「おお、おお!十四代目よ、相も変わらず流麗な舞よ」
煌びやかな装飾で、房の付いた剣を振るう。
供物として奉げられた、獣型の悪魔と対峙する。
「いざ舞いたりて、其を討ち払わん」
翳した刀身に、自身の姿が鏡写しの如く見える。
普段の学帽も無く、眼元に朱を差した化粧姿。
眼の前の、哀れな悪魔にその剣を突き立てる。
相手の爪を、紙一重で避けて着物を翻す。
それが、演舞なのか演武なのか…
やがて、獣の首の付け根に入れられた切っ先から
赤い飛沫が、温かく自身の肌を、着物を濡らす。
「赤き花咲けば、これまた可憐よの」
「ふふ」
周囲のこれは、賛美か?嘲弄か?
足下に崩れた悪魔を、無感動に見下ろしてから
剣を以って型を取る。
「十四代目葛葉ライドウの舞、これにて終幕に御座います」
そう言葉を挙げると、下に在る悪魔の残骸を蹴り上げた。
「うわっ!」
「ひゃっ!?」
それは先刻の野次を飛ばした連中に向かい、きれいに滑っていった。
「十四代目!!」
その僕の行為に、当然ながら不満がぶつけられた。
「はい」
「舞の最後に脚は入らぬだろう」
「存じておりますが、一工夫してお上様方を歓ばして差し上げようと」
「…覚悟は出来ているのか?」
その装束の言葉に、口元が吊り上がった。
それに呼応するかの様に、装束が問い質してくる…
「平行世界の雷堂も、連れて来なんだ…それは意図的に、か?」
「…半分は」
「なれば背を出せ」
云われずとも、承知している。
赤く死臭の花が咲いた白襦袢を肌蹴る。
それとなく周囲が息を呑む音が耳障りだ。
「さあ、お打ち下さい、皆々様」
哂って云ってやる。
その愚かしい、烏合の衆に。



血の臭いが、する。
先刻から、緩やかに、微かに漂う香り。
だとしたら、原因は…
「おい、あんた」
トランクから管やら符やらを取り出すライドウに問う。
「何か」
「ちょっと…ちょっと動くなよ」
その背に回り、許可も得ずに学生服の背面を掌でなぞった。
引きつった呼吸をひとつして、ライドウは踵を返した。
「臭いに敏感だとは、まるで犬だな」
その振り返った勢いのまま、ライドウの掌が頬に打ち付けてくる。
「…っ、叩く事無いだろ」
「そんなに血の臭いに惹かれるのか?流石だね君」
「…ディア、とか…かけてもらえばどうだ?」
「次に背を見せた時、綺麗に傷が消えていたらどう思う?」
「どう、って」
「“嗚呼、コレはすぐさま穿った痕を、治療したのだろう…痛みに耐えかね”」
釦を外し、するすると学生服を肩から落とすライドウ。
「そう思われる。それすらも腹立たしいとは、思わないか…」
その外気に曝された背は、赤く肉すら見えそうな程に幾重にも
線が折り重なっていた。
「う…」
その生々しさに、息を詰まらせる。
「久々に演舞させられたら、これだよ…全く暇人共の集まりめ」
「…」
里帰りのライドウを待つのは、いつもそんな出来事らしい。
以前彼の姿を借りて入った其処は、確かに陰鬱だった。
トランクを乱暴に閉め、寝台の下に蹴り入れたライドウに
俺はぼそりと云った。
「何か…おかしいだろ」
「何が?」
「あんた、魔帝を相手にしてるのに…何故カラスには突つかれっ放しなんだ…」
「…僕が、ヤタガラスに?」
「俺、違う事云ってるか?」
そんな事を云っている間に、肌蹴た背に晒を巻くライドウが
予備の晒ひと巻きを振りかぶり、投げてきた。
「てっ」
俺の頭に命中したそれは、ころころと脚の間を通り
床の上に道を残して解けていく。
「言葉は選べよ、君」
そのまま手元を回し、背から胎に持った晒を巻き続けるライドウ。
俺は頭に在った軽い感触に、苛っとしてはいたが
その転がった晒を拾い、その背に向かって歩み寄る。
「吸いきれてないぞ、血…」
ライドウの手にした晒の末端を、彼の前方に回した指で奪う。
それに拾った晒の端を結び、巻きを再開させる。
「へえ、気が利くじゃないか」
「痛くて機嫌悪くされたら堪らないからな」
巻く端から、薄っすらと赤が滲む。
この疵痕の、ひとつひとつが、振り下ろされた鞭だなんて。
(人間の集まりの筈だったよな、ヤタガラスって)
意味無く仲間を喰らうなど、畜生にも劣るのではないか?
悪魔に…も、劣る。
「手、止まってるけど?」
その声にハッと我に返る。
「あ、わ…悪ぃ」
「…」
少しばかりの沈黙の後、ライドウが俺の指先を突如掴む。
ぎょっとする俺を無視して、そのまま俺の指を誘う。
その唇に。
「ちょ、何だよあん…た…っ」
背を向けたままのライドウの、その唇につぷりと呑まれた俺の指。
ぬるりと生暖かい舌が、指の胎を撫ぜる。
それに反応してぞわり、と栗立つ身。
腕に力を入れ、抜き去ろうとした矢先…
「っう…!!」
その指の胎に、痛みが奔る。
反射で更に力が篭り、ずちゅりと音を立てて抜き取った。
だがその腕を手に取られ、振り向いたライドウに両の腕を押さえられる。
寝台に腰掛けていた筈のライドウに、何故か…
俺が寝台に仰向けで、押さえつけられていた。
視界にちらついた自身の指先は、赤く染まっていた。
「人の指…喰うなよっ」
「その指、そのまま僕の背に…」
「な、んでっ!」
「その血を背に垂らしてよ…大丈夫、固まりはしないから」
そう云われ、その為に噛み切ったのかと思えば…
それはそれで腹立たしいのであった。
おまけに、自然とその形は、俺がこの男の背に腕を回して
まるで抱擁するかの如き様である。
「熱…い」
仕方なく、赤い指先でその背を撫ぜる。
ライドウのうっそりと、良いのか悪いのか分からぬ呟きがした。
噛まれ損になるのも嫌だったし、この状況では…逆らえば鉄拳制裁である。
やり返せば俺の方が格闘は強いのではないか…とも思うが。
それをして、何になると云うのだ…
(この男に逆らう事が、考えられなくなってきている)
その欠落した、欠陥まみれの思考回路に…させられた。
仲魔…という奴隷になってから。
「焼け付く様に…アツい…君の、悪魔の血が…」
「…」
「鞭の皮の感触を掻き消して、違う痺れで麻痺させてくれる…」
「あんた、マゾだったのか?」
「苦い痛みよりは、甘い痛みだろう?」
「乱暴だな、本当に…親の顔が見てみた…」
そこまで云って、思わず口を噤む。
この男に、両親など居ない事を今更になって思い出す。
あまりに愚かな発言に、俺は自分自身を叱咤したくなったが
意外にもライドウから攻撃は無く、代わりに言葉が降りてきた。
「昔…父に云われた」
「父…?」
「とは云っても、実の父では無い、悪魔…だ」
その眼に、いつもの光は無くて…ライドウの仄暗い眼の奥に
どこか淡く滲む郷愁の光が見えた。
「僕は…聞かれた…“愛と、憎しみとどちらが強いと思うのか”と」
「…どっち…なんだよ」
「僕に、其れを云わせるのか」
「その悪魔は、何て云ったんだよ」
「迷い無く、憎しみと…」
そう云って、ライドウは俺の掌に指を沿わせて見下ろす。
「僕は…その悪魔を、殺した」
「…」
「ライドウの名を授かる代わりに、父を喰らったのだよ…」
口元だけで、笑っている…が、眼は笑っていない。
「でも、こうして心に根付いている…間違い無く」
「何に対しての…何がだよ」
「ヤタガラスへの憎しみが」
するすると、ライドウの胴から伸びた晒が俺の腕に絡まる。
その、ライドウの指先から巻かれる包帯のようなそれが
俺の腕を絡め取り、指先までくるくると。
「あんたの身体とくっついたままなんだが」
俺が嫌そうに口にすれば、ライドウの眼がようやく笑う。
「これで、良い」
「良くない」
「良いんだ…これで…何処へもやらぬ、動けぬままで…」
「…ライドウ?」
ライドウが呟く言葉は、現実味が無い、夢心地の様なもので。
憔悴しきった様に、互いに巻かれて項垂れた。
「真綿で…首を絞めるのが…甘美な痛み、なのだよ…」
そう、ぽつりぽつりと呟いたライドウはくたりとして被さって来る。
「おい」
のそりと俺がもがけば、やがてライドウから寝息が聞こえてきた。
(何なんだ…)
大丈夫なのか?
やたらと精神不安定で、突発的なその状態に俺が不安を感じる。
最近、少しおかしい。
…雷堂と、逢ってから…だった。



最近、人修羅の様子がおかしい。
窓の外をしきりに気にしては、こちらを窺う。
戦いの際も、相手が相手なら眼付きが変わる。
天使と戦う際に、その眼が何かを探している。
僕を見つめる先に…他の誰かを見ている、気さえする。
(我ながら考え過ぎか?)
呆れ、帯刀した柄を握り締める。
囚われてはいけない。
使役する悪魔に、心の全てを悟られてはいけない。
相手もこちらを手駒として見ているのだ…
使役する悪魔に、それ以上の意識を持って何となるのだ…
それを顧みず、友愛を築く等…
(いつか己が身を滅ぼすだけだ)
葛葉雷堂…
初めて逢った時、驚きと同時に…
少し期待に胸を膨らませた事を思い出す。
同じ姿に興味を抱かぬ筈が無い。
同じ立場としての、その存在に意味が在った。

だが、アカラナ回廊で見た際に…
人修羅と彼が居るのを見た、その瞬間に感じた。
そこに居るのが、自分でなくとも人修羅は問題ないのだ、と。
気付いた。気付いてしまった。
同じ力量の、デビルサマナーが居れば…彼の存在で事足りるのだ。
「あ…っ」
人修羅の、突如発された声に思考を遮断される。
傍を見れば、街中にも関わらず、斑紋を浮かべて魔力を解放する人修羅。
それに驚き、叫ぶ。
「何をしている!」
主である僕の声を無視して、彼は傍の生垣に飛び乗る。
行きかう通行人がぎょっとしてそれを見る。
人修羅はそのまま家屋の屋根に飛び移り、上へ、上へと駆け上がる。
家の住人が物音に驚き窓から顔を覗かせる。
「功刀!!」
もう一度叫ぶが、お構いなしである。
その駆け上がる彼を追い、路地を回り込み走った。
『どうしたのだあやつ!』
ゴウトが息を弾ませる。
「ゴウトはそこでお待ち下さい!」
行き止まりの猫溜まりに、そのお目付け役を置き去りにして
管を急ぎ抜く。
「巻き上げろ!」
現れたモー・ショボーに説明も無しに叫び命令する。
『悪魔使い荒いなあ、もうっ』
不満気に、角の丸い疾風をこの身に打ち当てる彼女。
脚が地を離れ、瞬く間に上空へと駆け上った。
少し向こう、北の方角…影が見えた。
人修羅が、何かを捕らえて舞い降りていく姿。
それを確認して下方に居るモー・ショボーに怒鳴るように指図する。
「子の方角に飛ばせ!」
『ええっ!?もう、知らないんだからっ!』
落ち行く途中、軌道修正された疾風が捻り込む様に打ち付けてきた。
それに巻き上げられ、ばたつく外套の音も煩く飛ぶ。
管を抜き、空で召喚したツチグモの背に乗り、そのまま地に降り立つ。
人の少ないその未舗装の郊外に、轟音と砂塵を舞わせて上陸すれば
わけも分からずこちらを振り向く人が幾人。
見えぬ何かに跨る僕を、異様な何かを見る眼が射る。
それを気にせずツチグモを管に戻し、周囲を見渡す。
眼を合わせぬ様にして、人が掃けていった。
少し歩けば、売り地、と掲げられた看板も寂しい空き地で
影がうずくまっていた。
「…功刀君」
声をかければ、自然と語気が強まる。
それにぴくりともせずに、彼はうずくまったままだ。
近付けば、その手先に…何かが在る。
「それは何だ」
問いながら、覗き見る。
白い…鳥。
「違った…見間違い、だった…」
震える肩で、そう呟いて人修羅がその鳥を胸に抱いた。
羽がふわりと、いくつかそれに合わせて舞った。
(見間違えた?)
白い鳥と、何を?
その瞬間脳裏を過ぎる、窓外の群れ。
まさか。
人修羅を突き飛ばし、周囲を確認した後抜刀する。
「そんな鳥の為に、悪魔の成りを街中で解放して飛び回ったのかい…」
「…」
「それは式では無い!!」
彼の腕を掻い潜り、突き立てた切っ先が鳥の身を抉った。
「ああっ」
腕の中で無残に命を散らすその鳥に、同情か?
君に眼を留められた、その鳥の不運だろうが…
「そんなにまでして、彼の言葉を待っていたのか?」
赤く濡れた人修羅の腕を掴み上げる。
死骸が、その腕から零れ落ちて地を叩いた。
「雷堂さん…あれから、式も、何も見ない」
「…」
「どうしているのか、身体は大丈夫なのか…気に、なるんだ、正直」
その眼が悔恨に瞑る。
「…どうしたんだよ、殴れよ、蹴れよ斬れよ!!」
螺子が外れたみたいに叫び喚き始める。
「契約違反だって、俺を嬲ればいいだろ!いつぞやみたく!!」
その、言葉に見え隠れする…妙な自信。
やってみろ、と云わんばかりのそれ。
ああ、これ、は恐らく平気なのだ。
雷堂がされるより、自身に牙が向くのなら…
嫌に、空気が冷たく感じた。
曇っているからだろうか。
「逢わせてやろうか」
そう云う自身の唇の動きが、機械的だ。
喚くのをぴたりと止め、こちらを窺う人修羅。
その眼に、信用は無い。
「そんなに逢いたいのなら、逢わせよう…」
「…また、戦うのか」
「いいや、それは無い」
ぽつ、ぽつり…
学帽を叩くのは、雨粒か。
「逢えばいい」
雷鳴が轟いた。
彼の眼に映るのが、その光だったのか、その眼に宿るものだったのか
定かでは無いが、煌く。
“逢いたい”
そう、はっきりとその眼が告げていた。



眼の前の人物に未だ驚きを隠せない。
「どうやって此処に来たのだ」
「ライドウに云って、許可、もらって」
本当か?まさか抜け出して来たのではなかろうか?
「もし許可というのが偽りなら…君には帰る事を勧める」
そう云えば、その蜜色の眼がアーチの様にしなる。
「俺はこうして逢えただけで、もう後は何も考えられないです」
「…」
「見たところ、業斗さんもいない様だったから…」
「業斗は…負傷して、伏せっている…里で療養中だ」
あれから説明に手こずったが、業斗の状態を見て流石に焦っていた。
ヤタガラスも、業斗の入れ物の回復に今は尽力している。
「だったら…」
人修羅の、手が我の手を握った。
「もっと、ゆっくりお話しましょう…」
その見上げてくる眼の光が、陽の反射なのか宿るものなのか…
定かでは無いが、煌く。
「式、嬉しかった…有り難う、雷堂さん」
その言葉が、声が聞けた。
これでもう、感無量だというのに…
その手を引いて、銀楼閣へと招き入れる我は、欲深いのだろうか…
     

「雷堂さん、こっちの手を引いて下さい」
階段を上がる時、彼が左手を差し出した。
その、綺麗に戻っている手を見て、胸が掻き毟られる様な、安堵の様な。
何とも云い得ぬ感動があった。
「ああ」
その手を掴んで、部屋の扉を開ける。
「随分と、物が少ないんですね」
「必要最低限しか置かぬ…あまり此処に居る事も無いからな」
人修羅が、少し驚く表情と共に脚を入れる。
「すまぬ、客人用の椅子や座布団等が無い」
「此処で良いです」
敷いてあった布団に腰を下ろす彼。
膝を曲げ、脚を少し投げ出す彼。
そのままやんわりと微笑んで見て来る彼。
(嗚呼、その様な眼で、見つめてくれるな)
邪な気持ちが頭をもたげる。
「あれから雷堂さん、どうなってしまったのかと…心配でした」
裏腹に健気な事を云い出すものだから、ずきりと心が疼く。
「我こそ、本当に…何と謝罪すべきか、相応しいべき言葉が分からぬ」
「気にしないで下さい、あれは元凶はライドウだし…それに」
座りつつ、我の手を取り、ふっと笑った。
「あんなに嫉妬に狂う雷堂さんを見るのも、俺だから…って思えば」
「何を…云い出すのだ」
「雷堂さん、俺の事を…そんなに…友達にしたいと思ってくれたのかと」
「…いや、友なら…手を落とすまでの激情は…」
我は…我は何を口にしているのだろうか。
いや、期待しているのだろうか?まさか。
「雷堂さん、俺は正直…雷堂さんの“友達”ってのは…妥当な気がしないんだ」
その掴まれた手が、彼の頬に持っていかれる。
「友達に、そこまで独占欲って…働くものなんですか?」
「い…や、違う」
「では、その気持ちは何なのですか?」
「ああ…あのライドウ…君の主人から、取り上げる気は、別段無いのだ」
「…だったら、俺が貴方の仲魔になりたい、と云ったらどうです?」
その言葉に、鼓動が跳ね上がる。
「友達…より、深いですよね」
「君、は…何を云っているか解っているのか?」
彼を見る。
薄暗い、暮れる陽の光がその背後を照らし上げて輝く。
「雷堂さん…俺と…」
立ち上がる人修羅が、我の外套の端を掴んで引き寄せた。

「俺と、身体だけでも契約して…下さい」

脳内が、真白になった。
唇が、妖術にでもかかったかの様に、何かを紡いだ。


「確かめていいのか?」 >>
この気持ちの、正体を。

「おかしい…だろう君」 >>
疑心が蝕む。
↓↓↓注意↓↓↓
上が正規ルートです。少し性描写有り。
雷堂が攻め。人修羅が精神的には受け。
下は最初から見るのをお勧めしません。
鬼畜、残酷、ライドウ受け。
話としても完結します。
イメージが破壊される可能性もある為、ご注意を。


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