませた紺野に向き合う。浴衣代わりに木綿の長襦袢を着てもらったのだが、白一色がとても似合っている。前髪の隙間から目元、そして真一文字の口元を確認する。
「良し、化粧もちゃんと落ちてる」
「置かれていた油を少々拝借しました、申し訳ありませぬ」
「いや、全部落とせ云ったのはオレだぞ、何を謝ってンだ」
 肩にかかる黒髪をひと房摘まめば、湿ったそれがオレの指先を冷やした。
「邪魔そうだな此れ、指導はいつだ」
「来月にはという事です」
「それまでたっぷり〝女の子〟のお前を味わうってかい、生き急いでんねェ壺さん」
 笑ったつもりが、どこか溜息みたいな声になる。ああオレは、心底あの野郎が嫌いなんだろう。今宵の遊びもきっと、見せちゃくれるが殆ど自分が占有するつもりだったに違いねえ。
「津留(ツル)様」
「ン?」
「自分に用件が有るのだと解釈しておりますが」
 無表情に淡々と云い放つ紺野は、つい先刻まで凌辱されていたとは思えぬ佇まいで。きっとオレに何を要求されようと、驚く事も無いのだろう。話が早い反面、虚仮にされている気がした。
「お人形遊びに参加しながら、触りもせんかった。そンで此処まで面倒みてるからには、裏が有るんじゃ無いか……って?」
「特に無いのであれば、帰還します」
「オイ、襦袢一丁で行く気かい、まだ下も穿いとらんだろが」
「自分が壺御上の屋敷を訪問した際、着ていたものが見当たらぬ為」
「全部外に干してある。汚れちゃおらんが、あのジジイに撫で回されたんだ、夜風に晒した方がえェ」
 振袖ごと担いだ所為か、ぐったりと弛緩する紺野は少し重かったな。ぶらんぶらん振れる脚を、たらりたらりと白い粘液が伝っていて。とんでもない人形だよ全く、と脳裏で呟いて。
 しかし、こうして自分の住処に連れ帰っているのだから、一部始終を見届けたであろう壺に〝同じ穴のムジナ〟と思われている筈。
「察し通りさ紺野、話が有るから連れて来た。風呂貸したのはあれさ、汚ェ奴をそのまま置いとけんからね」
「お聞かせ下さい」
 別に恩返しなんて思っちゃいねえだろう、割に合わない要求されると推測してンだろう、まぁその通り。
「壺を殺んの、手伝え」
 流石に話の飛躍を感じたか、紺野が返事に数秒を要している。
「あの御方が消えようが、自分は構いませぬ。もとより、拒否権など無いでしょう」
「ンな事も無いぞ紺野。お前が協力しなくとも、そしてこの謀略を知ったままでも、オレは脅かす事はせん。漏洩させたところでお前に都合好く働くとも思えんからね」
「僕に濡れ衣を着せる構図も、貴方にとっては危うい」
「そう、何せお前は色んな意味で逸材だ。突然御上の一人を殺したとあッちゃあ、えらいしつこく調査入るだろうから、それこそ面倒になる」
 慰み者にしている件は、里全体で御目こぼししてるのにな。
「ま、腰かけろ。其処で良いから」
 オレが顎で示せば、紺野は二三歩後ずさり寝台に腰を下ろした。竹細工の骨がキッと鳴き、シーツが影を作る。
「オレと壺の因縁は説明せんぞ、お前にとっちゃどうでも良いだろうし」
「目の上の瘤」
「分かってんじゃねえのよ、それだけじゃないが……ま、ソレこそどうでもいいな」
 薬品棚の抽斗をひとつ開き、天板裏に手を這わせる。貼り付けた封筒の中に指を滑らせ、引き抜いた。小指爪ほどのそれを掌に載せたまま、紺野の目の前に差し出す。
「此れ、何か分かるかぃ」
「……蟲の臭いがする」
「お前は鼻が利くねェ、御名答。梅雨時にな、毒虫の類を木の根にわんさか集め、腐った水溜まりを作る。其処へ畜生の死骸を放り呪文を唱え、土を被せて数日後に芽が出りゃあ成功だ。掘り起こすと、畜生の眼から生えてるという寸法さァ」
「つまりこれは眼球と」
「ああ、猫の目ん玉。天日に晒して随分縮んじゃいるが、一定以上のMAGと水分で再び発芽する。此れはなぁ……種なンだよ。此れ自体に毒性は無いが、生える緑がひとつの悪魔みたいなモンだ。蓋するか燃すまで、いくらでも伸び続ける」
「壺御上に呑ませろという事で御座いますか」
「察しが良いなあ……お前。利口な奴ぁそれだけで可愛いよ」
 片手で紺野の頭を撫で撫でしてから、髪を掴んでぐいと引き寄せる。冷たい唇を舌で割り、不躾に侵入した。舌先で奥をつついてから、さっと退出する。
「こうすンの、分かったか?」
「……」
「どうせお次も今回の三名だろう。あのジジイ、見せつけて昂奮してる様子だしな。しかし仲良く回し合う気も無いモンだから、都合の良いオレに見張りさせてんのさ」
 あいつとは同期だが、親子ほど年は離れている。そして何より、同じ蛇蠱筋。
 こちとら代々、身体が班だらけ。憑きもの筋に相応しい見目してて、嬉しくもなンともねえ。
 外界に出れば同じ日陰者というのに、周囲もオレの家ばかり見下して。たった数年間なら影響も少ないが、半世紀も続けば味方の数も違ってくる。所詮、偉ぶったモン勝ちの世界かもしれん、里の内外関係無く……
「口移すだけでは警戒されましょう」
「茶会用の干菓子って有るだろ、小さい小箱に詰め合せの……って紺野は見た事ないか。一気に卸から買うんで、幾らかは消費し切らんで湿気ちまう。それは一部の層に配布されてな、大体の奴は口寂しい時にさッと食べてしまうんだ。ソレと偽って食わせろ、オレが用意しておく」
「菓子というには味わいが足りなそうですが」
「奴の口に差し入れたら、何とか呑ませてしまえ。壺はお前にゾッコンで、大層甘い。本物の干菓子に紛れ込ませて、次々と送ってしまえ。やたらと噛み砕かれん限りは、体内で芽吹く筈だ」
「直ぐに宿主を涸らすのですか」
「MAGが強い程、あッという間と踏んでるが……正直、あのジジイじゃどうだろうなァ。若い頃はともかく、今じゃ水の少ない溜め池みたいなもんだ。まァ奴がいつ死んでも時期は構わん。死体をどう検証されようが、オレ達は白ァ切れるぞ。壺が精力維持の為にアレコレ手を出してるなんつう噂は元々有る、勝手にやばいブツに手を出したという事で落ち着くさ」
「確実に殺さねばならぬ、という事ですか」
「ああ……それより、真っ最中に気を付けんといかんのはお前だ、いつまでも口に転がしておくんじゃないぞ」
「承知しました、ところでひとつ宜しいでしょうか」
 流石に何か要求か、確認事項でも有るかと身構えた。
「なんだ」
「余った干菓子を頂きたく思うのですが、如何に御座いましょう」
 こいつ、人殺しへの緊張感は無いのか? 今から謀殺直後の話を、それも罠に使う菓子を貰おうだなんて想像して。
「そりゃあ……勿論いいぞ」
 オレは正直怖い。ヤタガラスに属しながら清廉潔白などありえん、でもそりゃあ仕事、命令だ。しかし自分の感情で殺すなんて、ソッチは経験も無い。
 こいつなら、紺野なら協力してくれると思った。虐げられてる者同士、あのジジイへの憎悪が等しく有るモンだと、きっとオレの味方をしてくれるだろうと……
(こんなガキに精神面まで、何を期待してる)
 種は数年前から、抽斗に寝かせたままだった。呪術素材を扱う悪魔の花屋から購入したは良いものの、どう仕掛けるか見当もつかずに居た。それでも脳は妄想を止めなかった、あの憎き老いぼれが目鼻口、ありとあらゆる穴から蔦を生やし、干からびる姿を。
 此の種は潤いを与えずとも、オレの妄想を夜毎育んでくれた。どうやって呑ませてやろう、どうやって口に……クチに──
 
〝壺御上、溶けてしまうぞというくらいに、紺を舐め回すんだよ〟
〝先日など白昼堂々、暗がりに引きずり込んで口を吸っとった。あれではいつか揉めるだろう、他の衆と〟
〝揉めるかね? いくら綺麗な奴とはいえ小童一人の奪い合いで?〟
〝お前の目も眩まされてるな、色事だけの話じゃあないぞ。あの小僧が襲名するかしないか、結構な金が既に動いとるし。お稚児遊びがついでか本命かは、御上によるだろうが……〟
〝ははぁ~成程……ところで津留殿、先程から聴いてます?〟
〝おいせっつくな、壺御上の話となると津留は気分が悪いのだ、そうっとしておけ〟

 とある雑談が雷の様に突き刺さり、それからずうっとオレの意識を戒めた。壺の口は紺野を吸う、紺野の口はそれを受け入れる、壺のクチは──
「余りが多く残るよう、尽力致します」
 弄ばれていると評判の候補生は、確かに花の様だった。よくよく見れば、薄く笑っている。ただそれは嬉々とした類でなく、角度によっては嘲りにさえ見えてくる。
 オレの錯覚だろうか、まさかオレは今から緊張してンだろうか。恐怖や怯えさえ見せないこいつに、何処かイライラと、ムラムラとしてくる。
「待て、帰る前に」
 種を近くの抽斗に突っ込むと、紺野の肩を掴んだ。そのままグイと押せば、抵抗もなく寝台に倒れる。
「先刻は……あのジジイの臭いがついてそうで、ヤだったんだよ」
 吐き出せば云い訳じみて、自分に腹が立つ。嘘じゃない、行為を見せられようがジジイで気が散っていた。まぐわう紺野の痴態を眺めようが身体は冷えるばかりで、下がいきり勃つ事も無かった。だから壺は平気でコイツの世話を任せてきたんだろう、オレが手を出さないと思ったワケだ。
「どうぞお好きに」
「良いのか? 何でも無い様な口振りして……本当慣れてンだな」
「御上がた御指導の賜物で御座います」
「本来オレはこンな趣味は無いぞ。あのジジイ、あたかも自分の所有物みたく扱うもんだからさァ、お前を……」
 想定内だと物語る眼は、異様に澄んだ黒で。黒炭というよりは、月の晩の奥深さがあった。確かにコレを涙させたり、穢したりなど、してみたくはなる。その眼に自分が居ない気がして、皆怖くなるんだろうなァ。
 前のめり、舐めた頸はどこか甘くて。喉仏だとか双肩だとか、シッカリ触ればやっぱり男だ。同じ洗髪粉を使ったろうに、オレと全く違う匂いがする。何故どこもかしこもジンワリ甘いんだ、MAGか、それとも年齢特有の何かか?
「紺野、お前さん幾つだ」
「さて存じませぬ」
「そうか」
 スルなら硬くしなけりゃと愚息に手を伸ばせば、どうしてか勃起していた。
 
 
「ぅうッ……ぐ……ぉごッ」
 されてンのはオレじゃないのに、見ているだけで嘔吐きそうになる。かれこれ半時間、しゃぶらせッ放しときた。ふんぞり返る壺の股座に、跪いた紺野が口を寄せ、めいっぱい咥えている。顎からポタリポタリと滴る液体は、音の重みからしてやや粘度が有る。唾液に先走りが混じってるんだな、と要らん想像をして、更に込み上げてきた。
 また女装させられている紺野、今回は洋装。若草色したワンピーススタイル、レースたっぷりの襟ぐりは広く素材も柔らかそうで、長袖もフンワリとしながら手首できゅっと窄んでおり、身体の線を隠している。
 壺の雄を扱く際、腰で結ばれた同素材のリボンが緩く揺れてんだ……そよ風に吹かれるみたく。
(あンな華美なの着せずと充分だってのに、あァ忌々しいねぇクソジジイ)
 全て剥いた時の紺野を、オレは思い出していた。一糸纏わぬ姿を見下ろした、あの瞬間……シーツの反射か、霊と見紛う白肌。扇情に散った黒髪と、顕わになったこめかみを這う跳ね毛。無数の蚯蚓が踊り狂った、傷まみれの背中。表天上裏地獄、体現してンのかと思わせる。どこか怖ろしくも発きたくなる、それは肉体だけのハナシじゃあない。
(わざわざ鳴かせんとも、息遣いだけで充分……)
 想いながら見るほど酷く喉が渇いてきて、甘いものが欲しくなる。缶の蓋を外し、花弁を模った砂糖菓子を一粒摘まみ口に放る。これで何粒目か、さっきから正気を保つ為に舐め砕いていた。こんな事の為に用意したンじゃねえのに。
「ぅ……ッ、ぶぇえッ、ぐェほッ──」
 とうとう口から引きずり抜き、一瞬仰け反った紺野。口に手を当て、今度は思い切り屈み込む。指の隙間からボタボタと零れ落ちるのは胃液か、そりゃあそうだ、何も食べてねンだから。
「……ぁ……はぁッ…………」
「顎でも外れたかぁ紺? どれ、見せとくれ」
 つま先で紺野の顎を、クイッとすくう壺。そのまま脚ごとツっちまえ、と脳裏で悪態ついた直後、ハッとする。時期としては丁度良い、というよりこれ以上見てンのが疲れる、早く緊張と吐気から解放されたい。
「壺さん、口くらい漱がせてやッたらどうかと」
「多少酸っぱかろうが、良い刺激じゃて、ふはは」
「……明日の修練、真言の古豪と名高い御上がいらっしゃるの御存知かい。どうやら紺野の噂聴いて、大層楽しみにしとられるそうだ。到着は八ツ刻頃だろうが、それまでに紺野の声が潰れとって、問い質されたらどうすンで」
「こやつは利口じゃ、さらりと誤魔化してくれよる、なぁ?」
「今こんな話してたらねえ、壺さん。来訪する御上の方が、我々よか格上って事くらい察すると思うんですよなァ、その子」
「それは……」
「ヘタしたら紺野は、この話聞かなくたって知ってたかもしれんでしょ。そりゃあこの里だけなら好きに揉み消せるかもしれんけど。こういう時に事情が筒抜けになったら、アンタは紺野を戒める前に追い出される可能性有るよ、面子潰したッてな」
 壺は何か云いかけて、だらしなく口を開いたまま。顔が茹蛸みたいになッている、多分怒っているけれど図星だから言葉も無ェって事か。偉ぶるだけあって、自分より上の奴には本当弱いんだな。
「壺様、自分は何事も穏便に済ませたく思います」
 口元を甲で拭った紺野が、やや掠れた声で唐突に、しかし流れる様に続ける。
「津留様のお菓子をひとつ所望します、酸に撫でられた喉を潤したいのです」
「あやつ何を持ち込んだと思えば菓子だったのか? 何の為に居るのやら……また見たいと云うから許したのに。もしや不能なのか津留、ふははっ」
 笑いながら壺は、つま先で紺野の唇を嬲る。唇を開く紺野がうやうやしく、珊瑚色の舌ベロでジジイの指を舐めしゃぶる。オレはすっくと立ちあがり、缶を片手にずいずい迫り、紺野の腰のリボンを引いた。
「おい、誰も良いと云ってはおらんぞ」
「陳皮を煎じた砂糖菓子も交じってるンで、丁度良いと思いますがねェ」
 咎めてくる壺の声は、苛立ちを隠しもしない。其処に紺野が滑り込む、しわがれた足の甲に頬擦りまでして。
「壺様、休み無き愛撫を頂き、紺は光栄に御座います。しかし津留様のお心遣いも大事にしたい所存。宜しければあちらのお菓子を、わたくしのお口から召し上がって下さいな。どうか御自身も労わって下さいませ」
 躓く事無く、よくもまァそんな言葉をツラツラと。内心が見えぬ程の饒舌さに、何故かオレの肝が冷える。一方ジジイは、ウンザリするくらい破顔していた。
「……そうじゃな、お前が強請るなど珍しいから、今回は良しとしよう」
 よしよし良い風向きだ、同時に心臓がぎゅうっと圧迫される心地だ。あァ早く済め、なんとか呑み込んでくれ、死んでくれ壺。
「ほら、此れを……」
 オレは紺野をしっかりと振り向かせ、胸元に開かれた缶を突きつける。先日目にしたから判るだろう、砂糖菓子に軽く隠れる呪いの種が。
「壺様、津留様、お気遣い感謝致します」
 唱えた紺野が迷いなくソレを摘まみ上げ、躊躇いも無くヒョイと舌に載せた。口に含むなり壺に向かうと思いきや、俺を上目遣いに狐の様な笑みを浮かべた。ゴクリ、と音が聴こえた気がする。
「な、何してンだ、お前」
「……フ、フフッ」

 紺野はあの種を、嚥下した。
 
 咄嗟に缶を放り、紺野の喉を絞める。腹に膝を入れても咽るだけで、吐き出す気配も無い。待て待て、飲んだフリかもしれない冷静になれ、イイヤなれるモンかい。
「アッ、ハァッハハハハ」
 狂った様に笑いだす紺野を、オレは突き飛ばした。どうする、まさか己で呑み込むなんて。誤飲? いいや、そんなカオじゃなかったろう、あれは……まさに〝よく見ていろ〟といわんばかりの。
「何をした津留!?」
 壺はオレに怒鳴りつつも、仰向けでのたうつ紺野を警戒していた。背後に片手をやり、半身で後ずさっている。武器か管でも出すのだろうか、お前には攻撃も防御も必要無いぞ、紺野からとッとと離れてろ。
(しかしこの様、どう逃れる)
 答えが出ないまま、身体は勝手に動く。缶の中に指を突ッ込み、干菓子に埋もれた蛇を弾き出す。万が一の為に潜ませておいたトウビョウ蛇だ。手首一周半の長さで、太さは男の小指ほど。
 オレは紺野に馬乗りになると、笑い続ける口を片手で更にこじ開けた。掌がくすぐったい、指の隙間をシュルシュルと掻いくぐり、蔓が伸びてきた。マズイもう生えてきたのか、MAGの純度が高い証拠だ。
「潜れッ、呪いを喰って来い」
 蛇の尾を持ち、蔓がうごめく坩堝に放る。押しやられるかとヒヤヒヤしたが、紺野はスルンと呑み込んだ。
「おい津留、今の蛇は!」
 壺を無視して、紺野の肉越しに呼び掛ける。念と毒の塊は、トウビョウにも察知し易いだろう。
〝その熱源を呑み込んでしまえ〟
「見覚えが有るぞ、先刻の蛇。お前、うちのトウビョウを盗んだのか?」
「……」
「おい」
「白々しぃンだよジジイ」
「……何だと貴様」
 壺に衿を掴まれたと同時、紺野が大きく咽た。宙を青々と遊泳していた蔓は、みるみる精彩を失い草臥れる。まとめて掴んで引き毟れば、抵抗も無くすッぽり抜けた。
「紺野、大丈夫か」
 脇に植物を投げ打ち、少年の顔を覗き込む。眼は虚ろ、意識は辛うじてといった所。黒髪は乱れワンピースのリボンは解け、フロントの装飾釦がひとつ千切れかけていた。だが身形を正してやる暇は無い、先に蛇を抜かねばならず、その為にはまた喉を痛ませるだろう。アァ、お前の苦し気な声は背筋が凍る、早く済ませんと。
「いつまで乗っておる、其処を替われ」
 てッきり追及の糾弾が始まると思ったが、壺はトンデモ無い言葉を吐いた。
「はッ? 見りゃあ分かるでしょう、紺野は呪いに障礙されてンだから、蛇を抜いたら安静にさせてやらンと」
「わしによくもそんな口が利けたものだ、しかし津留よ、思う所は多々あるが今回の件は流してやる。分かったのなら、早く其処を退かんかい」
 流石にコレは甘言だ、聴く耳持つな、今まで何されてきたか振り返ってみろ。それに流されちゃあ困る事だって有る、今の蛇は──
「がァッ」
 頭を思い切り蹴られた、布団から弾き出されたせいで床にブチ当たり二重に痛ェ。手を着きヨロリと上体を起こせば、壺が紺野の尻を撫でていた。武器でも管でも無く、油瓶を片手に……クソ色惚けジジイめ。
(アイツから蛇を抜かンと)
 此処で壺と揉み合っては、手遅れになるかもしれん。蛇が呪いと一体化する恐れも有る、早く吐かせンと元も子もない。
「あぁあ゙ぅッ……ぁ、あ」
 紺野が一際高く啼いた、壺は早速腰を振っている。あんな状態の相手に勃つなんて、イカレてる。
「物騒な物を用意しとったようじゃけ、ははは……企みが紺か津留かは分からんが、まぁ今はどちらでも宜しい。見ると良い、こやつは虚脱しとる時が一層匂い立つのよ、ほれっ」
 下肢を逆さにされた紺野、スカートが反転し捲れ、現れたのはあろうことか女性下着、白のレース。ジジイは股布の脇からイチモツを挿し入れ、恍惚としている。
「はっ、はぁっ、さっき何か生えとったなぁ……あのままっ、蔓で雁字搦めの、アルラウネが如く成ったお前を犯すのも……悪くなかったかも、なぁっ……ふっ、ふうッ……はは」
 ほざきつつ、上からズッぷし突立てる壺。張り詰めた玉袋が、じっとり濡れた臀部をパンパンと叩く音が響く、気が散ってしょうがない。
 チラッと紺野の顔を窺えば、朦朧とした様子で表情は無い。抜き差しされるたび、吐息ほどの喘ぎを漏らしている。犯している男とは真逆で感情の色も無い、辛うじて生きる植物みたいでゾッとした。
「あぁぁ堪らん……っ……この態で、孔は必死に締め付けて! 余所のサマナーがどうした、面子がどうした……お前が葛葉に成れずともわしは構わん、どうせわしが死ぬ頃にもお前は若い、それまで飼ってやる……存分に可愛がってやるぞっ、紺!」
 戻れ戻れと命じた筈が、喰らえ喰らえと唱えていた。あいつの胎の中で、怒り狂ってンのが分かる。共感し向かう先はただひとつ、憎ッたらしいあの男。
「ぐうぅッ、ぁ、あっ、ひ──」
 紺野が呻いて目を見開き、脚をビクンと二三振った。その直後、ドタンと大きな衝撃音。紺野の下肢を抱えたまま、壺が尻餅ついていた。
「ギャァアッ!」
 続いて悲鳴し、紺野から一気にイチモツを引き抜く。陰茎にしては、ズルンと余韻のある蠢き。それもそのハズ、壺の先ッぽを〝見覚えのある蛇〟が噛みついていた。成程なァ、確かに一番手っ取り早い。
「なっ、し、下からぁっ!?」
 むしり取るわけにもいかんのだろう、ジジイは中腰で狼狽えるまま。オレはもう先の事など考えず、涙が出るくらい笑ってやッた。